銀灰の神楽   作:銀鈴

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 銀光は一瞬。須臾(しゅゆ)にして消え去った。

 光が齎したのはただ1つだけの変化。変生。

 今にも消えてしまいそうだったお義母さんの、何もかもが変わっていた。

 

「本当は、私もアヤメの幸せを見たかった」

 

 虹の髪が広がる。

 薄衣の衣が風に舞う。

 薔薇の香りが広がる。

 双蛇が巻かれ羽根があしらわれた杖が変形していく。

 2頭の蛇が絡み合い、杖から離れ、円環となり頭の上へ。

 あしらわれた翼は生き物らしさを取り戻しつつその背中へ。

 

「孫の顔を見たい、そうも思った」

 

 頭上に輪と背中に羽根を従え、白い薄衣をたなびかせた未知なる姿。

 どこか神々しさまで伝わってくる、話でだけ耳にしたお義母さんの戦闘装束。

 オーロラの薄衣のような揺らめきを見に纏い、総量が測れないほどの魔力が迸る。

 

「けど、これも悪くない。愛娘を守るために死ぬ。これもまた、随分とヒロイックで良い」

「え……?」

 

 降り注ぐ魔法を片手間に展開している防壁で防ぎつつ、お義母さんはそんなことを言った。死ぬ? なんで、今そんな……

 

「最後の日に、在りし日の姿を見せて、愛した娘に送り出される。うん、私だって満足だよ。イオリ」

 

 どこか遠く、空よりも向こうを見つめてお義母さんは呟く。

 でも、なぜ今ママの名前が? わからない、分からない、何もかもが分からない。だけど、何か大きなものが動いているのは分かる。そしてそれに、私が飲み込まれようとしていることも。

 

「だからこそ、消えろ《悪魔(ゴミ)》めら。この世界にお前らは要らない、精々最後を彩る花になれ」

 

 瞬間、世界がズレたような奇妙な感覚が走った。

 異様なその感覚は一瞬、けれど起きた変化からお義母さんの使った次元属性の魔法なのだと当たりをつける。

 お義母さんの手元に出現した、2つの木が捻れ合わさったような白い花の咲く杖。明らかに異質なソレを持って、軽く振り返りお義母さんは宣言する。

 

「アヤメ、最後の機会だからよく見てて。

 試作型を経て、Ⅱ型で錬磨し、Ⅰ型で収斂した魔剣の完成形。

 世界に7本しかない『聖剣』それを操る者の力を。

 貴女がこれから立ち向かわなければならない運命を。

 わたし達の──罪を」

 

 借りると、どこか遠くにお義母さんが呟いた瞬間……時間が引き伸ばされた。

 1秒が10秒に。10秒が100秒に。100秒が1000秒に。

 時計の針が遅くなり、停滞し、遂には静止する。

 雲の動きが止まった。

 風の流れが止まった。

 世界が、停止した。

 出鱈目だ。時間を停止させているとしか思えないこの所業に、私はそうと言わざるを得ない。

 驚愕と停止した時間の鎖に絡め取られ、動くことのできない私の前で、お義母さんはひとり高らかに詠唱を口ずさむ。

 

「刃金を穢せ、我が絶望──無明の過去(きのう)へ閉ざすため」

 

 莫大な力と、世界を呪う言葉が溢れ出す。

 底知れない闇を感じたその呪文(キーワード)は、本来なら光に溢れたであろう詠唱を穢し歪めていた。

 

「4双8本の沙羅双樹、釈迦の終わりを私は視る。

 マツヤが始め、クールマが支え、ヴァラーハが正し、ナラシンハが誅し、パラシュラーマ、ラーマ、クリシュナと世界は続く。

 しかしここに、9の化身は終わりを告げた。

 次なる救世は何時にならん?」

 

 悲哀と、絶望と、諦観と。

 色々な感情が混ざり合った言葉が紡がれ、握られた杖が鳴動する。

 

「やがて来たりし悪徳時代(カリ・ユガ)に、最後の1人が目を覚ます。

 汚物は悉く破壊され、黄金時代(クリタ・ユガ)が訪れた。これより先は、繁栄の道が続くだろう。

 我は預言者、傍観者、そして導く先導者。知り得た見果てぬ未来の夢を、終わりの時まで奏でよう」

 

 そして魔力が圧縮され──その時が訪れた。

 

天地失墜(Fallendown)──生死を巡りし円環の理、(ワルドバイスタン・)汝は世界に何を視るや(フォーチュンソウル)

 

 圧縮された魔力が爆発し、その衝撃で停止した時間が砕け散る。

 時の運行が元の流れを取り戻し、世界が漸く動き出した。

 

「邪魔」

 

 ──そして、一言で迫っていた魔法は霧散する。

 魔剣のような杖と聖剣?の二重起動? 聖剣を仮に魔剣と同類と仮定しても考えられない。そんなことをすれば、普通能力同士が干渉して魔剣も人も壊れてしまう。

 

「ッ!?」

 

 どういうことか答えを求めて、お義母さんに手を伸ばし──次の瞬間突然崩れた足場にバランスを崩して転倒した。微かに吹いた風によって、なぜか突然死亡した結晶憑きの死骸が溶けて消え始めたのだ。

 

「あっ……」

 

 当然支えを失った私は、地面に向けて落ちていく。

 大鎌を握ったまま、魔法も受け身も忘れて落ちていく。

 そんな中つい伸ばした手を、魔法陣が取り込んで固定した。

 

「これくらいで、驚かれても困る。まだまだ、これから」

 

 その陣を作ったのはお義母さんだったらしい。

 私を同じ高さにまで引き上げつつ、一度杖を振って何らかの魔法を発動した。どうにか探ってみればそれは、普段身につけている変装道具と似たような効果のもの……な気がする。

 

「それで正解。見分けられる人は、もうほぼいないから誇っていい」

 

 そしてそのままギュッと私を抱き寄せて、目線を合わせてお義母さんは言った。というか、考えていることを読まれている気がする。

 

「当たり前。それくらい、戦争の頃の私には出来る」

 

 戦争の頃の私? 私がそう疑問に思っていると、バサリと魔剣が変化した翼を鳴らしてお義母さんは言った。見せつけるように翼が羽撃き、頭上の冠が回転する。

 

「私の魔剣『占錬回帰カドケウス』の能力は、10回だけの死の否定と時間の回帰。

 今まで隠してたけど、私の身体が衰弱してたのはこれのせい。この能力を10回を超えて、何度死んでも使い続けていたから。決して、治る筈のない代償だった。ごめんね」

 

 フルフルと首を振る私を抱きながら、異形の翼を広げてお義母さんは恐ろしい量の魔法陣を展開した。ざっと数えるだけでその数は1000を超えている。

 その全てがお義母さんの腕の一振りで起動して、1つの巨大な眼のような形に変化する。

 

「晶樹接続──過去視(ポスコグニション)展開。

 敵存在輪廻(レゾンデートル)、視認。介入を開始」

 

 呟かれるのは未知なる詠唱。

 だけど、1つだけ分かることがある。

 空に広がる巨大な眼、()()()()()()()()()()()()

 

「大丈夫、アヤメには何もしない」

 

 ぎゅっと、優しく抱き寄せられる。

 それだけで、どうしてか安心して。

 

「……完了。過去挿入(クラッシュオーダー)──輪廻自壊(デッドエンド)

 

 無造作に杖が振られ、たったそれだけで街の至る所から謎の光柱が空に昇った。

 

「そして、これが私の聖剣『輪廻転成シャラソウジュ』の能力。過去を見るこの力を応用して、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……へ?」

 

 言われて、記憶の混濁を自覚する。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 事実ではないはずのそんな記憶が、自分の記憶に存在してい()

 出鱈目だ。

 私の知っている試作型の魔剣と比べても、大概に頭のおかしい力だった。過去に殺したことにするとか、正直意味が分からない。

 

「なん、なの?」

 

 増え続ける情報をなんとか整理して、どうにか口に出すことができたのはそんな言葉だった。

 お義母さんに抱かれ、各所で光の柱が立ち昇る崩壊した街の上空で、ただそんな馬鹿みたいな言葉しか出てこなかった。

 

 どうしてこんな状況になったのかは分かっている。

 

 私がうっかり正体をバラし……違う。私がどうしようもなく弱くて、お義母さんを守れなかったからだ。

 でも、どうしてお義母さんがこんなことになっているのか分からない。

 相手がまだまだいるなんて分かりたくなんてない。

 それに、お義母さんが死ぬなんてこと、分かりたくもない。

 

「状況は簡単。死に掛けの過去の遺物が、最愛の娘にカッコつけて死のうとしてるだけ」

「なんでそんな──」

「貴女が、最後の希望だから」

 

 キッパリと断言したお義母さんに、私は言葉を詰まらせた。

 

「可愛い子。でも、これ以上は教えない。

 あくまで私は先導者。導きはするけど、気づきは自分で得なければならないから。

 それにこの残り少ない命は、ダラダラと養われて生きながらえるより、アヤメのために使いたい」

 

 無数の光が立ち昇る中、意地悪く笑ってお義母さんが言い切る。

 そうして私に聖剣と呼んでいた杖を手渡し、無造作に両手を空に掲げた。

 

「なにを──」

過去再生(フラッシュバック)──大戦期:大結界〈クリストロン〉」

 

 次瞬、そこに空が落ちて来た。

 否、正確には空が落ちて来たと思えるほど巨大な黒い塊が、音を超える速さで直撃した。

 それはよく見れば、巨大な拳に見える。

 断片的な情報と、さっきお義母さんが呟いていた言葉。加えていつか使うことになると叩き込まれた知識が、その拳の主を最上位の悪魔である【デストロイ級】と断定する。

 

「もう、時間がないから、簡潔に」

 

 その拳を光る結界で受け止めながら、苦しそうにお義母さんが言う。

 一切の傷はないのに全身から光の粒子を零し、半透明になってきている姿は──消滅という単語を否応なく想起させてくる。

 

「その聖剣は、たった今から貴女のもの。

 そして、アヤメの運命は人間界で待っている」

「私の、運命?」

 

 聖剣を抱きながら、おうむ返しのように私は聞き返す。

 運命とは言っても、それが王子さまとの出会いとかそんな乙女チックなものじゃないのは分かる。

 自意識過剰かもしれないけど、きっともっと重要な……そう、世界の命運を握るような──

 

「そう。貴女はそれを選んでもいいし、選ばななくてもいい」

 

 肯定と、選択の自由をお義母さんは突きつけて来た。

 

「選べば、貴女は全ての真実を責任と共に知ることになる。

 選ばなければ、安寧と平穏堕落の一生を得ることになる。

 ここで決める必要はない。

 けど全ては、貴女の選択次第」

 

 溶け落ちる様に光の粒子を溢れさせ、輪郭すらぼやけて来たお義母さんが続ける。堰を切ったように、最後の言葉が叩きつけられる。

 

「墜ちた英雄。墜星・泡影、真なる名をティア・クラフトがここに宣言する」

 

 言葉にノイズが走り、一瞬だけ声が途切れた……気がした。

 

「ここが全ての始まり、運命の開始点!

 私という枷は消え、全ての歯車が回り出す!

 だからアヤメは、自分が信じたい道を進みなさい」

 

 どんな道を選んでも、貴女ならきっと大丈夫。

 だって、私たちの愛娘だから。

 

 そう言い残して、私を支えていた魔法陣が消失した。

 

「お義母さん!」

 

 そうして訪れた高高度からの自由落下。

 着地時の対策に頭を巡らせながら私が見たのは、今まで全容を見ることの出来なかった悪魔の姿。

 極めて発達した2対4本の剛腕と、鋭い牙の生えた口のみがある龍の様な頭部。それらを支える筋肉質の人型胴体から、鱗を持つ蛇体が生えた異形の生命。

 それが上空のクリフォトに蛇体を絡ませて、拳をこちらに振り下ろしている光景。そして、そいつの拳の下から溢れる青白い光が、【デストロイ級】の悪魔を灰に変えていく光景だった。

 

 落ちる。

 落ちる。

 落ちていく。

 

 風を切りながら、涙を飛ばしながら、ただただお義母さんの最後を見ながら落ちていく。

 何もできない無力感を味わいながら、最後の家族が、私にとって一番大切だった人が消えていく。

 2度と触れ合うことのできない、何処か遠くへ消えていく。

 

「どうして……」

 

 こんなことになってしまったのだろう。

 今日は、ただの楽しい誕生日でしかなかったはずなのに。

 お仕事をして、ご飯を食べて、それで帰るだけの筈だったのに。

 一体、どうしてこんなことに……いや、原因なんて分かりきってる。

 

「私の、せいだ」

 

 私が、今日街に出ようなんて思わなかったら。

 私が、ちゃんと戦えるくらい強かったら。

 私が、逃げ出すくらいのことが出来たなら。

 私が、私が、私が、私が……たらればであることは分かっている。過ぎた過去を振り返っても、後悔しか生まれないことは分かってる。

 だがそれでも、自分を責めることを辞められない。

 

「置いて、いかないで。おいていかないで、おかあさんまで、なんで……やだ……やだよ……」

 

 形見となってしまった魔剣を抱き締め、私はお義母さんがいた場所に問いかける。

 今はもう灰にのまれ、光も消えたその場所に。

 答えは返ってこないことなんて、とうに理解しているというのに。

 

 そうこうしているうちに、視界の端に城の尖塔が映った。

 

 ああ、もうそんな高さにまで落ちてきたんだ。

 魔法でも道具でもいい、そろそろ速度を抑えないと幾ら魔剣の加護があっても死んでしまう。

 けれど、それも悪くはないのかもしれない。

 だって今の私には、生きる希望も目的も、拠り所も無くなってしまったから。何も、なにもなくなっちゃった。

 

「よかった、見つけた!」

 

 そんな時のことだった。

 鎖を踏みつける音が鳴り、そんな声と共に私は誰かに抱きとめられた。思わぬ衝撃に瞑ってしまった目を開けば、レーナさんが私のことをとても心配した表情で私を見つめていた。

 

「なんで、助けたんですか?」

「そんなの、助けたいからに決まってるわよ」

 

 死んでしまってもいいかな。そんなことを考えていた自分が馬鹿みたいに思えるほど、真っ直ぐな答えがすぐに返ってきた。

 きっとこれが英雄とか、勇者とか言われる人たちが基本的に持ってるもので……私には、きっと得ることの出来ないものだ。

 

「情けないなぁ……」

 

 今更のことだった。

 色々な感情が混ざって溢れ出て、ぽろぽろと涙が溢れていく。

 生きていることすら恥ずかしくて、杖を抱き顔を隠して縮こまる。

 

 そんな私を、レーナさんは何も声をかけせずにいてくれた。

 

 鎖を踏む音が聞こえる。地面に向かって降りていくのを感じる。

 その心地よい揺れの中で、私はいつのまにか気を失ってしまっていた。

 

 これが、後に『灰の襲撃』と呼ばれるこの事件の顛末。

 

 ただの無力な子どもでしかなかった私が、最後の家族を失った終わりの始まりだった。

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