広がった花畑の空を追うように、空に輝く丸虹も広がっていく。さらにその後を追って、花畑の元外縁から現外縁に向けて無数の草が生い茂り、花を咲かせて行く。
「きれい……」
私なんかが楽しむ権利はないのだろうけど、思わずそんな言葉が溢れていた。魔界に来てからはあまり見れなった青空も、明るい世界も一面に広がっている。それに何故か涙が溢れそうになって──無理やりその気持ちを押さえ込んだ。
「ああ、先に言っておくぞアヤメ。『私なんかに楽しむ価値はない』などと宣うでないぞ?」
そんな私の内心を読んだかのように、リィンさんの目が私を射竦めた。
「これは美しい光景だ。余が作りたい夢の光景なのだ。そしてこの光景はアヤメの尽力無しでは作ることは出来なかった。つまりアヤメがこの光景を楽しむ価値がないと己を蔑むのであれば、この光景も同じ価値に堕ちる。それは余の描く夢を愚弄することと知れ」
「そう、ですか」
「リィンに同意する。それに当方は、常々自分の価値を下げるものではないと忠告をしていたと記憶している。改善がないことの方が、余程ではないか」
「です、よね。悪いのは私、分かってます」
アインがそういう意図で言ったのではないことくらい分かっている。でもそういう解釈をした方が、私にとっては心地よい。認めよう、私は歪んでる。アインに散々言われてるのだ、それくらいの自覚は出来る。尤も、自覚できても改善出来る訳ではないけど。
「否定する。当方はそういう意味で発言した訳ではない」
「分かってます。でも、そう受け取りたかったんです。私が」
何せここには、悪意がない。意味も無く私を迫害したり、嫌ったりする人がいない。本当ならそれはいいことだけど、あまりもむず痒い。居心地が良くて、あんまりにも良過ぎて……鈍ってしまう。
それでも、今だけはその空気に流されてもいいのかも知れない。そう思って、大きく息を吸い込んだ。獣人並みに五感が置き換わったせいか、それだけで多種多様な花の香りが感じ取れる。
「そんなことより、そうですよね。これが、私が手を貸して作られた光景、なんですよね……」
一通り香りを堪能して目を開けば、相変わらず視界の半分程は咲き誇る花々が埋め尽くしている。ザッと見て薬草も毒草も、香水に使える花に、ご禁制の麻薬にも麻酔にもなり得る花まである辺り、相当に混沌とした花畑と言う他ないだろう。その分綺麗だけど。
「そうだぞ、誇るが良い。まだ大陸の1%にも満たぬ広さだがな!」
「そうです、ね。なんだか少し、元気が出た気がします」
なんとか笑顔を作って答える。もう短い命なんだ、落ち込んで無駄にする暇なんてない。差し当たっては、不便だし早く私の脚を作ってしまおう。
「それでは報酬だ。曲がりなりにもお前様の脚を切断したのは余だ。故にこそ、責任を持って再生が出来る場所を紹介……いや、そうだな、やはり案内しよう!」
「へ?」
そんな考えを巡らせ始めた瞬間だった。そんな私の考えに先回りをするかのように、リィンさんが爆弾発言をしたのだった。
「余だけであれば特段準備はいらないが、脚を失ったアヤメを連れて行くとなると準備が必要でな。アインと約束していたのだが、言いだすのが遅れてしまった」
「え、あ、いや、そもそも私は初耳ですし……そんな約束してたんですか? アイン」
「肯定する。リィンからの提案で、サプライズとして情報を秘匿していた」
「ぬか喜びさせる訳にはいかぬからな」
どうだとでも言うかのように胸を張るリィンさんだけど、そういうことは事前に知らせておいて欲しかった。嬉しいのだけど、なんというか素直に喜べない。
「あの、その、ありがたいんですが……魔剣の修復が終わったので、今日から義足作ろうとしてたんですけど」
「え……」
ポロリと、リィンさんの手からニードヘッグが落ちた。同時に魔剣の限界駆動が途切れ、ニードヘッグ……面倒くさいから(剣)と(龍)で区別しよう。
剣の方がリィンさんの手から滑り落ち、限界駆動が切れたことでニードヘッグが自由意志を持ったのか飛び立った。動きの軌道を見る限り花畑の中を動くだけみたいだけど、私はあんな動作を設定も想定していない。正直、ちょっと怖い。
「お、お前様も年頃の乙女であろう!? 良いのか? 機械で出来た無骨な脚なんぞになってしまって!」
「? ええ、まあ。パパが義腕でしたし、ママも気紛れに腕を増やして作業してましたから」
それに設計図とか整備資料は家から持ち出してきてるから、人肌と同じような
「当方の中にあった恩人の像が、アヤメといると致命的に崩壊して行くのだが……」
「まあ、実際そんな人でしたからね。ゲテモノ料理とかも好きでしたし」
いつも感じている視線が笑っているかのように揺らぐのを感じつつ、なんとも言えない雰囲気を醸し出すアインに答える。ママの世界の漫画にハマった時とか、唐突に龍を狩ってきて脳みそ食べることになったし。そのこと知ったのは翌週だったけど。
「まあそれは兎も角です。もう少しだけ待って貰えませんか? そしたら、最低限歩くくらいは出来るようになると思うので」
「危険な旅路にはなるであろうし、荒れ果てたとはいえ山を越える故そうであれば有り難いが……」
「それじゃあ決まりですね」
義手義足の最大の問題である、成長によるサイズの変化を考えずに済むのだ。それくらいで済ませてみせる。どうせなら、いっそ取り込める要素は全部取り込んで作ってしまおうか。
「となると、余は暫く何もすることがなくなってしまうのだが……」
「この光景が夢だったんですよね。それに今まで休むことなく働いていたなら、少しくらい休んで楽しんだらいいと思いますよ?」
「それもそう、ではあるが……何か無いのか、こう、何かをしていなければ落ち着けなくてな」
「ワーカーホリックですよ、それ」
「アヤメの言えることでもあるまい」
「ですね」
即座にそう答えるとリィンさんが笑い、私も苦笑いが浮かんでしまう。そう言われれば、私も否定はできない気がする。
「当方も同じく、実行すべきことが無い」
「あ、アインにはちょっと手伝って欲しいことがあるので、私の部屋に来て下さい」
「認識した」
義足の構造上、多分接続するならアイン手足を参考にした方がいい。体格的に私が痛みで暴れそうになっても、アインの方が押さえ込んでくれそうだし、そっちの面でも期待はある。
「あっ、それと話は変わるんですけど。切断したっていう私の両脚って残ったりしてませんかね? あと多分今までリィンが撃退してきたであろう魔剣とか」
「前者は恐らくもう骨になっておるだろうが、後者はガラクタ同然のもので良いなら無いこともない。何に使うのだ?」
「義足ですけど? アインっていう前例もありますし、折角なら私もそうしようかと」
この前分かった「魔剣にはママの命が込められている」っていう性質上、多分相性は悪くない。それでもって、骨格だけとはいえ脚があるなら、採寸も苦労しないで済む。
「当方は何か、アヤメの役に立つのか?」
「ええ、すっごく」
それこそアインがいなければ何も始められないくらいだし、その他にも色々と手伝ってもらうつもりだ。アインなら、他の人よりかは信用できるし。
「……あ、そうだ。リィンの髪の毛を一房と血液をちょっとと、生え変わった鱗とかもあれば買い取れませんか?」
「そ、それも義足に使うのか?」
使える物は全部使おうとそう提案したのだが、思いっきりリィンさんは引いた顔をしていた。なんだかよく分からない生き物を見る目で私を見ている気がする。
「はい。力ある者の身体の一部って、基本的にすっごく良い触媒になりますし。どうせなら呪いに対する耐性みたいなのも付けようかなと思いまして」
要は魔物とかの皮とかと同じ扱いだ。髪の毛とか骨とか、倫理的な問題は兎も角かなり良い素材なのだ。利用しない手はない。処女の生き血とかはその筆頭だ。自給自足出来る上、錬金術を使うなら死ぬほど効率の良い触媒だし。
「そういう、ことであれば。売ってやらん、こともない。うぅ……余にこのような辱めを受けさせて許すのは、アヤメしかおらぬぞ……」
「光栄ですね」
「皮肉だぞこれは……昼頃には持って行く」
「ありがとうございます」
顔を赤らめて逃げ出すように飛んで行ったリィンさんに手を振りつつ、さてと考えを落ち着かせる。今日も徹夜なのは良いとして、器具と作業場、薬品辺りは新しく用意しなくちゃいけない。本当なら自分の魔法でなんとかする所だけど……
「アイン、ちょっと摘みたい花があるので、少し車椅子押しててもらえますか?」
「認識した。任せると良い」
必要分、花畑から拝借しよう。ずっと部屋に篭りっきりっていうのも良くないし。楽しんで良い以上、少しはこの雰囲気を味わいたかった。
◇
それから数時間が過ぎ、日がとっぷり沈んだ頃。飛んでいる筈なのに揺れも傾きもないニードヘッグ内の部屋に私は戻っていた。
機体が再生したことで、内部も相応に機能が復活してい。電灯ならぬ魔灯が館内には復活しており、明るさは十分以上に確保された。そして、明らかに時空魔法由来の空間拡張までが復活していた。
「麻酔よし、止血剤よし、洗浄用の溶液よし。こっちがリィンの血で、こっちは私のと」
昨日までと違って部屋の机上にある物は、試験管やらビーカーやらが大半を占めていた。今日は血しか使わないけど、私のスキル内じゃ劣化する以上新しい物を作った方が安全なのだ。
「さて、準備も終わったし作りますか」
車椅子を回転させてむいた壁際にあるのは、一対の骨格とガラクタとしか言いようのない金属の残骸たち。完全に骨だけになった私の足と、リィンさんの破壊した魔剣だ。
「こうして骨だけを並べてみると、私の足って随分小さくて細いなぁ」
どんな感じで肉が付いてたのか分からないけど、両手で握ると折れそうなくらいには。後で触媒にするとはいえ、自分の骨を生きたまま見るとは不思議な気分だ。
そして問題が、魔剣の残骸だ。ある物は破断しており、ある物は捩じ切られ、ある物は融解し、ある物はぐしゃぐしゃに変形している。そんな残骸の数はゆうに50を超えており、曰く全てが魔界の魔剣なのだという。
「今や
両手を組んで目を瞑り祈る。完全なる私の自己満足だけど、これら或いは彼らに向き合うには必要なことだと感じているから。そうして数分間の祈りを捧げた後、組んでいた手も瞑っていた両目も開く。
「これより、製作……いえ、再誕を開始します」
気を引き締める。これは失敗できない作業だ。剣としては無理でも、魔剣の残骸を打ち捨てられた骸から別の物に再誕させる。
目標は私の義足の製作
基礎設計はパパの義手である浪漫式
アレンジはアインの義体である魔剣式を採用
重視する点は耐久性と操作性
動力は浪漫式ではなく魔剣式を採用
操作方法は両者の、要は思考と反射の融合
素材は剣の骸と各種素材
精錬の触媒として、私の血と髪と骨
対呪の触媒として、リィンの血と髪と鱗
搭載機能は最低限、発熱機と冷却機だけ
思考の整理は十分。部屋が拡張されたことで設置できた炉の調子も良好。錬金術用の作業場の整頓も完璧。誰も入ってこれないよう、部屋には鍵を掛けて扉の外には張り紙もした。抜かりなく、集中が途切れる事もない。
集中。思考没入。誕生日に打った刀なんか目じゃないくらいのものを完成させるため、私は槌を構えた。