銀灰の神楽   作:銀鈴

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主人亡き剣骸【03】

「これでよし、と」

 

 時間感覚は無くして久しいけど、時計の進みからして大凡12時間。以前までの技量じゃあり得ないほど短時間で、私は自分の義足を組み上げることが出来ていた。

 ただこれは、私の力だけじゃない。砕けていた魔剣がこうなりたいと、私に言葉ならぬ言葉で伝えてくれたからできたことだ。こうなりたいという場所に形を整えて配置して、明らかに無理そうなものは何とか説得して、足りない部分は私とリィンさんの素材で補って、そうやって出来上がった物だ。もう二度と同じものは作れないと思う。

 

 ただ1つ問題なのが、エターナル・ツヴァイと同質の気配を、この無銘の義足が放っていることだった。文字通り血と涙と祈りと想いの結晶だから、さもありなんという結果ではある。

 一応鑑定系と看破系のスキルを合わせて使ってみるけど、文字化けした情報しか読み取れずに不発。経験則からして、ちゃんと名前をつけろということだろう。

 

「でま、適当な名前はつけられないしなぁ」

 

 何せ、これから死ぬまで付き合う相棒なのだ。下手な名前を付けたくないし、何より力を貸してくれた魔剣たちに失礼──あっ。そっか。ママがいつも言っていた言葉って、そういう意味だったんだ。

 作る私たちにとっても大切な物に間違いはないけど、使う人にとっては……それこそ義足とかは自分自身になるものなのだから、『作品は自分の子供』なのだ。

 

 素材となった想いは既に力を尽くしてくれた。

 なればこそ、今度は私の願いと祈りを込めるべきだろう。

 

 私に祈りを捧げる資格があるとは思えない。だったら、せめて願いを込めるしかないだろう。

 私が魔剣に求めることは、私が死ぬまで付き合ってくれること。私自身の願いは……このまま、消えて無くなりたくない。何か私という存在がいた証を残したい。誰にも言わないけど、これくらいだろうか。

 そして、生きた証と聞いてパッと思いつくものが──

 

「子ども、かぁ」

 

 こんなでも私が女ということを考えると、思いつくのは子どもとか、赤ちゃんとかだった。非現実感とちょっとした憧れ、それと夢が混じった考えだ。もう10月10日も生きられないうえ、どうにも子宮を含めた一部内臓が動いてない“らしい”身としては叶わない希望だけど。

 

「とりあえず、部屋から出よう……」

 

 ここ数日の働き詰めで疲弊した思考を一旦切り上げた。こういう時に考え事をしても、きっと良い案なんて浮かんでこない。リィンさんには悪いけど、もう少しかかりそうだし外の空気を吸いたかった。

 とりあえずずっと張っていた結界を解除して、義足を膝の上に乗せる。冷たい金属の肌触りだけが伝わってくるそれを一撫でしてからスキルに投げ込み、車椅子を反転させた。

 

 今の時間はここ数日、朝ご飯を食べていた時間の少し前。となれば、2人は今食堂にでもいるのだろうか? そう思って部屋から出たところで、尻尾を揺らして歩くリィンさんと遭遇した。

 

「あ、おはようございます」

「おはよう、ではなかろうがその顔は。またロクに寝ておらぬだろう」

「……そんな酷い顔してます?」

「濃いくまが出来ておるぞ」

「そですか」

 

 仮眠は挟んでいたから大丈夫と思ってたけど、ダメだったらしい。目の下辺りをリィンさんになぞられ、くすぐったい感覚が走った。

 

「これでは今日に出発は出来ぬな。もう少し体調が回復しておらぬと、呪いに呑まれて死んでしまう」

「なんか、ごめんなさい」

「構わぬ。余は待つのには慣れているからな。それよりも、アヤメはゆっくりと身体を休めよ」

 

 そうやって頭を撫でられるのも、悪くはないと思えてしまう。やっぱり、違うとは分かっていてもママに似ているからだろうか。なんて益体のない考えまで浮かんでくる。

 

「それで、義足はどうなったのだ?」

「カタチは完成しました。後は名前を付ければ完成なんですけど、そこで迷ってて」

「朝ご飯の調理が完了した。探したぞ」

 

 そう話しつつ、車椅子を押してもらっている時だった。通路の向こうから、エプロンを身につけたアインが顔を出した。そういえば厨房の一部備品も復活していたんだっけ。

 

「アヤメもいたのは予想外だが、特に問題はないと断定する。まともな調理器具になったおかげで、当方でも十分に美味い食事を提供可能だと考える」

「それは楽しみだ!」

 

 るんるんという効果音が似合いそうな声音でリィンさんが言うのを聞いて、釣られて私も少し楽しみになってきた。ああでも、その前に良いタイミングだし聞いてしまおうか。

 

「あ、そうだ。アインに聞きたいことがあるんですけど、良いですか?」

「肯定する。朝ご飯が冷めない時間であれば構わない」

「ならですね。アインって、自分の子どもの名前って考えたことあります?」

 

 その言葉で、空気が凍りついた。

 

 

「つまり、だ。要約するのであれば『義足につける名前の参考に、唯一の男である当方に意見を聞きたい』ということか?」

「そういうことですね」

「であれば、もっと良い言い方があるであろう……あらぬ勘ぐりをしてしまったではないか」

 

 ご飯も食べ終わり一息ついた後。ニヤニヤとしながら、そういう話になっていた。どうやら私の話の聞き方が随分と不味かったらしく、誤解を解くのにかなりの時間を要してしまったけど。

 

「当方に生殖器官は備わっているが、機能は備わっていない。であるというのに、リィンの考えは不合理だ」

「そうですよ。私だって調べてみた限り、子どもを作る機能は死んでるんですし」

「それでもだ。男女が子どもの話をするなど、勘ぐれと言っているようなものだろう?」

 

 同意を求めるようにリィンさんが見てくるけど、正直に言ってわからない。本来私くらいの世代の子って、どんな話をしているんだろうか? 

 

「それで、自分から話題を振ったのだ。自分は決めておるのだろう?」

「女の子の方はまあ。うちの家庭って、女の子は日本式の名前を付けるって決まりみたいですから……」

 

 ママとお義母さんがそう言っていただけの話だけど、もう私しか決められない話だから。そう言って悩んで、決めた名前が一つある。

 

陽月(ヒナキ)って、そう決めてます。まあ、現実にはならないですけどね」

 

 因みにママの名前は日本語だと『伊織(イオリ)』、私の名前は日本語だと『文目(アヤメ)』になる。私みたいな目に遭わずに、月の光みたく優しい、誰かの陽だまりになれる様な──そんな願いを、込めたかった。

 

「ふむふむ。ではアインが考えるべきは男の子の名前であるな」

「だが当方は、この様な時代に子どもは生まれるべきではないと考える。この世界は、慈悲がない」

「それでも考えるものだ。アヤメだけが明かすのは不公平てあろう」

「むぅ……」

 

 リィンさんがそう言うと、アインは顎に手を当てて考え込み始めてしまった。真剣に考えてくれるのは嬉しいけど、困らせるつもりはなかったんだけどなぁ……

 

「そう言うリィンさんは、自分の伴侶とか考えないんですか?」

「考えぬ。余は自分を誇りには思うが、余の血は余自身の代で絶やすべきと考えているからな」

「それって、どうしてですか……?」

「乙女の秘密だ」

 

 そう言われてしまえば、私に追求することはできなかった。一回アインをそうやって誤魔化した以上、甘んじてそれは受け入れるべきである。ただ私の時とは違って、誤魔化す顔に暗い影が落ちているのは無視したくはなかった。

 

「決めた」

 

 だから、どうにかして手を伸ばそうとした時。アインの言葉がそれを遮った。

 

「あくまで可能性でしかないが、付けるとしたら『エティノザーマ』と想定する」

「えと、確かそれって鉱石の名前ですよね? 精神感応系魔法金属のスミナメタル……俗称エモーショナルメタルの」

 

 アインが言った名前は予想外なものだった。スミナメタルは素肌(に該当する部分)で触れている者の心の動きに応じて変形して、磨けば宝石の様に輝くという面白い性質の金属だ。義足にも一部使っている。だけど、何故?

 

「肯定する。アヤメならば知っているだろうが、スミナメタルの原石の石言葉は『幸せな人生』だ。もしこの世界に産まれる命であれば、そう願うことが良いと判断した」

「良い名前ではないか、うむ」

「やっぱりこのご時世だと、名前に込める祈りって似ますよね」

 

 私のアヤメって名前も、元は花言葉から来てるらしいし。でもパッと石言葉が出てこなかったのは何か悔しい。後で鉱石大全見直しておこう。

 

「となると、その方向性で名付けた方が良いですかね……」

 

 私のもアインのも、どちらも共に現代語の名詞だ。となると、名前に力を持たせるなら古代語を混ぜた方がいい。明確にそうと言われてるわけじゃない、不文律というかジンクスというか、そんな感じのものだけど。

 

「ムトゥネモーンとセプス。ヒナキとエティノザーマの組み合わせかな」

 

 両脚の義足なのだから、どうせなら片方ずつに名前を付けよう。均衡を崩さないために、名前の長さは大体同じくらいにするとして。そしてその2つを私の名前で縛れば、多分良い感じになる。欠けたパズルのピースが嵌る感覚がしたから間違いない。

 

「アヤメよ、そのむとぅねもーんとせぷす?とやらの意味は何なのか教えてくれるか?」

「ん、ええ。構いませんよ」

 

 首を傾げて聞いてきたリィンさんに私は頷いた。アインも首を傾げてるっぽいし、説明したところで不都合も何もないし。

 

「どっちもこの世界の古代語で、ムトゥネモーンの意味が、永遠が6割、満月が3割、死が1割。セプスの意味が、希望が4割、風が3割、星が2割、共同体が1割……だった筈です」

「どういうことだ?」

「古代語って今私たちが話してる言葉と違って、意味が複数あるというか、いくつも名前とか行動がくっ付いてるというか、そんな感じの言葉なんです」

 

 だからこそ文献によって古代語は訳し方が違うし、辞書ですら数冊発売されてるというクソみたいな言語だ。その分、なんというか“力”と表現する仕方ない何かが宿っているのだけど。

 

「じゃあ、リィンにも早く寝ろって言われてますし、さっさと義足の取り付けを──」

「少し待ってくれ。その前に、古代語が分かるのであれば、アヤメに聞きたいことがある」

 

 善は急げと動こうとした私を呼び止めたのはリィンさんだった。その目は躊躇う様に揺れ、けれど覚悟を決めた様な光を宿している。

 

「専門文献となると無理ですけど、一般的な古代語なら読み書きは出来ますよ? あと、短文くらいなら発音も」

「であれば、であればだ。古代語でラーグルフリョゥトリムルンとは、なんの意味があるかわかるか?」

「えっと……ちょっと曖昧ですけど、脅威なる者、王権の成就の証。直訳すると、災いを取り除く……祓う?龍の力とか、輝きとか、祝福とか、そんな感じになると思います」

 

 災害記録とか、戴冠記録とか、そんな感じの文献でよく見た記憶がある。だから意味はそんな感じであっていたと思う。

 

「でも、なんでそんなことを?」

「少し、気になったのでな。あまり気にするでない。

 それよりも、義足を取り付けるのだろう? 余も見物して良いか?」

「え、はい。別に良いですけど? あとアインは手伝ってください」

「認識した」

 

 何か釈然としないけど、さっきも見えた影が余りにも濃かったから追及はしないでおく。あれは絶対、気安く触れてはいけない部分だから。

 そう自分に言い聞かせて、アインに車椅子を押してもらって私の部屋へ。そして、未だ暴発しそうな力の不安定さを感じる義足を取り出した。

 

「それじゃあアインは後ろから車椅子を抑えるのと、私を中心に闇属性の殺菌の魔法を展開し続けてください」

「認識した」

「リィンさんは見物を……ああいや、万が一時の為に回復系の魔法を使える様にしててくれると嬉しいです」

「うむ、そのくらいであれば良いぞ」

 

 2人にそうお願いすれば、もう恐れることは殆どない。突発的などうしようもないハプニングとか、運による致命的な失敗くらいのもの。

 

「ありがとうございます。じゃあ、手術を始めましょう」

 

 パチンと、精密作業用ゴム手袋をはめる。これでアインの魔法が途切れない限り範囲内は無菌だ。中々コストの高い魔法だから、手早く行こう。

 

 取り敢えず最初に、服が邪魔なので太腿が見えるくらいまでたくし上げる。アインは後ろにいるから見られる心配はない。次に、事前に調合しておいた麻酔を膝に注射。軽く叩いて感覚が消えたのを確認。体質上、麻酔も短時間しか効かないのだ。ここからは時間との勝負である。

 

 あとは自分に猿轡を噛ませて──そのまま一気に右膝を、骨が見えるくらいの深さまで切り裂いた。

 

 麻酔の効果を超えて、私史上10本の指に入るくらいの激痛が走り、一気に血が流れ始める。けど取り敢えず血は回収しつつ、痛みは我慢出来るので無視。そうして、魔剣の接続部を傷口に叩き込んだ。

 

「ッッッ!!!!」

 

 痛みは我慢。このまま私の意識はともかく、脳と感覚が義足を脚だと誤認するようにゆっくり再生させていく。それによって、鋼の色が血の色に染まっていく中、肉体から義足にグラデーションのように接合部が変わっていく。

 そして薄くではあるけど五感が通じれば、接合が成った証拠である。魔剣にはセプテントリオさんが持っていた様な、生体融合型と言うべき物もあるのだ。ちょっとグロいことになったけど、不思議なことじゃない。皮肉ではあるけど。

 

もふひっはい(もう1回)!」

 

 そして同じ手順で左脚も接続し終えた辺りで、麻酔が切れたことによる激痛が爆発した。猿轡を噛んで悲鳴を我慢しつつ、涙で歪んだ視界のまま慣れるまで耐え切る。何せまだ、一切終わってなんかいないのだから。

 

「大丈夫、なのか?」

「なん、とか、耐えます」

 

 非常に慌てるリィンさんに答えながら、義足に魔力を流す。お前は私のものであると、一部であると認識させて、不安定さを私の魔力で押さえ込んでいく。

 

「アヤメ・キリノの名に於いて命名します。

 私の右足、貴女の銘はムトゥネモーン・ヒナキ

 私の左足、貴方の銘はセプス・エティノザーマ

 2人合わせて銘は躯永剣脚(がいえいけんきゃく)アイリス!」

 

 瞬間、無数のことが連鎖して起こった。

 

 1つ目は、私が命銘した義足の色がミスリル色(私の色)に染まり上がったこと。

 2つ目は、零れ落ち続けていた私の命が一気に、最低でも2ヶ月分は消滅して魔剣に流れ込んだこと。

 最後に、普段私を見ている視線とは違う、息が出来なくなるような、灼き焦げるような感情がこもった視線が、遥か上空から私に焦点を合わされたこと。

 

 一瞬遅れて艦内に鳴り響いた警報音と点灯した赤色灯が、何か致命的な者に見つかったと言うことを知らせていた。

 




かくして、優しさで錆び付いた歯車は回り出す
その程度で運命の輪の巡りは止まらない
済し崩しであろうと、既に道は選ばれているのだから
それがいつ始まり、いつ終わるのか、誰1人とも知らぬまに
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