銀灰の神楽   作:銀鈴

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主人亡き剣骸【04】

《WARNING! WARNING!》

《魔力式高出力ロックオンレーザーが照射されています》

《ロックオン元特定。上空10,000オーバー》

《魔力逆流により逆探知計器破損》

《当艦は只今より、緊急回避航行へ移行します》

《WARNING! WARNING!》

《超高濃度呪詛汚染領域に突入します》

《艦内密閉を完了しました》

 

 振動も、移動によるGもない。ただそれでも、今が緊急事態であると言うことは何よりも明確に分かっていた。だけど嗚呼、それよりも、それよりも、私は視線の主と()()()()()()()()()()()

 

「あ、嗚呼、あァ……」

 

 どうしてそう思ったのかは分からない。そもそもアナウンス通りなら目視すらできない距離だし、そもそもニードヘッグの装甲で視界なんて通ってない。それなのに、この焼け焦げる視線の主は私を、ひいては迂闊に天井を見上げてしまった私に、視線が合わされていた。

 

「アヤメ! アヤメ! チィッ、アインよ、正気に戻せ!」

「認識した」

 

 そんな2人の会話も頭に入ってこない。それくらい私は、重圧すら感じる視線に釘付けにされていた。

 まるでそうあるのが正義とでも言うかのように、視線に込められた赫怒が私の中にあるモノと同調する。させられる。同化させられていく。あの時の感覚が、自分も世界も焼き尽くすような赫怒が戻ってくる。

 

 ー そうだ。貴様の本質はそうでなければならない ー

 

 そんな中、頭の中に直接そんな声が響いた。聞いたこともない、そう、聞いたこともないはずの声。老成された男性の、聞くだけで心が焼き尽くされるような怒りの熱が込められた言葉。

 

 ー 貴様の抱くその怒りは、紛れもなく正しい感情なのだから ー

 ー その怒りは正義だ。今ここに至るまで、受け続けてきた迫害への正しき反応だ ー

 ー 怒りに身を焼き焦がせ、叛逆しろ。世界を滅ぼせ、貴様にはその資格がある ー

 

「違、う。私はそんなこと、望んでない!」

 

 身体を揺らすアインも無視して、精一杯の意思を振り絞って反論した。確かに憎いとは思う。でもそれだけだ。どうせ後1年……いや、さっきの感覚からして10ヶ月しかない命なのだ。私が我慢すれば事足りる。

 

 ー 何故耐える必要がある? ー

 ー 何故諦める必要がある? ー

 ー 貴様は吼えただろう。こんな世界は拒絶すると、壊してやると ー

 

 視界の端に火の粉が散り始める。尻尾のあたりが焼けるような熱さを発している。これ以上は魔剣につけたリミッターが壊れると、そんな直感が走るギリギリのラインで──漸く、声の主に当たりが付いた。

 

「やって!」

「認識した」

 

 ー 貴様は俺の同類d ー

 

 言葉は、アインの蹴りで車椅子から叩き落とされたことによって中断された。案の定、目線を合わせなければこのテレパシー地味た技を使うことはできないらしい。

 

「状況は分かるか? アヤメ」

「ええ、多分私が誰よりも」

 

 荒れた息を整えながら、なんとかアインに返事をする。何とか立って説明しようとして……まだ脚に力が入らず諦める。アインの肩を借りて車椅子に戻り、身体に残る視線の重さを吐き出すように言う。

 

「墜星、しかも私とアインが会ったアレとは別のやつです」

「どうして分かる?」

「今も、2つの視線に見られてますから」

 

 いつも通り私を見定めるような、あの女の墜星の目線に加えて、今私を見ているのはもう1人。焼け焦げるような老いた男の墜星の目線が加わっていた。

 

「何か対抗策はあるか?」

「ないですよ! 目を付けられた原因は分かっても、理由がわかんないんですもん!」

 

 それに冷静に考えて、勝てるビジョンが一切浮かんでこないのだ。私とアイン、リィンさんの全員が試作型魔剣持ちなら別だけど、そんな都合のいいことは無い。私のは解放できないし、そもそもアインは持って無いし。

 目を付けられた原因はわかってる。私の義足であるこの魔剣だ。でもなんでこれを作っただけで狙われるのか分からない。引き起こした当人であるというのに、私には。

 

「すまない」

「……いえ、私こそ慌てすぎでした」

 

 申し訳なさそうに目を逸らしたアインを見て、沸騰しかけていた思考が冷や水を浴びせられたように落ち着かせれた。私は何をアインに当たってるんだ、馬鹿じゃないのか。

 

「でも、1つだけわかることはあります」

「なんだ?」

「このままじゃ死にます」

 

《艦尾に被弾》

《尾部ユニット断裂。第85〜89隔壁閉鎖》

《再度戦術データリンクへの接続を試みます》

 

 直後、艦内が揺れた。まず間違いなく、この視線の主の攻撃が原因だろう。この不愉快な、私を舐め回すように嘲るように試すように見る不快な視線が、言外に物語っている。

 

「そういえばリィンさんは?」

「頭部操縦室だ。なんとかすると言っていた」

 

 確かにあそこなら外が見える分、色々と動きやすい。でもそれは、魔剣を持ってるリィンさんだけの特権だ。私たちが行ったところで、邪魔以外の何者でもない。であるなら──

 

「当方とアヤメは、打って出る他ないか?」

「ですね。自分の目で何が起きてるのか、見ないことには何も始められません」

 

 情報、情報が何よりも足りない。ここ最近、あんまりにも私はたるみ過ぎていた。何が寝てないだ、何が修復だ。それ以外にもやるべきことが、経験から考えるべきことが沢山あっただろうに。

 

『話は聞いていた。余は今手が離せぬが、何か出来ることはあるか?』

 

 どう艦外に出撃するか頭に浮かべていると、丁度いいタイミングでリィンさんが艦内放送で話しかけてきた。確かニードヘッグは──

 

「あります! アイン、箒出してすぐ飛べるようてください!」

「アヤメも出るのか?」

「防具はないですけど、出ます」

 

 Ⅱ型までの魔剣なら話は別だけど、相手にするのは試作型魔剣とその担い手すら軽くあしらえる相手……しかも私達が遭遇した奴ではなく、完全戦闘型とでも言うべき相手だ。どうせあってもなくても変わりはしない。

 

「……死んだら死んだです。どうせこのまま隠れてても変わりません」

「それは……」

 

 何か言いたげなアインを尻目に、私も外装を装着させた箒に跨る。感覚のない足でペダルを踏みしめ、ふわりと浮き上がる箒に身を任せる。

 

『では飛ばすが、その前に1つ忠告だ。余たちは既に呪界に突入しておる。アヤメたちでは、10分も生きてはおれぬだろう』

「上等です!」

 

 返事をすると、私たちの足元に極めて緻密な魔法陣が浮かび上がる。一個人では使えない、儀式などで使われるような高度な転移魔法だ。

 

『アインよ。短い期間しか接しておらぬが、お前様もアヤメも余の初めての、大切な友達だ。死なせないでくれ』

「認識した。いや、当然だ」

『では転移を開始する!』

 

 私には聞こえないよう会話が気になったけど、それについて話す前に視界が暗転した。転移特有の微かな浮遊感の後、私が感じたのは圧倒的なまでの暗さだった。

 

 ここ数日滞在していた花畑とも、元々いた獣人界とも違って、文字通り闇に包まれているとしか言いようのない暗さ。夜のそれに近いそこには、()()()()()()()()()()

 

「ッ!?」

 

 言葉を紡ぐ余裕もなく、私たちを狙って曲がった斬撃を回避する。安堵して吐いた息を取り戻そうと口を開き、肺が腐り落ちるイメージを受けて中止する。忘れていた、ここはそういう世界なのだ。

 

「アヤメ!」

「っ、すみません、助かりました」

 

 私より早く結界を展開してくれたアインのお陰で、なんとか呼吸を整えられた。その状態で見る天から堕ちた斬撃は、遥か下方の大地を断ち割り、クレバスとでも言えそうな傷跡を大地に刻んでいた。

 もし直撃していたら、そう考えとる血の気が引く。ああ、だけど──

 

()()()()

「何をだ?」

「攻撃が何かです! 下手人は知りませんけど!」

 

 アインと並びジグザグに回避しつつ飛び、その中でなんとか生み出した空隙で答える。

 

「天断だか天堕断だが、そんな名前の武技です!」

「武技……?」

「人間専用の技術です。見たことは小さな頃に2、3回しかないですが、間違いないかと」

 

 今ではもう、ほぼ誰も使うことの出来ない技術だ。純血種の人間にしか使えない、格上に対して致命傷を与えるための必殺。

 その中でも特にこの技は、ママが私を産む前に英雄アルディート・ガラントが生み出した技だった筈だ。特徴は確か……一回斬撃が打ち上がってから、強化されて落ちてくる。

 

 ダメだダメだ、打開策にはなりそうにもない。

 

『『『『『████(ミツケタ)』』』』』

 

 そして、状況は私に悩むことも許してくれなかった。

 

 悪意は上からだけではなく、下からもやってきた。

 

 【悪魔】旧世界を滅ぼした███からの██。

 

 飛んできた《ビースト級》の悪魔を視認た瞬間、頭痛を伴いノイズ混じりのそんな単語が頭に思い浮かんできた。

 大きく裂けた様な口のみが存在する頭部、大型肉食獣のような胴体、数本の触手が編み込まれて作られた長い尾。それが特徴の筈であった悪魔は、その触手尾を解き、網のように互いに絡ませ、投網か何かのようにして私に迫ってきていた。

 

「アイン避けて!」

█████(ツカマエタ)』『█████(ドウスル?)』『██(クウ)

███(オンナ)███(ヤワイ)███(ウマイ)』『████████(ゲギャギャギャ!)

 

 完全に意識の外にあった、下方からの攻撃。それに私が出来たことは、ギリギリ範囲内にいたアインにそう声を掛けることだけだった。

 

「ぎッ!」

 

 直後、回避行動を取ったけど回避し切れず、私は網に絡みとられた。しかも右肩に思いっきり食いつかれ、激痛と共に血が流れ食われるという気持ちの悪い感覚が襲ってくる。

 

██████(イチバンノリ)

 

 でも確か《ビースト級》ならまだ魔法が効く。ならば、花畑を燃やすからと封じていた魔法は、万全に使って問題なし!

 

「吹き飛べ!」

 

 射出成形した制御用の魔法陣を握りしめて、プラズマ化した炎を撒き散らした。暗い魔界を煌々と照らした炎は、一切合切の区別なく私の周囲を焼却していく。

 

███(イタイ)████(イタイヨ)』『████(クルシイ)』『████(タスケテ)』『█████(オカアサン)

「喋るなぁぁぁッ!!」

 

 何故か聞こえる悪魔の言葉を耳にしたくなくて、もう一度炎を解放する。過負荷で溶け落ちた魔法陣を投げ捨てる。なんだ、何だこれは。今まで一切聞こえなかったのに、なんで今になって分かるようになった?

 違う、その前に早く機首を上げないとまずい。墜落したらタダじゃすまない。でもどっちに飛べばいい? 視界が悪すぎて上下左右が分からない。

 

『『『█████(ニバンノリ)』』』

「くっ!」

 

 前から迫ってきた2つ目の悪魔の網を、今度は螺旋を描く飛行(バレルロール)を連続させてすり抜ける。その先に湧いていたレイ級を曲芸飛行を繰り返してすり抜けつつ、即興で作り出した杭を投擲して撃墜。

 追加で放たれた網を視認。炎以外の属性分の攻撃魔法の陣を射出成形、チャフをばら撒く用に後方に解き放って撃滅する。

 

「炎、風、光、水の順!」

 

 探知用ペンダントもそうだけど、世界に満ちる呪いの密度が濃過ぎてほぼ全ての魔法が異常なまでに減衰されてしまっている。その影響下での魔法の射程は、その順で長かった。ただ検証には十分だし、魔剣の加護もあり悪魔は殺せている。何の問題もない。

 

 考えを巡らせる間に、後ろから斬撃が飛んできた。軌道を変える術でもあるらしい。それを避けるためにまた全力で箒をターンさせ、加速しようと魔力を巡らして──

 

「減速しろ!」

 

 アインの言葉で加速を中断した瞬間、それでも全身に尋常じゃない衝撃が駆け巡った。風防代わりの防護障壁は砕け、乗っていた筈の箒から投げ出された。

 

「あ……ぐっ」

 

 何度もバウンドしながら転がった果て。口の中に溜まった液体を吐き捨て見えたのは、黒い砂に覆われた地面。何故か私は、直前まで空を飛んでいた筈なのに地面に叩きつけられていた。

 空間識失調(バーディゴ)。空を飛ぶ種族の獣人が陥るという、一時的に平衡感覚を失う症状が頭に浮かんだ。こんな視界が悪い中で、戦闘軌道で動き過ぎた。後悔するのはもう遅かった。

 

█████(オチテキタ)』『███(ニクダ)』『██████(イチバンノリ)

██████(ドウタベル?)』『████(バラバラ)████(ヤキニク)

 

 そして空を飛んでいたからこそ無視できていたことは、こうなってしまっては致命的な危機を呼び込むことになる。

 

 無数の異形のヒトガタである《レッサー級》、同じく無数の蠍のような胴に触手を背負った《ソルジャー級》、巨大な蜘蛛のような偉業である《メイジ級》。墜落した私を餌として食うために、無数の悪魔がゆっくりと歩み寄ってきていた。

 

 脚は……まだ動かない。右手は明らかに折れてるし、息をするだけで胸の奥が痛い。血の匂いが嫌という程感じられる。魔剣が刺さったままの箒は遠過ぎるし、機能不全を起こしてないとも限らない。

 

「アレが降ってきて、ないのが、幸運かな」

 

 幸いにも、まだ空から降る斬撃雨は私の頭の上に来ていない。いつまで此処が狙われないかは知らないけど、お陰で攻撃に専念できる。

 回復と防毒の魔法陣を起動、辛うじて動く顔を悪魔の群勢に向け左手で照準。防御用のシールドを硬度と魔法耐性を重視して展開準備。

 

「ファイア!」

 

 地面から隆起するように生成した文字通りの剣山が、その薄紫の威容で地を歩く悪魔全員を串刺しに。次いで放ったただの超高温の炎が、生き残りを焼却しつつ剣山を気化、生物にとって致命的な毒煙を発生させる。更に空気より重い毒煙がこちらに来ないように、壁に等しい防壁を展開──

 

███(ヨクモ)████(コロス!)

 

 までして万全を期しても、まだ足りなかったらしい。壁を飛び越えて、傷だらけの《メイジ級》が私に向けて迫ってきていた。その背には無数の魔法を背負っていて、今の私にはどれを受けても致命傷だ。

 

「でも、私の勝ち」

限界駆動(Over Drive)──全てを撃ち砕けるように(クラッシャー・R)

 

 空から降ってきたアインのフルスイングが、脚や背負った棘を千切り《メイジ級》自体をひしゃげさせながら振り抜かれた。そして打ち上がった《メイジ級》も巻き込むように、リィンさんが駆るニードヘッグのブレスが空を薙ぎ払った。

 

「すまない、少し遅れた」

「大丈夫ですよ、信じてましたから」

 

 アインの手を借りて何とか立ち上がりつつ、受け取った箒に跨った。ハンドル代わりに突き刺している魔剣を握れば、箒の機能がほぼ正常なことまで把握できる。うん、これならいける。

 

「それよりも、手を貸して下さいアイン。この斬撃の雨を降らせてるジジイに、1発拳入れてやります」

 

 再度飛来してきた悪魔の網を焼き尽くしつつ、私は笑顔でそう言った。

 

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