「それよりも、手を貸して下さいアイン。この斬撃の雨を降らせてるジジイに、1発拳入れてやります」
「認識した」
悪魔の網を焼き払いながらの問いに、アインは頷いてくれた。よかった、まだ信じてもらえている。そう思っているところに、私達と並走するリィンさんが話し掛けてきた。
『だが手段はどうする? 敵座標は余の記憶が確かであれば、上空10000mだ。余は兎も角アヤメ達では、6000程度が限界高度だと思うのだが?」
「ええ、でも馬鹿正直に近接戦なんてする必要無いです。向こうが近づいてこないなら、こっちだって射撃応戦でどでかい一発をぶちかませばいいんです」
その為に必要な情報は大体掴んでいる。ニードヘッグについても、私が修復した以上基本的な性能は把握している……いや、ちょっと想定外が起きてたりもするけど。
「つまり、私がこの辺り一帯の空域の呪いを一時的に解除。斬撃を私とアインで防いでる間に、最大出力のニードヘッグのブレスで斬撃の雨を降らせてる奴を討ちます」
撃滅までは出来ずとも、ブレスが直撃すれば痛痒にはなるだろう。故に残る検証する必要のある問題は、私の身体と盾役になるアインの身体が、この斬撃の雨に耐え得るかということ。
「なので質問なんです。私がⅠ型のディフェンダーで耐えられるのは、斬撃1〜2回が限界だと思います。アインは心臓のジークフリートを起動したら、斬撃が直撃した場合何秒耐え……いえ、何発耐えられると思いますか?」
「……推定の、それも低い精度による概算でも問題ないか?」
「問題ないです」
「であれば、直撃を受けて耐えられるのは2〜3発。逸らす、或いは受け流すのであれば倍は耐えられると推測する」
「やれますか?」
『無理だ。探知計器が壊れてる以上、照準が間に合わない。敵が何処に居るのかもわからぬのだぞ』
「ですか」
至近距離なら兎も角、超遠距離では流石に無理だったらしい。計器が万全なら別だったのだろうけど、今それを言ってもたらればでしかない。いっそ私が戻って直す? それも無理だ、時間が足りない。
『だが、アヤメの作戦を成す方法はある。余の魔剣を、アヴァロンを使えば良い。能力が可能性の拡散と収束だ。故に意思が続く限りは持つ』
「でも他人の魔剣を……いえ、私なら使えますしそういうことですね」
『違う。使うのはアインだ』
「へ……?」
そういうことならと、眠気を飛ばす気付け薬を噛み砕いた出鼻をくじかれて、そんな変な声が出てしまった。なんで? 戦いが終わったら倒れるだろうけど、それでもアインが無茶するより私がやるのが一番効率的なのに。それに、
「いくらアインでも、他人の魔剣を使うなんてことは……」
『可能だ。余たちエクスプローラーは、そういう風に造られておる』
「当方も可能と断定する。そして、アヤメが二重に役割を果たす必要はない」
「でも、」
『でもではない! 余はそもそも、魔剣に個人として認識されていないから問題はないのだ!』
そんな2人からの言葉が、本当に私に向けられていることが分かってしまっただけに、思わず迎撃の手が一瞬止まってしまった。私は、せめて私が出来ることを全部やらなきゃいけない筈なのに、どうして……?
『力を隠していたことは謝る。だから、だから余の初めての友達が、無茶で傷ついて行く姿を見せないでくれ……もしアヤメが余のことを友達と言ってくれるなら、お願いだ……』
友達。トモダチ。ともだち。
何故か泣きそうな声でリィンさんが言ったその言葉が、頭の中で何度もリフレインされる。友達という言葉の定義は知ってる。友達だと言ったことも覚えてる。でも、ただそれだけで。そんな言葉1つ言っただけで、私なんかが心配されても良いものなのだろうか?
でもきっとリィンさんがそう言うなら、友達とはそういう関係なのだろう。相手を心配してもいいし、心配されてもいい。そんな、私には勿体ないくらい尊い関係。信じられないけど、きっとそうに違いない。逆説的な使い方になるけど、友達が言うんだから。
「ぇ、ぁ……ぅ、はい」
そう頭では納得させたつもりでも、何故か上手く口が動かず変な返事になってしまった。なんだか変な感じだ。戦闘中だと言うのに、心がふわふわしている。それになんでか、にやけてしまいそうになるし、涙が滲んできている。
『決まりだな。今から転送する、受け取れアイン』
「認識した」
『2人が余の直掩に着き次第行動開始。アインが防壁展開後、アヤメが空域を浄化。それを待って余が敵を撃ち抜く。これで合っておるよな、アヤメ』
緩んだ頬を締め戻し、涙を拭いながら大きく頷いた。それで作戦は間違いない。そうだ、拙いけど私が立案したのだから、その役割は果たさなければいけない。だから、
『では行くぞ!』
「刃金に満ちよ、我が絶望──希望の
「刃金に満ちよ、我が祈り──希望の
ハンドルから引き抜いた魔剣を、躊躇うことなく起動した。そしてアインも、本当に魔剣を起動することができていた。
「千変万化、世界模様は煌めき揺らぐ
未来の希望へ手を伸ばしても、人の身に未来は掴めない
過去の失意へ想いを馳せても、人の身は過去に戻れない」
アインが紡ぐ詠唱からは、何処か後悔と悲しさが感じられた。でもきっと、元の持ち主はリィンさんじゃない。そんな感じがした。
「だからこそ、艱難辛苦渦巻く
切り替わる硝子の華のように、脆く儚い希望をおくれ
未だ贖罪成らぬ不浄の身なれど、一筋の希望を見たいのだ」
そして、アインの周辺の空気が一瞬歪む。完全に魔剣が起動したことを確認して、安心して私も最後の詠唱句を唱えた。
「
「
瞬間、落ち続ける無数の斬撃の1つが、回避出来ないタイミングで私たちの上に落ちて来た。まともに受ければ間違いなく死ぬであろう一撃。しかしそれは、アインが展開するフィールドに触れた瞬間霧散し、強い風が吹く程度にまで減衰されていた。
「仔細問題無し。防壁展開を続行する」
『認識した。アヤメよ!』
「はい!
エターナルのシリンダーが回転し、虹色と黒色の弾丸が装填される。そしてこれが、今の私が使える最良の組み合わせと信じて、2つの魔剣の力を解放した。
ルンペルシュテルツヒェンで最大まで拡大強化したユメウツツの性質に引っ張られて、暖かい眠気が一気に意識が遠のかせていく。それでも意識は失わないよう着付け薬を噛み砕き、夢で呪いを塗り潰すべく全力で力を行使した。
「……塗り潰す」
私は夢を見ない。縦しんば見ても悪夢ばかりだ。だから本当はこの魔剣を使うにはふさわしくない。けど、それでも、夢を描くことくらいは出来る。
だからこそ、魔剣は答えてくれた。
一気に正常化される空気と大地。呪いに汚染された空気は何処か混沌としつつも清浄な空気に。黒々と染まっていた大地は本来の色を取り戻し、氷の菊に炎の花を咲かせた不思議な花々が大地を覆い始める。お陰で明るさも通常の曇りの日程度にまで回復し、大地に黴のように無数に点在する悪魔の姿もくっきりと見えるようになった。
それは私たちの姿を隠すこともできなくなったという事と同義ではあるけど、今はそんなことに気を取られていられない。何せ狙う先はもっと遠く。もっと先にいる、立ち込める暗雲すら超えた先だ。
「……もっと」
頭上に、ここ数日ずっと見ていた虹の円環が現れる。出力不足で握るエターナルが焼けるように、否、実際私の手が焼けるけど離さない。回復した探知魔法で、地上の悪魔が致命的に弱っていくのを感じる。
それでも、頭上の暗雲を吹き飛ばすには至らない。足りていないのは出力。エターナルを解放すれば今すぐにでも届く“かもしれない”けど、その前に!
「
エターナルのシリンダーが回転し、どす黒く濁った黒の弾丸が装填され、一気に呪いを書き換える出力と手を焼く熱が跳ね上がった。右手を蝕んでくる呪いと、手の内が灼けつく痛みに反射的に涙が流れる。こんな痛みが逆に意識を保つ結果になっているのは皮肉だとは思いつつも、力の行使だけは絶対にやめない。
『アイン! 防壁を最大にしろ! アレは早々防げぬ!』
「認識している。既に展開済みだ!!」
そしてあと少しで空に届くという、そんな時のことだった。
空から、絶望が降ってきた。
常に高速で移動し続ける私たちを狙って追尾してくる、巨大な十字の斬撃。また武技だ。確か名前は
『アヤメ!?』
「第1封印パージ!
空域の浄化は続行しながら、困惑するリィンさんを無視してニードヘッグの腹側に全力で移動。逆さの状態で飛行しながら、エターナルの封印を1段階解放した。赤い刃が微かに現れ、命が流れる感覚が加速する。
それを必要経費と割り切って、成し得る限り全開の出力でディフェンダーの光陣を展開した。
・盾は破られることはない
・盾とは不屈である
・盾は刃を通さない
更に盾をチョークとルンペルシュテルツヒェンによって、今の私が出来る限界まで強化。絶対に手を魔剣から離さないよう、右手と魔剣を魔法で生み出した金属で固定。その直後、大地を割って天に昇る十字斬が盾に衝突した。
「間に、合った!」
防壁が軋む。突き出した腕から血が流れる。骨が折れるような音もしたし、既に魔剣を握ってるはずの手に感覚は残ってない。焼け石に水な回復魔法とポーションを常時使うことになっている。
それでも、斬撃を防ぐこと自体には成功していた。
この技は上下から十字斬撃で挟み込み、2つの斬撃の接触で完結する大技だったはず。無論掠っただけでも致命だけど、接触後の大爆発に巻き込まれたら生きていられるはずもない。何せ記録が確かなら、魔剣が無かった時代に龍を一撃でミンチにしているのだから。
「リィンさん、あとどれくらいですか!」
『龍砲は……ニードヘッグの主砲は既に撃てる。だが、狙うべき相手がまだ見つからぬのだ!』
次の瞬間、ニードヘッグからリィンさん自身の探知魔法も無数に放たれるようになった。けど、敵を見つけて撃ち抜く前に、恐らく私が限界を迎えるのは目に見えていた。
私の身体は魔法を使っていればまだ保つ。けれど、いくら強化したとはいえディフェンダーはⅠ型魔剣。既にその防壁には、無数の大きなヒビが入っていた。一応私が知る限り最も防御性能の高い次元属性の魔法をぶつけてもいるけど、微塵も勢いが減衰したり拮抗したりしていない。
「私は、平和に過ごしたかっただけなのに……!」
そんな愚痴が、思わず口から漏れた瞬間だった。絶対に繋がってはいけないチャンネルに、私の意識が繋がってしまったのを感じた。
「あっ……」
脳に焼きつく小さな銀色の残影。
夢というただその一点から、何故か接続された“そこ”から流れ込む莫大な情報に、ただでさえ不安定だった意識が押し流される。平和を望む祈りに私の意思が押し負ける。
そして、今ならなんでもやれる、平和のためになら何でもやってやれる。そんな万能感に身体が支配されて──
「刃金を満たせ、理の残響──世界の██を█く為」
私の口から出たとは思えないノイズ混じりの言葉で、未知の詠唱を身体が勝手に口ずさんでいた。
《Ⅱ型魔剣 : アヴァロン》
金色のコンパクトミラー型の魔剣。チェーンで腕のリストバンド或いは腰のベルトに接続して保持、使用する。
所有者 : リィン
【能力】
基準値 : C 限界値 : A+
照準 : D 範囲 : A+ 操作 : A+
維持 : C 強度 : B
【詠唱】
刃金に満ちよ、我が祈り──希望の
千変万化、世界模様は煌めき揺らぐ
未来の希望へ手を伸ばしても、人の身に未来は掴めない
過去の失意へ想いを馳せても、人の身は過去に戻れない
だからこそ、艱難辛苦渦巻く
切り替わる硝子の華のように、脆く儚い希望をおくれ
未だ贖罪成らぬ不浄の身なれど、一筋の希望を見たいのだ
【効果】
①通常駆動
・自身のステータス上昇65%
・生物特効130%
・悪魔特効550%
②限界駆動
・特定範囲内の世界の運行をシミュレートすることで、未来を極めて正確に予知する
・受けた攻撃をシミュレート範囲内へ万華鏡のように分割することで、威力を限りなくゼロに減衰する空間を形成する
・受けた攻撃をシミュレート範囲内へ万華鏡のように集束することで、威力を限りなく収束させる空間を形成する