銀灰の神楽   作:銀鈴

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夢幻墜落、幸福幻想、(ピースフル)砕けた世界の墓標はここに(ワールド)【03】

 ()()()()()()目を覚ました私が起きて最初に目にしたのは、砕けた椅子や机が散乱する食堂だった場所。ここならニードヘッグに乗ったまま撃墜されたという、私の最後の記憶にも一致する。

 

「怪我は……特にない、かな」

 

 効力を失って地面に落ちている箒の上で、なんとか体を起こして自分に解析の魔法をかける。怪我は現状では既になし、細菌とかは分からないけど、致命的な症状は出ていない。

 一体墜落してからどれくらいの時間が経ったのかはわからない。お腹の減り具合と喉の渇きぐらいからして、1日くらいだろうか? まあ、その程度の時間ならどうでもいい。

 

「許さない。絶対見つけ出して縊り殺す」

 

 あの、私の思い出(たからもの)に土足で踏み込んだ挙句、汚い手でベタベタ触り回っていいように改変したクソ野郎。そいつを許すことにも、そいつを探す時間を削ることにも、この程度の不調は繋がらない。

 エターナルはいつもの場所に戻っている。腰に吊ってあるのを確認し立ち上がって──ふと、懐かしい匂いに包まれた気がして足を止めた。

 

「あっ……そう、ですよね」

 

 沸騰して振り切れそうになっていた思考が、両脚からぼんやりと伝わる暖かさに停滞した。思えば何故か歩けるようになっているし、夢の中で起動しただけであった筈のアイリスが起動している。いや、正確にはして()()らしい。既にもう止まっている。

 

 けどそんな致命的なことに気づけない状態にまで、私は何も見えなくなってしまっていたらしい。そんな状況で戦いに行っても、無駄死にになりかねない。

 

「頭、冷やさないと」

 

 沸騰したままの自分に言い聞かせるように呟いた。ならばまず差し当たって、空腹と渇きの解消が最優先になる。お腹が空いていたら、考えられるものも考えられない。

 

 適当にスキルの中に放ってあった、半液体の携行食のパッケージを開けて喉の奥に流し込む。無色透明無味無臭のゼリーだけど、量産が容易かつ栄養価は満点で腹も膨れて喉も潤う。最近はこっそり混ぜ込んで栄養を摂る意外使ってなかったけど、よく考えれば完璧な食べ物だった。さすが軍用品。

 

「見つけた」

 

 パッケージの中身を飲みきった辺りで、並行して探していたアインの姿をようやく見つけた。キッチンの方に吹き飛んでいたけれど、分析をかけた限りでは特に怪我や不調はないらしい。

 思わずホッと息を吐いて、起こすために散らばった瓦礫を片付け始める。流石に義足で瓦礫の上を歩いて、バランスを崩さない自信はないし。

 

「……む、戻ってこれたか」

 

 そうやって大体半分くらいまで進んだ辺りで、アインが目を覚ました。今の口ぶりからすると、アインもクソったれな夢を見せられていたのだろうか?

 

「おはようございます。墜落から1日くらい経ってるっぽいので、これ飲んどいた方がいいと思いますよ」

「認識した。感謝する」

 

 まだ結構ある携行食のパッケージを投げ渡す。頭は一旦冷えたとはいえ、時間のロスは惜しいと思うのは嘘じゃないし。それ以前に、わざわざこんな敵地で料理をするわけにもいくまい。

 

「……味がしない」

「砂糖か塩でも混ぜますか?」

「問題ない。ここにあったレーションよりは、マシだと断定する」

 

 確かここにあったレーションより、2、3世代後の携行食だから当たり前だ。あの固形のやつは、一部魔族からクレームがあって製造中止になったものだし。

 なんて思いつつ軽く義足での歩き方を練習していれば、何故かアインがじっと私のことを見ていることに気が付いた。

 

「どうかしました? やっぱり砂糖とか混ぜます?」

「問題ない。ただ、やはりアヤメはこうでなくてはと、再認識していたに過ぎない」

「はぁ」

 

 そう言われても、何が何だか分からない。予想するにしても、多分アインの見せられた夢には私が出てきて、何かをやらかしたのだろうということくらいか。

 

「それ飲み終わったら、多分リィンさんがいる操縦室に行きます。付いてきてくれます?」

「了解した。ところで、何故先程からこっちへ来ない?」

「あー……ちょっと流石に転びそうで」

「成る程、完全に歩けるというわけではないのか」

「恥ずかしながら」

 

 首を傾げるアインに少し恥ずかしいが答えれば、納得といった表情で頷いてくれた。……恥ずかしい? 車椅子を押してもらっていたのに? あの夢のせいで、まだ少し気が緩んでるのかもしれない。

 

「エスコートは必要か?」

「瓦礫がひどければお願いしたいですけど……なんか変ですよ?」

「それを言うのならば、アヤメも普段とは様子が違うと断定する」

 

 突然そんなことを言ってきたアインを揶揄えば、そうストレートに反論されてしまった。言われてちゃ世話がない。本当に、調子が狂ってる。

 

「ははは……そうですね。変な夢を見せられたからだと思います。アインもでしょう?」

「肯定する。あり得ない光景を見せられた」

 

 言いつつ、瓦礫を超えてきたアインが差し出してくれた手を取る。車椅子の次は杖でも突くことになりそうだと心の内で悪態を吐きつつ、支えてもらうことで得た段違いの安定性に、安心して歩を進める。

 

 そうやって、何度か転びそうになりながら艦首に向け歩いて行くにつれ、明らかに異様な様子が見て取れるようになった。

 

「思いっきりひしゃげてますよね」

「……恐らくだが、当方達は庇われたと推測する」

「成る程。となると、急がないと少しマズイかもしれません」

 

 アインの推測に、私も同意して頷いた。この前から後ろに詰まるようなひしゃげ方は、恐らく胴体にいた私たちを庇うためにリィンさんが敢えてこうしたのだろうと推測がつく。ただそれは、下手をすればリィンさんが、重傷を負ったまま1日は放置された可能性も示していた。

 

「走れるか?」

「すみません、この荒れ具合だとちょっと」

 

 もう少し慣れれば問題なさそうだけど、まだ義足のバランスは良いとは言えなかった。ただの荒れ地でこれなのだから、戦闘用の歩法や踏み込みなんて以ての外だろう。

 

「それでも急ぎます」

「認識した。では、少しペースを上げるぞ」

 

 アインに支えられながら、少しずつペースを上げて、義足に慣れるように早足で歩き出した。夢の中で派手に戦ったおかげで大体の感覚はすぐに掴めるが、それでも細かな調整は必要らしい。

 

「そういえば、アインが見てた夢ってどんなのだったんです? 私は昔、家族といた時のでしたけど」

 

 閉じた隔壁をハッキングして解放する間、ふと気になったのでアインに尋ねてみた。頭の体操にもなるし、実を言うと単純に気になっていた。

 

「当方は、アヤメと何故かデートをしていた」

「それはまた、ご愁傷様ですね。私みたいな可愛くない、女の子っぽくもないのとデートしても、つまらないと思いますし」

「夢の中のアヤメは、全体的に女の子っぽさとやらが前面に出ていた。追加で言うのであれば、アヤメが自己の容姿を卑下することは他の女性を傷付けると忠言する」

 

 私が見ていた夢のまま成長していた場合、もしかしたら私でもそうなったのかもしれない。容姿もきっと、ママがいれば今より整っていたのではないかと思う。けどそれはたらればでしかない。

 

「それならまあ、良かったのかもしれませんね。でもお世辞はいりません。っと、開きました。行きますよ」

「世辞ではない」

 

 そんな戯言を右から左に聞き流しつつ、ますます崩壊の度合いが酷くなってゆく通路を進む。そして辿り着いた最後の扉からは、隠しきれない血の臭いが漂っていた。

 

『ザー……ザッ、システム再起動。ニードヘッグ起動します』

 

 歪んだドアを吹き飛ばして突入する直前、艦内スピーカーからそんな音声が聞こえてきた。それはつまり、リィンさんが最低でも意識が戻っている合図だ。繋いだ手を引き目配せも合わせて、回復系の魔法の準備をお願いする。

 

「リィン、無事ですか!」

 

 そう叫び、義足の動作確認がてら技術と力を込め、全力でドアを蹴破り部屋に突入した。そして私は、瓦礫の山の中で佇むリィンさんの姿を見て固まってしまった。

 ゆっくりと再生してゆく潰れた左半身、全く血が通っていない青褪めた左腕、鱗が砕け変な方向へ曲がった尾。一目で分かる重症よりもなお、目を引いたのは握っていた長大な刀とリィンさんの目だった。

 

 私の知る限り同種の威圧感を持つ魔剣は一振りしか存在しない、細く僅かに反った赤く長い刃の刀。間違いなく試作型、それも真魔剣ディーアボロスという()()()()()()()()()()象徴の意味も込められたソレ。

 しかもその剣を握り、こちらを向いたリィンさんの目は虚ろだった。何もかもを諦めてしまったような、諦めることを諦めてしまっているような、いつかの私もしていた目。

 

「アヤメが考えていることは間違いではない。これは真魔剣ディーアボロスであるし、余が今代の魔王だ」

 

 咄嗟に声を掛けられなかった私の思考を読むように、先回りしてリィンさんが本当は隠しておきたかった筈の情報を言い放った。自暴自棄、私も同じことをした覚えがあるから分かる。明らかに突き放しにかかっている。

 

「ただまあ、守るべき国も民もない、力も偶然手に入れただけの、ガラクタの王だがな」

 

 そして笑っていない目で、自嘲するとような笑みを浮かべてリィンさんが言い切った。こういう時にどう対応すれば、最悪にはならないか。少なくとも私の時にして欲しかったのは──

 

「そうですか。アイン、リィンに回復お願いします」

「あ、ああ。認識した」

 

 普段と何も変わらない対応だった。遠慮も、同情も、擁護も、そんなもの要らなくて、普段通り接してくれるのが一番だった。理屈の上でしかなくて、理想でしかない考えだけど、それでも私だけはそうしたかった。

 

「え、あ……え?」

「あ、こんな物しかなくて悪いんですけど、一応食べといたほうがいいですよ。墜落してから1日くらい経ってるので」

「うむ……」

 

 なんだか腑に落ちない様子のリィンさんに、アインにしたのと変わらない対応をする。取り敢えず受け取ってはくれたから、今すぐに強行に走るなんてことはなさそうだ。

 

「いや、そうではなかろう! 余は、余は魔王なのだぞ!? もってこう、何か、何かあるであろう普通!」

「忘れてるかもですが、これでも私、世界を滅ぼした大罪人の一人娘なんですよ? それに、現獣王様とだって言ってしまえば顔見知りですし。友達が魔王だったところで今更ですよ」

 

 虚無のような目ではなく、色々な感情が混ざって爆発するような顔で取り乱すリィンさんに私は言い切った。

 今となってはもう顔を合わせることも無理だろうけど、ママの繋がりと数少ない魔剣を整備出来る者として、ミーニャ女王とは顔見知りである。それにそもそもの話、私自身が負の方面で有名だ。それこそ今更な話でしかないのだ。

 

「アインはどうです?」

「アヤメと居れば、大抵のことに慣れる。そも、龍皇魔法が使える時点で現魔王と疑わないアヤメの方が、楽観的考えであったと愚考する」

「あー……言われてみれば」

 

 教えて貰う約束をした時点で、嬉しくてその可能性を失念していた。というか色々とあり過ぎたせいで、まだ魔法を教われてないや。あとでしっかり時間取ろう、取ってもらおう。

 そんなやりとりを見てか、いつのまにかリィンさんが声を殺すようにしながら笑っていた。そして笑いからか他の感情からかは分からないけど、目尻に浮かんだ涙を拭いながら言った。

 

「2人はそういうことに頓着しないのだな。そうか、余が考え過ぎて、不安になっていただけか……?」

「まあ、私たちって随分特殊ですからね」

「肯定する」

 

 笑顔で泣いているリィンさんを見て安心した。これでリィンさんはきっと、余程のことがなければ私みたいにはならない。

 そうして完全に負傷が消えたリィンさんは、アインと違って普通の表情で携帯食を飲み干した。これで一先ず、落ち着いて話ができる。そう判断した時、パンッとアインが手を打った。

 

「既に状況は安定したと断定する。その上で、墜落した当方達が現在何処に居るのか。当方達にあの夢を見せた者が誰であるのか、それについて情報が欲しい。異論はあるか?」

「私は特に。リィンは?」

 

 アインの提案に私は特に異論はなかった。というよりも、アインが言わなければ私が提案するところだった。

 

「余もない。それに余は今余たちが欲する情報を持っておる……が、その前に1つ、アインに言っておかねばならないことがある」

「それはなんだ?」

「今余たちがいる場所は、はっきり言ってアインにとって『知らなければ良かった』と、そう思う情報そのものになるやも知れん。それでも聞くか?」

 

 私には一瞥だけ寄越して、リィンさんはアインに真っ直ぐと目を向けて言った。きっと私には関係ないことか、或いは知っても問題ないことなのだろう。

 

「肯定する。知らなければ始まらないのであれば、不都合なことであっても覚悟は出来ている」

「それもそうであるな。ならば、せめて隣にいてやるが良いアヤメ。それならばきっと、最悪の事態にはなるまい」

「? まあ、いいですけど」

 

 リィンさんの言っている意味は分からないが、少なくとも悪いことにはなるまい。そう思って、一応アインの隣に座る。何故かアインが緊張するような反応をしたけど、まあいい。

 

「では見るがよい」

 

 そうリィンさんが言ったに合わせて、ニードヘッグが操縦室として正しい機能を発揮した。つまり、周囲の光景が外のセンサーを通して映し出されて──

 

「ここ、は……!」

 

 絶句したアインが、絞り出すような声音で言った。同時に私も言葉を失う。操縦室に映し出された光景は、荒れ果てた研究所とでも言うべき場所。

 ニードヘッグ内にもあったような液体に満たされた円筒が無数に乱立している場所で、無事な円筒の中には()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が、円筒1つにつき1人、様々なコードやパッドをつけられて浮かんでいたのだから。

 

「この場所に正式な名はない。

 ただかつては『後天的魔剣適合研究所』と提携して経営されていた施設で、余やアインのような人造人間(ホムンクルス)()()する為の工場だ」

「あ、あぁ、あぁぁぁァァァァァァァッ!!」

 

 リィンさんの言った言葉に、激痛に耐えるように頭を抑えてアインが絶叫した。

 

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