「アイン!?」
突然隣から響いた絶叫と、私自身も困惑するしかない光景に一瞬思考に空白が生まれる。ただそれよりもと、無理に割り切ってアインに解析か回復かの魔法を使おうとして──
「ッ!」
「え、ちょっ」
その前に、操り糸が切れた人形のようにアインが倒れこんできた。避けるのも悪いので受け止めれば、気絶しているらしく鼻血や血涙まで流れていた。
「えー……あー……まあいいですか」
受け止めたままのも嫌なので、一旦の安置場所として膝の上を提供する。前よりは義足の分ゴツくなったけど、そのまま寝かすよりかは多分マシだ。私なんかのでもきっと。……まあ、その筈だ。
何故かピクリとも動かないけど、とりあえず息はしてるから問題はないだろう。血は服が汚れる前に、余ってる適当な布で拭いておくとして。
「アヤメとアインの関係性は本当に分からぬな……」
「見ての通りですよ。それより、説明してもらいますから」
呆れているようなリィンさんに私は問い掛けた。確かに私の中で、今まで薄っすらとしか繋がっていなかった線が繋がりはした。だがそれはそれとして、別の疑問が出てきてしまっている。
「アヤメであれば、とっくに気づいておると思っていたが?」
「ええ。リィンの言葉で確信しましたし、得心もしました」
アインの身体が正中線から完全に左右対称なこと。そのせいで人形じみている顔。そして魔剣の調整の時に知った、左右の臓器の形から配置までもが完全に対象である事実。
私だって錬金術師、それも一応最高位に位置しているのだ。ホムンクルスであることくらい、断言されてしまえば理解出来る。ママの言い付けで生命の創造は禁忌としてるから、実践したことはないけれど。
「私の足を治すのも、最初は私の細胞から
「その上で何を聞きたいのだ?」
「何でアインと同じ顔のと、私に……いえ、私とリィンによく似た顔の奴が量産されてるのかってことです」
私が聞きたいのはそこだ。映像に映っている円筒、男性型の方に付けられた【Nachhut1185359】というプレート。女性型の方に付けられた【Prowick2859555】というプレートからして、否が応でも意味は察せられた。
「アインは多分アインスの訛りで、円筒の中に浮かんでるホムンクルスの一番最初に作られた人ってことなんでしょう?」
「うむ。如何してか記憶を失っていたようだが、ここの光景を見てこの反応だった以上、少なからず思い出すであろうな」
「なら、なんで私とリィンによく似た顔のホムンクルスも居るんですか」
アインと同じ顔の、
「余も真実は知らぬ。ただ確かなことは『エンタープライズ計画』で製造された
「それ、は……」
今度は、私が言葉を失う番だった。エンタープライズ計画。エクプローラー。ホムンクルス。ぐるぐると、その単語が頭の中を駆け巡る。
「ただ余の知る限り、イオリ・キリノの遺伝子が使われている人造人間は2種類のみだ。支援型エクプローラーの開発型である
「……つまり、リィンさんは私の妹?」
「深刻そうな顔で出た結論がそれであるなら、余の心配は杞憂であったようだな」
思ったことを口にしただけなのに、リィンさんに呆れた目で見られてしまった。いやだって、仕方ないじゃないか。
「これでも、色々ショックとかは受けてます。でも、こんなもの、私が受け止めることも、償うことも出来ないじゃないですか……」
これならば、大罪人と呼ばれるのも常識としては理解できてしまう。認めることは絶対にしないけど、他ならぬ娘である私がだ。
◇
『貴様の母である英雄イオリ・キリノ及び、クラネル・レイカーと交わした盟約だ。我等獣人界の者は彼等を作り出した罪を刻み、全てのエクスプローラーをその命尽きる前に永久に眠らせると』
『知らぬというのは幸福だな。獣人族が侵した禁忌のことを』
『こんな業は、俺たちの世代だけが背負うべきだ。何も知らぬまま、痛みもなく消えて逝け』
◇
あの時は意味が分からなかったアヒムさんの言葉も、これを知ってしまった今なら理解出来る。しかも本当に、最大限の優しさから言われていたことも。
「そうだな。余は少なくとも、償って欲しいなどとは思わぬが」
恐らくママは最後まで反対したのだろうが、それでも起きたことは変えられない。過去は過去なのだ。だから、慰めるようなリィンさんの言葉を無視して、聞かなければいけないことがある。
「ホムンクルスの耐用年数、何年ですか?」
そして
「通常のエクスプローラーは10年、それを超えているのならば、いつ止まってもおかしくない。アインスの場合、稼働年数は今年で11年になる」
「……思ってたよりは長いですけど、やっぱりそう、ですよね」
きっと私が何ができるとしたら、アヒムさんのように殺すことだけ。私の残りの命はもう10……いや、もう9ヶ月くらいしかない。せめて数年あれば、命の時間を伸ばす研究が出来たかもしれないけど、もう間に合わせられる自信がない。
「だったらもう、無理にでも割り切るしかありませんよ」
しかもここは敵地なのだ。本当なら感傷に浸るなんてこと許されない。だったらもう、何を言われてもいい覚悟を決めて割り切る以外ないじゃないか。私が耐えれば、それで済む話なのだから。
だからこの頬を伝う熱い何かも、今だけの間違いでしかない。
「アヤメ……」
「前より隠すのが、ちょっと下手になってますね。不甲斐ない義姉ですみません」
少し自分で自分の言葉を茶化しながら、アインの血涙を拭っていたた布で流れていた涙を拭く。それでも2、3滴は溢れて膝上のアインに落ち、悪いなと思っていた時だった。
「そう、だったな。認識した。全てではないが、思い出した」
目を開けたアインが、噛みしめるようにそんなことを呟いた。そしてそのまま、上下逆さまの状態で目が合う。
「何故泣いて、いや、何故上下が反転している?」
「そこ、私の膝の上ですから」
「認識した。感謝する。だが正直、首と肩が痛いと苦情を告げる」
「膝あたりから義足ですからね」
分かっていたこととはいえ、はっきり言われると微妙に傷つく。いっそ幻術で触感くらいは誤魔化し……いや、それだとなんかこの子達が不憫だし……
「それで、何を思い出したのだ?」
「当方がナーハフート・アインスとして戦っていた記憶だ」
誰かにすることはないから別にいい。そう結論付けるまでに、起き上がったアインがリィンさんの質問に答えていた。
「うむ? 同一人物ではないのか?」
「肯定する。今の当方はあくまで、アイン・ナーハフートだ。決してあのような、機械のような消耗品ではない」
「そうか、そう言ってのけるのであれば、良いことだ」
一瞬アインが私の方を見たけど何だったんだろうか。同意を求める感じだったから頷いておいたけど。
「話の軌道を修正する。緊急性が高い。当方の記憶が正しければ、この地点を守る為に戦った戦場が当方の最後の戦場だ」
「それって、例の最後の記憶の?」
「肯定する。当方……ナーハフート・アインスが率いる部隊、ゼーアフート・アインスが率いる部隊、ズーへ・アインスが率いる部隊の計3部隊による作戦だった」
「そしてフォーアフートが握っていた魔剣オネイロイの能力に、当方達を夢に陥れた状況は酷似している。つまり」
「暴走したアインの元同僚が相手、と。そういうことですか?」
「同意する」
私の確認にアインが頷いた。Ⅱ型魔剣オネイロイに関しては、リュートさんから貰った巻物に書いてあった物だから知っている。その能力は広範囲の強制昏倒と、特定対象への幻覚効果。自在に動かせる4足の獣を呼び出し騎乗して戦う、というのが大まかな能力だった筈だ。
「訂正するならば、この場には今アインが言ったズーへも居るぞ。魔剣アムネシアを持ったままな」
「そうか……」
Ⅱ型魔剣アムネシアについても同様だ。オネイロイの兄弟剣であり、見た目もほぼ同一。能力は記憶の焼却による出力上昇と、誰にでも使えることだったらしいけれど……多分まだ何かあるだろう。具体的に言うのなら、何かを召喚する魔界型魔剣に類する能力が。
「ニードヘッグで探知できたんですか?」
「いいや。余はtype :
だからこそ機影でも探知できたのかと思ったのだが、どうやらそれは見当違いだったらしい。ただそう言うリィンさんの顔は、どこか辛そうで苦しそうな、そしてそれを誤魔化すような顔だった。
「その2振りの魔剣があると言うことは、あの時当方が握っていた魔剣もある筈だ。既に壊れて、いた、が……」
と、何か言葉を続けようとしたアインの目が、まるで眠気に負けたように一気に半ばまで閉じられる。同時に私も、なぜか思考が鈍化してきて……
「成る程、こう言う手口ですか」
雑に左手を魔法で焼いて、痛みで意識を引き戻した。それでも思考が霞みがかったままな辺り、随分と悪辣だが手段次第で対抗できる効果の魔剣らしい。
「
魔剣を起動すれば、完全にその感覚も消え去った。ただやはり相手もⅡ型。それより格上の魔剣か、相性が良い魔剣でもなければ眠りの誘惑は振り払えそうになかった。
「ふむ、であればアインはこれを使え」
「……認、識、した。
そんなことを私が説明するまでもなく、リィンさんからアインに魔剣アヴァロンが渡され、リィンさん自身は足元に落ちていたディーアボロスを握って振り切っていた。
「アインの魔剣については、余でも感知出来ぬほど壊れているらしい。であればそもそも無いか、あったとして脅威にはなるまい。故に余としては、現状の打破を優先するべきと考えるが」
「私も同意見です。このままじゃ落ち着いて何かすることも出来ませんし、先ずはクソッタレ……じゃなくて、アインの元同僚の排除ということでいいですか?」
相手の正体は分かったものの、
「……認識した。少々反感はあるが、当方も最良の判断と断定する。ただ、打って出る前に当方が所持していた魔剣と、本来担当していた極秘作戦について、情報の開示を行う」
「ええ、それなら構いませんよ?」
「認識した。当時の命令は破棄されている故、効力を持たないものと設定する。成功。命令に従う義務は喪失したと断定」
そうまで前置きして言う魔剣や作戦の情報とはなんだろうか? そんな私の疑問に答えるように、一拍おいてアインが答えた。
「当方が当時扱っていた魔剣は、8割の構成が崩壊した絶氷剣ニヴルヘイム。及び7割5分の構成が崩壊した絶焦剣ムスペルヘイムの、試作型魔剣2振り。
そして表向きは研究所の防衛として当方が従事した作戦は、移動式に改築された魔王国第3首都【ユ=グ=エッダ】の防衛。正確な情報としては、5体のデストロイ級に足止めされた首都直上に投下された、魔術式戦略級破壊兵器への自爆特攻による相殺だ」
無数の無視出来ない情報を含んだ過去を躊躇なく吐き出されたことで、確かに私の手も一瞬止まった。だがそれ以上に大きく動揺したのは、リィンさんだった。
「は、はは、ははは、ハハハハハハッ!!!
よもや、よもやであるな。ここまで因縁が重なるとは、最早笑うしかないではないか!!」
「リィン……?」
「く、くくく、いや、すまぬな。笑う以外の感情が湧かぬほど、この地に渦巻く因縁は重なっておるのだ」
あまりにも不可思議なその態度に名前を呼んで問いかければ、いつもとは違う獰猛な笑みを隠そうともしないリィンさんが答えた。そして、その手にあるディーアボロスを手が白くなるほど強い力で握りしめて言った。
「仮初ではあるが、魔王として改めて名乗ろう。
余の名はリィン・M・D・ラーグルフリョゥトリムルン。
最初の絶氷剣の担い手メディウム・レクイエスタ・ニヴルヘイムと、最初の絶焦剣の担い手ドラッヘ・イグニスタ・ムスペルヘイム。魔界を今の形に滅ぼした2人の、
大きく息を吸い、リィンさんの笑顔が別種の笑顔に変わる。何時もの、そう、異常なことにいつもの何も変わらない笑顔に。
「2振りの試作型が、敵として暴走しているのであれば余に任せて欲しい。もしそうでなかろうが、全力を尽くすと誓おう」
どこか魔王の風格を感じさせるその態度に、私は頷くしかなかった。
【設定背景】
アヤメ
世界的に忌み嫌われている大罪人の1人娘。迫害されて育つ
アイン
戦争末期自爆特攻を行なわされた、活動限界を超えた人型兵器
リィン
人道的に最低を超えたレベルで次期魔王として製造された道具
こいつはひでぇ!