銀灰の神楽   作:銀鈴

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 鉄を打つ。

 鉄を打つ。

 鉄を打つ。

 

 心の迷いを晴らすように。

 見たくない現実から目を逸らすように。

 心をどうにか整理するために。

 

 周期的に金属音が響き、小屋と私に染み入ってくる。

 しかし、これではダメだと言うことは考えるまでもなかった。

 仮にも私は、鍛冶を生業にしていたのだ。多分きっと、後2回くらい叩いたら……

 

「あっ」

 

 予想通り。今までとは違う金属音が鳴り、叩いていた金属が真っ二つに折れてしまった。その結果に溜息を1つ零し、後でリサイクルする用のカゴに適当に投げ入れておく。

 

「やっぱり、駄目だ」

 

 あの事件が起きてから5日。

 

 その間に行った鍛冶も、訓練も、全てがこんな有様だった。何か1つ歯車が無くなったように、いや事実なくなっていて……何もかもが少しずつ狂ってしまっている。

 

「アヤメちゃん、いる?」

「はーい」

 

 自虐している頭を切り替え、返事をして小屋の扉を開けた。

 ここ数日後始末とかで忙しいだろうに、レーナさんは我が家に来てくれているのだ。……曰く、今の私を1人にはしておけないとのこと。

 そう言われてしまう自覚は、少しある。

 何事にも身が入らず、中途半端にしか出来ない。

 料理も指を切るわ火傷するわ、ふと見上げた木の枝で首を吊ろうとしていたことすらあったのだ。自覚するなと言う方が無理である。

 

「あんまり、ここに籠りすぎるのも良くないわよ?」

「分かってます。でも、考えがどうにもまとまらなくて」

 

 直前まで何か書類仕事でもしていたのか、眼鏡をかけ手にインクの跡が残るレーナさんが心配そうに私に言った。敷居1つ隔てた距離だけど、それが今は心地いい。

 

「私でよければ、いくらでも相談に乗るから、ね?」

「はい。ありがとうございます」

 

 なにせ自分が迷っているのか、立ち止まっているだけなのか、それすらもわからないのだ。

 ただ1つわかるのは、このままじゃ駄目だということ。

 このまま何もしないでいると、緩やかに腐って、取り返しのつかないことになってしまう。

 それだけは、確かだった。

 

「それじゃあ、私はお仕事残ってるからやってきちゃうね」

「お疲れ様です」

 

 そのくらいの世間話をして、レーナさんは去って行った。

 それを見送り、私は滑り落ちるように小屋の中でしゃがみこむ。

 

「どうすれば、いいんだろうね」

 

 首から下げたロケットを握りしめて、何処とも言えない虚空に問いかける。目を閉じて思い返されるのは、お義母さんの最後の言葉。

 

 私の運命は人間界で待っている

 先に進めば、全ての真実と責任を得ることになり

 逆に、ここで止まれば、安寧と停滞の一生を得る

 

 突然言われても、そんな選択できっこない。

 

「やっぱり、相談した方がいいのかな」

 

 誰かに頼りきりじゃいけない。

 そんな思いがあって今まで心に秘めてきたけど……やっぱりだめだ。助けを借りたい。頼る先が欲しい。

 

 だれか、助けてほしい。

 なにかも分からないナニカから。

 

「とりあえず、相談するにしても明日かな」

 

 そんな弱音は言ってはいけないから、また仮面をかぶる。

 

 まだ仕事は忙しそうだったし、私だってその後のことを何も考えてない。お義母さんがやってたこともやらなきゃだし、日々のやるべきことだけは増えてるのだ。

 

 だからそう、明日だ。

 明日レーナさんに相談して、一先ずの今後を決めよう。

 そうだ、きっとそれがいい。

 

 

 

 

「ちょっと相談したいことがあるんですけど、いいですか?」

 

 ということで翌日。

 ご飯や仕事などの諸々が落ち着いた頃を見計らって、私はレーナさんにそう話しかけた。

 

「ええ、勿論。約束したもの」

 

 掛けていた眼鏡を外し、レーナさんは机の反対側に座った。よかった、タイミングを見計らった甲斐がある。

 

「その、ちょっと、もう、全部が分からなくなってしまって。相談に来ました」

「んー……」

 

 私の言葉に、少し悩むようにしてレーナさんが答える。

 

「好きなように生きるのが一番だと、私は思うけどなぁ…………アヤメちゃんらしくとは言わないけど、アヤメちゃんが楽しいように」

「それが、どうすればいいのか分からないんです」

 

 一晩時間を置いて、色々と考えてみて分かったのだ。

 私が楽しいこととか、やりたいこととか、目指したいこととか。

 

「今まで、あの街から助けられてからの私がやってることには全部、お義母さんが関係してました。

 褒めて欲しかったり、手助けしたかったり、一緒にいて欲しかったり。

 でも、お義母さんが死んじゃって、全部バラバラになっちゃったように感じて……」

 

 それが、今までずっと感じていた歯車の狂った感覚の正体だった。

 ママやパパがいなくなって、その隙間をお義母さんに頼って埋めるようにして、そこが消えてまたグラグラと私は揺れている。

 

 空っぽだ。

 

 死を選ぶ勇気も、生にしがみつく汚さも私にはない。

 

 過去に戻ることも、もう出来ない。

 

 虚ろで、惰性的で、死んでいないだけで、生きてもいない存在。

 

 どうしようもなく、そんなものだった。

 

「なるほど。それで、ずっと深刻そうな顔をしていたのね」

 

 全部を静かに聞いて、レーナさんはそう言った。

 素直にその言葉に頷き、次の言葉を待つ。

 

「そうね……ちょっと長くなっちゃうかもしれないけど、いいかしら?」

「はい。自分だけじゃ、もう考えがまとまらなくて」

 

 唯一、胸にあるのはお義母さんの最後の言葉。

 

 私はナニカを選ばないといけない。

 だけどそれが分からない。

 

 自覚があるからこそ、藁にもすがる思いだった。

 

「良かった。それじゃあ、まず結論から言うね?

 気付いてるとは思うけど、アヤメちゃんは選ばらなくちゃいけない。これから自分がどう生きるか。どうしたいかを」

 

 優しい目をしていた。

 あの街から私を拾い上げたあの時みたいに、パパでもママでもお義母さんでもないのに、本当のおかあさんのように。

 

「でも、そういうのはすぐには見つけられないわ。

 だってこれまで、アヤメちゃんはずっと頑張ってきたんだもの。いきなり全てを放り出せって言われても、無理な話よね」

「レーナさんは、あるんですか?」

 

 思わず、そう聞かなければ気が済まなかった。

 何かを選ぶ力。

 私がいま、何より欲しくて堪らないもの。どうやったらそんなものを見つけられるか、知りたい。

 

「ええ。その答えはね……旅の中にあるわ」

「……?」

 

 旅。たび。トラベル。

 思ってもみなかった言葉に、キョトンとしてしまう。

 

「実体験だから確実よ?

 イオリさんも、ロイドさんも、リュートくんも、そして私も。みんなやむ終えない事情で始まった旅だったけれど……その果てに、それぞれ大切なものを見つけられたわ」

 

 微笑みながらそう言って、レーナさんはまず指を一本立てて言った。

 

「それって、どういう……」

 

 英雄戦争より前の話。

 今はもう知っている人も多くない、今よりずっと平和だった頃の話。

 

「私とリュートくんが旅に出た理由はね、最初は人間に誘拐されたことだったの。あの頃は人間は獣人をすごく差別しててね? 捕まって、攫われて、入れられた牢屋から逃げ出す為に旅に出たんだ。

 リュートくんと一緒に逃げて、貴女のママ……イオリちゃんに出会って。数ヶ月だけの、短い旅が始まったわ」

 

 滔々と語るその目は、遠くすぎさってしまった時間を移している。

 

「それからも色々と旅をして……思ったより私たちの終わりは簡単だったわ。

 私はリュートくんが何より大切だって思えるようになって、リュートくんは私が一番大切って思って。だから私たちは、イオリちゃん達の旅に最後まで付いて行かなかった」

 

 ほんの少し、後悔のような感情がレーナさんから感じられた。

 けどそれはすぐに消えて、元の表情に戻って話し始める。

 

「イオリちゃんはもっと簡単ね。鍛冶って本人は言い張ってたけど実質ものづくり全般が大好きで、新しい土地で新しい材料で新しいものを作りたい……それが見てわかるくらい行動方針だったわ。

 ロイド君は、そんな行動方針で危ないことばっかりするイオリちゃんの隣にいたい。守りたい。振り向いてくれなくても、並び立ちたい。私に似てるから、すぐ分かったわ」

 

 ふと、小さな頃のことを思い出した。

 色々とママが教えてくれたり、連れて行ってもらったりした記憶が蘇った。

 ものつくりに料理。綺麗な場所、怖い場所、カッコいい生き物の巣に、可愛い動物が沢山いるところ。

 そういうのは全部、ママたちが自分の体1つで経験したモノだったのだろう。

 

 ……私が冒険者になった理由は違うけれど、あの旅行に憧れがなかったといえば嘘になる。

 

「さて、こんなところでいいかしらね。

 本当はもっと、今この国の女王さまになってる子の話とかもしようとしてたんだけど……ふふ、誘導しちゃったかしら?

「いいえ。でも、はい。思い出せたことはありました」

 

 本当に小さな頃、確かに私は旅をしてみたいと思っていた。

 すぐに戦争が始まって、世界が荒れていって、やるべき事に押し潰されて、忘れてしまっていたけど。

 

 忘れてしまった、小さな小さな夢。

 

「……そうね。心配だったのよ? ここ数日、ろくに飲み食いせずに篭りっきりだったから」

「それは、ごめんなさい」

 

 旅。

 

 きっと、それは悪くないものだと思う。

 

 もう遅いのかもしれないけど、このまま街で腐っていくなら飛び出したい。その方がきっと、ずっといい。

 

 そう思っていると、クスクスとどこか楽しそうにレーナさんが笑っていた。そんなに変だったのだろうか?

 

「いいえ。でも、なんだか嬉しくなっちゃって」

「嬉しく?」

「ええ。やっぱりあなたは、笑顔が一番よ。親子でそっくりね」

 

 少し目を細めつつ、首を傾げる私にレーナさんはそう言った。

 そっか、そっくりなのか。似てるって言われるのは、ちょっと嬉しい。

 そんな風に気を緩めていると、でもとレーナさんが言葉を付け足した。

 

「ただ、旅に出ても、決して楽しいこととか、良いものが見られるとは限らないわよ?

 むしろその逆。辛いことも多いし、見たくない嫌なものばっかりかもしれない。それに昔と違って、危険なことも沢山あるわ」

「それでも、行きます」

 

 それに、死んだならそこまで。諦めもつくというものだ。

 もしお義母さんの遺言の通り人間界に行くにしても、そういう経験こそが重要になる気がするし。

 ジッと見つめ合うこと数秒。仕方がないと言った様子でレーナさんはホッと息を吐いた。

 

「そこまで我を押し通せるなら、最悪の想像はしないでも大丈夫そうね。ただ、アヤメちゃんが出て行くとなると、このお家はどうしようかしら?」

 

 言われてみれば、確かにその通りだ。

 お義母さんがいなくなった以上、私が出て行ったら我が家を管理する人がいなくなる。何処からともなく出現する円盤型の何かが掃除はしてくれるけど……今も張り紙を続ける奴らに、荒らされるのは避けられないだろう。

 

 持ち運べるものはスキルに入れて持っていくとして、家本体はどうしようもない。

 それをどうにかしたくても、私が頼れる伝手は殆どない。

 数少ないその中から信用できる相手で、尚且つある程度の権力があり、人を遣わせられるほどの余裕がある人物なんて殆どいない。そう、だが殆どであって0ではないのだ。

 

 故にこそ、私は立ち上がってレーナさんの前に行った。

 

「私の家を、お願いします」

 

 膝を折り頭を床につけて、所謂土下座をして頼み込む。

 こんな風に親しく接してくれるけど、レーナさんは本来公爵夫人というとんでもない地位の人だ。それでいてリュートさんを尻に敷いている。レーナさんは、バッチリ条件に一致している。

 ママが昔読んでいたような漫画みたく「小指を詰める」なんてことは出来ないから、これが私のできる精一杯の誠意だった。

 

「頭を上げて、アヤメちゃん」

 

 少し驚いた様子だったがそれもすぐに消え、普段とは違う声音でそう答えた。顔を上げると、そこでは少し冷たい印象を受ける表情でレーナさんが私を見ていた。

 

「私としても受けて上げたいのは山々なんだけど……人を動かすとなると、タダじゃないからね」

「お代って、どれくらいになりますか?」

「アヤメちゃんが相応しいと思う額を。それか、相応しいと思うくらいの物でもいいわ」

 

 試されている、のだろう。

 自分が守りたいものに、どれだけの価値をつけるのか。

 必要なのは貯金で足りるかでも、何か高価なものでもない。何を差し出すか、差し出してでも守りたいか。

 価値そのものが問われているわけじゃない。私が釣り合うと思うものを渡せば良いのだ。

 私が、思い出の詰まった家と同じ価値だと言えるもの。

 あまり価値がある物も、貴重なものも持っていない私にとって選択肢は限られる。

 

「なら、この2つでお願いします」 

 

 言って、スキルから取り出したのは2振りの刀剣。

 それぞれ私が初めてママと作った短剣と、この前完成したばかりの刀だ。

 つまり、私の家族との最初と最後の思い出の品。

 ならば、私にとってこれ以上に相応しい品はない。

 

「良いわ。正しい価値として受け取ります」

 

 2振りの思い出を受け取って、満足そうにレーナさんは頷いた。

 若干の後ろ髪引かれる思いを断ち切ったのは、レーナさんが手を打った音だった。

 

「これで後顧の憂いもなくなったことだし、いつ頃旅立つ予定とかあるかな?」

「いえ。でも、この姿で戦ってるのを色んな人に見られちゃいましたし……出来るだけ早い方がいいかなとは思ってます」

 

 そう言いつつ、自分の長いミスリル色の髪をくるくると弄る。

 自慢の髪だし手入れも欠かしてないけど、見られたからには良くないことが起こる。何せこんな特徴的な髪色と紺碧の眼なんて、私を私であると証明してるようなものだから。

 

「そうね……確かに、あんまり良くないかも知れないわね。心苦しいけど、今の英雄は犯罪者だもの」

 

 心が軋む音がした。

 でもきっと、この話題もいつかは向き合っていかなければならないのだろう。

 

「だったら、そうね。明日うちに来てくれないかしら? アヤメちゃんが旅に出ることになったらって、預かってる物と伝言があるから」 

「今日じゃダメなんですか?」

 

 伝言と預かり物はとても気になるし、私も早く出て行った方が身のためということは認識している。だからこそ、早い方がいいも思ったのだけれど……

 

「今日はリュートくん、魔剣の反動で動けないから……」

「あー……確かに魔剣、反動キツイですからね」

 

 額を抑えてやれやれといった表情をするレーナさんに、色々と思い出したこともあり頷いた。

 魔剣の力を開放すると、基本的に体力をとんでもなく消費するのだ。私が使ったⅠ型に1000秒という時間制限が付いてるのはそのせいだし、Ⅱ型は反動として使用後にドッと疲労が押し寄せる。試作型はちょっとわからないけど。

 そんな魔剣の中でも、リュートさんの持つドヴラクルは自分の力を跳ね上げる力を持っている。しかも尋常じゃない倍率で。その分の体力は、全盛期ならともかく44歳と年齢を重ねたリュートさんには補いきれない。

 

「そうなのよ……今回はひどく腰をやっちゃって」

「……塗り薬、要ります?」

「助かるわ」

 

 少しだけ迷いが晴れた朝を、微妙に雲のかかった太陽が照らしていた。

 

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