響き渡った魂削る絶叫に、隠し切れず漂う悪魔の気配。
そう、
リィンさんが持つ真魔剣ディーアボロス……獣人界に存在している獣王剣ライオンハート同様『魔剣を中心に直径100m圏内の《メイジ級》悪魔までの侵入禁止』という能力を持つ魔剣が、通常駆動している目の前で、こともあろうに悪魔の気配が漂っているのだ。
ただそれでも、結晶が内側から突き破り、襤褸の剥がれたその姿は人間そのものだった。綺麗な顔だがアイン同様完璧に対象な
そんなどこまでも、生者であったことも、死という安息を与えられたことも侮辱するような最低の異形。いやでも、これも人間としての傲慢なのだろう。魔物を殺してバラバラに切り刻み、武具や道具としているのだから。
それ故に、悪魔という存在が私達とは根本的に異なる存在ということが分かる。殺し殺される、そんな関係性しか築けないのだ。
「援護します!」
飛び退いてくるリィンさんを援護するために、ピアッシャーによる光の槍を推定悪魔に向け連射する。意思を持ったように蠢く鎖にその大半が撃ち落とされたけど、数だけはばら撒いたお陰で数発は直撃していた──が、無傷。光槍が直撃した場所は、焦げ付き1つ傷1つ作ることは出来ていなかった。
「鎖はどちらとも魔剣だ! 熱の鎖は絶焦剣ムスペルヘイム、凍気の鎖は絶凍剣ニヴルヘイムのパーツであると報告する」
アインの使う、アヴァロンで収束した魔法も同様。様々な属性が入り乱れ、その全てが鎖に迎撃される。時には鎖の防御を抜けて命中するものもあった──が、無傷。どんな魔法も結晶に近付くにつれて減衰し、胴体に直撃する前に霧散してしまっていた。間違いない、結晶憑きだ。
「アイン、収束お願い!」
「認識した。リィン、ニードヘッグを撤退させることを推奨する!」
「分かっておる!」
ならばとアインの手を借りて放った収束した光槍は、反撃で伸ばされたらしき鎖こそ弾いたものの結果は変わらず。直撃し、確かに大きく異形を後退させたがそれだけ。一切の傷を付けることが出来ていなかった。
「敵は階級はわからないですが【悪魔】! それも結晶憑きです!」
アインの言う通りなら、舞っている鎖は試作型魔剣で、かつ階級は不明なれど結晶憑きの悪魔という最悪の相手。極めて厄介であると言わざるを得ない敵だった。
「あり得ぬが、事実として存在する以上認めざるを得ぬか。厄介極まりない……!」
「同意する。出現理由は分かるか?」
「無理です。情報が少な過ぎます!」
苦虫を噛み潰したような表情でリィンさんが言葉を吐き捨て、迫ってきていた鎖を弾いた。それによって稼がれた時間にアインが質問を投げてきたけど、私は答えを持っていなかった。
それでも時間を稼げたことは僥倖か。横たわっていたニードヘッグの巨体が動き、空へ向かって羽撃き離脱して行く。そうして地上に残されたのは、私たち3人と異形の元人造人間の2人だったモノのみ。
「鎖が来るぞ!」
そして、そんな拓けた空間になったからだろう。今までは緩慢な動きだった9つの熱鎖と3つの冷鎖が、獲物を見つけた蛇のようにくねり伸長しながら全方位に向け放たれた。
「追って、来ない?」
平面状に放たれた鎖を空へ跳び上がることで躱した直後、想像していた追撃が来ないことに私は首を傾げた。こんなにも私達は攻撃を加えていたというのに、3人に一切の攻撃が来ないのだ。まるで、何か別の狙いがあるかのような──
「狙いはそちらか!」
そこまで考えが至ったのと、状況が手遅れになったのは同時だった。アインが叫んだ通り、狙いは私達ではなく
無数の鎖が空を舞い、人造人間の死体が集積されて行く。下手に触ればそれだけで致命傷足り得る鎖に、迂闊に手が出せない。
「吸収、しておるのか?」
「みたいですね。止めることも無理そうです」
「ッ……!」
瞬く間に結晶が成長し、元ゼーアフートとズーへの2人を取り込みクリフォトのような結晶へ。そしてその結晶から伸びる計12本の鎖が、掻き集めた人望人間の亡骸の山に突き刺さり──異常が起きた。
たった今まで目の前の一体だけだった筈の悪魔の気配が、亡骸の山に発生する。
「この!」
咄嗟に魔法を放つも間に合わず、亡骸の山に次々と悪魔の気配が生まれて行く。まるで病原菌か感染でもしたかのように、加速度的に加速度的に増殖する悪魔の気配。
その数が一定以上になった瞬間、亡骸の山から人の体で組み上げられた巨大な腕が立ち上がった。指の1つが数人の人間で作られたそれを、止める手立てを今の私たちは持っていなかった。
「ッ、撤退する!」
舌打ちから始まったリィンさんの一声で、目の前の存在が完成する前に全員が動いた。リィンさんは自前の魔法で、私とアインは箒で後方の空へ向けて飛翔する。そんな途中だった。
「アヤメ、アイン!」
他の部位の完成を待たず伸ばされた、人肉の巨人の腕。箒の速度を超える速さで迫ってきたそれが、私とアインを狙って握り潰した。
遠くにリィンさんの声が聞こえる。聞こえるということは、まだ私は少なくとも生きている。
「ッ、無事、ですか?」
「肯定する。アヤメはどうだ?」
咄嗟の防護策として展開した、
急増なせいで暗闇に包まれて、次回は完全に0。非常に狭く互いの息がかかる様な距離だけど、どうやらお互い五体満足ではいるらしい。次元系の魔法による探知では、私もアインも無事だ。
ただ箒は諦めた方が良さそうだった。私の物も、Ⅰ型魔剣をベースにしているアインの物も、ひしゃげた姿を金属球に取り込まれるように晒している。
「私は無事です。それより、すぐにでも脱出しないと保ちません!」
ただそれよりも問題なことが、金属球がギシギシと今にも割れそうな音を響かせていること。最大限の頑丈性を持つ物質の筈なのにだ。一定どれだけの握力だというのだろうか。
「物理的突破も魔術的突破も困難と断言する」
「物理はともかく、魔法はどうして」
「魔力が乱れ過ぎている。このまま転移魔法を行使した場合失敗する。或いは成功しても、五体がバラバラに転移する可能性が極めて高いと断言する」
顔を歪めてアインが言った言葉に、セプテントリオさんに言われた事を思い出した。曰くこう言う状況では『魔法を重ねでもしねェ限り、正常に作動なんざしない』という言葉を。
「なら、魔法を重ねれば何とかなる……かもしれません」
「なに?」
「以前セプテントリオさんと戦った時、私が転移を失敗したのを見て言ってました。魔法を重ねでもしなければ、こういう場では転移なんて出来ないと。私にはわからない感覚ですが、もしかしたらと」
あの状況下でなら、セプテントリオさんが嘘をつくことによるメリットはない。ならきっと大丈夫。
「……認識した。試したことがなく、観測例もない。結果は期待しないでほしい」
「それでも良いです。このまま握り潰されるより、一分の希望に賭けますよ」
「認識した。転移魔法を実行する」
そして訪れる一瞬の浮遊感。普段より気持ち長時間の転移特有の感覚が走り、次の瞬間私たちは呪い渦巻く空中に投げ出されていた。お互いに抱きつくような姿勢で。
「よし、成功しましたね……アイン? どうかしました?」
「……黙秘権を行使する」
何故かアインは、私から全力で顔を背けていた。まあ私を近くで見たらそんな反応もするか、最近は違うと言われ続けてるけどブスらしいし。
仕方ないと諦め、落下しきる前に手早く空を飛ぶ為に龍魔法と、呪い除けの為に浄化系の魔法陣を製作・起動して安全を確保。制御の危うい魔法で何とか飛び、やはりどう見ても自律行動しているニードヘッグに拾ってもらう。
「一応、何とかなりましたね?」
「……肯定する」
アインを降ろして二種類の魔法を解除。何とかニードヘッグの甲板に立ったのだが、アインは未だにこっちを見てくれなかった。そんなに嫌だったのだろうか……流石にこうも露骨だと少し傷つく、気がする。
「2人とも!」
直後高速で飛来してきたリィンさんに、アインと纏めて抱きしめられた。勢いよく押し倒されたせいで、危うく握っていた魔剣を手放しそうになる。
「すまない。余が、余が不甲斐ないばかりに……」
「リィンは悪くないです。むしろ私達が遅かったんですから」
「肯定する。リィンが負うべき責はないと断言する」
なんとか立ち上がりつつ、何となく抱きしめ返して言う。
「ただ今は、アレをどうするかが先決ですね」
しかしそれ以上に問題なのが、全身をついに形成した人肉の巨人だった。最終的に腕が3本、脚が2本と尻尾が一本、それでいて頭部が存在しないニードヘッグの全長程の大きさの巨人。
お義母さんを失った時に見た《デストロイ級》には及ばないが、それでも見上げるしかない巨体。下手な魔剣の刃が届かないそれは、どうすれば良いのか見当もつかない相手だった。
『
そんな中、ふざけた言葉が【悪魔】と化した異形から放たれた。怨念、執念、恨みなどをありったけ煮詰めたような、ドロドロとした、濁りきったヘドロのような感情。それを一分の隙もなく詰め込んだ大音声。
「なに、これ……」
濁流のような感情の爆発に、立っていることが出来ず思わず膝をついてしまった。その感情を向けられているのが、人肉の巨人が試験を向けている先が、私ではなくアインであるというのに。
「随分と無駄に大きな声だな……それに、やはり既に言葉も解さぬか」
「肯定する。当方の同胞がこのような姿にされているのは、不快極まりない」
「2人とも、聞こえないんですか……?」
そして、2人がそんな事を言っていたからだろう。思わず、そんな事を口走ってしまった。
「聞こえない……つまり、アヤメには聞こえているのか? 彼奴の声が」
「ええ、理由は分からないですけど。魔界に来てから急に」
多分原因は、大罪を背負ったことで私のステータスがバグったことなのだろう。ただそんなこと、今言う必要もあるまい。
「ふむ、気になるがまあ良い。なんと言っている?」
「アインに『どうしてお前だけそっちにいる』と」
「……そう、か。当方は、そう思われていたのか」
そうありのままを伝えた途端に、アインの表情に陰が出来た。
共感は出来ないけど、理解は出来る。かつての知り合いが、自分が持っていた武器を使って、自分に向けて憎悪を向けている。そんなものに、何も思わない方がどうかしている。
「だがそれでも、せめて眠らせてやることが当方の役目だと認識した」
「手は貸しますよ」
「当然余もな」
ただアインがそれでもと踏み出すのなら、私が手を貸さない理由はない。リィンさんも同じ考えであるらしく、魔剣片手にサムズアップを返してくれた。
「感謝する」
『
そんな私達が気に入らないのだろう、不愉快な声を人肉の巨人は轟かせた。肌が震えるほどの音量と、また崩れ落ちそうになるほどの濁った感情。
そうして生まれた隙に、人肉の巨人が跳んだ。その巨体から考えられないほどのスピードで、瞬時にニードヘッグに乗る私たちに肉薄。両手を組んだ全力の打撃が、端から白い雲を引きながら振り下ろされた。
「ぐ、ぅ……」
「そういうことですか!」
ただそれ自体はあくまで普通の打撃でしかない。凄まじい衝撃音と振動を発生させながらも、アインが持つアヴァロンの障壁が防いでくれた。
ただその障壁を越えて、拳を構成していた人造人間が解け攻め入ってくるのは誰が想像出来ようか。咄嗟にアインに飛びつきそうだった一体を蹴り落としたが、その時点でもう状況は最悪なものへと変化してしまっていた。
『
只でさえ狭いニードヘッグの甲板のスペースをさらに圧迫するように、私達3人を取り囲む光のない目をした人造人間達。それだけの人造人間を放出してなお大きさはそのままで、未だにアインの障壁と拮抗する人肉の巨人。その重量に耐えきれず、ゆっくりとだが墜落を始めるニードヘッグ。
『
「アイン、あとどれくらい耐えられますか!?」
「長くは、保たないと忠告する」
アインの言葉に頷きつつ、一縷の望みにかけて魔法を行使する。が、私が放った魔法は全て『実態を伴うもの』を含めて直撃前に霧散。金属の防壁すら崩壊させる異様な様に、迂闊に踏み込めない。何せ私の義足も、一部が魔法で作った金属製なのだから。
エターナルはリーチが足りない。コドクは近寄れない。ルンペルは何を拡大すれば良い? オネイロイは無差別だから論外、アムネシアも出力だけじゃ意味がない。なら使えるのはチョークとマンチニール!
「助かる!」
私がマンチニールの植物生成能力と、チョークの窒息能力で迫る悪魔に感染した人造人間を拘束。リィンさんがディーアボロスや自分の尾で薙ぎ払うも焼け石に水。排除する速度と、補充される速度が釣り合わない。
「……仕方あるまい。アイン、アヤメ、2人に問おう! 2人は今の己が種族に加え、
ジリ貧で、墜落までもう僅かな時間しない、そんな時だった。リィンさんが苦渋の決断をするように選択を迫ってきたのは。