「いやぁ、悪いねぇ脅すような真似して」
私たちがそれぞれの武器を降ろしたのに合わせて、濃密な殺気を嘘であったかのように霧散させてスマイヤー・ラプティスと名乗った男性は言った。呆気からんとしたその様子は、一瞬前までとはまるで別人のようですらある。
「一応お仕事なんで、こうしなきゃオジサンの首が飛んじゃうのよ。物理的に。……だから、キミも魔剣から手を離してくれないかな?」
「バレましたか。でも、お断りします」
あくまてまだ提案だと示すように、軽く己の魔剣の柄を叩きながらラプティスさんは言う。対して私は、後ろ手にエターナルを握ったまま。
リィンさんはディーアボロスをスキルに収め、アインも魔法の発動をやめている。であるのに私が未だにこうしているのには、二、三の理由がある。
「今私が魔剣を手放せば、確実に意識を失いますから。見ず知らずの、いきなり殺気を当ててくる男の前でそんなこと出来ませんよ」
「なら、無理矢理に手放させることになるけど、それでも構わないのかい?」
「私たちが戦ってるのに手出しもせず、終わった後に出てきて、言うことを聞かせるために婦女子に暴行ですか。随分ですね」
「あらら、嫌われたもんだねぇ」
笑顔を作って毒を吐けば、向こうも魔剣に手をかける。本当の理由はもう一つあるけれど、現状リィンさんとアイン以外の前で寝るのは嫌だということも事実。譲れない点でもある。
「信用や信頼が、あんな登場をした貴方にあるとでも?」
「ないだろうねぇ」
半身になり右手に順手でエターナルを、左手はフリーに。対するラプティスさんは、胴体で隠した右手を恐らく抜き打ちや抜刀術の類の構えに。私は防御主体、ラプティスさんは一撃必殺……だろう、多分。
幸い義足の調子は良い。ならこの私よりも格上の剣士相手にも、冒険者としてなら抵抗出来るだろう。初撃を凌いで、一撃くらいは反撃してみせる。ここまで対立してしまったなら、仕方ない。
「やめよ、2人とも。今ここで無駄に争う必要はないであろう」
そんな一触即発の空気を打ち破ったのは、呆れたような声音のリィンさんだった。無手のまま私たちの間に割り込んで、やれやれと右手を額に当てて首を横に振った。
「アヤメの言い分も理解できる、一応余も性は女であるからな。一個人としても、所属すら明かさぬ者の言うことを聞くのは癪だ。だがラプティスとやらと言い分も理解できるだろう?」
「それはまあ、そうですけど……」
私だって元冒険者だ。従いたくない依頼であっても、それが依頼なら遂行しなくてはいけないことくらい……上からの理不尽な命令くらい理解出来る。だが、それとこれとは話が別である。
「ラプティスとやら、貴様も大人であるのならば理解出来るだろう。得体の知れぬ男性の前で、女性が無防備を晒すわけがなかろう」
「そりゃあね、オジサン既婚者だし」
そう言って、左手の薬指に嵌った指輪を見せつけてきた。信用などしないが、ここらが妥協点ではあるのだろう。これ以上意地を張っても、2人に迷惑をかけるだけだ。それに、折角リィンさんが仲裁してくれたのだ。その好意を無駄にしたくはない。
「……なら取るもの取ったら、魔剣は手離して寝ます。ここらが落とし所でしょう?」
「だろうねぇ」
「すまない、アヤメ」
「いえ、リィンが謝ることじゃないですよ」
魔法での感知だけは外さないようにしつつ、一旦ラプティスさんに背を向ける。そのまま早歩きで、墓標のように突き立った2振りの魔剣の前へ向かった。
絶焦剣ムスペルヘイムと絶凍剣ニヴルヘイム。共に試作型魔剣という私のママが最初に打った魔剣んの一振りであり、リィンさんの血縁上の両親が使い、壊れたままアインの手に渡り、そしてアインのかつての同僚が握った魔剣。その残骸。
「リィンも言ってましたけど、よくよく因縁がありますね」
鎖を除き既に原型を留めないほど壊れ切ったそれらは、今は黒砂の大地に突き立つのみだった。あれ程感じた熱気も凍気もなりを潜め、ただ静謐に墓標のように。
「不服かもしれませんが、ちゃんと直してあげますから」
その空気を破り、2振りをエターナルに納刀する。
きっと、この魔剣たちの正統な所有権は魔界に有るのだろう。何せ試作型魔剣はそれぞれの国に5本しか存在しない、決戦兵器とも言える代物なのだから。理性として、それは理解できる。理解できるがしかし、回収されて我が物顔で使われる……そんなことは、許したくなかった。
「これくらいしか出来なくて悪いですが、代わりにこれを」
最後にその場で黙祷して、魔法でミスリルの十字架を作成。魔剣が突き刺さっていた場所に突き刺し、踵を返した。
「それじゃあ、またいつか」
話したこともない、リィンさんと討ち、2人と共に最後を見届けただけの相手。ただそれでも、これくらいはするべきだと思ったのだ。
「私のやりたかったことはこれだけですので」
リィンさんもラプティスさんが睨み合う場所に戻り、一応もう何もすることはないと告げておく。
「一応アンタが寝る前にオジサンの所属は言っておく。
魔王国第三首都ユ=グ=エッダ所属、領域外調査隊隊長スマイヤー・ラプティスだ」
「隊長……軍属じゃあないんですね」
「今の魔界に、軍なんて代物を作れる程の人員はないのさ」
「そうですか」
言葉はそれだけに留めて、今得ることの出来た情報だけは頭に刻んでおく。しかしそれ以上深入りしないように背を向けて、私が動くのに合わせずっと警戒をしてくれていたアインの所に向かった。
「警戒してくれてて、ありがとうございました」
なんとか笑顔を見せて、アインに頭を下げる。
「認識した。もう必要はないか?」
「ええ、後はアインとリィンにお任せします」
2人ならきっと悪いようにはならないし、今は私が眠った方が話を進める都合がいい。そう判断して、リィンさんに合図をしつつ躊躇なく魔剣をスキルに投げ込んだ。
「じゃあ、おやすみなさい」
瞬間、訪れる虚脱感に倦怠感、それらを複合した極大の疲労感。案の定の感覚に姿勢が崩れ、身体を支えることが出来ずに倒れ込む。そのまま、ぽすっと我ながら軽い音でアインに受け止められる。
車椅子の後ろを任せた辺りから、こういうのも嫌じゃなくなった気がする。そんなことを思いつつ、いつも通り身体は動かせないまま意識が遠の──
(あれ?)
──くことは特になかった。声は出せない、身体は動かない、体感的に魔力も尽きている。ただ意識だけは失うことなく、突っ伏すことになった。
少し体力が付いたのだろうか? 正直眼を開けていることも出来そうにないが音は聞こえる。これなら探知も、低燃費に調整しておいたお陰で続けられそうだった。
「アヤメも魔剣を手放した。これで貴様も、話し合いに応じると言うことで良いな?」
「勿論。正直、あそこまで頑なだとは思わなかったけどねぇ」
「色々と事情があるのだ、余たちにも」
リィンさんが毅然とした態度で言い、まるで降参でもするかのようにラプティスさんは両手を挙げた。その両手は間違いなく魔剣から離れており、私と言う邪魔者がいなくなったお陰で敵対の意思は消えたらしい。
「ま、この魔界で女の子2人に男1人。事情を抱えてるのが普通でしょうよ。だから関わりたくなかったんだ。そもそもそこのアイン・ナーハフート君以外、情報隠蔽能力が高過ぎて名前すら見れないときた」
「当方に情報の隠蔽能力はない。また、隠す気もない」
「というより、あの戦争に従事した人なら誰でも分かるでしょうよ、エクスプローラーは」
ぽりぽりも頭を掻きながら、ため息をついてラプティスさんは言った。その様子は私が起きていた時と比べて、何処かリラックスしているように見える。
「それで、貴様は余たちをどうしようというのだ?」
「見るからに不安定で、一番厄介そうな子が眠ってくれたからね。さっき言った通り、大人しく案内するさ」
その言葉を聞いてか、アインが私をおぶってくれた。やっぱり反発していた私が、こうして眠ったようにしているのは良いことに働いてくれるようだ。おんぶされるのは恥ずかしいけど。
「だが余には帰るべき、守るべき場所がある」
「知ってるさ。花畑だろう? そこにこの龍を向かわせて、守らせるつもりなのも知っているさ。存分にそうしてくれて良い」
「ならどうやって余たちを貴様の国に向かわせる」
こちらの動向など知っていると言わんばかりの態度で話すラプティスさんに、苛立ったような態度でリィンさんが話し掛ける。実際、こののらりくらりとした態度は私も好きじゃない。何か真意を隠してるような、そんな気配しかしないのだから。
「……当方の記憶が正しければ、ユ=グ=エッダと呼ばれる都市は移動する。来るのだろう?」
「正解。流石に直接知ってるあんたは分かるか」
そう言うアインの顔は、とても暗いものだった。行きたくない……いや、関わり合いたくないと言う感情がありありと伝わってくる。
何せアインが言っていたことが正しければ、アインを特攻させた街だ。正直あまり、良い印象は抱けない。当人であれば尚更だろう。
「ただ、変わったよあの街は。きっとあんたらも、良い場所と言ってくれるくらいに」
その言葉と同時に、探知に明らかな異常が発生した。局所的に探知不能の領域が発生し、探知自体にもどうしようもないノイズが走る。同じ性質で出力が上の何かが、そこに存在しているかのように。
「この、反応って……」
「目が覚めたか」
本能的に危険を感じた反応に、辛うじて回復し始めている体力を使って目を開く。探知だけじゃ話にならないと、全力で開いた視界は普段の半分ほど。
「どうする?」
「この、ままで。喋るの、で、精一杯です」
ただ立つ事は無理そうなので、アインにはこのままおんぶしてもらうことにする。正直喋ることも億劫なのだ。
それでも視覚を回復させた意味はあったと、目の前の光景を見れば確信出来た。魔法の知識と感知識別力がなければ、何も存在しないように見える空間。そこに今、極めて転移と酷似した術で、遥かに巨大な存在が顕現しようとしていた。
「うげ、もう起きたのか。化物じみた体力してんな、嬢ちゃん」
「否定する。アヤメは化物ではない」
化物という言葉に夢中になっていた意識が引き戻され、身体が震えたことが伝わったのかアインが即座に否定してくれた。とても嬉しいことだが、それよりも今は──
「来ます!」
完全に、こちらに座標を合わせた巨大な存在の方が問題だった。
空間に無数の紫電が走る。風景が揺らめく。押しのけられた風が吹き荒れ、黒砂を巻き上げて行く。
その中心で未だに蜃気楼のように、実態を揺らめかせながら現れたのは船。空を飛ぶ巨大な船9隻からなる船団だった。
「認識した。やはり、この船団にアイン・ナーハフートは搭乗していた」
アインが確認するように呟き、一隻1km程はある巨大な船が全て実体化する。本来の船であれば喫水線に当たる部分に次元系魔法特有の揺らめきを持ち、船一隻一隻全てに丸い虹霓が掛かった船団。
悠々と空を征くそれは、一目で尋常ならざる者が創造し運用されていると理解出来る、魔剣にも等しい技術の結晶だった。
「ユグドラシル級戦艦都市3番艦ユ=グ=エッダ。細部が変更されているが、当方が最後に見た姿と同様の場所……」
アインが私を背負う手が強張る。それだけで、私にとっても警戒すべき場所と判断するのに躊躇いはなかった。今の私に出来ることなんてたかが知れているが。
「そうか、イリス……お前様も、そこに居るのだな……」
だからこそ、今最も頼れるリィンさんに視線を向けたのだが、そんなことを呟き船団を見るだけだった。何か手伝ってもらうことは、期待できそうにない。
「まあ、オジサンが言っても信じられるようなことじゃないだろうからねぇ。自分の目で見て確かめてくれ。オジサンが……俺たちが守り続けている魔界最後の楽園を」
今までとはまた違った、真剣な表情と気配て言うラプティスさんを、私は見ていることしかできなかった。
そんな中、船団に乗り込む為だろう小さな船が降りてくる。それが私たちにとって良いことを運んでくれるのか、それともまた何かに巻き込まれるのか。私たちに、それを知る術はなかった。