7つの大型の船からなる船団から、単独で降りてきた小型の船。私は文献でしか見たことがないけど、それは所謂漁船に相当する形と大きさだろう。その黒白二色のみのモノトーンな漁船は、使われている技術力の高さを示すように静かに私達の前に着陸した。
そして、漁船相当の船の操縦席と思しき場所の扉が開かれ、その中から1人の女性が姿を現した。頭の先から爪先までメイド服を纏った、私やリィンさんによく似た黒髪黒目の少女。ただその整い過ぎたバランスと容姿から、彼女が
「イトナミより
ジッとこちらを見つめる無機質な瞳に、私とリィンさんが写り込む。同時に内側を覗き視られている、ステータス情報を抜かれそうになる不愉快な感覚が走った。
並大抵の相手ならば、隠蔽を抜かれない自信はある。でもこの鑑定には、抵抗すらできないほど出力差が存在していた。少女が耳元に手を当てた瞬間、増大した鑑定の出力……今後を考えるなら、偽装用のペンダントを新しく作った方がいいのかもしれない。
「イトナミより
そしてイトナミと言うらしい少女は、私たちとラプティスさんの中間点辺りに転移してきた。私やアインの使う転移とは違った、極めて滑らかに遂行された魔法。それだけで、ある程度の実力は察することができた。
「アヤメ・キリノ様、アイン・ナーハフート様、リィン・
アインと同等ほどの技術に驚いている中、綺麗なカーテシーを決めて少女は私たちに言った。
名前、そう名前だ。どこまで情報を視られたかは分からないが、名前までは把握されてしまったらしい。最悪だ。意味がないとは理解していても、思わずアインの背に隠れるように縮こまる。
私のせいで、何もかもがご破算になったらどうしよう。今まで名前の所為で経験したことからして、あり得る可能性であって無視出来ない。
「皆様方、ようこそいらっしゃいました。当方の製造番号は
だが、そんな私の心配は杞憂であるかのように、堂々と少女は名乗った。気は抜けない。けれど今すぐに敵対される、なんてことはないらしい。
なら今の私にできることは考えること。エンヴィングは確か、リィンさんから聞いた話だと区分は開発型だったか。──そして、ママの遺伝子が使われている人造人間の一種だった筈だ。
「というわけで、後はイトナミちゃんに任せるよ」
「貴方に呼ばれる義理は存在しないと通告します、メメントモリ。戦狂いの貴方はさっさと、大人しく哨戒任務にでも戻ってください」
複雑な気分でそんなやりとりを見ていたのだが、思っていた以上にイトナミさん?は自由奔放らしい。へらっとした態度で肩を叩いたラプティスさんの手をはたき落とし、軽蔑するような目線を向け言葉を吐き捨てた。
そんな態度に何処か私にも通じるものを見て、少しだけ親近感が湧いた──じゃない。どうやってあの人は、私達の丁度中間に居たはずのイトナミさんの肩を叩ける距離にまで移動した?
「はいはい、オジサンは退散しますよっと。まあ、今回は君がそんな状態だから諦めるけど……かの翡翠の剣聖の愛娘、いつか死合いたいものだねぇ」
アインの背に隠れていても伝わる、首に直接刃を当てられているかのような殺気が言葉には乗っていた。挑発なのだろうけど、であればこそ言っておかないといけない。
「私は、そもそも戦う人間じゃないですから。父の剣術もあまり使えませんし、諦めてください」
「それはどうだか」
「いいから行けと命令します」
いやらしく笑みを浮かべるラプティスさんを、苛立ったようなイトナミさんが蹴り飛ばした。
不意打ち気味に直撃した腰の入った蹴りは、問答無用でその威力を伝え切る。深く鳩尾にめり込んだ蹴りは、受け身すら許さずニードヘッグの甲板上からラプティスさんを突き落とした。
「と、このように、戦馬鹿は適当にあしらうのが一番だと助言します、アヤメ様。まともに相手をしてやる必要はないと断定します」
「え、あ、はい」
「そして皆様方、戦馬鹿の案内で我々と接触したということは、恐らく多数の疑問が存在していると推測します。この場での対話は困難、宜しければ我々の街にご招待し説明を行いたいと提案します。どうされますでしょうか?」
蹴りでふわりと舞い広がったスカートを抑えながら、こてんと可愛らしく首を傾げてイトナミさんは言った。表情は鉄面皮のように変わらなかったが、それでも私たちを案じているような感情は伝わってきた。
「先のラプティスにも言ったが、余達に同行を拒否する意思はない。少々アヤメと彼奴のせいで面倒なことになったが」
「私も、構いません。正直起きてることすら辛いので、早く休みたいです」
「当方も元より承諾済みだ」
それに対する私たちの返答は、さっきと然程変わらない。私が意地を張った所為で拗れてしまったけれど、あの船に行く……乗る?ことに異論はなかった。
「認識しました。3名の仮乗船許可を発行。狭いものですが、イトナミの船にどうぞ」
再びイトナミさんが耳元に手を当てるようにして、次いで船団の方を向いて一度頷く。それから私たちは、音もなく浮遊している魚船に案外された。
甲板はそれなりにスペースはあるようだが、大きな砲が一門据え付けられている所為で数人が歩ける程度まで狭まっていた。そうして全員が船に乗り移ったところで、ニードヘッグが大きく首をもたげこちらを向いた。
「余は暫くアヤメ達と行動する。……余の夢の地を任せる」
「グルゥ」
ニードヘッグの鼻先を撫でてリィンさんが言い、まるで本当に生きているようにニードヘッグが喉を鳴らした。更には魔剣を起動している訳でもないのに、言葉を理解したように頷き翼を広げ飛び立った。
「良き龍ですね、と賞賛します。ですが良いのですか? 我々の船には、かの龍を整備する為の施設も存在しますが」
「ニードヘッグには、余の花畑を守ってもらわねばならぬからな。これで良いのだ」
「認識しました。花畑……ビフレストの虹輪展開地域に一つ該当例有り、あれは良い場所と賞賛します」
「そうかそうか! お前様もそう思ってくれるか!」
その軌跡を目で追っている間に、何やらリィンさんとイトナミさんは意気投合したらしい。ニードヘッグが戻った花畑について、何か色々と話し込み始めてしまった。操舵中ではあるがいいのたろうか? 航路は安定してるけど。
「アヤメ」
「なんです?」
「もう体力は大丈夫なのか?」
そんなことを思っていると、若干躊躇うような雰囲気でアインが話しかけてきた。
「まだ1人で歩く立つのは無理そうですけど、こうやって、話すくらいならなんとか」
言いつつ、確認のため手足を動かそうとするが、ピクピクと震えるように反応するだけ。ゆっくりとなら腕を曲げるくらい出来るが、まだその程度だ。
「認識した。であれば、当方が補助を担当する代わりに、可能ならば車椅子に乗ってもらえるか?」
「別に構いませんけど……どうしてです?」
おぶられているこの状態は正直かなり恥ずかしいけど、悪くないとも思っていたので意外な提案だった。癪な話だが、やっぱり重かったのだろうか。アインも戦闘直後であるのだし、それなら仕方ないと思うのだけれど。
「なんと言えばいいのか、適切に表現する語彙を現在の当方は持っていない。だがアヤメを背負っていると、漠然と落ち着かない。普段と比べて心拍数が増加し、集中力が続かない。体温も何故か上昇している」
「病気ですかね? 私もアインも、そうそう患うとは思いませんけど」
スキルのせいで酒精すらほぼ受け付けない身体なのだ。そう簡単に病気に罹ることはない。その筈なのだが、確かに耳を当てて聞いてみれば脈は速く、少し体温も高い気がする。
なんらかの病気か、毒か。どっちも似たような症状を無数に知ってるだけに、詳しく調べられない今は詳しい判断がつかない。だがそんな葛藤も、次のアインの一言で吹き飛んだ。
「それにアヤメの気配や匂いが、以前より遥かに気になってしまう」
「……え、私そんな臭います?」
思わず、車椅子を取り出そうとしていた手が止まる。確かにここ暫く風呂には入ってないけれど、《クリーン》の魔法で臭いも汚れもちゃんと漂白しておいたはず。
「否定する。悪臭ではなく、甘い花か何かのような……」
「……辞めますかこの話」
「同意する」
流石に幾ら何でも、自分の体臭の話を他人にされるのは恥ずかしかった。臭いとかなら昔散々言われてるから気にしないが、その真逆となると耐性がない。
微妙に空気を気まずいものにしながら、やっとこさで取り出した車椅子に降ろしてもらう。義足を作ったから卒業かと思っていたけど、解体せず暫く残しておいた方が良さそうだ。
「イトナミとしたことが、会話に夢中になっていたと反省します。只今より当船は、ユ=グ=エッダ旗艦アスガルドに着港します。衝撃にお供えください」
疑問の言葉を発する間も無く、船が揺れた。ぽっかりと口を開けた倉庫のような場所に、私たちの乗る船は減速もなしに突撃。倉庫の床をバウンドし、火花を散らしドリフトするような形で漸く停止した。
咄嗟にアインが車椅子を抑えてくれなければ、私もリィンさんのように投げ出されるところだった。今の私はそれで大なり小なり怪我をしていた気がする。
「危うく不運とダンスするところでしたが、全員無事であると判断します。よかったよかった」
取ってつけたような、抑揚のない言葉でイトナミさんは言った。これでいいのだろうか。なんて思っていると、姿形はイトナミさんと同一の、髪を後ろで一纏めにしたオーバーオール一枚だけを着た人が船に飛び乗ってきた。
「よかったよかった、では済まないと宣告しますイトナミ」
そしてそのまま、オーバーオールの人は握りしめた巨大なスパナ……見た目に反して魔剣だ……を、イトナミさんに向けて振り下ろした。
「な、
「問答無用です、と再度宣告します。
真剣白刃取りのようなイトナミさんの必死の抵抗も虚しく、巨大なスパナ型の魔剣はイトナミさんの頭を撃ち抜いた。一応生きてはいるらしいけど、白目を剥いてイトナミさんは気絶してしまった。
「えぇ……」
「何なのだろうな、この寸劇は」
「当方にも理解不能だ」
あまりに一瞬かつ、こちらに危害が及ばなそうであった為傍観していたが、本当に寸劇としか言いようのない光景だった。理解が及ばず唖然としている私たちに向け、ナナミと呼ばれた人は振り向き頭を下げた。
「当方は
「う、うむ?」
空中から降りてきたリィンさんが、一応私たちの代表のようにナナミさんと握手を交わす。
「大凡1時間後、皆様方にはユ=グ=エッダ上層部との面会が設定されております。申し訳ありませんが、必要な措置とご認識を」
「でしょうね。リィンさんはともかく、私とアインは身元不明の不審人物ですし」
不愉快さを滲ませるアインが何かを言う前に、先んじて私が納得しているという旨の答えを返しておいた。
私は身元不明、判定したとして指名手配犯。アインは多分問題ないだろうが、私と長時間旅をしていた部分がかなりのマイナス。そんな人物を入国……入街?させようというのだ、それくらいは受け入れて甘んじるべきだろう。
「仮にも魔剣を持った相手を、トップと合わせるのは無防備すぎる気もしますけど」
「万が一の場合、アヤメ様を人質にすれば動きを止められると推定しました。アヤメ様の完全な体力回復までは目算で2時間ほど、十分に実行可能なプランと判断します」
「まあ、何をするっていう気は無いですけどね」
「我々もそうなることを望みます」
見た目も声もまるで同じなのに、イトナミさんとはまた違って話が通じるらしい。ここまで人造人間の性格に違いが出るなんて、錬金術を修めているのに理解できない。
「所定の時刻までは、この
そう言って、ナナミさんはレンチを担いで何処かへ行ってしまった。おまけにイトナミさんの頭を踏みつけながら。
思っていたより、性格に違いはないのかもしれない。……もう一回、改めて勉強しようかなぁ錬金術。