銀灰の神楽   作:銀鈴

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呪海を征く楽園の船【03】

「ごゆるりと、と言われてものう」

 

 ナナミさんが立ち去った後、どうしたものかとリィンさんが言葉を零した。連れてこられて「取り敢えず1時間待ってほしい」と言われればそうもなろうと言うものだ。ただ私にとっては、正直ありがたい提案でもあった。

 

「アイン、ちょっと船から降ろしてもらってもいいですか? どんな原理で船が飛んでたのか見たいんですけど」

「認識した。当方で良いのであれば任されよう」

 

 さっきは何か変な雰囲気になってしまったが、本来の私たちの距離感はこんなものだった。その事実を思い出しつつ、アインの手を借りて下船する。

 

「ここで問題ないか?」

「はい。ありがとうございます」

 

 そうして降ろしてもらった場所から改めて船体を見上げれば、小さいとは言え船は船。喫水線にあたる部分すら随分と遠くに見えるほど、イトナミさんの船は巨大だった。

 更にこうして視ただけでは、飛行の原理が3〜4割程度しか理解出来ない。が、その程度でも理解出来る内容は随分と多岐に渡った。

 

「これ、やっぱり応用は無理そうですね」

 

 全身全霊の力を込めて伸ばした右手は、産まれたての子鹿みたいにブルブルと震えている。それでも何とか、鈍い金属の冷たさを放つ船の外殻を撫でる。

 

「応用とは何にだ?」

 

 すんなりと分析が受け入れられていることに驚いていると、いつのまにか隣に来ていたリィンさんがそんなことを聞いてきた。

 

「箒ですね。アインのも私のも壊れちゃったので。アインは自力でも飛べると思いますけど、私は無理なので作り直そうかと思ってたんです」

 

 それ以外にも色々考えていることはあるけれど、もしここに滞在するのなら「空を飛ぶ手段」は真っ先に必要なものだ。ただ全く同じ物を作るのは芸がないし、この船の飛行原理を組み込めたら……と思っていたのだが。

 

「多分ですけど、生物が運用できる作りじゃないんですこれ。その分、重量物を飛ばすのには適してるみたいですけど」

 

 魔法の術式だけは、これがダミー情報でない限り解析は終わった。原理としては、私の箒が主に『風とその他推進力で人を飛ばす』術式なのに対して、この船のものは『次元の狭間を作りそこに船を浮かべる』術式だ。

 だから高速飛行をするには、船の場合何か体力の加速装置が必要で、そもそも燃費も魔力を生む炉心みたいな何かがないと実現不可能な域だ。魔剣を使うことは考えないものとする。

 

 私の術式の場合『小型のものを高速で飛行させること』に適していて、船の術式の場合『大型のものを空中に安定して存在させること』に適している。

 それこそ小型船と大型船舶、或いは1人で馬に乗るか何頭も繋いだ馬車か。ママの世界の物で表すなら、戦闘機と旅客機のような違いだろうか。まあ体力さえ戻ってくれれば、短時間の再現なら出来ないことはないだろう。

 

「ふむ……余には理解の及ばぬ話だな。アインは理解できるか?」

「否定する。当方にも、一部を除いて理解が追いつかない」

 

 と、時間を潰しがてら説明してみたのだが、2人には不評だったらしい。確かに船の航行には1、20くらいの魔法が組み合わさってるみたいだけど、どれも魔法大全に載っている魔法なのに。……まあ、そんな私本位の感想は一先ず置いておくとしてだ。

 

「興味もない話につき合わせちゃったみたいで、なんかすみません」

「余は良い暇つぶしになったから気にせぬぞ?」

「当方は……正直、魔法については使えないアヤメより知識が不足していることを実感した。それに、アヤメが楽しそうであったから問題ない」

「なら、良いんですけど……」

 

 なんとなく、アインのせいで調子が狂う。よく分からない落ち着きのなさが、胸の中に立ち込めている。それを誤魔化すために、一気に船の解析を進めようとして──

 

「それ以上の解析はお勧めしません、と忠告します」

 

 原動力の炉心に差し掛かった時、そんな声が妨害した。一瞬だけ船が駆動し、張り巡らせていた私の魔力が霧散させられる。下手人は言わずもがな見上げた先、船縁に立つイトナミさんだ。

 

「つまり、調べるなと言うことでいいんですか?」

「肯定します」

「分かりました。勝手に調べてた私が悪いので」

 

 言って頷き、手から力を抜いた。当然車椅子の肘掛けに手が叩きつけられるけれど、ほぼ痛みはないから無視していいか。

 

「ふむ……では余は、暫く適当に歩いて暇を潰しておこう」

「あ、はい。いってらっしゃい」

「うむ、アインとよろしくしているが良い」

 

 笑顔を向けてそう言って、リィンさんはふよふよと浮かびながら何処かへ行ってしまった。アインとよろしくって言われても、別に今更何かするわけでもないしなぁ。

 

「アインはここで、何か見たい物とかありますか?」

 

 どうしようかと背もたれに思いっきり寄りかかり、見上げるようにすれば、ジッとこの倉庫の中を見渡していたアインと目が合った。暗に船はこれ以上調べるなと言われている以上、これ幸いと時間をどう潰すか提案してみる。

 

「当方に特に要望はない。……強いて言うのであれば、何か糖分を補給したい程度か」

「言われてみれば、墜落してから携行食しか食べてませんでしたね」

 

 特に気にしていなかったけれど、改めて意識すると確かにお腹が空いている。でもこれから人と会うのに、流暢に料理して何かを食べるわけにもいかないし……

 

「でしたら、軽食程度であれば用意があると提案します」

 

 なんてことを考えていると、船から降りてきたイトナミさんがその手に綺麗に配膳されたサンドイッチの皿を持って話しかけてきた。一応分析した感じ毒の混入はなし、けれど正直怪しさは拭えない。

 

「随分と用意が良いんですね」

「先程アヤメ様が船を分析していたことをイトナミが把握した結果、Entwick(エンヴィング)各位から『優秀な技術者を逃がすな』『可能な限りの歓待をしろ』との命令が下されましたとリークします。早い話が賄賂です」

 

 そう言った瞬間、イトナミさんに何処からか回転するスパナが飛んできた。それを空いている手で掴み取り、一切何も動じることがないのは反応に困る。

 

「そういうことなら、ありがたく貰います」

 

 でもそれなら、まだ善意よりは信用できるとお皿に手を伸ばす。伸ばした、のだが。

 

「当方が変わろう」

「……すみません」

 

 震えるばかりで一向に受け取れそうにない私に変わって、アインが受け取ってくれた。なんというか、申し訳なさと後ろめたさがすごい。

 

「追加で報告します。アヤメ様が船の技術を理解可能と判明したことで、上層部の動きが変わりました。あと10分程で、この倉庫へ到着するでしょう」

「人手不足なんですか?」

「肯定します。今この船団において、我々人造人間(ホムンクルス)を除いて船の整備が可能な人員は、5名しかおりません。端的に言えば、後継者不足と判断します」

「うわぁ」

 

 思わず声が漏れた。人造人間がどれくらいいるのかは知らないが、これから先整備が出来ないというのはマズ過ぎる。ラプティスさんはここが良い場所って言っていたけど、最後の輝きなんじゃないだろうか。

 

「それではイトナミは、リィン魔王陛下にも同様の説明を行って来ます」

 

 そう言って、イトナミさんはリィンさんが飛んで行った方向へ向けて去っていった。そうなってしまえば、探知できる範囲内にいるのは私とアインのみ。リィンさんが行ったように、2人きりの状況になってしまった。

 

「アインは、どう思います? ここの状況」

「判断には情報が不足している。が、悪い場所ではないのだろうと認識した」

「ですけど、面倒に巻き込まれる気がします」

「今更でしかないと考える」

「ですね、よく考えれば今更でした」

 

 確かにアインの言う通りだ。今までも、必ずと言っていい程私たちの周りで問題ばかり起きていた。なら今更気にする必要は、あまりないのかもしれない。今回に限っては、半ば拉致のような形で連れてこられているのだし。

 

「じゃあ、上層部の人が来る前に食べちゃいますか」

「認識した」

「あ、私のは1つでいいので、食べさせてくれません?」

「認識し……た?」

 

 仕方ないからそう頼んだ瞬間、アインの動きが止まった。何かおかしなことを言っただろうか? 今はどうにもならない要介護な身体なのだから、そうするしかないと思うのだが。

 

「いや、だが、いや……当方で良いのか?」

「別にいいですよ? 今の私じゃ、自分で持っても落とすだけですし」

 

 何やら躊躇う様子のアインに、早くしろと急かす。そうして目を瞑って口を開け待つこと数秒。やや躊躇いがちに、漸くサンドイッチが差し込まれた。

 

「ん……毒はなし、薬の類もなし。食べ合わせの類も、種族的な問題もなし。普通に美味しいやつですね」

 

 何度か噛み、舌で探り、飲み込んで、とりあえず身体に異常はなかった。味も普通に良いし、本当に賄賂的な物なのだろう。

 

「アヤメ。当方以外に、このような姿を見せない方が良いと忠告する」

「当たり前じゃないですか? ああでも、この状態が長く続くならリィンにも手伝ってくれるようお願いしますけど」

 

 流石にアインに下の世話までして貰うわけにはいかない。幾ら何でもそれは、同性のリィンさんじゃないと嫌だ。もしこれから魔剣を使う度にこうなるなら、もう長くないとはいえ考えなきゃいけないか。

 

「認識した。それなら、いい」

「いいって、アインが決めることでもないと思いますけど……納得してくれたならよかったです」

 

 何故か噛みしめるように頷いたアインを疑問に思いつつも、食べさせてもらいつつ待つこと数分。良い感じにお腹も満たされたところで、何故か笑顔のリィンさんとイトナミさんが戻ってきた。

 

「ユ=グ=エッダ司令、タツミヤ・クリマクスが到着したと報告します」

 

 それから間も無くのことだった。イトナミさんがそう告げると同時に、私たちの目の前を鋼の色が横切った。まるで砲弾かミサイルのようなそれは超高速のまま駆け抜け、待ち構えていた魔法の網によって急激に減速し着陸する。

 

「いやぁ、参った参った。やっぱりあのマッドの開発品なんて、ロクに信頼できるもんじゃない」

 

 改めて見てもミサイルにしか見えない何かから降りてきたのは、白髪が多く混じっている黒髪に焦げ茶色の目をした男性だった。そして、今口にしていた言葉は()()()。間違いなく、ママと同郷の人間……つまり、転生者。

 

 最も警戒しなければいけない人種に気を引き締める。そんな緊張する私とは対極に、あーだこーだ男性はボヤきつつ服についた埃を払う。

 そして他のEntwick(エンヴィング)の人たちによる魔法のサポートを受けつつ服装を整えた男性の姿は、これから戦に挑む人のような別種の人間のそれに変わっていた。

 

「アイン・ナーハフートさん、龍人だからこちらが現代の魔王陛下、そして最後に君がアヤメ・キリノさん。それで間違いないですね?」

「うむ、相違ない。お前様が、この船の艦長で間違いないな?」

「ええ。私が現在この船団を預からせて頂いているタツミヤです」

 

 リィンさんに合わせて頷きつつ、失礼だとは知りつつ男性に鑑定をかける。当然私程度の能力では弾かれるが、それでも見た名前は名乗りと一致していた。

 

「そしてそちらのイオリ様の娘さんの懸念の通り、俺は所謂転生者になります」

「っ!?」

「ですが俺ももう歳ですし、そもそもイオリ様には返しきれない恩がありますから、心配するようなことはありませんよ。それに、この通り身体もボロボロですので」

 

 そう言うタツミヤさんをよく観察すれば、確かにどうしようもないほど彼は壊れていた。一気に鑑定が素通りして見えた情報には、臓器の9割と左眼を含む左半身の大半が、機能を再現する何かで再構成されているという結果が映されている。

 口にも出していない考えを読まれたこと、そしてママの名前が出たことに一瞬思考が止まったけれど、単純にこの人は──

 

「なるほどな。お前様、戦争帰りか」

 

 私の考えていたことを先回りするようにリィンさんが断言し、タツミヤさんは首を縦に振った。傷痍軍人……いや、当時は軍より冒険者の方が主体となって戦っていたと聞くから傷痍冒険者か。

 

「御察しの通りです。覚えていないと報告は受けていますが、アイン殿と同じ戦列にいたこともありました」

「すまない、当方には記憶が……」

「気にしないでいただきたい。当時は俺も、何も考えない大馬鹿でしたから」

「認識した」

 

 魔界に来てから、アインを知っている人とばかりよく出会う。世間は狭いと言うけれど、最近は実感してばかりだ。

 

「さて、世間話はここまでにして、皆さんもお疲れでしょうし端的に要件を済ましましょう。

 この魔界最後の首都ユ=グ=エッダは、基本的に来る者拒まず去る者追わずですから、あなた方全員の乗船も滞在も認めます」

 

 そこで言葉を区切り、一拍おいてタツミヤさんは言った。

 

「ですが1つの街を治める者として、アヤメ・キリノという名前の人間を乗船させることは、承諾できません」

 

 確固たる意志を感じられる目で言われたのは、何かしらの含みを感じるが、聞き慣れたそんな言葉だった。

 


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