銀灰の神楽   作:銀鈴

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ちょっと長いです


呪海を征く楽園の船【06】

 その夜、いつも通り私は夢を見た。

 魔剣が見届けた人の夢を。

 

 1つ目は、魔剣アヴァロンの夢。

 夢の始まりは、どこかの豪奢な部屋。無数の血溜まりと死体が積み上がり、その死体をも利用してバリケートが組み上げられた一室。そこで担い手であった、尾が9本ある狐耳の少女が死ぬ瞬間だった。

 

『ええ、未来は、しかとこの手に掴みましたわ……』

 

 アヴァロンの未来予測能力を、自分とアヴァロン自体の限界をも超えて使ったのだろう。その少女の全身は、余すことなく血で濡れていた。かつては美しかったであろう金の毛並みも、纏う着物に似た衣装も、両手で握ったアヴァロンも。

 良く観察すれば、原因は魔剣の反動だけではないらしい。服に隠れているが、その身体は無数の穴が空き、食い千切られ、切断され、毒に侵され、散々弄ばれたような状態だった。そして心臓は、すでに動きを止めている。

 

███(ココダ)███(ココダ)! ███████████(オモチャガカクレテイル)!!』

『もうここまで……でもまだ、まだ(わたくし)は死ぬ訳にはいきませんの。今見た未来を、あの方に……』

 

 絞り出すように少女がそう言葉を口にした目を瞑ると、広がる血溜まりが1人でに動き出し魔法陣を描き出した。形式も何もかもが理解できないから恐らく秘呪。それも発言からすれば、他者に何かを伝えるためのものなのだろう。

 その内容がどんなものは、側から見ているだけの私には分からない。そんな数秒が続き、少女が目を開けて微笑んだ。

 

『魔王様。どうか、勝ってくださいまし』

 

 直後、バリケードを吹き飛ばして無数の悪魔が部屋になだれ込んでくる。レッサー級、ビースト級、或いはビースト級に乗ったレッサー級といった群れ。

 

██████(ギャハハハハ)! ███████(イチバンヤリィ)!!』

『くッ……』

 

 その中でも先頭にいたビースト級が、下卑た叫びを上げながらその尾で少女の胸を貫いた。それでも、たかが止まっている心臓が無くなった所で、魔剣の担い手は死にはしない。死ねはしないのだ。

 

███(シンダ)! ███(シンダ)! █████(バカミタイ)█████(バカミタイ)!』

████(ムダジニ)████(ムダジニ)██████(ギャハハハハ)!!』

 

 何故か悪魔の言葉が分かるようになってしまったことを、後悔するような言葉ばかりがそこには溢れていた。少女を力任せに床や壁に叩きつけ、四肢をもぎ取り摘み食いしながらの、最悪の饗宴。

 

『何を言っているのか知りませんが、どうせ私を嘲っているのでしょう?悪魔』

 

 そんな中でも、アヴァロンを胸に突き刺した少女は笑って見せていた。もう死は避けられないのに、腕も足も残っていないのに、それでも不敵な笑みを浮かべていた。

 

『だったら私も、笑ってあげますわ。死ぬのはお前らだ、クソ野郎共』

 

 そう言葉を吐き出した瞬間、世界に極光が降り注いだ。今度の魔法は知っている。私の鍛冶魔法と同類のユニーク魔法である、極光魔導。その使い手は歴史上ただ1人、勇者と呼ばれた人間のみ。

 

『どうしていつも、こうなるんだ……俺は、また』

 

 極光のカーテンが消えた後、全てが灰燼に帰した場所に1人の男性が降り立った。右手に魔剣、左手に盾を持った、黒髪黒目で30歳程度に見える男性。

 タクミ・テンジョウイン、或いは天上院匠。ママの同郷かつ親友だったらしい人で、私も会ったことがある、今では大罪人と呼ばれる1人。

 

『こんな事ばかり繰り返して、本当に前に進めてるのかよイオリさん……いや、██』

 

 唇を噛み握りしめた手から血を流す姿を最後に、見ている場面が切り替わった。

 

 

 次に魔剣が見せてきたのは、マンチニールの時にも見た胸糞悪い光景。魔剣の為に人が使い捨てられるという、本末転倒に陥った研究所らしき場所だった。

 

『──本日の実験はここで終了だ!』

 

 実験体であったらしい、命の尽きたホムンクルス……見た感じでは、イトナミさん達と同じエンヴィングの少女に、研究者らしき男性は罵声を浴びせかけた。

 

『クソッ、クソッ、如何して上手くいかない。これを解決しなければ、俺の命も!!』

 

 男は乱暴な手つきで血溜まりの中からアヴァロンを拾い上げ、乱雑に羽織った白衣のポケットに叩き込んだ。そんな扱いをしてるから、起動なんてしないのだろうに。

 

『なんだ!? 何が起きた!?』

 

 呑気にそんな風に思っていた時だった。赤いランプが乱舞し、施設内に警告音が響き渡った。アナウンスの内容は聞こえない。だか、明らかな異常が起こっていることは確かだった。

 そうして研究者らしき男が慌てている間に、すぐ目の前の壁が粉々に打ち砕かれた。壊れた壁の向こう、荒々しい呼吸音と共に現れたのは──

 

『認識したぞ。貴様も魔剣を持っているな。アヴァロンと言うのか、寄越せ。魔王命令だ』

 

 一糸纏わぬ姿で緑色の液体を滴らせ、今の姿にはない龍の翼を翻し、今より遥かに大きな角を生やし、白銀の尾をしならせ、右手に起動してる魔剣を持った少女。真魔剣ディーアボロスを持つ、リィンさんの姿だった。

 

『認識した。認識した。認識した。成る程、貴様は死ね。疾く死ね。余に魔剣と命を献上しろ』

 

 今のリィンさんからは到底想像もつかないような、機械的で人間味を感じず、価値観も狂っているような言葉の羅列。ただそれを繰り返しながら、目にも映らぬ速度でリィンさんが動いた。

 

『貴様は、ラ──がッ!?』

 

 魔剣を閃かせ、最後には尾で叩き潰し、哀れ研究者はそこらに散見できる血溜まりに仲間入りした。

 

『ああそうだ。余は、余はこの場にいる者を鏖殺しなければ、犠牲になった者達に報いることすらできぬ……どうして、どうして余のようなゴミ屑を作るために、これ程の命を消さねばならぬ!!』

 

 チャンネルが切り替る直前。自分に言い聞かせるように言葉を吐いたリィンさんは、隠し切れない程の涙を流していた。

 

 

 次に魔剣が見せてきたのは、何処かの家の中の光景。

 リィンさんの姿は私のよく知るものに変わっており、見知らぬ女性に大人しく髪を梳いてもらっていた。

 

『のう、もう良いのではないか? こんな長い髪、余は邪魔でしょうがない』

『駄目よ。折角こんなに柔らかくて、良い匂いのする髪なのだから』

『だが、こんなもの魔法で手早くだな……』

『だーめ』

『むぅ』

 

 きっとコレは、リィンさんにとって大切な記憶なのだろうと分かった。何せ口では反抗しながらも、リィンさんは本当に幸せそうな笑顔を浮かべているのだから。

 女性の年齢は……人基準で20代ほど。ただその髪の毛が宝石のように煌めいていることと、大胆に肩を出したドレスを着ざるを得ない程肩に虹色に光る宝石が突き出ていることから、長命種の晶人だと思われる。

 

『イリスよ、イリスよ!』

『そう急がないのリィン。はい、終わり』

 

 早く早くと小さな子供のようにジタバタするリィンさんの髪を緩く括り、イリスと呼ばれた女性がポンポンと肩を叩く。すると待ってましたと言わんばかりに立ち上がり、クルリとその場で回り輝かんばかりにリィンさんは笑う。

 

『どうだ、これで良いのか?』

『ええ、私には見えないけど、きっと』

『そうか!』

 

 きっとこの頃が、リィンさんにとっての最も幸せな時期だったのだろう。私にとっての家族と過ごせていた時のように。そしてだからこそ、薄々察することが出来る。この時間はきっと、もう2度と実現しないのだと。

 

 

 万華鏡が切り替わるように、また風景が切り替わる。

 次に見えたのは、悪魔の死骸が山と積まれた中、焼け落ちた1つの民家と、撃墜されたばかりの様なニードヘッグの機体。そしてその前で、膝をつき崩れ落ちたリィンさんの姿。

 

『イリス、イリス、何処だ? 何処におるのだ? 生きておるのだろう? お前様の虹が出ておるから、それは分かっておるのだ。だから、出てきてくれ……』

 

 確かにこの惨状が私が、第三者としてだが見れているのは空が晴れ渡っているから。そしてその晴れ渡っている原因は、魔界に来てからずっと見ていた虹の輪だ。

 つまりあの輪を……護虹剣ビフレストによる虹の円環を生み出している人物がイリスという晶人の女性であり、リィンさんにとっての大切な人だったのだろう。

 

『あ、嗚呼、ぁぁ……』

 

 どうしてリィンさんがこの状況に陥ったのか、何があったのか、そういうことは一切わからない。ただ1つだけ私にも理解できることは、今もなお虹の円環が発生している以上、イリスさんかその血族の人は現実でも生きているということ。

 

『やはりわたしは、余は、余は産まれてこない方が……否、生きていること自体が間違いだ……』

 

 だから私はあくまで、この場でも現実でも傍観者にしかなれない。理解は出来ても共感はできず、リィンさんだって私については同様だ。なのにどうしてアヴァロンは、楽園の名前を持つ魔剣はこんな光景を見せてきたのだろう。

 


 

 2つ目は、オネイロイとアムネシアの2本の夢。

 こっちの夢の始まりは、何処とも知れない戦場だった。見渡す限り何処までも悪魔悪魔悪魔。無数の悪魔が犇めく戦場に向けて、今2人の男性が、何処と無く私が見た姿の原形を感じる人造人間の2人が空から急降下していた。

 

『敵悪魔認識。さて、やるぞズーへ』

『同的生命体確認。言われなくても認識している、ゼーアフート』

限界駆動(Over Drive)──起動せよ夢幻刃(ヒュプネロトマキア・)恒久の夢に身を捧げよ(ポリフィリムオネイロイ)!』

限界駆動(Over Drive)──起動せよ記憶刃、(ズィナミソピアー・)力以って障害を排除せよ(アムネシア)

 

 赤髪赤目の活発そうな男性が、黄色髪黄目の気怠げな男性が、それぞれ魔剣を起動させる。

 赤髪のゼーアフートと呼ばれた人は、虚空から現れた4つ脚の獣に騎乗し剣を振りかぶる。黄髪のズーへと呼ばれた人は、同じく虚空から現れた蜻蛉の機体に取り込まれる様に乗り込んだ。

 

『確認する。手順はいつも通りだ。当ほ……俺が眠りに落として、ズーへが出力を上げた音波で焼却する』

『そうか、そうだったな。認識した。当ほ……僕にも何も問題はない、記憶焼却を開始する』

 

 そうしてそれぞれが地表近くまで降りた瞬間、動きを止めている一面の悪魔全てが弾け飛んだ。動きが止まっているのは私も経験した魔剣オネイロイの効果、悪魔が弾け飛んだのは……間違いなく魔剣アムネシアの効果だけど高出力の何かとしかわからない。

 

『任務の再確認だ。俺達の目的は悪魔を殲滅し、デストロイ級5体に包囲されている魔王国第3首都ユ=グ=エッダを解放することだ』

『任務了解。だが、この敵の数……僕たちは死にに行くと同義の任務に従事してるのではないか』

『肯定する。俺達アインスは初期型、そろそろ世代落ちの旧型だ。無茶な肉体改造のせいで寿命切れも近い。最後が戦場なだけ、俺としては満足だ』

『認識した。確かにそう言えば、僕たちはその為にエクスプローラー計画に志願したんだったな』

 

 そう談笑しながら地を駆け空を疾る2つの影は、無数の悪魔を血風と肉片へ変えて行く。エクスプローラー計画、また知らない単語だ。けれど志願……つまり、人造人間ではあるけれど、元になる人間がいた?

 

『なあゼーアフート・アインス。いや、もう死ぬのであればちゃんと呼ぼうか。アサルティア・ジレ・チェイシス』

『そういうことは、記憶を消費しても覚えているんだな、ズーへ・アインス。いや、オブザーブ・シスル・アズライト』

『懐かしい、名前だな……』

『ああ、もう2度と名乗ることはない筈だった名前だ』

 

 そう苦笑する2人の目の前から、遂に悪魔の軍勢が掻き消えた。そうして見えた先にあったのは、飛び立とうとする7艘の船と、それを妨害する5体の悪魔。あの時アインが口にした通りの状況だ。

 

『そうだ、アサルティア。僕の記憶はもうスカスカでね、僕たちアインスはどれくらい残ってる?』

『俺達以外だと、ナーハフートがあの街に。アナリューゼは最前線で分析中に殺された。エンヴィングとプロヴィンクの姉妹も、何処かで殿になり自爆したと聞いている』

 

 2人の顔は見えないけれど、少なくとも話している内容からは、私たちが相対した時のような気配は感じられない。アインを恨み殺さんばかりに憎んでいた、ドス黒い感情は。

 

『そうか、そんなに減っていたのか……なら、ナーハフートだけでも生き延びて貰わないといけないと判定する』

『そうだな、ナーハフートはこの前の戦いで魔剣も失っている。なら先輩の俺達が、見送られる側になるべきだと断定する』

『ああ。あの街は……名前は思い出せないが、僕の育った街だ。昔の価値観そのままの、平和の文化を保存した方舟だ。守らないとな』

『ほんとお前、そういうことだけは覚えてるのな』

 

 2人の声に悲壮感はない。間違いなくこれから死にに行くに等しい戦いが待っているのに。それでも笑っていた2人の声が強張ったのは、2人の持つ通信機のようなものから警告が流れた時だった。

 

 《警告!警告!》

 《第三首都ユ=グ=エッダの破棄が決定されました》

 《魔術式戦略級破壊兵器の着弾まで700秒》

 《戦域にいる者は直ちに避難してください》

 

『チィッ!』

『上層部は、何もかもを灰燼に帰すつもりか。軽蔑する』

 

 舌打ちする2人が速度を上げ、遂にデストロイ級の悪魔が魔剣の能力の射程に入った。瞬間、目の前に壁が現れ2人を空高く打ち上げる。それがデストロイ級にとって、ただ眠りに落ちかけた時の身じろぎだと誰が理解できよう?

 

 極めて発達した2対4本の剛腕と、鋭い牙の生えた口のみがあるヤツメウナギのような頭部。それらを支える筋肉質の人型胴体から、鱗を持つ蛇体が接続されている。文献では高さは20kmを超えているとされ、魔法はメイジ級と同じくほぼ無効、全身にある6つの心臓を潰さなければ死ぬことはない。首を切り落としても、昆虫のように身体は動く。

 ただそこに居るだけで脅威だというのに、最悪としか言いようがない。そんな悪魔がデストロイ級というものだった。

 

『オブザーブ、生きてるか?』

『肯定する。損傷は酷く、僕自身も致命傷だが問題ない。どうせこれから死ぬのだから。アサルティア、君も腕が片方ないじゃないか』

『死にかけに言われたかねぇよ』

『それもそうか。それよりもだ、通信では魔術式の殲滅兵器と言っていたな』

『肯定する。なら、俺たちが奴らを全滅させれば起動はやめさせられるはずだ』

『ああ、ならはやることは決まっているな』

『魔界と、俺たちの誇りの為に』

『魔界と、最後のアインスの為に』

『『使うぞ、限界駆動(Over Drive)のその先を!

  炉心融解(Meltdown)──』』

 

 そして、私の魔剣と同じ句を呟いて力が爆発して──チャンネルが切り替わった。

 

 

『なあ、聞こえてるかオブザーブ』

『肯定する。と言っても、もうなにも見えないがな』

 

 次に見えたのは、瓦礫と黒い砂の底。そこに倒れ臥す2つの壊れた人形だった。

 左半身が千切れ飛ぶも、右手の魔剣オネイロイは手放していない赤髪赤眼のゼーアフート……アサルティア・ジレ・チェイシス。そして反対に右半身がぐちゃぐちゃに叩き潰されているも、左手の魔剣アムネシアは手放さない黄髪黄眼のズーへ……オブザーブ・シスル・アズライト。

 

 2人の周りに降り積もる残骸、数瞬前まではそれぞれの魔剣の機体だった筈のそれらが作ったドームからは、1つの眩い光が差し込んできていた。

 黒く、暗い、影のような脈打つ闇の閃光。見てすぐに理解したその術式は闇属性魔法の奥義、実現不可能とされており、終点と言われる大魔導。細かい理屈抜きで表せば、事象の終点を生み出す術式。ママの世界の言葉で言うのなら、ブラックホールを発生させる魔法だった。

 

『間に合わなかった。もうすぐ、全ての悪魔を巻き込んで俺たちは消滅する』

『そうか……ところで、お前は誰だ? 僕たちがデストロイ級を殺し尽くしたことまでは覚えているのだが』

『相棒だよ、揃ってもう死ぬけどな。それに、1匹殺しきれなかった』

『お前が相棒か……知らないが、知っている。残念だ、だが悪くないな』

『そうかよ、いつも通りだな』

『そうか、いつも通りなのか』

 

 地響きを轟かせ始めた術式を前に、言葉を交わす2人の視線の先には、次元の波を発生させ飛び立とうとしている船団があった。ただその行動はすでに遅い。例え私達の前に現れた時のような大規模な転移術式を用いようとも、ユ=グ=エッダの船団の離脱が間に合うことはないだろう。

 

 だからこそ、なのだろう。

 船団から氷河の足場を、爆炎で加速しながら人影が駆け上がって行ったのは。

 

 チャンネルが切り替わる。万華鏡が切り替わるように。

 


 

 最後は、2つの試作型魔剣の夢。

 絶焦剣ムスペルヘイムと絶凍剣ニヴルヘイムの記憶。

 ただそれぞれ、ほんの一部しか回収出来なかったからだろう。見えた記憶は途切れ途切れで、ノイズも酷い僅かなものだった。

 

 その中でも鮮明に見えたのは、見知らぬ男女がお互いの胸にそれぞれの魔剣を突き立てている構図。色も音もないそれだが、完全な形をしている魔剣がムスペルヘイムとニヴルヘイムの2振りであることは辛うじて分かる。

 

『────』

『──、──』

 

 炎と氷が渦巻く中で、お互いの命を奪いながら男女がキスを交わした。口の動きから分かったのは、男性の方が愛してると言ったこと。女性の方は読み取れなかったけど、笑顔で頷いていた。

 ノイズが酷くこれ以上はよく分からない。けれど、これがきっと2振りの最初の担い手。血縁上のリィンさんの両親なのだろう。

 

 

 次に見えたのは、さっきのオネイロイとアムネシアの夢の続きのような光景だった。右手に刃がヒビ割れたニヴルヘイムを、左手に刃が半分に折れたムスペルヘイムを握り、氷河の道を駆け上がる人の髪と眼の色は青。その顔は、髪色こそ違うがアインそのものだった。

 

『当█は、恩を█さね█ならない█断定██。

 だ██こそ、この身に██ても食い█め██ならない。

 故に、力を貸せ。ムスペルヘイム、ニヴルヘイム』

 

 死を覚悟した表情で呟くアインの前に、頭を切り落とされ、4腕から2腕に変わり、全身から血を流すデストロイ級。あの2人が倒しきれなかったという、最後のデストロイ級なのだろう。ただアインはそれに臆しもせず、詠唱を口にした。

 

刃金に満ちよ、我が祈り──希望の未来(あす)を掴む為
』

 

 氷河の道を駆け上がるブースターとなっていた豪炎が、任せろとばかりに激しく燃え上がる。

 

堅牢なりし、九つの封印に炎は閉ざされた

 ここに今、全ての解錠を願い奉る

 我に炎を振るう資格は有らず、有るは炎に成る意思のみ

 破滅の枝、勝利の剣、災禍の炎、何でも構わぬ焼き尽くせ

 猛れ、猛れ、猛れ炎よ、世界全てを焼き尽くすまで

 星も、空も、太陽も、月も、宇宙の果てまで、遍く全てを撃ち落とせ


 

 1つ言葉を口ずさむ度に、アインの身体から血が流れる。適切な人物以外が魔剣を起動させた時特有の症状。それでも魔剣が応えようとしてくれているのだろう、私の知る症状より圧倒的に出血は軽い。

 

剣の、誓いを、今ここにッ

 我が身すらも薪木と焚べて、一切合切を灰燼に帰し、楽土へ至る道を創生せん!』

 

 そしてここに、何もかもを燃やし尽くす祈りが完成する。

 

限界駆動(Over Drive)──九界焼き尽くせ破滅の焔(Evaporatio Lævateinn)世界を再誕させるが為に(Muspellzheimr)

 

 瞬間、デストロイ級の全身が泡立った。ボコりボコりと泡立ち、破裂して血液が溢れ出し、それすらも燃え上がり松明に変えてしまう。半壊していて、本来の使い手でないというのに、Ⅱ型の魔剣が行える干渉を明らかに超えていた。だが、

 

『足りないか』

 

 元々瀕死のデストロイ級はそれで殺し尽くせた。だがこの出力では、今まさに解き放たれようとしているブラックホール生成術式を吹き飛ばすには不十分だ。それはきっと、こうして側から見ているだけの私より、眼前で相対するアインの方がよく分かっているのだろう。

 

『なら、やはり使うしかないと確定する。

 刃金に満ちよ、我が祈り──希望の未来(あす)を掴む為

 

 だからこそ、なのだろう。2種類の魔剣を同時使用するという、確実な死が待つ禁忌に手を染めたのは。

 当然、無茶と禁忌の代償はすぐに支払うことになった。詠唱の起動句を口にしただけで、アインの右眼がドロリと溶け落ちた。燃えながら凍りつくという、物理的にも魔法的にも法則を無視した形態で。

 

神々の計略により、我が身は縛鎖に繋がれた

 満ち足りぬ、満ち足りぬ、満ち足りぬ、腕1つ程度でどうして腹が膨れようか

 牙が疼く、鎖が軋む、突き立てられた剣が疼く、嗚呼どう喰らってくれようか

 終末の角笛が吹き鳴らされし時が、汝らが終焉の時である

 巨人の血に満ちた空虚な裂け目より現れ出て、天まで我が喰ろうてくれる

 例え死出の道だと知ろうとも、止まることはないと知れ

 

 だがアインの疾駆は止まらず、氷河を駆け上がる速度は寧ろどんどん加速していく。

 


『剣の誓いを、今ここにィッ!!

 

 血反吐と思いを吐き出すような言葉を共に、遂に到達した術式の最外縁部。まだ術としては完成していないのにも関わらず、アインの左脚を捻じ切る圧力を生むそこに、氷炎を纏いアインは突入した。

 

世界が滅びるその日まで、一切合切の偽金を喰らい、楽土へ至る道を創生せん!』

 

 ヒビ割れたニヴルヘイムを中心に向け突き出し、加速するその姿から厚みが消える。今の状態から察するに、内臓が潰れたか魔剣に食われたのだろう。

 

限界駆動(Over Drive)──縛鎖引き千切り天へと吼えろ孤高の獣(Liberatio Ginnungagap)神代を終焉させるが為に(Niflheimr)

 

 魔剣を握れば死ななくはなるけれど、痛みまでは消せる訳じゃない。それなのに、アインは詠唱を完成させた。瞬間、更に爆発的に高まる魔力。人間の身体にはもう耐えられない程の力が荒れ狂い、アインを徹底的に壊していく。

 

『だが、これで足りた』

 

 アインの言う通り、ここまでの代償を負ったことで漸く、魔法の核と言うべき部分にニヴルヘイムの刃は届いていた。

 魔剣が刺し貫いた魔法陣が、本来の安定性を失い暴走を始める。溜め込まれた莫大な魔力が制御を失い、魔法陣が融解する。この後に待つのはただ1つ。辺り一帯を吹き飛ばす、大規模な魔力災害に他ならない。

 

『爆発予定時刻推定、135秒。本来の術式起動時間より40秒の延長を確認した。船団が転移を完了するまでの推定時間、100秒。目的の達成を、認識、した』

 

 その言葉を最後にアインは落下を始め、夢は途切れた。

 




魔剣については目録の方に投げておきますね
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