「嫌な、夢だったなぁ……」
魔剣が見せる長い夢から覚めて、思わずそんな言葉が溢れた。いったい誰が、他人の触れられたくないデリケートな過去を見て喜ぶだろうか。
「謝ったほうが……いえ、やっぱり喋らないほうがいいですね」
何もかも忘れてしまった方が、よっぽど都合がいい。無理がある話だけど。
そう決めつつ、乱れた髪を雑に纏めながら起き上がる。くぁと欠伸をしながら目を擦る。まだボンヤリとしたままの視界には、見慣れた結界が展開されている。されて、いる……?
「ッ!」
構築が甘いけれど、既に壊れている私が張った結界とは別物のソレは、明らかに他者が展開したもの。その事実にサッと血の気が引いて、自分に探査の魔法を掛けながら結界をハッキングした。
見知った、というより自作だから一から十まで知り尽くしている術式。完璧に展開してるそれを普段から砕いているのだから、こんな穴だらけの物は数秒あれば使い手まで知り尽くせる。
「結界はアインの張ったやつで、私は何もされてない……」
ホッと胸を撫で下ろす。少しもやっとするが、アインはやっぱり信用できる。それに漸く、昨日のことも思い出してきた。随分と、濃い1日だった。そのうえ魔剣の夢を見て、身体が休まってないんじゃないかと思ったけれど、
「身体は……よし、もう動きますね」
そこは問題ないらしい。寝る時も魔剣の反動で壊れた人形のようにしか動けなかったけど、今は普段通り万全だ。魔剣を全力で使ったことで減った寿命も、まだちゃんと認識できている。
ぐるりと見渡せば、僅かに開いた窓からは光が差し込んで来ている。時間的にはもう朝から昼になっているらしい。
「ならアインもまだ寝てますし、リィンが帰ってきてくれた様子もないですし……作りますか」
別に誰に食べてもらう訳でも無いし、朝はレーションでも齧っていれば問題はない。その間に、名前を偽装するアイテムをちゃちゃっと作ってしまおう。
原理だけは分かっているのだ。アヤ・ティアードロップとして使っていた物ほどのは作れないけれど、名前と称号だけなら同精度で誤魔化せる筈だ。余計な音はシャットアウトしてくれるから、結界も無理に破ってアインを起こす必要もないし。
「魔法も問題なし、適当に色々と試しながら……」
ベッドの上に座ったまま、久し振りにマトモに物を作り始める。これ以上首から掛ける物は増やしたくないし、腕輪型……いや、いっそアンクレットか何かにしようか。そんな考えを巡らせながら、適当な金属を捏ねくり回して術式の根幹部分を形作っていく。
「……やっぱり、ペンダントの装飾にしよう」
起きている日は毎日何かしらのモノは作っていたけれど、こうして好きな物を作るのはやっぱり別だ。必要に迫られての道具でも、作っていて楽しいものは楽しい。
「♪〜」
変形させた金属を、装飾として元々首から下げている魔導具に追加していく。元から刻んである空間探知の魔法に干渉しないよう注意しつつ、編み物のような感覚で術式を織り込んでいく。
その序でに魔法陣自体も仕立て直しながら、必要な魔力を抑える仕組みを組み込みつつ、単純にネックレス部分の強度もあげる。鈍な刃じゃ切れない程の強度になった代償に、激増した重量を軽減する魔法陣も刻み……
「よし、こんなもんですかね」
完成したのは、地味としか言いようのないネックレスだ。見る人によっては、私の見た目も相まってちょっと高価なオモチャにしか見えないだろう。狙った通りの出来だ。
それを身に付け、着用感と実際の動作を確認する。……合格、あとは人から見てどう思われるかだけだ。そして、それを見極めて貰いたいと思えるのは、今の私には2人しかいない。
「よいしょっと」
だからこそ、私が作業している間ずっと寝ていたアインを起こすべく、展開してくれていた結界を粉々に砕いた。どうせ壊さなければアインを起こしにも行けないし、一石二鳥である。これでいつかの私みたいに、アインも起きる筈だ。
「ッ! 敵か!」
「いえ、私が起こしました。おはようございますアイン」
「認識した。おはよう」
目を瞬かせるアインを見て、今度ちゃんとした術式を教えようと決心する。無理矢理叩き起こした形だし、確認してもらうのはもう少し待った方がいいか。
「もう体調は問題ないのか?」
「はい、この通りちゃんと動けますよ」
ベッドに腰かけたまま手をわちゃわちゃと動かして、問題ないことをアピールしてみる。
「そうか、良かった……」
「そう安心されることですかね……? 昨日ちゃんと、暫くすれば治るって言ったと思うんですけど」
「それでもだ、と断言する」
そう言うアインの目は真剣だった。まあ、心配して貰う価値が私にあるのかは知らないけど、少なくとも悪い気分ではない。嬉しいような、こそばゆいような気持ちを覚えつつ、移動する為に取り出した車椅子に乗り込む。
「何故、まだ車椅子に?」
「昨日ずっとこの状態で街を回ってましたし、昨日今日で立って歩いてたら不自然かなと思ったので」
それに足を失ったショックで〜とか理由付けをした方が、万が
「認識した。であれば、当方が口を出す理由はない。押す必要はあるか?」
「いえ、今日は動けるので大丈夫ですね。押してもらえるなら、正直ありがたいですけど」
別に問題ないと断ろうとしたら、露骨に悲しそうな雰囲気になったので訂正しておいた。実際楽ではあるし、頼らせてもらおうかなぁ、なんて。
「そろそろ目は覚めました?」
「肯定する、意識の覚醒プロセスは終了している」
「じゃあ、どうですかね今の私」
試運転と、自分に鑑定をかけてみた感じでは完璧なのだが。他人から見て、誤魔化してるステータスが変に見えないかを教えて欲しい。
「新しいネックレスは似合っていると断定する。髪型も似合っている」
「あー、いえ、そうではなく。言葉が足りませんでした。ステータスを誤魔化してるので、それがアインから見て不自然じゃないか教えてくれませんか?」
「認識した」
情報的に無防備に、相手の視線に晒されるのは随分と久しぶりだ。そう思いながら、じっと私を見るアインをなんとなく見つめ返す。こうして見ると、間違い無く夢で見たのはアインだと直感できる。ならば……アインにも、あの2人のように本当の名前が有るのだろうか?
「解析を完了した。当方が識別した限り、現状のアイリス・エターナルのステータスに不審な点は見当たらない」
「なら良かった。じゃあ準備して、とっとと行っちゃいましょうか」
「認識した、が何処にだ?」
「お金を稼ぎに」
また墜星に襲われるとしても、今が束の間の平和なのだとしても。備えるには場所を借りるお金が必要で、気を抜くにも食費や宿泊代がかかる。無一文な以上、それは切実な問題だった。
◇
お金の保管について、凄まじく便利な物がこの世には有る。冒険者カードと呼ばれる、ギルドに登録する時に発行される手のひら大のプレートだ。単純に身分証としても使え、ギルド内の金庫に一方通行に直結させることでお金の収納が可能と言う遺物だ。
物が物だけに相当な金額が動くだろうから、この街にもあったギルドにアイリス・エターナルとして登録しておくのは当然と言えた。
「ミスリル、アダマンタイト、オリハルコン、ヒヒイロカネ、各種金属1tずつの納品を確認しました。ご協力、誠に感謝致しますアイリス様」
と言うわけで身分証としてギルドカードを貰い、手っ取り早くお金を稼ぐ為、昨日イトナミさんに頼まれた貴金属の買取を行いに来ていた。断り切れず、アインに車椅子を押してもらって。
「いえいえ、私もお金が必要だったので」
「ドライですね、と感心します。そしてこれが報酬の白金貨3枚となります。残り2枚分は、使用することを考え小銭に分解しております」
「助かります」
イトナミさんからギルドカードを返して貰い、適当にスキルの中に放り込んでおく。ママの世界の金銭管理が出来るカードに、何か固有の名称があった気がするけどなんだっけ。
「こんな軽い手間で、私の元々の全財産超えたんですけど……どう思いますアイン?」
「アヤメの負担次第だが、とてもボロいのではないだろうか? と推定する」
「本当に手間じゃないんです、魔法を使ってるだけなので」
「それ程までに当艦では……いえ、現在の魔界では地上・地下資源が枯渇しているのです。そして貴金属を生成できる魔法使いは、最早片手の指で数えられる程度。極めて助かります、と感謝します」
アインの俗っぽい言葉に、我慢できず少し笑ってしまう。魔力の消費も自然に回復できる程度だし、今までの暮らしからは想像できない手軽さだ。
だが、そんなことにも手が足りないほど、今の魔界は切迫しているらしい。推測でしかないけれど、大地がことごとく呪いに侵されている以上、採掘される鉱石はまともな性質ではなくなっているのかもしれない。それでいて創り出せる人も少ないのなら、確かな価値があると言えるではないか。
「資材の提供を受けている以上厚かましいのですが、アイリス様には上層部より当艦に配備された魔剣を整備する要請が出ております。如何なさいますでしょうか?」
「すみません、流石にまだ自分のことを優先させていただきたいです。何しろ記憶喪失なもので」
「認識しました、中々に悪であると称賛します」
「ええ、何せ大罪人の娘ですから」
笑顔で言ってきたイトナミさんに、同じく笑顔を作って返してみせる。本音でいえば今すぐにでも魔剣を直しに行きたいけれど、ニードヘッグの墜落から道具のメンテナンスどころか、ロクに触ることすらできてない。そんな状態で魔剣を扱うなんて無茶だし、何より担い手の人にも失礼だ。
「認識しました。ですが、あまり断り続けた場合は……」
「それくらいは分かってます」
その為に乗せたのに、役割を果たそうとしないのなら降ろされるだけだろう。その為に、ここのところの切った張ったで鈍っている感覚を戻そうというのだ。
壊れたままだった私の防具を作る間に、感覚はいい感じに戻ってくれると思う。防具はどうせ半分くらい重りみたいな扱いだから、多少雑でも問題はないし。
「今日1日使って調子は戻すので、明日以降なら多分大丈夫ですので。そういうことで」
いっそ戦装束を全て改めてしまうのも有りかもしれない。セプテントリオさんに壊されて以降、普段着で戦っていたようなものだし。
「認識しました。イトナミからリィン陛下にも、『会えるのは数日後』と伝えると表明します」
「それは、リィンは当方達と合流しようとしているということか?」
「否定します。まだお眠りになられている為、陛下の意思は不明です。これ、イトナミの意思による行動でしかありません」
私が頭の中に設計図を引いている間、アインとイトナミさんはそんな話をしていた。リィンさんは魔王になるつもりはないと言ってたし、そちらの面での心配はないだろう。ならやはり、別行動をしている理由は──
「大切な人との対面に、私達がいる訳にはいきませんからね」
そういうことだろう。
「驚愕します。何故アイリス様は、リィン陛下の現在を知っているのでしょうか」
「アヤメは知っていたのか?」
「いえ、夢で見ただけです。確証はなかったんですが」
2人の質問に咄嗟にそう答え、思わず口にしてしまったことに後悔した。忘れると決めた筈なのに口にするとか、失態が過ぎる。
「因みに、その会っている人の名前って教えて貰えたりしますか?」「肯定します。リィン陛下が会われているのはイリス・チュテレール・ビフレスト様。試作型魔剣である護虹剣ビフレストの所有者です」
その名前は、正しく夢でリィンさんが慕っていた人の名前だった。襲名しているだけの可能性もあるけれど、リィンさんが帰ってきてない以上本物な気がする。
「そうですか……なら、まだリィンさんにはゆっくりして貰っていた方がいい気がしますね。あ、でもアインが会いたいなら、私も付いていきますよ?」
「微妙に納得はいかないが、了承した。心配ではあるが、問題ないのであれば急ぐ必要はないと推定する」
どことなく不満げだが、アインは頷いてくれた。少しの間1人でと言っていたのだし、リィンさんが落ち着くまでは無理して会う必要はないと思う。
もしママやパパが生きていたらと考えると、私だって落ち着くまでは2人には会いたくない。夢の中の私のように、きっと
「じゃあちょっと付き合ってくれません? これから色々と買い物したり、お昼ご飯作るの面倒なので食べちゃいたいです」
「認識した!」
「またのお越しをお待ちしております、と催促します」
どことなく嬉しそうなアインに押してもらいながら、イトナミさんに背を向け街へと繰り出した。食品・消耗品の補充、作業場のレンタル等々、やっておきたいことは多い。もしまた会えたらなんて考えは、いつの間にかそんな思考の海に沈んでいった。
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