銀灰の神楽   作:銀鈴

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呪海を征く楽園の船【08】

 アインと買い物をし、食事を済ませ、昨日の時点で目星を付けていた工房を1日借りた後。工房に篭り、アインにも手伝ってもらいながら作業をして……いつの間にか、朝になっていた。少し熱中するとこうだ、晩御飯はレーションを齧っていた記憶があるけど、案の定寝ていない。

 

「でも、完成したし良しとしますか」

 

 気が抜けたせいで出た大きなあくびを零しつつ、バキボキと身体を鳴らしながら伸びをする。それだけ動いても、新しく作った装備は特に私の動きを妨げることない。新調した戦装束の肌触りも良いし、悪くない。

 

「見た目も……そこまで変でもないですね」

 

 適当に作った姿見に映る自分を見て、くるりと回って確認してみる。1つに纏めた髪と尻尾が一緒に揺れるのは不思議だが、そこまで変な格好ではなさそうだ。

 

 クリフォトと買った魔物の糸を縒り合わせた糸で織った布で作った、淡い青を基調にしたインナー。その上から、袖を肘に届かないくらいに切り詰めた黒いジャケットを羽織った。下はミスリル色の義足に合わせ、暗めの灰色のカーゴパンツ。当然、尻尾は出せるように作ってある。そこに、取り置いてあった龍皮で作ったベルトを締め、左右には錘兼補助用の小型魔力炉心*1を、後ろにはエターナルの鞘を固定してある。

 防具はクリフォトやらオリハルコンやら色々と混ぜ込んで作った、鈍い空色の合金製。それで心臓を守る為のポイントガード、両腕を守る為の肘まである腕甲を造り、義足には色を合わせ少し装甲を追加した。

 

 服の方はⅠ型魔剣で破損しない程度、防具は限界駆動したエターナルで斬りつけても、僅かに欠ける程度で済む強度を誇っている。そして重量も確保でき、私自身の動きは妨げない。多少の甘さは残っているけれど、満足いく完成度だった。

 

「あ、もう着替えたので、戻ってきていいですよアイン」

「認識した」

 

 そんな感じで、身嗜みが整っていることを確認してから。着替えるために一旦外に出てもらっていたアインに、戻って来てもらった。

 

「……なんと言えばいいのか。服装だけ見れば、少年のソレではないかと疑問する」

「動きやすい形にすると、私は結局そう落ち着くんですよね……」

 

 本当に私の場合、打撃と短剣で戦うスタイルが主な以上こうなってしまう。ただの対人戦を考えるなら打撃強化用のハーフグローブとか、対男性を考えるならスカートにして隙を狙うとか、もう少し考えようもあるのだが。

 

「ママは大鎌片手に、魔力炉心の棺桶を8つ背負って戦ってたらしいですけど……私には、ちょっと真似出来そうにないです」

 

 私も大鎌は使うけれど、その際は大分アクロバットな動きになる。自分の身体の制御だけで手一杯なのに、幾ら魔力炉心かつ防壁とは言え、棺桶なんて背負っていられない。

 

「肯定する。アヤメの母親は、死神か何かか?」

「実際、そうも呼ばれてたらしいです」

 

 ……と、そこまで言って気がついた。確かにアインは信頼出来るけれど、なに私はペラペラとママのことを話しているのだ。馬鹿じゃないのか? 幸いにも騒音対策で結界は張っているけれど、何のために偽名を名乗っていると思っているのだ。

 

「あー……それより、似合ってます?」

 

 だからこそ、無理矢理に話題を変えるべく、なんとか捻り出した話題を投げた。どうせ最終的には血に染まるし、余程目立つ格好でなければ戦場ならどうでもいいと思うのだけど、振れる話題がこれくらいしかなかった。

 

「肯定する。本来であれば、戦闘力の高さや勇ましさを評するべきと思うが……当方は、可愛らしいと考える」

「お世辞じゃないなら、私を可愛いなんて……アインの感性相当ですよ?」

 

 最近になって、何故かそう言われることが増えたが、それでも私なんて下の上がいいところだろう。流石に昔私に唾を吐きかけてきた、ヒキガエルみたいな女っぽい生物と同列ではないだろうし。あれは下の下だと思う。

 

「否定する」

 

 真剣な目でアインに言われてしまったがまあ、話題を変えることが出来ただけ良しとしよう。戦装束から昨日買ったワンピースに、スキルを通すことで一瞬たりとも肌を晒すことなく着替える。序でに髪を縛っていたリボンも解く。

 

「しなくていいです。それより、今日は魔剣の整備に行く予定なんですけど……どうします? アインは街を、他の艦を巡ることも出来ると思いますけど」

「いや、当方も少しEntwick(エンヴィング)の彼女たちに聞きたいことがある。同行しても良いだろうか?」

 

 そのまま今日はどうするか聞けば、そんな答えが返ってきた。それを私に拒否する理由は特にないし、良いですよと首を縦に振った。

 

「いいですよ。あ、でも道中、車椅子押してもらえると助かります」

「肯定する。その程度なら、容易いことだ」

 

 我ながら厚かましいお願いだとは思うけど、それでも私はアインに背中を任せた。何処と無く満足気なアインを不思議に思いつつ、行く場所が行く場所の予定なので一旦街はずれに向かい、そこでイトナミさんを呼んだ。

 

「お呼びでしょうか、アヤメ様」

 

 すると数秒もかからず、転移でイトナミさんが現れた。明らかに普通の転移ではないし、いつかその魔法も教えてもらいたい。しかし、そのタイミングは今じゃない。これからやるのは本業、手を抜くつもりは一切ない仕事だ。

 

「昨日の約束通り、勘は取り戻しました。ですので、整備する魔剣の場所に案内してもらえませんか?」

「驚愕しました。流石に翌日というのは、冗談のつもりだったのですが」

 

 いざ魔剣を整備、と意気込んでいたのだが。イトナミさんの言葉で肩透かしを食らった気分になった。冗談だったと言うのなら、もしかしたら私が整備する魔剣もまだないのではないだろうか?

 

「……なら、予定が揃った日に出直しますか?」

「否定します。早ければ早いほど助かるとイトナミは言いました。ですので、整備して欲しい魔剣が存在しないと言うことはあり得ないと断言します」

 

 そんな危惧に従って聞いてみたのだが、私が触ってもいい魔剣はあるらしい。なら良かったと安心していると、ですがとイトナミさんが躊躇いがちに口にした。

 

「恐らく、面倒なことになると断定します。その点、別の用事と推測しますが、アイン様が同行しているのは好都合と僥倖と感謝します」

「どうしてですか?」

「現在、当船団に待機しているⅡ型魔剣の中で、最優先で整備が必要とされている魔剣はメメントモリ。アヤメ様達を当船団に半ば拉致した戦馬鹿、スマイヤー・ラプティス様の魔剣となっております……と謝罪します」

 

 申し訳なさそうに言うイトナミさんの言葉に、なぜか執拗に私と手合わせしようとして来る剣士の男が脳裏をよぎった。確かに、面倒なことになりそうな予感がひしひしと感じられた。

 でも、よっぽどじゃない限りお客を選ぶつもりはない。武具や道具を作ってくれとかなら兎も角、私にもメリットのある話だし。

 

「当方も、少し聞きたいことがあるが良いだろうか?」

「肯定します。アイン様の用事は何でしょうか?」

「もし存在しているのなら、当方の従軍した記録を閲覧したい」

「認識しました。少々お待ちくださいませ、問い合わせを行います」

 

 意を決したように言ったアインに対して、昨日のように耳に手を当ててイトナミさんは言った。通信、なのだろう。アインにも同じようなことが出来たら便利だろうか? とは言っても、私に出来ることはないか。

 

「確認完了しました。ナーハフート・アインスの戦闘記録及び、遺書のデータがあるそうです。閲覧するのであれば、携帯用の魔導演算機端末にデータをダウンロード後、一時的に貸与するとのことです」

「認識した。ではそれで頼む」

「認識しました。データダウンロードを実行します」

 

 こうやってアインとイトナミさんが話しているのを見ると、なんとも不思議な感覚になる。簡潔すぎる会話が少し羨ましかったり、何故か若干心がもやつく。前者は兎も角、後者は気のせいかもしれないが。

 

「ではアヤメ様、アイン様、イトナミの手をお握り下さい。昨日の遠征船用ドッグと違い、魔剣格納用ドッグは空間が物理的に繋がってはおりませんので」

「認識した」

「凄い構造してますね……」

 

 思い切った構造に感心しつつ、イトナミさんの手を握る。私が握ったのとは反対側の手をアインが握り、直後に魔法が起動した。魔法陣解析開始、属性は次元系列、既存術式と照合……完了。変異部分計測……終了。

 

「座標確認……無事に転移完了しました」

「転移の対象が生命体じゃなくて、空間ごと入れ替えるって面白い発想ですねこれ」

 

 思っていたより、ずっと簡単な式だった。それでも、私の知らない試みで作られた魔法は面白くて、転移直後にそんなことを口にしてしまった。

 

「おや、と驚愕します。たった一度で解析されてしまいましたか。艦長以外に、実行できる人がいるとは思いませんでした」

「これでも私、魔法大全と解析したことのある魔法の陣は暗記してますからね。と言うより、艦長さんも出来るんですか」

 

 アインが何故か驚いたような雰囲気だけど、やってしまったものは仕方ないだろう。それにしても艦長は、やはり転生者だからだろうか? いや、一概に決めつけるのは良くない。私の同類の可能性もあるし。

 

「肯定します。全艦長は実力だけはあるのです。確か魔法大全にも、重力を断ち切る魔法等を寄稿していた筈です」

「……マジですか」

 

 あまりの驚きに、思わず口調が崩れてしまった。密かに期待と憧れがあった人がアレとは、何だろうか……こう、現実を突きつけられた感じがする。

 

「あの、ならもしかしてですけど、この船団に『完全な真円・真球を作る魔法』を寄稿してる人って乗船してますか?」

「少々お待ちください……検索完了しました。その魔法群を寄稿している人物は乗船しております。アナリューゼ・3142(サーシャ)とエンヴィング・4310(フォーサイト)の連名です。対談を希望しますか?」

「是非!」

 

 私の最も愛用している魔法の製作者だ。まず感謝を伝えたいし、色々話も聞きたい。会いたくないわけがない。成る程確かに、この船は楽園かもしれない。

 そんな燃え上がった思考が、アインの咳払いによって引き戻された。そうだった、私は今日仕事をするためにここに来たのだった。それに、こんなに殺気の篭った熱視線を送られているのに気づけないとは。

 

「ありがとうございますアイン。おかげで、大切なことを思い出せました」

「肯定……いや否定する。当方は当然のことをしたまでだ」

「ははは……」

 

 苦笑いで誤魔化しつつ、車椅子を収納して立ち上がる。視線が強くなる。これはもう、手合わせは避けられないらしい。仕方ない。諦めて大きな溜息を吐き、今日はもう着るつもりは無かった戦装束に姿を変える。

 

「アイン、5歩下がって下さい」

「? 構わないが、認識した」

 

 首を傾げつつもアインが距離を取ってくれた直後。

 

 黒い刃が、弧を描いて襲ってきた。

 

「シャァッ!!」

「シィッ!」

 

 相手が両手で描いた大小2つの弧を、同じく両手に握ったエターナルで弾き飛ばす。直後に再構築された別の斬弧をまた弾き、腕甲で滑らせ、真っ向から迎え撃ち、生まれた1秒以下の隙に左手での打撃──フェイントをかけ、襲撃者の暴挙より一泊だけ疾く蹴りを叩き込んだ。

 確かな手応え、ただし相手も空中で身を回しつつ何かを投擲。細長いそれらの雨をバックステップで回避。その間に空を踏みしめ、蹴り、襲撃者は反転。加速、想定より速い。加速を経て鎌のような弧を描いた二刀が、私の首を目掛けて振り下ろされた。但しこちらは、想定してた動きの1つとして。

 

「とまあ、さっきの話聞いてたら分かると思うんですが、私は剣士じゃなくて魔法使いなんです。もっと言えば、本職は鍛冶師です。だからこんな不毛なことやめませんか? オジサン」

「冗談。ここまで息も切らさず凌いで置いて、そんな言い訳は通らないさ。アヤメ・キリノ」

 

 言葉を交わすタイミングとして、態々作った鍔迫り合い。そのタイミングに乗じて説得にかかれば、楽しくて仕方がないといった様子で襲撃者……ラプティスさんは話しかけてきた。こっちの考えなんて聞いてくれそうにもない。

 舌打ちをしつつ、力任せにエターナルを振り抜いた。当然そんな程度では何にもならず、お互いに距離を取るだけ。向こうが私に合わせているのか、お互いに一撃で仕掛けられる間合いだ。

 

「私、その魔剣メメントモリの整備に来たんですが?」

「なら尚更さ。オジサンが認めた相手以外に、相棒なんて任せられないね。それに、楽しいだろ?」

「理解はできますし、悔しいことに楽しいですけど。あくまで今日の私は、整備する側なんですよ」

 

 悔しながら一理も二理もある言葉を否定できない。純粋な技術勝負がつまらないわけが無いのだ。それも同じでは無いが二刀流。体格と重量で劣る分、その点を魔法で補うのは許して欲しいが。

 

「率直に言って迷惑です。業務妨害です。ですから……次の一合で終わらせて下さい」

「ハッ、言うねぇ」

 

 そう言うラプティスさんは、嫌そうな口調とは裏腹に笑顔だった。まあこんな提案をしてる私も、きっと同じ穴の狢なのだろう。

 

「待て!」

 

 と、アインが言った瞬間。私とラプティスさんは、示し合わせたように動いた。

 体軸を倒し滑るように、初速から最高速で駆け出す。初めて見せた筈の動きに、当然のように対応してラプティスさんの斬弧が襲いかかってくる。

 向こうの短刀に合わせて突き出そうとした右のエターナルが、如何なる術理か、先に届いた短刀によって握っていた手から滑り落とされる。同時に相手の手も下に流れたが、まだ長刀の弧が残っている。だがそっちがそんな手を使うなら、同じことをやり返すのみ。左のエターナルで斬弧を絡めて滑らせ、腕甲に誘導し、滑らせ受け流す。足を踏みつけ膝蹴りを潰す。

 

「取った!」

「獲った!」

 

 確信と共に叫び、お互い動きを止めることになった。

 確かに私の右拳は、このままなら心臓を撃ち抜く軌道にあった。ただ下に流れた筈のラプティスさんの短刀も、その長さを急激に伸長させ私の首筋に触れている。

 

「今回は引き分けってことにでもしておくかい?」

「ええ、そうしてくれると助かりますね」

 

 どちらもあと一歩で必殺。

 つまるところ、引き分けだった。

 それをお互いに認めたところで、お互いに武器を下げる。ラプティスさんは長さの変わったメメントモリを納刀し、私も拾い上げたエターナルを背後に回す。

 

「で、肝心な整備はしてもいいですかね?」

「引き分けられたらねぇ。まあ、任せてもいいかな?」

 

 その言葉を聞いて今度こそ、大きく息を吐いた。もう戦闘の必要も無い為、魔法陣に魔力を回すのも止め、楽なワンピース姿に戻る。

 確かに楽しかった。楽しかったが……その分、本当に疲れる時間だった。けれど、打ち合ったお陰で、魔剣自体の整備する点も見えたし……まあ、良いか。

 

*1
発電機の魔力版みたいなもの

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