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独白形式です。
相変わらず好き嫌いの分かれるものです。登場人物キャラの死ネタがあります。
二十周年記念日には不向きだと自己判断は致しましたが、どうしても投稿したかったのです。お許しください……!
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ぼんやりと無機質な光を放っている端末を眺める。
そこに保管されているものに大切なものは、ひとつとしてありもしない。そう思うと同時に去来した感情に心臓の横が冷たい熱をもった錯覚がした。
まだ私が世界には光と闇があって、それらには様々な色彩が使われて構成されているだけだと思っていた頃。
塗り潰して、また重ねてそぎ落として塗った光景が存在するとは、どうして考えられよう──。
『ごきげんよう、祐巳』
小さくも大きな世界にはいつだってこの人が居た。
『ゆ~みちゃんっ』
行くあての分からない迷子だったこの足元を小さく照らしてくれていたその笑顔。
『祐巳さんっ!令ちゃんたらひどいのよッ』
『よしの~』
どれだけ進んでいるのか、進むのか分からない道のりでも迷わずに居られた。
『祐巳さん、ごきげんよう。さくらの季節になったわね』
確かな温度を纏っているとしかと感じられたからだろう。
あまりにも遠くになった日々は、どこか白々しくもずっと繰り返され演じられる三文芝居のように停止という大きな力が働かなければ、再生され続ける。
それが気力の糧だった時もあった。
人は生きるには多くのものを摂取して、排出して時には無残にも惨敗することがある。それをゲームのように感じる人も中には居る。
気だるげが物憂げで一部のファンを獲得していたあの人は、そんな感覚を抱いたことは無いとはっきりと断言していた。だから、そんな人間がこの世に居るとは夢にも思わなかった。非現実の、それこそハリウッド映画で作られた世界の中の話だと思っていた。
過去の己に対してもしも声を掛けることができるのであれば、
──一瞬、一瞬を大切になさい。一人ひとりの時間を噛みしめておきなさい。
だろうか?
そんな使い古された言葉ではない。もっと分かりやすい言葉があるはずだ。
だけれど、私には浮かばない。いざ、言葉を掛けられることがあっても、何も出て来ないままにその背中を見送るだろう。よく分からないけれど元気出してね、というような顔をどこか浮かべて姉に呼ばれた己である彼女を。
姉。
妹。
孫。
絆。
ロザリオ。
マリア様。
山百合会。
仲間。
それらは宝物だった。
当時も卒業してからも。
この日常がずっと続いていると、続いて欲しいと幾度も希った。
会いたい時には顔を合わせていた。
会える距離に各々の現在の日常が加わった。
『会おうよ』の言葉がなければならなくなった。
それすらもきっかけが必要になった。
それでも逢いたいと思った。
まるで叫ぶように、声を張り上げて泣いて喉を嗄らせた己が居た。そして──妹が居た。
力強く抱きしめて、心の弱さを覆い隠そうとする強がりを包み込んでくれた温かさ。
それを認識できないほどに摩耗した己。
悲劇に浸るなと叱責してくれた姉とその姉──祖母。
ドアを蹴り飛ばして開けておきながらも、土足で踏み込むことがなかった親友。
直接的なことは記憶にないけれど、必要な時には必要なことを的確にするその姉や妹たち。
その光景を取り出して眺めていられる今だからこそ、思えることがあるけれど、私である彼女はそれらのすべてが『どうでも良い』ものだった。
夢半ばで……という声が微かにしか聞こえなくなった時。
己の姿に驚愕した。
彼女であった己と洗面所に映る現在の姿に随分と隔たりがあったからだった。
なにも容姿のことではない。
確かに頬肉は削げ落ち、瞳には光が見えなかった。髪の毛にも艶がなく、実年齢よりも置いて見えた。それでも仕事に行き、同僚と会話をしてさらには応対をしていたのだから、精神の理に目覚めるものがあった。姉が勧めるカウンセリングに通ってみたのだろう。忙しい仕事と環境、自らの生活のことで身動きが取れにくいはずなのに、ずっと第三者へぶちまけることを強く、強く望んでいた。自らが為せない歯がゆさを押し殺して……。
『私は嫉妬、をしていたのだと思うわ。瞳子ちゃんは祐巳の心に大きく居場所を作り過ぎていった。それが不変に、なったことにも』
カウンセリングの意味が物見遊山からのものでなくなった時に、お礼を兼ねて食事を姉である祥子さまとご一緒した。日々の疲れから抜けきらない顔には、柔らかさと同時に神経質さも持ち合わせたゆえのものがあった。
──たぶん、もうこうして食事をすることもないだろう。
そう思った。
寂しく感じた。思った己に腹が立った。あまりにも不義理だったからだ。
不義理?
姉と妹は損得勘定や人情などで動くものなのか?
絆だと信じていたはずなのに。
憂いを残したままの顔に嬉しそうな表情を浮かべて、日常を語っている姉をこの目で焼き付けておきたいと見つめ続けた。
己がどんな人間に変わったのか、知りたくなった。悲しくもそれが妹、瞳子だけの世界から生きている人間との接触理由となった。
だけれど、現実は描いていたことと大きく違った。
誰も彼もが他者との日常を持っていた。それは同じ痛みを持つであろうはずの乃梨子ちゃんとて言えることだった。
そんなに強いものか。
そう侮っていたのかもしれない。
無数の小さな痛みが絶え間なく続けてくる感覚。
必死に生きる彼女を己の弱さと暗さの淵にまで引きずり込もうとした罰は、これらの痛覚でやってきた。
そこで変わりたいと願っていれば良かったのだろう。
似たような人生でも、もう少し違ったのかもしれない。
『ほんとうに……お姉さまは抜けてらっしゃいますわね……』
愛しい妹の声が聞こえた気がした。自嘲気味な笑みを己に向けて、ただ頷いた。
もう当時の彼女らと連絡する術を知らない。
知る必要などないのだろう。
知ったところで私は何ができようか。
歪んでしまった己を見たくはない。だけれど、自分を持って生きている彼女らの道を妬んでいく己も見たくはない。ならば、連絡手段を持たないべきなのだ。
薔薇の館、山百合会、三薔薇さま。
それらを遠くから眺めていたその他大勢の頃のように、彼女らの活躍を小耳に挟むことの程度で良い。
「ママぁ? 今日のお昼、なに?」
勝手に再生された記憶は現実の介入で停止される。当時の私と同じ年ごろになった子どもは、片時も話さないスマホから目を離さずに訊ねてくる。
「そうめんで、いいでしょう?」
「またぁ? 冷製パスタとかないわけ?」
不機嫌になって自室に戻っていくその背中ときつく感じられる今年の陽射しが交差する。今年は意識しないと聞かないセミの声がやけに大きく聞こえる。
──ああ、そうか……二十年前なのか。
どうしてそう思ったのか、何故そう思ったのかは分からなかった。ただ、あまりにも遠くに歩きすぎてしまった。それだけは分かった。