Fire Emblem ~漆黒の灰色 炎の紋章に導かれて~   作: ノーリ

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おはようございます。

前回の続き、今回はディール要塞攻略戦です。

このお話のメインとなるあの二王女と、ガレスがどういう関係になるか。楽しんで頂ければと思います。

では、どうぞ。


NO.08 二人の王女

ペラティを陥落させ、意気軒高な解放軍はそのままアカネイアへの進路を採る…誰もがそう思っただろう。しかし解放軍はその進路を真っ直ぐアカネイアに向けず、とある場所を目指していた。

その場所はディール。帝国の堅牢な要塞がそびえたつ要衝の一つである。何故彼らはここへ足を運んだのか。それは、ペラティを陥落させた直後まで戻らなければならない。

 

 

 

 

 

『マルス様』

 

ペラティにて戦後処理を行っている最中、ジェイガンがマルスに近寄ってきた。

 

『どうしたんだい、ジェイガン?』

 

振り返る。自分と同じように戦後処理中のはずだったジェイガンが、仕事が終わったわけでもないのに自分のところにやってきたのが不思議だったのだ。あるいはもう終わったのだろうか…

 

(そんなはずはないと思うけどな)

 

内心で首を捻りながら、ジェイガンの報告を待つ。

 

『は。実は、単騎でここに乗り込んできた敵兵がおりまして』

『何だって?』

 

マルスは目を丸くした。が、当然だろう。敵陣に単騎で乗り込むなど自殺行為以外のなにものでもない。マルスの頭を瞬間的によぎったあの黒騎士でもない限りは、そんな真似をすればどうなるかは火を見るより明らかである。

 

『…でも、わざわざ報告に来るということは、何かあったのかい?』

『はい。実はその者が、マルス様と面会を求めております』

『…理由は?』

『それが頑として口を割らず…。マルス様に直接申し上げるの一点張りで』

『ふぅん』

 

マルスが顎に手を添えて考え出した。

 

『如何なさいますか?』

 

主君の意をジェイガンが尋ねた。

 

『その敵兵に応対したのは、ジェイガンかい?』

『初めから…と言うわけではありませんが』

『そうか。じゃあ、ジェイガンから見てその敵兵はどう見えた?』

 

マルスはもっとも信頼できる、己の腹心の眼力がその敵兵をどう評価したのか意見を求めた。

 

『そうですな…』

 

ジェイガンが少し考えこむ。そして、

 

『あくまでも私の勘ですが』

 

と、続けた。

 

『うん、構わない。遠慮なく言ってくれ』

『は。ではお言葉に甘えて。面会しても問題ないかと思われます』

『そうか…』

 

この時点でマルスの腹は十中八九決まった。己がもっとも信頼できる腹心がそう言っているのだから間違いはないだろう。

 

『何故、そう思ったんだい?』

 

その意思を確固たるものにするため、マルスはジェイガンにそう判断した理由を尋ねた。

 

『は、その敵兵はシーダ王女と同じペガサスナイトでした』

『うん』

『ペガサスナイトを戦力として擁する敵国として真っ先に上がるのはマケドニア。マケドニアのペガサスナイト部隊…通称白騎士団を率いるのは王妹であるミネルバ王女であることはマルス様もご存じかと思います』

『うん』

『ミネルバ王女と言えば一門の武人として大陸では有数の人物。その直属の配下である白騎士団の者ならば、決して主君に恥じるような真似はしないかと』

『マケドニアのミネルバ王女か…』

 

マルスが呟く。実際に会ったことはないがその名は良く知っていた。実直にして公明正大なマケドニアの王女。武人としても軍人としても一流の人物だということを。

だが今は戦時下。暗殺を仕掛けてきたという万一の危惧が頭をよぎらないこともない。

 

(でも…)

 

マルスはその可能性はほぼないと思っていた。敵地へ堂々とやってきて暗殺を仕掛けるということは、その本人は捨て駒ということになる。音に聞くあのミネルバ将軍が、自分の直属の部下をそんな風に切り捨てるとはどうしても思えなかったのだ。

 

『わかった』

 

そのため、マルスは判断を下した。

 

『会おう。ここに連れてきてくれ』

『はっ。では、すぐに』

『うん、頼むよ』

 

恭しく一礼をすると、ジェイガンはそのまま踵を返したのだった。

 

(さて、どんな用事なのかな…)

 

まだ見ぬその敵兵の目的を誰何しながら、マルスは会見の手配を始めたのだった。

 

 

 

『連れて参りました』

『ありがとう』

 

マルスが件の敵兵の両脇を固めてここに連行してきたジェイガンとカインに礼を言った。

 

『では、我らはこれにて』

『ああ。残務を頼むよ、二人とも』

『ハッ』

 

頭を下げるとジェイガンとカインはその場を後にした。

 

『さて…』

 

改めて二人が連れてきた敵兵を見る。その姿は、自分たちとさほど変わらない年頃の女性だった。

 

『君の名前は?』

『はい』

 

そう尋ねると、彼女は軽く頭を下げた。

 

『初めてお目にかかります、マルス王子。私はマケドニア王女ミネルバ様の部下、マケドニア白騎士団のカチュアと申します』

 

そう言って彼女…カチュアは自己紹介した。

 

『初めましてカチュア、僕がマルスだ。そして僕の正面にいるのがオレルアンのハーディン公。そして、奥の玉座に座っているのがアカネイアのニーナ様だ』

『! 失礼しました!』

 

慌ててカチュアが膝を着いた。

 

『構いませんよ、カチュア…でしたね。そう畏まらないでください』

 

ニーナが緊張をほぐすためだろうか、いつも以上に穏やかにカチュアに話しかけた。

 

『ですが…』

『ニーナ様もああ仰られているのだ。あまり気負い過ぎることはない』

『…では、お言葉に甘えて』

 

ハーディンにもそう促されたが、だからと言ってすぐに割り切ることはできないのか、カチュアは立ち上がったものの何処か居心地悪そうだった。

 

『早速だけど、カチュア』

 

それを察して…かどうかわからないが、マルスがカチュアに話しかける。

 

『はい』

『用向きは何だい?』

『はい』

 

そこでカチュアは、整った表情を引き締めて口を開いた。

 

『実は、マルス様にお願いがあって密かに参りました』

『お願い? 僕に?』

『はい』

『聞こうか』

 

マルスがその先を促す。と、カチュアがコクンと頷いてその先を続けた。

 

『実は、我が主であるミネルバ王女が率いる部隊はドルーアに対して反乱を計画しています』

『! それは真か!?』

 

カチュアの言った内容に、ハーディンが思わず口を挟んだ。

 

『はい』

『ハーディン公、まずは彼女の話を聞こう』

『ああ、うむ、そうだな。すまん、話の腰を折った。続けてくれ』

『いえ、お気になさらず』

 

軽く微笑むと、カチュアはその先を続ける。

 

『ですが、ミネルバ様の妹君であるマリア王女が敵の手中にあるため身動きが取れないのです。そこで、私がミネルバ様の密命を受けて参りました。マルス様、どうかマリア王女を助けるためにお力をお貸しください』

『成る程ね…』

 

カチュアがここに来た目的を聞いて、まずはハーディンに視線を向けた。

 

『ハーディン公、どう思う?』

『うむ…』

 

ことの真贋を図っているのか、ハーディンが難しい顔をして唸っている。やがて口を開くと、

 

『あり得ない話ではないが…軽々に動くのはどうかというのが正直な私の感想だな』

 

その言葉に、カチュアが他の者に気取られないほど僅かにだが悲しそうな表情をした。しかしすぐにそれを引っ込める。

 

『理由を聞いてもいいかな?』

 

マルスが尋ねた。

 

『確たる理由はない。だが、指揮官としては常に最悪の事態は想定しておかねばならない。今この娘が言ったことは謀で、我々をディールにおびき出してそこで叩き潰すという筋書きも有り得ない話ではあるまい?』

『成る程ね』

 

一理あるなとマルスが頷いた。確かに十分あり得る話だからだ。と、

 

『マルス王子』

 

玉座のニーナがマルスを呼んだ。

 

『はい、ニーナ様』

 

マルスが答える。

 

『貴方はどう思っているのです?』

『僕ですか?』

『ええ。率直な意見を述べなさい』

『…わかりました』

 

ニーナに促され、マルスが自分の意見を口にする。

 

『僕はハーディン公とは逆で、彼女の言葉を信用してもいいと思います』

 

その言葉に、これまたカチュアの表情が他の者に気取られないほど僅かに喜色を見せた。

 

『何故です?』

 

ニーナが重ねて問う。

 

『マケドニアのミネルバ王女と言えば、優れた人物として大陸にその名は轟いています。それ程の人物がそのような真似をするとは思えないのです』

『だがなマルス殿、その女兵士が本当にミネルバ王女の配下であるという保証はない。我々がそれを判断できない以上、何とでも騙ることはできる』

 

ハーディンはあくまでも否定的だった。と言うより、現実主義といった方が良いかもしれない。まあ、ドルーアに国土の大半を奪われ、ニーナを奉じて苦しい戦いを生き抜いてきたからそういった思考になるのもやむを得ないと言えた。それはマルスにもよく理解できるし、否定するつもりは毛頭ない。

 

(それでも…)

 

マルスはどうしてもそうは思えなかった。何故か…それは先のレフカンディでの戦いのことを思い出したからだ。

遠目からであまりよく見れなかったが、あの時のミネルバ王女はとても悲しい目をしていた。そしてその目が、マルスにある人物のことを思い出させたのだ。

 

(姉上…)

 

マルスが思いを馳せたのは姉であるエリスのことだった。アリティア城陥落の時に、自分を逃がすために己を犠牲にした姉であるエリスの、あの時の目と同じ目をしていたからだ。

思い違いかもしれない。論理的な説明などできない。だがそれでも、マルスにはあの目をしていたミネルバが嘘をつくように思えなかったのだ。だから、

 

『僕は彼女と…そしてミネルバ王女を信じます』

 

そう、ハーディンに宣言するのに躊躇はなかった。

 

『そうか』

 

ハーディンはマルスの返答にそれ以上は言及せず、そのままニーナに向き直った。

 

『ニーナ様、如何なされますか?』

『ハーディン、私はエムブレムをマルスに託しました。であれば、私の意思はわかるでしょう?』

『…かしこまりました』

 

一拍置いてハーディンが答える。ニーナがエムブレムをマルスに託したということはそういうことを表す。ハーディンも納得はしたが、それでもまだ気持ちのどこかに割り切れない蟠りがわずかながらでもあるのだろう。そのため、何となくそれを察したニーナがハーディンを慮った。

 

『ごめんなさい、ハーディン。貴方にとっては考えるところもあるでしょうけど…』

『いえ、お気になさらず。ニーナ様のご意志であれば尊重するのが臣下の務めです』

『そう。ありがとう』

『ハッ!』

 

双方ともまだ多少の引っ掛かりはあるのだろうが、それでも表面上は納まった。

 

『決まったね』

 

それを見計らったかのように、マルスが口を開いた。そしてそのままカチュアに向き直る。

 

『カチュア、ミネルバ王女へ伝えてくれ。我々はディールへ向かうと』

『ありがとうございます! 早速ミネルバ様にお伝えいたします!』

 

では、と頭を下げるとカチュアはそそくさとその場を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

このようなことがあり、解放軍はアカネイアへと向けていた進路を一旦変更してディール要塞へと向かっていたのだった。そして今、要塞攻略戦が始まろうとしていた。そしてその出撃者の中には、今回はガレスの姿もあったのだった。

 

 

 

 

 

「ジューコフ将軍」

 

マルスがディール要塞を攻撃しようと軍備を整えている頃、ミネルバがディールを預かる将軍、ジューコフの許に訪れていた。

 

「ミネルバ王女!?」

 

突然現れたミネルバに、ジューコフは驚きを禁じ得ずに目を剥く。そして、

 

「勝手に持ち場を離れ、何をしに来られた?」

 

当然と言えば当然の質問をミネルバに投げかけた。

 

「もし貴女が少しでもおかしな動きをすれば、マリア王女の身の安全は保障できぬぞ。そのこと、わかっているのか?」

「…いや、貴方に逆らうつもりはない」

 

開口一番、ミネルバがそう答えた。

 

「ただ、少しの間でいい。マリアに会わせてはくれぬか。あの娘はまだほんの子供。きっと、悲しい思いをしているだろう。将軍…頼む。マリアに一目会わせてほしい」

 

妹の身を案じたミネルバがジューコフにそう懇願する。姉妹としては麗しい姉妹愛だが、一軍を預かる将の身としては正直首を捻りたくなる行動である。だが、そうさせるほどにミネルバはマリアが心配なのかもしれない。

 

「それは、できぬ相談だな」

 

そしてジューコフから返ってきた返事は、当然と言えるものだった。

 

「マリア王女は大事な人質。妹姫が心配なら、下手な考えを起こさず大人しく命令に従うことだ」

 

そう返答した直後、

 

「将軍! 大変です!」

 

一人の兵士が血相を変えてジューコフの許へ駆け込んできたのだった。

 

「どうした?」

「で、ディール要塞の東に反乱軍が現れました!」

「何だと!?」

 

予想外の報告にジューコフが驚きを隠せなかった。

 

「何故こんなところに反乱軍が来るのだ!?」

 

吐き捨てても、その理由はわかるはずもなかった。

 

「くそっ! とにかく竜騎士団に出撃を命じよ! それと、本体に援軍を要請することも忘れるな! 奴らが要塞に入る前に何としても撃破するのだ!」

「ハッ!」

 

ジューコフの命を受けた兵士がすぐさま身を翻して戻っていく。それを見送った後、ミネルバも同じように身を翻してその場を去った。

 

「反乱軍…マルス王子、か…」

 

誰にも聞かれぬように口の中でそう呟くと、靴を鳴らしてミネルバは飛竜に跨り空高く飛び上がったのだった。

 

 

 

 

 

「よし、要塞の入り口は何とか確保したな…」

 

激戦の末、要塞入り口付近の敵兵をあらかた排除したマルスが大きく息を吐いた。

 

「厳しい戦いだったな…」

 

隣で剣を鞘に収めたハーディンも厳しい表情になっている。その言葉通り、激戦を物語るように装束のあちこちが血で染まっていた。

 

「うん。でも、本番はここからだ」

 

マルスが頷くと振り返り、そこに居並ぶ今回の指揮官級の面々を見渡した。

 

「ここからは事前の軍議通り、軍を二手に分ける。歩兵、装甲兵や魔道士たち小回りの利く者は僕と一緒に要塞内部へ。騎兵や飛行兵は外から城へ向かってくれ」

 

そしてマルスはハーディンに顔を向けた。

 

「城外の騎兵たちの指揮はハーディン公にお任せする。頼んだよ」

「心得た。武運を祈るぞ」

「そちらもね」

「フッ…よし、騎兵部隊は我に続け!」

 

号令をかけると、ハーディンは騎兵や飛兵を率いて離脱していった。

 

「それじゃあ、僕らも行こうか」

『おお!』

 

勇ましい歓声が上がり、マルス率いる砦の攻略部隊も進撃を開始したのだった。

 

「ドーガ! 敵をおびき出してくれ! カシムやジョルジュ、ゴードンはドーガがおびき出した敵を攻撃! 討ち漏らした敵はオグマたちに任せる! レナやリフは負傷者の手当てを! ジュリアンは財宝の回収へ! マリクは万一に備えてジュリアンについていってくれ!」

 

『ハッ!』

 

マルスの指揮で次々と各人が動き出す。そしてまるで各人がマルスの手足のように命令を遂行していった。

 

(大した手並みだな…)

 

その様子を最後方から見ていたガレスはその指揮能力に感心していた。今までも何度もマルスの指揮能力の高さは見ていたのだが、目の当たりにするたびに感心させられてしまう。マルス自身も剣士としては一流だが、その本当の強さはこの高い指揮能力にあるなと思っていた。

 

(だが、それは総大将にとっては何よりも重要な要素だ)

 

そもそも、総大将が負けたら戦は終わるのだ。それを考えれば、総大将自身の強さはさほど重要な要素ではない。寧ろ、部隊を手足のように扱える指揮能力の方が総大将の資質としては重要なのである。それを考えれば、マルスは軍の頂点としては申し分ないと言えた。

 

(政治や外交面であの坊やがどうなのかは知らんが、間違いなく軍事においては天賦の際の持ち主であると言っていいだろう)

 

最後方から、ガレスはそんなことを考えていた。今回は城塞の攻略戦がメインということでガレスも出撃にお声がかかったのだが、役割としては後方の備えに留め置かれている。後方からの援軍に備えて…という名目だったが、やはりワーレンでの一件が響いているのだろう。

ガレスがワーレンを襲ってきたグルニア軍を皆殺しにした後、その事後処理でワーレンにいた留守の面々のうち何割かはその惨状を目の当たりにした。そして一様に嫌悪感と、ガレスに対する恐怖感を改めて抱いたのだった。

そんな事情があったため、ガレスはまた閑職に追われる羽目になった。且つ、少しずつではあるが築けていた人間関係もリセットされてしまう。今までと変わらずにガレスに接してくるのは、現時点ではアテナとバヌトゥ、それとニーナぐらいのものだった。とは言え、ニーナとはそもそも接触する機会がほとんどないので実質はアテナとバヌトゥだけだったが。

そんなわけで、現在ガレスは殿を任されていたのである。もっとも、嘘から出た真というわけでもないだろうが、先ほど後方から敵の援軍が現れたために結果的にガレスを後方に置いておいたことが吉と出たのだが。

そんなこんなしているうちに要塞内部での戦いは進み、少しずつ敵を圧している状態になっていた。

 

(まあ、楽をさせてもらえるならそれでもいいがな)

 

最後方でのんびりと前線の状況を眺めながらガレスはそんなことを考えていた。ワーレンでガス抜きしたこともあってストレスや鬱憤はかなり抜けたのだろう。

 

「王子、要塞内の制圧が完了しました!」

 

ドーガがマルスに報告したのはそんな時だった。

 

「敵兵は撃退。後は人質であるマリア王女がいらっしゃると思われる部屋のみです」

「そうか、ごくろうだったね。それでマリア王女は救出したのかい?」

「いえ。扉に鍵がかかっておりましたので、我々ではどうすることも…」

「わかった」

 

状況を聞いたマルスはジュリアンに顔を向けた。

 

「ジュリアン、頼む」

「任せておいてください、王子」

 

そして今度はジュリアンがドーガに顔を向けた。

 

「その部屋まで案内してくれるかい?」

「ああ、こっちだ」

 

ドーガがジュリアンを先導して歩き出した。その後をマルスたちがついていく。ガレスも最後方からのんびりと歩を進めたのだった。

 

 

 

 

「ここかい?」

 

要塞内部。とある部屋の前に案内されたジュリアンが振り返ってドーガに尋ねた。

 

「ああ」

「よ~し…」

 

腕を撫すと、ジュリアンは鍵穴に針金を差し込む。暫くカチャカチャと音がして、そしてカチッと音がした。

 

「開きましたよ、王子」

「ありがとう」

 

仕事を終えたジュリアンが下がると、入れ替わるようにマルスが扉の前に立つ。そしてドアのノブを握ると回して、ゆっくりと開けた。

 

「だ、誰!?」

 

部屋の外での戦いの物音が聞こえたのか、部屋にいる幼い少女が震えながらマルスに視線を向けた。

 

「マケドニアのマリア王女だね?」

 

マルスが微笑みながらマリアに話しかける。その笑顔に見ほれたのか、少女は少し頬を赤くしながら頷いた。

 

「え、は、はい…」

「どうやらどこにも怪我などはないようだね。無事で何よりだ」

「あ、あの、貴方は…」

「っと、失礼」

 

自己紹介が遅れたことを詫びてマルスが軽く頭を下げた。

 

「僕はアリティアのマルスだ」

「あっ、貴方がマルス様…」

(へぇー、素敵な人なんだ)

 

王女と言ってもそこは年頃の少女。そんなことを思いながら言葉を続ける。

 

「助けてくれてありがとう。私が助かったことを姉に伝えてください。きっと喜んでくれるから」

「うん、わかってる。実は君を助けに来たのもミネルバ王女に頼まれたからなんだ」

「そうなんですか…」

 

自分のために色々と動いてくれたことを姉に感謝しつつ、マリアが先を続ける。

 

「それと…」

「うん?」

「これからは、私もマルス様のお力になります」

「えっ!?それは…」

 

マリアの申し出にマルスの歯切れが悪くなった。救出は請け負ったものの、まさかそんなことを言われるとは思わなかったからだ。どうしたものかと思いながら難しい表情になると、

 

「お側に置いてください。ね、いいでしょ!」

 

と、マリアが畳みかけてきたのだった。

 

「いや、しかし…」

 

マリアの必死の訴えも、マルスは変わらず表情を曇らせている。

 

「すまないけど、それは僕の一存では決めかねるな」

「えぇー、どうして?」

「いや、どうしてって…」

 

グイグイと積極的に圧してくるマリアに相変わらずマルスは困惑顔だ。

 

「君は王女だろう? 国のことを考えれば、戦火に身を置くのは止めた方が良い」

「お言葉ですけど、それなら兄さまや姉さまだって同じです。それに、マルス様だってアリティアの王子じゃないですか」

 

マリアは不満な表情のままだ。周りがそうは思っていなくても、自分だけ除け者にされているように感じたのだろう。

 

「わかっているさ。でも、ミネルバ王女のたっての願いで今回僕たちがマリア王女の救出に来たんだ。ミネルバ王女に会わせる前にその貴方に万一のことがあったら、僕は彼女に会わせる顔がない」

「……」

 

姉を出されては流石に何も言えないのだろう、不満気な表情のままではあるがマリアが押し黙った。

 

「だからマリア王女、君の件についてはミネルバ王女に任せようと思ってる。どうかそれまでは、大人しくしていてほしい」

「…わかりました」

 

不承不承と言った様子ではあるが、マリアが了承した。

 

「でも、姉さまがいいって言ったら、私も軍に参加しますからね」

「ああ、それなら構わないよ。約束する」

「よかった…」

 

ホッとした様子になってマリアは胸を撫で下ろした。

 

「見た感じ、悪いところはなさそうだけど、体調とかは大丈夫かい?」

「はい、心配しないでください」

「わかった。それじゃあ、行こうか」

「はい!」

 

マリアが元気よく返事をすると小走りに部屋から出てきた。こうして、解放軍はここにやってきた目的を達成したのだった。部屋から出てきたマリアは安心した様子で他の面々と会話したり頭を下げたりしている。

 

(威勢のいいガキだな)

 

最後方からその様子を眺めていたガレスがぼんやりとそんなことを思っていた。人質という立場ではあったが、いかにもしおらしいお姫様というわけではなく快活なその姿に意外に思いつつも好ましいものであった。

 

「さて、では後はここを脱出して城へ向かっている部隊と合流して終わらせよう」

 

マルスの指示に部下たちが返事を返したり頷いて答える。そして彼らの視線はすぐ側にある扉に向けられた。

 

「恐らくあの扉がこの要塞の裏口だろう」

 

そして、マルスがジュリアンへと振り返る。

 

「ジュリアン、もう一度頼む」

「お任せください」

 

ジュリアンが人ごみから出てきて扉の前に片膝を着いた。そして、先ほどと同じように鍵穴に針金を差し込むとカチャカチャと音を鳴らして鍵開けを始める。

 

(…ん?)

 

ジュリアンが鍵開けをしている間、ガレスが何かを感じて他の者を押しのけて前に出てきた。その途中で、カチリと扉の鍵が開いた音が要塞内に開く。

 

「王子、開きましたよ」

「ありがとう」

 

礼を言ったマルスの脇からマリアがトトトと駆け出す。そして、ドアのノブに手を掛けた。

 

「外だ!」

 

嬉しそうに顔を綻ばせながらマリアがドアを開けた。今までずっと狭い室内で人質生活だったから久しぶりの広い外に喜ぶのは当然だったかもしれない。だが、ここはまだ敵地である。であれば当然、

 

「死ね!」

 

ドアを開けた瞬間、待ち構えていた敵が斬りかかった。予想もしていなかったその展開に、マリアは固まってしまい、そして他の誰もが動けなかった。

 

「マリア王女!」

 

そんな中、唯一マルスが駆け寄ろうとするも距離があるため凶刃がマリアに届く前に駆け付けることも叶わない。そうして、マリアはその短く哀れな一生を終えるはずだった。が、

 

「きゃっ!」

 

不意に襟を後ろから引っ張られ、マリアはそのまま後方へと投げ飛ばされる。それはまさしく凶刃がマリアの生命を奪う本当にほんの一瞬前だった。

 

「痛った~い…」

 

投げ飛ばされたマリアが痛みに顔を顰めながら身体を起こす。

 

『マリア王女!』

 

その声が引き金になったというわけでもないだろうが、硬直から解けた何人かが慌ててマリアに近寄った。

 

「ご無事ですか!」

「お怪我は!?」

「う、うん、大丈夫…」

 

心配してくれる面々に答えながら、己の身に何が起こったのだろうと先ほどまで自分がいたであろうところに目を向けた。そこには、剣で斬りかかってきた敵兵と思われる人物。そして、漆黒の重厚な鎧に身を包んだ一人の騎士がいた。そして…

 

「ヒッ!」

 

思わずマリアが悲鳴を上げる。それは敵兵の剣から血が流れ、それが滴り落ちて小さいながらも石畳に血だまりを作っていたからだった。

 

「あ、あんた…」

 

扉を開けたため、マリアのすぐ側にいたままで固まっていたジュリアンがその光景に呆然となりながらパクパクと口を開く。

 

「…貴様も早く失せろ」

 

目の前の人物…ガレスに威圧感たっぷりにそう警告され、ジュリアンは慌てて後ろへ下がった。

 

「引っ込んでろ、貴様ら」

 

流血しながらも、ガレスはマルスたちを制した。

 

「コイツは手練れだ。少なくとも、今の貴様らでは勝てん。死にたくなければ大人しくしていろ」

 

最後にそれだけ言うと、ガレスはサタンブローバ―を振り下ろす。だが、敵兵は余裕でかわすとガレスを誘導するかのように外へと出た。

 

「フン、誘っているつもりか」

 

見え見えの挑発だが、建物内では思う存分得物を振るえないのも事実。寧ろ好都合とばかりにガレスがその後を追った。と、

 

「ら、ライブ!」

 

呪文の詠唱が聞こえ、出血が引いていく。振り返ると、マリアが小刻みに震えながらもガレスに治癒の魔法をかけていた。

 

「…フン」

 

礼を言うでもなく、何時ものように鼻を鳴らすとガレスが外へ出る。他の面々はガレスに従って要塞の中から二人の戦いを見ていた。

 

「待たせたな…」

 

対峙したガレスが敵兵を見据えながら呟いた。

 

「ふふ、いいのか? サシの勝負で」

 

敵兵が挑発するようにそう告げる。

 

「クク…そのセリフ、そのままそっくり返してやる。援軍を呼ぶんならさっさとした方が良いぞ。後で後悔しても遅いからな」

「言ってくれる。大口でなければいいがな」

「クク、試してみるか?」

「そうだな」

 

そこで二人は互いに得物を構える。視線が火花を散らし、緊張感が否応にでも高まった。その緊張感に耐えられなくなった、要塞内の誰かがゴクリと唾を飲み込んだのを合図とするかのように、二人は相手に向かって斬りかかった。

 

「ガアアアアッ!」

「おおおおおっ!」

 

ガキンと、剣と斧が接触した金属音が周囲に響き渡る。

 

「ヒッ!」

 

その轟音に、何人かが竦んでしまっていた。中には、腰を抜かしてしまったものも僅かながらにいる。

だが大半は、ガレスと敵兵の戦いをじっと見守っていた。

 

「フッ!」

 

敵兵が剣を縦横無尽に振るう。得物の特性上、大振りで重量のあるガレスのサタンブローバーはどうしても剣や槍には手数で負けてしまう。そのため、今のところガレスの防戦一方だった。

 

「フン」

 

とは言え、そこは本来の世界で殺戮に明け暮れた戦闘狂。経験に裏打ちされる予測で敵兵の攻撃を凌いでいく。

 

「ほぉ…」

 

やがて、敵兵が一旦距離を取った。どれだけ攻めても防御を崩せないことに驚いた表情になっている。

 

「大したものだ。そんな見るからに重い得物を使っているのに、俺の攻撃をことごとくいなすとはな」

「クク…感心している場合か?」

 

ガレスが楽しそうに笑った。戦闘狂いの性が顔を出しているのだろう。

 

「そんな攻めでは俺は殺せんぞ」

「防戦一方の奴に言われてもな。凌ぎきるだけで精一杯で、攻撃してこない奴が勝てると思っているのか」

「クク…そう思うならさっさと俺の首を取って見せろ」

「言われるまでもない!」

 

敵兵が再び斬りかかる。ガレスは相も変わらず見事にその攻撃を防いでいるが、予想以上に素早い攻撃の連続で攻撃に移る隙が見出せなかった。が、

 

(鬱陶しい…)

 

敵兵の攻撃をいなしながらガレスはそんなことを考えていた。確かにこれまでは防戦一方だし、攻撃に移る隙もないがそれでも自分が負けるとは思っていなかった。

別に己の実力を過信しているというわけではなく、純然たる事実である。かつての世界で殺戮に明け暮れていた時の経験から、彼我の実力差を判断して辿り着いた結論だった。

 

(予想外の隠し玉でもあるのなら別だが…)

 

そう思ったが、これまでの攻撃を見てその可能性は限りなく低いと思っていた。確かに技量は高いが、剣に汚さがないというか素直なのである。フェイントを交えたり軌道を変えたりすることがなく、真っ直ぐ叩き込んできていた。

逆に言えばそれでもこれまで生き延びてきたということは、それだけ技量が高いという証拠でもあるのだが、惜しむらくは今回の相手が悪かった。

 

(つまらん…)

 

そう判断すると、ガレスはこの戦いをいい加減終わらせることにした。何度目かの敵兵の攻撃を大振りで弾き飛ばす。

 

「何ッ!?」

 

その膂力に後方に吹き飛ばされた敵兵が顔を顰めた。と、はじめてガレスが攻撃に打って出てサタンブローバ―を振りかぶって突進してくる。

 

「ちいぃっ!」

 

舌打ちしながら敵兵は迎え撃とうとしたが、次の瞬間、ガレスは思わぬ行動を起こした。自分の得物であるサタンブローバ―をその手から離したのである。

 

「!?」

 

無手で向かってくるガレスを迎え撃とうとした敵兵だったが、一足遅かった。敵兵が気付いたときにはガレスは既に懐に入り込んでいたのだ。得物を手放したことで、速度が速まったのである。そして、ガレスの真紅の瞳が不気味に光ったのを敵兵は見てしまった。

 

「おおおおおっ!」

 

そのまま、ガレスはショルダータックルの要領で敵兵に突進していく。そして、勢いよく敵兵をかち上げた。

 

「ぐはっ!」

 

悲鳴を上げながら敵兵が上空へと吹き飛んだ。激痛に顔を顰めながらも戦意は失っておらず、体勢を立て直すと着地と同時に攻撃に移ろうと構える。そんな時、その目に飛び込んできたのはガレスが地に膝を着いて己の右手を大地に押し当てている姿だった。そして、

 

「デスクラウド!」

 

ガレスがそう言った直後、敵兵の着地地点から怪しげなガスが噴き出す。そのガスが敵兵の身体を蝕み、そして、

 

「がはっ!」

 

再び上空へと弾き飛ばされた。

 

(い、今のは、魔法なの…か?)

 

朦朧とする意識の中、かろうじてガレスに目を向ける。そこには、自分を亡き者にしようとサタンブローバ―を振り上げるガレスの姿があり、そして直後、敵兵の意識は永久に閉ざされたのだった。

 

 

 

「ふーっ…」

 

中々の激闘を繰り広げた敵兵の虚を突いてその身体を真っ二つにぶった斬り、ガレスは大きく息を吐いた。と、二人の戦いの決着を見届けた攻略部隊が砦から出てくる。だが、ガレスに話しかける者はいない。と、

 

「あっ!」

 

何かに気付いたマリアが声を上げた。

 

「どうしたんだい? マリア王女」

 

マルスが尋ねると、

 

「あれ、あれです、マルス様!」

 

マリアが上空を指さした。そこには、こちらに向かってくるドラゴンナイトが一騎いた。そして、その飛竜を操っているのは…

 

「ミネルバ王女…」

 

マルスがその名を口にしたのだった。ガレスを始め、他の者も皆上空に視線を向けている。

ミネルバはそのまま飛竜を滑らせるように降下してきて、マルスたちから少し離れた場所に着地した。そして、そのまま騎龍から降りて地上に立つ。

 

「マルス王子ですね、はじめまして」

 

ミネルバはそのまま近づいてきて、ある程度マルスとの距離を詰めると話しかけてきた。

 

「マケドニアのミネルバです」

「はじめましてミネルバ王女、僕がアリティアのマルスです」

 

マルスも礼に則ってミネルバに応えた。

 

「マリアを助けていただき、ありがとうございました。それと、いろいろ事情があったにせよ今まで敵対して申し訳ありませんでした」

「いえ、マケドニアは国の指針としてドルーアに与することを選択した。であれば、我らが敵対するのは仕方なかったことです」

「例え世辞であっても、そう言って頂けると些か心が救われます」

 

自嘲するようにミネルバが寂しく微笑んだ。

 

「…ですが、兄のミシェイルをはじめマケドニア軍の多くは、いまだドルーア帝国に加担しています。しかし、彼らは私にとって父の仇。かなうなら、私自身の手で倒したいと思っています」

「わかります。そのお気持ちは、とても良く…」

 

マルスの脳裏にアリティア城が陥落するあの日のことが思い出された。今でもその時のことを思い出すと無力感に苛まれ、そして黒い感情に支配されるのだ。だからこそ、今言ったようにミネルバの気持ちが口先だけでなくよくわかった。

 

「ただ、私の部下たち…特に白騎士団のパオラ、カチュア、エストの三姉妹はお助けください。彼女たちは反乱を恐れたドルーアにより、私から引き離されてしまいました」

(カチュア…あの子か)

 

ミネルバが口にした名前のうち、一人の名前にマルスも聞き覚えがあった。先日、ミネルバの使者として解放軍を訪れていた少女の名前だからだ。

 

(そう…か)

 

この短い時間の中で、事態がもう既にかなり進行していることに驚いたものの、そんなことは億尾にも出さずマルスはミネルバの話の続きを聞いていた。

 

「ですが、私が生きていることを知れば喜んで仲間に加わるでしょう。マケドニアを踏み躙った憎いドルーア…そのドルーアを倒すために、私たちも王子と共に戦わせてください」

「ありがとう、ミネルバ王女。我々は喜んで貴方を迎えさせていただきます」

 

マルスがミネルバの申し出に了承の意を示した。こうしてまた一人、解放軍に心強い味方が増えたのだった。そして、

 

「姉様!」

 

姉妹が久しぶりの対面を果たすことになる。

 

「マリア!」

 

小走りに走ってきたマリアを、ミネルバがしっかりと抱きしめた。その光景に、解放軍の面々が心を和ませる。

 

「さあ行こう。今度こそ城外の部隊と合流し、城を制圧して先へと進もう」

 

姉妹の感動的な場面を邪魔するのは気が引けるが、かと言っていつまでもこうしているわけにもいかず、心苦しくあったがマルスが号令をかけた。その号令に従い、順次、砦の攻略部隊は城へと向かっていくのだった。

 

 

 

「ふぅ…」

 

他の面々が城へと向かっている間、最後尾のガレスも他の者と同じように城へ向かった…わけではなかった。ガレスは地に座り、少し己の身体を休めていたのだ。

 

(やれやれ、あの程度で少しとは言え息が上がるとはな…)

 

素直にそう思う。ガレスは先ほどの戦いの疲れが取れず、勝手に休憩を取っているのだ。久々に暗黒魔法を使った影響が出ているのだろうか。どちらにせよ、暗黒道の支配下から中途半端にとはいえ抜け出しているのでその影響も否定できない。

ワーレンの時も戦いの後疲れて眠ってしまったが、相手にした数が違うのである。それだけ、あの敵兵が強かったともいえるが。

とにもかくにも、自主的な小休止を取っているガレス。と、不意に上空から影が差した。

 

(ん?)

 

何だと思い顔を上げると、そこにはこちらへと舞い降りてくるドラゴンが一騎。敵かと思ったがそうではなく、そこに乗っているのはミネルバとマリアだった。

 

(ふむ…)

 

何の用かとは思わないでもなかったが、敵でないことは確認できたので捨ておくことにした。そのまま、ミネルバたちは高度を下げてガレスのすぐ側に降り立った。

 

「どうした?」

 

近寄ってくるマリアとミネルバに、ガレスが顔を上げて尋ねた。と、

 

「その…大丈夫?」

 

心配そうな顔で覗き込んできたのはマリアだった。

 

「? 何がだ?」

 

今一つ要領を得ない質問に、ガレスが尋ね返す。と、

 

「…上空から貴様がここで座ったまま動かないのが見えてな。マリアがそれに気付き、様子を見に行きたいと言い出したのでやってきたのだ」

「クク…それはそれは」

 

ようやく二人の来訪の意味がわかり、ガレスは何時ものように咽喉の奥で笑った。

 

「ありがたいことだな。だが、勝手に戦列を離れてもいいのか?」

「無論、マルス殿には話は通してある」

「用意のいいことだ…」

 

少し呆れながらガレスが答えた。その間も、マリアが心配そうにガレスを覗き込んでいる。

 

(この小娘に、ここまで案じられるような真似をした覚えはないはずだが…)

 

そのことがガレスは不思議でならなかった。ガレスとマリアの接点など、先ほどあの敵兵から生命を救ったことしかない。命の恩人と言えばそうかもしれないが、そのやり方も首根っこを掴んで強引に後方に投げ飛ばす、いつもの対処だった。とは言え、心配そうに覗き込んでいる者をいつまでも放っておくわけにもいかない。

 

(…つくづく甘くなったものだな、この俺が)

 

そう思いつつも、それが嫌ではない現状に内心で驚きながらもガレスが口を開いた。

 

「心配はいらん。先ほどの戦いで少し疲れたのでな、勝手に小休止を取っていただけだ。そろそろ後を追おうと思っていたところだ」

「ホント!?」

 

マリアが顔をぱあっと輝かせる。

 

「ああ」

「良かったぁ…」

 

そして今度はホッと胸を撫で下ろした。

 

(俺が怖くないのか? 見かけによらず肝が座っているというか、珍しい奴だな…)

 

普通、人が自分と相対したときに見せるような素振りが垣間見えず、ガレスは困惑していた。と、

 

「…レフカンディでは世話になったな」

 

マリアが一段落つくのを待って…と言うわけでもないだろうが、今度はミネルバが話しかけてきた。

 

「うん?」

 

ガレスがマリアから視線を外し、ミネルバへと向き直る。

 

「クク…そう言えばそうだったな」

 

レフカンディでのことを思い出し、ガレスが咽喉の奥で笑った。

 

「あの時はお前たちを皆殺しにするつもりだったが、こうなると殺さなかったことが良いほうに働いたわけだ」

「…サラっと言ってくれるな。あの一戦の後遺症で、エストは暫く碌に働けなかったのだぞ」

 

こんなことを言うつもりではなかったのだが、どうしても恨み言が先に出てしまう。実際、それだけの目に遭わされたので当然なのだが。ミネルバ自身もナイトメアをくらって意識を持っていかれかけたことでもあるので余計に。だが、

 

「エスト? 誰だそれは?」

 

ガレスから返ってきたのはこの一言だった。とは言え、別にガレスには悪意があるわけでも揶揄しているわけでもない。敵兵の名前など知るわけもないのだから当然である。

 

「…貴様が殺そうとした私の部下だ」

「えっ!?」

 

マリアが驚いて姉を見た。敵対していたのだから当然あり得る話だが、それでも実際にそんなことを聞かされるとやはりショックは一入なのであろう。だが、ガレスは気にも留めた様子はなかった。

 

「ああ、あのピンクの髪の小娘か」

 

ミネルバの一言で思い出したガレスが呟いた。だが悪びれる様子はない。

 

「仕方あるまい。今はともかく、あの時点では敵だったのだ。敵を殺して何が悪い」

「わかっている」

 

そう、ミネルバもわかっているのだ。ガレスの言っていることが正しいことを。戦場で敵に手心を加えれば、その結果は己や味方の死につながる。それを考えれば、ガレスが言ったことは正しい。

 

「…わかっているさ」

 

だがそれでも、素直に割り切れるかと言えばそんなことはなく、忸怩たる思いを抱かずにはいられなかった。

 

「クク…複雑な感情を抱いているのはわかるが、そうしかめっ面をするな。せっかくの美人が台無しだぞ」

「な、何を…ッ!」

 

そのミネルバの複雑な思いを和らげるためだろうか、あるいはただ単にからかうためかはわからないが、ガレスが何の脈絡もないことを言ってきた。そして、そんなことを言われるとは思いもしなかったミネルバが予想外に狼狽する。

 

「どうした? 一国の王女なのだからこの程度の世辞や追従など、聞き飽きているだろう? …もっとも、俺は本心で言ったがな。バカにするわけではないがそれほどの器量良しだ、さぞかし求婚や縁談の話は多かったのではないか?」

「ッ! マリア、行きますよ!」

 

ミネルバがプイっと顔を背け、マリアの手を引いた。機嫌を損ねたとも思えるが、その顔はほんのわずかだが赤くなっていた。と、

 

「痛っ!」

 

ミネルバに引っ張られたマリアが顔を歪めた。

 

「マリア?」

 

それに気付いたミネルバが立ち止まって手を放す。

 

「どうしたの?」

 

膝を着いて目線を合わせると、ミネルバはマリアに尋ねた。

 

「姉様…その…」

 

マリアが己の足に緯線を向ける。ミネルバも同じく足に視線を向けたところで、マリアが軽く自分のスカートを引っ張り上げた。と、右足のくるぶし辺りが赤く腫れている。

 

「どうしたのです、それは?」

 

ミネルバが心配げに患部を見ながらマリアに話し掛けた。

 

「その…さっきちょっと捻っちゃって…」

 

そう答えながら、マリアがミネルバに気付かれないようにチラッとガレスに視線を向けた。

 

(成る程な…)

 

そして、ガレスはその視線で悟った。

 

(俺が首根っこ引っ掴んで後ろへ投げ飛ばした時に痛めたのか。運のない小娘だ)

 

自分でやっておいてこの言い草はない。確かにそのおかげでマリアの生命は助かったのだが、マリアを傷物にしたのも事実なのだ。

 

(…どうしたものか)

 

鎧の中で苦虫を噛み潰したような表情になって考えていたガレスだったが、やがて頭を抱えながら立ち上がった。

 

「痛むのか?」

 

そして、マリアを見下ろしながら尋ねる。

 

「え? う、うん…」

 

そんなことを聞かれるとは思っていなかったマリアが、おっかなびっくり頷いた。

 

「そうか。だったら…」

 

ガレスは不意に手を伸ばすとその手をマリアの腰に回し抱きかかえる。

 

「きゃ!」

 

いきなりのガレスの行動に驚いて悲鳴を上げるマリアだったが、ガレスは委細構わずそのままマリアを自分の右肩に乗せた。

 

「これならどうだ?」

 

ガレスが尋ねる。と、

 

「わぁ…」

 

マリアが目を輝かせた。ガレスの肩に乗っているために、いつも自分が見ている視界とはまるで違う光景が目に飛び込んでくる。兄や姉が駆る飛竜の上から見る光景とはまた違った景色に、マリアは喜びを隠せなかった。

 

「気に入ったか?」

「うん!」

 

見上げて尋ねてきたガレスに、マリアは満面の笑みで頷いた。その返答を聞いたガレスは、そのままミネルバへと向き直る。

 

「どうする? お前さえよければ俺がこのまま妹君を城まで送るが」

「……」

 

返事を返すことなくミネルバは考えた。正直、ガレスの不気味さというか邪悪さというか得体の知れなさは警戒しても有り余るのでマリアとはあまり近づけたくないのが本心である。何より、一度手合わせしている分、余計その想いは際立っていた。

 

(だが…)

 

チラッとマリアに視線を向ける。喜びに顔を輝かせ、興奮しているマリアの姿を見ると、止めろなどとは言えなくなってしまった。

 

(それに、今ではもうこの男も味方なのだ。であれば、マリアを害するような真似もするまい)

 

ミネルバはそう判断すると、

 

「それでは申し訳ないが、よろしく頼む」

 

と、ガレスにマリアの処遇を任せることにした。

 

「わかった、承ろう」

「うむ。…マリア、あまりはしゃぎ過ぎずに、その男に迷惑をかけないようにね」

「はい、姉様♪」

 

微笑みながらそう答えたマリアに、しょうがない子と思いながら軽くフッと息を吐くと、ミネルバは愛竜に跨って空へと舞い上がった。

 

「では、私は一足先に城にて待つ!」

「わかった」

「気を付けて、姉様」

 

心配するマリアを安心させるように軽く微笑んでから大きく頷くと、ミネルバはマルスたちの向かっていった方向…城へと飛び去って行ったのだった。

 

「では、俺たちも行くか」

「うん!」

 

遥か向こうに遠くなっていくミネルバの姿を追ってガレスが歩き出した。そしてガレスが歩き出した頃にはもう城は陥落していたのである。

こうしてディール要塞での戦いは幕を閉じた。そして、マリアを肩に乗せて城へとやってきたガレスを見て解放軍の面々は目を丸くし、暫くの間あらぬ噂が出ることになったのだった。

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