Fire Emblem ~漆黒の灰色 炎の紋章に導かれて~ 作: ノーリ
前回の続き、今回はパレス攻略本戦です。
ここでまた大立ち回りを見せるガレス。そして、ここで仲間になるあの連中とはどういう出逢いになるのかは、是非本文をご参照ください。
では、どうぞ。
「パレス…」
アカネイアの象徴たるパレスから少し離れた場所で、解放軍は慌ただしく次の出撃の準備をしていた。パレスの周辺の敵は掃討し、いよいよこれからパレスの奪還戦に挑む。
その準備に全軍が従事している中、ニーナは遂に手の届く距離まで戻ってきたこの場で感慨にふけっていた。
(思えば、色々ありました…)
そして、ふとこれまでのことを思い返す。ドルーアにメディウスが復活して国が滅ぼされ、グルニアのカミュの手によって命からがらオレルアンへと逃げ延びた。そして彼の地で反帝国の戦いを起こすものの芳しい成果は得られず、徐々に追い詰められていく中でマルスたちが合流してくれた。
彼らを加えたアリティア=オレルアン連合軍はそこから勝利を重ね、ついにここまで戻ってきたのだ。
(長かったような…短かったような…)
不思議なもの…と、ニーナは思わざるを得なかった。思えば、何度も殺されてもおかしくない場面はあった。だが現実はこうして生き延び、そして今、パレスまであと一息のところまで戻ってきたのだ。
そして、これまでのことを思い出していたその脳裏には自然と、その間に会った色々な人物が浮かんでくる。その中で、ニーナの印象に特に残ったのが二人の人物だった。奇しくも両方とも『黒騎士』の異名を冠する二人の人物。
(カミュ…)
まずは己の生命を助けてくれた、あの敵国の黒騎士…グルニアのカミュだった。自国を滅亡させた者として最初は死ぬほど憎んだが、彼に諭されて生き延び、今自分はここにある。そしてその間に色々な経験をしたところで、カミュに対する思いもだいぶ変わってきていた。
確かにアカネイアを滅ぼした主力の軍をカミュが率いていたことは純然たる事実だが、生命を助けてくれたことに変わりはない。それに将の立場であれば、王の命令には従わないわけにはいかない。カミュは軍人として忠実に己の任務を遂行しただけなのだ。
だから許されるというわけではないが、最初の頃のように憎みきれなくなったのもまた純然たる事実であった。
(…いずれ、貴方とも戦わなければいけないのでしょうね)
その、決して遠くない未来に確実に起こるであろう現実に胸を押し潰されそうになり、ニーナは顔色を曇らせて嘆息した。そしてもう一人、
「ん?」
その人物のことを考えようとしたところで不意に誰かの声が聞こえ、ビックリしてニーナは思わず声のした方に顔を向けた。
(!!!)
そして、そこにいた人物に思わず声を上げそうになってしまったのを、何とかニーナが堪えて言葉を飲み込んだ。が、
「そう驚くな…」
現れた人物はそんなニーナのことが手に取るようにわかったのか、いつものように咽喉の奥でクククと笑った。そして、ゆっくりとニーナに近づいてくる。
「が、ガレス…」
「久しぶりだな」
現れた人物…黒騎士ガレスに思わずニーナが唾を飲んだ。
(何て間の悪い…)
いや、この場合は間の良いかもしれないが。とにかくニーナがガレスのことに思いを馳せようとした直前に、その人物が現れたのだ。驚かないわけはなかった。だが、ガレスはニーナがそんな状態であったなどとはもちろん知るわけもない。鎧を鳴らしながらニーナに近づき、隣まで来るとパレスを臨んだ。
「あれが、お前の城のアカネイア・パレスか」
「え? え、ええ…」
おっかなびっくりと言った感じでニーナが答えたが、確かにニーナは驚いている。それは、タイミングよくこの場にガレスが現れたことともう一つ、
「どうしてここに?」
その理由だった。
「どういう意味だ?」
文字通り意味がわからず、ガレスがニーナに尋ね返す。
「今は、全軍パレス攻略のための準備中だったはずです。それなのに、こんなところで油を売っていていいのですか?」
「ああ…」
ニーナが何を言いたいのかようやくわかり、ガレスが納得したように頷いた。
「そういう意味か」
「ええ」
「クク…簡単なことだ」
いつものようにガレスが咽喉の奥で笑った。
「え?」
「ハブられた。ただそれだけのことだ」
「え…?」
ガレスの返答に、最初ニーナはその言葉の意味がわからずに呆然と返すことしかできなかった。
そんなニーナが滑稽だったのか、再び咽喉の奥で笑いながらガレスが続ける。
「他の連中の俺に対する恐怖は余程根深いらしい。仕事が何も回されなかったのでな。暇を持て余してブラブラしていたら、お前の姿を見つけて声をかけただけだ」
「まぁ…!」
ガレスの事情説明にニーナは最初驚き、そしてムッとした表情を見せた。そんな真似をするなんて…という義憤があるのだろう。だが当のガレスはと言うと、
(面倒ごとに関わらずに済むのは実にありがたい)
と思っていたので、実際は願ったりかなったりだった。
「そんなことをするなんて…」
ニーナは腹の虫が収まらないようだが、それを宥めたのは当然ガレスだった。
「おい、余計な真似はするなよ」
「え?」
再びガレスの言ってることの意味がわからず、ニーナが首を傾げた。
「お前のことだ、マルスに直談判…あるいは強権を使って命令するかもしれんが」
「迷惑なのですか?」
思わずニーナが尋ねた。まさかそんな反応をするとは思わなかったからだろう。しかし、
「ああ」
ガレスはいともアッサリと首を縦に振った。
「そんな…」
ガレスの言ったことが素直に信じられず、ニーナは呆然と呟く。そんなニーナを尻目に、またガレスが咽喉の奥で笑った。
「細々とした面倒ごとに関わらずに済んでいるから、俺としては非常にありがたい。だから、このままで一向に構わん。故に、今言ったように余計な真似はするなよ?」
「……」
ニーナが口を噤んでしまう。本来なら許されるような事態ではないが、本人が望んでいるとあればどうしようもない。現状を黙認するほかはなかった。それに、ハブられていることをやせ我慢して強がっているようにも思えない。
(まあ、そんな貴方もできれば見てみたいですけどね)
思わず想像して、ニーナがクスッと笑った。
「あそこには…」
そんな中、パレスを見据えながらニーナの隣に立ったガレスが呟いた。
「え?」
「あそこには、まだ相当数の敵がいるのだろう?」
「え? え、ええ。恐らくは」
パレスから敵が逃げ出したという報告は受けていない。と言うことは、パレス内部にはまだかなりの敵がいて籠城の構えを見せ、こちらを迎え撃つつもりなのだろう。
「そうか。クク…」
それを聞いて、ガレスがいつものように咽喉の奥で笑った。
「何が可笑しいのです?」
「クク、笑いたくもなるさ…」
尋ねてきたニーナにガレスが楽しげな様子を隠そうともせずに答えた。
「前の戦いでは後ろに回されたからな。今回は城内戦なら俺にもお呼びがかかるだろう。たっぷり楽しませてもらおうか…」
(!)
そのガレスの姿にニーナは息を呑み、背筋が寒くなかった。この場面だけ見れば成る程、まだ恐怖を抱かれるのもハブられるのもわかる。だが、
(決して、それだけの人ではないのですけれど…)
事実、成り行きとは言え助けられている以上、ニーナはそれをよく知っていた。ガレスが歩み寄ろうという気がないのだから仕方ないが、なぜそこまで頑ななのかという疑問は残る。
(…けど、他の人たちが知らないこの人の一面を私が知っているというのは悪い気分ではないですけどね)
そんな、ともすれば惚気にもなりそうなことを考えながら、ニーナはガレスに話しかけた。
「ガレス」
「何だ?」
「もし貴方がパレス攻略戦に出るのでしたら、一つ頼みを聞いていただけませんか?」
「頼みだと?」
ニーナがこんなことを言ってくるとは思わず、ガレスはフルヘルムの下で眉を顰めた。
「ええ」
だがニーナは気にするでもなく、頷いて答える。
「…内容によるが」
ガレスが答えた。事実、そうとしか答えようがないので仕方ないが。
「そうですね。頼みというのは、捕虜のことです」
「捕虜だと?」
「ええ」
ニーナが再び頷いて答えた。
「パレスにはアカネイア聖騎士団…我が国の騎士だったものが捕えられています。今囚われの彼の者たちの規模がどの程度かはわかりませんが、彼ら彼女らを無事に救出してほしいのです」
「そういうことはマルスに言え」
ガレスが少し呆れた様子で答えた。指揮権を持たない、一介の戦闘員であるガレスにそんなことを頼むのはお門違いもいいところだからだ。
「勿論、作戦前にマルスには直々に伝えます。ですが、貴方にも直々にお願いしたいのです」
「…何故だ?」
ガレスが尋ねた。すると、ニーナがニコッと笑う。
「勿論、貴方のその実力を見込んでのことです」
「…買い被り過ぎだ」
ガレスが少し逡巡した後に答えた。逡巡したのはニーナのあっけらかんとした様子に戸惑ったのと、守れるかどうかわからない約束を交わしたくなかったからである。
「そうでしょうか? 私にはそうは思えませんけど」
それを見透かすようにふふっとニーナが笑った。そんなニーナに、
「…まあ、やれるだけはやってやる」
そう答えると、ガレスは身を翻してその場を立ち去り始めた。その後ろ姿を、ニーナは黙って見つめていた。
そしてガレスの姿が見えなくなると、再び振り返ってパレスに視線を向ける。柔らかな風がニーナの身体を滑り抜けてその髪を乱す。ニーナは髪の乱れを直すと、時が来るまでパレスへと思いを馳せていた。
決戦の時間まで、後少し。
「ボア様」
パレスの一角にある牢獄。ここに幽閉されている数人の兵士のうち、唯一の女性が口を開いた。
彼女の名はミディア。アカネイアの貴族の出身で、自身も聖騎士の称号を戴いた、アカネイア騎士団でも屈指の騎士である。
彼女は城内の様子がいつもと違うことに気付き、同じく牢獄に幽閉されていた一人の司祭…アカネイアの高司祭であるボアに話しかけたのだった。
「この城内の慌ただしさは、一体どうしたのでしょうか」
「うむ…おそらく、ニーナ様が軍を組織し帰ってこられたのだろう」
状況を判断してボアが己の推論を述べた。
「えっ! 本当ですか!?」
ミディアはその言葉に嬉しいとも安心したともとれる口調と表情で答える。
「なら、私たちは助かるのですね」
「安心はできんぞ、ミディア。こうなった以上、敵も我らを生かしてはおくまい」
ボアが冷静に現状を判断してそう指摘する。
「そうなったとき、武器を持たぬ我らは抵抗する術はない」
「ですがボア様、これでやっとアカネイアから敵を追い出すことができるのです。それを思えば、例えここで果てようと悔いることはありません」
「ふふ…相変わらず気の強いことじゃな」
強がりではなく、本心からそう言っているミディアにボアの表情が柔らかくなった。だが、すぐにその柔らかくなった表情を引き締める。
「しかし、お前が死ねばアストリアは悲しむぞ」
その一言に、ミディアの顔色が曇った。
「…私も、あの人だけにはもう一度お会いしたかった。それだけが心残りです」
「その想いを叶えるためにも最後まで頑張るのじゃ。決して、諦めてはならぬぞ」
「はい!」
力強く答えたミディア。それに呼応するかのように、他の幽閉された兵士たちも立ち上がったのだった。
「よし、入り口は確保したな! 全軍、前進!」
『はいっ!』
パレス入り口付近。緒戦をものにした解放軍は制圧したその場を足掛かりに、ジリジリとパレス内部へと兵を進めていた。
流石にここを落とされるのはドルーアにとっても一大事なのだろう、質・量ともにパレス城外の敵と遜色ないほどの敵部隊が配備されている。そのため、気の抜けない一進一退の攻防が続いていた。
「くっ! まずいな…」
あまり多くの進展が望めない状況に、必死で指揮をしながらもマルスが焦れたように呟いた。情勢的には一進一退といえどもこちらがやや有利であることには違いない。では、何がマルスを焦らせているかと言うと、作戦前にニーナに頼まれた捕虜のことだった。
既に大規模な軍事衝突に移っている以上、敵の手が捕虜に及ぶのも時間の問題だろう。そうなればどうなるかは、火を見るよりも明らかだった。
(どうすれば…)
自らも敵を退けながら、打開策を探るためにマルスは冷静に現状を把握した。皆、必死で戦っているが戦力均衡としてはギリギリである。こちらが優勢のため何とか一人ぐらいなら離脱してもどうにかカバーできる状態ではあるのだが、
(でも、一人ぐらいじゃ…)
敵の攻撃に耐えきるのも、敵を殲滅させるのも難しいだろう。ここは多少の犠牲は仕方なしとして、迅速に行軍するのが最善か…そう思ったマルスの視界にガレスが入った。
(……よし!)
少しの間戦いながら逡巡していたマルスだったが、ある覚悟を決める。そして、
「レナ! ガレス!」
二人を呼んだのだった。
「何だ?」
「はい、マルス様」
ガレスが前線から、レナが後方からマルスの元へと戻ってきた。
「二人に命令を下す。僕の指示に従ってくれ」
そして有無を言わさず、マルスは二人にある命令を下したのだった。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
一方、ミディアたち牢獄の捕虜はじわじわと嬲られていた。それを示すかのようにミディアの呼吸は荒く、身体の各所から血が滲み出ている。
「クソッタレ!」
「イラつく真似しやがって!」
苛々を隠しきれず、トムスとミシェランのアーマーナイトコンビが牢に蹴りを入れた。その少し向こうから矢を番えたアーチャーが、ニヤニヤしながら矢を放つ。
「グウッ!」
「チッ!」
二人が顔を歪めた。アーマーナイトである二人にとっては微々たるダメージにすぎないのでどうということはない。寧ろ、好き勝手に嬲り者にされている精神的ダメージが益々イラつきを募らせていた。
「全く…姑息な真似をしてくれるよ」
牢獄の中の捕虜の最後の一人、アーチャーのトーマスが吐き捨てるように呟いた。彼も他の連中と同じく全身に傷を負っている。
「けど、このままじゃ牢の外でニヤついてるあいつらのオモチャにされて終わりか…」
「クソッ! 益々イラつくぜ!」
「こんなもんなけりゃ、首根っこへし折ってやるのによ!」
トムスが何とか鉄格子を破壊しようと試みるものの、流石にアカネイアの王都であったパレスの牢獄と言うべきか、非常に頑丈に作られておりビクともしない。それを見物するドルーア兵は、決して近づかずに遠巻きにその様子をニヤニヤと眺めていた。
「せめて、武器があればな…」
叶わぬ願いだと思いつつもトーマスが呟いたそのことは、全員が抱いている感想であった。だが現実問題、捕虜が武器を持たされたまま投獄されることなどあるわけもない。
「ここまでなの…かしらね…」
絶望的な状況に思わずミディアが口走ってしまった。と、
「諦めるな、ミディア」
ボアが叱咤する。
「ボア様…」
「今までは決して手を出さなかったこやつらが急に我々に攻撃してきたのは、それこそニーナ様が戻られた何よりの証拠。救援は必ず来る。それまでの辛抱じゃ」
「わかっています。しかし…」
それまで自分たちがもつのだろうか…? そんなよからぬ予想は、現実のものになってしまう。
「ぐあっ!」
すぐ近くで悲鳴が上がり、そして何かが倒れ込んだ音がした。慌ててミディアたちが振り返ると、そこには地に伏しているトーマスの姿があった。
「トーマス!」
慌ててミディアたちが近づくと、トーマスの身体の所々が燻っているのに気付く。
「これは…」
ボアが顔を上げると、そこには予想通りの敵兵の姿があった。
「魔道士…」
ミディアもその敵兵の姿を見て呟く。トーマスの身体が所々燻っていたのは、魔法による攻撃を受けたからだった。
「前門の虎、後門の狼ってわけかい…」
忌々し気な表情と口調のまま、トムスが呟いた。
「物理攻撃なら屁でもねえが、魔法は俺たちには少し荷が重いぜ…」
ミシェランも苦々しい表情になって気絶しているトーマスを敵の攻撃の届かない場所へ運んで行った。と、お遊びは終わりだとでも言うのだろうか、敵兵が一斉に矢を番え、魔法の詠唱に入ってミディアたちに狙いを定めた。
「ッ!」
ミディアが唇を噛んで悔しそうに牢の向こうの敵兵たちを睨む。ニヤニヤした表情が更に怒りを増幅させるが、この状況では何もできない。そして、無慈悲なその攻撃がミディアたちの生命を奪おうとした時、不意に真横から高速で何かが飛んできた。そして、その何かが一人のアーチャーを弾き飛ばす。
「ぎゃあっ!」
悲鳴を上げたアーチャーは身体が真っ二つになって吹っ飛び、派手に血飛沫を撒き散らしてそのまま絶命した。
『!?!?!?』
何が起こったのかわからずに驚いて固まってしまうミディアたち。
「おい、どうかしたのか…?」
気を失っていたトーマスがよろよろとよろけながら起き上がってきてミディアたちに尋ねたが、思わず目にしたその敵兵の姿に同じく固まってしまった。
「救援か!?」
一番最初に再起動したボアが事態を把握しようとその何かが飛んできた方向に目を向ける。この辺りは流石に年の功と言うべきだろうか。その一言に呪縛が解けたかのようになったミディアたちも同じく首を横に向けた。と、そこには全身を漆黒の鎧で包んだ重騎士…ガレスの姿があった。
「フン」
ガレスはつまらなそうに鼻を鳴らす。先ほどアーチャーに向かって投げた、己の得物であるサタンブローバ―が鮮血を滴らせながら壁に刺さっていた。
「貴様、何者!」
敵兵がガレスに警戒しながら鋭い視線を向けた。
「クク…」
対してガレスは、いつものように嘲るように咽喉の奥で笑った。
「貴様らを始末しにきたのさ」
そして力みも気負いもせずに、そう答える。
「くっ!」
敵兵たちは一瞬で味方の生命を奪ったガレスの強さと、底知れない恐ろしさに恐怖を抱きながら対峙する。そんな突然の出来事に、牢内のミディアたちは相変わらず、何も出来ずに固まって成り行きを見ているしかなかった。
「ふざけやがって!」
「武器も持たないくせに大口を叩くな!」
敵兵たちが殺気を漲らせながら威嚇した。敵兵たちにとっては数的有利とガレスが得物を持っていないという点もあり、雰囲気に呑まれかけてはいたものの自分たちの優勢は疑っていなかった。が、
「ククク…」
威嚇しても怯むどころか、全く動揺していない…それどころか楽しそうに笑うその姿に、恐ろしさの底が更に知れなくなった敵兵は動揺と恐怖を抱き始めていた。
(何なんだよ、コイツは!)
目の前の、死神や悪魔を具現化したような存在に遂に耐え切れなくなり、敵兵がタイミングを合わせて一斉に攻撃を仕掛ける。だが、恐怖で切っ先が鈍っていたこともあり、ガレスは難なくその攻撃をかわすかあるいは受け止めていた。
「つまらんな…」
そして、ガレスが吐き捨てる。
「何だと!」
その言葉にカッとなった敵兵たちが再度ガレスに攻撃をしようと狙いを定めた。だが、今度はガレスも黙ってはいなかった。
「貴様らなど、弄ぶにも値せん。互いに殺し合ってろ!」
最後の方は怒気すら孕ませながら無手のまま、まるでサタンブローバ―を持っているかのように構えた。そして、
「チャーム!」
いつものように、サタンブローバ―を振り上げるかの如く下から上へと腕を振り上げる。と、その瞬間、敵兵たちは互いに互いを攻撃しあった。
「え!? え!? え!?」
いきなり同士討ちを始めた敵兵たちを呆然とミディアが見つめている。
「な、何だこりゃ!?」
「おい、どうなってるんだよ!」
トムスやミシェランも同じように唖然としていた。そんな中、同士討ちしている敵兵を無視してガレスはサタンブローバ―の許へ向かい、壁に突き刺さった己の得物を引っこ抜いた。
(投擲斧ではないから、投げると一々回収に行かなければならんのは面倒だな。かと言って、魔力でどうこうできる問題ではないから、仕方ないが…)
そんなことを考えながら得物を手にしたガレスが振り返ると、そこには物言わぬ屍だけが転がっている状況に既になっていた。
「…身の程知らずどもが」
忌々し気に吐き捨てると、ガレスは足元に転がっていた死体に振り返りもせずにミディアたちの許へと近づいた。
「お前たち、アカネイア騎士団の捕虜だな」
「え、ええ」
代表してミディアが気後れしながらも答える。
「結構」
ミディアの返答を聞いたガレスが頷いた。
「そのうち救援が来る。それまでそこで大人しくしていろ」
それだけ言うと、ガレスは身を翻す。
「おい、開けてくれないのか?」
トーマスがその背中にそう言って呼び止めた。
「生憎俺は盗賊じゃないんでな。鍵も持っていない。だから、それができる奴らが来るまで大人しくしてるんだな」
「では、何故貴方はここに?」
ミディアが尋ねると、
「只の露払いだ」
それだけ答え、ガレスはゆっくりとその場を後にしたのだった。
「よし」
ジュリアンが顔を綻ばせながらパチンと指を鳴らした。そして、牢の扉をゆっくりと開ける。
「やれやれ…」
「助かったぜ」
「ありがとよ」
先陣とばかりに出てきたトーマス、トムス、ミシェランの三人がジュリアンに礼を言った。
「いやぁ、何の何の」
照れくさそうにジュリアンが鼻を擦る。そして、その後ろからひょこっとレナが顔を覗かせた。
「重傷を負っている方はいらっしゃいますか?」
「トーマス、見てもらえ」
続けて出てきたボアがそう促した。
「いや、でも…」
「さっき魔法を喰らっていたじゃろう? 間違いなく、この中ではお前が一番重症のはずじゃ」
「ああ」
「そうだな」
トムスとミシェランもボアの意見に追随する。
「ん、わかった」
三人に促され、トーマスも大人しく従った。一度は逡巡したものの、確かに自分が一番深手なのはわかっていたからだ。レナが慌ててトーマスにライブをかける。
「大丈夫かい?」
そこに顔を出したのはお付きの兵を数名従えたマルスだった。
「貴方は?」
最後に牢から出てきたミディアが尋ねた。
「僕はマルスだ」
「! 貴方がアリティアの! これは失礼いたしました!」
ミディアを始め、五人が一斉に叩頭した。
「この度は我らを助けていただき、感謝いたします」
「そんなに畏まらなくていいよ。頭を上げてくれ」
「しかし…」
「いいから。それじゃあ、話もできないだろう?」
「はい。では」
マルスに促され、ミディアたちは一斉に頭を上げた。
「怪我は?」
「掠り傷です。御心配いただくほどのものではありません」
「そうか。よかったよ」
ミディアの返答を聞いて、マルスがホッとした表情になって胸を撫で下ろした。
「君たちのことはニーナ様からも頼まれていたからね」
「恥ずべきことです。臣下の身でありながら、ニーナ様にご心配をかけてしまいました」
ミディアの言ったことは他の四人にも通ずることだった。全員、複雑な表情になって項垂れてしまう。
「いや、ニーナ様はそのようなことは思ってはおられない。君たちの無事だけを祈っていた」
「そうですか。身に余る光栄です」
「後でお逢いになるといい」
「はい」
ミディアが力強く頷いた。
「しかし君たちが、多少の傷は負っているといえども全員無事なのは、ガレスが間に合ってくれたおかげだろうね」
「! それは、禍々しい両刃の斧を持った漆黒の重騎士のことですかな?」
ボアがマルスに尋ねる。
「うん。…まあ、この惨状を見ればガレスが間に合ったのは容易に推察できるけどね」
少し離れた場所が血の海になっている状況を見て、マルスが困ったものだといった表情をした。
「やはり、ワープで先行させたのは正解だったみたいだね」
そして、一人呟く。先ほど入り口付近の戦いでレナとガレスを呼び寄せたのはこのためだったのだ。人質の救助のために、一騎当千の兵であるガレスを先行してミディアたちの許にワープさせたのである。その判断は間違いではなかった。
…その代わり、こういった凄惨な場面を作ることになるのだが、それは必要経費である。ガレスを用いるのならばこうなるのは仕方のないことであった。と、
「あの…マルス王子」
おずおずとミディアが口を開いた。
「うん? 君は?」
「申し遅れました。私はアカネイアの聖騎士の一人、ミディアと申します」
「そうか。で、ミディア、なんだい?」
「はい。単刀直入にお尋ねします」
「うん」
「あの漆黒の重騎士、一体何者なんです?」
「そのことか…」
マルスがどう説明したらいいものかと戸惑った。素直に事情を話せばいいのだが、内容が内容だけにすぐに信じてもらえるとは思えない。かと言って、適当なことを言うわけにもいかない。そのため、
「すまないが、それは本人に直接聞いてくれるかな?」
ガレスにぶん投げることにした。
「え…しかし…」
ミディアの表情が曇る。何しろ、ガレスの恐ろしさ、異様さはつい先ほどまざまざと見せつけられたのだ。尻込みするのも当然と言えた。
「ミディア、君の気持ちはわかるよ。でも、ガレスは話のわからない男じゃない。普通に聞けばちゃんと答えてくれるさ」
「でしたら、ここで教えてくださっても…」
「そうも言えない事情があるんだよ」
マルスが振り返ると、レナやジュリアン、他の者も苦笑しながら頷いた。その姿に、ミディアのみならず他の四人も首を傾げるしかなかったのだった。
「取りあえず、話はここまでだ。後はパレスを奪還してから。君たちは今は避難した方が良い」
「いえ、我々も戦います」
ミディアが答え、ボアたち四人も頷いた。
「ここは我らの城。取り戻すのならば、我らも働きたいのです」
「そうか。では、宜しく頼む」
「はい!」
力強くミディアが頷き、五人は前線へと走っていった。こうしてまた、解放軍は心強い味方を迎え入れるようになったのである。
その頃には城内での戦闘も大分趨勢が傾いていた。残敵はまず玉座付近の敵将。こちらには、主力が向かって攻防を繰り広げている。そして、
「ククク…」
ガレスがサタンブローバ―を構えながら楽しそうに笑っていた。その眼前には、威嚇するかのように猛々しく咆哮を上げる火竜が一体。この火竜が、玉座付近以外に残っている唯一の敵だった。そしてガレスは、この獲物を貰い受けたのである。その周りには、回復役であるマリアや、後方支援任務の面々が遠巻きにその様子を見守っていた。と、
「あれは、火竜!」
そこに、先ほど新たに戦列に加わったミディアたちが合流した。
「おい、あれって…」
「ああ、間違いねえ…」
トムスとミシェランがガレスの姿を見てお互いに顔を見合わせた。
「おい、加勢しなくていいのかよ!」
一対一の構図に思わずトーマスが叫んで、アカネイア騎士団の面々が加勢しようとする。が、
「余計なことはしない方が良いですよ」
そんな五人をゴードンが止めた。
「余計なことって!?」
焦れたようにミディアがゴードンをキッと睨む。だが、
「見てればわかります」
ゴードンはそれだけ答え、それ以上は何も言わなかった。そのため、ミディアが詰め寄ろうとしたが、その前に戦局が動き出した。火竜がブレスを吐いてきたのだ。
「!」
動き出した戦局に遅かったかと悔やんだミディアたち。だが、
「遅い」
ガレスはこともなげにそう言うと、難なくそのブレスをかわした。そして、
「デスクラウド!」
かわしざまに魔法を唱える。床下からガスが噴き出し、火竜を包んだ。そのガスに包まれた火竜が、苦しそうに雄たけびを上げた。
「な、何、あれ?」
「魔法か?」
「でも、あんな魔法、見たことねえぞ…」
「ボア様」
「むう、儂も知らんな…」
アカネイアの高司祭であるボアも知らない魔法ということに、ミディアたちが驚く。もっとも、ガレスの使った魔法はこの世界の魔法ではないので当然ではあるが。
「ククク、そら!」
一方、ギャラリーがそんな状態になっているなどとは露知らず(知ってても気にはしないだろうが)、ガレスはデスクラウドでダメージを追った火竜をサタンブローバ―でぶった斬る。デスクラウドのダメージに加え斬撃を浴びたことで怒り狂った火竜が滅茶苦茶に暴れ出した。
「うおっ!」
「きゃっ!」
振動で揺れる床や、頭上から落下してくる瓦礫に後方支援部隊が苦慮する中、その震源というか発生元である火竜は苦しみながらもガレスにターゲットを定める。そして、再びブレスを吐き出した。そのブレスが今度はガレスに命中し、その身を業火が包んだ。
「ガレス!」
「ガレスさん!」
マリアとゴードンが悲鳴を上げ、他の者も信じられないといった表情になっている。だが、
「ククク…」
何処からともなく、何時もの咽喉の奥で笑う笑い声が聞こえてきた。しかし、声はすれども姿は見えず。何処だと解放軍の面々が探していたが、直後、
「死ね」
という、無慈悲な宣告と共に轟音が響き渡った。
「ヒッ!」
その轟音に何人かは思わず身を竦ませていたが、直後、火竜の動きが止まる。そしてその長い首が切断され、轟音と共に床に落ちたのだった。少し経ち、土煙が晴れたその場所には火竜の返り血を浴びながら仁王立ちしているガレスの姿があった。
『……』
はじめてその姿を目にするアカネイア騎士団の五人はその恐ろしさに思わず固まってしまう。
「ガレス!」
対称的に、マリアがガレスに慌てて近寄るとライブをかけた。他、ゴードンを始めとする数名がガレスの許に向かい、残りの者は遅ればせながら前線へ向かったり、ミディアたちの許へ向かったマルスを出迎えていた。
「おお、マルス王子」
「やあ、リフ。どうだい、戦況は?」
「本隊については玉座周辺まで攻め上っていますから、そろそろ決着がつくでしょう。残敵もあらかた掃討し、大物は…これあの通り」
リフがガレスに腕を向けた。その傍らで物言わなくなった死骸と化した火竜の姿を見て、
「成る程ね」
と、マルスが苦笑しながら納得したのだった。ガレスの様子を未だ呆然とした表情で見ているミディアたちを尻目に、マルスがリフに伝える。
「僕はこのまま玉座へと向かう。皆は周囲の状況を確認しながら合流するように伝えてくれ」
「畏まりました」
恭しく礼をするリフに見送られ、マルスが玉座へと向かった。こうしてパレス奪還作戦は新たなる仲間と、そして新たな不協和音をもたらしつつも解放軍の勝利という形で幕を下ろしたのだった。