Fire Emblem ~漆黒の灰色 炎の紋章に導かれて~ 作: ノーリ
今回はグラでの攻防戦ですが、戦闘がメインではありません。
では何がメインかですが、それは本文を読んで頂ければと思います。
では、どうぞ。
グルニアの木馬隊を退けた解放軍は、一路次なる目的地を目指す。当面の最終的な目的地は勿論アリティアなのだが、そのアリティアに辿り着く前に幾つかの地を通らなければならなかった。
そしてアリティアを目指す解放軍はとある国に辿り着いた。その国の名はグラ。マルスたちアリティアの者にとっては決して忘れられない。そして、忘れてはいけない国の名である。
(父上…)
かつてのことにマルスが思いを馳せる。父コーネリアスが戦場の露と消えたのは、同盟国であったグラが裏切り後背からアリティアを攻めたからだった。言ってみればアリティア滅亡の直接の引き金を弾いたのはグラなのだ。アリティア宮廷騎士団…そして何よりマルスにとっては因縁のある相手なのである。指呼の距離まで迫ったグラの城を鋭い目で見据え、マルスはその時を待っていた。
そんな中、ガレスは陣中の自分の天幕で予期せぬ事態を迎えていた。
「クク…次はまた城内戦らしいな。であれば、また俺の出番か?」
まあ、装甲兵も増えてきたことだし、厄介者の俺の出番はないかもしれんがなと思いながら、ガレスは天幕の中で休んでいた。と、
「こんちわ」
「失礼する」
不意に天幕が開き、見知らぬ二人の男が入ってきた。
(? 何者だ?)
見覚えのない二人にガレスが怪訝な表情をする。ここにやってきた以上、解放軍の者であることは間違いないはずだが、誰なのかもわからなければその用件もわからなかった。
「…誰だ、貴様ら」
率直な意見をガレスが入ってきた二人に投げかけた。と、二人のうちの片方がその言葉に対してショックといった表情になった。
「おいおい…」
そしてその男がへこみがちに口を開く。
「そのご挨拶はないんじゃないか? まだここに加入して日が浅いとはいえ、あんたと戦場を共にしたこともあるんだぜ?」
「知らんな」
ガレスの返答は実に素っ気なく。返されたその男がますますへこんでいた。
「大の男がそんなみっともない様を見せるな。同情が買いたいなら他の奴でやれ」
対してガレスは何処までも辛辣であった。と、このままでは話が進まないなとでも危惧したのだろうか、もう一人の男が口を開いた。
「挨拶周りに参った。この相棒は加入して日が浅いそうだが、私はもっと浅く前回の戦いで加入したのでな。同じ兵器を操る者同士、仲良くさせてもらっているのだよ」
「兵器だと?」
「うむ」
ガレスの問いかけに、男が頷いた。そして、もう一人のへこんでいた男も気を取り直したのか仕切り直すためか、コホンと咳払いをした。
「俺はジェイク」
「ベックだ。宜しく頼む」
「…ああ」
どうしたものかと思ったガレスだが、無駄に敵を増やす真似をするのも面倒なので挨拶を受けたのだった。
「ところで、さっき貴様兵器とか言ったが」
先ほどそう言った片割れ…ベックに向かってガレスが尋ねた。
「ああ。俺たち二人はシューターなんだよ」
「成る程な」
そこでガレスも得心がいったのか頷いた。先日の戦いで相手にしたグルニアの木馬隊と同じ兵種なのだったら、確かにあれは兵器と呼ぶにふさわしいものである。
「そう言えば…」
二人の兵種がシューターだとわかったことでガレスがあることを思い出して口を開いた。
「ん?」
「アカネイア・パレスの辺りからだったか、目の端にチョロチョロ引っかかったシューターがいたような気がしたが、あれが貴様か」
「…何かムカつく言い方だが、確かにそうだよ」
ジェイクが言葉通りムッとしながらも不承不承といった感じで答えた。ベックがそんなジェイクに苦笑している。
「あんた、かなり異質な存在らしいな」
不意に、ベックがガレスに向かってそう言った。
「ん?」
「色々と軍中での話が聞こえてくる。中々居心地の良さそうなところだけど、ただ一点、あんたのことに話が及ぶと、どうも怪しい雲行きになる」
「そうそう」
ジェイクも追随した。
「話を逸らすか、震えて口を噤むか、忌々しそうな表情になるか、反応は人それぞれだけど、とてもお仲間に対しての態度じゃないな」
「そうか」
素っ気なく、そして気にもしていないガレスの返答にジェイクとベックは少し驚いていた。
「そういう扱いに何か思うところはないのか?」
「別に…いや、一つあるか」
そこでガレスは二人に視線を向ける。フルヘルムの下から覗く真っ赤な眼光に、ジェイクとベックは背筋が震える思いがした。
「あいつらがまともで結構なことだ。それぐらいか」
そしてガレスの口から出てきたのは、ジェイクとベックが予想していたような返答ではなかった。
「は?」
意味がわからず、ジェイクが思わず間抜けな声を上げてしまう。
「人間は自分の理解の及ばぬ存在に対しては恐怖心を抱く。その観点で見れば、俺を恐れるあいつらはまともだ。故に結構な話だ」
((う…))
淡々とそう語るガレスから醸し出される雰囲気に、ジェイクもベックも気圧される。
「…ただ、そんな連中ばかりじゃなかったけどな」
「ほう?」
「ごく少数だが、あんたのことを信頼しているというか好意的に見ている連中もいたよ」
「そうか。大体想像はつくが」
アテナ、マリア、バヌトゥ…次点でミネルバとゴードンぐらいのものだろう。
「…これだけ人が集まれば、物好きも少しはいる。それだけのことだ」
「そうか。それじゃあよ」
気圧されていたが何とか気を取り直して、ジェイクが少し身を乗り出した。
「ん?」
「俺たちもその物好きに入れてくれよ」
「何だと?」
鎧の下でガレスの眉がピクリと跳ね上がった。
「何を考えている、貴様ら…」
「そう凄まないでくれ」
ベックが再び苦笑した。
「ただ単に、あんたに興味が出たからだ。それに同じ軍で戦う者同士、誼を通じていて困ることはないだろう?」
「…物好きだな」
「否定はしないよ。けど、どっちかって言うならフットワークが軽いって言ってもらいたいね」
「そうだな。正式な軍属の連中は立場や地位があるからこうはいかないんだろうけど、俺たちみたいなフリーの戦士はそういうしがらみがないからな。誰とどういう関わり合いを持とうが自由なのさ」
「成る程な。軍属には軍属の、フリーにはフリーのメリットやデメリットがあるということか」
「そういうこと。それに、正体不明の凄腕の戦士とかワクワクするじゃねえか」
「ククク、能天気なことを…」
いつものように鎧の下でガレスが不気味に笑った。その雰囲気に、やはりジェイクとベックが気圧される。が、
「まあいいだろう。友好的な連中を無下にあしらうほど俺もバカではない。慣れ合う気はないが、付かず離れずの程よい距離感を保つのなら、貴様たちの好きにするがいいさ」
「本当か!?」
ガレスの返答にジェイクの顔がぱあっと輝いた。
「嘘をついてどうする」
「よっしゃ!」
ジェイクがガッツポーズした。ベックも満足そうに頷いている。
「んじゃ、これからよろしく頼むぜ」
「お手柔らかに」
「それは、貴様ら次第だな」
再びガレスが鎧の下で笑った。そうしてまた奇妙な縁がここに生まれたのだった。しかし、良縁が生まれれば悪縁も生まれるもの。禍福は糾える縄の如しとはよくいったものである。
「おい」
ジェイクとベックが天幕から去った後、グラ城攻略前の陣中を何気なく歩いていたガレスが背後から声をかけられた。
「ん?」
振り返ると、そこには見知った顔が二つ。一人はミディア。そして、
「貴様はあの時の…」
そこには先日、グルニアの木馬隊との戦いのときに相手をしていた剣士がいた。
(名前は確か…アストリアとか言ったか)
何故か敵意の籠った眼差しで睨んでくるアストリアに、面倒なことになりそうだなと内心で辟易しながらガレスは応対することにした。
「ミディアの男か」
「アストリアだ。そういう言い方は止めてもらおうか」
「クク…だが事実だろう?」
「ッ! こいつ!」
「アストリア!」
アストリアが激昂しそうになるところをミディアが抑えた。そうされて不満はありありだったが、アストリアは何とかこらえた。
「クク、お前も大変だな」
そんなアストリアを尻目に、ガレスは何時もの調子でミディアに視線を向ける。
「あまり挑発しないで」
「した覚えはない。大体、挑発などに乗るほうが悪い」
「そうかもしれないけど、する方に責任がないとは言えないわ」
「クク、まあいいだろう。こんなところで水掛け論をする気もないしな。それで…」
ガレスがアストリアに再び視線を向けた。
「何か用か」
「用があるから声をかけた。そうでなければ、貴様など呼び止めはしない」
「成る程。正論だな」
(…一々鼻につく男だな)
ガレスの態度にアストリアが苛立つ。最初は敵として相対したからということもあるのだろうが、どうもこの二人は壊滅的に相性が悪いようだった。
「…貴様がオレルアンでニーナ様をお救いしたということを聞いたのでな。一応、礼を言いに来た」
「アカネイアの連中は揃いも揃って忠臣ばかりか。結構なことだ」
ガレスは何気なくそう呟いたのだが、それがまたアストリアに火を点けてしまった。
「…それは何か? つい先日までドルーアの手先だった俺に対する当てつけか?」
「アストリア!」
ミディアがたしなめる。
「そんなつもりはないが、そう聞こえるのなら随分根性のひん曲がったことだな」
「! 貴様ッ!」
思わずアストリアが腰の剣に手を掛けた。
「止めて! アストリア!」
ミディアが必死で止める。ガレスはただでさえ衆目の視線を集めやすいのだが、この時にはもう周囲の注目をすべて集めるまでになっていた。
「ミディア!」
「陣中で刃傷沙汰を起こすつもり!? 貴方もさっき言ったでしょう、この人はニーナ様の命の恩人なのよ!」
「しかし…!」
「落ち着いて。そんな真似をして、ニーナ様に会わせる顔があるの!?」
「クッ!」
憤懣やるかたないといった感じだが、主君を出されてはいかんともしがたかった。アストリアは収まらないといった感じではあったが、必死に心を落ち着かせて剣から手を放した。
「はぁ…」
ミディアが披露困憊といった感じで大きく息を吐いた。尋常じゃない様子になっている二人に対してもう一方の当事者であるガレスはというと、
(鬱陶しい連中だな…)
そう思っていた。先ほどミディアに言ったようにガレスは挑発した覚えはない。多少の皮肉は混ぜたつもりだが、それでも軍属の騎士がこんな安い皮肉に乗ってくるとは思わなかったのだ。第一、ガレスは間違ったことを言っている認識はなかった。しかし、イメージというものは恐ろしいもので、周りを取り囲んでいる連中の大半がガレスに対する非難の視線やミディアやアストリアに対する同情の視線を向けていた。
何も知らない癖にとは思わないでもないガレスだったが、一々事情説明するような面倒なことはしたくないために放っておく。それがまたガレスに対する謂れなき(?)誤解を招くことにもなるのだが。
「おい」
ガレスがミディアに向けて口を開いた。アストリアとは、こちらはともかく向こうはどうにもまともに話ができる状態ではないため、ミディアに矛先を変えたのだ。
「な、何?」
少々驚きつつも、ミディアが答える。
「用件はそれだけか?」
「え、ええ…」
「わかった。それが用件なら、ありがたく頂戴しよう。だから戻れ。出撃の準備でお前たちもやることはあるだろう」
「わ、わかったわ。アストリア」
「ああ」
大分落ち着きを取り戻したのだろう、アストリアも頷いた。そして一度大きく呼吸をすると、ガレスを鋭く睨みつけてそのままクルリと背を向けたのだった。その後を、ミディアが小走りで着いていく。
(ククク、嫌われたものだ…)
後ろから見ていても怒気を孕んでいるのが良くわかるアストリアの後ろ姿に、ガレスはいつものように咽喉の奥で笑っていた。何故か話が拗れてしまい、ここでまた一つ余計な因縁ができてしまったのだった。
(取り敢えず、あの男の前には立たないようにするか。背中から斬られてはたまらんからな)
もっとも、それで殺せるような俺ではないがな…ガレスはそう考えながら、その場を後にしたのだった。
「アストリア」
ガレスの前から立ち去って己の天幕に戻るアストリアに、ミディアが追い付いて声をかけた。が、アストリアは無言で歩を進めている。
「どうしたの、一体?」
いつもと違うアストリアの様子にミディアが心配になって尋ねた。と、アストリアはその場で足を止めてミディアに振り返る。
「理由は言わずともわかるだろう? ミディア」
「ガレスのこと?」
「ああ」
アストリアはコクリと頷いた。
「あれはどう見たってこっち側の存在じゃない。ガーネフやメディウスと同じ向こう側の存在だ。それなのに、なぜここにいる」
「でも、あの男はニーナ様を…」
「わかっている。だが、それだって言ってみれば不可抗力だ。偶然が重なっただけのこと。それでもニーナ様は御身を助けられたということで随分あの男に目をかけられているようだが、君もジョルジュもボア様も、他のアカネイア騎士団の連中も奴のことを良しとはしていないだろう」
「それは…ええ」
ミディアがおずおずとだが、しかしハッキリと頷いた。
「それにオレルアンの連中も、あの男にはあまりいい感情を持っていないのだろう?」
「それもその通りよ。まあ、自分の領内で盟主であるアカネイア王家の王女がかどわかされかけて、それを自分たちで始末つけられなかったのだからしょうがないかもしれないけど」
でも、とミディアが反論する。
「この軍の全軍の指揮官であるマルス王子はガレスを排除しようという気はないみたい。少なくとも表立ってはね。だから、どうすることもできないわ」
「わかっている。だからこそ、余計に腹立たしいのだ!」
アストリアが近くに生えていた木の幹に、イライラを叩きつけるかのようにガンと拳で叩いた。
「とにかく、あの男はニーナ様に極力近づけない方が良い。ニーナ様も御身の立場はわかっておられるだろうから大丈夫だとは思うが、万に一つということもあってはならないからな」
「ええ。わかっているわ」
言いたいことを言い終わったからか、そこでようやくアストリアはいつもの落ち着きを取り戻す。そして、その落ち着きを更に取り戻すために数回深呼吸をした。
「落ち着いた?」
頃合いを見計らってミディアがアストリアに話しかける。
「ああ」
アストリアがミディアのよく知る雰囲気に戻って頷いた。
「すまなかったな、ミディア。先ほどは」
「気にしないで。アカネイアの騎士の立場ならば当然のことだから」
「そう言ってくれると助かる。行こう、ミディア。我々も出撃の準備に取り掛からねば」
「ええ」
頷いたミディアと共に、アストリアは歩き出した。ミディアに思いをあらかた吐き出したものの、アストリアの心中にはまだ不満が燻っていた。それが後々、大きく燃え広がることになるのだが、この時はそんなことになるとはミディアもガレスも、そして何より本人であるアストリア自身も予想してはいなかった。
グラ城での戦いは熾烈な激戦となった。グラ軍としても本城であるここを落とされるわけにはいかず、対して解放軍もこの先へ進むためには決してここで敗れるわけにはいかなかった。城内、あるいは城外のそこかしこで激闘が繰り広げられるが、最後にはこれまでの経験の差が出た。激戦の末に解放軍は敵将であるジオルを討ち、グラ城は陥落して勝利の鬨の声を上げることになったのだった。
そしてガレスは、自身が想像した通り今回の戦いでは留守を任されることになった。機動力が物を言う広いフィールドや、島嶼国家などの複雑な地形の野戦ではなく、じっくりと進軍していく城内戦でありながら、である。
他の装甲兵は何人か出撃していたので、ただ単に今回はお休みということなのか、それとも違う理由があるのかは、総大将であるマルスにしかわからないところではある。
とにもかくにも、グラ城での戦いはガレスの出番のないままに解放軍の勝利で終わり、解放軍は次なる戦いの地を目指すことになる。
その戦勝の夜更け、見張りなど一部の者を除いた大多数が眠りに就いている中、ガレスは己の天幕から姿を現した。
「ふぅ…」
いつもの如く漆黒のフルメイルで身を包んでいるガレスは、ゆっくりと首を左右に捻った。眠りが浅かったのか、変な時間に目が覚めたのである。
…いや、ここで目が覚めたのはあるいは運命だったのかもしれない。
(またか…)
夜の空気に当たりながら、ガレスはここ最近感じるようになったある気配を感じていた。敵意や害意のあるものではないのだが、時たま纏わりつくような気配を感じるのだ。
探るような気配だけであり、何をしてくるということもなかったので放っておいたが、いい加減鬱陶しくなってきていた。
(丁度いい、炙り出してやるか)
そう考えたガレスは不意に夜の闇の中を歩き出した。そのガレスに付かず離れずの距離を保ちながら、その気配の持ち主も一緒に移動してくる。
(ククク、来い来い)
鎧の下でほくそ笑みながらガレスは人目に付かぬように陣中の外れまで移動する。そして、不意に近くの森の中へと入った。
「!」
ガレスを見失った気配の主は驚き、そして迅速にガレスが森へ入った場所まで移動する。逸る気持ちを抑えながらも決してガレスには気取られないようにそっとその人物も森の中へ入った。が、そこにはガレスの姿は何処にもなかった。
「え…?」
周囲を見渡してみるが、ガレスの姿はない。新月や曇天の下ならともかく、今日は満月ではないにせよ月は出ている。視界はそれなりに確保できるために辺りの様子がわからないということはなかった。と、
「こんな真夜中に散歩か?」
「!」
不意に背後から声をかけられ、ビクッとその人物が飛び上がった。悲鳴を上げなかったのはハッキリ言って奇跡である。そしてその声色は、間違いなく聞き覚えのあるものであった。
(ど、どうして!?)
パニックになりながらもそろーっと振り返る。そこには、いつの間に立っていたのか漆黒のフルメイルに真紅の瞳、ガレスの姿があった。
「ヒッ!」
顔を引き攣らせながらその人物が弾けるように飛んでガレスから距離を取った。
(こいつは…)
一方、ガレスは予想していなかったその人物の姿に、多少なりとも驚いていた。目の前にいたのは意外や意外、年端もいかぬ少女であったからだ。そしてそれと同時に、ガレスはその姿に見覚えがあるのを感じる。
(確か…そうだ、アカネイアの戦勝の宴で見たような気がする。ニーナの側にいたと思ったが…)
何とかそこまで思い出したところで、
「あ、貴方…」
その少女の方から口を開いてきた。
「何だ?」
虚勢を張っているのは手に取るようにわかるのだが、それでも相対している度胸に免じてガレスは少女の相手をしてやることにした。
「あ、貴方こそこんな夜中に何をしているの!? それも、鎧まで着込んで!」
糾弾するように強い口調でガレスを詰問する。が、年端もいかぬ少女の詰問に怯むようなガレスであるわけがない。
「眠りが浅かったのか、変な時間に目が覚めてな。夜の空気を吸おうとしたまでだ」
「じゃ、じゃあ、その鎧は!?」
「この時のためさ」
「え…?」
その意味がわからず、少女が思わず語気を緩めた。と、
「わからないか?」
ガレスが尋ねる。コクリと頷いた少女に、
「最近俺の周りをチョロチョロと嗅ぎまわっているネズミがいたからな。ネズミ退治のためだ」
「ッ…!」
そこで少女が固まった。そのネズミに当てはまるのは誰か、考えるまでもない。そして次の瞬間、ガレスの手が伸びて少女の両手首をまとめて抑えた。
「あっ! やっ!」
何とか拘束から逃れようとジタバタするも、そのまま吊り上げられてガレスの視線と同じ高さまで持ち上げられる。ならばと顔を背けて目を逸らそうとするも、残ったもう一方の手で無理やり顔を正面に戻されて目を合わせさせられた。
(ヒッ!)
血や感情の通ってないような真紅の瞳に射抜かれ、少女は恐怖に固まってしまった。
「小娘、何が目的だ」
「は、放して!」
相変わらずジタバタするが、当然ながらガレスはビクともしない。
「放してくれないと、人を呼ぶわよ!」
「やってみろ。誰かが駆け付ける前に、貴様の首がへし折れるか窒息する方が早いだろうがな」
その声色、そして魂をも凍らせるかのように錯覚させるほど冷徹な視線と強くなる握力に、少女は震えが止まらなかった。
(ほ、本気だ…)
それを本能で悟り、少女は目に見えてガタガタと震え出した。と、
「…フン」
不意に、ガレスが少女を放した。
「きゃっ!」
重力に従って落下し、地面に尻餅を着くことになった少女はしきりに自分の尻を擦る。
「痛ったーい!」
涙目になりながら擦り続ける少女に、
「自業自得だ」
と、ガレスが吐き捨てた。
「うう…」
その言葉に恨みがましく思った少女だったが、ガレスの言うことももっともだったし、何より解放されたことに安心したためにそれ以上恨み言は言わなかった。と、
「おい、ネズミ」
不意にガレスが口を開いた。
「ネズミじゃないわよ!」
侮蔑するようなその呼称に、先ほどまでの恐怖は何処へやら、憤懣やるかたないといった表情で少女が文句を言う。
「ならば目障りなゴキブリか? それとも鬱陶しく飛び回る蚊の方が良いか?」
「失礼なこと言わないで! 私はリンダよ!」
そこで始めて少女が自分の名を名乗った。
「ほぉ、そうか」
ガレスが少女…リンダの名を聞いて頷いた。と、リンダの表情が怪訝なものになる。
「どうした?」
それに気付いたガレスがリンダに尋ねた。
「貴方…私のこと覚えていないの?」
「知らんな」
「なッ!」
リンダがガレスの返答に思わず絶句した。
「いや、正確にはアカネイア奪還のときの宴でニーナの近くにいたような気はしたが、それだけしか覚えていない」
「ニーナ様が紹介してくれたでしょう!?」
「覚えていないな。関わりができるかどうかわからん奴の顔など、一々覚えていられるか」
「な…な…」
リンダが口をパクパクさせる。覚えていないというのも業腹だったが、その傲岸不遜な物言いに開いた口が塞がらなかったのだ。
「フン、まあいい。…で、リンダ」
「…何よ」
今までの無礼な物言いに、リンダがムスッとしながら答えた。
「貴様、何のつもりで俺を探っていた」
そう言われ、リンダがハッとしてそのことを思い出した。そして間髪入れずに再び距離を取ると、今までで一番厳しい表情になってガレスを睨む。
「…聞きたいことがあるの」
「ほぉ? で、何だ?」
ガレスが軽く首を捻るとその先を促した。
「…貴方」
「ああ」
「…貴方、ガーネフの手の者なの?」
「ガーネフ?」
リンダはこれ以上なく真剣な面持ちでそう尋ねるが、ガレスは何のことかサッパリ分からなかった。なので、
「誰だ、それは」
自分の思っていることを正直に述べることにした。と、リンダが驚いたような表情になる。
「嘘でしょう…?」
そして今度は、そのままの表情でそう呟いた。
「ガーネフのこと、知らないの?」
「知らんな」
ガレスの更なる返答に、リンダは未だ驚きが隠せない。
「が、ガーネフよ!? 魔王ガーネフ」
「だから、知ら…いや、待てよ」
そこまで念を押されてガレスはようやく頭に引っかかるものがあった。ここに堕ちてきた最初の頃、モロドフに一通りこの世界のことを習ったことがあった。その中で今の名前が挙がっていたような気がする。
(もっとも、うろ覚えだから自信はないがな)
しかし恐らく間違いはないだろう。目の前のリンダの反応を見てそう納得すると、
「思い出した。名前だけは聞いたことがあるかもしれん」
と、訂正したのであった。
「…本当にそれだけ?」
リンダが訝し気な表情でガレスを観察する。が、
「ああ。第一、貴様のような尻の青いガキを謀ってどうする」
相変わらずの傲岸不遜な態度でガレスは返したのだった。
「ッ! ホント、失礼な人ね」
「お互い様だ。チョロチョロチョロチョロと周りを探っていた奴に言われたくはない」
「ほっといて」
ムスッとした表情でリンダが答えた。
「フン、まあいい。それで、そのガーネフとやらは何者だ」
「…私の、父の、仇」
その瞳に復讐の炎を燃やしながら、リンダが噛み締めるようにそうガレスに返答したのだった。
「ほぉ…」
全く無関係ではあるが、面白そうな話題が出てガレスは興味を惹かれた。
「もう少し詳しく話してもらおうか」
「…いいわ」
リンダが頷くとガーネフのことを話し始めた。大賢者ガトーの弟子でありながら嫉妬に狂い、禁じられた暗黒魔法マフーに手を出して暗黒の道に堕ちたこと。そしてドルーアのメディウスと手を組み、世界を我が物にせんと暗躍を続けていること。同じくガトーの弟子であった父ミロアを殺されたこと。そういったことを簡潔にガレスに説明したのだった。
「…成る程な」
ひとしきり聞いたところで、ガレスが口を開いた。
「それで、ここに加わってから貴方のことを聞いたの。聞けば聞くほど、ガーネフに繋がっているような、ダブるような気がしたから探っていたのだけど…」
「逆に俺におびき出されて、まんまとそれに引っかかったというわけか」
「う…」
リンダが言葉に詰まる。反論しようにも、事実だけに何も言えない。
「まあいい」
だがガレスはそれ以上追求しようとはしなかった。
「お前の行動の理由はよくわかった。だが俺は、そいつとは何も関係ない。残念だったな」
「でも、貴方はどう見たって…」
「ああ」
リンダが続けようとしたが、遮ってガレスが口を開いた。
「確かに俺も暗黒道の住人だ」
「! やっぱり!」
リンダが厳しい表情になってガレスを再び睨む。
「ククク、そう睨むな」
だが、ガレスはそんな視線もどこ吹く風と受け流した。仕方のないことではあるが、やはり踏んでいる場数が違うとあって、ガレスの方がリンダより一枚も二枚も上手であった。
「だが、俺はその男とはまた違った暗黒道だ。俺を殺したところでその男に繋がりはせんから何の意味もない」
「でも、暗黒の力は…」
どうにも割り切れないリンダ。毛色が違うと言われても、父を殺した力と同系統の力の持ち主が同じ陣中にいるのは忸怩たる思いがあるのだろう。
「力は何処までいっても所詮力だ。要は使い方と何のために使うかだ」
ガレスが静かに語る。
「俺の力は確かに褒められたものではない。それは俺も認めよう。だが、俺は自分の力をこの軍の内に向かって使ったことはない。それでも、暗黒の力だからと糞も味噌も一纏めにして排除するか?」
「……」
静かに語るガレスの語りを、リンダは真剣な面持ちで聞いていた。
「それでも納得いかなければ仕方ない。闇討ちでも何でもするんだな。但し」
「但し?」
「俺も大人しく殺されてやるほどお人よしではない。もしその気があるのなら、自分の生命を懸けるつもりでかかってこい」
そこで話は終わったとばかりに、ガレスは身を翻した。
「もう大分遅い。早く休め」
首だけ振り返りそう言い残すと、そのままガレスはその場を立ち去ったのだった。そして、後に残されたリンダは複雑な面持ちで俯き、暫くその場から動けなかったのだった。
(魔王…か)
自分の天幕へ戻る道中、ガレスがさっきのリンダの話を思い出す。
(まるで俺だな…)
きっかけは違えど、闇に堕ちたという事実に関して言えば同じことである。違うのは向こうは未だ深淵の闇の中。そしてこちらは徐々にではあるがその呪縛から抜けてきているということだろうか。
(ククク、楽しみだ…)
どちらにせよ、いずれは一戦交える相手。その時どうなるか…ガレスは静かにその時を待つことにして、そのまま天幕へと戻ったのだった。