Fire Emblem ~漆黒の灰色 炎の紋章に導かれて~ 作: ノーリ
今回はアリティアの戦いです。
遂にアリティアえお取り戻す戦いなのですが、この作品の主人公はマルスではないのでその辺りは丸々割愛です。楽しみにしてくれていた方がいらっしゃったら申し訳ありません。
ではどういう展開かというと、こんな展開です。楽しんで頂けるといいのですが。
では、どうぞ。
「成る程、よくわかったよ」
陣中、設えられた個人天幕よりも大きな天幕にマルスの声が響き渡った。その視線の先にいるのは、ガレス。
「そうか」
マルスに対しガレスが、いつものように素っ気なく答えた。そんなガレスをジッと見据えながら、マルスが徐に口を開く。
「それじゃあ最後に聞くけど、何か言いたいことはあるかい?」
マルスがそう、ガレスに尋ねた。
「いや…」
対してガレスはゆっくりと首を左右に振るとそう答える。
「何もない」
「わかった」
ガレスの返答を聞いて、マルスがそう答えた。
「追って処分は言い渡す。それまでは謹慎していてくれ」
「わかった」
話が終わり、ガレスは立ち上がった。そしてゆっくりと天幕を出る。自身の斜め後ろをアベルとカインに固められて、ガレスは二人を引き連れる形で自身の天幕へと戻った。勿論、実際には引き連れているわけなどではなく、二人に見張られる形であるのだが。
こうして、一種連行される形になったガレスは、そんな自分に向けられる様々な視線を感じながら、自身の天幕へと戻ったのであった。
「ふーっ…」
先ほどの天幕。ガレスが退出した後、マルスが大きく息を吐いていた。
「お疲れか?」
横から声をかけてきたのはハーディンだった。彼もまた、マルスに召集されてこの場にいたのである。
「うん」
マルスがトントンと自分の肩を叩いた。
「ある程度は慣れたつもりだったんだけどね…」
ハーディンに向けてそう答えると同時に苦笑した。
「やっぱりそうでもないみたいだ。ガレスとまともに正面から相対すると疲れてしょうがないよ」
「仕方のないことだな」
ハーディンはそんなマルスを咎めたり注意したりせずに同意した。
「あの男が相手ではな。癪に障るがな」
「ははは…」
マルスも力なく笑って返すしかなかった。つい先ほどまでこの天幕内で行われていたこと…それは先の戦いでのガレスの命令違反に対しての尋問である。
今までも命令違反は何度も犯してきたガレス。ただ、それによって解放軍が不利益を被ったことはないのでなあなあで済ませていた。しかし、度重なる命令違反が軍中で問題視されていたことも事実であった。そこにきて、先日のカダインでの行動である。
今回もガレスが命令違反を犯したことで不利益を被ってはいない。それどころか、ガレスの活躍(?)によって、被害が出なかったことを考えれば責められる謂れはないかもしれない。
しかし、軍である以上命令違反は重罪である。その結果、今までは良いほうに転んでいるが、いつ裏目に出るかわからないのだ。それを重く見た面々が、ガレスの命令違反は看過してはならないとマルスに進言し、マルス自身も綱紀を糺すためにその進言を容れて先ほどまで先日のカダインでの戦いの命令違反について尋問していた、というわけである。
「ハーディン公」
傍らのハーディンにマルスが話しかけた。ガレスの命令違反について糺すべきだと主張したのは当然、ハーディンを始めとするオレルアン騎士団の面々だった。それと、アカネイア騎士団の面々である。
「何か?」
ハーディンが答えた。
「今のガレスの釈明、どう思う?」
「そうだな…」
ハーディンが腕を組んで考えた。
「普通ならば何を世迷言を…と考えるところだが」
そこでハーディンがマルスへと視線を向ける。
「貴殿はそうは考えていないのだろう? マルス殿」
「うん」
マルスが即座に頷いた。
「私としては半信半疑だが、今言ったようにあの男が言うと世迷言では片づけられん」
「それもあるけど、前例もあるからね」
「そうだったな」
ハーディンがふうと息を吐く。
「『死の匂い』か…」
そしてそう続けたのだった。先ほどの尋問で、何故命令違反を犯して出撃したのか尋ねてガレスから出てきたのがこの答えだった。
『死の匂いがしたからな…』
それ以上はガレスは何も言わなかった。その姿に、マルスとハーディンはこれ以上何度聞いても答えは変わらないだろうと判断して、それ以上何も聞かなかった。
「レフカンディの戦いでゴードンを助けてくれた時に言った理由が、さっきガレスが言ったのと同じ理由だった。そしてその時の戦いで、ガレスは確かにゴードンを助けてくれた。それはハーディン公も覚えているだろう?」
「ああ」
ハーディンが同意する。確かにゴードンがレフカンディの戦いでガレスに助けられたことを訴えていた。その場に自分もいたから間違えるはずもない。
「ゴードンだけじゃない。正式に出撃していた時だけど、ディール要塞でマリア王女を救ってくれたのもガレスだった。それを考えると、ガレスが適当なことを言っているようには思えないんだよね」
「つまり、今回もあの男がいなければ誰かが死んでいたと?」
「うん。何しろ、相手があのガーネフだったからね」
「……」
ハーディンがそこで口を噤んだ。今回は戦場が砂漠ということで騎兵や重騎士は軒並み出撃していなかったために確認できなかったが、マルスが言う以上はガーネフが出てきたというのはホントのことなのであろう。そして、相手がガーネフであれば誰かしら死んでいた可能性も高いのも間違いないと言えた。
これらを考慮すると、今回のガレスの命令違反は当然許されるべきものではないが情状酌量の余地は十分にあるものと言えた。
(しかし…)
ハーディンはそれにすんなり賛同することはできなかった。これまでは大人しくしているとはいえガレスが不穏分子であることは間違いないし、何をしでかすかわからないのは相変わらずだったからである。
だからこそ、未だに折に触れてガレスを見張らせているのだ。オレルアン城でニーナとガレスが二人だけの夜会をしていたのをザガロから報告を受け、それ以降は部下の手が空いている時に怪しまれないようにガレスの動向を探らせていた。最近ではアカネイアの連中も同じようなことをしているようである。それほど、ガレスは未だに軍内の一部からは危険視されていた。
そんなガレスの首に鈴をつけることは不可能に近い。であれば、ある程度動きを制限するように行動するべきなのかもしれないが、そうしたところでどれほどの効果があるものかとハーディンは思っていた。
(いくら厳重に注意や罰則を与えたとしても、あの男がそれを気にするとは思えん)
必要となれば、ガレスは今後もいくらでも命令違反を犯すだろう。そして本人が軍規を護る気がないのならば処罰するしかない。
だが、ガレスの犯した命令違反によって救われた者たちからすれば、それに納得できるものではない。理屈ではわかっていても、感情がそれを許さないというわけだ。その結果、軍中に不協和音が起こっては本末転倒である。どうにも処分に悩む問題であった。
(全く、厄介な存在だ)
ハーディンは内心で毒づくしかなかった。そして悩んだ結果、自分にできることのみをしようと考えたのである。
具体的に何かというと、ニーナをガレスから極力遠ざけることであった。それについては、アカネイア側も協力してくれるだろう。アカネイアと連携を取れば、実現は不可能ではなかった。勿論、完全に遮断できるわけではないだろうが。
(だが、あのような素性の知れぬ男とこれ以上は交流させるべきではない)
ハーディンはそう判断し、己のできることを行うことにした。そして、ガレスの件はマルスに預けることにしたのだった。
「私としては当然処罰はすべきだと思っている。だが、いくら処罰したところであの男にとっては痛くも痒くもないだろうな」
「まあ、それはその通りとしか言えないかな」
マルスが苦笑した。マルスとしても、こちらがいくら処分してもガレスが黙って大人しく命令に従うとは思っていなかったからだ。
「忌々しいが、上手く使うしかない。マルス殿、貴殿には申し訳ないが、あの男の使い方は貴殿に任せる」
「僕が預かってもいいのかい?」
「うむ」
マルスの問いかけに、ハーディンが頷いた。
「…正直に言う。あの男は私には手が余る。それに我々とあの男との関係性は貴殿も良く御存知だろう」
「まあ、あまりよく思ってないのは理解しているよ」
「回りくどい言い方をしなくてもいい。良く思っていないどころか、ハッキリ距離を置いている。流石にあからさまに敵視はしていないが、我らがあの男に積極的に関わる気は毛頭ない」
「それはハーディン公個人としてでなく、オレルアンの総意と受け取って構わないのかな?」
「うむ」
ハーディンがハッキリそう言い切った。
「故に、あの男のことはマルス殿に一任したい。我らは我らでやらねばならぬことがある」
「ニーナ様のことかな?」
「気付いていたか」
「それはまあね」
マルスが再び苦笑する。
「ただ、余程鈍くない限り気付くよ。ニーナ様がガレスと交流しようとするのを極力排しているのは見てればわかるから」
そこでマルスの面持ちがいつものものに戻る。
「ハーディン公」
「何か?」
「正直なところを聞きたいけど、公はガレスとニーナ様がお互いに惹かれ合っていると思っているのかい?」
マルスは自分が考えていることを素直に聞いてみた。と、
「いや」
ハーディンは即座にその可能性を却下した。
「ニーナ様がご執心なのは確かだろう。だがあの男はどうかな? あの男が色恋沙汰にうつつを抜かすような男に見えるか? マルス殿」
「全く」
マルスが左右に首を振った。
「女性に対する興味がないとは思ってないないよ。聞いた話だけど、ワーレンでは女遊びするつもりだったってことだから。でも、それは割り切って遊べる相手だからだと思う。しがらみができそうだったり、厄介なことになりそうだったらガレスは手を出さないと思うな」
「私も同感だ。故に、ニーナ様とどうにかなるようなことはないと思う。だが、あの男にその気がなくともニーナ様がご執心である以上、何がどう転んでもおかしくはない。そんなことにならないようにするためにも、可能性は極力排除するに限る。だからこそ、我らはそのために動く。故にあの男の扱いについてはマルス殿に一任したい」
「わかった」
ハーディンの申し出にマルスが同意した。
「ただ、僕が抑えきれるとは思わないけどね」
「素直な意見だ」
マルスとハーディンがお互いの顔を見て苦笑しあった。
「とは言え、全く制御不可ではそれこそ軍として機能しない。ある程度は頑張ってくれ」
「まあ、やるだけやってみるよ。確かに非常に扱いにくいのは事実だけど、全然どうにもならないわけじゃないしね」
そこで、まるすがふうっと大きく息を吐くと深々と背もたれに身を預けた。
「…諸刃の剣だよ。それも、とんでもなく強大な…ね」
「確かに」
そこで二人は、ガレスに思いを馳せたのだった。
その、マルスとハーディンの頭痛の種である張本人のガレスは大人しく自分の天幕に戻っていた。そして、
(…おかしい)
現状に少なからず戸惑っていた。というのも、何故か何人かの客がガレスの天幕を訪れていたからである。
「ガレス、マルス王子に何を言われた?」
尋ねてきたのはアテナだった。
「…今までと大して変わらん。命令違反の咎で謹慎処分をくらっただけだ」
「ほほぉ、成る程のう」
お次はバヌトゥである。
「災難じゃったな」
「バカを言え。軍規に背いて謹慎なら、寧ろ軽い方だろう。いい機会だ、ゆっくり休ませてもらうさ」
「本当ですかね?」
茶々を入れたのはゴードンだった。
「貴方のことだから、必要とあれば平気でまた命令違反しそうですけど」
「うんうん」
「わかるわかる」
ゴードンに同意してしきりに頷いているのはジェイクとベックだ。
「…好き勝手言ってくれるな」
多少ムッとしながら、ガレスが文句を言う。が、
「だが、本当のことだろう?」
「む…」
ミネルバに冷静に突っ込まれぐうの音も出なくなってしまった。このように、ガレスの天幕には何人かが押し寄せており、こうやって雑談をしていたのだった。そしてこの状況に、当のガレスは戸惑いを隠せなかった。
(今度こそ、周りの連中が距離を置くかと思っていたが…)
予想に反してそうはならなかった。いつもの面々と言えばいつもの面々だが、それでもこうしてガレスの許を訪れているのである。
(やせ我慢しているのか、余程物好きが多いのか、それとも別の目的があるのか…)
どれなのかはわからない。しかし少なくとも表面上は、皆変わらぬように見えた。加えて、
「失礼」
「お邪魔するよ」
新顔が増えたのである。
「貴様らは…」
新しく入ってきた二人を見て、ガレスが記憶を辿った。そして、何とか思い出す。
「…思い出したぞ。確か、ワーレンで成り行き上加わった連中だったな」
「覚えていてくれて光栄だ」
一人が口を開いた。
「私はシーザ」
「俺はラディ。宜しくな」
二人は軽くガレスに挨拶すると、周囲にいるアテナやゴードンたちにも軽く挨拶した。
「…それで、何の用だ」
挨拶が一通り終わったところを見計らってガレスがシーザとラディに尋ねた。
「いやぁ」
「噂の黒騎士殿とお話がしたくてね」
「噂…な」
ガレスがフルヘルムの下でニヤリと笑った。
「どうせ、碌でもない噂だろう?」
「御明察」
シーザが頷く。
「とは言え、そればっかりじゃないんだぜ?」
そう、ラディが続けた。
「ほぉ?」
「確かに大半は碌でもない噂だけど、中にはそうでもないのもあるのさ。ほとんどは、あんたの強さに憧れるようなものだけどな」
「成る程な」
ガレスが頷く。戦士である以上は強さを求めるのは当然のことであり、現状ではかなりの味方に恐怖心や敵愾心を抱かれてはいるものの、それでも頭一つ抜けた強さを誇るガレスに憧憬を抱く者がいてもおかしなことではなかった。
「それでも、宮仕えの連中は立場上中々あんたに接触はできないようだが…」
「俺らみたいなフリーの連中はそういうしがらみがないんでね。自分の気持ち一つでこうやってお邪魔もできるって訳さ」
「ここにいる顔ぶれを見ても、そのような感じだしな。只若干、予想外の御方もいるが…」
シーザとラディはゴードンとミネルバに視線を向ける。特にゴードンはまだしも、王族であるミネルバがこの場にいることには大いに驚いていた。
確かにマケドニアは敵国であるため、寝返ったといってもこの軍で主導権を取れる立場ではない。
だが、だとしても彼女はれっきとした王族の一員であり、第一王女なのだ。兄…現国王であるミシェイルに何らかの不幸があった場合、次の王位継承者になるのは彼女なのである。無論、現時点では国を裏切った裏切り者だからその芽はないが、終戦後ならどうなるかわからない。
そんな人物がガレスの許を訪れているのはやはり違和感が拭えなかった。
「…マリアの件があったからな」
シーザとラディの疑問に答えるかのように、そう、ミネルバが答えた。
(成る程)
シーザが予想通りの答えに心中で頷いていた。ディール要塞の攻略戦では自身は出撃していなかったが、伝聞でガレスがマリア王女の生命を救ったのは聞いていた。そこから縁が生まれてこうやって交流しているということなのだろう。
(けど、それだけってわけじゃないだろうけどな)
ラディがそうとも推察する。妹の命の恩人なのは確かだが、それだけで個人的に親交を深めるようなお人よしではないと思っていたからだ。ミネルバの性格を知っているというわけではなく、王族としての帝王学的な観点からの推察である。
(戦後のことも睨んでるんじゃないのかね? 引き入れる…は無理かもしれないけど、客将として暫くでも滞在してもらえれば、ある程度の抑止力になるって踏んでるんじゃないかな?)
下衆の勘繰りかもしれないが、そう思ってしまうのも仕方ないことだった。それほどガレスは異質であり強力なのである。
(それで言えば、この坊やも同じかもしれないけどね)
ラディが今度はゴードンへと視線を向けた。ゴードン自身もガレスに生命を救われたので懐いているのだろうが、マルスから密命を受けているという可能性がないとは言い切れないわけだ。その辺りのことはシーザも考えていた。
(まあ、どう転ぶかはフリーの我々には関係のないことだしな)
シーザがそう纏めると、そそくさと輪の中に入った。こうして、何故か謹慎を言い渡されたガレスの天幕は賑やかな状況になったのだった。
「…お前たち、出撃の準備はいいのか?」
賑やかになった天幕の状況に多少なりとも戸惑いながらガレスが尋ねる。謹慎を言い渡された自分は勿論今回は出撃するつもりはないし、マルスたちの選択肢からも外れているだろうから構わないが、自分以外の連中は誰に出撃のお声がかかっても不思議ではないからだ。
「俺たちはもう終わらせてる」
「ああ。何せ得物が特殊なもんでね。日々整備しておかないと、いざというときに役に立たないからな」
まず初めに答えたのはジェイクとベックだった。シューターの二人ならば成る程頷ける話である。
「アテナ、剣の手入れは念入りにしてある。心配ない」
アテナも問題なしといった表情で答えた。彼女自身、集団戦闘よりは単独戦闘に向いているのはマルスも十分わかっているので、遊撃や偵察、攪乱が主任務になっている。そのため、自身の身の回りさえ用意を整えていれば問題はなかった。
「儂はこれ一つあれば十分じゃからの」
バヌトゥが隆石を取り出すとふぉっふぉっふぉっと笑った。武器を必要としないマムクートであるのだから、身支度も簡単なものである。
「我らは今回はお役目なしとのことなので」
「陣中の手伝いは終わったしな。後はのんびり見物さ。今回のあんたと同じだよ」
「まあだからこそ、こうして今回お邪魔したわけでもあるのだがな」
シーザとラディである。しかし、問題のない面々はここまでであった。
「そうですね」
ゴードンが口を開くと座っていた椅子から立ち上がった。
「僕自身はまだ今回出撃するかどうかはわかりませんが、同僚がどうなるのかわからないので少し手伝ってきます」
そう言うと、軽く頭を下げて天幕から去って行った。
「では、私もそろそろ…」
ゴードンを見送った後、ミネルバも口を開く。
「部下たちが上手く取り纏めてくれているとは思うが、最終確認は自分でしないとな」
「そうか。武運を祈るぞ」
「フッ」
軽く微笑むと、ミネルバはそのまま天幕を後にした。その後、少しの間ガレスの天幕は賑やかだったが、ゴードンとミネルバの離脱が引き金となったのか、一人、また一人と出撃準備や陣中での手伝いのために辞していったのであった。
「じゃあガレス、アテナも戻る」
天幕に残った最後の一人、アテナが天幕の入り口で振り返るとガレスにそう告げた。
「ああ。出るんだったら気を付けろよ」
「わかった」
コクリと頷くと、アテナはその場を去って行った。
(無意識のうちとはいえ、俺が他の連中を気遣うような発言をするとはな…)
これも、暗黒道の呪縛からの解放が進んでいる影響かと思いながら大きく深呼吸して息を吸う。ガレスが天幕の外へ出てきたのには理由があった。
一つは文字通りアテナを見送るため。もう一つは外の空気を吸うため。そして最後の一つ。これが一番重要なのだが、
(…ネズミの気配が消えんな)
それが一番の理由だった。シーザとラディが入ってきた後ぐらいから、天幕の外で幾つか気配を感じたのである。入ってくるかと思っていたのだがそんなこともなく、躊躇しているように感じたため放っておいたのだが、その気配は今も続いていた。
(何がしたいのか…)
折角姿を現したのに行動に移さない気配に呆れながらも、ガレスは引き続き放っておくことにした。姿を現さないというのであればこちらから気を利かせるつもりなど毛頭ない。天幕でのんびり休むことにしよう。
そう考えたガレスが身を翻して天幕に戻ろうとする。と、
「あの…」
ようやく、その気配のうちの一つが声をかけてきた。
(やれやれ…)
のんびりできるかと思っていた矢先にこれである。面倒臭いと思わないでもなかったが、聞こえてしまった以上は無視するわけにもいかないので声のした方向に振り返った。果たしてそこにいたのは、レナの姿だった。
「お前か…」
ガレスの指摘に、レナがオドオドしながらもペコリと頭を下げた。
「何か用か?」
「あ、は、はい…」
頷くもののどうにも歯切れが悪い。どうやらレナは、先日のカダインでのガレスの暴走っぷりからまだ恐怖を感じているようだった。
(まあ、普通の反応だな)
それがわかるため、ガレスも咎めるでもなくレナが自主的にその先を口にするのを待つ。少しの間ガレスの視線にオドオドしながらも、ようやく意を決したのか、レナが口を開いた。
「その…付き添いで参りました」
「付き添い?」
レナから出た予想外の言葉にガレスが怪訝な口調になる。
「誰のだ?」
「その…」
レナが後ろを振り返る。すると、レナの身体の陰からマリアがひょこっと顔を覗かせた。
「マリア…」
これまた予想しなかった人物の登場にガレスが驚きを隠せなかった。
「お前か」
「!」
ガレスに視線を向けられたマリアはビクッと身体を竦ませると、そのままレナの後ろに隠れてしまった。
「マリア様」
そんなマリアをたしなめるように、レナが己の後ろを振り返ってそこにいるマリアに声をかける。
(?)
何だこれはと思いながらも、ガレスはそのまま何もしなかった。と、
「ほら、マリア様」
レナが再度自分の後ろにいるマリアに促すように声をかけた。
「う、うん…」
促されたマリアがゆっくりとレナの後ろから顔を出す。そしてそのまま勢いよく姿を現すと、
「そ、その、ごめんなさい!」
と、いきなり謝ったのだった。
「…何?」
訳も分からず謝罪され、ガレスが戸惑う。そして、
「…それは一体何に対する謝罪だ」
と、思ったことを素直に口にした。ガレスにはマリアに謝られるようなことをした覚えはない。それを考えれば、今の謝罪は意味がわからなかった。
「そ、その…」
マリアがオドオドしながら口を開く。
「こ、この前の戦いで、貴方を怖がっちゃったから…」
「…何だ、そんなことか」
マリアの説明にようやくガレスも合点がいった。言葉通り、先日のカダインでの戦いで暗黒道に堕ちた者としての力を存分に披露したため、それを目の当たりした者たちから間違いなく距離を置かれていた。
だが、ガレス自身は特にそれを気にしてはいなかった。立場が逆だったら同じように恐怖を感じているだろうし、それが正常な感覚であるのは重々理解できるからである。故に、距離を置いた者たちは放置していたのだ。
(しかし、まさかそのことで面と向かって謝られるとはな…)
ガレスは驚きを隠せなかった。ただ、相手がマリアということも少なからず影響しているのかもしれない。まだ幼いマリアだけに、自分の心に素直に従ったのだろう。そう考えれば微笑ましくもあった。
「気にするな」
だからこそガレスも責めることはせずにマリアを気遣った。
「まともな人間の感覚なら、あの時の俺を見て恐怖を抱かない方がおかしい。だからこそ、お前が謝る必要はない」
「ほ、ホント?」
おっかなびっくりといった感じでマリアが尋ねてくる。
「ああ」
それに対し、ガレスがゆっくりと頷いた。
「だが、謝ってお前の気が済むのならば謝罪は受け入れよう。だからもう戻れ。出撃前の準備があるのだろう?」
「あ、私は今回は出番がないみたい。だから、もうちょっとお話しよ?」
謝罪を受け入れてもらったことですっかり…とまではいかなくとも、大分いつもの調子が戻って来たのか、マリアが嬉しそうにそう言ってガレスの許へとチョコチョコと走ってやって来た。
ガレスは自分のすぐ側までやってきたマリアから視線を外し、レナに視線を合わせる。
「私は今回は出撃の命令が出ているので、そろそろ戻りたいんですけど…」
「そうか」
ガレスが頷いた。
「でも、マリア様お一人だけにするわけには…」
レナが言葉を濁す。ガレスを信用してないわけではないのだろうが、この前の一件があるだけにやはりマリアを一人きりにするのには抵抗があるのだろう。
「大丈夫だよ」
対してマリアはそう返す。しかし、本人がそうは言ってもはいそうですかと納得して踵を返せるものではなかった。
「しかし…」
案の定、レナが口篭もる。と、
「心配するな」
不意に、ガレスがレナに対して助け舟を出した。
「え?」
「要するに、マリアを一人にするのが心配なのだろう?」
「え? ええ…」
「……」
その言葉を聞いたガレスが頷くと、ゆっくりと自信の天幕の裏へと回っていった。すると、いきなり何やらけたたましい物音がレナとマリアの耳に聞こえてくる。
『?』
レナとマリアが顔を見合わせてお互いに小首を傾げていると、
「待たせたな」
と、ガレスが戻ってきた。
「ちょっと、放してよ!」
まるで猫や兎をそうするかのように右手でとある人物の首根っこを押さえながら。 ジタバタと暴れているその人物はリンダだった。
「フン」
戻ってきたガレスがリンダの望み通りその首根っこを掴んでいた手を放した。当然、リンダの身体は重力に従って落下する。
「きゃっ!」
放してと文句を言ったものの、突然解放されたリンダは体勢を整える暇もなく地面に激突することになった。
「痛ったーい!」
むくれながら、身体についた土を掃うリンダ。と、
「ククククク…」
その姿に、ガレスがいつものように愉快そうに咽喉の奥で笑い始めた。
「ちょっと、何が可笑しいわけ!?」
笑われたことにリンダが不愉快さを隠そうともせずに、座ったままだがガレスを睨み付ける。
「お前が性懲りもなく俺の周りをこそこそ嗅ぎまわっているからだろう。自業自得だ」
「…嗅ぎまわっていたわけじゃないもん」
リンダが唇を尖らせてガレスに文句をつける。
「ほう? だったら何が目的だ?」
「そ、それは…」
リンダが口篭もった。と、
「あ、あの…」
今までの展開を呆然と見ていたレナがおずおずと口を開いた。
「何だ?」
ガレスがレナに問いかける。
「その…そちらは?」
「ああ、こいつか」
コイツ呼ばわりにムッとしながらも、リンダが立ち上がった。
「お前の代わりだ」
『え?』
ガレスから返ってきたその言葉に、当人のレナだけではなくマリアとリンダも首を捻ってガレスを覗き込んだ。
「マリアを一人にすることは避けたいが、お前は出撃準備があるのだろう? ということで、こいつがお前の代わりにお目付け役をしてくれるそうだ」
「えぇ…?」
レナがどう反応していいものかといった感じで戸惑いながらリンダとマリアに交互に視線を向ける。確かにリンダが自分の代わりをしてくれるならそれに越したことはないが、先ほどまでのやり取りを見ていると、とてもそのことのためにここへ来たわけではなさそうだからだ。
「勝手なこと言わないで」
案の定、リンダがムスッとしながらガレスの前言を否定する。
「クク、そうむくれるな」
だが、ガレスの方がリンダよりも一枚も二枚も上手だった。
「別に難しい話じゃない。マリアが飽きるまで、俺たちを見張っていればいいだけの話だ」
「だから、何で私がそんなことを」
「俺を見張っていないのだったら、何故まだネズミまがいのことをやっている」
「い、いいでしょ、別に」
リンダが文句を言うが、ガレスは一切意に介さない。
「俺を見張っているならわざわざ隠れる必要もなくなるから悪いことでもないだろう? それとも、この軍に何人かいる物好きたちと同じように、お前も俺と交流を深めにでも来たのか?」
「ば、バカなこと言わないでよ!」
リンダがプイっとそっぽを向いた。
「だったら何も問題はないだろう。それに、お前が頷かないとマリアの受け入れを断念しないとならなくなるのだがな」
レナがマリアだけを残すのは承知しないのでな、とガレスが続けた。その言葉を聞いたから…というわけでもないのだろうが、リンダがチラッとマリアに視線を向ける。マリアは、祈るような表情でリンダを見ていた。
(う…)
そんな顔で見られては断れない。いや断るのはできるのだが、それではどうしたって後味が悪くなってしまう。ガレスにはたっぷりと含むところのあるリンダだが、マリアには何ら含むところがないため八方塞がりだった。
「どうだ?」
と、そこで計ったようにガレスが口を開いた。
(あー、もう!)
いいように使われている感は否めないが、どうしようもない。内心で頭を掻きながらリンダが覚悟を決めた。
「わかったわよ。やればいいんでしょ、やれば!」
「だ、そうだ」
「わぁ!」
マリアの表情がぱあっと明るくなり、即座にリンダの許へ走り寄った。そして、
「ありがとうね!」
リンダの手を取ってニッコリ笑い、マリアが感謝の意を述べた。
「え…? は、はい…」
マリアの屈託のない態度にリンダが戸惑う。その光景を見ているガレスがまた咽喉の奥で笑い、それに気付いたリンダがまたムッとしてガレスを睨んでいた。
「と、言うわけだ」
一頻り楽しんだ後、ガレスはレナに再び視線を向けた。
「これで文句はないだろう?」
「はぁ…」
レナが煮え切らない口調で答えた。確かにマリアを一人にしないですむが、どうにもうまくガレスにまるめ込まれた感は否めないからだ。とは言え、そろそろ本当に戻らないといけないため、納得する他はなかった。
(何だかんだでこの人、味方に危害を加えたことはありませんからね)
そのことも思い出し、レナは遂に決心した。
「それでは、私はこれで」
「ああ」
「よくわかっておいででしょうが、くれぐれもマリア様には妙な真似はしませんように」
「ああ」
「リンダさん」
「は、はい」
レナに名前を呼ばれたリンダが慌てて振り返った。
「余計なことに巻き込んで申し訳ありませんが、どうかよろしくおねがいします」
「あ、ま、任せてください」
「では」
そこで一礼すると、レナはガレスの天幕の前から立ち去ったのだった。
「さて…」
レナを見送った後、ガレスはさっさと自分の天幕へと戻った。
「あ、ガレス!」
マリアが慌てて後を追い、
「ちょっと、待ちなさいよ!」
その後をリンダが追った。こうして、未だ立場の安定しないガレスではあったが、それでも着実にガレスを中心とした人の輪は広がりつつあるのだった。