Fire Emblem ~漆黒の灰色 炎の紋章に導かれて~ 作: ノーリ
前回の続き、今回はアリティア城内の攻略戦です。
ですがまあ、普通のFEの二次創作ではありませんので、その辺はサラッとしたものになってます。
全体的には静かなお話になってますので、物足りないと思われる方もいらっしゃるかもしれませんね。その辺りは実際に読んで頂いて判断していただければと思います。
では、どうぞ。
アリティアを臨む戦いの火蓋は切って落とされた。いつにもまして激しい戦いがアリティアのそこかしこで繰り広げられる。次から次へと入ってくる伝令に、マルスは神経をすり減らしながらもその場では最善と思われる指示を出していった。各所での戦いは熾烈を極めたが、それでもやがて趨勢はつく。天秤が傾いたのは解放軍の方だった。
少しずつ、少しずつ解放軍が帝国軍を各所で圧し出し、そしてその結果、解放軍は多大な被害を出しつつも遂にアリティアを解放することに成功した。
マルス率いるアリティア宮廷騎士団にとっては、実に何年かぶりの祖国への凱旋である。その心中には各人期するものがあっただろうが、感傷に浸っている暇はない。アリティアを解放したと言っても、それは外側だけ。アリティア城内には未だに多数の敵が解放軍を待ち構えていたのである。
解放軍は体制を整えると、休む暇もなくアリティア城内へと突入していったのであった。
「さて…」
アリティア城外。城内にて戦闘中の面々の帰りを待つ未出撃の軍勢の中に、ガレスの姿があった。
(今回は出番があると思ったが…)
城内戦ということでそう考えていたガレスだったが、予想に反して今回ガレスは出撃の人員から外されていた。出撃人員を決めるのは指揮官であるマルスの仕事である。実際には、ジェイガンやハーディンなどに助言を仰いだりはしているだろうが、最終決定するのはマルスのはずだ。
(奴め、何か含むところでもあるのか?)
そう思わんでもないが、出撃を外される心当たりはたっぷりとあった。命令違反に対する咎かも知れないし、ただ単に現在謹慎中ということで出撃から外したのかもしれない。
(暇で仕方ないのだがな)
手持ち無沙汰状態のガレスは愚痴しか出ない。戦場に出れば楽しめるが、留守番ではそれも無理な話。まさか、見境なく味方を襲うわけにもいかないのだ。
かと言って、他人の仕事を手伝うような殊勝な心掛けがガレスにあるはずもない。ということで、
(戻ってのんびりするか…)
そう決めたのだった。そのまま身を翻すと、自身の天幕へ戻ろうとする。と、
「よう」
いきなり誰かに声をかけられた。
(ん?)
今まで聞いたことのない声色にガレスが声のした方向に振り返ると、そこには見たことのない人物が立っていた。
(…誰だ?)
自問自答するがわからない。当然だ、見たこともないのだから。視線の先でガレスに声をかけた人物は、まるで値踏みをするかのようにガレスを見ていた。
(……)
捉え様によっては随分と不躾な視線なのだが、ガレスはそんなことは気にしない。それよりも、
(男か女かよくわからんな…)
それが第一印象だった。視線の先にいた人物は随分と中性的な顔立ちと雰囲気をしていた。男だと言われても女だと言われても、どちらでも頷けるような容姿に身なりをしていた。
「何だ?」
誰だか知らないが声をかけてきた以上、まるっと無視するわけにもいかないので尋ねてみた。と、
「あんたが噂の黒騎士さんかい」
その人物が興味津々と言った表情でガレスをじろじろと見ている。そして、
「成る程な。こりゃ異質もいいとこだわ」
一人納得したようにうんうんと頷いたのだった。
(噂…な)
どうせ碌なものでもないだろうと思っていたので、そこには突っ込まないようにする。その代わり、
「何の用だ」
用件を尋ねてみた。
「おいおい、そうつんけんすんなよ」
目の前の…恐らく男が楽しそうに微笑みながら肩を竦めた。姿形は中性的なのだが、声色が男のものだったので男だとガレスは判断したのだ。多分、間違いないだろうと思っている。
そして男は、ぽんぽんとガレスの肩を叩いた。
「ここに厄介になったばっかりなんだけど、あんたの噂を嫌って程耳にしたんでね。御挨拶がてらお目にかかりにきたって訳さ」
「成る程な」
ガレスが口を開いた。だが、次に続く言葉は男の予想外のものであった。
「見たことない顔だと思ったが、新入りか」
「おろ? そっち?」
少し驚いた表情になって男がガレスを見る。
「何を驚いている」
ガレスが尋ねた。
「いやあ、てっきり噂って方に食いつくと思ってさ」
「今更だ」
「な~るほどねぇ」
男が納得したようにうんうんと頷いた。
「こりゃ、確かに変わり者だ」
「放っておけ。…用件はそれだけか?」
「おいおい、つれないこと言うなよ」
そう言うと、不意に男がガレスの首に腕を回して肩を組む。
「折角なんだ。お互いに交流を深めようぜ」
「貴様にその気があっても、俺にはそんな気はない」
「固ぇこと言うなよ。なっ、兄弟♪」
人懐っこそうな笑顔を向けると、ニコニコと男が微笑んだ。しかし、当然ガレスを懐柔できるわけもない。
(なれなれしい男だな…)
と、内心で辟易していた。最初は断ろうと思っていたのだが、不意にガレスはこの後のことを思い出した。
今回は出撃しておらず、他人の仕事を手伝う気などさらさらないためにこの後は天幕に戻って休むだけである。言い換えれば、この後に何もやることはなく暇なのだ。それを考えれば
(暇潰しぐらいにはなるか…)
そう思い直すのも仕方のないことであった。
「いいだろう。少しぐらいは付き合ってやる」
「おっ、そうかい?」
男は再び人懐っこい笑みを浮かべた。そして、
「よっしゃ。んじゃ、行こうぜ」
と、ガレスと肩を組んだまま歩き出した。その光景を見た周囲の面々は皆一様に目を丸くして驚いている。
「わかったから放せ」
そう言ってガレスが男の腕を取ると、自分の身体から引き剥がした。
「んだよ、本当につれねえなぁ…」
先ほどとは打って変わって、男は面白くなさそうな表情になる。だが、ガレスはそんなことを一々気にすることはなかった。
「黙れ」
短い言葉で一刀両断し、切り捨てる。
「ちぇっ」
男は面白くなさそうに頭の後ろで手を組むと、ガレスの横に並んで歩いた。
「っと、そういえば自己紹介がまだだったよな」
不意に思い出し、男がそれを口にした。
「不要だ」
「まあ、そう言うなって。俺はチェイニーっていうんだ」
男…チェイニーが自分の名前を名乗った。
「…ガレスだ」
名乗られたため、最低限の礼儀としてガレスが名乗り返した。
「存じてるよ。宜しくな、噂の黒騎士殿」
「宜しくなるかどうかは、貴様の今後の態度次第だがな」
「やれやれ」
チェイニーが肩を竦めてお手上げといった感じになった。が、その程度でへこむようなチェイニーでもなかった。天幕へ向けてぽつぽつと会話を交わしながら、二人は並んで歩いて行ったのだった。
アリティア城内。
進軍を開始していた解放軍は、今回もまた激戦を繰り広げていた。しかし、ここまで勝利を収めてきた解放軍の士気も高い。特に、将であるマルスとアリティア宮廷騎士団にとっては自国を取り戻す戦いということもあって、この一戦に対する入れ込みようは半端ではなかった。
そういった経緯もあり、今回の出撃メンバーの中核はアリティア宮廷騎士団である。それを、他の面子が支援するという形であった。
「王子!」
カインが馬蹄を荒く鳴らしながらマルスの許へとやって来た。
「カインか! 戦況は!?」
「はい!」
前線から離れていることもあり慌ただしく下馬をすると、カインが戦況を報告する。
「城の西部方面はアカネイア、オレルアンの各部隊の活躍によりほぼ鎮圧が完了しました。今は、残存戦力を掃討しているところです」
「そうか。被害は?」
「それが…」
カインが表情を曇らせた。
「! 誰か倒れたのか!?」
歯切れの悪い返事とその表情に、マルスの表情が蒼ざめた。
「いえ、戦死したわけではありませんが、重傷者が多数出ました。シスターや司祭たちの話では戦線に復帰できないわけではないが、それまでにはかなりの時間がかかるだろうと」
「そうか…」
マルスの表情に翳が差した。生命を賭けた戦争を行っている以上、こういうことは日常茶飯事なのだが、だからといってやりきれない想いがなくなるわけではない。彼らの犠牲の上に勝利は成り立っているのだから。
「…その中に、指揮官級の人物は?」
「数名。アカネイア騎士団のトムス殿とミシェラン殿、オレルアン騎士団のロシェ殿、それとタリスのバーツとカシムです」
「わかった。カインは前線に戻って、重傷者の搬送の手配を整えてくれ」
「はっ!」
「アベル、後方に行ってこのことを伝え、受け入れ体制を整えておくように伝えてくれ」
「かしこまりました!」
マルスからの指示を受け、カインと、そして側にいたアベルがそれぞれ逆方向に向かって馬を走らせた。
「ふーっ…」
指示を出し終えたマルスが大きく息を吐く。そして少し項垂れると、顔を隠すかのように額を手で覆った。
「お疲れですか、マルス様」
傍らに立つジェイガンがマルスの様子をチラッと見ると、そう声をかけた。
「ジェイガン…」
どう答えたらいいものかといった戸惑いをありありと感じられる声色でマルスが反応する。
「いや、疲れているわけじゃ…」
「では、今のカインの報告を聞いて気に病んでおられるのですかな?」
「!」
ズバリ言い当てられ、マルスの表情が強張った。
「図星ですかな?」
「…参ったな」
顔を隠すように額に置いていた手を外すと、マルスが力なく微笑んだ。
「どうしてわかったんだい?」
「御幼少のみぎりよりお側に仕えさせていただいたのです。マルス様が何をお考えなのかはこの老骨、存じているつもりですぞ」
「本当に参ったな…」
表情を見せたマルスがちからなくふぅと溜め息をつく。
「わかってるんだよ、戦争なんだからね」
「……」
ジェイガンは口を差し挟むこともなく、マルスの意見を黙って聞いていた。
「戦争である以上、死とは背中合わせなのは当然のことなんだ。今までは奇跡的に指揮官級に犠牲は出てこなかったけど、それでも下士官や兵卒には何人もの犠牲者が出ている。それを考えると、何度も心が折れそうになるよ」
「お気持ちはわかります。ですが、甘いですぞ」
「そうか」
マルスはジェイガンの意見に怒るでもなく否定するでもなく頷いた。
「戦争に犠牲はつきものです。感傷に浸るのは結構ですが、それは全てが終わってからでも遅くありません。今は勝利するために、すべきことを成さねばならない時です」
「ジェイガン様、それは」
ジェイガンの言い様に言い過ぎだと思ったのか、ゴードンが思わず口を挟もうとしたがジェイガンが目でゴードンを制し、ゴードンはその迫力に圧されて何も言えなくなってしまった。
「…私も戦場で数多くの先輩、同僚、後輩を失いました」
マルスを諭すようにジェイガンが続けた。
「そのたびにやりきれない想いを抱えましたが、それに囚われて私まで犬死しては先に逝った彼らに会わせる顔がありません。その想いで戦場を生き抜き、気づけばこの年まで来てしまいました。些細なことではありますが、私に出来て王子に出来ないわけはないと思います」
「ありがとう、ジェイガン」
自分に喝を入れるためだろうか、マルスは自分で自分の頬を軽く平手打ちした。
「もう大丈夫だよ」
そう言って顔を上げたマルスの表情は、いつものものに戻っていた。
「そのようですな」
その表情を見てジェイガンが頷いた。ゴードンと、同じく側にいたノルンがホッとしたような表情になる。しかし、
(完全に吹っ切れてはいないようですがな…)
頷いたジェイガンだけは、そう思っていた。さっきは周りの連中にこれ以上余計な心配をかけさせないためにあえて言わなかったが、大丈夫と言ったマルスに、まだ少しだけいつものマルスとの違和感があることを感じてしまったのだ。
それは長年マルスの側に仕えていたジェイガンだからこそ感じ取れた、ほんの些細な違和感だった。恐らく、他にわかるのはモロドフと、血縁である母のリーザ、姉のエリスぐらいのものであろう。
(だが、今はそれに構っている暇はなし…か)
ここは戦場なのだ。先ほど自分が言ったように、感傷に浸るのは戦いが終わってからでも十分できる。そして勝利で戦いを終えるために、今はやるべきことをやらなければならない。
「差し出がましいことを申し下げました。申し訳ありません」
諫めるためとはいえ、主君に対して言い過ぎたことをジェイガンが詫びた。
「気にしないでくれ。ジェイガンには寧ろ感謝している。これからも僕の力になってくれ」
「もったいないお言葉」
マルスからのその言葉に、ジェイガンは益々忠勤に励もうと決意したのだった。そこに、
「マルス殿」
新たに合流してきた者たちがいた。城の西部での戦いを終えたアカネイア騎士団、オレルアン騎士団の面々である。
「ハーディン公、それにミディアたちも」
「待たせたな」
合流したアカネイア騎士団、オレルアン騎士団の面々は即座に馬を降りた。唯一馬上に跨ったままなのはハーディンのみである。
全軍の指揮官はマルスではあるが、マルスがオレルアンに辿り着くまでニーナを護ってきたのはハーディン率いるオレルアン騎士団なのだ。そのため、格的には両者に差はなかった。だからこそ、この形で落ち着いているのである。
最初、ハーディンは自分も下馬しようと思っていたのだが、それを他ならぬマルスに拒否されてこの形に収まっていたのだった。
「戦果は聞いてるよ」
「そうか」
「うん。ただ、指揮官級に重傷者が出たともね」
「うむ…」
ハーディンが渋い顔になる。それは、側にいたアカネイア騎士団もオレルアン騎士団も同じであった。彼ら彼女らは渋いというより、暗いといった方が良いかもしれないが。
「救いは、生命まで取られなかったことであろうか。だが、戦列に復帰するまでは時間がかかりそうだ」
「それも聞いてる。彼らの奮闘を無駄にしないためにも、必ずこの戦いは勝たなきゃいけない」
「うむ」
頷きながら聞いているハーディンは、そのまま視線を僅かにマルスへ向けた。
(固いな)
それが、ハーディンが率直に感じた今回のマルスの感想だった。いつもよりやや肩に力が入っているように見える。
(やはり故国ということで入れ込んでいるのか? それとも、重傷者を出したことが多少なりとも負い目になっているのか?)
あるいはもっと他の理由があるのかもしれないが、いずれにせよマルスの心中などハーディンに諮れるものではない。マルスがハーディンの心中を諮れないのと同じことである。
(一時の感情に流されて大局を誤ることはないと思うが、もしそうなったら越権は覚悟で事を起こすしかあるまいな)
ハーディンにとってはここで解放軍が潰えるようなことだけはあってはならないのである。それでは何のために今まで苦労したのかわからない。そうなるのだったらその時は、先ほど覚悟したように越権も辞さない覚悟でいた。
(すべてはアカネイアの、ニーナ様の御為に)
そう決意したハーディンの脳裏にニーナの姿が浮かんで消えた。そして次に浮かんできたのはガレスの姿だった。
(!)
忌々しさを感じながらハーディンはすぐに脳内のガレスを打ち消す。
(何故奴の顔が…)
自問したが簡単なことだった。ニーナがガレスに、どのような類のものかはわからないが特別な感情を持っていること。そして、越権や命令違反と言った行動はガレスの十八番だからだ。
(忌々しい!)
自分で自分をガレスと同列に扱っているような感じがして、すぐにその考えをハーディンは頭から振り払った。と、それとほぼタイミングを同じくしてジュリアンが玉座へと通じる扉の鍵を開ける。
今回はアリティア城内に眠る貴重な財宝の回収も目的のため、 盗賊はジュリアンとリカードの二人とも参戦していた。そして、お宝の回収はリカードに、扉の鍵開けや伝令はジュリアンに役目を分けていたのだ。
「王子、開きました」
「わかった」
仕事を終えたジュリアンが下がる。下馬していた騎馬部隊も再び各々の愛馬の背に跨った。玉座までの道筋が解放され、マルスが剣を鞘から抜いた。
「全軍、突撃!」
『おおーっ!』
解放軍が勇ましく鬨の声を上げて玉座の間へと突入する。と、
「ふふふ…」
玉座から…正確には玉座に座っている人影が不気味な笑い声を上げた。解放軍は用心を怠ることなくその人影に対峙する。玉座に座っているということは、恐らくはこの城の敵将なのだろう。
「アリティアの王子、のこのこと死ぬために帰ってきおったか。せっかく助かった生命をわざわざ捨てに来るとは愚かなことよ」
「! お前は!」
名指しされたマルスが睨み付けながら剣を構える。が、その人物は一向に構わずに先を続けた。
「だが、少し遅かったようじゃな」
「何だと!?」
「お前の母リーザはすでにわしがこの手で殺し、姉エリス王女はガーネフの求めに応じてくれてやったわ」
「! 母上と姉上が!?」
マルスは信じられないといった表情で呆然と呟いた。それはアリティア宮廷騎士団も同じことだった。
「王妃様と王女様が…」
「そんな…」
ある程度は覚悟はしていたとはいえ、それでもその事実を突きつけられるとショックなのは仕方のないことであった。そんな彼らを侮蔑するかのように、玉座の人影が嘲笑しながら先を続けた。
「さて、命からがら逃げだした小僧が、このメディウス王第一のしもべ、モーゼス様に勝てるかな? ふふふ…」
そこまで言い終わると、玉座の人物…モーゼスは己の手中にある魔竜石を使用した。その直後、普通の人間だったモーゼスが、竜へと姿を変貌させてゆく。そこに現れたのは、今まで見たこともない禍々しいフォルムの竜の姿だった。
「! あれは…!?」
始めて見るその竜の姿にマルスたちが息を呑む。と、
「魔竜じゃよ」
不意にどこからか声が上がった。当然、声が上がった場所に視線が集まる。そこにいたのはバヌトゥであった。
「魔竜?」
マルスが声を上げる。
「うむ」
バヌトゥが頷いた。
「我ら竜族の中でも、守りに優れた種族じゃ。特に魔法に対する防御は随一の存在よ」
「そうなのか」
そのバヌトゥの一言で、マルスはモーゼスへの攻め方を考え始めた。
(魔道士を近づけるのは愚策か。直接攻撃も、マムクートのブレスを考えれば避けた方が良い。であれば、間接攻撃と目には目を…だ)
そう結論を導くと、その通りに指示を出していく。
「歩兵や騎兵は露払いを! 弓兵やシューターは敵将へと援護攻撃を! 敵将はバヌトゥ、貴方にお願いする」
「心得た」
マルスの指示に従い、軍が動き出した。玉座を護る敵兵を直接戦闘要員が行い、その数を着実に減らしていく。
そしてある程度片が付いたところで、弓兵の支援を受けながらバヌトゥがモーゼスに挑んだ。
状況は解放軍に有利であったものの、流石は自分でメディウスの第一のしもべと自負するだけのことはあり、モーゼスはバヌトゥと互角以上に渡り合った。
しかし、それでも数には勝てず、長い戦いの末に遂にモーゼスはバヌトゥによって討ち取られたのだった。
「ぐふっ…やるな…」
竜の姿から人の姿に戻り、モーゼスは断末魔を迎えた。しかし、その表情は憎しみや呪詛で彩られたものではなく、不敵な笑みを浮かべていた。
「だが、その程度ではメディウス様は倒せぬ…」
解放軍の先行きを予言するようなことを言い、モーゼスは不敵な笑みをそのままに息絶えたのだった。
(メディウス…)
モーゼスが最後に口にしたその名に、いずれ必ず見えることになる敵の総大将にマルスが思いを馳せる。
(勝てるのか? 僕に…)
そして次に思ったのはそんなことだった。今回は弓兵とバヌトゥに頼ったが、メディウスが相手となればそうともいかない。ファルシオンを継ぐ者であるマルスが立ち向かわねばならない相手である。
だが現状は、その部下であるモーゼスにも一対一で勝負することはできなかった。無論、総大将がやられては敗北になってしまうために軽挙妄動は慎むべきである。しかし、今はメディウスの配下の一人とも互角に渡り合えないというのもまた事実であった。
(力…か)
勝利のため、それを渇望する。軍を率いる者ならば当然のことかもしれない。だがその際浮かんだものを、大急ぎでマルスは頭から振り払った。
(何を考えているんだ、僕は…)
一瞬の気の迷いかも知れないが、マルスは自己嫌悪に陥った。その脳裏に一瞬だけ浮かんだもの。それは、カダインの戦いで見せた時のガレスの圧倒的な強さだった。あの力、あの強さがあれば…。
一瞬、ほんの一瞬とはいえマルスはそんなことを考えてしまったのだった。だがそれは、マルスが求めてはいけない力である。その先にいきつくのはガーネフか、或いはメディウスである。彼らとは仇敵のマルスが、彼らと同じ側に立つわけにはいかなかった。
(疲れているのかな…)
思わずそんなことを思ってしまう。そう思わざるを得ないほど、今の考えは起こしてはいけないものだったからだ。と、
「マルス王子、宜しいですか?」
いつの間にかモロドフが側に立っていた。
「じいか。どうしたんだい?」
マルスが己の中に生じた異変を悟られぬようにモロドフに返事を返す。
「はい。アリティアの解放を喜び、大勢の市民が集まってきております。王子のお姿を一目でも見たいと…」
「そうか…わかった。今行く」
モロドフの言葉に、マルスが即断した。が、
「マルス…いいのですか?」
横から口を挟んできたのはニーナだった。アリティア城を制圧したことで後方にもその報せは行き、ニーナがつい先ほどこの玉座の間に着いたのだ。
「ニーナ様、何のことでしょう?」
ニーナの言葉の意味がわからず、マルスが首を傾げる。
「仔細は聞いています。城は取り戻しましたが、母は殺され、姉は行方知れずなのでしょう? そんな状態の貴方には、今心底解放を喜ぶ気にはなれないでしょう。ここは代理の者を立てても…」
「お気遣い、ありがとうございます」
マルスが恭しく礼をする。
「ですが、そうはいきません。今日は、祖国が解放された記念すべき日。私が真っ先に祝福できねば、死んでいった者たちに申し訳が立ちません。私は一個人マルスである前に、アリティアの王子なのです」
「マルス…そうですか」
マルスの決意を聞き、ニーナもそれ以上制止するのをやめた。ニーナの気遣いに対してマルスは軽く会釈をすると、モロドフに顔を向ける。
「じゃあ行こうか、じい。みんなが待っている」
「はっ」
モロドフに先導され、マルスは民衆に応えるために歩き出した。こうして解放軍の大きな目標の一つであり、全軍の指揮官であるマルスの故国、アリティアは解放されたのだった。