Fire Emblem ~漆黒の灰色 炎の紋章に導かれて~   作: ノーリ

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おはようございます。

今回はアリティア城を取り戻したその後のお話です。

この作品の例によって例の如く、戦勝の宴ですね。どんな感じにまとまったかは本文を読んでご確認ください。

では、どうぞ。


NO.18 忘れていた感覚

あの日、陥落するアリティア城から落ち延び、マルス率いるアリティア宮廷騎士団は何とかタリスへと逃れた。そして多大な犠牲と長い年月を費やし、遂に今アリティア城を取り戻すことができた。それも、アカネイア全土を解放するための解放軍の総指揮官という立場でマルスはアリティア城へ戻ってきたのである。

母であるリーザの死、姉であるエリスの行方など、マルスの心中に暗い影がないことはない。だがそれでも、故国を取り戻したことに違いはないのだ。

 

(まずは第一歩だ)

 

それは紛れもない事実である。そして仮初ではあるが、マルスはそのことを祝うことにした。即ち、オレルアンやアカネイアの城を取り戻した時と同じく、戦勝の宴である。

アリティアの国民たちもこぞって祖国解放の嬉しさに酔いしれる中、主役である解放軍の主だった面々は城内で同じように戦勝の宴を開いていた。それは、城外でも当然同じこと。

 

 

 

 

 

「ふぅ…」

 

瓶からワインをラッパ飲みしたガレスが口元を拭うと、どかっとそれを側の地面に置いた。そして、ゴロンとその場に横たわる。視線の先に映る空は夜の闇が訪れ始め、星の瞬きが見え始めていた。

 

(始まったのは夕刻近くだったが、まだまだバカ騒ぎは終わりそうにないな)

 

寝ころんだままチラッと周囲に視線を向ける。篝火に照らされ、そこかしこから陽気な声や明るい調子の歌、大笑いが聞こえてきた。

現状で察することができるように、アリティア城奪還の宴の最中だが今回はガレスは城に招かれてはいない。例によって例の如く、ニーナは招きたかったようだが、ハーディンと、今回はマルスもそれを許可しなかったのだ。謹慎中であることと、それによって今回は何ら働いていないことが理由である。

 

(まあ、構わんがな)

 

ガレスとしては別にどっちでもよかった。ゼテギネアの皇子として、ああいう場での場数は数多く経験しているから今更気後れなどもしないので、アリティアの諸侯とやらがどんな連中か見定めさせてもらうのも一興ではあったが、お呼びでないなら別に構わない。

寧ろ、誰に気兼ねするでもなく(最初から誰にも気兼ねなんかしないだろう、お前は。というツッコミは置いておいて)のんびりとできるのだからこちらの方が良かったりする。

その代わりというわけではないだろうが、今回の主役であるアリティア宮廷騎士団は隊長のジェイガン以下全員王城での宴に招かれていた。

 

(あいつらにはせいぜい窮屈な思いをしてもらおうか)

 

どれほど社交界のマナーやしきたりを知っているかは知らないが、仮にも宮廷騎士団なのだから全くの礼儀知らずではないだろう。だからと言って、こっちで楽しむようにフランクにとはいかないので、大なり小なり気疲れというか気苦労するのは手に取るようにわかる。

 

(惜しむらくは、その様を見物できないことだがな)

 

クックックッと意地悪い笑みを浮かべてガレスが上半身を起こした。と、

 

「ガレス、楽しそうだな」

 

傍らからアテナが話しかけてきた。

 

「わかるか」

「わかる」

 

ガレスの問いかけに、アテナがコクンと頷いた。

 

「何か楽しいことでもあったのか?」

「これからある」

「???」

 

意味がわからず、アテナが首を傾げる。

 

「お前は知らなくてもいいことだ」

 

そんなアテナを見て、ガレスは先ほどのように意地悪くクククといつものように笑った。

 

「ほほ…どうせ悪巧みでもしておるのじゃろう」

 

アテナとは別の方向から、今度はバヌトゥの揶揄するようなツッコミが入った。

 

「…知らんな」

 

ガレスはとぼけると、先ほどのワインの瓶にまた口を付ける。そんなガレスを、バヌトゥは楽しそうにふぉっふぉっふぉっと笑いながら見ていた。

城に招かれなかった指揮官級も思い思いに城外で楽しむ中、相も変わらず変わり者がガレスの周りを囲んでいた。未だにガレスを毛嫌いしたり敬遠したりする者も多いのだが、こうやって親交を交わす者がいるのも確かなのである。しかも、少しずつではあるがその数も増えていた。

元々がゼテギネアの皇子という立場からのカリスマが人を惹き付けるのか、それとも自分では手の届かない強さに対するあこがれか、更には純然たる力への羨望か、はたまた純粋に交流を楽しんでいるのかどれなのかはわからない。ひょっとしたら他の理由があるかもしれないが、ともかくガレスの周りに出来る輪が広がっているのは確かだった。

 

「ま、そんなことはいいじゃねえかよ」

 

ほろ酔いでガレスに近寄ってきたのはチェイニー。最近ガレスと親交を持った一人である。そのまま、チェイニーはガレスの横にどかっと座ると、自分が持っていたワインを、これまた自分が持っていたグラスに注いで差し出した。

 

「今は楽しもうぜ。なあ?」

 

ニカッと笑いながらグラスを差し出したチェイニーを一瞥すると、ガレスは自分が持っているワインの瓶を軽く上に上げた。

 

「まだ残ってるんでな」

「かてーこと言うなよ」

 

チェイニーはガレスが見せたワインの瓶をひょいっと取り上げると、それを傍らに置いてグラスをそのまま差し出した。

 

「…おい」

 

ガレスの目つきが少し鋭さを増す。だが、酔いも回っているのか、チェイニーは気にする様子もなく、陽気に笑いながらグラスを差し出していた。

 

「ほれ」

「チッ…」

 

少し腹立ちながらガレスは乱暴にグラスをひったくると、そこに注いであったワインを一気飲みした。

 

「おぉー!」

 

パチパチパチとチェイニーがまばらな拍手をする。グラスに入ったワインを飲み干したガレスが、そのグラスをチェイニーへと突き返した。

 

「おかわりか?」

「ふざけるな」

「おお、怖い怖い」

「失せろ、酔っ払い」

「へいへい」

 

肩を竦めると、チェイニーはガレスから取り上げたワインの瓶をその場に置き、グラスを受け取って少々千鳥足気味に引っ込んだ。

 

「全く…」

 

酔っ払いは何処の世界でも変わらんなとうんざりしながらガレスがグイっとワインをラッパ飲みした。その様が可笑しかったのか、それともなかなか見られないそんなガレスの姿が珍しかったのか、集まった他の面々がクスクスと笑っている。

 

「そう怒るなよ、大将」

 

揶揄したのはジェイクだった。

 

「誰が大将だ」

 

ガレスが不機嫌な様子で返す。

 

「誤解を招くような表現はするな」

「いいじゃねえか、酒の上でのことだぜ?」

「そうそう。誰もそこまで神経尖らせやしないよ」

 

ベックが頷く。解放軍には数少ない…と言うより、この二人だけしかいないシューターとあって、この二人は常にコンビだった。兵種が同じというだけでなく、性格的にも馬が合うのだろう。戦場外でもよく二人でつるんでいた。と、篝火に照らされた二人の顔が赤くなっているのにガレスが気付いた。

 

「お前らも酔ってるのか」

 

確認のためガレスが尋ねる。

 

「当たり前だろ」

「酒が入ってるんだから、当然」

 

ジェイクとベックが頷くと、かんぱーい! と陽気にお互いのグラスをカチンと合わせた。そこにチェイニーが加わり、三人で盛り上がっている。

 

「あちらの御仁たちはすでに出来上がってるようだな」

 

静かにグラスを傾けているのはシーザだった。横で、相棒のラディがうんうんと頷いている。

 

「お前たちは大丈夫なようだな」

 

先ほどの三人と比較して静かに飲んでいるシーザとラディにガレスが尋ねた。

 

「まあ」

「俺らは自治都市で交易都市の自警の傭兵だからな。そういったお付き合いは頻繁でね。自然と強くなるのさ」

「そういうことだ」

 

シーザとラディは言葉通り、静かに酒を飲みながら雰囲気を楽しんでいた。レナはこの場にいないが、恐らくジュリアンたちと楽しく過ごしているか、細々とした仕事をして陣中を走り回っているのだろう。何とも花の足りない一団ではあったが、ここに新しい花が加わろうとしていた。

 

「あの…」

 

不意に、あらぬ方向から声をかけられる。

 

「ん?」

 

振り向くと、そこには予想していなかった顔があった。

 

「お前たち」

「どうも」

「こんにちは。…いや、こんばんはかな?」

 

そこに立っていたのはパオラとカチュアだった。

 

「これはまた…」

 

予想だにしていなかった人物の登場にガレスは驚いていた。それは他の面々も同じようで、バカ騒ぎしているジェイクたち三人以外の、バヌトゥにシーザ、ラディも同じように驚いていた。

唯一、アテナだけはチラッと二人の顔を見た後、我関せずといった感じでグイグイと酒を飲んでいたが。

 

「どうした?」

 

思わぬ来客の登場に驚きながらもガレスが口を開いた。

 

「何か用か?」

「えっと…何て言えばいいのかしら…」

 

パオラが自分で言った通り、どう説明すればいいのかといった表情になって顔を曇らせた。

 

「んー…強いて言うなら、ご機嫌伺い?」

 

カチュアが顎に人差し指を当て、軽く首を傾げながらそう独り言のように呟く。

 

「機嫌伺いだと?」

 

その言葉にガレスが訝しげな表情になった。

 

「誰のだ」

「誰って…」

「それは…」

 

二人の視線が当然のようにガレスに刺さった。

 

「…悪いことは言わん、考え直せ」

 

呆れたような表情になってガレスが溜め意をついた。

 

「俺の機嫌など伺ってどうする。時間はもっと有効に使うんだな」

 

そして、犬や猫を追い払うときのようにしっしっと手を振って、二人に他のところへ行くように促した。

 

「ちょっと!」

 

その行為に、カチュアがあからさまに不快感を顔に出し、

 

「今のは、失礼じゃなくて?」

 

パオラも同じようにムッとした表情を浮かべていた。

 

「そうよ。レディに対して」

「フッ、レディ…な」

「何? 何か文句でもあるの?」

「あるなら聞くわよ」

 

二人揃って不機嫌な様子を隠そうともせずにガレスをジロリと睨み付けた。

 

「クク…そうむくれるな」

 

一方、ガレスはいつものように二人の怒りなどどこ吹く風と涼しい表情である。

 

「折角の綺麗な顔が台無しだぞ」

「綺麗な顔…ね」

 

パオラが呆れ気味に反芻する。

 

「どうした?」

「どうしたもこうしたも、取ってつけたようにそんなこと言われてもね」

「ええ。嬉しくもなんともないわ」

 

カチュアもジト目でガレスを睨んでいた。

 

「そうか? 正直な感想だがな」

「そういうことは最初に言ってほしいものね」

「そう。邪険に扱われた後にそんなこと言われても、取り繕うためのおためごかしにしか聞こえないわよ」

「ククク…手厳しいな」

 

いつものようにガレスが咽喉の奥で楽しそうに笑った。

 

「まあ、それは別としてさっさと帰れ」

「だから、何で」

 

さっきから帰れ帰れと言われ、いい加減腹に据えかねたのかパオラの不満気な口調が少し語気を強めた。カチュアも同じくムッとしたままである。

 

「お前たちには主君がいるだろう。そっちをないがしろにして俺に構っていいわけではないだろう」

「ああ、そういうこと」

 

ようやくガレスのつれない態度の理由がわかり、パオラとカチュアが一時的に不満を収めた。

 

「ミネルバ様とマリア様ならマルス様に招かれてアリティア城に向かわれたわ」

「何だと?」

 

今度はガレスが怪訝な表情になった。

 

「だったら尚更だ。何故部下のお前たちがこんなところで油を売っている」

「別に売ってないわよ。ミネルバ様が、護衛はいいと仰ったから」

「そう。たまにはゆっくり息抜きでもしていなさいって」

「…成る程」

 

そこでガレスはようやく今の状況に納得がいったのだった。

 

「おわかり?」

「ああ。何故お前らがこっちにいるかは理解した。が、ならば尚更気になる」

『? 何が?』

 

パオラとカチュアが小首を傾げて尋ねた。

 

「何故俺のところに来た。休養ならば他の連中のところに行けばいいだろう。わざわざ俺のところに来る理由が見えん。お前たちには妹の件もあるから、尚更俺は選択肢にないと思うのだがな」

「それは…」

 

パオラが一瞬口ごもった。が、

 

「エストの件はエストの件よ」

 

カチュアが間髪入れずに答える。

 

「それは、あの子を殺そうとした貴方に思うところはあるけれど、今は味方なんだし、あの子は実際死にはしなかったんだし、いつまでもグチグチ言うのも…ねえ? 何か嫌じゃない」

「そういうものか?」

「そういうものだと思ってくれればありがたいんだけど?」

「成る程」

 

カチュアの言い分にガレスが一応納得した。が、それと今ガレスが聞いたことに対する回答には多少のズレがあるので改めて問い質した。

 

「まあ、お前らがお前らなりに気持ちに整理をつけたというのならばそれはそれでいいだろう。ではもう一度聞くが、何故俺のところに来た。この軍での俺の立ち位置がどんなものかは何となくわかるだろう。そんな奴のところに来ても、あまり得るものはないと思うがな」

 

ククッと、自嘲するようにガレスが笑った。そんなガレスを、パオラとカチュアが複雑な表情で見ている。

 

「クク…それとも」

「何?」

「ここにきて間もないから、まだ碌に交流を持った奴がいないのか? …つまり、姉妹揃ってぼっちか?」

「しっつれいねー」

 

揶揄され、カチュアがまたムッとした表情になった。

 

「確かにまだここに加わって日は浅いけど、ミネルバ様やマリア様のつながりで、普通に人間関係は形成できてるわよ。まだ狭いけど」

「だったら、そっちへ行けばいいだろう」

「いいでしょ、別に。私たちが何処でどうやって時間を使おうと、貴方に指図される謂れはないわ」

「確かにな」

 

そこはその通りなのでガレスは口を挟まなかった。

 

「まあ、数多いるお仲間の中で俺を選んでくれたわけだ。ありがたく同席してもらおうか」

「『数多いる』…っていうのがちょっとひっかかるけど」

「細かいことを気にするな」

「何で言った張本人がそう言う言い方をするのよ、もう…」

 

疲れたような表情になってパオラとカチュアがガレスの傍らに腰を下ろした。

 

「それにしても…」

 

パオラがまじまじとガレスを見る。

 

「何だ?」

「いえ…貴方って、鎧兜を脱ぐと随分印象が変わるのね」

「うん」

 

カチュアも頷く。そして二人揃って、珍しいものを見るようにまじまじとガレスを見ていた。

 

「そうか?」

 

ガレスはというと、どうでもよさそうに返事をするとワインの瓶に口を付けて中身を胃の中へ流し込んでゆく。パオラが言ったように、今ガレスはいつものフルメイル、フルヘルム姿ではなかった。

宴の最中なのだから当然かもしれないが、鎧兜を脱いだ姿なのである。貴重と言えば貴重なそのガレスの姿に、暫く我を忘れてパオラとカチュアが見入っていた。と、

 

「どうした?」

 

二人が大人しいことに気付いたガレスが口を開いた。それにハッとしたパオラとカチュアが、

 

「べ、別に」

「何でもないわ」

 

と、言葉を濁す。そんな二人の様子を見たガレスが、いつものように咽喉の奥でクククと笑った。

 

「俺に見とれていたか?」

 

そして、ズバリ確信を突いた発言を二人に向けた。

 

「! ば、バカなこと言わないでちょうだい」

「そーよ! 自意識過剰なんじゃないの!?」

 

ガレスに指摘され、慌ててプイっと顔を背けるパオラとカチュア。その姿に、ガレスはまた意地悪くクククと咽喉の奥で笑うのだった。

 

「クク、顔が赤いぞ」

 

そして、追撃の手を休めずに更に突っ込む。

 

「熱でも出たのか?」

「見間違いなんじゃない?」

「そうそう。それか、篝火の加減でそういう風に見えるように照らされてるだけでしょ」

「クク、そうか」

「そうです」

「そうよ」

 

姉妹が息を合わせて否定し、ガレスはまた咽喉の奥で笑ったのだった。

 

「まあ、好きなだけゆっくりしていけ。もっとも、ゆっくりのんびりできる保証はどこにもないがな」

「ええ」

「そうさせてもらうわ」

 

持参したワインをお互いに注ごうとするパオラとカチュア。

 

「ちょっと待った」

 

そこに、横から声がかかった。

 

「え?」

「何?」

 

訝しがりながら二人が声のした方に振り返ると、そこにはいつの間にか近づいてきたのか、シーザとラディの姿があった。

 

「あなた方は?」

 

パオラが尋ねる。二人とも指揮官級の人物とは言え、まだ全員の顔と名前を把握していないのだろう。加入してまだ日が浅いのだから仕方のないことではあるが。

 

「失礼。私はワーレンの傭兵でシーザ」

「俺はラディ。宜しくな」

「マケドニア白騎士団のパオラよ」

「同じくカチュア。宜しくね」

「ああ」

 

ラディが頷いた。

 

「それで、何の御用かしら?」

 

パオラが重ねて尋ねる。と、

 

「折角来てくれたんだ。俺たちに注がせてくれよ」

「え、でも…」

 

カチュアが戸惑う。遠慮しているというのではなく、ほぼ初対面なのにお言葉に甘えていいのだろうかと迷っているのだ。意見を求めるように姉のパオラに目を移したが、パオラもどうしようか決めかねているようだった。

 

「私たちと…ではないにしても、交流を深めに来たのだろう? ならば、これも何かの縁だと思って是非」

 

シーザが重ねてそう言う。相変わらず顔を見合わせながらどうするか考えていた二人だったが、その一言を聞いたとあって結論は早かった。

 

「それじゃあ、お言葉に甘えさせていただこうかしら」

「お、嬉しいね」

 

賛同を得たラディがパオラの脇に座ると、ワインを受け取ってパオラが手に持っているグラスにそれを注いだ。

 

「では、貴方は私が」

「あ、ありがとう」

 

カチュアが緊張気味にシーザにグラスを差し出す。こういった経験はほとんどないのか、ちょっと恥じらっているように見えた。やがて、二人のグラスにワインが十分に満ちる。

 

「どうも」

「ありがとう」

 

パオラとカチュアはそれぞれワインを受け取る。すると、パオラがカチュアに自分のグラスを渡した。

 

「? 姉様?」

 

どういうことかわからず、カチュアが首を傾げる。

 

「ちょっと持ってて、カチュア」

「え? あ、う、うん…」

 

パオラに言われるがまま、カチュアはワインの瓶を傍らに置くとそのグラスを手に取った。すると、パオラは自分の持っていたワインの瓶をラディに向ける。

 

「へぇ…嬉しいね」

 

パオラの意図を察したラディはさっきまで自分たちがいた場所に戻ると、自分たちのワイングラスを持ってくる。そしてシーザに彼のグラスを渡すと、ラディは元の場所に座ってそのグラスをパオラに向けて差し出した。

すぐに、パオラがワインの瓶を傾ける。自分たちと同じぐらいの量まで注いだところで、パオラが傾けたワインの瓶を元に戻した。

 

「御返杯」

「ありがたく頂戴するぜ」

 

ラディが相好を崩した。パオラが自分の分のグラスと、今度はカチュアのグラスを受け取る。代わりに、ワインの瓶をカチュアに渡した。

 

「それじゃ、私も」

「すまないな」

 

今度はシーザにカチュアがワインを注いだ。四人がそれぞれワインの入ったワイングラスを持つ。そして、

 

『乾杯』

 

図らずも声が重なり苦笑しつつ、いい雰囲気でワインを嗜んだ。そこへ、

 

「お、羨ましいねぇ」

 

酔っ払いの三人が加わる。

 

「何だよ、何時の間に女をひっかけたんだ?」

 

チェイニーがニヤニヤしながらシーザとラディの間に腰を下ろした。

 

「そんなことはしてないぜ」

「ああ。彼女たちに失礼だろう」

 

そう言って、二人は再びグラスを傾ける。

 

「や」

「どうも」

 

ジェイクとベックはそれぞれパオラとカチュアの傍らに腰を下ろした。

 

「おたくらは確か…」

「ミネルバ王女の…」

「ええ」

「部下のパオラとカチュアよ。宜しくね」

「俺はジェイク」

「ベックだ」

「存じてるわ」

「ええ。マケドニアにはシューターはほとんどいないからね」

「そうかい」

「ま、こうやって同じ軍に加わってるのも何かの縁だ。宜しく頼むぜ」

「ええ」

「こちらこそ」

 

和気藹々と宴の時間が過ぎていく。そんな彼ら彼女らのやり取りを、ガレスはワインを飲みながら見物していた。

 

「ガレス」

 

不意に、一人マイペースで飲んでいたアテナが話しかけてきた。

 

「何だ?」

 

アテナに顔を向け、ガレスが尋ねる。と、アテナは一言、

 

「楽しそう」

 

とだけ言ったのだった。

 

「楽しそうだと?」

「うん」

 

アテナが頷いた。

 

「俺がか?」

「勿論」

「そう見えたのか?」

「うん」

「…そうか」

 

納得しつつも、ガレスは内心では驚いていた。まさか楽しそうな視線を他人に向ける日が来るとは思わなかったのだ。いつものように意地の悪い笑みではなく、単純に楽しそうに見えたということがガレスにとっては本当に意外だった。

 

「……」

 

そんな指摘をされた後、チラッと視線をある方向へ向ける。そしてその視線をすぐに戻すと、ぐいっと酒をあおってガレスは徐にその場を立ち上がった。

 

「? ガレス?」

 

不意に立ち上がったガレスに、アテナが首を傾げる。

 

「どうしたんじゃ?」

「小便だ」

 

尋ねてきたバヌトゥにそう答えると、楽しい時間を過ごしている面々に気付かれないようにガレスがその場を去ったのだった。

 

 

 

小便のために適当な繁みに入るガレス。その姿を追い求める二つの影があった。影はガレスに気づかれないように細心の注意を払いながらガレスが入った繁みを遠巻きから覗き込む。しかし、そこにはガレスの姿はなかった。

 

(!)

(何!?)

 

十分な距離が離れているのだが、影は万一にもガレスに気付かれないように最小限の声を出している。だが、当のガレスはいるべき場所にはどこにもいない。

 

(確かにここに入ったのに…)

(一体何処へ…)

 

ガレスを探し求め、影が気取られないように周囲に視線を走らせる。と、

 

「こんな日まで、御苦労なことだな」

 

(!)

(!)

 

不意に背後から声をかけられ、影は心臓が止まるかと思うほど驚いた。ハッキリ言って悲鳴を上げなかったのは奇跡である。だがそれよりも、

 

(い、今の声は…)

(まさか…)

 

二つの影が恐る恐る自分たちの背後を振り返った。そこには当たってほしくない二人の予想通り、呆れたような表情で自分たちを見下ろしているガレスの姿があった。

 

『ッ!』

 

再度、悲鳴を上げなかった奇跡を起こしながらも、影は一瞬で固まってしまった。そんな影を見下ろしながら、ガレスがニヤリと笑う。

 

「朝も夜も、雨が降ろうが風が吹こうが、時間があれば俺を見張っていて見上げたものだ」

「き…気づいて…いたのか?」

 

影の片方が驚愕に彩られながらも何とかそれだけ口にすることができた。

 

「気付かぬわけがないだろう」

 

ガレスが淡々と答える。

 

「貴様らは上手く気配を消せているつもりだろうが、俺には通用せん。鬱陶しくて仕方なかったぞ」

「だ、だったら何で、今まで泳がせてたんだ?」

 

もう一つの影が尋ねる。

 

「簡単だ。貴様らが見張っているだけで何もしてこなかったからだ」

 

ガレスがこれまた淡々と答えた。

 

「何かしてくれば俺としても遠慮なく貴様らを排除できたのだがな、貴様らは見張っているだけで何もしてこなかった。だから俺も何もしなかった」

「じゃ、じゃあ、何で今更…」

「さっきも言っただろう? 鬱陶しくて仕方なかったと」

 

そこでガレスの視線が鋭くなる。

 

「何もしてこないとはいえ、ずっと見張られ続けていれば腹も立つ。いい機会だと思ったのでな」

 

そこで雲間から月の光が差し、影を浮かび上がらせた。現れたその顔はオレルアン騎士団のホースメン、ウルフとザガロだった。

 

「最初は貴様だったな」

 

ガレスはザガロに視線を向ける。

 

「な、何のことだよ?」

 

生唾を飲みながらザガロが何とか答えた。

 

「わからんか? それとも覚えていないのか? オレルアン城を奪回したときの宴で、俺とニーナがテラスで酒を酌み交わしていたときに、貴様離れたところから見張っていただろう。あれ以降だ、貴様らの鬱陶しい見張りがついたのは」

「!」

 

ザガロが驚愕に目を見開く。まさか最初からバレていたとは思わなかったのだ。

 

「踊らされてたって訳か…」

 

ウルフが吐き捨てた。

 

「ああ。鬱陶しかったが中々楽しめたぞ、貴様らの道化ぶりはな」

「! この!」

「いい性格してるぜ」

 

揶揄されたザガロとウルフが憎しみと嫌悪感を剥き出しにしてガレスを睨む。

 

「フン、お互い様だ。…余程ハーディンは俺が気に入らんようだな」

「ああ」

 

ザガロが吐き捨てた。バレてしまった以上、気を遣う必要もなくなったためにふてぶてしくなっている。

 

「確かにそれもある。だが何より、貴様がニーナ様と個人的な親交を持つのをハーディン様は危惧しておられる」

 

ウルフが補足した。こちらも開き直ったからか、ぞんざいな口調になっている。

 

「フン」

 

ガレスが面白くなさそうに鼻を鳴らした。

 

「気持ちはわかるがな、俺があいつとどうにかなる、あるいはあいつをどうにかすると思っているのか?」

「その可能性があるというだけで排除の理由には十分なんだよ」

 

ザガロが厳しい視線でガレスを見据えながら答えた。

 

「ニーナ様は、今ではアカネイア王家の最後の生き残りだ。その血筋を絶やすわけにはいかない。一時的な気の迷いに違いないとはいえ、貴様のような得体の知れない奴の影があってもらっては困るんだよ」

「それで俺が下らん真似をしないように、貴様たちを使って俺を見張らせていた…と」

「ああ」

「フン、下らんな」

「何だと!」

 

ザガロが激昂した。

 

「もう一度言ってみろ!」

 

ウルフも同じく激昂する。自分たちが踊らされていたことに加え、主君の采配を下らないの一言で切り捨てたことが二人には許せなかった。

 

「もっともらしい理由をつけているが、俺にはガキが嫉妬して子分を使ってみみっちい横槍を入れているようにしか思えんがな」

「貴様に何がわかる!」

「わかるものか。貴様らの事情など俺は知らんからな。だから好き勝手に言っている」

「本当に腹立たしいな、貴様…」

「フン、お互い様だ」

 

双方の主張は平行線をたどる。このまま続けても解決の点はとても見出せそうにはなかった。

 

「城の宴から戻ってきたら、貴様らの主人に伝えておけ」

 

やがて口を開いたのはガレスであった。

 

「貴様の危惧しているようなことにはならんし、俺もするつもりはないとな」

「……」

「もう一つ。バレたのだからこれ以上無駄な真似はするなともな」

「……」

 

ザガロ、ウルフの二人とも、応とは言わない。しかしこうなった以上、彼らの採るべき選択肢はガレスの言う通りにする他なかった。と、

 

「さて」

 

ガレスが表情を一変させてニヤリと笑った。そしていきなりザガロとウルフの首根っこを掴んで引きずり出す。

 

「お、おい!」

「貴様、何を!?」

 

いきなりの展開に面食らいつつも、ザガロとウルフは当然抗議した。

 

「これまで散々嗅ぎまわってくれたんだ。今度は俺が意趣返しさせてもらおうか」

「な、何!?」

「ふざけるな! 放せ!」

「ククク、無駄だ無駄だ」

 

抗議の声を上げるザガロとウルフを当然黙殺し、ガレスはそのまま二人を引きずりその場を後にしたのだった。

 

 

 

「あ、ガレス」

 

戻ってきたガレスにアテナが声をかけた。

 

「戻ったか」

「ああ」

 

と、その両腕にガレスが出て行くときにはいなかった二人を引き連れているのが目に入った。

 

「何だ? そいつら」

「こいつらか?」

 

そこでいつものようにクククと笑う。そして、傍らにいるパオラとカチュアに視線を向けた。

 

「そこの二人と同じだ」

「ん?」

 

よくわからないといった表情でアテナが首を傾げた。突然話を振られた形になったパオラとカチュアもキョトンとした表情になっている。

 

「ぼっちで所在なさげだったんでな、無理やり連れてきた」

「だから!」

「私たちはぼっちじゃないってば!」

「ククク」

 

パオラとカチュアの抗議を気にする素振りも見せずにその二人、ザガロとウルフをパオラとカチュアの前に放り投げる。

 

「そいつらにも酒を注いでやってくれ」

「わかったわよ、もう…」

「全く…」

 

ムッとしながらブツブツ言っていたパオラとカチュアだったが、ザガロとウルフには何の関係もないので普通にお酌することにする。

 

「はい」

「どうぞ」

「あ、ああ」

「ありがとう」

 

ザガロとウルフがおずおずとグラスを受け取った。そこでパオラとカチュアは、ザガロとウルフの顔に殴られたような箇所があるのに気づいた。

 

「あら?」

「どうしたの、その顔?」

「いや…」

「別に…」

 

そうは言いながらも、ザガロとウルフは恨みがましい視線をガレスに向けた。だが当のガレスは、ニヤニヤしながらザガロたちを見ていた。

 

(ああ…)

(成る程…)

 

それで大体何があったのかわかったパオラとカチュアがお互いの顔を見ると肩を竦めた。そんな二人を尻目に、せっかく注いでくれた酒を飲まないのも失礼に当たると思ったのだろうか、ザガロとウルフはチビチビとそれを飲む。

 

「お、新顔さんかい」

 

見慣れない顔が増えたことに一番最初に気付いたチェイニーが寄ってきてドカッと傍らに腰を下ろした。すっかり打ち解けたのだろう、ジェイク、ベック、シーザ、ラディの四人もわらわらと集まってきて同じように腰を下ろす。

 

「あれ」

「これは珍しい」

「確かに」

「あんたら、オレルアン騎士団だろ? 何でここにいるのさ」

「いや…」

「その…」

 

返答に窮しているザガロとウルフが助けを求めるかのようにガレスに視線を向ける。だがガレスは、二人の困っている様をニヤニヤと眺めているだけで口を出そうとはしなかった。

 

(チッ…)

(あいつ…)

 

自分たちが右往左往しているのを肴に酒を飲もうとでも思っているのがその表情からわかり、ザガロとウルフは恨みがましい視線を向ける。しかし、ガレスは一向に気にする様子もなくまたグイっとワインをあおった。

そうしている間にもいい感じに出来上がった酔っ払い軍団に半ば絡まれ、ザガロとウルフは四苦八苦する羽目になったのだった。

 

(ククク…)

 

ザガロとウルフの思っていた通り、二人の慌て様を酒の肴にしながらガレスは再びその場に寝転がった。視線の先には夜空と無数の間叩く星々の数々。

 

(こんなふうに呑気に空を見上げるなど、いつ以来か…)

 

そんなことを考えながら、ガレスはのんびりとこの時間を楽しんだのだった。

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