Fire Emblem ~漆黒の灰色 炎の紋章に導かれて~ 作: ノーリ
GWということで特別投稿です。
今回はグルニアの騎士団との戦いですが、内容的にはタイトル通りのものになります。楽しんで頂ければいいのですが。
では、どうぞ。
マクロニソスの城を抜き、解放軍は先を進む。次なる決戦の地はグルニア。しかしその前に向かうべき場所があった。
ラーマン…古代神殿であるその地に、大賢者と呼ばれるガトーが求める二つのオーブがある。光と星のオーブ。ガーネフを倒すためにどうしても必要なその二つのオーブを手に入れるため、解放軍はまずそこを目指していた。その進軍の途上…
「よお」
ラーマンへ向かって進軍する解放軍の中でもひときわ異質な漆黒の重騎士…ガレスのところへ近づいた影があった。
「ん?」
聞いたことがないと思われる声色に、ガレスが声のした方に振り返る。果たしてそこには予想通り、今まで見たことのない顔があった。
(…誰だ、こいつは?)
思い出してみる。が、頭の記憶にかすりもしない。ということは、
(前の戦いで加わった新顔か)
そう判断した。確かマクロニソスの城での戦いで解放軍に加わった魔道士がいると聞いた。そして目の前の男からは騎士や剣士、戦士という雰囲気は微塵も感じられない。であれば、その新顔の魔道士なのだろう。
そう判断したガレスは取り敢えず用件を聞いてみることにした。
「誰だ、貴様? そして、俺に何の用だ?」
「成る程」
ガレスの言ったことを聞いた魔導士が軽く口笛を吹きながら肩を竦めた。
「噂通り、おっかない雰囲気だな」
「フン」
その言葉を聞いたガレスがつまらなそうに鼻を鳴らす。
「用がないなら失せろ。俺に無駄な労力を使わせるな」
「御挨拶だねぇ」
シニカルな口調で魔道士が答えた。が、すぐに、
「ま、いいさ」
と、気にする様子もなく言葉を続ける。
「俺はエッツェル。少し前にこの軍に入ってね。色々と挨拶回りしているところさ」
「そうか」
どうでもよさそうにガレスが答えた。実際、どうでもいいと思っているから適当に返答しているのだが。
「マクロニソスの城で魔道士が加わったと聞くが、それがお前か」
「御名答」
魔道士…エッツェルが微笑んだ。そして、
「実は俺、あんたと会うの楽しみにしてたんだぜ」
と、意外なことを言ってきたのだった。
「ほぉ?」
ガレスが少し興味を惹かれ、エッツェルの話に耳を傾けた。
「他の連中に挨拶周りしている時に色々と話をしたんだけど、かなりの連中があんたのことを話題に出してさ。興味が惹かれたんで会いたかったんだよ」
「そうか」
大体何を言われているかは予想がつく。
「碌な噂ではあるまい」
「まあね」
エッツェルがアッサリ肯定した。
「ただ、悪い噂だけって訳でもないからさ。余計に興味が惹かれたって訳さ」
「物好きはどこにでもいる。それだけの話だ」
「おいおい、自分でそんなこと言っちゃうのかよ」
エッツェルが苦笑しながら再び肩を竦めた。
「やっぱ変わり者だわ、あんた」
「放っておけ。それと、挨拶ならばもういいだろう」
「薄情だねぇ」
「慣れ合うのが嫌いなだけだ」
「ふぅん。ま、いいや」
ガレスに従った…というわけでもないのだろうが、エッツェルがガレスから離れる。
「戦場を共にすることになったら、宜しくな」
「…ああ」
「何だよ、そのタメは?」
「やかましい」
「おお、怖い怖い。んじゃな」
そこでエッツェルが軽くヒラヒラと手を振ると、ガレスの許から去って行った。
(変わり者がまた増えたか)
誰に聞いてもあんたにだけは言われたくないと必ず言われるであろう感想を抱きながら、ガレスは一瞬だけエッツェルを見送った。
軍中でそんなことがありながらも進軍は続いていく。そして…
「マルス王子、橋の向こうにグルニアの大部隊が見えます」
モロドフが現在の状況をマルスに説明する。ラーマンへ向かうためにはどうしても避けられないカシミア海峡にかかる橋。通称、カシミア大橋の手前まで解放軍は進軍してきた。そして橋を挟んだ向こう側には、モロドフの言った通り多数のグルニア軍が陣形を整えて待ち構えていたのである。
「遠いのでハッキリとは見えませんが、おそらく黒騎士団かと…」
「やはり、ここで待ち構えていたか」
マルスの表情が厳しさを増した。
「だけど、ここで歩みを止めるわけにはいかない。どうしてもラーマンにはいかなければならないんだ」
マルスはカダインを落とした直後のことを思い出していた。
『結局、ファルシオンは見つからず、か…』
ガレスによってガーネフを撃退したため、解放軍は悠々とカダインに辿り着いた。しかし、カダインをくまなく調べてもアリティア王家に伝わる神剣ファルシオンは何処にもなかった。
半ばそうだろうなと思っていながらも、やはり落胆を隠せないマルス。と、
『マルス…マルス王子よ…』
不意に、マルスに誰かが声をかけてきた。しかしそれは普通に声をかけられているのではなく、頭に直接響いてくるようなおかしなものだった。その証拠に、今周囲にはマルスに話しかけてきている者はいなく、その声色も聞いたことのないものだったからだ。
『! 誰だ!』
突然のことに警戒しながらマルスが周囲を油断なく探る。と、
『私はガトー。今、マケドニアから魔道によって話しかけておる』
と、声の主が続けて伝えたのだった。
『ガトー…ということは、白の賢者ガトー様?』
思わぬ人物からのコンタクトに流石のマルスも驚きを隠せない。
『そう呼ぶ者もおるようじゃな。今からわしの話を聞くがよい』
だがガトーは驚くマルスを特にフォローもせずに淡々と話しを始めた。
『そなたの案ずるとおり、ファルシオンはガーネフが持っておる。マフーとファルシオンさえあればドルーアと言えど簡単に逆らうことはできぬ。そして、いずれはドルーアをも従え世界を我が物にしようと考えておるのじゃ』
『…マフーとはそれほどの魔法なのですか?』
思わずマルスが聞いていた。
『うむ。マフーを持つ者相手には普通に戦っても傷一つつけられぬ。かつては禁断の魔法として我が手元で厳重に管理していたのだが、当時ミロアと共にわしの弟子であったガーネフが盗み出し、姿を消したのじゃ。その結果、今そなたたちに苦労をさせておる。マフーを失ったのはわしの不手際。申し訳なく思ってな。そなたにマフーを破る方法を教えようとこうして話しかけておる』
『その方法とは?』
『うむ、スターライト・エクスプロージョンじゃ』
マルスの質問にガトーが即座に答えた。
『この呪文をもってすれば、マフーの闇の加護を打ち破ることができよう。だが、この光の魔法を作り出すためには光と星のオーブが必要となる。よいか、マルス。光と星のオーブをわしの許に持ってくるのじゃ。さすれば、授けよう。マフーを破る唯一の呪文…スターライト・エクスプロージョンをな』
カダインでそんなことがあったため、マルスはどうしてもラーマン神殿へと向かわなければならなかった。そしてそのためには、このカシミア海峡にかかる大橋での戦いは避けられないものだった。と、
「マルス、敵の大部隊が現れたと聞きましたが…」
後方からニーナがわざわざ前線まで足を運んできた。
「はい。どうやら、グルニア黒騎士団のようです」
「グルニアの黒騎士団…」
「それが何か?」
わざわざそんなことを聞きに来たのだろうか…そんなことが何となく引っかかったマルスがニーナに尋ねた。
「い、いえ、何でもないのです。何でも…」
マルスの質問にお茶を濁したようにニーナが答えるが、
「て、敵将はどのような者なのでしょうね?」
と、なんともおかしな質問が続いたのだった。
「敵将、ですか?」
腑に落ちない思いを抱えながらもマルスが律儀に応対する。
「どのような者と申されましても…」
「その…グルニアには有名な将軍がいるではありませんか」
「ああ、カミュ将軍のことですね。恐らく彼ではないでしょう」
マルスがそう答えた。
「彼はドルーアの意にそわぬ行動をとり、その監視下にあると聞きます。母国が攻撃されれば別でしょうが、この地まで遠征してくることはないでしょう」
「そうですか。それは何よりです…」
ニーナが安堵したように溜め息をつく。もっともその安堵の溜め息は、味方を気遣ってというよりカミュが出てこない…敵がカミュではないことに対するもののようにマルスには見受けられた。
「それより、ここは危険です。ニーナ様は早くお下がりください」
だが、それに気付かぬふりをしてマルスはニーナを後ろへと下がらせる。
「わかりました。気を付けてくださいね、マルス」
「はい」
力強く頷いたマルスに見送られ、ニーナは後方に下がった。
「じい、出陣だ。皆にそう伝えてくれ」
「はっ!」
モロドフが恭しく頭を下げると、マルスの命令を伝えに下がる。こうして、カシミア海峡を挟んだ戦いは始まったのだった。
「ふぅ…」
解放軍内、最後方にある一際豪華な天幕。その中で憂い顔で溜め息をついているのはニーナだった。
(取り敢えず、決戦は避けられたようですけど…)
そのことには喜びつつも、それは只の先送りでしかないことはよくわかっているためニーナの憂いは晴れない。彼女が心配しているのは只一つ。
(カミュ…)
その脳裏にはあのグルニア最強と名高い黒騎士の姿が浮かんでいた。アカネイアが滅亡し、自身も死の淵へと追いやられそうになった時にこの身を救ってくれたのは、仇であるはずの他ならぬカミュなのである。
以来、ニーナの心中にはカミュへの思慕の情がハッキリと残っていた。それは時を経るごとに大きくなり、今はハッキリと恋慕の情と言っていいものへと成長していた。
しかし今の立場はこちらは解放軍の盟主、あちらは敵の名だたる将の一人。和解できる余地などない。解放軍の敗退などもちろん願ってもいないが、だとすればカミュがこちらへ投降するしか手を取り合う形にはならない。しかし、カミュがそうする確率はほぼないと言っていい。良くも悪くも祖国に殉じるつもりなのだ。
であれば、こちらが勝つにせよ負けるにせよ、ニーナにとって待っているのは悲劇に他ならない。そして、その悲劇はもうすぐ側まで来ようとしている。
「はぁ…」
だからこそニーナの表情は浮かばず、気持ちも陰鬱としたままなのである。表情も晴れなかった。
(どうしたら…)
考える。だが、考えても考えても妙案など浮かびようがない。元々解答のない問題なのだ。考えても仕方のないことであった。しかし、だからといって何もせずにはいられなかった。それほど今のニーナは余裕がない…切羽詰まった状況なのである。
「うぅん…」
目を閉じ、額を抑えて考えを巡らせる。しかし、何度考えても、どれだけ考えてもやはり妙案など出てこない。出てくるのは溜め息ばかりであった。
(いけませんね…)
ニーナは椅子から立ち上がると天幕を出た。
「ニーナ様」
「どちらへ?」
すぐに見張りをしていた兵士たちが声をかけてくる。
「少し、外の空気を吸おうと思って」
「では、我々も」
「お供します」
「ありがとう。お願いしますね」
『ハッ!』
気分転換のため、また陰鬱な気持ちを少しでも晴らすためにニーナは少し先にある高台へと向かった。
「ふぅ…」
高台についたニーナは大きく息を吸うとゆっくりとそれを吐き出した。そうして心を落ち着かせていく。心地よい風が吹き、ニーナの身体を撫でていった。
気分が晴れるというほどではないにせよ、やはり天幕の中に閉じこもっていた時と比べれば幾分かでも気が楽になったような気がした。とは言え、ニーナの頭痛の種が尽きたわけではない。
(本当に…どうしたら…)
高台から遠くを見ながら考える。位置的に今戦場になっているカシミア大橋の辺りは見えない。マルスを始めとする諸将や諸兵士たちが生命掛けの戦いを行っているというのに、自分は安全な場所でこんなことを考えていると思うと申し訳なくなる。だが、どうしても考えるのをやめられなかった。
(嫌な考えばかり、浮かんでくる…)
自分たちの立場を考えればそれは仕方のないことだし、恐らく現実のものとなるだろう。それも、そう遠くない未来に…だ。だからと言ってそれに納得できるかというとそれはまた別である。そして、ニーナは納得したくなかった。
「はぁ…」
自然、溜め息がまた出る。陽の光と身体を撫でる風は相変わらず心地いいのだが、だからと言って今のニーナの心境を晴らしてくれるほどではなかった。
(こんなこと、誰にも言えないし…)
それがまた、ニーナにとっての重荷の一つであった。吐き出すだけで楽になるということは確かにある。あるのだが、事情が事情である以上誰にも吐き出せるわけはなかった。シーダやミネルバなど、同じ女性で同じ王女、そして信頼できる仲間である彼女たちに何度か打ち明けようと思ったものの、それが原因で不要な波風が軍内に立ったらと思うとそれも躊躇われたのだった。結局、ニーナがその胸の内に抱え込んでいる以上、ニーナ一人で処理しなければいけない問題であった。
(どうすれば…)
忸怩たる思いにとらわれる中、不意に自分の後方で何かの物音がした。
(?)
何だろうと思ってニーナが振り返ると、お付きの兵士たちが地に倒れて動かなくなっていたのである。
「え!?」
どういうことでこんな状況になったのかわからず、思わずニーナが戸惑って絶句した。と、
「心配するな」
不意に、どこからか声が聞こえてきた。
「寝てるだけだ」
「だ、誰!?」
急な展開に驚きながらも辺りを見渡す。と、
「ククククク…」
よく聞く笑い声とともに現れたその姿に、ニーナはホッと一息ついていた。
「が、ガレス…」
「久しぶりだな」
漆黒の甲冑を身に纏い、ガレスがニーナの許に姿を現した。
「貴方だったのね」
「ああ」
「もう、驚かせないで」
「フン、貴様がこんなことで驚くような細い神経をしているタマか」
「ふふ、酷いこと言うのね」
ニーナがいつも通りの不躾なガレスの口調に顔を綻ばせながらクスクスと笑った。そのおかげか、不思議と陰鬱だった気持ちが少なからず晴れた。
(まさか…私を気遣って…)
と、一瞬思ったニーナだったが、いつも通りのガレスの様子に、
(ないわね)
と、一瞬で否定したのだった。それが面白くて、またニーナが微笑む。
「どうかしたか?」
そんなニーナの様子に気付いたガレスが尋ねる。
「いいえ、何でも」
当然、ニーナはそう誤魔化して否定したのだった。
「そうか」
ニーナの返答に、どうでもよさそうにガレスが答える。
「貴方は出撃しなかったのね」
ニーナが尋ねた。ここにいることは即ちそういうことに他ならない。
「ああ」
ガレスも特に隠すことも反論することもなく答えた。そのまま、ニーナの許にやってきてニーナと肩を並べる。
「カダインで勝手をやった件がまだ尾を引いているらしい」
「そうなの」
ガレスの返答にニーナも特にそれ以上口を差し挟むことはなかった。言うべきこともないのだから当然かもしれないが。
「仕方ありませんね。命令違反は重罪ですから」
本来なら、死罪でもおかしくないのですよとニーナは付け加えたが、
「ククク、あいつらに俺が殺せるものか」
ガレスは一向に気にする様子がない。そしてその言葉が只のハッタリではないことはニーナも良く理解しているだけに、仕方ないとばかりに首を竦めるしかなかった。
「第一、勝手はしているが解放軍に不利益になることはやっていない。それで裁かれるのもおかしな話だ」
「ですけど、軍には軍法というものがありますから」
「わかっている。だからこそ、その軍法に則って大人しくしているのだろうが」
「今は、でしょう?」
「…さあな」
言葉を濁したガレスに、またニーナはクスクスと笑うのだった。
「フン…」
隣に立つニーナの楽しそうな笑い声に、対照的にガレスはつまらなそうに鼻を鳴らした。そして、
「人のことより、自分のことだろう?」
と、ニーナに視線を向けた。
「え?」
意味がわからず、ニーナが首を傾げる。
「何か気がかりがあるのだろう?」
「! な、何のことでしょう」
心の奥底を見透かされたような気分になってニーナがとぼける。が、
「クク、とぼけるな」
ガレスはお見通しだった。
「どこからどう見ても『悩みを抱えています』といった感じの憂い顔でいただろう。あれがわからないのは余程の朴念仁か石頭ぐらいのものだ」
「……」
「話す気にはならないか」
ニーナが口を真一文字に結んだ。しかし程なく、
「話しても…」
囁くほどの小さい声でニーナが呟いた。
「ん?」
「…話しても、どうにもならないことですから」
「そうか…」
ニーナがそう言ったため、ガレスもそれ以上は聞かなかった。やろうと思えば暗黒道の力を使って聞き出すこともできるが、どうにもその気になれなかったのだ。
(クク、俺も甘いな)
自嘲するガレス。と、
「…敵のことなど」
再び囁くようにニーナが呟く。
「ん?」
「敵のことなど、知らなければ良かった…」
(成る程)
この一言で、ガレスはニーナの心中に引っかかっていることがわかった。そして、ニーナがここまでしか言えないことも察した。
人間何か心に引っかかっているものがある場合、言えるならば吐き出したいものである。吐き出せば少しは気分が楽になるからだ。
それが出来ないということは、それだけの事情があるというのだろう。そして、ニーナの言葉をこのケースに当てはめた場合、何か敵のことで引っかかっていることがあるということだ。解放軍の象徴である以上、敵に対してふさわしくない態度を取るわけにはいかないのだろう。例えそれが、どれほど辛いことであろうとしてもだ。
(公人としてはどうしても求められる要素だな)
ガレス自身もゼテギネアではのっぴきならない立場だっただけにニーナの苦労はよくわかる。勿論、暗黒道に堕ちた後のガレスが敵の事情を斟酌したことなどないが、暗黒道に堕ちる前だったら心当たりはあるからだ。
(俺がどうこうできるわけでもなし、自分で乗り越えてもらうしか仕方ない)
お節介を焼くつもりはないが、焼くにしても限界はある。できることもできないこともある。それを考えれば、ガレスに何をどうこうすることはできなかった。
(まあ、そいつを苦しまずに楽に殺してやるぐらいならばできるか)
そうなったら、その時のこいつの顔が見ものだがな…ガレスはそんなことを考え、再びクククと甲冑の下で笑った。と、
(ん?)
ガレスが何かを察知する。
(今のは…)
視線を向けたのはカシミア大橋の方向。今戦場になっているその地で、ガレスはいつものアレを感じたのだった。
「……」
少しの間何かを考えるガレス。そして、
「少しは気が紛れたか?」
と、ニーナに声をかけた。
「え? え、ええ…」
頷きながらもニーナは戸惑っている。この軍の中ではかなりガレスとの交流が深いニーナだが、このような気遣うような言葉を掛けられたのは初めてと言ってよかったからだ。
「そうか」
一方で、ガレスはニーナが戸惑っているのを意に介することなく、身を翻した。
「もう行くの?」
その行動で、ガレスがここを立ち去ることを悟ったニーナが少し不満そうにそう言った。
「ああ」
首だけ振り返ると、ガレスが首肯する。
「お前の周りに俺がいると、快く思わない連中が多いんでな。奴らのことなどどうでもいいが、面倒ごとを増やすのは御免だ。それに、ここに転がっている連中もそろそろ起きるからな」
「そう…」
ニーナが本当に残念そうに俯いた。
「お前も気晴らしは程々にして天幕に戻れよ」
「ええ」
「結構」
頷いたニーナを後に残し、ガレスはその場を立ち去った。一見いつもと変わらないように見えるその姿が、ニーナには少し違和感を感じられるものだった。しかし、その違和感の原因を突き止めることは、ついぞできなかったのだった。
「あっ、マルス様ですね」
激戦の続くカシミア大橋での戦い。その間、一瞬の間隙を縫って一騎のペガサスナイトがマルスの許に降り立っていた。
「君は…」
「はじめまして」
ペガサスの乗り手である、まだあどけない少女が下馬をすると叩頭した。
「私はマケドニアのエスト。ペガサスナイトのパオラ、カチュアの妹です」
そして彼女…エストが自己紹介する。
「やっとお会いすることができました。最初は姉たちと一緒にマルス様の軍へ合流するつもりでしたが、三種の神器の一つであるメリクルの剣がアカネイアから持ち去られ、グルニアにあると聞いて取り返しに行っていたのです。…で、これがそのメリクルです」
そしてエストは、大事に抱えていた一振りの剣をマルスに手渡した。
「これは…」
その威容に、思わずマルスも息を呑む。
「ねっ、すごい剣でしょ? 相応しい人が使えばすごい働きをしてくれますよ、きっと」
「ありがとう、エスト。我々は君を歓迎するよ」
「はい。私も姉たちに負けぬように頑張ります。宜しくお願いしますね」
そして慌ただしくペガサスに乗ると、エストは再び大空へ舞い上がった。こうして、マケドニア白騎士団が誇るペガサス三姉妹がようやく揃ったのである。
エストはその後、今回の戦闘に参加していたミネルバとパオラ、カチュアへ帰参と再会の挨拶を済ませ、彼女たちと同じように戦闘に参加したのだった。
「よ~し! 頑張っちゃうぞ!」
大空を舞いながら腕まくりして張り切るエスト。
「もう…」
「気合が入るのはいいけど、少し落ち着きなさいよ」
パオラとカチュアが左右からそんな妹をたしなめる。
「大丈夫だって! 今まで遅れた分を取り返すんだから!」
「全く…」
「しょうがない子ねぇ」
苦笑しながらもパオラとカチュアも嬉しそうだ。やはり、久しぶりの再会ということもあって自然と顔が綻ぶのだろう。
「頼りにしていますよ、エスト」
「任せてください、ミネルバ様!」
少し離れたところから自分たちを見ていた主君にも元気印の返事を返すと、早速エストは敵陣に突っ込んでいった。
「仕方ないわね、今回は私たちがあの子のサポートに回りましょうか」
「わかったわ、姉様」
阿吽の呼吸で自分たちの役割を決めると、パオラとカチュアもエストを追うようにペガサスを滑らせる。頼もしい部下たちの働きに嬉しく思いながら、ミネルバはその空域を離脱した。別働として陽動をマルスに任されていたので、それを果たすためである。
「やあっ!」
「ぐわっ!」
激戦の続くカシミア大橋の戦いで、エストはまた一人の敵兵を討ち取った。先ほどの宣言通り、遅れを取り戻そうとでもいうのか必死の働きである。
「エスト」
敵の攻撃が少し落ち着いたのを見計らってパオラが声をかけた。
「何、パオラ姉様?」
エストが額に滲む汗を拭いながらパオラに答える。
「張り切るのはいいけど、少し抑えなさい」
「そうよ」
合流してきたカチュアもパオラの意見に追随した。
「あまり突出すると、敵の標的になるわ。それでなくても貴方、今回は遅れを取り戻すためだろうけど敵を討ち過ぎてるんだから。気を付けないと万が一があるわよ」
「大丈夫だって! 私も白騎士団の一員なんだよ」
「それはわかってるけど…」
パオラが口篭もる。妹の腕を信用していないわけではないのだが、それでもここまでの、言ってみれば予想外の活躍ぶりに不安が拭えなかった。活躍するということは当然目立つわけで、目立つということは標的にもなりやすいわけだ。戦場での活躍ということはつまり敵兵をそれだけ倒したということでもあり、敵の恨みをそれだけ買うということと同義である。それを考えると、手放しで喜べなかった。
が、戦場は待ってくれるわけもなく、逐一その表情を変える。再び新手が援軍として現れていた。
「おっと、新手だ。それじゃあ姉様、私行くから」
馬首を翻すと、エストはその新手へと突っ込んでいった。
「あっ、待ちなさい、エスト!」
カチュアが制止するもその耳には入っていないのか、それとも聞こえないふりをして無視しているのかわからないが、エストはその新手に突っ込んでいった。
「仕方がないわ」
パオラが少し呆れたように息を吐く。
「あの子の気持ちもわかるから好きにさせてあげたいけど、乱戦になって取り返しのつかない結果になったらどうしようもないし。もうひと踏ん張りしましょう」
「あの子ったら…終わったらお説教ね」
「ふふふ…」
ムッとした表情になっているカチュアを見てクスクスと笑いながら、エストを追いかけるようにパオラがペガサスを滑らせる。直後、カチュアも同じようにペガサスを滑らせたのだった。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
カシミア大橋での激戦に、エストも息が上がってきた。勿論、彼女一人が戦っているわけではない。周囲にはここまで戦い抜いてきた歴戦の勇士たちがいるが、敵の抵抗も激しいのである。流石は大陸でも最強の呼び声の高いグルニアの騎士団だった。
「ふっ!」
「せいっ!」
パオラとカチュアも必死になって戦っている。今回は二人ともエストのサポートに回っている。そのエストが突出気味のためどうしても彼女たちも相手にする敵が多くなり、いつも以上に疲労が溜まっていた。
そういった状態のため、状況的にはかなり危ないものだった。
(ここを凌いだら、少し退いて体勢を立て直さなくっちゃ…)
そう判断するエストの視界に、何度目かの敵の波状攻撃が襲い掛かる。肚を決め、エストは疲労で重くなりつつある身体の力を振り絞って再び敵と斬り結び始めた。
そこかしこで繰り広げられる激戦の中、それでも二人の姉のサポートもあり、今回も何とか凌げそうな目処が立ってきた。
(ここまで来れば…)
先行きが見えかけてきて、決して油断ではないがエストが一息つこうとする。その彼女を、射程距離範囲ギリギリから狙っている一騎のホースメンの姿があった。
「! エスト!」
「危ない!」
サポートに回っていたため、エストより戦況を見渡すことができたパオラとカチュアが妹の危機に思わず声を上げる。駆け付けようとも、こちらはまだ手の放せる状況ではない。
「えっ!?」
二人の姉の注意を喚起する声が耳に入り、エストがすぐさま周囲を見渡した。そして、自分に向けて狙いを定めているホースメンと目が合う。
(!)
その敵兵に気付いたのと、その敵兵がニヤリと笑ったのはほぼ同時だった。そして直後、その敵兵が矢を放った。
ほぼ不意打ちであることと、彼我の距離からかわすのは不可能だった。エストの心臓が高鳴り、冷や汗が全身を滑り落ちる。思わず身を固くしたエストだったが、すぐに訪れるであろう致命的な激痛はやってこない。
(あ? あれ?)
恐怖から閉じてしまっていた目を恐る恐る開けると、自分に矢を放っていた敵兵は地面に倒れ伏していた。その姿から、誰かに倒されたのであろうことは容易に想像できるのだが…
(え? え? 一体何が…?)
その瞬間、目を閉じていたエストには何が起こったのかわからなかった。だが、
「エスト、しっかりしなさい!」
長姉であるパオラから喝を入れられ、エストの背筋が伸びる。
「ね、姉様…」
「まだ戦いは終わってないのよ!?」
「そう!」
カチュアも加わる。
「まずは目の前のことをしっかりとこなしなさい!」
「う、うん、わかったよ!」
姉二人の喝にエストが頷くと、戦線を維持しつつ離脱を始めた。突出しすぎなのを修正するためと、本体への側面からの支援へと自分の役目を切り替えたからだ。
「…カチュア」
変わらずエストのサポートに回るために再びエストの許へとペガサスを滑らせるパオラが、並走して飛行しているカチュアへと話しかけた。
「何、姉様?」
尋ねる。だがカチュアも、姉が何を言うのか内心はわかっていた。果たしてカチュアの予想通り、パオラの口から出てきたのは、
「…見た?」
この一言だった。
「…ええ」
カチュアも一言だけで返事をすると、頷く。
「そう…」
カチュアの返答を受けたパオラはペガサスを滑らせながら先ほどのことを思い出していた。カチュアも同じく、先ほどのことを思い出す。
それは、エストに矢が放たれるあの時のことだった。その瞬間、エストは目を瞑ってしまったから何が起こったかわからなかったが、パオラとカチュアは目撃したのだ。
ホースメンにほど近い敵兵の影の中から突然人影が現れ、その矢を手に持った得物で叩き落したこと。そして直後、地面からガスのようなものが噴き出てホースメンを包み、ホースメンが苦しみ呻きながら倒れて死んだこと。
突然のことに呆気に取られていたパオラとカチュアだったが、気がついたときにはその人影はなかった。そして乱戦ということもあり、敵味方含めて他に気付いた者はいないようだった。しかし…
(あの人影は…)
(間違いなく…)
ハッキリとは見ていない。しかし、そのシルエットは彼女たちのよく知る人物であったのは間違いなかった。
戦場の一角でそんなことがあったなど他に知る者もなく、カシミア大橋の戦いは終焉を迎えようとしている。そして激戦の末、解放軍は何とか今回も勝利を得ることができたのだった。
(ククク…)
解放軍勝利の報せが届いたことに陣中は沸き返る。そんな中、いつものようにガレスは内心で笑みを浮かべて天幕へと戻った。その不気味な笑いは勝利に喜ぶものというよりは、自分の思惑通りに事が運んだことに対する喜びのように見えたのだった。