Fire Emblem ~漆黒の灰色 炎の紋章に導かれて~ 作: ノーリ
GW最終日、またいつもの日常が返ってきますが、その直前の投稿です。
GW最後のお供にでもして頂ければいいのですが。
では、どうぞ。
カシミア大橋での激戦に辛くも勝利を収めた解放軍は、次なる目的地へ向けて進軍していく。次なる目的地はラーマンの神殿。ガトーに持ってくるように指示された星と光のオーブを求め、それを手に入れるためにこの神聖な神殿を侵さなければならなかった。
(気は進まないが…)
それでも、マフーを打ち破るためとあれば仕方ない。マルスは沈みかねない気持ちを奮い立たせながら、ラーマン神殿を攻略する号令を出した。その出撃のメンバーの中に、ようやく謹慎が解かれたのだろう、久方ぶりに戦場に立つガレスの姿もあった。
(……)
ガレスに視線を向け、マルスはこうなった経緯についてもう一度思い出していた。
『じい、光と星のオーブは間違いなくラーマンにあるのか?』
カシミア大橋での戦いを終え、戦後処理も一息ついたところでマルスが傍らのモロドフに尋ねた。
『はい』
マルスの問いかけにモロドフが頷く。しかし、
『ですがご注意ください』
と、付け足した。
『ラーマン神殿には恐ろしい力を持った女神がおり、聖域を侵す者はすべて焼き殺されるといいます』
『…大丈夫なのですか? マルス』
やはり傍らにいてそのモロドフの説明を聞いたニーナが心配そうにマルスに尋ねた。
『正直、やってみなければわかりません』
聞きようによっては無責任ともいい加減ともとれるが、これがマルスの偽らざる本音である。相手の正体も戦力もわからない以上、うてる対策も限られてくるため仕方のないことではあるのだが。
『ですが、光と星のオーブはどうしても手に入れる必要があります』
そこは絶対に譲れないため、マルスも肚を決めるしかなかった。
『神殿を護る者をできるだけ刺激せぬようにしましょう』
自身も危惧を感じているのだろう。モロドフがそうマルスに進言する。
『そのためには、少数精鋭で臨まれるのが良いかと』
『わかった。大勢で聖域を踏み荒らすのも忍びない。ここは僅かな者たちを選んでいくことにしよう』
ラーマン攻めの方針を固めたところで、マルスが考え込む。
(少数精鋭か…)
引っかかったのはそこだった。少数精鋭であるならば当然、選りすぐりの戦士たちが必要になる。自軍の面子の中で、その役目にピッタリの人物で真っ先に顔が浮かんでいる者がいた。そう、ガレスである。
(しかし…)
万一の危惧は尽きない。また勝手をやられては軍の規律に関わる。それに、謹慎させたからといって反省するような生易しい精神の持ち主ではないのは良く知っているからだ。出撃させたその場で好き勝手やる可能性は大いにあった。
とはいえ、戦力としてみればこれだけピッタリと次回の戦いで当てはまる人物もいない。どうしようかと大分悩んだマルスだったが、背に腹は代えられぬとばかりにガレスの謹慎を解き、今回の出撃メンバーに加えたのだった。
(大人しくしていてくれればいいけど…)
一抹の不安を感じながらも、マルスはガレスに視線を向ける。
(クク…心配性な奴だ)
そんな中、当のガレスはというと大人しく出撃の命令を待っていた。自分をチラチラと気に掛けるマルスには勿論気付いているが、内心で嘲笑いつつ当然無視。久しぶりの戦場とあって、楽しさにワクワクしていた。
(恐ろしい力を持つ、すべて焼き殺す女神か)
ラーマンにいるという、その守護者に思いを馳せる。そして、
(果たしてどんな奴か。俺を楽しませてくれればいいがな)
そんなことを考えながら開戦の時をひたすら待つ。と、
「宜しくの」
近くから声がかけられた。
「ん?」
振り返ると、そこにいるのはバヌトゥだった。
「貴様か」
その姿に、思わずガレスが口を開く。
「今回は貴様も出るのか」
「うむ。儂の力が必要と言われての。それに、儂としても今回はマルス王子に直談判するつもりじゃったから、話が早くて助かるわ」
「ほぉ?」
予想だにしなかったバヌトゥの言葉にガレスが興味を惹かれた。
「どういう風の吹き回しだ?」
「何、確かめたいことがあるだけじゃよ。確かめたいことが…の」
まあとにかく、危なくなったら助けてくれるかの。と言い残し、バヌトゥはガレスの許を立ち去っていった。
(フン、よく言う)
その後ろ姿をガレスが呆れながら見送る。マムクートであるバヌトゥが簡単にやられるとは考えにくいからだ。寧ろ、やり過ぎないかとさえガレスは思っていた。
(まあいい)
ようやく出撃の号令が降り、ガレスが今回の他の出撃メンバーと共にラーマンの神殿へと入ってゆく。マケドニアのペガサス三姉妹の視線を背中で感じながら、ガレスはそのままゆっくりと歩いて行ったのだった。
(クク、奴らめ、気付いたか)
彼女たちが自分に視線を向ける理由はよくわかっている。だが、それに答えるのはこの戦いが終わってからのことだった。
「フン」
「ぐわっ!」
寄ってくる敵兵を簡単に斬り捨てると、ガレスはサタンブローバーを肩に担いだ。ラーマンの神殿には小部屋が幾つもあり、恐らくそれのどこかに光と星のオーブがあるものと思われる。しかし、どこにあるかはわかるわけもないのでしらみつぶしに探すことになるのだが、部屋の中には当然敵兵もいるため、その敵兵を倒し、室内を探索しての進軍になるので、進軍速度はいつもと比べて格段にゆっくりしたものになっていた。
「……」
敵兵を排除して手持無沙汰になったガレスは、ジュリアンがこの部屋にある宝箱の鍵を開けているところを何とはなく見ている。と、
「ガレス」
不意に声をかけられた。振り返ると、そこにはアテナとエッツェルの姿があった。
「貴様たちか」
二人の姿に思わず言葉を漏らす。
「ん」
アテナは軽く首肯するだけだったが、
「御挨拶だな」
エッツェルは苦笑していた。
「そんな言い方ないんじゃないか?」
「知るか。気遣ってほしいのなら、シスターのところにでも行け」
「ちぇ、ホントにいい性格してるよ、あんた」
「お互い様だ」
そう言ってガレスはエッツェルから視線を外し、エッツェルはそんなガレスに苦笑していた。
「敵は?」
そんな中、アテナが左右をに視線を向ける。
「この辺の奴らは排除した」
「そうか。流石だな、ガレス」
ガレスの返答にアテナがニコニコと微笑む。
「大したことではない。あんな連中、退屈しのぎにもならん」
本当に失望したような口調だった。
(これは、噂の女神さまとやらに相手になってもらわんと収まりそうにないぞ)
消化不良を抱えつつ、ガレスがサタンブローバ―を肩に担いだ。と、
『あった!』
こことは違う部屋からそんな声が聞こえてきた。ふと見ると、ジュリアンはいつの間にかこの部屋からいなくなっていた。
(素早い奴だ)
流石盗賊とは言えるが、それでもその早業に少し呆れながらガレスが部屋を出た。敵を排除し、宝も回収した以上、ここにいても何の意味もないからである。
「あ、待て、ガレス!」
「おいおい、置いてかないでくれよ」
アテナとエッツェルもまた、さっさとこの場を去っていったガレスを慌てて追いかけたのだった。
「あれが…女神?」
無事、光と星のオーブを回収し、貴重な財宝の数々も手に入れた解放軍。後はこの神殿を制圧するだけである。そのためには、噂の恐ろしい女神をどうにかしなければいけないのだが、玉座に佇むその姿を見た解放軍の面々は皆、どう反応したらいいものかといった顔をしていた。
と言うのも、そこにいるのは何処からどう見ても小さな女の子だからだ。確かに女の子だから女神というのは正しいのだろうが、それでも敵対する者をすべて焼き殺すような恐ろしい様子は見えない。
(どうしたものかな…)
マルスがまさかのその姿に戸惑っていると、
「おお、チキ!」
後ろから突然そんな声が聞こえてきた。
「バヌトゥ…」
振り返ったマルスに呼ばれ、誘われるかのようにバヌトゥが前に進み出た。
「その名前は確か…」
「うむ。仲間に加えてもらった時に話したの。あの子が儂が探しているチキじゃよ」
「そうだったのか」
良かったとばかりにホッとする。
「じゃあ、あの子がナーガの…」
「うむ。ナーガ一族の最後の生き残りじゃ」
マルスの指摘にバヌトゥが頷いた。
「あんな小さな女の子が…」
バヌトゥの説明を受けても、まだ信じられないといった表情でマルスが呟いた。
「見かけは子供とて侮るでないぞ、マルス王子。チキがその気になれば儂など足元にも及ばん」
「そこまでなのか?」
「うむ。それほどナーガの一族は我らの中でも群を抜いているということじゃ」
マルスがゴクリと唾を飲んだ。緊張感から思わず冷や汗も滲む。しかし、それだけの力の持ち主が味方になってくれるのであればありがたいことであった。
その僥倖にマルスはホッと胸を撫で下ろす。が、
(…つまらん)
対照的にガレスは不満だった。バヌトゥの説明は勿論ガレスも聞いていた。であれば、玉座の少女…チキは味方ということになる。
(それでは戦えん。ここまでの中途半端な戦闘で鬱憤が溜まって仕方ない)
最後にお楽しみを取り上げられる形になり、ガレスは非常に不満だった。とは言え、こういう流れになってしまった以上、斬りかかるわけにもいかない。
(仕方ない…)
内心では不満タラタラだったが、ガレスは無理やりにでも割り切ることにした。そうでなければとても納得できないからだ。と、チキが急にトランス状態のような状態になる。
(ん?)
チキの様子に変化が起きたことに気付いたガレスがフルヘルムの下で怪訝な表情になった。と、チキが竜へと変身する。
「これは!?」
誰かが口火を切ったのと同時に、不穏な雰囲気が漂い始めたことにざわつき始めた。そして、その不穏な空気は現実のものになる。チキが襲い掛かってきたのだ。
「わっ!?」
「危ない!」
なんとか全員、チキが吐いたブレスをかわす。流石に少数精鋭の今回の出撃メンバーだけに、咄嗟のこととはいえ人的被害を被ることはなかった。 しかし、チキは一向に竜から戻る気配がない。
狭い神殿内ということもあって距離を詰めてきたりすることはないのだが、威嚇するように唸りながら解放軍の面々を見据えていた。
「バヌトゥ!」
事情の説明を求めるかのようにマルスがバヌトゥへと振り返った。他の面々も同じようにバヌトゥに視線を向ける。
「うむ…どうやら操られているようじゃの」
「操られている…? メディウスか!?」
敵の総大将の名が出て、解放軍の面々に緊張が走った。
「いや、あ奴は確かに強大な力の持ち主じゃが、そんな能力はあるまい。恐らくはもう一方…」
「ガーネフか…」
マルスが苦虫を噛み潰したような表情になった。カダインではガレスの働きによって退けたが、流石に魔王と呼ばれるだけのことはあった。
「何とかならないかい?」
マルスがバヌトゥに尋ねる。
「儂が説得しよう。ただ、儂はあの子とは戦えん。懐に入って説得するゆえ、あの子の注意を引き付けてほしい」
「注意を…」
マルスをはじめ、他の面々がチキへと振り返った。相変わらず威嚇するようにこちらを見ているその威容に、冷や汗が流れたり口の中がカラカラに渇く者も少なくない。
「難しい注文だね」
マルスのその言葉は、他の面々の心中も代弁する言葉であった。
「すまんの。じゃが、あの子は絶対に失うわけにはいかんのじゃ。重ねて頼む」
「なら、俺がやろう」
誰にその役目を…と、マルスが考えようとしていたのだが、不意に名乗りを上げる者がいた。声のした方にいたのは…
「ガレス…」
謹慎明けのガレスだった。
「ククク…」
実に楽しそうに声を押し殺して笑いながら、ガレスが前に進み出る。
「つまらん戦いばかりで退屈していたところだ。あいつなら、少しは楽しめるかもしれん」
「楽しめる…って」
こともなげにそういうガレスに、マルスは流石に戸惑いを隠せなかった。
「相手は竜だよ? 今までの様には…」
「問題ない。ドラゴンとは飽きるほど戦ったからな。今更気負いも怖気づきもするものか」
その返答に、マルスだけでなく他の面々も目を丸くした。と、
「わかっておるとは思うが…」
バヌトゥが横から口を挟んでくる。
「ん?」
「殺してはくれるなよ。できることなら傷を負わせてもらいたくもない」
「好き勝手言ってくれるな」
「重々承知。じゃが、先ほども言った通りあの子はナーガ一族最後の生き残りじゃ。絶対に失うわけにはいかん」
「わかったわかった」
バヌトゥに向けて手をヒラヒラと振り、心配するなとばかりに促した。その態度に一抹の不安が残らないでもないバヌトゥだが、他に有効な手立てもないため任せることにした。
(いざとなれば、儂があの男と刺し違えるしかないの)
最悪のことを考えながらもそう覚悟を決めて、バヌトゥはその時を待つ。
「下がってろ」
ガレスは振り返ると、マルス以下今回出撃の他の面々にもそう促した。
「あの…気を付けてね」
今回回復要因として出撃していたマリアにそう言われ、ガレスは先ほどのバヌトゥの時と同じくヒラヒラと手を振って応える。
マルスたちがある程度の距離まで下がったのを察知したガレスが、サタンブローバ―をチキに向かって構えた。
「……」
変わらず威嚇するように唸るチキに対し、ガレスは微動だにしない。そして、誰かがゴクリと固唾を飲んだのを合図としたかのように、ガレスの真紅の瞳が光った。
「フン!」
サタンブローバ―を振りかぶると、ガレスはそれをチキに向かって投擲した。
『えっ!?』
初手から武器を手放したことに何人かが驚きの声を上げる。だがガレスは全く動じなかった。そのままサタンブローバ―はチキに向かって飛んでいき、そしてその身体の横をすり抜けて神殿の内壁に轟音と共に突き刺さった。
それが起爆剤となったのか、チキは咆哮を上げながらガレスに襲い掛かる。チキがブレスを吐き、それにガレスがすっぽりと包まれた。
『ガレス!』
アテナやマリアなど、ガレスに割と近しい者が悲鳴を上げた。が、
「ハハハハハハハハッ!」
不意に、全く違うところから笑い声が聞こえてきた。全員がそこに目を向けると、そこには先ほどまでと全く変わらないガレスの姿があった。
「いつの間に…」
誰かが呆然と呟く。だが、混乱しているのはチキも同じようだった。すぐさま身体を反転させると、チキが立て続けにブレスを放った。
「デスクラウド!」
ガレスが神殿の床に手を着くと地中からガスが吹き上がる。そして、そのガスが石畳を跳ね上げ、それがシールドとなってブレスの攻撃からガレスを防いだ。
「ククク、そんなものか」
嘲笑しながら挑発するガレスに怒り狂ったのかチキがブレスを連発する。
「ダーククエスト!」
漆黒の闇から召喚した多数の怨霊がチキに向かって一直線に飛んでいく。そして、チキの吐いたブレスと衝突してせめぎ合い、そして双方の攻撃は互いの身体に届くことなく中間地点で雲散霧消した。
これまでの戦闘結果から、簡単に攻められる相手ではないと学習したのかチキは一転、様子を窺うようにガレスを遠巻きに見ている。
一方のガレスも自分からチキを攻めることはしなかった。腕を組み、静観の構えをしている。そしてバヌトゥに視線を向けると、顎をクイッと動かして指示をした。
(うむ)
バヌトゥがコクリと頷くと、チキに向かって歩き出す。ガレスに注意を向けていたチキは、死角から近づいてくるバヌトゥに気付かなかった。
最悪の事態にならずに済んだことにホッと胸を撫で下ろしながら、バヌトゥはチキに話しかける。
「チキよ、探しておったぞ」
バヌトゥに話かけられたチキは振り返る。そして、そこにいるのがバヌトゥだとわかったからか、竜の姿から人の姿へと戻った。
「だめ…私に…近寄らないで…」
途切れ途切れになりながら、必死にチキが答える。
「ガーネフに催眠術をかけられておるのじゃな」
チキの現状に思わずバヌトゥの表情が曇った。
「可哀想に…それ、目を覚ますのじゃ」
優しく声をかけると、バヌトゥがガーネフの催眠術を打ち消した。チキの身体から力が抜け、崩れるように倒れ込む。
「おっと」
バヌトゥがナイスキャッチをすると、その腕の中でチキが目を覚ました。
「うぅん…」
まるで寝起きのようにゆっくりと目を開ける。
「気がついたか、チキ」
「あっ、おじいちゃま」
チキが自分を認識したことでガーネフの術が無事に解けたことがわかり、バヌトゥは内心でホッと一息ついた。
「どうして…何があったの?」
ガーネフに操られている間の意識はなかったのか、矢継ぎ早にチキがバヌトゥに尋ねる。
「大丈夫かの?」
質問に答えるのは後回しとばかりにまずはバヌトゥがチキを気遣った。
「うん…わたし、なんか、こわい…ずっとこわい夢を見ていたみたい」
「そうか…」
チキの返答に、バヌトゥが実に申し訳なさそうな表情になった。
「すまなかったのう…お前をこんな目にあわせてしまって…。だが、もう心配ないぞ。これからはずっと側におるからの」
「うん。約束よ、おじいちゃま。ひとりぼっちはもう絶対イヤだからね…」
「ああ」
「もう大丈夫かな」
ガレスに下がれと言われて遠巻きに見ていたマルスたちだったが、チキが元に戻ったこと、そしてチキが嬉しそうにバヌトゥに抱き着いている様子を見て、マルスがそう判断した。
「ええ、恐らくは」
「あの様子なら、問題はあるまい」
オグマとナバールがそう答え、他の面々もホッとしたような緊張が解けたような表情をしているので、そのままバヌトゥたちに近づく。
「バヌトゥ」
「おお、マルス王子」
近づいてきたマルスに声をかけられ、バヌトゥが自分に抱き着いているチキを降ろして向き直った。
「上手くいったようだね」
「うむ、見ての通りじゃ」
「そうか。よかったよ」
「すまんの、感謝するぞ」
そしてバヌトゥは傍らのチキに目を移す。
「チキよ、この人が今お話ししたマルス王子じゃ」
「君がチキだね」
マルスはチキへと歩み寄るとその前まで来て腰を下ろし、チキに視線を合わせた。
「君のことはバヌトゥから聞いていたよ」
「うん。わたしもおじいちゃまからちゃんと聞いたの」
コクリとチキが頷く。こうして見ると、本当に年相応の子供にしか見えなかった。
「わたしも一緒にいていいんでしょ?」
確認するようにチキがマルスに尋ねた。
「ああ、もちろん。僕たちは一緒だ」
「うれしい。ありがとう、マルスのおにいちゃん!」
「お、おにいちゃん?」
前触れもないお兄ちゃん呼ばわりに、流石のマルスも面食らってしまったようだった。少しの間固まってしまう。
「うん。おにいちゃんって呼んじゃダメ?」
マルスの反応にチキの顔が曇った。
「あ、いや。そう呼びたいなら構わないけど…」
慌ててマルスがそう答える。
「ありがとう、マルスのおにいちゃん!」
「うーん…」
ぱあっと輝いたチキの表情とは対照的に、マルスは少し困った表情をしていた。その様子を見ていた他の面々はクスクスと笑っていた。
「…笑うことないじゃないか」
恨めし気にマルスが振り返ると、何人かがわざとらしく目を逸らせた。
「ふぅ…」
仕方ないとばかりにマルスが溜め息をつく。と、
「マルスのおにいちゃん」
不意に、チキが話しかけてきた。
「何だい?」
顔を戻すと、マルスが優しく応じる。
「あの人…どこ?」
「あの人…?」
誰のことを指しているのかわからず、マルスの表情が曇った。その間も、チキがキョロキョロと辺りに視線を走らせる。そして、
「! いた!」
お目当ての人物を見つけ、チキがトコトコと走り出した。チキの走っていく方向に視線を向けた解放軍の面々たちは、その先に立っている人物を見て思わず固まってしまったのだった。
「あ、あの…」
お目当ての人物の目の前までやってきたチキが意を決したようにその人物に話しかけた。
「…何だ?」
答えたのは漆黒の黒騎士、ガレスであった。
(?)
話しかけてきたチキの表情を見て、ガレスは心底不思議に思った。その表情からは、一切の恐れが感じられないからだ。つい先ほどまで、殺し合いを演じていた(もっとも、バヌトゥに頼まれたからガレスは殺すどころか傷つけることもできなかったのだが)相手に対する一般的な感情が見えないのである。
(どういうことだ?)
怪訝に思いながらも、その理由を知るためにガレスはチキの次の言葉を待った。
「その…助けてくれてありがとう」
「…何?」
何を言われたか一瞬わからず、ガレスはらしくない間抜けな声を上げた。が、
「ハハハハハッ!」
すぐに高笑いを上げる。
「助けた? 俺が? お前を?」
「? うん」
ガレスの高笑いに一瞬だけキョトンとしたチキだったが、すぐに気を取り直してしっかりと頷く。
「おい、何の冗談だ」
対してガレスはどこまでも傲岸不遜だった。
「俺はさっきまでお前と殺しあっていた男だぞ。助けるなど対極の事柄だ。寝ぼけてるならさっさと起きろ」
「寝ぼけてなんかないもん」
ここまでズケズケと言われて流石にチキもムッとしたのか、不満げな表情になって口を尖らせた。
「フン、信用できんな」
だがガレスの態度は一貫して変わらない。
「世迷言を抜かしているガキの言うことなど、聞くにも値せん」
「よまい…? チキ、難しい言葉はわかんないけど、嘘は言ってないよ」
「だから「殺す気はなかったでしょ?」」
ガレスが再び口を開こうとしたところで、チキがニコニコしながら言葉をかぶせてきた。
「…何のことだ?」
図星を突かれ、ガレスが言葉に詰まる。
「おにいちゃんからは、わたしを殺そうっていう感じはしなかったもん。わたしを怖い夢から起こしてくれるために、頑張ってくれたんだよね?」
「……」
チキにそう突っ込まれ、ガレスは何も言えなくなってしまう。内心は殺しあえないことに不満だったが、実情を知らない者から見れば確かにチキには直接的な攻撃は一切していないから、一般的には囮になったように見えるだろう。(実際のところそうだし)
(いいように解釈するガキだな…)
自分のために頑張ってくれたおにいちゃんといった眼差しで、チキはニコニコとガレスを見ている。その能天気さに呆れどころか多少の怒りを覚えないでもないが、じゃあチキが言ったことは違うのかと言われればそんなこともないわけで。否定はできないが、頷きたくもないガレスがとった手段が
「……」
沈黙することだった。その光景に、マルスたちはまた固まってしまう。
「ガレスが黙っちゃったよ…」
信じられないものを見ていることに、マルスが呆然と呟いた。
「あの男も、子供には弱いようですな」
「そうか? そんな甘いタマには見えんが…」
オグマがクスクス笑い、ナバールは呆れながらも面白いものを見たとばかりにニヤついている。そして、思わぬ形勢になったガレスとチキのせめぎあい(チキにはそんな気は毛頭ないだろうが)は、
「ありがとう、おにいちゃん♪」
と、チキがガレスに抱き着いたところでチキに軍配が上がった。微笑ましい光景にニコニコしている者と驚いている者が半々の解放軍。当のガレスは無理やり振りほどくわけにもいかず、フルヘルムの下で苦虫を噛み潰していた。しかしその中で、
「ああーっ!」
その行為に不満げな声を上げた者もいたのだった。その人物は先程のチキのようにトテトテと走ると、これまたチキと同じようにガレスにしがみついた。
「? マリア?」
いきなり現れたその人物、マリアの行動にガレスが疑問符を浮かべる。
「どうした?」
突然の行動の理由を尋ねたが、マリアはガレスに対して何も言わない。 しかし、不満げな顔でチキに顔を向けた。
「ガレスにそういうことしちゃダメ!」
「? 何で?」
いきなりそんなことを言われても、当然理由がわからないチキが首を傾げた。
「ガレスにそういうことしてもいいのは私だけなの!」
「いつ、誰がそんなことを決めた…」
「よくわかんない…」
「そうだな」
逐一ガレスからツッコミが入るものの、二人はスルーである。そしてチキも、明確な理由もないのにマリアの言うとおりにするほど大人ではなかった。
ガレスを挟んで、マリアとチキがいがみ合っている。正確には、マリアが一方的にチキのことを面白く思っていないのだが、先述のようにチキにはその理由が今一つわからないので戸惑っていた。
(何故この俺がガキのお守りなど…)
降ってわいたトラブルに巻き込まれ、ガレスは困り果てた。その両脇では、相変わらずマリアとチキのかみ合わない会話が続いていた。
そんな、予想しなかった光景に解放軍の面々がニヤニヤしながらガレスを見ている中、マルスは先のカダインでのガトーとのやり取りを再び思い出していた。
『ガトー様』
マフーを破る方法を享受されたマルスがあることに思い至り、ガトーにそれを尋ねてみようと話しかけた。
『何かな、マルス王子?』
『少し、伺いたいことがあるのですけど』
『ふむ…儂で答えられることであれば』
『ありがとうございます』
礼を言い、マルスは早速本題に入った。
『先程、ガトー様はマフーはスターライトでなくば破れぬと仰いました』
『いかにも』
『ですが…その…言いにくいのですが、我が軍にマフーを正面から打ち破った者がおりまして』
『…知っている』
少し間をおいてガトーが答えた。その間は、絶句したからか痛いところを突かれたか、はたまた全然違う理由ゆえなのかはわからないが。
『ではガトー様、単刀直入に聞きます』
『うむ』
『彼は…ガレスは一体何者なのです』
言葉通り、マルスは前置きも省いてズバリ尋ねた。
『それは、お主の方がよく知っておるのではないか? マルス王子』
『それではやはり、彼が…ガレスが言う通り、こことは違う世界からやって来たと!?』
『そう考えるのが妥当だろうな』
ガトーが頷いた。
『それに、そうであれば説明も付く』
『説明? 何のです?』
『マフーをものともしなかったことに対する、だ』
そしてガトーが説明…というよりは、己の推論を述べた。
『あの男は確かに暗黒に堕ちた者だ。それは身近で見ているお主なら、痛いほどよくわかっておるだろう』
『はい』
マルスが頷いた。実際、ガレスのこれまでの戦闘を見ていれば頷かない理由はなかった。
『この世界の者であれば、マフーに抵抗することはできん。例えガーネフと同じく、暗黒に堕ちたちた者でもな』
『はい』
『だが、こことは全く違う世界の者ならば、そもそもこの世界の理から外れておる。だからこそ、この世界の理を受け付けず、マフーをものともしなかった…そんな推測が成り立つ』
『成る程…』
ガトーの説明に、目から鱗が落ちたかのようにマルスが何度も頷いた。
『ただそれでも、何の実力もなければマフーのダメージで死んでおるだろうよ。そうならなかったのは、そもそものあの男の実力がそれだけ高いという証明にもなるということだ』
『よくわかりました』
(こことは違う異世界か…)
マルスは実を言うと、この点については今の今まで半信半疑だった。だが、それも無理ないかもしれない。いきなりこことは違う異世界から来たと言われても、それを素直に信じる方がどうかしている。しかし、こうなってしまった以上、マルスはガレスの言ったことを全面的に信じるしかなかった。
『ではガトー様、もう一つ宜しいでしょうか』
『何かな?』
『僕たちは、ガレスとどう向き合えばいいんでしょう?』
『ふむ…』
ガトーが少しの間沈黙する。
『…難しい問題だの』
暫くしてガトーの口から出てきたのは、そんな一言だった。
『そもそもマルスよ、お主はあの男の何を一番危惧しておるのだ?』
核心を突く質問をガトーがしてきた。
『色々とありますが、一番となるとやはり、いつか僕たちにその刃を向けるのではないかと』
『成る程、裏切りか』
『はい』
マルスが答えた。
『人は理解できないものには恐怖を感じるもの。仕方ないことかもしれんな』
『……』
何と答えることもできず、マルスは口を噤んだ。
『手綱は握れておるのだろう?』
『一応は。でも…』
『でも、何か?』
『…そう思っているのはこちらだけで、いいように掌の上で弄ばれているようにも時々感じられるのです』
『そうか』
そこでガトーも暫し沈黙する。そして、
『あの男の言っていることを信じるしかあるまいな…』
そう結論を出すしかなかった。
『あの男は自分の身の上のことはすべて正直に話したのであろう?』
『はい。それについては』
異世界からの来訪が本当だということが今までのガトーとのやり取りでほぼ間違いないことがわかったため、これまでガレスから聞いた事柄については恐らくはすべて真実と判断していいとマルスは思っていた。
『ならば、あの男は裏切るまいよ。お前たちが受け入れている限りはな。ただマルスよ、お前が不安を払拭できないのもわかる。そこで、だ』
『はい』
『光と星のオーブを儂のもとに持ってくるとき、あの男もつれてまいれ。どこまでできるかはわからないが、儂が直々に人となりを見てやろう』
『本当ですか!?』
マルスの表情が少し晴れやかになった。
『うむ』
『ありがとうございます! どうか宜しくお願いします!』
『期待には添えんかもしれんが、まあやるだけはやってみよう』
『はい!』
『ではマルスよ、武運を祈る』
『ありがとうございます! 失礼します!』
『うむ』
そしてそこで、ガトーとの会話は途絶えたのであった。
(ガレス…)
相変わらず、傍から見れば微笑ましい光景が続いているガレスを見るマルスの視線が鋭くなった。
(見極めさせてもらうよ、今度こそ。君が本当に信用に値するのかどうかを…ね)
視線の先の黒騎士を、マルスの鋭い眼光が再度貫いたのだった。