Fire Emblem ~漆黒の灰色 炎の紋章に導かれて~ 作: ノーリ
前回の続き、今回は本来ならグルニア黒騎士団との決戦だったのですが、結果的にその前置きとなってます。
本来なら一話にまとめたかったんですが、予想外に長くなってしまったのでわけました。
どんな感じの前置きなのかは、本文をご覧になってご確認ください。
では、どうぞ。
ラーマン神殿にて無事に光と星のオーブを手に入れた解放軍。これで、ガーネフに対抗しうる手段の材料は揃った。
さらに神殿を守護する恐ろしい女神…新竜王ナーガの娘であるチキを仲間に加え、解放軍の戦力はいよいよ充実していた。そしてとうとう、長かったこの戦いも最終局面に入ろうとしていた。
一行が進路を採るのはグルニア。誇り高い騎士の国である。まずはそこに向けて解放軍は進撃を開始していた。
が、その道中ではじつに面白い光景が解放軍の諸将、諸兵士の目を楽しませていたのである。
「……」
行軍を続ける解放軍の一行の中に当然のようにガレスがいた。これはまあ、普通の光景である。そして未だに、遠巻きにチラチラ見られたり、ヒソヒソと耳打ちしているのが見られるのだが、これもまたいつもの光景である。
しかし先日から、この光景の中にニヤニヤの視線も加わっていた。どういうことかというと、
「ねえ、ガレス?」
不意に、右肩から声をかけられた。
「何だ?」
ガレスが声のした方向に顔を向ける。そこには、ニコニコした表情でガレスの右肩にちょこんと座っているマリアの姿があった。
ディール要塞でマリアが足を痛めた時にガレスは右肩にマリアを乗せて運んだことがあったが、あれは足を痛めたが故の応急的処置だった。そのため、あの後は普通に接していたものの、こうして肩に乗せて歩いたりすることはなかったのだ。
では何故、再びマリアがガレスの右肩に乗っているか。無論、また足を痛めたからというわけではない。
「グルニアまであとどれくらいかな?」
「さあな…」
ガレスが素っ気なく答える。実際、この世界の地理がわからないガレスにとっては、例え目安でもわかるわけはない。なので、そう答えるしかなかった。
「そっか」
しかしマリアは気にする様子もなく、大人しく座っている。別に本当にあとどのくらいでグルニアに着くか知りたかったわけではなく、ガレスとこうしてお喋りしたかったのだろう。と、
「ガレス」
今度は左肩から声をかけられた。
「ん?」
先ほどと同じようにガレスが声のした方向に顔を向けると、そこにはマリアと同じようにガレスの左肩にちょこんと座っているチキの姿があった。このチキこそ、このような事態になっている原因なのである。と言っても、チキ自体には何ら落ち度はないのだが。
ラーマン神殿攻略後、チキが仲間に加わった。一目惚れというやつだろうか、仲間に加わったばかりなのにチキはマルスを非常に気に入っていた。ここまではまあいい。誤算というか予想外だったのは、ガレスもチキのお気に入りになったことである。
理由としてはやはり本人も言った通り、チキと戦った時に攻撃の意思を殆ど示さなかったことなのだろう。それで戦うのがガレスの目的ではなく、自分が元に戻るために必死になって頑張ってくれたとチキは思っていた。実際は勘違いもいいところなのだが、訂正するのも面倒なためガレスは放っておくことにした。結果、先述のようにチキは予想外にガレスに懐いてしまったのである。そして、それをマリアが面白く思わなかったというわけだ。ディールで助けてもらってから、ガレスに対して比較的良好な関係を築いていたため、真正面からガレスに懐くチキに少なからず嫉妬したのであろう。
面倒臭くなったガレスは適当なところでその場を切り上げたのだが、その後どういう話し合いがあったのかは知らないが、こういう形に落ち着いたわけである。即ち、右肩はマリアの、左肩はチキの専用スペースとなったのであった。そしてせがむ二人と、その保護者たちからの無言の圧力に、不承不承ながらガレスは二人を両肩に乗せて行軍する羽目になったのであった。
二人とも体重は軽いためガレスにとっては苦でもなかったのだが、一際でかい黒騎士が両肩に少女を乗せて行軍していれば嫌でも目立つ。そのため、好奇の目にさらされたり、ニヤニヤと生暖かい笑いを向けられていたりしたのだった。
(やれやれ…)
フルヘルムの下でうんざりしながら息を吐く。と、
「疲れたの?」
チキがそう尋ねてきた。
「どうしてだ?」
ガレスが顔を上げる。
「えっと…なんとなく、そんな気がしたから…」
(ふむ…)
少しオドオドしながらたどたどしくそういうチキに、ガレスは内心で感心していた。このフルヘルムを被っている以上は表情を見られることはないのだが、それでも雰囲気やちょっとした仕草で見抜く辺りは流石と言うべきだろう。
(大したものだな…)
素直にそう思う。どう見ても子供にしか見えないのだが、そういった聡さは血筋の成せる業かとガレスは感心していた。
もっとも竜人族…マムクートは姿形こそ人間と同じだが、寿命は人間を遥かに凌ぐらしい。であれば、見た感じの形はこんなでも、もう何十歳とか何百歳といった可能性もあるので、だとすれば頷けない話でもないのだが。
(ただ、行動や言動を見た感じ、年相応に思えるが)
そんなことを考えていたガレスが、バヌトゥから聞いた話を思い出した。詳しい事情は聞けなかったのだが、チキはこれまでほぼ眠り続けていたらしい。であれば、生後どのくらい経っているのかわからないが、知識・言動・性格はまさしく年相応のものなのだろう。
「…疲れてはいないがな」
そんなことを考えていたと悟られたくなかったので、ガレスはチキの質問に答えた。
「本当?」
チキが少しガレスを覗き込んだ。
「ああ」
「ふーん…」
納得いかないような表情でチキが数度首を捻った。と、
「ねえねえ、ガレス」
今度はマリアが再び話しかけてきた。
「何だ?」
再びガレスが首を捻る。と、
「次の休憩のとき、姉様たちとお茶でも飲まない?」
マリアはそう提案してガレスを誘ったのだった。
「ふむ…」
「ねえ、いいでしょ? いいでしょ?」
突然のお誘いにどうしようかと考え込むガレスに、すかさずマリアが頼み込んだ。
(…まあいい)
別段断る理由もなかったため、ガレスはそのお誘いを受けることにした。
「いいだろう」
「やったぁ♪」
マリアが顔を綻ばせる。その様子を見ながら、つくづくマリアも物好きだと思っていた。そして、それを悪くないと思っている自分も。
(暗黒道の影響が着実に薄れているのだな)
己の心境の変化に、ガレスもそのことを如実に感じていた。無論、危惧はある。今の自分の力は暗黒道によって得られているもの。それが無くなればどうなるのかわからない。もっと言えば、この肉体ですら暗黒道の力によって若々しいのだが、誰も知らぬことだが実際のガレスの年齢は 六十を超えているのだ。暗黒道の力が無くなればどうなるのか、危惧は常にあった。
(ジタバタしたところでどうにもならん。なるようになるだけのことだ)
ある意味開き直ってその時を迎えようとガレスはしていた。と、
「いいなぁ…」
マリアとガレスの会話を聞いていたチキが羨ましそうにそう呟いた。と、
「チキも一緒にどう?」
マリアがチキに尋ねる。
「いいの!?」
チキの顔がぱあっと輝いた。
「うん!」
「ありがとう! おじいちゃまといっしょにいくね!」
「わかったよ」
そしてガレスを挟み、その両肩の上でマリアとチキは互いに嬉しそうに微笑んだのだった。ラーマン神殿ではチキに少なからず敵愾心のあったマリアだが、その後姉に諭されたのか、バヌトゥに取りなされたのかはわからないが、チキと仲直りをしていた。もっとも、一方的に敵対心を抱えていたのはマリアだけだったため、仲直りという表現は適切でないかもしれないが。
とにもかくにもガレスが再び二人に逢った時…即ちつい先ほどなのだが、その時には仲良しになっており、二人してガレスの肩に乗るのを所望したということである。
そして以降、この戦争が終わるまで、ガレスの右肩はマリアの、左肩はチキの専用の場所となるのだが、それはまた別の話。
そんなこんなで、こんなビジュアルが陣中で目立たないわけはなく、ガレスは余計に噂の的になっていたのだった。
「ふぅ…」
本日の行軍が終了し、天幕の設営作業に解放軍は取り掛かる。グルニアまでは大分距離を詰めてきたこともあり、明日には戦いになるだろう。つまり、戦闘前の最後の夜ということになる。
(何人が生き残れるか)
設営作業を行っている指揮官級の士官や兵士たちの面々の姿を見て、ガレスはそう思っていた。明日には間違いなく、このうちの何割かは黄泉へと旅立っているのだ。
こんなことを思っては何なんだが、代えの利く兵士級だけならともかく、代えの利かない指揮官級がそうならなければいいがなと思っていた。と、
「あの…」
設営作業中だったガレスが、不意に誰かに声をかけられた。
(ん?)
振り返る、そこにはよく見知った顔があった。
「…お前たちか」
そこにいるのはマケドニア白騎士団のパオラ、カチュア。そして…
「ッ!」
振り返ったガレスの姿に硬直を起こしかけたが、何とか踏みとどまりつつも、すぐさま姉たちの後ろに引っ込んでしまったエストの姿だった。
(こいつは…)
エストの姿に驚きとも呆れともつかぬ思いを抱きながら、ガレスは三姉妹に目を向ける。
(十中八九、あの件だろうな)
パオラとカチュアだけならともかく、レフカンディで間違いなく殺そうとしたエストまでガレスの許にやってきた。この三人が自分の許を訪れる理由としての心当たりが一つだけあるガレスは、設営の手を止めた。
「何だ」
ガレスが口を開いた。別段、威圧的な口調ではなく、普通にいつも通りの口調だった。だがそれでも、恐怖心を植え付けられたエストには恐ろしいのか、身体をビクッと振るわせると、姉たちの後ろから小刻みに震えながら覗き込むようにガレスを見ていた。
(やれやれ…)
こうなることはわかっていただろうに連れてきた二人の姉たちに少し辟易する。あるいはエストが勇気を振り絞って自分から一緒に行くといったかもしれないが、そうならそうでもう少し覚悟を決めてきてほしいとガレスは思っていた。まあ、殺されかけたのだからどだい無理な話かもしれないが。
「ちょっと…いいかしら?」
長姉ということもあってか、パオラが口火を切った。その表情で、三人が今回ここに来た用件は自分の予想通りのものだなとガレスは確信していた。
「わかった」
そのため、ガレスも頷く。
「だが、ここではな。少し場所を変えるぞ」
「ええ」
ガレスの提案にカチュアが頷いた。あまり人に聞かれたくない話題であることに加え、ただでさえガレスは視線を集めるのに、ガレスとはそぐわぬペガサスナイト三姉妹も集まったとあっては周囲の耳目を集めるのは当然のことだった。
そのままガレスは身を翻すと、さっさと歩き始めてしまう。その後を、慌てて三人が追った。と、何を思ったのかガレスがいきなり歩みを止める。
「きゃっ!」
三姉妹たちがガレスに突っ込まないように慌てて停止した。と、ガレスはクルリと振り返ると、
「…わかっていると思うが、後をつけたり覗くようなゲスな真似はするなよ」
自分たちに視線を向けていた周囲の人間に釘を刺すと、ガレスは再び歩み始めた。その後を追っていくペガサスナイト三姉妹も見送った、その場にいた連中はガレスの脅しに肝を冷やしたのか、それ以降も黙々と天幕の設営を続けたのだった。
「さて…」
天幕の設営場所から程よく離れた小高い丘。その真ん中まで来ると、ガレスは振り返った。末の妹は二人の姉の背中からオドオドしながら顔を出し、二人の姉はその末の妹をかばうように仁王立ちしている。
(麗しい姉妹愛だ)
感心しながら、ガレスは口を開く。
「用件は何だ」
「…わかっているのでしょう?」
パオラが鋭い視線でガレスを睨む。
「さて…な」
当然見当はついているのだが、ガレスはしれっととぼけた。
「あのねぇ」
「姉様」
少しムッとしたパオラが食って掛かろうとしたところでカチュアが抑えた。
「無駄よ。この人のことだから、私たちで遊んでるんでしょう。ハッキリ言わないと答えてくれないと思うわ」
「クックックッ、ご挨拶だな」
ガレスが楽しそうに笑った。スリットから覗く真紅の瞳が鋭さを増し、それに気付いたエストが恐怖からかまた縮こまってしまう。
「そう。それじゃあハッキリと言うわ。ねえ、ガレス」
「何だ?」
「貴方、前の前の戦い…カシミア大橋の戦いでエストを助けてくれた?」
(やはりか)
予想通りの質問に、ガレスは内心で頷いていた。が、表面上はそれを億尾にも出さずに会話を続ける。
「何をバカなことを…」
ガレスが大仰に首を左右に振った。
「前回のラーマン神殿ならともかく、前々回の戦いでは俺はまだ謹慎中の立場だったことはお前たちも知っているだろう。軍規を破るような真似、とても俺にはできん」
「白々しいこと言わないで」
カチュアが呆れたような表情になった。パオラも同様だが、特筆すべきはエストですら白々しい…と言った表情をしていることである。
「これはこれは…」
だが、ガレスは当然のように意に介さない。
「酷い言われようだな」
クックックッと、また含み笑いを漏らした。だが、パオラたちも負けてはいない。
「基本、貴方が軍規を守る気がないのは皆知ってるわよ」
「そうよ。それなのにそんなこと言われて、信じるわけないでしょ」
「クックックッ…」
結構なことを言われているのだが、ガレスはこういった会話が楽しいのか怒る様子は見受けられない。寧ろ、楽しそうに笑っていた。
「お前たちが何をどう思ってそんなことを聞いてくるかは知らんが、俺はカシミア大橋…だったか? その戦いでは大人しくしていたが」
「…本当に?」
パオラが疑わしそうな視線でガレスをねめつける。カチュアも同じく、これっぽっちも信用していないといった表情だ。
「ああ」
だがガレスはしれっとそう答えた。そして、
「嘘だと思うならニーナにでも聞いてみろ」
と、付け加えたのだった。
「え!?」
「どうして、ニーナ王女が出てくるのよ!?」
予想していなかった人物の登場に、パオラとカチュアだけでなく、エストもビックリした表情を浮かべていた。
「何、簡単なことだ」
だが、ガレスは意に介することもなく続ける。
「この頃あいつが暗い顔をすることが多かったんでな。先日のお前たちが俺にしたのと同じくご機嫌伺いに行ってやったのさ」
「貴方がご機嫌伺い?」
「嘘ぉ…」
パオラとカチュアは驚きながらも訝しげな表情をする。ここまで一言もしゃべってないエストも同様に疑わしい視線を向けていた。まあ、日ごろの傍若無人ぶりを良く見せつけられている身としては、こういった反応をするのもおかしな話ではないのだが。
「まあ、どう思おうがお前たちの勝手だ」
そして、さて…と続ける。
「用事はそれだけか? だったら俺は戻る」
「待って」
歩き出そうとしたガレスの目の前に、パオラが仁王立ちした。
「何だ。まだ何かあるのか?」
少々辟易としながらもガレスが尋ねた。
「…本当に、貴方前々回の戦いでは何もしていないのね」
ジッと自分を見つめるパオラに、
(ククク、流石にそう大人しくは引き下がらないか)
内心で楽しそうに笑いながら、
「何故そこまで食い下がる」
と、これまたしれっとガレスが尋ねた。
「それは…」
「見たのよ」
カチュアが後を引き継ぐように口を挟んできた。
「見た? 何をだ?」
「貴方を」
「ほぉ…」
面白そうに呟きながらカチュアの言葉にガレスが耳を傾けた。
「状況を説明してみろ」
「ええ」
「わかったわ」
パオラも再び参加する。そして姉たちとガレスのやりとりを、エストは心配そうな表情で見ていた。
「カシミア大橋での戦い、この子…エストは途中から参戦したの」
「前にも言ったけど、この子は別任務で合流が遅れたから、その遅れを取り戻そうと張り切って戦いに加わったわけ」
「成る程」
「姉の贔屓目と言われるかもしれないけど、この子の働きは十分なものだったわ」
「でも、だからこそ突出する形になって…要は誘い出されたのよ。敵が意図して誘い出したのかどうかはわからないけどね」
「ほう」
「この子もそれに気付いて防戦しながら前線を縮小したんだけど、何せ乱戦だったものだから中々思い通りに動けなくて」
「そうこうしているうちに、敵の弓兵がエストに狙いを定めたの。私と姉様は気付いたのだけど、駆け付けようにも間に合う距離じゃなかった」
「だからエストに声がけしたんだけど、エストが気付いたときには矢が射られる直前だったのよ。その時の敵兵とエストの距離を考えれば、かわすことのできる距離じゃなかった」
「私たちは一番最悪な事態を覚悟したわ。…けど、そうはならなかった。エストは無事に生き残り、三人揃って戦いを終えることができたの」
「…それが、俺の仕業だと?」
『ええ』
パオラとカチュアがユニゾンで答えた。
「エスト自身は、戦士としてはあるまじき行為なんだけど、矢が放たれる瞬間に硬直して目を瞑ってしまったらしいの。だから、この子は何も見ていない」
「けど、私たちは見たのよ」
そこで、パオラとカチュアの視線が少しだけ鋭さを増した。
「…敵兵の影の中から漆黒の人影が躍り出して、敵兵の矢を叩き落したのを。そしてその直後、その敵兵が地中から噴き出した煙のようなものに呑まれて絶命したのをね」
「その影は、それだけやるとすぐに消え去ったわ。その後は、厳しい戦いだったけど特におかしなことは何もなく戦いは終わった」
「念のため、戦闘終了後にその敵兵のいた周辺を哨戒してみたんだけど、私たちが見た漆黒の人影らしきものは何処にもなかった。あの戦いで出撃していた人たちにも、該当するような格好の人はいないわ」
「そう。いるとするならそれは…」
鋭さの増した二組の視線がガレスに照準を合わせて逃がさない。
「よくわかった」
ガレスが答える。
「だが、先ほども言ったように俺はあの戦いではここにいた。どう考えてもお前たちの許にはいけるはずはない。何より、都合よく生命を助けるなどできるわけはないだろう」
「相手が普通の人ならその説明で納得するわ」
「ええ。けど、相手が貴方となれば話は別よ」
「そう。貴方なら…」
「何が起こっても…いえ、何をしてもおかしくはない。そう考えるのは考え過ぎかしら?」
「ククク…大したご挨拶だ」
本人を前にしてよくそこまで堂々と言えるものだと思ったガレスだが、目の前の二人を殺そうとは少しも思わなかった。これが以前の、ゼテギネアに君臨していた頃ならば間違いなく目の前の三人を殺していただろうが、不思議とそんな気にはなれなかった。寧ろ、堂々と自分と渡り合ってくるこの連中が面白くて仕方なかった。
(良いことか、悪いことか…)
己の変化にそう思いつつも、勇気を出して自分に相対してきたこの三人を称え、ガレスは三人と真面目に向き合うことにした。
「……」
腕を組み、ガレスは真正面から三姉妹の視線を受け止める。が、何も口を開こうとしない。突き止める…せめて何かの手がかりだけでも引きずり出すまでは食い下がってみせると言った覚悟でパオラとカチュアがガレスを睨んでいる。エストは恐怖心がまだ拭えないからか、変わらずに姉たちの後ろに引っ込んでいるままだが。と、
「ククククク…」
三姉妹の背後からいきなり笑い声が聞こえた。
(!)
(い、今のは!)
(う、嘘っ!?)
自分たちの背後からいきなり聞こえた笑い声に心臓が跳ねあがる程驚き、三姉妹は慌てて振り返った。だが、そこには何もいない。しかし、その耳朶を打った声色はよく聞いたものだった。そして、
「お前たちが探しているのは…」
今まで黙っていたガレスが口を開くと、三姉妹は再び慌てて振り返った。
「俺のことか?」
そう告げると、目の前のガレスはいつもの姿から真っ黒い影の塊のようなものになり、そしてドロドロに溶けるようにその場から消え去った。
「うっ!」
「きゃっ!」
「ヒッ!」
嫌悪感や恐怖心を露わにしながら三姉妹が腰を抜かす。ドロドロに溶けたはずのその真っ黒な影のような塊は、綺麗サッパリその場から無くなっていた。と、
「ハハハハハッ!」
その三人を揶揄するように少し離れた場所から笑い声が聞こえた。恐る恐る振り向いた三人の視線の先には、木に背を預けながら三人を見ているガレスの姿があった。
「あ、貴方…」
呆然としながらパオラが口を開く。三姉妹が自分に気付いたのを確認したガレスがゆっくりと歩きながら近寄ってきた。そして、
「これで満足したか?」
と、問い掛ける。
「さ、さっきのって…」
まだ立ち直ってないのだろう。呆然としながらカチュアが口を開く。
「俺の影だ」
「じゃ、じゃあやっぱり…」
「説明するまでもないだろう」
ガレスがパチンと指を鳴らすと、それを合図としたかのようにその背後からガレスと全く同じ姿形の影が出てくる。
『…ッ!』
目の前で起きていることに理解が追い付かず、息を呑む三姉妹。もう一度本体のガレスがパチンと指を鳴らすと、今度は存在自体が薄くなっていき、すぐにその場から消えた。
「やっぱり、貴方だったのね…」
長女としての自覚だろうか、気を取り直したパオラがゆっくりと立ち上がる。カチュアとエストもそれに追随するように立ち上がった。もっとも、大小の違いはあれど三人とも足をガクガクさせて震えてはいたが。
「ククク、そうだ。お前たちの睨んだとおりだよ」
ガレスが真紅の瞳を光らせながらそう答える。
「どうやったらあんな真似ができるの?」
「俺の力だ。お前たちが日頃から忌み嫌っている、あの負け犬の暗黒司祭と同じ力だ」
「暗黒の…力」
「ククク、そうだ」
ようやく独り言のように呟いたエストに答える形でガレスがそう言った。
「もっとも、これでも力自体としては随分落ちているがな」
「そ、そうなの!?」
カチュアが驚きに目を見開く。あんな真似をしておきながらそれでも力が落ちているというのだから、この世界の人間にとっては驚かない方がおかしい。
「そ、それじゃあついでにもう一つだけ聞かせて」
パオラが気丈に振る舞い、もう一度ガレスに視線を向けた。
「何だ?」
「貴方がエストを助けてくれたことはわかったわ。でも、どうしてエストが死ぬかもしれないっていうことがわかったの?」
「あ、そ、そうね」
カチュアもそれに気がついたのか、姉の言葉に頷く。
「まさか貴方、未来予知まで…」
「バカなことを言うな」
パオラの推論をガレスがすぐに否定した。
「貴様らが暗黒道についてどのようなイメージを持っているかは知らんが、そんな便利なものはない。少なくとも、俺にはな」
「じゃあ、どうして?」
「死の匂いがしたからな」
「? 死の匂い?」
「ああ」
頷きながらガレスが思い出す。ニーナと話している最中、戦場の方から突然死の匂いがしたのを。だからこそ、少し強引だったがあの場面で切り上げてニーナの許を去ったのだ。そしてそれに対応するため、分身を創り出してあの戦場に送り込んだ。それが、あの時の全てであった。
「死の匂いって…何?」
聞き慣れぬ…と言うより、聞いたことのないその単語にカチュアがガレスに尋ねた。
「そのままのことだ。死の運命が迫っている人間からは、そういった匂いがする。もっとも、本当に匂いがするのではなく、そういった気配が出るのだがな。俺が勝手にそれを『死の匂い』と表現しているだけのことだ」
ガレスの視線がエストに向き、エストが蛇に睨まれた蛙状態で固まってしまった。パオラとカチュアもエストに視線を向ける。
「あの戦場から死の匂いがした。そこで影を創って送り込んだ。そして影が仕事をした。それだけの話だ」
『……』
三姉妹はどう反応したらいいものかといった感じで固まってしまっている。理解が追い付いていないといった方が正しいかもしれないが。
「…それで?」
そんな三人を追い込むかのようにガレスが口を開く。
「え?」
「今回の件については種を明かしてやったわけだが、どうするつもりだ? マルスや…あるいはハーディンにでも報告するつもりか?」
「う…」
「それは、その…」
パオラとカチュアが返答に困る。本来ならば当然報告すべき事案なのだが、妹を助けてくれた恩がある。何より、そんなことをしたらガレスがどんな真似をするかわからない。それを考えると、軽々しく返答するわけにはいかなかった。
((どうしよう…))
パオラとカチュアがお互い顔を見合わせて同じことを考える。と、
「し、しないよ!」
二人の後ろからそんな声が上がった。
「エスト…」
「貴方…」
振り向いた先には、末妹であるエストがオドオドしながら、それでもハッキリとガレスにそう言ったのだった。
「ほぉ?」
今までほぼ空気状態だったエストが意志を見せたことに多少なりとも驚きながら、ガレスが続きを促す。
「何故だ?」
「だ、だって、生命の恩人だもん。それに」
「それに?」
「今までその力を、こっちが不利になるように悪用したわけじゃないんでしょ?」
「ああ」
ガレスが頷いた。確かに、そういう目的では使っていない。ニーナを助けた時とか、リンダやウルフたちを巻いたときに使ったぐらいである。今のところは、であるが。
「それなら、尚更そんな真似できないよ」
「そうか」
ガレスはエストの言葉を複雑な思いで聞いていた。確かに嬉しいことではあるが、それは人間として…である。軍人としてならば、エストの判断は決して褒められたものではない。
(まあ、別にいいだろう)
コイツが軍人として失格だろうがどうだろうが、俺には関係のないことだ。ガレスはそう割り切った。
(それに、今言ったことが本心である保証はどこにもないしな)
その時は少しきつい灸を据えてやるか…そんなことを考えてガレスは内心で笑ったのだった。
「さて…」
頭を切り替えると、ガレスは三姉妹全員に視線を向けた。
「用は済んだな。では俺はこれで失礼するぞ。お前たちもさっさと戻れ」
「ええ」
「うん」
「わかった」
「ではな」
そしてガレスはその場を立ち去った。その後ろ姿を三姉妹は複雑な視線を絡ませ、何とも言えない思いを抱きながら見送ったのだった。