Fire Emblem ~漆黒の灰色 炎の紋章に導かれて~   作: ノーリ

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おはようございます。

前回の続き、今回はついにグルニア黒騎士団との決戦です。新・暗黒竜のメインイベント的なお話の一つですね。

タイトル通り、今回のお話の主役はあの黒騎士です。とは言え、この二次創作では主人公がもっとイカレた黒騎士なので黒騎士としての影は薄いですが、それでも物語の難敵中の難敵であることは変わらないわけです。

それに見合うような分量になったと思います。後は、内容がついてくるかだけですが、それは読んでみて確認してみてください。

では、どうぞ。


NO.23 ブラックナイツ・カミュ

グルニア城近郊。解放軍を待ち受けるために布陣を敷き終え、今一人の騎士がその到着を待っていた。グルニア黒騎士団を率いる、大陸最強と名高いブラックナイツ・カミュである。

 

「……」

 

布陣を敷き終え、解放軍を待つカミュは微動だにしない。ただジッと、来るべき決戦の時を待っていた。と、

 

「カミュ将軍」

 

不意に、傍らから声をかけられる。

 

「ロレンス将軍…」

 

カミュが振り向くとそこには、グルニアの誇る名将であるロレンスの姿があった。

 

「如何なされた?」

 

カミュが礼を失せぬようにロレンスに尋ねる。騎兵であるカミュだが、今は騎乗していないために下馬をするということはなかった。

 

「うむ…」

 

ロレンスが表情を曇らせるように口篭もった。その態度、そして纏っている雰囲気からロレンスが何が言いたいのかあらかた理解したカミュだが、強いるような真似はせずにただ黙って続きを待つことにした。

 

「…貴公」

 

どれだけ待ったのか、それは短いのか長いのかわからないがようやくロレンスが重々しく口を開いた。

 

「この戦い、どう見ている?」

「どう…? とは、どういう意味でしょうか?」

 

ほぼ予想通りのその言葉に、それでもカミュは真摯に向き合うためその真意を尋ねた。

 

「何でもよい。勝機はあるのか、意味はあるのか、それ以外でも思うところがあれば何か聞かせてほしい」

「成る程。では私の勝手な分析ですが…」

「うむ」

「勝機については、まず御座いますまい」

「…やはりか」

 

ロレンスも半ばわかってはいたのだろう。それでもこう聞いてきたのはカミュに否定してほしかったからかもしれない。しかし、カミュはそんなロレンスの想いを否定するかのように忌憚のない意見を述べた。

 

「ええ」

 

どこまでも冷静に、カミュは頷いた。

 

「今となっては遅いことですが、初動が悪すぎました。オレルアンで兵を挙げた辺りで総力をもって戦いを挑めばこうなることはなかったでしょう。しかし、ドルーアは彼らを見くびっていたのか、そうはしなかった。また、我らとドルーア、マケドニアの連携が十分に取れていなかったのも、対応が後手後手に回った大きな要因でしょう」

「それは、貴公の責任ではあるまい。アカネイアのニーナ王女の件で、貴公は久しく飼い殺しにされていた。兵馬の権のなかった貴公にはどうすることもできまいよ」

「いえ、私の責任です。ニーナ王女を助けたことについては今でも後悔はしていませんし、あれで良かったと思っています。しかし、その後に上手く立ち回れなかったのは私に器量がない故のこと」

「仕方あるまい。貴公は将であって政治屋ではない。貴公にその才までも備わっていれば、それこそとっくに同盟軍は瓦解していたであろうよ」

「これは…買い被り過ぎというものですよ」

「何の何の、そんなことがあるものか」

「はは、将軍も中々に口が上手い」

 

そこで二人は互いに少し微笑んだ。しかし、すぐに表情を戻す。

 

「パレスを取り戻されたのが分水嶺になったのかもしれません」

「そうだな」

 

引き続き続くカミュの分析に、ロレンスも同意した。

 

「あの城はアカネイアの象徴。それが同盟軍の手によって奪還されたことは、同盟軍にとっては大きな戦果であり、我らにとっては大きな痛手であった」

「ええ。事実、あの時点から同盟軍の勢力は確実に増したように思えます。レフカンディ、ワーレン、ペラティと抜けた同盟軍を、ドルーアも決して過小評価していたわけではないでしょう。逆に言えば、その待ち受けていた布陣をことごとく打ち破った同盟軍の強さがこちらの想定以上だったということです」

「そして勢いのついた野火は消えず、燎原の火の如く燃え広がるというわけか」

「左様。そしてその結果が、今のこの状況です」

 

カミュが目の前に視線を向けるように手をスッと広げた。

 

「栄えある我がグルニア黒騎士団も残るはこれだけ。同盟軍は我が方に数倍の兵力を擁して攻めてくるでしょう。無論、兵の多寡で戦が決まるわけではありませぬが、援軍も期待できぬこの状況では、勝てる見込みはございますまい」

「うむ。そうだな」

 

ロレンスもその意見に賛同した。

 

「陛下がもう少し…」

「ロレンス将軍、それ以上は仰ってはなりませぬ」

「む、すまんな。年を取ると愚痴っぽくなっていかん」

「いえ、お気持ちはわかりますゆえ」

「そうか。…なあ、カミュ将軍」

 

そこでロレンスが改めてカミュに視線を向けた。

 

「何でしょう?」

「忌憚のない意見を聞かせてもらいたい」

「私に答えられることであれば」

「では問う。貴公、同盟軍に降るつもりはないのか?」

「……」

 

半ばそう言われるであろうことは理解していたカミュは、一瞬返答をせずに口を噤んだ。しかし、

 

「正直に申し上げれば…」

 

と、自分の心境を吐露する。

 

「うむ」

「…考えたことがないと言えば嘘になりましょう」

「やはりな」

 

ロレンスも頷いた。ただそれは、戦況が悪化したから保身のためというような理由ではないことはわかっていた。グルニアの誇る名将であるカミュは、そんな男ではないのはグルニアの軍人に限らず、国民の誰もが知っていることである。

 

「ですが…」

 

再びカミュは眼下に広がる最後の精鋭たちに視線を向ける。

 

「ここで私が寝返っては、これまで我々の命に従って生命を落としていった兵たちの死んだ意味がなくなります。そして何より、この戦いに敗れればグルニアは滅亡するでしょう。私には滅亡するとわかっている祖国を裏切ることなど出来ません」

「そうか。貴公もほとほと不器用よな」

「今更です。最早性格は変えられませんよ」

「確かに」

 

そしてまた二人で寂しく笑った。だがすぐに、

 

「将軍こそ…」

 

と、カミュが口を開いた。

 

「ん?」

「将軍こそ、どうお考えなのです? 同盟軍に降るつもりですか?」

「……」

 

今度はロレンスが口を噤んだ。

 

「私に忌憚のない意見を求めたのであれば、同じように将軍も答えていただきたい」

 

カミュがそう問いかける。決して責めている口調ではないのだが、そう聞こえてしまうのはロレンスの心が定まっていないからだ。だからこそ、

 

「正直に言えば…わからんのだよ」

 

そう答えることしかできなかった。

 

「わからない…とは?」

「確かに、儂も貴公と同じく祖国を裏切る気にはなれん。だがな」

「だが?」

「我ら軍人は良い。誇りと矜持を胸に戦場の露と消えればそれで満足だ。だが、我らの死で全てが終わるわけではない。無論、グルニアの国は終わるだろう。しかし、この国に生きる民草たちはどうなる」

「……」

 

今度はカミュが口を噤むことになってしまった。

 

「国は滅んでも人は滅びず。この戦いに負けた我らは敗戦国となる。敗戦国に生きる民草がどのような扱いを受けるか、わからぬ貴公ではあるまい」

「…同盟軍の盟主であるニーナ王女、また、炎の紋章を戴き同盟軍を率いるマルス王子は一門の人物と聞きます。決して我が国の民を虐げるような真似はしないでしょう」

「確かに。だがな、その考えが末端まで行き届くとは限らん。戦後、我がグルニアに派遣されるであろう人物がどうしようもない下衆である確率も皆無ではない。確かにそうなる確率は低いだろうが、万一そうなったときのことを考えると、ここで我が生命を投げ出してもいいものかと二の足を踏んでしまうのだ」

「……」

 

カミュには何も言えなかった。ロレンスの苦悩もよくわかるからだ。戦場で華々しく散るのは確かに武人…軍人としては本懐かもしれない。だがその後に続くことを考えれば、軽々しく死を選ぶのは立場のある者としてはあるまじき行為であるのも確かだった。どちらが良い悪いというわけではない。どちらも正解だし、どちらも間違っているのだ。それがわかるからこそ、カミュにはロレンスを非難するような真似はできなかった。

 

「儂を不忠者と思うか?」

 

そんなカミュの内心を見透かしたかのようにロレンスが問い掛けていた。

 

「…いえ」

 

少しの逡巡の後、カミュはそう言って首を横に振った。

 

「将軍のお気持ちはよくわかります」

「そうか。だがそれは儂とて同じこと。儂にもお主の気持ちはよくわかる」

「そうですか…」

 

そして少しの間、静寂がその場に訪れた。

 

「…お互い不器用ですね」

「全くだ」

 

ロレンスは答えると、ゆっくりと身を翻した。

 

「将軍?」

「そろそろ持ち場に戻らねばな。同盟軍も陣容を整えて攻め寄せてこよう」

「わかりました」

 

同意する。そして、

 

「将軍!」

 

カミュが、去って行こうとするロレンスの背中に呼び掛けた。

 

「何かな?」

 

ロレンスが足を止めて振り返る。

 

「お二方のことを…王子と王女のことを、宜しくお願いします」

「…承知した」

 

それを一期に、二人は別れた。その時点で、彼らはお互いどんな道を選択するのかわかったのかもしれない。不器用すぎる軍人同士であるが故の、相通ずる思いだった。

 

 

 

 

 

「マルス」

「ニーナ様」

 

出陣の布陣を終えたところで現れたニーナの姿に、マルスはいつものように臣下の礼を取る。

 

「楽に」

「はい」

 

ニーナに促され、マルスは立ち上がって軽く一礼をした。

 

「間もなく我々は出撃します。その前に、以前仰っていた『知っておいてほしい話』…できれば今、お聞かせ願えないでしょうか」

「…わかりました」

 

ニーナが決意したように頷いて口を開き始めた。

 

「…アカネイアがドルーア、グルニアの連合軍により占拠されていた時の話です」

「はい」

「王家のものは私を除く全員がドルーアによって殺され、ただ一人生き残った私もグルニア黒騎士団に捕らえられました」

「そのことは聞いております」

「アカネイア王家の血を根絶やしにするためドルーアは私の処刑を望み、グルニアもそれに従う意向だったと聞きます」

「ですが、ニーナ様は…」

「ええ」

 

その時の思いを噛み締めるかのようにニーナが頷いた。

 

「私は処刑されませんでした。私を捕えた黒騎士団の長が護ってくれたのです。その長の名を、カミュといいます」

「カミュ! あの、『ブラックナイツ・カミュ』!」

 

頷き、ニーナが後を続ける。

 

「彼はドルーアの暗黒地竜メディウスをも恐れず、自分の功を全て投げうって私をかばってくれました。そして、怒ったメディウスが私を暗殺しようと考えていることを知り、ひそかに私をオレルアンへ逃がしてくれたのです」

「…そんなことがあったのですか」

 

当然ながら初めて聞く話であり、何よりもその内容にマルスは驚きを隠せなかった。

 

「だから、彼はドルーアの監視下に…」

「『人や国、それぞれにはそれぞれの事情があるもの』…はじめは、私も彼を憎んでいました。ですが、今はどうしても憎みきれません。できれば、彼とは戦ってほしくない。そして…もし許されるのなら彼にもう一度逢いたいのです…」

「お話は承りました」

 

マルスが言葉通り、よくわかったという意を表すように深く頷いた。

 

「…お約束はできません。ただ、できる限りのことはします。カミュ将軍と戦わずに済むように。そして、ニーナ様と再び相見えられるように。これがアリティアの…いえ、アカネイア同盟軍を預かる私ができる精一杯の答えです」

「ありがとう、マルス。それで十分です…」

「では、我々はこれより出撃します。ニーナ様は後方にて吉報をお待ちください」

「わかりました」

 

答えると、ニーナはしずしずと下がっていった。その後ろ姿を見送ると、マルスも前線へと向かう。

 

(何とかしてあげたいな…)

 

ニーナの先ほどの表情、そして後ろ姿を見送ったマルスの正直な思いだった。

 

(ニーナ様の望むような結果には、恐らくはならないだろうけど)

 

そうも思う。実際に会ったことはないが、カミュの勇名は大陸中に響いている。その伝え聞く人物像から判断すれば、恐らくこちらに寝返るような真似はしないだろうと思っていた。

 

(それでも…)

 

せめてもう一度逢わせるぐらいのことはしてあげたかった。それを成せるように努力しよう。そう決心したマルスは、そのまま前線へと合流したのだった。

 

 

 

 

 

「はあっ…はあっ…はあっ…」

 

肩で息をしながら、何とかマルスが呼吸を整える。グルニア黒騎士団との最後の決戦に臨んだ解放軍だが、激戦を極めていた。流石に大陸中に勇名が轟くグルニア黒騎士団であり、ここで負ければ後がないことも相まって、各地での戦闘は今までで一番と言ってもいい激しい戦いであった。マルスの許にもひっきりなしに負傷や戦死の報せが舞い込んでくる。

 

(覚悟はしていたけど、これほどとはね…)

 

今更ながらにグルニア黒騎士団の強さを痛感し、マルスは歯噛みする他はなかった。ハーディン、ジョルジュ、ミディア、カインにアベルと、指揮官たちの必死の戦いで凌いではいるものの、それでもいつどこかが瓦解してもおかしくはない状況であることに変わりはなかった。

だが、徐々に徐々に物量差が物を言い始める。元々の兵力の差と、また援軍の当てが見込めないこともあって少しずつ均衡は崩れていった。無論、優勢なのは解放軍である。そして、何名かの指揮官も負傷を負いながら、ようやくグルニア黒騎士団の猛攻を凌ぎきることができたのだった。

 

「ご苦労様、みんな」

 

報告に自分の許を訪れてきた指揮官たちに、マルスが労いの言葉を掛ける。

 

「状況は?」

「うむ、平野部の敵は撃退することができた。後は城周辺の敵のみだ」

 

集まった指揮官たちを代表してというわけでもないのだろうが、ハーディンが答えた。

 

「こちらの被害は?」

「兵の半数近くが負傷。ただ、戦死者は負傷者に対してそれほど多くはありませんので、それだけは救いかと」

「そうか…」

 

ミディアの報告にマルスの表情が曇った。続けて、

 

「指揮官の人員に負傷者は?」

 

と、マルスが尋ねた。

 

「三割近くが深傷を負っています」

「ですが、致命傷とまではいってはいません。また、シスターたちが必死で治療に専念してくれていますので、生命の危険がある者や、後遺症が残るものはいないかと」

「指揮官に限って…ですが」

「そうか…」

 

カインとアベルの返答を聞いたマルスの表情が曇った。指揮官に多大な被害がないのは喜ばしいことである。しかし、兵士たちには当然のように被害があった。戦争をしているのだから犠牲をが出るのは当たり前なのだが、そのことを考えれば浮かれる気にはとてもなれなかった。

 

(彼らには、戦後十分報いてやらないと…)

 

らしいことを考えながら、マルスが顔を上げた。

 

「とにかくこれで、城までの道筋ができたわけだね」

「うむ」

「ですが王子、本番はここからかもしれませんよ。何しろ、大物が残っていますから」

 

ジョルジュが後方に振り返る。そしてそれに導かれるかのようにマルスをはじめとする指揮官たちの視線が同じく後方へと向かった。全員の視線の先には、一際目立つ一騎の騎兵の姿があった。

 

「あれが、ブラックナイツ・カミュか…」

 

マルスが思わず唾を飲んだ。いつの間にか、咽喉がカラカラに渇いていたのだ。

 

「…成る程。大陸最強という二つ名も、あながち大げさなものではないようだな」

 

ハーディンもその威容を目の当たりにして素直に認めた。

 

「恐らくは、今までで最強の難敵でしょう。どうなされます? マルス王子」

 

ホルスがマルスに尋ねる。

 

「無論、戦うしかない。けど…」

「どうしました?」

「その前に、やらなければいけないことがある。カイン」

「はっ」

 

マルスが腹心の部下を手招きすると、何やら耳打ちをした。

 

「わかりました」

「うん。頼んだよ」

「はい」

 

恭しく頭を下げると、カインは急いでその場を後にした。

 

「マルス殿、何を?」

 

ハーディンが今の行為について尋ねる。他の面々も口にこそ出さないが、ハーディンと同じく今の行為について首を傾げていた。

 

「本格的に攻める前に、どうしてもやっておかなくちゃならないことがあるんだ」

「それは?」

「すぐにわかるよ」

 

マルスはそれだけ言うとそれ以上は言わなかった。他の面々が不審な表情を見せる中、やがてカインが戻ってきた。

 

「お連れしました」

 

ニーナを先導する形で。

 

「! ニーナ様!」

 

思いがけない人物の登場に、ハーディン以下全員が臣下の礼を取る。

 

「ご苦労様、カイン」

「はっ」

 

ただ一人、マルスはカインをねぎらうと、ニーナに視線を向けた。

 

「ニーナ様」

「マルス、話はここに来るまでの間に聞きました」

 

ゆっくりと歩いてくるニーナがマルスに話しかける。

 

「そうですか。遅くなりましたが、お約束の件、用意が整いましたので」

「ありがとう、マルス。無理を言ってごめんなさいね」

「いえ。ただ、万一どこかに伏兵が潜んでいるかもしれません。僕を含め、何人かは護衛としてともに向かうことをお許しください」

「勿論。私の我儘を聞いてくれたのですから、それぐらいは当然のものと思っています」

「ありがとうございます。では…」

「ま、マルス殿」

 

突然始まったニーナとマルスのやり取りに、ハーディンが半ば面食らったような表情で顔を上げた。事情を知らないから当然なのだが、それは他の面々も同じだった。どういうこと? といった感じで顔を上げている。

 

「皆、楽にしてください」

「ははっ!」

 

ハーディンを皮切りに臣下の礼を外すと、説明を求めるようにマルスに視線を向けた。

 

「この戦いが始まる前、ニーナ様に密かにお願いされていたことがあるんだ」

「それは?」

「うん、敵将と…カミュ将軍と話をさせてほしいってね」

「何!?」

 

その場の、マルスを除く全員がニーナに視線を向けた。

 

「真ですか、ニーナ様?」

 

代表してというわけでもないのだろうが、ホルスが尋ねた。

 

「ええ。本当よ、ホルス」

 

ニーナはホルスの質問に頷いて答える。

 

「…グルニアのカミュ将軍と面識があるとは思いませんでした」

 

ミディアも初めて聞く主君の告白に驚きを隠せなかった。

 

「ごめんなさいね、ミディア。隠していたわけではないのだけれど…」

「いえ、責めているわけでは」

「ふふ、わかってるわ」

 

ニーナがクスリと笑う。

 

「…では、一体どういう経緯で知り合われたのか、お聞かせいただけないでしょうか?」

 

ジョルジュが尋ねた。やはりそこが一番気になる点なのは変わらないのだ。

 

「わかりました」

 

ニーナが頷くと、出撃前にマルスに話したことと同じことをその場の皆に伝えた。

 

「そんなことが…」

 

事情説明を受けたホルスが二の句が継げなくなる。もっともそれは、アカネイアの臣であるミディアやジョルジュも同じだったが。

 

「…国を滅ぼした宿敵に生命を救われるとは、何とも不思議な縁ですね」

「ええ、本当にね」

 

ジョルジュの自嘲気味な発言に、ニーナも苦笑しながら頷いたのだった。

 

「と言うわけで、ニーナ様とカミュ将軍を引き合わせたい。結果、無駄な血が流れずに済めばそれでいいし、そうならなかったら改めて攻めるだけだ」

「成る程」

 

納得したようにハーディンが頷いた。

 

「では、私も護衛に加わろう。大陸最強との呼び声も高い騎士だ。どのような結果になるかわからないが、一目拝んでおきたい」

 

ハーディンがそう言って、護衛に加わることに立候補した。

 

「我らも当然」

「お供します」

「宜しいですね、ニーナ様」

「ええ」

 

ジョルジュ、ミディア、ホルスの申し出を断ることもなく、ニーナが頷いた。

 

「すぐにアストリアも呼びます。それまでお待ちいただけますか?」

「わかりました」

「ありがとうございます」

 

叩頭したミディアは言葉通り、すぐに伝令を遣わせてアストリアを呼び寄せた。

 

「それではニーナ様、参りましょうか」

「はい。宜しくお願いしますね、マルス」

「お任せください」

 

コクンと頷いたマルスたちを先導し、その周りを固めるかのようにアカネイアの臣下の者たちとハーディンが動き出した。

 

「カイン、アベル、僕たちが戻ってきたときにすぐに軍を動かせるように手配しておいてくれ」

「わかりました」

「お任せください」

「うん、頼むよ」

 

カインとアベルは深々と頭を下げて一行を見送ると、すぐにマルスに指示された通りに動き出したのだった。

 

 

 

「カミュ将軍! 私はアリティアのマルスです。あなたに話があります」

 

カミュからほど近く、お互いの声が聞こえるところまで近づいたところで、マルスがカミュを呼んだ。

 

「マルス王子か…」

 

一騎の騎兵が少し前に進み出てくる。そして、

 

「私がグルニアのカミュだ」

 

と、自己紹介をした。

 

「カミュ将軍、できればあなたとは戦いたくない。あなたにはこの戦いの無意味さがおわかりでしょう」

 

現れたカミュにマルスは説得を始める。だが、

 

「…ドルーアの野望に我が祖国グルニアが加担した以上、私も栄光あるグルニア騎士団の一員として最後まで戦う義務がある」

 

返ってきたのはある意味予想通りであり、望まない答えだった。

 

「しかし…」

 

カミュの返答を聞いてもマルスは諦めきれないのか、なおも食い下がろうとする。だが、

 

「マルス王子、もう遅すぎるのだ…」

 

憂いを表情に乗せ、カミュが首を左右に振った。

 

「私は、君にとっても父上の仇。ここはいさぎよく、剣を合わせてみようではないか」

 

返答内容、そしてその纏う雰囲気から説得は絶望的だった。誰もが仕方ないと半ば諦めかけたところで、真打が現れた。

 

「待って、カミュ!」

「ニーナ姫…」

 

前線に出てきたその姿に、流石のカミュも驚きは隠せない。

 

「ニーナ様…」

「マルス、私に話をさせて」

「わかっています。宜しくお願いします」

「ありがとう」

 

マルスが少し下がり、入れ替わるようにニーナが前に出てきた。

 

「カミュ、私はあなたのおかげで生き延びることができ、そしてマルスのおかげで祖国を再興できました。その二人が争うことは私には耐えられません」

「……」

「どうかお願いです、カミュ。私たちに…いえ」

 

そこで一旦言葉を区切る。そして、

 

「私に、もう一度力を貸してください」

 

一期一句区切るように口に出し、そう訴えかけたのだった。しかし、カミュの口から返ってきた返答は、

 

「…すまない」

 

ニーナが望むものではなかった。

 

「カミュ!」

 

それでも諦めきれないのか、叱咤するようにニーナがカミュの名を呼ぶ。が、

 

「…かなうことなら、あなたの願い通りにしたい。だがそれは、滅亡を目の前にした国を、王を見捨てることになる。それは、騎士である私の全人生を否定するのと同じことだ」

「カミュ…」

 

先ほどと違い、か細げな、力ない言葉が風に乗った。

 

「私は騎士として生き、騎士として死ぬ。それ以外に私の歩く道はない」

 

ここにハッキリと、カミュは訣別を宣言する。そして、

 

「さらばだ、ニーナ姫。どうか幸せになってほしい」

 

と、最も残酷といえる別れの言葉を返したのだった。

 

「…短い間だったが、楽しかった。あなたと過ごした日々は、忘れない」

「……」

 

ハッキリとした訣別の言葉にニーナはそれ以上もう何も言えなかった。俯き、足早に下がっていく。

 

「ニーナ様!」

 

その後を、ハーディンたちが追った。マルスも後を追いかけようとするが、その前にもう一度振り返ってカミュを見る。

 

「……」

 

その真っ直ぐな瞳を生涯忘れることはしない。マルスはそう心に誓い、 ハーディンたちの後を追ったのだった。

 

 

 

「王子、只今戻りました」

「ご苦労様、アベル」

 

後方から戻ってきたアベルに、マルスが労いの言葉を掛ける。

 

「ニーナ様のご様子は?」

 

ハーディンがアベルに尋ねた。

 

「気はしっかりとお持ちになられています。ただ、やはりショックが大きいのでしょう。顔色は悪く、終始俯いておられました」

「そうか…」

 

ニーナの様子を報告され、ハーディンも沈痛な表情になった。

 

「無理もありません」

 

後を継ぐように、ミディアが口を開く。

 

「生命の恩人と、戦わなければならないのですから」

「うむ…」

 

ハーディンもそう答えるのが精一杯だった。ジョルジュ、ホルス、アストリアといったアカネイアの旧臣たちも主君の心情を慮ったのか、皆、一様に暗い顔をしている。

 

「でも…」

 

マルスの言葉に、その場にいた全員がマルスに視線を向けた。

 

「厳しいことを言うようだけど、このまま有耶無耶にするわけにはいかない。ニーナ様には申し訳ないけど、彼は…カミュ将軍とはこの場で決着をつけなければ…」

「そうだな」

 

重々しく頷き、ハーディンもマルスの意見に賛同した。

 

「これも戦場に生きる武人の定め。彼をこのままにしては、いずれ必ずこちらが手痛い目に遭うことになろう。そうなる前に危険の芽は摘んでおかねばな」

「気は進まないけどね…」

「全くだ…」

 

顔を見合わせたマルスとハーディンは、お互い苦笑せざるを得なかった。

 

「ではマルス殿、どう攻める」

「うん、そうだね。小細工が効くとは思えないから、こういうのはどうかな…」

 

そしてマルスが作戦を披露し、指揮官たちはそれに賛同したのだった。

 

「では各自、持ち場についてくれ」

『はっ!』

「了解した」

『お任せを!』

 

指揮官たちは各自返事を返すと、マルスの作戦通りに展開する。その様子を見ながら、一方でマルスは遥か彼方に佇むカミュに視線を向けた。

 

(こんな巡り合わせでなければ…)

 

頼れる仲間になっていたかもしれない。しかし、それは考えても仕方のないことである。迷いを断ち切るかのように首を左右に振ると、マルスはその時を待ったのだった。

 

 

 

「む」

 

解放軍の進撃を待つカミュが、己の攻撃範囲に入った敵兵の姿を捉えた。

 

「ジェネラルか…」

 

その分厚い装甲を見て、敵兵の兵種を確認する。防御能力に長けたジェネラルは、普通の攻撃ではダメージを与えるのは困難な相手である。だが、

 

「可哀想なことだが、私には無意味なことだ。私にこの、グラディウスの槍がある限りはな」

 

馬の腹を蹴ると、カミュがゆっくりと馬首をそのジェネラルへと向けた。そして、グングンとスピードを上げてそのジェネラルへと迫り、そして、

 

「はああああっ!」

 

直間両様のアカネイア王家の三種の神器の一つであるグラディウスをそのジェネラルめがけて投擲した。

 

「っ!」

 

その鋭すぎる穂先にすんでのところで、貫かれそうになりながらもジェネラル…ホルスが何とかかわした。

 

「チッ!」

 

ホルスの身体を捉えられなかったことで舌打ちを打ちながらも、カミュは混乱していた。防御能力に長けたジェネラルはその反面、機動性を犠牲にしている。であれば、あんな動きができるわけがなかったからだ。

しかし、現実にはギリギリとはいえホルスに攻撃をかわされたのである。

 

(どういうことだ!?)

 

戸惑いながらも臨戦態勢に入ったカミュだったが、すぐにその理由はわかった。何と、ホルスは武器を持っていないのだ。つまり、完全な壁役、囮役としての役割を与えられていたのである。

武器を持っていないからこそ、防御や回避に徹することができ、そして先ほどのように避けることができた。加えて、武器を持たないことで敏捷性も上がり、カミュをもってしても連続攻撃に移ることは不可能だったのである。

 

(しまった!)

 

後悔したが時すでに遅し。左右からミディアとハーディンがほぼ同じタイミングで襲い掛かってきたのだ。

 

「ふっ!」

「やあっ!」

「くっ!」

 

二人の剣、そして槍の攻撃を何とか凌ぐカミュ。二対一の戦いで、なおかつハーディンとミディアを相手にしながら互角に戦っているカミュは、やはり大陸最強の形容詞も伊達ではない強さだった。

しかし、カミュの相手をするのは彼らだけではない。

 

「そらっ!」

 

間隙を縫うようにジョルジュが弓を射かけ、

 

「参る!」

 

アストリアも一撃離脱の戦法で襲い掛かってくる。

 

「ちいっ!」

 

とてもではないが全て捌ききれるものではなく、回避行動も駆使してカミュは防御に徹する。だがそれでも、カミュほどではないにせよ一流の戦士たちの連携攻撃に傷を負った。

 

「ぐっ!」

 

傷口から噴き出し、滲み出る血と痛みにカミュが表情を顰める。四人はカミュから距離を取って散開すると、ジリジリと包囲網を形成して油断なくカミュの一挙手一投足を見張った。

 

(このままでは…)

 

すぐ目の前に迫っている己の迎えるべき運命に思い至り、カミュが険しい表情になった。だが、それも一瞬。

 

(フッ、何を考えている。この道を往くと決めた時に、こうなることはわかっていたはずではないか。ならば!)

 

カミュの表情から焦燥や迷いが消えた。

 

(せいぜい付き合ってもらうぞ、私の死に戦にな!)

 

そしてカミュの最後の戦いが始まる。

 

『生命の最期の煌めきが宿ったかのようなカミュ将軍との戦いはそれまで以上に激しくなった。だが同時に、見ほれるほど美しかった』

 

後年、ミディアがこの時の戦いのことを聞かれて述べた感想である。それほどの獅子奮迅振りと、生命を燃焼させる煌めきを、このときカミュに立ち向かった将たちは感じていた。

だが、多勢に無勢。火事場の馬鹿力も何時までも続くことはなく、更に解放軍にはカインやアベルなどの援軍も駆け付けた。そして…

 

 

 

「はあっ…はあっ…はあっ…」

 

息も絶え絶えになりながら、それでもカミュは戦う意志を失ってはいなかった。戦闘不能になるような重症こそ未だに負っていないとはいえ、全身から血を吹き出しながらも未だに倒れないその姿は、正しく鬼神のようなものだった。

 

「くそっ!」

 

焦れたようにカインが吐き捨てる。

 

「流石は大陸最強の呼び声が高いだけはあるぜ。まだ倒れないか」

「落ち着け、カイン」

 

カミュを油断なく見据えたまま、アベルがカインをたしなめる。

 

「焦っては勝てるものも勝てなくなるぞ」

「わかってるよ。けど、こっちだってあまり余裕はないぜ」

「わかっている」

 

アベルが頷いた。既にこの場にはジョルジュとアストリアの姿はない。騎馬の機動力を生かした突進攻撃を回避できず、二人は救援の兵に連れられて後方へと退かされたのだ。致命傷というほどひどい傷ではないけれども、戦闘を続行するのはほぼ不可能と言ってもいいほどの深傷だった。少なくとも、この戦場にはもう戻ってこれないだろう。

騎馬の機動力に対抗するのはやはり騎馬ということで、退いたジョルジュとアストリアの代わりにハーディン直属のウルフとザガロが牽制役として前線に出てきていた。二人とも騎馬弓兵であるため、距離を詰められないようにハーディンたちよりさらに下がった位置で油断なくカミュを見据えている。そして上空には回遊しているシーダの姿もあった。彼女も牽制役として先ほどより加わっているのである。

地の利…というのは正確な表現からすると少し違うかもしれないが、上空を抑えられたことはカミュにとっては非常に痛く、解放軍にとっては非常に有利だった。流石の大陸最強と言われる黒騎士も、重力に逆らってグラディウスを投擲してもシーダには届かない。到達距離に達する前に重力に負けて勢いを失い、そのまま落下してしまうからである。対するシーダは上空から手槍を投げれば、これまた重力に引かれて勢いを増し、非力な彼女の腕力を充分にカバーする威力の手槍となって地上に突き刺さることになった。

上空を塞がれ、周囲を包囲され、援軍もない。流石の大陸最強の黒騎士もこれでは如何ともしがたく、運命の時間は着実に近づいていた。だが、

 

「……」

 

満身創痍になり、肩で呼吸を繰り返しながらも、その目だけはまだ死んでいなかった。

 

(流石は大陸最強と謳われるだけはあるわね…)

 

ミディアが辟易ともお世辞ともつかない複雑な心中でそう思った。表情にこそ出すことはしていないが、彼女も実は体力的には限界に近かった。性差を言い訳にはしたくはないが、やはり女の細腕で大陸最強と謳われる騎士と渡り合うのは非常に厳しいものがあった。何度弾き飛ばされて地面に叩きつけられそうになったかわかりはしない。それでもジョルジュやアストリアと違って退却せずに済んでいるのは、馬術の腕で回り込まれるようなことや突撃を防いでいたからである。でなければ、恐らく一番早くこの戦場から離脱していたであろう。とは言え、いつまでもこの膠着状態でいるわけにもいかない。カミュも満身創痍だが、こちらもだんだん被害が広がっているのだ。

 

(…仕方ないわ)

 

多少の犠牲は必要経費と割り切るしかない。ミディアはそう覚悟を決めて動き出そうとした。が、

 

「待たれよ」

 

ミディアの雰囲気から彼女が何をしようとしたのか察知したのか、ハーディンがその行く手を遮るようにスッと右手を差し出して、ミディアの進行を遮った。

 

「ハーディン公…?」

 

行く手を遮られ、ミディアはどうして? といった様子でハーディンに視線を向ける。

 

「カミュ将軍はもう虫の息だ。ミディア殿が出るまでもあるまい。私に任せてはくれぬか?」

「しかし…」

 

ミディアが口篭もった。決してハーディンの実力を軽んじているというわけではない。だが、手負いの獅子は思わぬ力を発揮する。窮鼠猫を噛むという言葉もある。ミディアが危惧しているのはまさにそこだった。

 

「ハーディン公の実力は良く存じています。しかし、万一のことがあっては…」

「お心遣いは痛み入る。だがな」

 

ゆっくりと、ハーディンはカミュへと振り返った。

 

「あの有様ではもう長くはもつまい」

「ですが!」

「それにな」

 

ミディアの言葉を遮るようにハーディンが続けた。

 

「武人として、最期は正々堂々と送ってやりたいのだ。それがここまで奮闘してきた彼の将軍に対する礼儀だと思う」

「……」

 

そう言われ、ミディアは口篭もってしまう。女騎士であるミディアにはそういった感情は正直よくわからない。ではあるが、カミュに対してそれなりの礼儀を示すのは理解できた。

 

「…お任せして宜しいのですか?」

 

多少の逡巡の後、ミディアが決意を固めた。

 

「うむ」

「わかりました。では、お任せします」

「すまない」

「いえ」

 

軽く叩頭すると、ミディアは馬を下がらせた。既に手は回していたのか、カイン、アベル、ウルフ、ザガロも、上空にいるシーダも攻撃を仕掛けようとはしなかった。

そのままハーディンは馬首を進め、カミュと向き合う。

 

「お待たせした。ここからは私がお相手しよう」

「…貴公は?」

 

大分呼吸が整ってきたとはいえ、それでもまだ多少は肩で息をしながらカミュが尋ねた。

 

「オレルアンのハーディン」

「成る程。貴公が天下に名高い草原の狼か」

 

ハーディンの名を聞き、カミュが再びグラディウスを構える。

 

「相手にとって不足なし」

「ならば、いざ!」

 

ハーディンも槍を取った。どちらかと言えば槍技より剣技の方が得意なハーディンだが、剣と槍とのリーチ差を考えれば、今回は槍で挑まざるを得なかった。普通の槍だったらいざ知らず、カミュが手にしているのはグラディウス。直間両様のアカネイア王家の三種の神器の一つである。懐に入ってしまえば確かに剣の方が有利だろうが、 グラディウスとカミュのコンビの前にそんな真似ができると思うほどハーディンは自惚れてはいなかった。

 

「参る!」

「おお!」

 

両雄は馬を走らせると、お互いの中間地点で斬り結んだ。激しい金属音が鳴り響く中、一合、二合と斬り結んでいく。そして、

 

 

 

「がはっ!」

 

ハーディンの槍がカミュの腹部を貫いた。喀血しながらカミュはその槍を握り、顔を上げてハーディンを見上げる。

 

「見事」

「いや…」

 

その賛辞に、ハーディンは悲しそうに首を左右に振った。その理由は、カミュの全身に無数に刻まれた切創にある。

 

「お互い万全の状態であれば、勝ったのは貴公でしょう。私が勝てたのは貴公が手負いであればこそ」

「武人が戦場で傷を負うのは当然のこと。そして、機を逃さぬのも当然のこと。貴公にそれだけの天運と力があった。そして私にはなかった。それだけのことだ」

 

やがて、ハーディンの槍を握っていたカミュの手から力が抜けた。

 

「ニーナを…頼む」

「身命を賭しても」

「ありがとう…」

 

最期の力を振り絞ってカミュは己の身体に刺さった槍を引き抜くと身を翻し、そのままヨロヨロと馬を走らせ、その馬上で目を閉じた。直後、乗り手を失った馬は主人に殉じるかのように、主人を乗せたまま崖から身を躍らせたのだった。

 

「追いますか?」

 

ザガロがハーディンの脇に肩を並べると、主に尋ねた。

 

「いや…」

 

それに対し、ハーディンは首を左右に振る。

 

「この下は確か、険しい峡谷だったはずだ」

 

ゆっくりと馬を進めると、カミュの馬が身を躍らせた崖淵からハーディンは眼下を見下ろした。今自分が言ったように、崖の下は切り立った険しい峡谷となっており、底部には大きな河が流れていた。

 

「…あの傷では生きてはおるまい。それに、あれだけの勇将の亡骸をわざわざ辱めることもないだろう」

「では…」

「うむ」

 

ハーディンは馬首を返すと、カミュの手から滑り落ちたグラディウスを手に取った。

 

「これを取り戻しただけで十分だ。急いでマルス殿と合流するぞ」

『ハッ!』

 

ザガロ、ウルフが返事を返す。こうして、大陸最強と謳われたブラックナイツ・カミュとの死闘は幕を閉じたのだった。

 

 

 

「ロレンス将軍、お待ちください」

 

グルニア城城門前。ほぼすべての敵を制圧し、解放軍は最後の敵に立ち向かっていた。城を護るのはグルニアの誇る名将、ロレンス。そう、この戦いが始まる前にカミュと話し合っていたあの将軍である。

 

「貴公は…アリティアのマルス王子か」

 

一歩前に進み出てきたマルスを見て将と感じ取ったロレンスが、マルスに話しかけた。

 

「はい。タリス王から将軍のお話は伺っております」

 

マルスが恭しく頭を下げる。

 

「将軍はグルニアがドルーアに加担することに最後まで反対しておられたと」

「うむ…」

 

険しい表情になってロレンスが頷いた。

 

「ならば僕たちは共に戦えるはずです。将軍、どうかドルーア打倒のため力をお貸しください」

「…すまぬ、マルス殿。儂はグルニアの将軍。祖国を裏切ることはできぬ」

「将軍…」

 

マルスにしてみればロレンスの気持ちはよくわかる。そしてロレンスも、未だに心は揺れ動いていた。天秤の針がどちらに振れるかは、今はまだわからない。

 

「どちらに正義があるかは承知している。だが儂は、最期までグルニアの将でありたいのだ。こうなった上は己を殺し、祖国のためにこの場で戦うのがせめてもの…」

「将軍、お待ちください」

 

ロレンスの決意をマルスが押しとどめる。それは、揺れ動くその心情を察知したからか、それともただの偶然かはわからないが、それでもマルスにはまだ望みがあるように思えたのだ。

 

「そんな戦いが祖国のためになると本当にお考えですか?」

「む…」

 

痛いところを突かれ、ロレンスが反論に窮する。

 

「非礼をお許しください。ですが、あなたはグルニアの将です。あなたが戦う理由はグルニアの未来のためのはず。あなたが今戦っているその場所から、グルニアの未来は見えるのですか?」

「そうです、将軍!」

「ん?」

「え?」

 

突然の乱入者に驚いてマルスとロレンスが顔を上げると、そこには舞い降りてくるシーダの姿があった。

 

「シーダ」

「なんと、シーダ姫か」

 

思いもかけぬ再会に、ロレンスも驚きを隠せない。

 

「はい、お久しぶりです、将軍」

「美しくなられましたな。昔、貴方の御父上にはお世話になりました」

「将軍、あなたはグルニアがドルーアに味方するのは反対だったのでしょう? なぜ、止められなかったのですか?」

 

シーダが尋ねた。

 

「今のグルニア王はとても気弱な方でしてな。強大なドルーアの力に恐れをなしてしまわれたのです」

「将軍! ドルーアのマムクートによって人間を支配することにあるのです! グルニアのためにも、そして世界中の罪のない人々のためにも、ドルーアの野望を止めなければいけません。どうか将軍、戦いをやめて私たちに力をお貸しください」

「うむ…話はわかるが、やはり儂はグルニアの将軍。祖国を裏切るわけには…」

「…将軍にとって、祖国とは何ですか?」

 

尚も逡巡するロレンスに、シーダが語り掛けた。

 

「何…とは?」

「たった一人の王さまのことなのですか? その国に生きる無数の民のことではないのですか?」

「む、むぅ…」

 

再び返答に窮し、ロレンスは二の句が継げなくなってしまう。

 

「『国は王のためにあるのではない。そこに生きる民のためにある』父の口癖です。例え王さまを裏切ることになっても、それがグルニアに生きる無数の力なき民のためになら、将軍、あなたは決して祖国グルニアを裏切ることにはならないはずです」

「…ふ、ふふっ」

 

シーダの説得の後、少しの間黙っていたロレンスだったが、不意に笑い出した。

 

「将軍?」

「どうされました?」

 

シーダとマルスがロレンスの様子を窺うようにの尋ねてきた。

 

「…困ったものだ。心の迷いを、ここまで見事に言い当てられるとは」

 

マルスとシーダの説得に、自嘲気味にロレンスが呟いた。だが、それもほんの一瞬。すぐにいつもの、しかしどことなく迷いの晴れた表情になっていた。

 

「だが、貴公の言う通りだ。グルニアの未来を思うならば、儂が立つべき側は断じてドルーアなどではない」

「将軍、では!?」

「うむ。マルス殿、そしてシーダ姫。儂は貴公たちにお味方しよう。我が祖国の明日のため、我が祖国を護るために」

「ありがとうございます、将軍!」

「ありがとう、ロレンス将軍!」

 

こうして、二人の説得によりロレンスは解放軍に加わることになった。

 

(カミュ将軍、儂は儂の道を往く。許せよ)

 

空を見上げてこの戦いの前のことを思い出すと、ロレンスは解放軍にグルニア城を明け渡したのだった。

 

 

 

 

 

「ニーナ様」

 

グルニア城を無事制圧して戦後処理に追われる中、その合間を縫ってマルスはニーナの許に赴いていた。

 

「マルス…」

 

ニーナが振り返る。戦いには勝ったのだが、その表情は晴れない。それどころか、沈んで見えた。

 

「申し訳ありません。お望みを叶えることができませんでした」

 

ニーナの憂鬱の原因であり、マルス自身も気に病んでいたことについてマルスが謝罪した。

 

「いえ、マルス。あなたにも苦しい思いをさせました…」

 

ニーナが左右に首を振ってマルスをいたわる。

 

「ごめんなさい…。本当に、ごめんなさい…」

「……」

 

こんな弱々しい姿のニーナは初めて目にするとあって、マルスも何も言えずに俯くしかなかった。

 

「本当はね…マルス、きっとこうなるだろうと思っていたのです。あなたに炎の紋章を託したときからこうなるだろうと…」

「えっ?」

 

どういうことかわからず、マルスが思案顔になった。

 

「『アルテミスの定め』という伝説を知っていますか?」

「いえ…」

 

初めて耳にする言葉に、マルスは素直に首を左右に振った。

 

「ファイアーエムブレムによって王家が蘇るとき、その代償としてもっとも愛する者を失う…。かつてメディウスが現れた時、アルテミス姫はあなたの祖先アンリ一世と深く愛しあいながら、ついに結ばれることはありませんでした。そして、私の時は…」

「ニーナ様…」

 

何を言わんとしているのかわかり、マルスが何か言葉を掛けようとした。が、出てこない。こんな時に何と言葉を掛ければいいかわからないのだ。

 

「だめですね、私は」

 

自嘲気味にニーナが口を開いた。

 

「マルスはアリティアで悲しい思いをした時も毅然とした態度をとったのに。私は、この現実を受け止められていない…。でも今少しだけ、ほんの少しだけ…自分に正直でいさせてください」

「仰せのままに」

 

こうまで言われては、マルスとしてもそれ以上何も言えなかった。

 

「少し席を外します。何かありましたらお呼びください」

「ありがとう、マルス…」

 

マルスは深々と頭を下げると、部屋から出て行った。それとほぼ同時に、ニーナの瞳から大粒の涙が零れ落ちる。

 

「うっ…カミュ…どうして…ううっ…うううっ…」

 

人知れぬニーナの慟哭は、この後も暫くの間続いたのだった。

 

 

 

 

 

グルニア城近郊、海へとつながるとある河の河口付近。

その流れに流されていく人影があった。死んでいるのかピクリとも動かずに押し流され、どんどんと下流へと向かっていく。そしてその人影が、海へとつながる砂浜へと出たところで、それは起きた。

 

「ククククク…」

 

どこからともなく現れた黒い影が、その人影に近づいていく。そして…

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