Fire Emblem ~漆黒の灰色 炎の紋章に導かれて~ 作: ノーリ
前回の続き、今回は21章になります。
マケドニアでの前哨戦。ちょっといつもとは違った切り口で書いたので、どんな感じになったかは是非読んで確かめて頂ければと思います。
では、どうぞ。
カミュとの決戦を終え、グルニアの残存兵の鎮圧をようやく完了した解放軍は最低限度の休養を取ると、慌ただしくも次の地へと向かった。
次の戦いの舞台はマケドニア。ドルーアと同盟を結んだもう一つの国であり、こちらも大陸最強の呼び声が高い屈強の竜騎士を率いる強国である。加えて、グルニアとは違う点がもう一つ。
それは、解放軍内に同国の出身者が少なからずいたことであった。レナ、マチスの兄妹は言うに及ばず、ペガサス三姉妹、そして何より、王族であるミネルバとマリア。
彼ら彼女らは個々思うところがありながらもその時を待つ。そして、その決戦の時まではもう少し。
「ミネルバ王女。もうすぐマケドニアの国境です」
マケドニアとの国境にほど近いところまで進軍してきた解放軍。陣中見舞いというわけではないだろうが、ミネルバの許へと訪れたマルスは様子を窺うように話しかけた。
「ええ、いよいよですね」
対するミネルバはいつもと変わらずに泰然自若としている。あまりの様子の変わらなさに、マルスが少し面食らったぐらいだった。
「いいのですか?」
そのため、思わずマルスは尋ねてしまった。
「何がでしょうか?」
「母国と戦うことに対してです。戦うに忍びないのなら今回は出撃いただかなくても…」
「いえ、心配は無用です」
そんなマルスの配慮を、ミネルバは即座に断った。既に心は決まっているということなのだろう。
「王子にお味方したときからこの日が来るのは覚悟していました」
「ですが…」
それでも無理をしていると感じたのだろうか、マルスが続けようとした言葉をミネルバが押しとどめて、その先を言わせなかった。
「…マルス王子は思い違いをしておられる」
「え?」
「父の仇、志を違えたとはいえ、兄やかつての臣下と矛を交える。本当は、戦場になど出たくないのでは、と思っておられるのでしょう?」
「…違うのですか?」
「いえ、そういう気持ちがないと言えば嘘になります」
ミネルバが首を左右に振った。だが、すぐにいつもの真っ直ぐな瞳をマルスに向ける。
「ですが、それ以上にこの国の末を決める一戦を他者に任すなど考えられない。マケドニアの過ちは、マケドニアの者の手で正してこそ意味があります」
「兄君と戦うことも?」
そこで少しだけ表情に苦悶が浮かんだことにマルスが気付いた。もっとも、ミネルバは気付いてはいないだろうが。だが、それを振り切るようにすぐに言葉を続ける。
「…兄とは幼い頃より共に育ち、共に武術や勉学を学びました。そして、いつも私の一歩先を歩いていた兄は私の目標であり、あこがれでした。今でも私は心のどこかで兄を敬愛しているのでしょう。だから…だからこそ、私が兄を倒します。余人ではなく、私自身の手で」
「…そうですか」
これ以上は議論を続けても無駄なことがマルスにもわかった。覚悟を決めた人間にクドクドと諭すのは無理なことである。それは、先日のカミュとの戦いでもよくわかっていた。
「わかりました。それでは、マケドニアでの戦いではご協力をお願いします」
「はい、お任せください」
「では、僕はこれで」
「ええ」
一礼して去っていったマルスをミネルバが見送る。と、
「ミネルバ様」
反対の方向から声をかけられた。振り返った先にいたのはパオラ、カチュア、エストのペガサス三姉妹だった。
「貴方たち…聞いていたの?」
「は、はい。そんなつもりはなかったのですけど…」
「つい聞こえてしまって…」
「えっと、声もかけられなかったし…」
申し訳なさそうに弁明する三人の姿に、ミネルバは年相応の女性らしい柔らかな笑みを浮かべた。
「盗み聞きは感心しないわよ」
『す、すみません!』
三人揃って勢い良く頭を下げた。それが可笑しかったのだろう、ミネルバ更に柔らかい表情になって頭を上げるように三人に促した。
「もういいわ。頭を上げなさい」
『は、はい』
「マリアは?」
三人が頭を上げたところでミネルバが尋ねた。
「チキのところにいます」
「そう。…良かったわ、あの子にも同い年ぐらいの友達ができたみたいで」
「まあ、年恰好が似たようなだけで、向こうは実際もう何十年も生きているみたいですけど」
「細かいことはいいのよ」
「あは、そうですね」
そうして四人でクスッと笑ったがそれも一瞬だった。
「…貴方たちは、次の戦いはどうするの?」
ミネルバがゆっくりと口を開いた。
「直接の相手になるのはマケドニア竜騎士団だけど、竜騎士団と白騎士団は交流がなかったわけではないわ。顔見知りもいれば、同僚、縁者や共に鍛えあった者もいるでしょう。そんな人たち相手に戦える?」
「それは…」
エストが沈んだ表情になった。ミネルバの言うところには十分思い当たる節があるからだ。もっとも、祖国と袂を分かった以上、遅かれ早かれいずれはこうなることはわかっていたからだ。
「……」
カチュアも口を真一文字に結んで何も言えなくなってしまった。自分たちはミネルバの部下として主君についてきた。その覚悟はあったつもりだが、いざそのことを目の前に突き付けられると心が揺れないというのは嘘になってしまう。そんな中、
「私たちは、最期までミネルバ様にお供いたします」
そう答えたのはパオラだった。少なからず驚いた表情を向けるカチュアとエストとは対照的に、
「…いいのね?」
と、ミネルバが落ち着いた口調で尋ねた。
「はい」
パオラがコクンと頷く。
「無理はしなくてもいいのよ?」
「そんなことはありません。私たちはミネルバ様の部下。最期まで主人に従うのは当然のことです」
「……」
パオラの宣誓をどう解釈したのか、今度はミネルバが黙ってしまった。と、
「姉様の言う通りです」
覚悟を決めたように、カチュアがミネルバに同じく誓った。
「カチュア」
「確かに、思うところがないわけではありません。しかし、だからと言ってミネルバ様の許を離れる気はありません。我々は最期までミネルバ様と共に」
「そ、そうです!」
二人の姉に背中を押される形にはなったが、それでもエストが続いた。
「そりゃあ、知り合いと戦うのは嫌ですけど、そんな思いをしてるのは私たちだけじゃありませんから。個人的な我儘が言える状況じゃないのはわかってます」
「あらエスト、随分殊勝なこと言うじゃない」
「ホントね。いつもみたいに駄々こねると思ったのに」
「そ、そんなことしないもん! もう、ミネルバ様の前で何てこと言うのよ、姉様たち!」
「ふふっ…」
真っ赤になってムキになったエストの姿に、ミネルバが思わず笑みをこぼした。
「ほらぁ、姉様たちのせいでミネルバ様に笑われちゃったじゃない!」
「はいはい、悪かったわよ」
「ゴメン、ゴメン。怒らないで、エスト」
「もう…。いっつもこうなんだから…」
まだ不満タラタラだったエストだが、それでも主君の前ということもあって渋々だが矛を収めた。
「ありがとう、三人とも」
一息ついたところでミネルバがパオラたちに礼を言う。
「私はいい部下に恵まれたわ」
「もったいないお言葉」
「そうです。我々は最期までミネルバ様と共に」
「任せといてください!」
三人三様の返事を聞き、再びミネルバが柔らかく微笑んだ。
「戦いは程なく始まるでしょう。期待していますよ、三人とも」
「はい」
「お任せください」
「わかりました」
「では、貴方たちも出陣の支度を整えておきなさい。私もマリアの様子を見てから戦いに備えておくことにします」
「わかりました」
パオラの返答を聞くと身を翻し、ミネルバはその場を立ち去ったのだった。
「ふぅ…」
ミネルバの姿が見えなくなった後、パオラが大きく息を吐いた。
「お疲れ様、姉様」
苦笑しながらカチュアがパオラを労う。
「ありがとう」
パオラも苦笑して返した。
「ミネルバ様、これで少しは気持ちが楽になってくれればいいけど…」
「ああ、やっぱり」
「え?」
カチュアがそう呟いたことに、パオラが驚いて振り返った。
「さっきミネルバ様に誓ったことだけど、多少なりとも無理はしてたんでしょ?」
「…わかったの?」
「そりゃあね」
カチュアが頷いた。
「それぐらいわかるわよ」
「そっか…」
バツが悪そうにパオラが苦笑した。
「ねえねえ、それってパオラ姉様も次の戦いには乗り気じゃないってこと?」
エストがひょいっと首を出して話に割って入る。
「ええ」
パオラが頷いた。
「ミネルバ様にはああは言ったけど、好き好んで自国の人間と戦いたいわけないじゃない」
「そっか。…そうだよね」
「ええ」
「でもさ。それじゃあ何であんなこと言ったの?」
エストのその質問に、
「理由は二つね」
と、パオラが答えた。
「一つは?」
その理由には彼女も興味があるのだろうか、カチュアが尋ねる。
「まずは勿論、ミネルバ様のためよ」
そう、パオラが答えた。
「私たちにああ仰られてたけど、ミネルバ様だってマケドニアの者と戦うのには抵抗があるはずよ。まして、国王陛下と…ミシェイル陛下と戦うことになるのは絶対に避けられないんだから。ミネルバ様はああいう方だからマルス王子にあんな風に仰られてたけど、絶対に思うところはあるはずなの」
「それは…うん、そうでしょうね」
カチュアも姉の意見に頷いた。
「だからね。そんなミネルバ様のお気持ちが少しでも楽になればと思ってああ言ったのよ。部下が覚悟を決めてくれてるってわかっていただければ、ミネルバ様も多少はお気持ちが紛れるでしょうから」
「そっか」
「ええ。…ただ、ミネルバ様のことだから私の浅知恵なんかとっくにお見通しで、その上で私たちに気を使って納得した振りをしてくださったかもしれないけどね」
「そんな、まさか…って言いたいところだけど、あり得るわね」
「そ。さっきミネルバ様は部下に恵まれたって仰ってくれたけど、部下としては聡明すぎる上司は少ししんどいわ」
「ふふっ」
パオラの勿論本気ではない、軽口といっていい愚痴に、カチュアがクスリと笑みを漏らした。
「じゃあさ、もう一つの理由って?」
エストが尋ねる。
「それは勿論、貴方たちのことを考えてよ」
「へ?」
「……」
パオラの指摘にエストが首を捻ったが、カチュアは何となくだが姉の言わんとしていることがわかったのか、黙って口を噤み姉の言葉の続きを待った。
「…ミネルバ様が私たちに、自国の者たちと戦えるか尋ねてきたとき、貴方たち口を噤んだじゃない。あの時点で口を噤むってことがどういうことを意味してるか、わからないわけじゃないでしょ?」
「ええ」
「…うん」
カチュアもエストも少し陰のある表情になってパオラの言葉に頷いた。
「勘違いしないでね、別に責めてるわけじゃないわ。私だって未だに抵抗がないと言えば嘘になるもの」
「え?」
その言葉を聞き、エストがビックリした表情になった。エストとカチュアが口篭もっている中、パオラだけがいち早く明確に自分の意見を口にしたからだ。
そんなエストに、フフッとパオラが微笑む。
「驚いた?」
「うん。だって姉様、すぐに答えたし。文字通り、とっくに覚悟が決まってたのかと思ってた」
「まさか。今言ったじゃない、抵抗がないと言えば嘘になるって。だからね、あれは臣下としてはあるまじき行為だけど、ミネルバ様に対して嘘を言ったのよ」
「えっ!?」
エストが先ほどよりさらに驚いた表情になった。パオラは親しみやすいところがある姉だが、エストの知っている限りでは嘘を言うようなことはしないからだ。そんなパオラがあけっぴろげに嘘を言ったと言ったので、エストの驚きは大きかった。
だが、パオラはそんなエストの心情が手に取るようにわかるのだろう。再び柔らかく微笑む。
「だって、私がああでも言わなかったら、貴方たち何も言えなかったでしょう? そうしたら、ミネルバ様がマルス王子に進言して次の戦場には出させてもらえなかったかもしれない。マケドニアの戦士たちと戦わなくて済むんだったら願ったり叶ったりだけど、ミネルバ様は間違いなく出撃するでしょう。主人だけ辛い目に遭わせて、自分たちだけ後ろでのうのうとしているわけにはいかないじゃない」
「あ」
ここでようやく、エストもパオラが何か言いたいのがわかった。
「主人だけ戦場に出して、自分たちだけで後方にいるわけにはいかない。だけど、自国の人間とは戦いたくはない。それがわかるからね。まあ、わかっちゃった以上、矢面に立つのはしょうがないかなって」
「…姉様も大概苦労性よね」
大体自分の考えていることと同じような理由だったことがわかり、カチュアがしょうがないなとばかりに微笑んだ。
「ま、仕方ないわよ。それに、貴方だって人のこと言えないんじゃない?」
「そんなこと…」
「ないといいわね」
「う…」
見透かされているように言われ、カチュアが口を噤んだ。そこでまたパオラが静かに微笑む。そして、
「さ、私たちも行きましょうか」
と、二人を促した。
「出撃の準備を整えておかないとね。準備不足で出られませんなんてことになったら、ミネルバ様に会わせる顔がないし」
「ええ」
「うん、わかったよ」
そうして、ペガサス三姉妹も己の持ち場に向けて戻っていった。マケドニア人たちそれぞれの胸中に複雑な想いを抱かせながらその時は着々と進んでゆく。そして、
「よし、出撃だ!」
そこかしこで鬨の声が上がり、解放軍は今回の戦いに挑む。
(死なないでくれよ、皆)
戦場にて指揮を執りながら、マルスは切実にそう願っていた。出撃前の軍議で、今回の出撃人員には相手がマケドニアの主力ということで決して無理はしないこと、傷の回復をいつも以上にこまめに行うことを念を押して出撃させた。
先のグルニアの戦いからはもう、敵対各国・各勢力の主力だけしか出てこない。だからこそ、ちょっとした油断が死を招く。現にカミュとの戦いではアストリアやジョルジュと言った一騎当千の猛者たちでさえ深傷を負ったのだ。それを考えれば、慎重になるのは当然のことであった。そして、そのマルスの心配は的中することになる。
流石にマケドニア軍の主力部隊とあって、衝突各所では例外なく激戦が繰り広げられていた。これまでの戦闘経験の差か、今のところ有利には展開してはいるものの兵の損耗が大きい。そのため、どの衝突箇所においてもシスターや司祭といった回復役の負担が大きくなっていた。
(それでも…)
マルスはまだ悲観してはいなかった。いや正確に言えば、ここで負けるようでは話にならないと思っていた。何故ならこの場にはまだ、御大将がいないからだ。マケドニアの国王であり、カミュと並ぶ名将の誉れ高いミシェイルの姿が。出撃の少し前にわかったことだが、ミシェイルはここではなく、マケドニアの本城で自分たちを迎え撃つ様子だった。つまり言うなれば、この戦いは前哨戦ということになるのだ。前哨戦で負けているようではお話にならない。
(それに…)
マルスはチラッとミネルバたちに視線を向けた。只の先延ばしにすぎないとはいえ、この場では兄妹で血で血を洗う戦いを避けることができた。まずありえないだろうなとは思うが、それでももしかしたら、先送りにしたことによって何らかの状況の変化が生じ、戦わなくて済むことになるかもしれない。都合の良い考えだし、そんなことはまず起きないのはわかっている。わかってはいるが、何事も零ということはありえないのだ。
首の皮一枚以下といえる、本当に一縷の望みを、マルスは捨てきれなくもあり、望んでもいたのだった。それはやはりグルニアでの戦いで悲しみに打ちひしがれるニーナの姿を見てしまった影響によるところも多分にあった。
そんな思いとは裏腹に、戦いは進んでいく。そして、戦場では出撃前にミネルバの危惧した通りのことが起きようとしていた。
「はいっ!」
白騎の長姉であるパオラが剣を振るって奮闘する。返り血をそこかしこに浴び、肩で息をしてはいるが、凌げないほどの状況ではなかった。それは一対多の状況になるようなことをせずに、多対一、少なくとも一対一の状況に持ち込めていることが大きかった。力や守備面では竜騎士に分があるが、その代わり天馬騎士は速さや技量で竜騎士に勝る。そのアドバンテージを駆使して上手く立ち回り、何とか今のところは持ち堪えていた。
(カチュアやエストがいてくれれば、もう少しは楽なんだけど…)
しかしそれは、高望みだということはパオラにも分っていた。何しろ、戦線はあちこちに分散しているため、人手が足りないのだ。三人で当たるような状況にはなっていなかった。と、新たな竜騎士が突っ込んでくる。
(新手!?)
その竜騎士が構えた斧を剣で受け止めて鍔迫り合いを繰り広げる。が、その顔には見覚えがあった。
「貴方…」
「!」
パオラの表情が変わったことに気付いた竜騎士が斧を引くと距離をとった。そして、
「どうも」
と、頭を下げる。
「…確か、エストの同期だった子よね?」
「はい」
その竜騎士は再び頭を下げた。
「覚悟はしてたけど…」
戦場らしからぬ、やりきれないといった表情になってふぅ…と大きく息を吐く。
「こういうのは…本当に気が進まないわね」
「仰る通りで」
竜騎士も頷いた。今鏡を見たら、きっと目の前のこの子と同じような表情をしているのだろうなと、パオラはそんなことを他人事のように思っていた。そして、再び剣を構える。
「念のため、一応、聞いておくけど」
「何でしょうか?」
パオラに相対するかのように、竜騎士も再び斧を構えた。
「降伏してくれる気は、ない?」
「…愚問ですね」
竜騎士が首を左右に振る。
「であれば、こうして襲撃するはずありませんよ」
「戦いの趨勢が見えていないわけじゃないでしょう? ここで貴方たちが勝っても、それは局地的な勝利にすぎないわ。大局的に考えれば、いずれはマケドニアは敗れる。それがわからない貴方じゃないでしょう」
「…私は、マケドニア竜騎士団の騎士ですので」
「そう…」
パオラが苦々しい表情になった。説得が失敗した以上、戦いで決着をつけるしかないわけである。それが、例えどれほど望まぬ結果になるとしても。
(どうしようもないのね…)
やりきれない想いを抱えながら、パオラが竜騎士へと突っ込む。
「なら、勝負!」
「承知!」
二騎は再び上空で鍔迫り合いを繰り広げることになった。剣戟の音が何度も響き渡り、そして…
「がはっ!」
パオラの剣が、竜騎士の胸板を深々と貫いた。竜騎士が口から吐血し、その身体から力が失われていく。
「…お見事。流石、エストが常日頃から自慢していただけのことはある」
「ありがとう。貴方のことは忘れないわ」
「マケドニアを…頼みます…」
「ええ」
安心したように微笑むと、竜騎士はそのまま地面へと落下していった。それを見送る形になったパオラの全身は、小刻みにだが震えていた。が、すぐに顔を上げて前を見据えると、他の援護に向かうために愛馬を滑らせたのだった。
そして、似たような光景は他の戦場でも…
「カチュアか」
「! 貴方!」
現れた新手の竜騎士の顔を見て、カチュアが一瞬止まってしまった。
「久しぶりだな」
「ええ」
そこにいたのは、自分とは同期の騎士の姿だった。もっとも、同期といってもこちらは白騎士団で向こうは竜騎士団ということもあり、あまり交流する機会はなかったが、それでも同じ釜の飯を食べた間柄には違いなかった。
そして時は流れ、今お互いは立場を違えて戦場に立っている。味方同士ではなく、敵味方として。
「どうよ? ちっとは腕が上がったか?」
変わりないその物言いに、カチュアはここが戦場だということも忘れてクスッと笑ってしまった。
「変わりないわね、貴方は」
「あん?」
軽く首を捻った後、竜騎士が肩を竦めた。
「そりゃそうだろ。この歳になって性格が激変する方が可笑しいって話さ」
「ふふっ、そうね」
お互い笑い合う。ここが戦場でなければ実に和やかな光景なのだが、ここは戦場。そして二人の間柄は敵味方。
「…それで」
ひとしきり笑ったところで、カチュアが槍を構えた。
「退いては…くれないわよね?」
「…ああ」
竜騎士も斧を構える。
「できればこのまま尻尾撒いて逃げたいところなんだが…まあ、そうもいかないのが宮仕えのしんどいところさ」
「別に無理しなくてもいいのよ?」
「ありがたいねぇ。…けど、そういうわけにもいかんのさ」
「…どうしても?」
苦しそうな表情になって問い掛けるカチュアに、竜騎士はふっと息を吐いた。
「逆の立場だったら、どうするんだよ?」
そして、そう尋ねる。
「え?」
「ミネルバ王女を見捨てて逃げたら助けてやるって言われて、お前は逃げんのか?」
「……」
そう言われ、カチュアは何も言い返せなくなってしまった。そんなこと、できるわけがないからだ。そして、説得が不可能なことも同時に悟ってしまった。
「……」
無言のまま、ゆっくりとカチュアが覚悟を決める。
「そうだ、それでいい」
その姿に、竜騎士が満足そうな表情になって頷いた。そして自身もカチュアに向き合う。
「お互いにもう、退けやしねえんだ。だったら、やるしかねえだろうよ」
「わかるんだけどね…」
カチュアが寂し気にクスッと笑った。
「すごく…よくわかるんだけどね…」
「まだ、躊躇ってんのか?」
カチュアがコクンと頷いた。
「そうかい。だったら…ここで終わりにしてやるよ」
カチュアの返答を目の当たりにした竜騎士がそのまま突っ込んできた。
「ッ!」
突然の突進に面食らったカチュアだったが、何とか気を取り直すと急いで槍を構える。間一髪、斧の攻撃は防ぐことができたものの、得物と膂力の差で軽々と吹き飛ばされてしまった。
「きゃっ!」
吹き飛ばされつつも何とか手綱だけは手放さず、必死に体勢を立て直す。何とか体勢を立て直したその視線の先にいる竜騎士が、寂しそうな視線をカチュアに向けているのがわかった。
「そんなんじゃ、この先いずれ討ち死にする。なら、せめてここで終わらせてやるよ」
そう言って、竜騎士が再び突っ込んでくる。だが、今度はカチュアも吹き飛ばされはしなかった。
「ほぉ…」
甲高い剣戟の音と共に竜騎士が今度は楽しそうに笑う。目の前のカチュアは、先ほどまでとは違って強い瞳をしていた。やがて、どちらも弾き跳ぶ、弾き飛ばされる形で再び距離をとる。
「肚は決まったかい?」
竜騎士の問いに、
「ええ」
と、カチュアが答えた。
「顔見知りと戦うのは気が引けるけど、だからと言ってこんなところで私も死ぬわけにはいかないもの。それに、ここで私が死んだらミネルバ様に申し訳も立たないしね」
「そうだ、それでいい」
竜騎士が頷いた。
「こっちはミシェイル陛下に従うことを選んだ。お前はミネルバ王女と共に進むことを決めた。互いに退かない以上はこうするしかないからな」
「そうね」
「ああ、だからよ」
再び竜騎士が得物を構える。
「どっちが勝っても、恨みっこなしといこうぜ」
「ええ」
カチュアも頷いて、同じように得物を構えた。
「悪いけど、勝たせてもらうわ」
「上等。こっちも手加減はしねえぜ」
「望むところよ!」
カチュアが初めて自分から仕掛けた。スピードを生かした鋭い突きを続けざまに放つ。竜騎士はそれを防ぐと、カチュアの脳天めがけて斧を振り下ろした。が、それを最小限の動きで交わすとカチュアは再び距離をとって突っ込む。
お互いの意地をかけた空中での一騎打ちは続く。そして…
「ぐっ!」
竜騎士が呻き声を上げた。その身体には、深々とカチュアの槍が突き刺さっている。
「へへ…」
己の身体を貫いたカチュアの槍を見ながら、竜騎士が力なく笑った。
「負けたか…」
結果を確認した竜騎士が口の端から血を流しながらカチュアを見上げた。
「強く…なったな…」
「ありがとう」
対照的に、カチュアは礼こそ言ったもののまったくの無表情であった。そのことに気付いた竜騎士だが、そこは指摘せずに自分の身体から槍を引き抜くと、そのまま力なく愛竜にもたれかかる。
「お前の勝ちだ。行きな」
「ええ」
「後のことは…頼んだぜ…」
そして竜騎士はそのまま目を閉じ、そして二度とその目を開くことはなかった。
「……」
カチュアはそのまま飛竜の手綱を制御すると、ゆっくりと飛竜を滑らせて近くに降りるように誘導した。その背中の、生命を失った竜騎士が落ちぬように慎重に配慮しながら。
「バカ…」
飛竜が無事に地上に降りたのを見届けたカチュアが、顔を伏せながらそう一言だけ呟く。その身体は、小刻みにだが震えていた。わかってしまったのだ。一騎打ちの最後の最後、竜騎士が手加減して自分に討たれたのが。何故そんなことをしたのか、それは死んでしまった今はもうわからない。いずれにしてもカチュアが生き残り、竜騎士が死んだという事実だけがこの戦場に残った。
「…行かなくちゃ」
カチュアはそれだけ呟くと、再び新たな戦場を目指した。その目の目尻に光る涙が零れ落ちたのは、本人以外には誰も知ることがなかった。
「せ、先輩!」
また違う空域、エストは襲ってきた竜騎士の姿を見て驚きを隠せなった。
「久しぶりね、エスト」
竜騎士が微笑みながら答える。その兜の下の素顔を、エストが忘れることはなかった。
「お久しぶりです」
エストが頭を下げる。今目の前にいる人物は、長姉であるパオラの同期の人物で、自分も大変世話になった人物だった。その後、転属願を出して白騎士団から竜騎士団に配属され、交流は少なくなったものの、それでも憧れ、尊敬する先輩には違いない人物だった。
「どう? 少しは強くなった?」
竜騎士がエストの姿を見てフッと柔らかい微笑みを見せる。
「はい!」
エストが朗らかに答えた。
「その節は、先輩にも色々とお世話になりました」
「パオラの妹だしね。…それにしても」
「はい?」
エストが首を傾げた。
「…本当に申し訳ないけど、貴方、成長しないわね」
「そ、そんなことないですよ。こう見えてもあの頃より腕は…」
「じゃなくって、身体のことよ」
そこで初めてエストは、竜騎士の視線がエストの全身に向けられていることに気付いた。
「パオラの妹なのに…」
「せ、せんぱ~い…」
哀れっぽく声をかけられ、エストは酷く落ち込んでしまった。あるいは戦いで負けるより余程手痛いダメージを負ってしまったかもしれない。
「幼児体型はあまり変わらないのね」
「そんなことないです! これでも少しは成長してるんですよ!?」
「パッと見で変化がわからないようじゃ、それは成長してるとは言わないわよ」
「…酷い」
益々落ち込んだエストに、竜騎士はクスリと笑った。
「せめて姉たちと同じぐらいのプロポーションになれるといいわね」
「うう…努力しますぅ…」
「…ま、頑張って」
竜騎士が労いの言葉を掛ける。そして、
「さ、構えなさい」
と、得物の斧をエストに向けた。
「……」
「どうしたの?」
得物を構えるように言ってもそうしないエストに、竜騎士が首を傾げた。
「先輩」
「何?」
「私、先輩とは闘え」
その先をエストは言うことはできなかった。何故ならエストの頬を手斧が掠めたからだ。
「う、あ…」
固まってしまい、それ以上何も言うことができなくなるエスト。竜騎士は手斧をキャッチすると、その穂先を再びエストに向けた。
「次は容赦しないわよ」
「先輩…」
表情一つ変えずそう宣言する竜騎士に、エストはそれ以上何も言えなくなってしまった。
「甘えたことを言ってるんじゃありません」
そんなエストに、諭すように竜騎士が話しかける。
「この地で戦場に立った以上、こうなるのはわかっていたはず。貴方、闘う覚悟もできていなかったの?」
「そんなこと…」
エストは目を伏せた。確かに闘う覚悟はあった、それは間違いない。だがそれでも、やはり顔見知りといざ対峙するとこうなってしまうのはある意味仕方のないことだった。
だが目の前の人物は、そんなことは許さないとばかりに怜悧な視線をエストに向ける。その視線にさらされ、エストは魂が凍り付くかのような錯覚に陥ってしまうほどだった。
「生半可な覚悟で出てきたなら、この先生き残ることはできないでしょう。だったらせめてもの慈悲に、ここで終わらせてあげる」
「……」
死の宣告に、だがそれでもエストの心は揺れ動いていた。今までの想い出が次々浮かんできては消えてゆくのだ。それがどうしても、エストの決心を鈍らせた。と、
「しっかりなさいな!」
竜騎士がエストを一喝する。
「先輩…」
「何ですか、その情けない顔は!」
エストの弱々しい表情に思うところはありつつも、それを表に出すことなく竜騎士はエストを叱咤した。
「それでもパオラの妹ですか! それに、そんな情けない指導をした覚えはありません!」
「でも…」
叱咤されても、それでも煮え切らないエストに竜騎士が荒療治を施す。
「わかりました」
「え?」
「さっきも言いましたけど、貴方はここで終わりなさい。心配しなくても、パオラもカチュアもすぐに貴方のところへ送ってあげます」
「!」
エストの顔色が変わった。
「三人揃ってなら寂しくないでしょう?」
そして侮蔑するように竜騎士がそう言った直後、エストの表情に目に見えて変化が起こった。今までのものから一変、気迫に満ちたものに変わったのだ。そして、得物である槍を構える。
「姉様たちは、やらせない!」
その姿、その表情に竜騎士は満足していた。
(そう、それでいい)
安心すると、侮蔑した態度は崩さずに竜騎士が更に続ける。
「大口を。先ほどまで覚悟もできていなかったくせに」
「私一人ならあるいはまだ躊躇ってたかもしれませんけどね。でも、ここで私が墜ちたら私の後ろにいる誰かに危機が迫るわけですから。そんな真似、させるわけにはいきませんから。…それを教えてくれたのは他ならぬ貴方ですよ、先輩」
「そう?」
軽く首を捻って竜騎士が微笑む。
「ま、いいわ」
そしてまた得物を構えた。
「死ぬ気でかかってきなさい。その後ろにいる誰かを護りたいならね」
「わかってます! 手加減して勝てると思っている程私は自分の実力を過信してはいないし、先輩を甘く見てもいませんから」
「宜しい」
「行きます!」
そう言うが早いか、エストは猛スピードで突っ込んで槍の刺突を繰り出した。竜騎士はそれを当然のように受け止める。
「攻撃が素直過ぎるわね、相変わらず」
「こっちだって、先輩を一撃で倒せるとは思ってませんよ!」
すぐに方向転換するとエストは連続で刺突を繰り出した。竜騎士もそれをいなす。
こうしてまた、望まぬ戦いが大空で繰り広げられ、そして…
「っ!」
何合打ち合ったことだろう。数など数えているわけもなく、覚えてもいないのでわかるわけはないのだが、エストにとっては飽きるほど長いようでありながら、驚くほど短いような時間が過ぎ、そして…
「あ…」
視線の先には、竜騎士の身体に刺さった己の槍があった。恐る恐るエストが顔を上げる。
「お見事」
口の端から血の筋を流しながら、竜騎士がエストを褒めた。
「強く…なったわね…。流石、パオラの妹だわ…」
「せ、先輩…」
目の前の事実に、エストが泣きそうになる。が、直後に乾いた音が響き渡った。
「先輩…」
エストが赤みの差した頬を抑え、呆然としながら竜騎士を見ている。竜騎士は変わらずに口の端から血の筋を流しながら微笑んだ。
「しっかりなさいな」
竜騎士がニッコリと微笑んだ。先ほどまでの侮蔑するようなものではなく、見ててほれぼれするようないい笑顔だった。
「勝者がそんな情けない顔するんじゃないの」
「でも…だって…」
エストが泣くのを我慢するかのように顔を歪ませた。これではどちらが勝ったのかわからない。
「仕方ない子ね…」
竜騎士は呼吸を乱し始めながらエストを気遣う。
「闘う以上はこうなることはわかっていたことでしょう? その結果、貴方が勝ち、そして私が負けた。それだけのことよ」
そこまで言ったところで竜騎士の顔色が変わった。直後、派手に吐血する。
「先輩!」
慌てて側に行こうとするエストだが、竜騎士が押し留めた。
「よしなさい。もうどうにもならないわ。自分でわかるもの」
「先輩…」
「そんな情けない声を出さないの」
そして竜騎士は、自分の愛竜へともたれかかる。
「最後に貴方と戦えてよかったわ」
「先輩…」
「マケドニアを…宜しくね」
「…はい、必ず」
「ありがとう。これで…私も…」
そこで、竜騎士は事切れ、その短い生涯を終えたのだった。そして部下たちがそんなやりきれない想いを抱えている中、主君もまた
「オーダイン将軍」
「ミネルバ様…」
城門前、守将である顔なじみの将の姿に思わずミネルバは声をかけていた。敵将であるオーダインも思わず答えてしまう。
「久しぶりね」
「お久しぶりでございます」
敵将…オーダインが頭を下げた。
「…兄上は?」
簡潔に、ただそれだけをミネルバはオーダインに尋ねた。
「陛下であれば今は城に。迎撃の準備の真っ最中でしょう」
「そう」
感情のない表情、声色でミネルバが答えた。
「もっとも、その準備を無駄にするのも臣下としての仕事の一つにはなりましょうかな」
そして、オーダインが得物の槍を抜いた。ミネルバもそれに応えるかのようにゆっくりと得物であるオートクレールを構える。この辺り、三姉妹と違って(少なくとも表面上は)躊躇がないのは流石に覚悟してこの戦いに臨んだからだろう。
そして、その覚悟を感じたからだろうか、オーダインもミネルバには気付かれないようにフッと微笑んだ。
「参ります!」
「承知!」
そして、二騎は激しい一騎打ちを繰り広げる。お互いに心に去来する思いはあれど、今はその思いを胸にしまい、ただ敵同士として。
見る者を圧倒するような一騎打ちがしばらく続き、そして
「ぐ…はっ…」
オーダインが口から血を吐いて落馬した。力を振り絞りながら顔を上げ、目の前にいるミネルバを見上げる。
逆光で表情を確認することはできなかったが、何故かその顔は泣いているように見えた。
「お見事…でした…」
「将軍…」
ミネルバも何と答えていいのかわからないのだろう、ただそう呟くことしかできなかった。
「今のミネルバ様であれば、或いは陛下も…」
オーダインがその先を言おうとして止めた。この場面でこんなことを言ってはならないような気がしたからだ。故に、
「マケドニアを…頼みます…」
勝者に後を託し、オーダインはその生涯を閉じたのだった。
「……」
顔なじみの将軍の亡骸を前に、ごく短い時間だけ黙祷するとミネルバは再び飛竜に跨った。誰も気づかなかったが、その全身は確かにごく僅かだが小刻みに震えていたのだった。
マケドニア国境での戦いは、解放軍に軍配が上がる。大多数が勝利の喜びに浸るその中で、複雑な想いを重ねているマケドニア出身の面々。しかし、これはまだ前哨戦にすぎない。本番は次なのだ。
本当の決戦まで、後少し。