Fire Emblem ~漆黒の灰色 炎の紋章に導かれて~   作: ノーリ

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おはようございます。

少々体調を崩していたもので、投降が一週間遅れました。申し訳ありません。

前回の続き、今回は23章となります。

この作品の敵役二大巨頭の片割れであるガーネフとの決戦です。どんな感じにまとまったかは、本文を読んでご確認ください。

では、どうぞ。


NO.28 因縁の決着

“俺にやらせろ”

 

ガレスのその一言に水を打ったように周囲は静まり返った。そして今、

 

「ククククク…」

 

暗黒道の皇子が滅びの都へと足を踏み入れようとしていた。

 

 

 

 

 

時間は少しまきもどる遡る。

ミシェイルを倒してマケドニアの平定を終えたマルスたちは、ガトーのワープの魔法でガーネフが根城としているテーベまでテレポートしていた。流石に大賢者と言われるだけのことはあってガトーの魔法は強力で、なんと一軍を丸々とテレポートさせたのだからその魔力恐るべしというところである。

イレギュラー感は否めないところであるが、何にせよ次の目標はガーネフとの決着であった解放軍にとってはその時期が少し早く到達しただけのことにすぎない。慌ただしく編成を終えたマルスたちは、テーベ攻略における軍議を開こうとしいていた。

 

 

 

「……」

「……」

「……」

 

出撃の人員として選抜された面々が軍議の開始を待っている。パッと見いつもと変わらない光景ではあるが、大半の参加者は気もそぞろだった。何故なら、この席には今まで一度も現れなかったガレスの姿があったからだ。

何人もがチラチラと視線を走らせてガレスの様子を窺う。ガレスの隣に腰を下ろしているチキはニコニコしているが、ガレスはいつもと変わらずに真紅の瞳を光らせていた。

 

(あの男…)

(一体どういう風の吹き回しだ?)

(何でいるんだよ…)

 

声を潜めつつも周囲がざわざわとざわめきだす。無論、ガレスもそれはわかってはいるが何も反応はしない。

 

(面倒な連中だな)

 

とは思ってはいるものの、一々相手をする気にもなれずに放っておいた。その中で、さっきガトーの庵で一緒だったリンダは何か別に思うところがあるのか、明らかに他の連中とは違った思惑を孕んだ視線をチラチラと送ってくるのだが、それもまとめて捨て置いておく。と、

 

「お待たせ」

 

天幕にマルスとジェイガン、ハーディンが入ってきた。その瞬間、喧騒はピタッと止む。マルスが出撃の面々の顔を確認したところで、ガレスがこの場にいることに気付いて驚きの表情を浮かべた。

 

「ガレス…」

 

マルスと同様に、ハーディンやジェイガンも驚きを隠せないといった表情になる。

 

「何だ?」

「…どうしてここにいるのさ?」

 

およそ指揮官が言っていい台詞ではないことに周囲がギョッとする。マルス自身も口を滑らせたすぐ後に失言だったことに気付いたのか、マルスにしては珍しく、あ、しまったといった表情になった。だが、ガレスは気分を害することもなかった。

 

「御挨拶だな」

 

そして、いつものように咽喉の奥でクククと笑った。

 

「出撃予定者が軍議に出ても何ら可笑しいことはないだろう」

「でも、今まで一度も出なかったのに…」

 

マルスが必要以上に驚き、うっかりと余計な失言をしてしまったのはこれが原因だった。ガレスはこれまで一度も軍議に出たことがなかったのである。今までは軍議で決まったことを事後報告という形だった。

ガレス自身も退屈な軍議に出たいとは思っていなかったし、事後報告で構わないとマルスに言っていたからだ。その軍議で決まった方針通りにガレスが動くことは滅多になかったが、それでも全くの身勝手に好き勝手なことをしてきたわけではないので、特に大きな問題もなくここまでこれたのだった。…まあ実際、ガレスの身勝手に振り回されたり後始末をさせられる方にはたまったものではないが。

とにもかくにも、そんなわけでこれまで一度も軍議の席に顔を出していないガレスの突然の出席だったので、戸惑うのも無理はないとは言えた。

 

「理由は…何となくはわかっているだろう?」

 

ガレスがマルスの目を見据えながらそう告げる。

 

「…ガーネフ、かい?」

「ああ」

 

マルスとガレスのやり取りに、周囲に緊張が走った。特にリンダは父の仇の名前が出てからだろうか身じろぎせず、表情が憎しみを帯びた感じで強張る。

 

「まあ、出てきてくれたことは歓迎するよ」

 

そう言うと、マルスが軍議の開催を皆に伝えた。参加者たちの表情が引き締まる。そんな中、

 

「ガレス…」

 

ガレスの隣に座るチキが少し不安そうな表情になってガレスを見上げた。

 

「どうした?」

「その…大丈夫?」

「? 何がだ?」

 

言葉の意味が今一つわからずガレスが首を傾げた。

 

「えっとね…うまく言えないんだけど、さっきとは何か雰囲気が変わったような感じがしたから」

「そうか…」

 

表面には出してはいなかったが、流石に鋭いなと内心で舌を巻いたガレスは、チキを安心させるようにその頭を優しく撫でた。

 

「えへへ…」

 

鎧越しとはいえその感触が気持ちよく嬉しいのだろう、チキがくすぐったそうにしながらもはにかんだ。その、まあいちゃついているとも見える光景に周囲は内心で呆れたり引きながらも軍議は開始した。

淡々と、今回の敵の戦力や地形、攻略方針などがマルスやジェイガン、ハーディンの口から語られていく。所々で質疑応答を交えながらも軍議は滞りなく進み、そしてつつがなく終了した。

 

「では最後に、何か意見があれば」

 

マルスが全員を見渡しながら尋ねる。と、ゆっくりとガレスが手を挙げた。

 

「ガレス…」

 

マルスの呟きに、総員がガレスに視線を向ける。そして、ガレスが手を挙げていることに驚いた。

 

「何かな?」

 

務めて平静にマルスが尋ねる。

 

「何か異存でも?」

「いや、作戦や方針に異存はない。だがガーネフ、あの男は」

 

俺にやらせろ

 

ガレスのその一言に水を打ったように周囲は静まり返った。

 

「…気持ちはわかるけどね」

 

そんな中、いち早く再起動したマルスがゆっくりと口を開く。

 

「何度も説明したと思うけど、ガーネフはスターライトじゃないと…」

「そうか? お前も見ているだろう、カダインで俺があの男を圧倒したのを」

「それは…」

 

マルスが思わず口篭もった。確かにその前例がある。あの時もガーネフはマフーを手に襲い掛かってきた。それは、襲われた自分が何より一番よく知っている。そのガーネフをガレスは圧倒したのだ。無理と言い切るのはそれこそ無理な相談だった。

 

「俺はこれまでお前たちに褒賞を要求した覚えはない。元々そんな気もないしな。だからその代わり、この程度の頼みは聞いてくれても構わんとは思わんか?」

「う…ん…」

 

マルスが考え込む。ガレスが言った通り、別にガレスの頼みを聞くのは何も問題はない。いやむしろ、被害が少なく収まるであろうことを考えると、渡りに船といえないこともない。しかし、

 

「納得できません!」

 

堂々と反論したのはリンダだった。リンダは立ち上がるとガレスを真っ向から睨む。

 

「あの男を…ガーネフを倒すのは私です!」

「随分な大口をたたくな、小娘」

「何とでも言いなさい。けど、この件に関しては絶対に誰にも譲れないわ」

「クク、面白い。ならばここで貴様を叩き潰せば俺の邪魔だてする奴はいなくなるな」

「え、ちょっと!?」

 

予想外の方向に話が進みそうになっているのに慌てたマルスが驚きながらもそれを止めようとする。が、

 

「止めんか!」

「バカな真似をするな!」

 

それより前にジェイガンとハーディンが二人を制した。普段は冷静な二人の一喝に思わず自分たちに向けられたわけでもないのに他の参加者たちが背筋を震え上がらせた。チキも驚いてしまったのか、ガレスの鎧にギュッとしがみつく。

 

「これから戦いだというのに味方同士で争って何とする!」

「二人とも落ち着かないか!」

「す、すみません!」

 

リンダが頭を下げたが、ガレスはいつも通り、どこ吹く風といった涼しい様子だった。その姿に、叩頭していた頭を上げたリンダが不機嫌そうになる。話の流れからリンダもお説教をくらった形となってしまったが、リンダ自身は何もしていない。二人が止めに入らなければ一騒動あったであろうことは紛れもない事実だが、リンダとしてはガレスに反論しただけである。喧嘩を吹っかけてきたのはガレスで、リンダは言うなれば被害者であった。そんな、被害者の自分が頭を下げたのに、騒ぎの元凶であるガレスがいつも通りの傲岸不遜な態度でいればリンダがムッとするのも仕方のないことであろう。

では、そんな三人の厳しい視線を集めたガレスはというと、

 

「わかった」

 

と、一言呟いた。

 

「なら、あの男は貴様にくれてやる」

 

そしてそう続ける。司令官でもないのに何でこんなに偉そうな態度なのと思ったリンダがまた不機嫌になるが、これ以上みっともないところを見せるのは不本意なことと、何よりガーネフを譲られたことで矛を収めることにした。もっとも、安心したのはマルス以下も同じだったのだが。

 

「その代わり、そこまでの露払いは俺にやらせてもらうぞ」

 

妥協の代償とばかりにガレスが続けざまに口を開いた。

 

「え?」

「不服か? 獲物は貴様にくれてやるといったんだ。前座は俺がもらっても文句はあるまい?」

「それは…そうだけど…」

 

戸惑いが隠せないといった様子でリンダが呟く。

 

「何を考えているの?」

「何も。強いて言えば、ただの八つ当たりだ」

「八つ当たり?」

「ああ。美味しいところを他人に譲ることになった鬱憤のな」

 

その後、いつものように咽喉の奥で笑ったガレスに全員が背筋を震わせた。ガレスはゆっくりと立ち上がるともう用はないとばかりにそのまま天幕を出て行った。

 

「あ、待ってよー」

 

その後をチキがトコトコと追っていく。しかし、それ以外の面々は少しの間ガレスの気に毒されたかのように動けなくなっていたのだった。

 

 

 

 

 

テーベへと足を踏み入れたマルスたち解放軍は、その重苦しい雰囲気に思わず重力が増したかのように身体が重くなるのを感じた。

 

「テーベの神殿…ここに、ガーネフがいるのか」

 

身体の重苦しさと同時に咽喉がカラカラに渇き、唾を飲み込みながらマルスが一人ごちた。と、

 

『くくく…』

 

暗闇の中から不気味な笑い声が木霊する。

 

『マルスよ、ようやくここまで来たか』

「! 誰だ!? その声はガーネフか!」

『ふふふふふ…』

 

マルスの呼びかけに応じるかのように近くにあった闇がぐにゃりと歪み、その闇が人型を象る。そして次の瞬間、そこにはただならぬ気配の司祭の姿があった。

 

「! ガーネフ…!」

 

カダインで相対しているだけに、マルスはすぐにそれがガーネフだとわかった。まあ顔がわからずとも、雰囲気だけでわかりそうなほど尋常でない雰囲気を全身で醸し出しているのだが。

そしてその司祭がガーネフだとわかった直後、マルスを護るように何人もの戦士たちがマルスとガーネフの間に立って得物を構えた。

 

「くくく…待っておったぞ、マルス」

 

だがガーネフは彼らを一顧だにせず、ただマルスを見ている。無視…というより、黙殺された形になった戦士たちの表情は一律ムッとしているが、ガーネフがそんなものを気にするはずはなかった。

 

「待っていた、だと?」

 

ガーネフのその物言いに引っかかったマルスが眉を顰めた。

 

「そうだ。お前が大陸の各地で勝利し、厄介な連中を倒して貴重な武器を持ってくるのをな」

 

こともなげにガーネフがそう答える。

 

「お前のおかげでカミュもミシェイルも我が前から姿を消した。感謝しておるぞ、くくく…」

「おのれ…なんという…」

 

ガーネフの悪辣さにマルスが嫌悪感を露わにした。だが、それでガーネフがダメージを受けるはずもない。涼しい顔で先を続ける。

 

「可哀想だが、そろそろお前には消えてもらわねばならぬ。メディウスはわが手にファルシオンとマフーがある限り逆らわぬ。ガトーは俗世に顔を出す気はない…となれば、邪魔なのはお前だけだ。そう、世界を我が物とするためにお前は邪魔なのだよ。くくく…」

「そうはいかない。お前の思い通りになどさせるものか!」

「くくく…さて、できるかな? お前には儂の本当の姿すら見ることができまい」

「…どういうことだ?」

 

ガーネフの今語った言葉の意味がわからず、マルスが怪訝な表情になった。と、そこへモロドフが駆け込んでくる。

 

「お、王子! 神殿のあちこちにガーネフとおぼしきソーサラーが現れたとの報告が!」

「くくく…」

 

マルスに伝えられたモロドフの報告を聞いたガーネフが不気味に、そして厭らしく笑った。

 

「さあ、戦え戦え! 儂の分身どもと精魂尽き果てるまで戦うがよい。但し、本物の儂を倒さん限りファルシオンは手に入らんがな。ハーッハッハッハッハッハッ!」

 

マルスたちの慌てる様に満足そうに高笑いしたガーネフだったが、すぐにその余裕もなくなることになる。

 

「ククク…」

 

先ほどのガーネフと同じような笑い声が、また違った方向の闇から聞こえてきた。

 

「随分と威勢がいいじゃないか。ド三下の負け犬の分際で」

「貴様、あの時の!」

 

ゆっくりと姿を現したガレスに、先ほどまでの余裕は何処へやら、ガーネフは一瞬で怒気を孕ませた憤怒の表情になる。

 

「ククククク…」

 

対してガレスはいつもより五割増しでガーネフを嘲笑した。

 

「あの時のことは忘れてはおらんぞ」

 

カダインでの完膚なきまでの敗北が思い出されたのか、憎悪を募らせながらガーネフがガレスを睨み付けた。

 

「丁度いい、マルスともども貴様もここで殺してくれるわ!」

「ククク、笑わせる。また無様に叩き潰されたいか」

「余裕を見せていられるのも今のうちじゃ! 貴様だけは特別に念入りに八つ裂きにしてくれるわ!」

 

呪詛の言葉を紡ぎながらもガーネフはその場から姿を消した。こうして、いつも以上の緊張感に支配されながらテーベの攻略戦は始まったのだった。

 

 

 

「ふぅ…」

 

目の前の司祭を剣で切り捨てたマルスが緊張を解放するかのように大きく息を吐き、額に滲んだ汗を拭った。

 

「状況は?」

 

周囲に視線を向ける。

 

「この付近の制圧は完了しました。ただ、まだ増援が現れることを見越せば、油断は禁物かと」

「うん。まあ、今回は僕たちは大人しくしてようか」

「はっ」

「しかし、良いのか? あの男に任せて」

 

ハーディンが上を見上げながらマルスに尋ねた。

 

「いやあ、だってねぇ…」

 

マルスとしてもどう答えていいかわからず、歯切れの悪い返答しかできない。

 

「ダメだって言って、素直に聞くと思うかい?」

「…無理だな」

 

マルスの意見に少し考えたが、ハーディンは溜め息をつきながらそう答えることしかできなかった。

 

「だろう? 情けない話だけど、向こうが引かないならこっちが引くしかないよ」

「でも、どういうつもりでしょうか」

 

いつの間にか傍らにやってきたシーダがハーディンと同じようにマルスに尋ねる。

 

「何がだい、シーダ?」

「だって、手加減出来そうにないから、誰もついてくるななんて…」

 

シーダが心配しているように、ガレスは単騎でガーネフの許に向かっていた。正確には、スターライトを持っているリンダと、回復役のボアや牽制役のノルン、守戦力のチキといった面々も一緒なのだが、彼らは十分にガレスから離れてその後を追う形になっている。まさに単騎特攻、露払いといっていい役目をしていた。

 

「言葉通りなんじゃないかな?」

 

そんなシーダに、マルスがそう答える。

 

「手加減できずに周りを巻き込みかねないから、ついてくるなってだけのことなんじゃない? 最近は随分ましになったとはいえ、オレルアン平原やオレルアン城でのこと、覚えてるだろう?」

「!」

 

マルスに指摘され、シーダが思わず思い出していた。馬の首ごと胴体を真っ二つに斬られて噴水の用に血を吹き出していたローソンや、両腕を斬り落とされた挙句鎧ごと真っ二つに両断されたマリオネスの姿を思い出し、シーダは思わず顔を蒼ざめて口元に手を当ててしまう。

 

「! シーダ様!」

「大丈夫ですか?」

 

カインとアベルが慌ててシーダを気遣う。シーダは顔色こそ蒼く喋れない様子だったが、しきりに首を上下に動かして大丈夫という意思表示をしていた。

 

「あの男…何をするつもりなのか」

 

暗い闇の中、その姿は当然見えないがハーディンはガレスがいるであろう場所へと顔を向けた。

 

「まあ、ガレスのことだ。またとんでもないことをするんだろうけどね」

 

マルスはもう諦観した様子である。一々気にしていたら身が持たないと今更ながらに悟ったのかもしれない。遅すぎる結論ではあるが。

 

「それはこの戦いの後、リンダたちに聞けばいいさ」

 

そうしてマルスもまた、ガレスがいるであろう場所へと向けて首を上げたのだった。

 

 

 

暗い闇の中を、ゆっくりと進んでいく一団がある。

 

「やれやれ、こう四方が真っ暗闇だと気が滅入るな」

 

松明を手にしながら、ボアがボヤいた。暗闇の圧迫感に加えて、どこから敵が現れるかもわからない緊張感も相まって、神経が相当擦り減っているのだろう。

 

「ボア様、大丈夫ですか?」

「顔色もあまり良くないようですけど」

 

歩調を同じくして進むリンダとノルンがボアを気遣う。

 

「気を使わせてすまんの。だが、大事ない。お主らこそ、注意と警戒を怠るなよ」

「はい」

「わかりました」

 

そのままリンダがボアの後ろに視線を向けた。

 

「チキ、貴方は大丈夫なの?」

 

最後尾、殿を任されている形のチキにリンダが尋ねる。そのチキは、不満そうというか不機嫌そうな表情を隠さなかった。

 

「チキ?」

 

チキの様子に気付いたリンダがもう一度尋ねた。と、

 

「ここ嫌い」

 

ムスッとした表情でチキがそう答えた。

 

「?」

「皆に助けられるまで、一人ぼっちで眠ってたあの神殿を思い出すからイヤ」

「あー…」

 

チキの不機嫌な理由がわかったリンダたちだったが、原因がわかったとはいえどうしようもなかった。何しろ、ここをこういう状態にしている原因を叩きに行っているのだから。申し訳ないとは思うが、それまでは我慢してもらう他はない。と、

 

「その辺にしておけ」

 

戦闘をきって進んでいたガレスがいつの間にか立ち止まっていた。

 

「どうかしたのか?」

「お客さんのお出ましだ」

 

いつの間にか、ガレスたちの周囲を不気味な司祭の集団が囲んでいた。

 

「! いつの間に!」

 

リンダが魔道書を、ノルンが弓を構える。ボアはリンダと同じく魔道書を用意しつつも、比重は回復役として重きを置いているため、いつでも杖を使えるようにしていた。

 

「もう!」

 

テーベの雰囲気にただでさえご機嫌斜めなチキはさっそく神竜へと姿を変えた。

 

(お前たちなんて、嫌いだーっ!)

 

鬱屈させてくれた鬱憤を蹴散らすかのように、チキがブレスを吐き出した。

 

「ククク、派手にやってるな」

 

チキの暴れっぷりを頼もしく思いながらガレスはリンダたちに視線を向けた。

 

「貴様たちは自分の身だけ守っていろ。残りは俺が叩き潰す」

「出来るんでしょうね?」

 

リンダが挑発的な物言いをし、その態度にノルンとボアがギョッとした表情になってリンダを覗き込んだ。

 

「ハ、なめるな」

 

対してガレスはいつものように楽しそうに咽喉の奥で笑うだけだった。

 

「露払いが露を払えなくて何の露払いだ。貴様こそ、こんなところでガス欠になって、肝心のあの負け犬のド三下とやりあうときには魔力が残ってないなんて無様を晒すなよ」

「大きなお世話!」

 

ガレスへの、そして何よりガーネフへの怒りをぶつけるかのようにリンダが魔道を放つ。ノルンも慌てて矢を番えては司祭たちに狙いを定めた。

 

「ククククク…」

 

楽しそうに笑うと、ガレスは己の正面に立つ司祭たちを斬り捨て始めたのだった。

 

 

 

「チッ…」

 

何人目かの司祭を斬り捨てたところで、ガレスが忌々し気に舌打ちをした。司祭たちに襲われてから少し時間が経った。こちらの被害としては軽微。深手を負うこともなく、こまめにボアが回復をしてくれているため、軽微と表現した被害はないと言っても過言ではなかった。しかし、

 

(数が多すぎる…)

 

そのことがガレスを苛立たせていた。実力的には大したことはないのだが、とにかく数が多すぎるのだ。雨後の筍やボウフラの如く、倒しても倒しても次々に湧いてくる。先述の通り実力は大したことはないとはいえ、人海戦術でこられると厄介であった。それは、リンダたちに視線を移せば一目瞭然。

 

「はぁ…はぁ…」

「ふぅ…ふぅ…」

「っ! 全く、次から次へと…」

 

リンダ、ノルン、ボアの三人が肩で息をし始めていた。チキにはまだそういった兆候は見えないものの、この状況にうんざりしているというか辟易しているような様子を感じ取れていた。

 

(全く、あのド三下らしく性根の腐った厭らしい手を使ってきてくれるな)

 

苛立ちながら内心で悪態をつく。そうしながら、状況を打破するためにガレスはあることを決めた。

 

「おい」

 

少し離れたところで固まっているリンダたち三人にガレスが話しかける。

 

「何?」

 

額に滲んだ汗を拭いながらリンダが答えた。と、ガレスがクイッと首を捻って先への階段を示す。

 

「お前たち、先に行け」

「はぁ!?」

 

何を言ってるのかといった声色でリンダが驚いた。ボアとノルンも言葉こそ出さないものの、表情はリンダと同じように驚愕に彩られている。

 

「誘っているのか抜けているのかわからんが、幸いにして進行方向は手薄だ。お前たちだけでもどうにかなるだろう」

「いや、ガレスさんは?」

「俺か? 俺は決まっている。こいつらを叩き潰すだけだ」

「バカな! これだけの数を相手にか!」

 

ボアがなお驚きの表情のまま絶句したが、ガレスはいつもと変りない。

 

「こんな連中、物の数にも入らん。それに、揃いも揃って肩で息をしている連中に心配される筋合いはない」

「でも…」

 

リンダが食い下がろうとするが、

 

「いいからさっさと行け」

 

ガレスの返答は何処までも冷たかった。

 

「さっきも言ったが、ここでガス欠になったら意味がない。それに正直、お前たちは邪魔でしかない」

「なッ!」

 

リンダがまた憤怒に表情を歪ませる。だが、ガレスはそれすらも黙殺した。相手をしているのも面倒なのである。

 

「いいから行け。いい加減にしとかないと、貴様たちも巻き込むぞ」

「わ、わかりました!」

「では、任せるぞ」

 

ガレスの雰囲気が変わったのを感じ取ったノルンとボアがリンダを左右から押さえつけ、引き摺るようにして先へと向かった。

 

「う~っ…!」

 

リンダはリンダで納得してはいないが、あくまでも標的はガーネフということもあって何とか抑えているような状態だった。歯ぎしりをしながらもノルンとボアに抱えられ、引き摺られるようにして暗闇へと消えていった。

 

「唸っている場合か、あのバカが…」

 

そんなリンダを呆れながら見送ると、ガレスは自分以外に唯一残されたチキに下がるようにジェスチャーをする。一連のやり取りが聞こえていたために状況を理解していたチキは変身を解くと、ガレスの指示通りに少し下がった。

 

『くくくくく…』

 

暗闇から同じ声色の不気味な笑い声が幾つも聞こえてくる。その不快な笑い声とこのテーベの暗く重苦しい雰囲気に、チキは益々不機嫌そうな顔になった。そんな中、暗闇から一人、また一人とガーネフが現れる。無論、ガーネフ本人ではなくその分身である。その証拠に、マフーを持っていない。

またもや大量に姿を現したガーネフに流石に鬱陶しくなったガレスがフルヘルムの下で表情を歪める。それがわかったわけでもないだろうが、まるで計ったかのように集団のガーネフが一斉に笑い出した。

 

「くくく、どうした? ミロアの娘を先に行かせたようだが、捨て石にでもなるつもりか?」

「貴様がそんな殊勝な考えの持ち主だったとはな」

「何、心配するな」

「すぐに貴様と同じところに送ってやる」

「儂を侮辱した罪、死んでから悔やむがいい」

 

そしてガーネフたちの不快な笑い声が木霊する。その不快さにチキがこれ以上ないほど機嫌を悪くしてブレスで焼き払おうとしたが、再びガレスに止められて不承不承ではあるが思い止まった。

 

「…言いたいことはそれだけか?」

 

チキを制した後、自分を取り囲む無数のガーネフに対し、ガレスは静かにそう尋ねる。

 

「何?」

「魔王などという肩書がついているからどれほどかと思ったら、やはり貴様は三下だな」

「貴様ッ!」

 

この状況下でも変わらぬ侮辱にガーネフの表情が憤怒に染まった。

 

(ちょっと突いただけでこれとはな…)

 

高が知れるとガレスは内心で呆れていた。だからこそ、師匠に人格を見抜かれたぐらいで狂ってしまい闇に堕ちたのだろう。

 

(もっとも、その件に関しては俺がどうこう言える筋合いでもないがな)

 

自身もラシュディの甘言に乗って暗黒道に堕ちたことと引き換えに力を得た身。その件に関してはガーネフを攻める資格は少なくともガレスにはない。

だが、だからこそなのか

 

(本当にイラつく。まるで、己の所業を鏡に映し出されているかのようにな)

 

イライラは頂点に達していた。だからこそ、目の前からさっさとこのイライラの元凶を排除したかった。例えそれがガキの我儘と何も変わらなくとも。

そんなガレスの心情がわかるわけもなく、無数のガーネフたちは一斉に構える。

 

『殺すッ!』

 

口を揃え、同じことを言うガーネフたち。だが、ガレスは微動だにしない。どころか、いつものように咽喉の奥で笑いだす。

 

「何が可笑しい!」

「殺すだと? 貴様が? 俺を? この、身の程知らずが」

「ほざけ!」

「貴様一人で何が出来る!」

「貴様こそ、俺が何故そこの竜のお姫様以外を先に行かせたのかわからないのか?」

「何だと!?」

 

そこで、不意に石畳の床に何かの紋様が走り始めた。

 

「な、何これ?」

 

一人傍観者状態のチキがそれに気付いてガレスに視線を向けた。だが、ガレスはチキに振り返ることはせず、楽しそうに笑っている。

 

「邪魔だからだ、あいつらがいるとな。貴様を…貴様たちを皆殺しにするにはな」

 

石畳に走る紋様がゆっくりと何かを形作っていく。赤黒く光るそれに、ガーネフたちもようやく気がつき始めた。

 

「こ、これは」

「貴様、一体何を!」

「やっと気づいたのか? やはり貴様は三下だ」

「クッ!」

 

いきなり感じ始めた悪寒がどんどん強くなったガーネフたちが、魔法を連発する。だが、

 

「遅い」

 

赤黒く光る紋様がガレスを中心とした五芒星の魔法陣として形を成した時、ガレスの真紅の瞳が光った。そして、

 

「死ね!」

 

 

 

「な、何だ!?」

 

テーベの神殿の入り口付近の敵の掃討を終えたマルスたちが、ガレスたちの後を追って階段を駆け上っていく。そして、もう少しで今駆け上っている階段を上り切ろうかというところで、不意にその先にあるであろうフロアから赤黒い光の奔流が立ち上り、そして消えていった。

 

「今のは一体…」

 

呟いたマルスを始め、全員が呆気に取られていたが、ここは敵地であり今は戦闘中であることをいち早く思い出したマルスが号令をかける。

 

「考えるのは後だ。みんな、行くぞ!」

『はい!』

 

全員を引き連れ階段を駆け上ったマルスたち。そこで見たものは、チキとガレス。そしてガレスの周囲に無数に舞い散る魔道士のローブだった。

 

「チキ!」

 

チキの無事を確認したマルスがチキの許に慌てて駆け寄る。アリティアの騎士たちを始め、部隊の半数がマルスに続いた。

 

「無事だったかい?」

「うん!」

 

ニッコリ微笑んで元気に返事をするチキに、マルスがここで何があったのかを尋ねようとしたのとほぼ同時に、

 

「くっ!」

 

ハーディンが舌打ちするのが聞こえ、慌てて振り返った。そこには、どこから出てきたのかまた数人のガーネフの姿があった。

 

「! ガーネフ!」

 

ガーネフの姿を確認したマルスたちが武器を構えようとするが、

 

「だいじょぶだよ」

 

チキがそれを押し留める。

 

「どうしてだい?」

「だって、ガレスが皆やっつけてくれるもん」

 

チキがそう答えるのとほぼ同時に、

 

「貴様らは引っ込んでいろ」

 

という、遠慮会釈のない言葉がガレスからハーディンたちに浴びせられた。

 

「何だと!?」

 

いきなりの、侮辱と取られても仕方のない物言いにハーディン以下マルスと共にチキの許に向かわなかった指揮官級の人間が総じてムッとした表情をする。だが、ガーネフたちもハーディンや、ましてマルスですら目に入らない。その昏く、濁った瞳が今映すのは只一人。自分と同じように暗黒道に堕ちた目の前の黒騎士のみである。

 

「こ、殺す!」

「コロスコロスコロス!」

「バカが、分身とはいえとうとう正気も保てなくなったか。先ほどと同じく、死ぬのは貴様らだ」

「死ね!」

 

無数に現れたガーネフたちがそれぞれガレスに魔法を浴びせた。逃げ場のない魔法の嵐の直撃を受け、ガレスはその身を魔法に包まれる。

 

『ガレス!』

 

無数の魔法の直撃をくらったガレスに、マルスたちが顔面蒼白になった。対照的に、ガーネフたちは厭らしく笑う。が、そのガーネフたちの足元に再び赤黒いエネルギーの奔流が走った。

 

「! な、何だ、これ!?」

「動いちゃダメだよ。もし動いたら、一緒にやられちゃうから」

 

マルスたちが突然起こった予想外の事態に驚きの声を上げたものの、チキにそう諭されたためその場から動こうとはしなかった。だがそれはガーネフたちも同じだったようで、パニックに陥っていた。

 

「こ、これは!?」

「バカな、あれだけの魔法をくらって!」

「な、何故だ! 何故消えん」

「ククククク…」

 

自分たち以外の笑い声が響き渡り、ガーネフたちがハッとして顔を向ける。そこには、確かに無数の魔法に包まれて消し炭になったはずのガレスの姿があった。

 

「クク、どうだ? 一瞬とはいえいい夢が見れただろう?」

『クッ!』

 

憤怒に表情を歪めたガーネフたちが再び魔法を放とうとするも、その時には先ほどと同じくガレスを中心とする五芒星の魔法陣が完成していた。

 

「イービルデッド!」

 

ガレスがサタンブローバーを振り上げる。直後、魔法陣から赤黒いエネルギーの奔流が無数に吹き上がり、ガーネフたちを弾き飛ばした。

 

『グオオオオッ…』

 

人とは思えないような断末魔の悲鳴を上げながら、エネルギーの奔流に包まれたガーネフたちはその姿を消していく。無数のガーネフはすぐに消え去り、そして周囲は再び静寂に包まれていた。

 

『……』

 

何度も見せつけられてはいるものの、やはり規格外の力を見せつけられると呆然とするものである。後から来たマルスたちは微動だにできずガレスに視線を向けることしかできなかった。そんな中、

 

「ガレスー」

 

唯一この中で一度目を目の当たりにしていたチキがトコトコとガレスの許に向かう。それが合図になったかのように、他の面々もガレスの許へと向かった。

 

「終わったの?」

 

ガレスの許に辿り着いたチキがガレスを見上げて尋ねる。

 

「さあな」

 

尋ねられたガレスもそう答えるしかなかった。ガーネフが分身をどの程度作れるのかなどガレスにわかるわけはないからだ。これで打ち止めかもしれないし、まだ分身が出てくるかもしれない。

 

(まあ、その時はこいつらに任せるか)

 

十分に露払いの役目は全うしたと自負するガレスが、己の許へ集まってくるマルスたちの顔を見ながらそう思った。

 

「が、ガレス…」

 

チキに追随するようにガレスの許に集まったものの、どう反応したらいいのかわからずにマルスが口を濁した。他の面々も同様に、何を言っていいのかわからないといった感じで遠巻きにガレスに視線を向けている。と、

 

「行け」

 

ガレスがクイッと奥を指さした。

 

「え?」

「ここにいない他の連中は先に行っている。もう決着がついてるかもしれんが、そうじゃないかもしれん。お前らの援護が必要になっているかもしれんぞ」

「あ、そ、そうか」

 

ガレスに諭されてそれに気付くと、マルスが表情を引き締めて振り返った。

 

「ガーネフの許に向かうよ。リンダたちの援護を!」

『おお!』

 

明確な次の指針を示されたことで他の面々の士気が上がり、隊列を整えて次々に奥へと向かった。

 

「後はお前たちに任せる。俺は疲れたから少し休むぞ」

「うん、わかった」

 

マルスが頷くのを確認した後、ガレスが自分に引っ付いて離れないチキの背中をポンと叩いた。

 

「お前も行け」

「え、でも…」

 

チキが困った表情になって逡巡する。ガレスが心配なのだろう。そんなチキに言い聞かせるかのようにガレスが言葉を続ける。

 

「お前の力は大きな戦力だ。ここで腐らせるのは惜しい。マルスたちの力になってやれ」

「だって…でも…」

「心配するな。少し休んだらすぐに向かう」

 

まさしく子供に言い聞かせるようにガレスが諭した。

 

「ホント?」

「ああ」

「絶対だよ?」

「わかっている。約束は破らん」

「…わかった」

 

まだガレスのことが心配な様子のチキだったが、再三の説得にようやく頷き、そのままマルスたちと共に奥へと向かったのだった。

 

「やれやれ」

 

マルスたちを見送って一人になった後、ガレスは大きく息を吐くとその場にどっかと腰を下ろした。刹那、身体がグラリと揺れる。

 

(ッ!)

 

慌てて石畳に手を着き、倒れそうになる身体をガレスは支えた。

 

(少し無茶をし過ぎたか…)

 

戦っている間はそうは思わなかったが、やはり身体は正直というところであろう。ダメージがガレスを襲った。とは言え実は、このダメージはガーネフとの戦いで負ったものではない。ではどう言うことかといえば、

 

(大急ぎで分身を創ったからな)

 

これが原因だった。先ほど、無数のガーネフたちの魔法の一斉攻撃に平然としていたガレスだが、こういうからくりがあったのだ。瞬時に自身の分身を創り出し、マトリョーシカよろしくそれを自身に被せて鎧としていたのである。そしてその、言うなれば外皮が燃え尽きたところでイービルデッドを放ち、ガーネフを皆殺しにしたのだった。その反動が今、ガレスの身体に襲い掛かっているのである。

 

「まあいい。俺の仕事としては十分だろう」

 

そして、上を見上げた。

 

「後はあの跳ねっ返りが勝てるかどうかだ」

 

現状どうなっているかはわからないが、何かといえばすぐに噛みついてくるリンダを思い浮かべるとガレスは大きく息を吐いたのだった。

 

 

 

 

 

「くくく、愚か者が来おったか」

「! ガーネフ…!」

 

時間を少し巻き戻しガレスと別れた少し後、リンダたちはテーベの神殿の奥で遂に本物のガーネフと対峙していた。

 

「あの男は儂の分身どもと遊んでいるようだな…」

 

辿り着いた一行の中にガレスの姿が見えないことに気付いたガーネフが少しだけ残念そうに呟いた。だが、それも一瞬

 

「くくく、まあよい」

 

すぐに厭らしい笑みを浮かべてガーネフが舌なめずりをした。

 

「まずは貴様たちから血祭りにあげてやるわ」

「それはこっちのセリフよ!」

 

スターライトの魔導書を手に持ち、リンダが一歩前に進む。

 

「お父様の仇、ここで取らせてもらうわ!」

「父…だと?」

 

ガーネフが少し考えこむが、すぐに再び厭らしい笑みを浮かべた。

 

「そうか小娘! 貴様ミロアの娘か!」

「だったら何!?」

「くくく、そうかそうか」

 

何が可笑しいのかは知らないが、ガーネフが呵々大笑した。笑われている意味がわからず、そしてそれ以上に仇に嘲笑されていることが我慢ならずにリンダがガーネフを睨んだ。

 

「何が可笑しいの!」

「くくく、これが笑わずにいられるか」

 

ようやく笑いを収めると、ガーネフは血も凍るような殺気の籠った目つきでリンダを睨んだ。

 

「貴様の父であるミロアでさえ、我が前に屈した。娘である貴様が儂に勝てると思うのか」

「バカにしないで! 私だって魔道士のはしくれよ! それに、今はこれがあるわ!」

 

そしてリンダは己の手に持つスターライトをガーネフに見せつける。

 

「ほう、スターライトか…」

 

だがガーネフは特段取り乱す様子もなかった。

 

「ガトーめ、余計な真似をしてくれる。…だが、いかにその魔法が我がマフーを敗れる唯一のものだとしても、貴様のような半人前にマフーが敗れるかな? 貴様の父であるミロアならいざ知らず」

「それは、やってみればわかるわ」

「くく、確かにな」

 

リンダに相対するかのように、ガーネフもマフーを取り出した。

 

「安心しろ、すぐに父親の許へ送ってくれる」

「それは貴方よ、ガーネフ! あの世で父に詫びなさい!」

「生意気な小娘が…!」

 

双方ともに魔力を高めてゆく。ここまでリンダの脇を固める(兼、ここまで無理矢理に引っ張ってきた)役割だったボアとノルンは少し離れた場所であたりを注意深く警戒しながらこの戦いを見守っていた。

助力になるならないは置いておくにしても手を貸したかったところではあるが、マフーの前にはスターライト以外は一切の抵抗が無駄なことを考えると、それすらもできない。傍観者に徹するしかなかった。

 

「ぬうっ!」

「はああっ!」

 

ガーネフとリンダがほぼ同時に魔力を高めた魔法を放つ。流石にマフーを破ることのできる唯一の手段とあって一方的に攻撃こそされることはないものの、ガーネフの魔力は簡単に打ち破れるものではなく、二つの魔法はお互いの中間点でせめぎ合った。そして、お互い中和されたかのように弾け飛ぶ。

 

『くっ!』

 

その結果に、お互いが歯噛みして悔しさに表情を歪めた。

 

(尻の青い小娘だと思っていたが、流石にミロアの血を引いているだけのことはあるか)

(強い! お父様と並び称されるだけのことはあるわ)

 

ガーネフ、リンダ共に額に汗を滲ませながら再び詠唱に入った。お互い相手のスキを探りながら数度魔法を撃ち、ジリジリとした消耗戦に入ろうとしたところでマルスたちが合流した。

 

 

 

「ボア司祭! ノルン!」

「おお、マルス王子!」

「マルス様!」

 

焦れた雰囲気に神経と緊張が張り詰めていたボアとノルンが、援軍の到着にこれ以上ないほどホッとした表情になった。

 

「遅れてすまない、状況は?」

「あの通りです」

 

ノルンが指し示した先には、大きく肩で息をしているガーネフとリンダの姿があった。

 

「はぁ…はぁ…」

「ふぅ…ふぅ…」

 

一目見ても、どちらも体力の消耗が激しいのがわかる状態であった。

 

「スターライトが効かないのかい?」

「いえ、効いてはいます。効いてはいるんですが…」

「同じぐらい、リンダも消耗しているのじゃ。せめてもう少し、魔道士としての実力が備わっていれば押し切れたとは思うが…」

「負ける…と?」

「いや…」

 

ボアが否定する。だが、その顔色は優れなかった。

 

「このままいけばお互いにジリ貧の体力勝負となる。そうなれば、リンダには勝ち目はあるまい。リンダが勝つには、その前にケリをつける他はない」

 

ボアの非情ともいえる宣告に、解放軍の面々の表情が一瞬で固くなった。そんな中、二人の一騎打ちは終焉を迎えようとしている。

 

「いつまでも鬱陶しい! そろそろ大人しくあの世へ行け!」

「冗談! 行くなら貴方一人で行ってよ。私は御免だわ!」

 

そして、

 

「マフー!」

「スターライト!」

 

何度目かの火花が散り、また魔力と魔力のせめぎあいが行われる。

 

「ぬぅ!」

「くっ!」

 

ここまでは今までと同じだったが、ここからが違った。これまで何度も撃ち合っても互角だったため、お互いにこれを最後とばかりに全魔力での攻撃を放ったのである。その魔力の衝撃波に、解放軍の面々の何割かは吹き飛んで転がったぐらいだった。

 

「くうううっ…!」

「ちいいいっ…!」

 

お互い、意地と体力と魔力をかけて全身全霊のマフーとスターライトを放つ。中間地点でせめぎ合うお互いの魔法だったが、徐々に趨勢が見えてきた。

 

「くっ!」

 

リンダが苦悶の表情を浮かべて膝を着く。その姿を見たガーネフが、ニヤリと笑った。と言っても、ガーネフ自身も体力・魔力共に限界が近づいているために余裕はほぼなかったのだが。

だが、スターライトの使い手であるリンダさえ倒してしまえば、マフーがこの手にある以上、後はどうとでもなる。それがわかっているからこその笑みだった。対して、

 

(ち、力が…)

 

リンダは想像以上に消耗していた。こと魔力で言えばほぼ互角と言ってもよかったが、成人を超えた男性と年端もいかない少女の体力の差が出た格好となっていた。押し切られるかのように己を包もうとする魔力が迫ってくる。

 

(お父様…)

 

不意にリンダの脳内に父親の姿が浮かび上がった。まるで走馬灯のように。記憶の中の父はいつも優しかった。そして、その父がガーネフに敗れ生命を失うシーンが蘇る。

 

“だが、ガーネフは強敵ぞ。もしかしたらお主の父であるミロアと同じ運命を辿るかもしれん。それでもいいのか?”

”はい。覚悟はできています。それでも、私はやらなければなりません”

 

次に浮かんできたのは、この戦いの前、マケドニアの村でのガトーとのやり取りだった。そして今、現実はガトーが危惧した通りリンダは父ミロアと同じ運命を辿ろうとしている。

 

(が、ガトー様、すみません)

 

脳内に浮かんだガトーに、リンダが申し訳なさから謝罪した。

 

(私では、ダメだったみたいです)

(そうか)

 

するとなんと、脳裏に浮かんだガトーが記憶のものとは全くの違った行動をとり始めた。

 

(え? ガトー様?)

 

朦朧とする意識の中、リンダが脳裏に浮かんだガトーに問いかける。と、ガトーが笑みを浮かべた。しかし、それはマルスたちが浮かべるような温かいものではなく、ガーネフが浮かべるような厭らしいものだった。と、その厭らしい笑みを浮かべたガトーがぐにゃりと歪んで瞬く間に真っ黒な闇の塊となった。そして、

 

(やはり、俺が始末するべきだったか)

 

闇の塊が瞬時に別の人物の形を形どる。そこに現れたのは、黒騎士ガレスの姿だった。突然リンダの脳内に現れたガレスは、侮蔑するような態度でリンダを嘲笑する。

 

(まあ、お前がくたばったら俺が後始末をしてやる。だから、安心してとっととくたばれ)

 

脳内に浮かんだガレスのその態度、そのセリフが引き金となり、折れかけたリンダの心が立ち直った。

 

「ッ! 誰が!」

 

ほぼ半分意識を飛ばし掛けながらも犬歯を食いしばり、リンダが限界を超えた。

 

「な、何ッ!?」

 

その予想外の反撃にガーネフも驚きを隠せない。そして、

 

「誰が、あんたなんかにッ!」

 

覚醒とも火事場の馬鹿力ともいえる魔力を放出し、リンダのスターライトがガーネフのマフーを呑み込んだのだった。

 

「ば、バカなッ! ぐ、ぎゃあああああっ!」

 

断末魔の悲鳴を上げ、ガーネフはスターライトの光に呑まれた。眩いばかりの光にマルスたちが思わず目を閉じ、そして次にその目を開いたときにはガーネフの姿はすでになく、全ての力を使い果たしたのか石畳に倒れ伏しいるリンダの姿だけがそこにあった。

 

「リンダ!」

 

マルスたちが慌ててリンダの許に駆け寄る。すぐにレナがリンダの容体を調べた。

 

「レナ、どうだい?」

「大分消耗しています。呼吸や脈拍の反応はありますが、決して楽観視はできません。すぐに後方に運んだ方が良いかと」

「わかった、それじゃあ」

 

マルスが指示を出そうと顔を上げたところで、目の前の光景に度肝を抜かれ思わず叫んだ。

 

「が、ガーネフ!」

『えっ!?』

 

驚いて他の面々もマルスが視線を向けた方向に目を向けると、そこには身体の左半分が吹き飛んだガーネフの姿があった。

 

「死ね!」

 

狂気の憎しみに彩られたガーネフが、ターゲットは誰でもいいとばかりにマフーを使おうとする。全員が死を予感した次の瞬間、何かが飛来してその身体を真っ二つにした。

 

「ぎゃあああああああっ!」

 

長い、身の毛もよだつような悍ましい断末摩の悲鳴を上げ、今度こそガーネフはその生命が尽きたのだった。そして、ガーネフの身体を両断したなにかは、飛来音だけを残して闇の中へと消えていった。

 

「な、何だ!?」

「今のは一体!?」

 

他の面々が混乱する中、マルスだけはそれに心当たり上がった。

 

(今のは…)

 

不意に、マルスが階下へと視線を向ける。そこにあるのは当然闇なのだが、その先にいるはずのガレスへとマルスへの視線は向かっていた。

 

 

 

「フッ!」

 

何かをキャッチしたガレスが思わずその衝撃に息を漏らした。そして、実に楽しそうに咽喉の奥で笑う。

 

「ククク、成る程、いい仕事だ」

 

キャッチしたそれ…サタンブローバ―を繁々と眺めたガレスが満足そうに頷いていた。先ほどガーネフの身体を真っ二つにして絶命させたのは、ガレスの投げたこのサタンブローバーなのである。

 

(大賢者とかいう大層な肩書はハッタリではなかったわけだ)

 

ガレスは少し前のガトーとの会見のことを思い出していた。何か一つ願いをかなえてやるといったガトーに対して、ガレスは己の得物であるサタンブローバ―に投擲斧としての特性を付与するように依頼したのだった。

これまでも何度かサタンブローバ―を投げたことはあるが、投擲斧としての特性はないため、投げたら一々取りに向かわなければならなかった。その手間が省けたことで飛躍的に使い勝手が良くなる。その性能の試験として、今ガレスはガーネフへとサタンブローバ―を投げたのだった。そしてサタンブローバ―は、ガレスの狙い通りガーネフの生命を奪い、ブーメランのように戻ってきてキャッチしたというわけである。

 

「クックックッ…」

 

いつものように咽喉の奥で楽しそうに笑うガレス。と、

 

「…貴方は?」

 

不意に見知らぬ声が聞こえた。

 

「ん?」

 

聞いたことのない声…それも、若い女性の声に振り返ると、身なりの整った気品のある少女の姿があった。

 

(? 誰だ?)

 

見たことのない女性の姿に怪訝な表情になるガレスだったが、すぐにお付きと思われる兵士に促されてその場を去って行く。

 

「エリス様、お早く! マルス様がお待ちです!」

「え、ええ。わかりました」

 

ガレスに後ろ髪を引かれるのか、何度か後方を気にしながらもその女性…エリスは兵士に護衛されながらテーベを駆け上っていった。

 

(そうか、あれがマルスの姉か…)

 

陣中で誰かから何度か聞いたことのあるその名前を思い出しながら、ガレスはエリスを見送ったのだった。

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