Fire Emblem ~漆黒の灰色 炎の紋章に導かれて~   作: ノーリ

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おはようございます。

前回の続き、今回で最終話となります。

この物語もこれでいよいよ(一応の)終了です。前作と比べて短い分、一年ちょっとで完結することができました。楽しんで頂けたでしょうか。

この物語の行く末がどうなったかは、是非実際に目を通していただき確認して頂ければと思います。

では、どうぞ。


NO.31 天秤の傾く先

「長く…苦しい戦いだったね…」

 

ドルーア城正門前。ガトーによって導かれた異界から返ってきたマルスは、その威容を見上げながら思わず呟いていた。

 

「そうですな」

「まことに持って」

 

いつものように傍らに控えるジェイガンとモロドフがマルスに追随した。二人とも、アリティア陥落…いや、ドルーアが復活したときのことからこれまでのことを思い出しているのだろう。

 

「思えば、色々とありましたな」

「左様。いいものもあれば、思い出したくないものまで実に様々と」

「うん…」

 

三人のその胸の中には言葉通り、これまでの苦難の道のりが去来していた。思い出したくないことの方が大半のそれは、まさに苦難の道のりであった。

グラの裏切りにあって先王コーネリアスが戦死し、アリティア城は陥落。その際にマルスの姉エリスは虜囚の身となり行方知れずとなる。タリスに落ち延びて二年の雌伏の時を経てようやく立ち上がるも、ここに至るまで苦難の連続の旅路であったことは言うまでもなかった。そしてようやく、その長い旅路も本当に終わろうとしている。

 

「感傷に浸るのはここまでだね」

 

振り返ると、マルスは彼の命令を待つ解放軍の面々の姿を見据えた。皆、緊張は垣間見えるものの臆することのない面持ちになってその時を今か今かと待ち構えている。彼ら彼女らを頼もしく思いながら、マルスは最後になるであろう命令を下した。

 

「これが最後だ! 皆の力を僕に貸してくれ! 行くぞ!」

『おお!』

 

大地を揺るがすかのような喚声と共に、解放軍はドルーア城内へと突入したのだった。

 

 

 

 

 

「ここは…?」

 

ドルーア城内の一角。開かれた広間のような場所に姿を現したガレスが辺りを見回し思わず呟いていた。

ドルーア城は四方の城門が開かれた状態になっており、その各々の門からほぼ同じぐらいの戦力が一気に攻め込んだのだ。戦力を分けることになるので当然戦力の分散を危惧する声があったが、一つずつ入り口を潰していってメディウスが完全に復活・覚醒する危険性を危惧し、戦力の分散という手を解放軍は選んだのであった。マルスにとっても苦渋の決断であったことは想像に難くないが、例え戦力が分散されても速度を重視したということなのであろう。何せメディウスがいつ完全に復活・覚醒するかはわからないのである。

また、もし分散した部隊のうち行き止まりや罠にはまった部隊がいたとしても、今までの激戦を乗り越えてきた歴戦の猛者たちなら例え遅れても決戦の場には辿り着いてくれていると信頼していたのである。その点で、マルスは速度を重視したというより仲間たちへの信頼感の比重の方が大きくウエイトを占めていたということである。そんな中、ガレスがドルーア城内のとある一角に辿り着いていた。

 

「先ほどまでとは様子が違うな」

「うむ。そうですな」

 

ガレスと共に同じ道のりを進んできていた同行者の二人も周囲を見渡しそう呟いていた。

 

「お前たちもそう思うか」

 

振り返って目にしたその二人…ミネルバとロレンスにガレスが同意を得るように尋ねた。

 

「ああ」

「今までとは明らかに造りが違うのでな」

「ああ。となると、ここは当たりか? お客さんも出迎えてくれているようだしな」

「何?」

 

ミネルバが怪訝そうな表情になったのを見たガレスが、スッとある方向に手を向けた。そこには確かに、自分たちを迎え撃とうとしている敵兵の姿があった。

 

「成る程」

 

ロレンスもその姿を確認したのだろう、頷くと得物を構える。

 

「ただ敵がいるだけで、メディウスがここにはいないという可能性もあるが…」

 

ミネルバも同様に得物を構えた。

 

「どちらにせよ、見逃してはくれないようだな」

「そうだな」

 

ガレスもロレンスとミネルバと同様に得物を構えた。そんな中、

 

「…いる」

 

ガレスたちと共にこの道のりを進んできたが、これまで何一つ喋らなかったナギがポツリとそう呟いた。

 

「何?」

 

妙にその一言が引っかかったガレスがナギに視線を向ける。

 

「感じる…邪悪な思念が…この奥に…」

「そうか」

 

ナギのその一言で十分だった。視線を戻すと、今度はミネルバとロレンスに再び目を向ける。

 

「だ、そうだ。竜のお姫様がそう仰せだ」

「成る程」

「であれば、大当たりといったところか」

「の、ようだな。…だがその前に、露払いといこうか」

 

そしてガレスは戦闘態勢に入った。

 

「ああ!」

「承知!」

 

ミネルバとロレンスも戦闘態勢に入ると、まるで示し合わせたかのように三人は待ち構える敵兵に向けて突撃したのであった。そしてほぼ同時間帯の同フロア違う区画に、ガレスたちとは違う門から突入してきた他の部隊たちも辿り着いたのだった。

 

 

 

 

 

「お客さんのお迎えか」

「そのようだな」

 

待ち受ける敵を見て、オグマとナバールはほぼ同時に剣を抜いた。そして、肩を並べて構える。

 

「フッ…」

 

不意に、ナバールが口元を崩した。

 

「どうした?」

 

それに気付いたオグマが尋ねる。

 

「いや、まさか俺とお前がこうして肩を並べて戦うことになるとは思わなかったからな。今更ながら何の因果かと思っただけだ」

「成る程、確かにな」

 

オグマも軽く笑み浮かべた。

 

「マルス王子のお導きかね」

「かもしれんな。あるいは、あの黒騎士の導きかもしれんが」

「妙な言い回しだが、間違ってもいないな」

 

肩を並べた二人が揃って口元を崩す。万一の時にガレスに対処するため、マルスの護衛として自然とオグマとナバールが揃ってマルスの側にいることが多くなった。それを考えると、今こうして肩を並べているのも些か強引な論法ではあるがガレスが原因であると言うのも言い過ぎではなかった。

オグマがチラリと後方に視線を向ける。

 

「ゴードン、援護は頼む。エッツェル、お前も援護を。ただ、俺たちがやられたら回復に回ってくれ」

「はい」

「了解。…ただ俺は、便利屋じゃないんだけどね」

「そう言うな」

 

やる気がないわけではないだろうが不満そうな表情を見せたエッツェルにオグマが苦笑した。

 

「エッツェル!」

「何だよ。やらないとはいってないだろ?」

「そうだけど!」

「そこまでにしておけ」

 

ナバールが鋭い目で二人を睨んだ。ゴードンは申し訳なく俯き、エッツェルは白々しく口笛を吹いてそっぽを向いている。

 

「全く…」

 

そんな二人に忌々しそうな表情を向けるナバール。オグマは内心で苦笑しながら、コイツも随分変わったものだと思っていた。

 

(昔なら、注意などしなかったか。とっくに二人とも首と胴が離れていただろうがな)

 

こういった変化の起因がどこにあるのかはわからないが、間違いのないのはこの軍にいたことが原因の一端であるということだ。

 

「さて、それじゃあ行くか」

「ああ」

 

背後から放たれたゴードンの矢とエッツェルの魔法を合図にして、オグマとナバールは敵陣に斬り込んだのだった。

 

 

 

 

 

「随分広いところに出ましたね」

 

マリクがこれまでと違った開けた場所に足を踏み入れ、誰に聞かせるでもなく思わずそう呟いていた。

 

「そうですね」

「ええ」

 

その背後から顔を出したリンダとエリスも周囲を確認するかのようにキョロキョロと辺りを見回していた。と、

 

「御三方、後ろへ」

 

エリスたちの後から顔を出したホルスが厳しい表情になってマリクたちに下がるように指示を出す。

 

「ホルス?」

「どうしたのです」

「敵です」

 

同じく最後尾を固めていたミディアが顔を出すとホルスと同じく一瞬で表情を厳しいものにし、これもホルスと同様に三人を護るように前に出た。その時には、自分たちと対峙する敵兵の存在にマリクもリンダもエリスも気づいていた。

 

「ホントだ…」

 

敵兵の存在に気付いたマリクが魔道書を手に取った。

 

「全く…」

 

リンダが不満そうな表情になり同じように魔道書を手に取る。但しその不満は敵が現れたことに対してではなく、それに気付かなかった自分に対してのものであったが。

 

「気を付けてくださいね」

 

エリスはそのまま下がっている。シスターである彼女には敵と戦える手段は持たない。回復に専念するのみである。

 

「わかっております」

 

ミディアが軽く叩頭した。

 

「御二方は余り前に出過ぎず、援護に専念してください。前線は私とミディアで引き受けますので」

「わかりました」

「はい」

 

ホルスの指示にマリクとリンダが頷いた。

 

「久しぶりね」

 

肩を並べることになったホルスに、馬上からリンダが話しかける。

 

「ああ、そうだな」

 

言っていることの意味がわかっているため、ホルスも頷いて返した。

 

「まさか、またこんな日が来るなんて少し前までは思ってもいなかったわ」

「そうだな。君はアカネイアの虜囚。私はドルーアに付いた裏切者だったからな」

「ええ。それが今はこの通り。人の運命なんてわからないものね」

「全くだな、マルス王子に感謝しないと」

「ええ。それと…」

「あの黒騎士かい?」

 

言い淀んだミディアとは対照的に、ホルスが何の躊躇いもなくそう告げた。そしてその言葉を聞いた直後、リンダの纏っていた雰囲気も少し変化した。

 

「…わかる?」

「詳しいことは全く。私も詳細は聞かないしね。ただ、あそこまで他のアカネイアの騎士たちに嫌われてるのを見ればただごとじゃないのはわかるさ。それに、纏っている雰囲気が尋常ではないのもよくわかっているからね」

「そう」

「大まかな事情としては聞いてるけど、仮にもニーナ様の御命を救ってくれたんだ。もう少ししかるべき対応をしてもいいんじゃないかな?」

「それはわかってるんだけどね…。さっき貴方が言ったように纏っている雰囲気が雰囲気でしょ? 皆危険人物扱いしているのよ」

「わかるよ。よくわかる。ただ、パレスでの宴の時は実に堂に入った立ち居振る舞いだったじゃないか」

「ええ。それはそうなんだけどね。ただ、悪印象と好印象が半々だった場合、どっちがウエイトを占めるかと言われれば悪印象の方が強いじゃない? だから…ね」

「好印象を打ち消すほど悪印象が強いってことか」

「そういうこと」

 

ミディアが頷いた。ただそれはホルスの意見に同意するものというよりは、自分を納得させる意味合いが強かったが。

 

「それはそれで事実なんだから仕方ないけど、事実っていうならあの男がニーナ様の御命を救ってくれたのも事実だから、上手く折り合いをつけてもらいたいものだね」

「それが出来れば苦労しないわ。逆に、それが自然に出来てる貴方の方が凄いのよ」

「普通のことだろう?」

「貴方にとっては普通でも、他の人にとっては普通じゃないってこと」

「言いたいことはわかるけどね」

「そう。それじゃあ、取りあえずこの辺にしましょうか」

 

ミディアが槍を抜いた。ホルスも同様に槍を抜く。

 

「先陣にいるのは魔道士か」

「なら、私が釣るわ」

「頼む。普通の敵兵ならば私が囮になるべきなのだろうが、魔道士ならば聖騎士である君の方が適任だ」

「任せて」

 

ミディアが一番前に進み出た。そのミディアに襲い掛かった魔道士だったが、次の瞬間には消し炭になっていた。リンダのオーラが魔道士を貫いたのだ。

 

「ふん」

 

パンパンと、まるで手の平に付いた埃を掃うかのように叩くリンダ。

 

「どうかしたのかい?」

 

いつもと違う様子のリンダに気付いたマリクが恐る恐るそう尋ねた。

 

「え? い、いえ、別に…」

「そう?」

「は、はい」

 

マリクの問いかけに素直にコクリと頷くリンダ。頷いているために何故かは知らないがその顔が赤くなっているのが周囲に知られなかったのは不幸中の幸いだろう。ホルスとミディアも普段目にしたことのないそんなリンダの様子に目を丸くしていたが、いつまでもそうしているわけにはいかない。先陣が敗れたのを皮切りに次々と新手が湧いてきたからだ。

 

「お出でになったか。引き続き魔道士の類は君に任せても構わないかな?」

「ええ。勿論」

「助かる。物理攻撃の敵は私が対処しよう」

「お願いね」

「ああ」

 

そして二人はお互いの役割を決めると、それぞれが対処するべき敵へと向き直った。二人を援護するようにマリクとリンダも引き続き魔道書を手に取る。

 

「さて、僕たちもちゃんと仕事をしないとね」

「ええ。そうですね」

「うん。エリス様、回復はお任せします」

「はい。マリク、気を付けてくださいね」

「ありがとうございます、エリス様。エリス様はこの僕が生命に代えても御守りします」

「ふふ、ありがとう。でも、無理はしてはいけませんよ」

「お任せください」

「……」

 

図らずも目の前でこのやり取りを見せられることになったリンダが複雑な表情で沈黙する。他の者には気付かれないように拗ねた感じで口を尖らせたが、敵兵が次々現れる状況に頭を切り替えるしかなかった。

 

(こうなったら、この連中皆あの黒騎士だと思って魔法撃ち込んであげるわ)

 

物騒なことを考えながら、ここでも戦いの火ぶたが切って落とされたのだった。

 

 

 

 

 

「ここは…」

 

本命と言っていいだろう。マルスが率いる一団がこれまでとは様相の違う場所へと姿を現した。今までの、ほぼ一本道の通路と言っていい城内から、開けた場所に出てきたことにマルスは気を引き締めるように辺りを見回した。

 

「これまでとはまた、随分と様相が違うな」

 

共に進んできたハーディンも辺りを見渡しながら、マルスと同じような感想を抱いていた。

 

「そうだね」

 

マルスもその意見に同意する。

 

「となれば、やはりここにメディウスが?」

「それは断定できないけど、用心するに越したことはない」

「違いない」

 

頷くハーディンの後ろから、後続が次々と顔を現した。と、

 

「いる…」

 

そのうちの一人、チキがここに足を踏み入れた直後、そう呟いて固まってしまった。

 

「チキ?」

「お兄ちゃん。いるよ、ここに」

「! メディウスのことかい?」

「うん。感じるの、とってもとっても強い力と、すごく怖い気配を」

「そう。ありがとう」

 

チキのその一言を聞いたマルスがハーディンに振り返った。ハーディンも緊張した面持ちになり頷いている。

 

「竜の幼姫がそう言うということは…」

「ああ。どうやら目標は近いようだよ。皆、油断しないように」

 

そう注意し、マルスたちはそれぞれ各々の得物を抜いたのである。図らずも、ほぼ同じタイミングで同じフロアに四部隊が出そろった。そしてこれより、本当の最後の戦いが始まる。

 

 

 

 

 

「死ね!」

 

斬りかかってくる剣士の斬撃を受け止めながら、いつものようにガレスは楽しそうに咽喉の奥で笑い、鍔迫り合いを続ける。

 

「ククク…」

「何が可笑しい!」

 

真紅の瞳に射抜かれながらの笑いに敵兵は馬鹿にされたと憤慨し、それと同時に言いようのない恐怖に襲われ、それを紛らわせるためにガレスを詰った。

 

「クク、なに、流石にここにいるだけあっていい腕をしていると思っただけだ。…だが」

「うわっ!」

 

ガレスが力で敵兵を弾き飛ばした。そして、

 

「俺を楽しませるほどではない。終われ」

 

そのまま袈裟斬りにしてその生命を断ったのだった。

 

「ふぅ…」

 

得物であるサタンブローバ―の刃から血を滴らせながら、ガレスが一息ついた。そうしている間に、ガレスとともにここに足を踏み入れた連中も己の職分を果たし集まる。

 

「とりあえず、これで一応の片はついたか」

「うむ。見た限りではこの周辺にもう敵影はない。そう思ってもいいかもしれんな」

「とは言え、油断は禁物だが」

「それは無論だ」

 

ミネルバとロレンスが状況報告をしている横で、ナギがどこか遠い目をしながらぼおっと一点を見つめている。

 

「どうした?」

 

それに気付いたガレスがナギに声をかけた。ミネルバとロレンスも振り返ってナギを見る。

 

「感じるの…」

 

対してナギは相変わらずの雰囲気を纏ったまま、ポツリとそう答えた。

 

「何をだ?」

「さっき感じた、邪悪な思念が…この奥に…」

「そうか」

 

ナギの返答を聞いたガレスがミネルバとロレンスに振り返った。二人とも、緊張した面持ちになってコクリと頷く。

 

「いよいよのようだな」

「うむ。この先にメディウスが…」

「ああ。他の部隊の連中がどうしているかは知らんが、行くか」

「待て。我らだけでか? 他部隊と合流した方が良いのではないか?」

「確かに」

「大丈夫…」

 

ミネルバとロレンスのもっともな危惧を否定したのはナギだった。

 

「来ている…すぐ近く…感じるの…」

「だ、そうだ」

 

ナギの答えを継ぐかのようにガレスがミネルバとロレンスに振り返る。

 

「お姫様がそう仰せだ。行くぞ」

「信用していいのか? 疑っているわけではないが、抽象的すぎないか?」

「確かに。感覚や気配で動くのは危ないと思うが…」

 

ミネルバとロレンスがやんわりと難色を示した。二人が今言ったようにナギのことを信用していないのではないが、根っからの軍人である二人には確たる事実がない以上、軽々に動くのは余りにもリスクが高いように感じていたのだ。

 

「確かにな」

 

それについてはガレスも頭から否定はしない。軍人でもあるガレスには二人の危惧ももっともなこととしてよくわかるからだ。

 

「だが、だからと言っていつまでもここにいるわけにはいくまい。後続が来るというわけでもないし、今来た道を引き返すわけにはいくまい。ならばどちらにしろ、進む以外には選択肢はない」

「む…」

「確かに…その通りだな…」

 

理路整然とそう諭され、ミネルバとロレンスは口を噤むしかなかった。確かにガレスの言った通り、ここにこのままいるわけにはいかない。と言って、今来た道を戻るわけにもいかない。どの道、この先を進むしかないのである。

 

「では、行くか」

「うむ。今度は先陣は我々が引き受けよう」

「心得た。なら、今度は俺が殿につく」

「任せる」

「頼む」

「ああ」

 

ナギを挟むようにしてミネルバとロレンスが先陣を務め、ガレスが最後方に回った。そんなガレスにナギが振り返ると、未だに掴みどころのない不思議な雰囲気を纏ったままニコッと微笑んだ。

 

(…妙な奴だな)

 

何がそんなに楽しいのか、それとも余程ガレスが気に入ったのかは知らないが、実に楽しそうな嬉しそうな微笑みをガレスに向けたナギに、どうしたらいいものかとガレスは戸惑っていた。前の世界でのことが影響しているのかは知らないが、どうもガレスはこの世界では人外の者に異様に懐かれる傾向があるようだった。どうしたものかと思いつつも、もう今更である。何せこの戦いが最後の戦いなのだ。

 

(この後の付き合いもあるだろうが、それはそれだ。とりあえず今は、この戦いに集中するか)

 

ナギに対して珍しく戸惑いというか気後れを感じながら、ガレスはミネルバたちの後に続いて進んだのだった。と、開けた場所から通路に出た。そしてそこには、また新たな新手の姿があった。

 

「新手か」

「の、ようですな」

「やれやれ…」

 

うんざりしながらもミネルバとロレンスが得物を構えた。先制攻撃とばかりに魔道士が魔法を放ったが、

 

「……」

 

標的にされたナギが黙って精神を集中させる。そして竜化するとその魔法を苦もなく受け止め、お返しとばかりにブレスで魔道士を焼き払った。

 

「はああっ!」

「ふんっ!」

 

ミネルバとロレンスも自身に襲い掛かる敵と斬り結んでいる。ロレンスは普通の銀の槍だが、ミネルバは大陸最強の斧とも名高いオートクレールということもあり、終始有利に戦いを進めていた。無論、二人の技量の高さも戦況が優勢であることに一役買っているが。

そして、殿を任されていたガレスはというと

 

「ナイトメア」

 

ナイトメアで敵の意識を奪ったところをナギがブレスで焼き払い、

 

「デスクラウド」

 

デスクラウドで敵を弾き飛ばしたところをナギがブレスで焼き払い、

 

「ダーククエスト」

 

ダーククエストで敵にダメージを与えて弱らせたところをナギがブレスで焼き払うという、実に見事なまでのパターン化したかのような一連の行動で敵を倒していた。そうして目の前の敵兵が全て片付けられた後、

 

「おい…」

 

当然のようにガレスが憤懣やるかたないといった感じでナギに迫った。獲物を全て横取りされた形になってしまったのだから仕方ないのだが。

 

「何…?」

 

一方で、ナギは変わらぬ態度のまま悠然とガレスに微笑んでいる。その姿に、ガレスは詰め寄ろうとしたことが何だかバカバカしくなってしまった。

 

「…聞くが、何故さっきの奴らを倒した」

「敵だから…貴方の…」

「そうか…」

 

無垢な子供のようにそう返され、ガレスは毒気を抜かれてしまった。その態度、そして雰囲気でナギに他意がないのがわかったからだ。ナギは言葉通り、ガレスの敵だから敵兵を倒したに過ぎない。ポワポワした雰囲気でニコニコ微笑むナギの姿を見てしまったら、これ以上何も言う気にはなれなかった。

 

(全く…)

 

余計な真似を…と思うのと同時に、毒気を抜かれて何も出来ないことに驚きも感じていた。

 

(俺自身、大分毒も抜けてきたというわけか…)

 

良いか悪いかはさておきその事実を認識していると、

 

『あっ!』

 

不意に随分先から声が上がったのに気づいた。

 

「ん?」

 

全員それに気付いたのだろう。ガレスを始め皆が顔を上げると、視線の先にはオグマ、ナバール、ゴードン、そしてエッツェルの姿があった。

 

「彼らは…」

「どうやら他部隊との合流はできそうか」

「うむ」

 

ミネルバとロレンスがオグマたちと合流を果たすべく先を急ぐ。その後をガレスはついていった。傍らには、歩調を合わせるかのようにナギの姿がある。

 

(……)

 

気付かれぬようにフルヘルムの下からチラッと様子を窺ったナギは変わらぬ雰囲気を纏ったままニコニコしてガレスと肩を並べていた。

 

(何がそんなに楽しいのか…)

 

全く理解に苦しむと思いながらも邪魔になるわけではないので邪険にすることもせず、ガレスとナギは肩を並べてオグマたちのところへ向かったのだった。

 

 

 

 

 

「無事なようだな」

 

無事合流を果たしたオグマたちに、ミネルバが安心したような表情になって声をかけた。

 

「ええ」

「何とか」

 

オグマとゴードンが頷く。ナバールは相変わらず腕組みして押し黙っており、エッツェルはガレスに向かって軽く手を挙げた。

 

「他の部隊の者には会ったか?」

 

ロレンスがそう尋ねると、

 

「いえ…」

 

ゴードンが表情を曇らせ、首を左右に振って表情を曇らせた。

 

「我らだけがここにいるのか。それとも、ただ単に他の部隊に合流できていないだけか…」

「どちらの可能性もあるな」

「そうですね」

 

顔を突き合わせて相談している中、誰も気がついていないが不意にガレスの真紅の瞳が光った。そして、

 

「…おおっ!」

 

裂帛の気合と共に、突然サタンブローバ―を投げる。他の面々がビックリして振り返ったその先には、身体を両断されて鮮血を流しながら絶命する敵兵の姿があった。

 

「フン」

 

ブーメランの如く戻ってきたサタンブローバ―をキャッチすると、ガレスはいつものようにつまらなそうに鼻を鳴らす。その刃から滴り落ちる鮮血に、ゴードンは思わずぞくっと身震いしてしまっていた。

 

「良く気付いたな」

 

エッツェルが感心したように呟いた。

 

「貴様たちからは死角となっていたが、俺にとっては丁度目線の先に現れたからな」

「そりゃ…可哀相に」

「抜かせ。すぐ死ぬか、少し後に死ぬかの違いなだけだ」

「…相変わらず容赦のないことで」

 

ガレスの口ぶりにエッツェルが乾いた笑いを上げるしかなかった。他の面々もナギとゴードンを除けば全員少なからず呆れているようだったが。と、今ガレスが敵兵を倒した奥から見知った顔がひょこっと出てきた。

 

「ん」

「あ」

 

ガレスがそれに気付いたのと、向こうがガレスたちに気付いたのはほぼ同じだった。ガレスの一言が耳に入ったミネルバたちも、今度は揃ってガレスが目線を向けている方向に目を向ける。そこには、こちらに向かってくるマルスたちの姿があった。

 

「マルス王子」

「どうやら、残りの部隊もこのフロアに来ていたようだな」

「ああ」

 

マルスたちに気付いたミネルバたちこちらの部隊の全員も、マルスたちと合流すべく歩を進める。こうして、久方ぶりにこの城に突入した全部隊が集合したのであった。

 

 

 

 

 

時間を少し巻き戻し、ミネルバたちとオグマたちが合流したのとほぼ同時刻。マルスたちの部隊はミディアたちの部隊と合流していた。

 

「マルス王子!」

「ミディア! マリクや姉上も!」

「マルス!」

「マルス様! 良かった…」

「ハーディン公、ご無事のようで何よりです」

「貴殿もな。ホルス殿」

 

お互いの無事を喜ぶマルスたち。だが、喜んでばかりもいられないのも事実だった。

 

「ところで、君たちだけかい?」

「ええ」

 

ミディアが頷いた。

 

「今のところ、我々が合流したのはマルス様たちだけです」

「そうか…」

 

その返答に、マルスの表情が曇った。

 

「そもそも、他の部隊の者がここにいるのかどうかも定かではないからな」

 

ロレンスがしていたのと同じ危惧をハーディンもしていた。

 

「確かに。偶然僕たちはここで合流できたけど、残りの部隊は全然違うところにいるという可能性も十分あるからね」

「うむ」

「まあオグマたちの方はともかく、ミネルバ王女たちの方はあまり心配してないけどね。ナギもガレスもいるから」

 

ガレスの名を聞いて面白くなさそうな表情をしたものが数名おり、それに気付いた者も同じく数名いたが誰も何も言わなかった。

 

「とは言え、いつまでも孤軍にしておくわけにはいかないのも事実だからね」

「うむ」

「取りあえず、前に…」

 

進もうと号令をかけたところで、マルスはこちらに向かってくる敵兵の姿に気付いた。一瞬で険しくなった表情に他の面々も軒並みマルスが視線を向けている方向に振り返る。それとほぼ同時に、

 

「ぎゃっ!」

 

敵兵は悲鳴を上げながら倒れた。倒れるというよりは、身体を真っ二つにされ、鮮血を撒き散らしながら絶命したといった方が正しいかもしれないが。そしてマルスたちは、その敵兵の生命を奪ったものの正体をしっかりと見ていた。

 

「今のは…」

「うむ…」

 

心当たりがあり過ぎる武器の姿に慌ててマルスたちが駆け出す。そしてその敵兵の先にあった通路から顔を出すと、その先には自分たちと同じように合流していたミネルバたちの部隊とオグマたちの部隊の姿があったのだった。

 

 

 

 

 

時間は戻り、全部隊合流直後。

お互いの無事を確かめ合った解放軍はこれからの指針について相談しあう。

 

「無事に皆合流できたということで、後はメディウスだけなんだけど…」

 

どこにいるのか…と呟いたマルスに、

 

「心配するな」

 

答えたのがガレスだった。

 

「どういうことだい?」

 

マルスがその真意を尋ねる。他の面々もおしなべて訝しげな顔をしていた。

 

「こちらの…」

 

そのままガレスがナギの肩に手を置いた。それを見たチキが面白くなさそうにムッとしたような表情になる。

 

「竜のお姫様が感じているそうだ。この奥に邪悪な気配があるとな」

「そう言えば、チキもさっき同じことを…」

 

傍らのチキにマルスが視線を向ける。

 

「チキ、どうだい? 君が感じた強い力と怖い気配っていうのは今も感じる?」

「え? う、うん」

「そうか…」

 

言い淀んだチキに少し不信感を感じながらも、マルスが表情を険しくした。

 

(二人とも意見が一致したとなると、やはりこの奥にメディウスが…)

 

その確信を持つ。そんな中、

 

「…その邪悪な気配ってのは、お前さんのことじゃないのか」

 

皮肉気な口調でアストリアがガレスに食って掛かった。

 

「何だと?」

 

ガレスの口調が少し険を帯びる。だが、アストリアも負けてはいない。

 

「ああ、そりゃあり得る話だ」

 

ジョルジュも参戦してさらに雲行きが怪しくなった。

 

「竜のお姫様方の言ってることは疑わないが、邪悪っていうならお前さんだって十分当てはまるだろ」

「そうだな。自分でも自覚してるんじゃないか」

「貴様ら…」

 

突然喧嘩を吹っかけてきたことにガレスの雰囲気が変わっていく。それに気付いた周囲が慌てて割って入った。

 

「ちょっと! アストリア、ジョルジュ!」

「やめないか、こんな時に!」

「思ったことを言っただけだ」

「そうそう。別に悪いことじゃないだろ」

「状況をわきまえろ! この戦い自体最後の大詰めなのに、こんなところでいざこざを起こしてどうする!」

「フン」

「チッ」

 

面白くなさそうな表情になってアストリアとジョルジュが鼻を鳴らして舌打ちした。やはり、ガレスを敵視する連中との蟠りは最後まで解消はされなかった。その証拠…と言うわけではないだろうが、ハーディンはこの一連の騒動を止めるまでもなく冷たい目で黙って見ていたからである。本来なら立場的に割って入って止めるべきなのに…だ。この蟠りがいずれ尾を引くことになるのだが、それはまた別の話。

一方、ガレスを抑えるようにミネルバとロレンスもその前に立ちはだかる。

 

「…何の真似だ」

「落ち着け」

「そうだ。バカな真似は考えるな」

「わかっている。こんな安い挑発に乗るほど俺はバカではない」

「…本当だな?」

 

ロレンスが念を押すようにガレスに尋ねた。

 

「無論だ」

「…わかった」

 

その返答に、ミネルバも不承不承ながら理解を示してガレスの前をどいた。自然と目の前にいることになるアストリアとジョルジュがまるで敵でも見るような目つきで自分を睨んでいるのをガレスは見ることになった。そしてもう一つ、彼らほどあからさまではないがハーディンの冷たい視線も勿論感じていた。

 

(やれやれ…)

 

内心でゲンナリしながらガレスがフルヘルムの下でうんざりした表情になっていた。ニーナの件があるとはいえ、いつまでもこんな感じで敵視されてもいい加減うんざりする。それこそ殺してしまった方がある意味面倒はないのだが、戦場で大っぴらに殺すわけにはいかないし、暗殺なんて真似をすれば疑われるのは真っ先に自分である。それを考えれば業腹ではあるが生かしておく他はなかった。

 

(あまり図に乗るなよ、小童が)

 

いい加減鬱積した鬱憤が許容を超えかねないところではあるが、確かに状況が状況だけに内輪揉めをしている場合ではないため抑える。このままこいつらの身体をぶった斬ってやったらどれほど気持ちいいかと思わないでもなかったが、それはできない状況であるのだ。

 

(チッ…)

 

ムカつきを抑えながらも納得できるわけもないため、ガレスはさっさと終わらせることにした。

 

「この奥だな?」

 

ナギにそう尋ねると、ガレスは奥に視線を向けた。その先には、仄暗い廊下が長々と続いている。

 

「ええ…。この…奥…」

「わかった。…だ、そうだ」

「私も! 私も感じる!」

「そうか」

 

いきなり話に乱入してきたチキに頷き、ガレスがマルスへと振り返った。

 

「うん」

 

コクリと頷くと、マルスが振り返ってそこにいる面々全員の顔を見渡す。

 

「さあ、最後だ。全部隊合流できたことだし、今まで以上に慎重に進むよ」

 

皆の賛同の意見を得ると、解放軍は進みだした。先陣を切るのはアカネイアの戦士たち。中軍はマルスやハーディンと魔法や弓の支援部隊。後方を固めるのがガレスにロレンス、チキにナギにミネルバといった面々だった。

一行は前から襲い掛かってくる敵を倒しながら少しずつ進む。援軍として現れたのだろうか後方から襲い掛かってくる敵も同じように倒しながら、速度よりも慎重さを重視して廊下を進んだ。

 

(いよいよ…か)

 

この奥に、解放軍が最終目標としている目指すべき敵、メディウスの姿がある。もっとも、この世界の住人ではないガレスにとってはメディウスがどれほどの存在であるなどは知る由もない。伝え聞いているのはチキやバヌトゥ、ナギと同じ竜人族…マムクートであるということのみである。

亜人間…デミ・ヒューマンや魔獣、ドラゴンの類は元の世界で普通に存在していたが、竜人族…マムクートはゼテギネアの地にはいない存在である。だからこそ、ガレスは楽しみだった。

 

(ククク…)

 

フルヘルムの鎧の下で声を殺しながらガレスが笑う。自分の元の世界にいない種族ということで、一番戦っていてワクワクしたのがマムクートだったからだ。竜化してしまえば確かに普通のドラゴンではあり、ドラゴンならばゼテギネアの地にもいるのだが、人でもある以上竜人族には知恵がある。そこが、純粋なドラゴンとの唯一にして大きな違いだった。

獣を相手にしていても面白さというものはない。だが、そこに知恵が備われば途端に強敵になる。今までの数少ない竜人族との戦いもそうだった。そして、この奥にいるのはその総大将なのだ。

 

(これがワクワクせずにいられるか)

 

どれほど楽しませてくれるのか。それを思うとガレスは笑みが止められなかった。もっとも、いつも通りフルプレートの鎧を着こんでいるのでその顔を表に晒すことはなかったが。と、不意にガレスはクイックイッと引っ張られるのを感じた。

 

(ん?)

 

何事かと思って顔を向けると、そこにはどうにもご立腹な雰囲気を纏ったチキの姿があった。

 

(?)

 

その姿を不審に思いながら、ガレスはどうした? と、チキに尋ねる。と、

 

「ガレス、ナギと何かあったの?」

(?)

 

それはどういう意味だと思ったガレスではあったが、特筆して何かがあったわけではないため、

 

「何も」

 

と、正直に答えた。だが、その回答はどうにもチキのお気に召さなかったようで、ご立腹な雰囲気はそのままに頬がぷくーっと膨れた。

 

「でも、仲良さそう」

「そうか?」

「そうだよ。だって、今だってさ…」

 

ご機嫌斜めのままチキがガレスの傍らに視線を向ける。そこには、今までと変わらぬ様子でニコニコしながらガレスと寄り添うように歩いているナギの姿があった。

 

「ナギばっかり…」

 

その様子に、チキが不満ですといった様子ありありにぼそりと呟いた。更に間の悪いことに、

 

「どうしたの…?」

 

ナギがニコニコしながらチキに話しかける。ナギに他意はないのはわかりすぎるほどわかっていることなのだが、それでもガレスを独占している(ように見える)ナギに気を使われ、チキは面白くなかった。

 

「何でもないよ!」

 

そう言うと、プイっとチキがそっぽを向いてしまった。

 

「あらあら…」

 

どうしたのかしらとばかりにナギがガレスに視線を向けたが、視線を向けられてもガレスにもどうしようもない。

 

(何を拗ねている…)

 

ナギと仲良さそうというのは間違いではないだろうが、それも少々語弊があって仲が良いというよりはナギが一方的にガレスのことを気に入っているにすぎない。そしてガレスとしては好意を向けてくる相手を邪険にするような真似をしていないだけのことだ。とは言え、加入した直後とはいえそういった対象はガレスだけということもあって余計に目立つのだろう。

 

(やれやれ…)

 

何時の時代でも何処の世界でもへそを曲げた女の機嫌を取るのは大変だなとうんざりしながら、ガレスがチキの頭を撫でた。

 

「…何?」

 

だが今回は大分根が深いのか、チキはまだムスッとしていた。

 

「そうむくれるな。可愛い顔が台無しだぞ」

「ふーんだ! そんなこと言っても、もう知らないもん!」

 

そっぽを向いたままお冠のチキに、どうしたものかと思いながらガレスがナギに視線を向けた。だがナギは相変わらずニコニコしながらガレスと寄り添って歩いているだけである。問題解決の手助けにはなりそうにもなかった。

 

(困ったお姫様だ…)

 

取り付く島もないチキのご立腹に、ガレスは一旦チキのことは置いておくことにした。状況打開の糸口が見つけられない今の段階では、何をしても無駄になりかねないからだ。

そんな妙なやり取りがありながらもどれくらい進んだところだろうか、廊下の奥から不意に竜の咆哮が響き渡った。

 

『!』

 

その、身の毛もよだつような咆哮にある者は固まり、ある者は小さく悲鳴を上げ、ある者は顔を青くし、またある者は額に脂汗を滲ませながら忌々しい表情で進行方向を睨んでいた。当然、進軍をやめるわけにはいかないので、進軍は続けることになる。

敵兵を退けながらの進軍を続けることになり、断続的に響き渡る咆哮が当然強く、大きく、近くなってくる。そうするたびに緊張が走って顔から表情を無くすものが増えていく中、やがてその時は訪れた。

 

 

 

 

 

「メディウス…」

 

大広間と言っていい最深部に到着した一行の前に、玉座に座っている一人の男の姿があった。先ほどまで咆哮が聞こえていたのに今はその姿の影も形もないことから、一旦変身を解除したのだろう。

 

(意外と律儀なのか?)

 

不意にそんなどうでもいい感想がガレスの頭に浮かんだが、それこそどうでもいいことなので取り敢えず置いておくことにした。

 

「来たか…小僧」

 

メディウスがゆっくりと口を開く。何気ない一言なのだが、この場の空気が一段と重みを増したように解放軍の面々は感じていた。

 

「百年前のようにはいかんぞ」

「そうはさせない! 僕は…いや、僕たちは必ず貴様を倒してみせる」

「面白い」

 

メディウスが徐に玉座から立ち上がるとニヤリと笑みを浮かべた。それは猛禽のような獰猛なもので、見る者の心胆を寒からしめるには十分すぎるほどの迫力を持つものだった。と、

 

「ん?」

 

何かに気付いたメディウスが視線をマルスから外してある人物に向ける。そして、

 

「ほぉ…」

 

楽しそうな笑みを浮かべた。

 

「中々面白いのを飼ってるな」

「何?」

 

マルスがメディウスの視線を追ってその先に目を向ける。そこには、沈黙をもってメディウスに対峙しているガレスの姿があった。

 

「小僧。その男はお前たちの側に立つ者ではあるまい」

「…だったら?」

 

マルスが一瞬言い淀み、そして答える。確かにメディウスの言っていることは間違いではないからだ。協力してもらっているとはいえ、ガレスがこちら側の存在ではないのは本人も周囲も良く自覚していたからだ。と、メディウスがガレスに向かって右腕を差し出した。

 

「貴様、名は?」

「…俺はガレス。黒騎士ガレスだ」

「そうか。ガレス、貴様、こちらにこい」

『!』

 

まさかの勧誘に解放軍の面々の間に衝撃が走る。そして尚戦慄だったのは、

 

「ほぉ…」

 

満更でもなさそうな声色でガレスが応えたことであった。

 

「自分でもわかっているだろう? 貴様はそちらにいるべき存在ではない。また、そちらにいたところで貴様が報われることもあるまい」

「…そうだな」

 

少し言い淀んだが、ハッキリそう答えたことに解放軍内に緊張が走った。

 

「貴様に言われるまでもなく、自覚はしている」

「そうだ。人間がどれほど愚かでどうしようもない存在であるかは儂が良く知っている。今はまだいい。だがいずれ、貴様の居場所はそこにはなくなる。だが儂ならば、貴様の居場所は作ってやれる」

 

そこでメディウスが差し出した手を伸ばした。

 

「さあ、我が手を取れ。儂と共に歩もうぞ」

「クッ…」

 

石のように固まってしまった解放軍の面々を嘲るかのようにガレスが吹き出す。そして、

 

「クックックックックッ…」

 

いつものように咽喉の奥で笑いだした。真紅の瞳が光り、狂気を纏ったかのように笑うその姿に人は誰もが恐怖した。が、

 

「……」

 

ナギが傍らからそっとガレスの手を握り、

 

「……」

 

ほぼ同時にチキがガレスの前に進み出てきてメディウスを睨んだ。まるで、ガレスの盾となるかのように。

 

「貴様たちは…」

 

普通の人間とは違う気配…もっと言ってしまえば自分と同じ気配をチキとナギから感じたメディウスが先ほどまでの楽しそうな表情から一変し、険しい表情になった。と、

 

「どけ」

 

ガレスがチキの肩を掴むと、横にどくように促す。

 

「だって…」

 

先ほどまでのお冠な様子は何処へやら、チキは泣きそうな心細げな表情でガレスを見上げていた。傍らのナギは何も言わないが、ガレスの手を握るその力を少し強くする。

 

「いいから、どけ」

「……」

 

ガレスに再度促され、チキは不安げな表情そのままに少し脇へとどいた。そしてそのまま、ガレスはナギの手を払い除けて前に一歩進む。だがその払い除ける手は、決して乱暴なものではなかった。

 

「中々面白い提案だったぞ」

「! ガレス!」

 

今更ながらに最悪の事態を避けるべくマルスがガレスに向かって叫ぶ。だが、ガレスは柳に風とばかりに微動だにしない。

 

「だが、悪いな」

 

代わりに口を開くとメディウスにそう告げ、そして、

 

「断る」

 

そう、続けたのだった。

 

「フン…」

 

ガレスの返答を聞いたメディウスが差し出した右腕を降ろすと、心底失望したとばかりに口を開いた。反対に、チキが嬉しそうな表情になってガレスに抱き着き、ナギも同じように嬉しそうな表情になって再びガレスの手を取って更に強く握ったのだった。

 

「儂の眼鏡違いだったようだな。所詮貴様も下らん存在だったか」

「どう思おうが貴様の勝手だが、俺が貴様の提案を蹴ったのは恐らく貴様の考えているような理由ではないと思うぞ」

「何だと?」

 

メディウスの表情が訝し気になった。ガレスがそのままチラッと、背後や脇にいる解放軍の面々に視線を向ける。

 

「俺が貴様の提案を蹴ったのは、貴様につくとこいつらと戦わなくちゃならないからだ」

「下らん、儂の予想通りだ。貴様も所詮、情にほだされるような下等な存在だったか」

 

吐き捨てるように侮蔑の表情を向けるメディウス。

 

「いや…」

 

対して、ガレスは視線を戻すとゆっくりと首を左右に振った。

 

「俺がこいつらと戦いたくない理由は、貴様が予想した理由と正反対の理由だ」

「何?」

 

メディウスの表情が怪訝になる。

 

「貴様と組むということはこいつらと戦うということだ。だがそうすると、貴様とは戦えなくなる。敵として殺し合うならどちらが楽しいか…貴様と殺し合った方が余程楽しそうだと判断したからだ」

 

そしてゆっくりと、ガレスがサタンブローバ―の穂先をメディウスに向けた。

 

「折角の極上の獲物だ。味合わない手はないだろう? 俺を楽しませろ」

「身の程知らずが」

 

メディウスが憤怒の表情になってガレスと、そしてマルスたちを睨んだ。

 

「ならば望み通りにしてやる! 地獄の業火で焼かれるがいい!」

「ククク…貴様の思い通りいけばいいがな?」

「ほざけ!」

 

メディウスの瞳が光り、その身体が人のものから変化していく。そして変身した竜の姿は、今まで見たどの竜よりも大きく、強く、禍々しい姿をしていた。

 

「これが、メディウスの真の姿…」

 

遂にその真の姿を目の当たりにしたマルスがその威容にゴクリと唾を飲んだ。と、解放軍の面々の脳内に声が響き渡る。

 

『アンリの末裔である小僧。貴様が、どれほどのものか試してやる! そこの愚か者共々な! さあ、かかってくるがいい!』

「望むところだ! 行くぞ、皆!」

『おお!』

 

大広間に鬨の声が響き渡り、ついに最後の戦いが始まった。

 

 

 

 

 

「ッ!」

 

マルスが石畳を転がって間一髪でブレスをかわした。口の中に少量ではあるが砂利が入り、それを吐き出す。

 

(流石…強い!)

 

眼前で未だに健在のメディウスを厳しい視線で睨み付けながら、マルスは荒い呼吸を繰り返していた。

メディウスとの最終決戦に挑んでから少々時間が経った。流石にメディウスも一人では解放軍を相手にするつもりはないらしく、援軍として駆け付けた敵兵を相手にそこここで戦闘が繰り広げられている。そんな中、メディウスとの戦いで要となるのはやはり神剣ファルシオンを持つマルス。そして、同じ竜人族であるチキとナギ。最後に、

 

「イービルデッド!」

 

地面に走った五芒星の紋様から赤黒いエネルギーの奔流が走り、メディウスの身体を弾き飛ばしていく。メディウスは咆哮を上げるものの、ダメージは軽微なのかほとんど変わるところはなかった。

 

「チッ、やはりあまり効かんか」

 

その結果に、ガレスが忌々しく舌打ちをした。メディウスとの戦いで要となる最後の一人はガレスだった。というより、メディウスが執拗にガレスを狙ってきていると言った方が正しいかもしれないが。

その攻撃を、受け止め、かわし、いなしながらも何とかガレスは踏ん張っている。その隙をついてマルス、チキ、ナギがメディウスに攻撃しているので、ある意味ではガレスがいい陽動になっているともいえた。

 

(まさかここまで見越してあんな挑発するような物言いしたのか?)

 

一瞬そんなことを考えたマルスだが、さっきメディウスの誘いを蹴ったときの様子を思い出し、それは考え過ぎかと思い直した。あの時のガレスが嘘を言っているとは思えなかったのだ。それと同時に、あの時のガレスを思い出して背筋が震えあがるのを感じていた。だが、それは他の面々も同じこと。

 

(あの男…)

 

ハーディンが剣と槍を駆使して増援を叩き伏せながらガレスに思いを馳せている。

 

(先ほどのメディウスとのあのやり取り、やはり油断はできん)

 

もう何人目になるかわからない増援を切り伏せ、ハーディンの目が鋭くなった。

 

(排除せねば…。この戦いが終われば世界は平和になる。平和な世界にあのような危険な不穏分子はいらん。何よりニーナ様のためにも…)

 

同じようなことを思っているのはアストリアとジョルジュであった。

 

(ニーナ様の一件があったとしても、やはりあの男は危険すぎる)

(いずれ、必ず災いの種になるだろう。そうなる前に手を打たねば…)

 

上述三人よりまだましとは言え、同じような想いを抱いているのはミディア・ホルス・リンダの三人。

 

(パレスで生命を救われた身だからこんなこと考えたくないけど、ハーディン公やアストリアたちが危惧するのも無理はないわね。アカネイアから切り離しつつ、それとなく諭すのが一番の上策かしら)

(あの御仁、やはり他の皆が言うように油断はできん。だが、話の通じない人物ではないということもわかっている。もう少し、己を改めてもらえればいいのだが…)

(あいつ…やっぱり油断できない。でも、確かにあの力はガーネフと同じ暗黒の力だけど…あいつの力は…)

 

そして比較的中立なのが残りの面子であった。その中立具合もピンからキリまであるのだが。だがどちらにしろ、全員がガレスに思うところがあったのは紛れもない事実である。

そんな中、当の本人であるガレスはメディウスとの勝負に焦れてきていた。

 

(まったく、しぶとい奴だ)

 

威嚇するように咆哮するメディウスを睨み付けながらガレスは内心で悪態をつく。今まで数多くの敵を屠ってきた暗黒魔法の力も、同じ力を源にしているからかメディウスにはこれまでと比べて格段に効果は薄かった。それはガーネフ相手でも同じなのだが、そこはやはり強さというか存在の格の違いが余計に効果を薄くさせているのだろう。

 

(やはり俺のような外法・外道には神は微笑まんらしい)

 

元よりそんなことを期待してもいないがなと皮肉気に自嘲しているガレスに、メディウスがブレスを吐いた。

 

「!」

 

石畳をサタンブローバ―で叩き割って壁を作り、何とかブレスを防ぐ。実体のある剣や弓、槍や斧といった武器と違い、魔法やこういったブレスは受け止められないのでこうやって防ぐかかわすしかない。重騎士であるガレスには避けて対処することはなかなか難しいため、こうして防ぐしか手立てはなかった。

もっとも、今までのマムクート相手だったら避けるのも可能だったのだが、流石に敵の首魁であるだけあってメディウスからはそれだけの隙は見いだせず、スピードも速いためこうやって防ぐしか手立てがないのが現実だったが。だが、防戦一方というわけでもない。

ガレスに攻撃する隙をついてナギ・チキ・マルスが波状攻撃を行う。だが流石にメディウスは百戦錬磨なだけあり、三人を相手にしてもこれまで致命傷をくらっていなかった。深手を負わせていないとはいえ、傷は与えているのでこのままいけばいずれ勝てるのは間違いないと思われる。だがそれまで三者の体力や精神力が持つかと言われればそうは思えなかった。三人とも汗を滲ませながら荒い息を繰り返しているからである。

 

(ジリ貧か。だったら勝負に出るか)

 

ブレスによって吹き飛ばされた石畳の瓦礫からガレスが姿を現す。そして、

 

「オオオオオッ!」

 

サタンブローバ―を手に突貫したのだ。

 

「ガレス!」

「無茶だ!」

「!」

 

チキとマルスがその行動に驚愕の声を上げた。何せ、重騎士であるガレスは先述のようにスピードは遅い。無論、そこらへんの重騎士に比べれば比ではないほど速いが、スピードで言えばメディウスの方がよっぽど早いのだ。そしてメディウスは、遠距離攻撃でもあるブレスを使用してくる敵だった。邪な笑みを浮かべたかのようにメディウスの顔が歪み。そして、メディウスのブレスがガレスの全身を包み込んだ。

 

「オオオオオ…」

 

業火に焼かれたガレスの手から力が抜け、握っていたサタンブローバ―が滑り落ちる。

 

「この俺が負けるというのか…」

 

それを末期に、ガレスの全身は跡形もなく燃え尽きたのだった。

 

「あ…あ…」

「そんな…」

 

塵一つ残らずガレスが消滅したことにチキとナギが呆然とした表情を浮かべる。マルスを始め、他の解放軍の面々も驚きの程度の差こそあれ、皆同じ思いだった。と、ガレスを始末したメディウスが標的を残りの解放軍の面々に向ける。

 

『!』

 

つい今しがたのショックな場面を引き摺りつつも、同じ轍を踏むわけにはいかない解放軍の面々は構える。まだチキとナギが残っているうえにマルスも健在ということでメディウスは決して油断はしていなかった。

 

(だが、あの小癪な黒騎士は潰した。後は一人ずつ料理していけばいいだけ。まずは…)

 

メディウスの瞳が光り、マルスを捉えた。

 

(貴様だ、小僧!)

 

憎き宿敵アンリの末裔ということもあり、メディウスがマルスに襲い掛かろうとした。だがその時、メディウスの死角から不意に何かが飛んできてメディウスの胸板に深々と突き刺さる。

 

「グオオオオオオッ!」

 

天地が鳴動し、身の竦むような咆哮を上げてメディウスが暴れ出した。

 

「あれは!」

 

肉を切り裂く音と共にメディウスの胸板に突き刺さったそれは、ガレスのサタンブローバ―だった。不意に思わぬ大ダメージをくらったメディウスはまだのた打ち回ってる。

 

(チャンスだ!)

 

思わぬところからの攻撃に混乱し前後不覚になっているメディウス。このチャンスを逃がす手はなかった。

 

「チキ! ナギ! 援護を」

「う、うん!」

「はい…」

 

二人が神竜へと変身し、メディウスの左右からブレスを吐く。神竜のブレスに大ダメージを受けたメディウスが、断末魔と表現すべき咆哮を上げた。そして、

 

「はああああっ!」

 

マルスが走ってチキの身体を駆け上ると飛び上がる。そして、今だ暴れているメディウスの額にファルシオンを突き刺したのだった。

 

「グオオオオオオオオッ!」

「やったか!?」

 

ボロボロになりながらその光景を見ていたハーディンが声を上げる。他の面々も固唾を飲んで見守る中、メディウスは竜の姿から徐々に人の姿へと戻っていった。

 

「ぐっ…この儂が…」

 

人の身へと戻ったメディウスが息も絶え絶えになりながら立ち上がった。その姿に解放軍の面々の間に戦慄が走る。

 

「人間如きに敗れるとは…いや…」

 

そこでメディウスは誰もいないはずのとある場所に目を向けた。

 

「貴様が…貴様さえいなければ…」

「ククククク…」

 

その場所から聞こえる、いつもの笑い声にハッとした解放軍の面々がその場に視線を向ける。そこにあったのは只の闇。そして闇が人の形を象り、現れたのはガレスの姿だった。

 

「ガレス!」

 

ガレスの無事を確認したチキが嬉しそうに微笑みながらピョンとジャンプした。ナギも先ほどまでと変わらぬ穏やかな表情に戻っている。

 

「こんな小僧どもに敗れることはなかったものを…」

「ククク、そうか。それは残念だったな」

 

ガレスがいつものように咽喉の奥で笑った。

 

「だが俺も、お前と十分に殺し合えなかったのは全くもって残念なのだがな」

「おのれ…ッ! だが心せよ、人の心に悪がある限り我が分身が姿を現すであろう。心せよ…闇は、光ある限り永遠に消えはしないのだと…」

「貴様に言われるまでもない」

「ふ…グオオオオオオオオオオッ!」

 

断末摩の咆哮を上げ、メディウスは倒れた。そして地竜族の王の名の通り、その身体は地面と一体化するかのように消えていき、消し失せたのだった。残るのは、激闘の痕跡のみ。

 

「終わった…のか?」

 

半信半疑でマルスが呟く。何せ、先ほどまで激闘に注ぐ激闘だったのだ。全て終わったというのを不審に思うのも仕方のないことであった。が、

 

「恐らく」

 

ボロボロになりながらマルスの傍らへとやってきたハーディンが、そのマルスの意見を肯定するかのように同意する。

 

「ハーディン公」

「マルス王子、戸惑う気持ちはわかるが取りあえず残してきた残存部隊に連絡を。終わったのであれば、向こうでもなにがしかの変化は訪れているはずだ」

「うん、そうだね。ゴードン、皆のところに行ってきてくれ。万一何かあった時のために、オグマとナバールも一緒に行ってくれるかな?」

「はい、わかりました」

「かしこまりました、王子」

「わかった」

「すまないね。それじゃあ、頼むよ」

「はい」

 

ゴードンが軽く一礼すると、オグマとナバールと共に城外の残存部隊への伝令へと向かった。その間、残りの面々の大半はハーディンの指示を受け、周囲の見回りへと向かっていく。そして、

 

「ふーっ…」

 

大きく息を吐いたガレスがその場に腰を下ろして胡坐をかいた。

 

「ガレスー!」

「ガレス…」

 

当然のようにその側にチキとナギが寄ってくる。そしてチキはそのままの勢いでガレスに抱き着き、ナギは変わらぬ雰囲気でガレスの傍らに腰を下ろした。

 

「どうした?」

 

さっきまでお冠だったチキの変化っぷりにガレスがフルヘルムの下で怪訝な表情になる。

 

「だってだってだって!」

「クク、俺が死んだとでも思ったか?」

「だってぇ…」

「あの程度で俺が死ぬわけないだろう」

「でも…どうやって…?」

 

ナギが首を傾げた。メディウスのブレスは完璧にガレスの身体を捉えていた。全身を業火に包まれたあの状況で生きていたとはナギも思わなかったのだ。しかも見る限りは無傷で。

 

「まあ…そこは色々…な」

 

ガレスが答えを濁す。タネとしては非常に簡単で、あの時特攻させたのはお決まりの分身だったのだ。本体であるガレスは少し離れた視認のしにくいところで待機していたのである。この城内が基本薄暗く、照明も燭台の火ぐらいしかないことも幸いし、味方だけでなくメディウスにも気づかれなかったのだ。もっとも、メディウスはそもそもガレスが己の分身を創り出せるということすら知らないのだから仕方ないのだが。

そして、自分を討ったと思い込んだメディウスが背を向けたところでサタンブローバ―を回収し、それを投擲して胸元へとブチ込んだのである。思わぬダメージを受けたメディウスは取り乱し、そしてそのままチキ、ナギ、マルスの連携でとどめを刺されたという流れだった。

と、そこに石畳を踏みしめる音がした。

 

「ガレス…」

「ん?」

 

顔を上げる。そこには、自信を見下ろしているマルスの姿があった。

 

「これはこれは…」

 

自身に抱き着いているチキを優しく引き剥がすと、腰を下ろしたばっかりだったがガレスはその場から立ち上がった。

 

「御大将が自らお出でとは」

「よしてくれ」

 

その慇懃無礼な物言いにマルスが苦笑する。だが、すぐに表情を戻した。

 

「メディウスは…」

「倒したさ」

 

少なくとも今はな、という一言は呑み込んでガレスがそう告げた。別に何かしら確信や予感めいたものがあったわけではない。ただ己を省みればよくわかることだが、ああいう連中のしぶとさだけは身をもってよく理解しているので、そんなことを思っただけなのだ。

 

(杞憂だったらいいのだがな…)

 

一抹の不安を感じながらも、今倒したのは間違いないので余計なことは言わなかった。

 

「本当かい?」

 

だがマルスは信じられないようだった。というより、用心しているのだろう。何せメディウスは最終目標であった相手である。倒せば勝利なのだから、そこのところに慎重になるのは仕方なかった。

 

「ああ」

 

そんなマルスの不安を払拭させるかのようにガレスが頷いた。

 

「大体、もし奴がしぶとく生き残っていたなら。今頃お前の首が飛んでいるか、胴体に風穴が開いているだろう? 何せ奴に背を向けているのだからな」

「! 確かに」

 

慌ててマルスが振り返る。位置関係的にマルスはメディウスに背を向けていた形になっていたのだ。もしメディウスが生きていたらそんな隙だらけのマルスを逃すはずはなかった。宿敵の末裔であり、神剣ファルシオンを使える唯一の存在だからだ。

 

「まあ、そういうことだ」

「そうか…」

 

マルスがホッと一息つく。ここにきてようやく、マルスもメディウスが倒れたということに実感を抱くことができたのだった。と、大広間の入り口が付近が騒がしくなってきているのに誰もが気付いた。そして、

 

「マルス様!」

 

ゴードンが先頭になって戻ってきた。その後を、オグマとナバール。そして、残念ながら今回の出撃に参加できなかった解放軍の面々たちが次々と入ってくる。

 

「残存部隊ですが、城外での戦闘が終了し城内での喧騒が聞こえなくなったとのことでこちらに向かってきていました。ですので、事情を説明して合流した次第になります」

「わかったよ。御苦労だったね、ゴードン」

「はい!」

 

満面の笑みを浮かべ、ゴードンが戻った。合流した部隊の面々は皆思い思いにこれまでのことを語り合い、お互いをいたわり合っている。

 

「マルス様!」

「マルス」

「マルス様!」

「王子…」

「良く御無事で…」

 

マルスの元にも、シーダをはじめエリス、マリク、ジェイガン、モロドフが集まっていた。そして、

 

「マルス」

 

当然、ニーナもマルスの許へと足を運んでいた。

 

「ニーナ様!」

 

慌ててマルスが臣下の礼を取るが、

 

「よい。顔を上げなさい」

「はい」

 

ニーナに諭され、マルスが臣下の礼を崩した。

 

「辛く、長い日々でしたが、よく頑張ってくれました。貴方には感謝の言葉しかありません」

「勿体ないお言葉です。ですが、本当に大変なのはむしろこれからかと」

「そうですね。長い戦乱によってどの国も荒れ果ててしまいました。それを立て直すには、また長い年月を要するのでしょうからね」

「はい。私もアリティアの復興に尽力しなければ」

「それは勿論、彼女と共に…ですよね?」

「え?」

 

少し首を傾げたマルスが、ニーナの視線が自分から外れていることに気付いた。その視線を追って振り返ると、そこにはシーダの姿があった。

 

「あ、あの、私は…」

 

突然話を振られ、真っ赤になってシーダが俯いてしまう。が、それは何もシーダだけではない。

 

「あ、いや…」

 

マルスもこの状況に戸惑い、二の句が継げなくなってしまう。まさかこんな展開になるとは思ってもいなかったからだ。そんなマルスの背中を、ニーナがゆっくりと押す。

 

「ほら、マルス」

「あ、えっ…と」

 

顔が赤くなり、全身の血液が沸騰してくるのを感じる。だが、ここまで御膳立てされてケツを捲るわけにもいかなかった。

 

「シーダ」

「は、はいっ!」

「その…僕の気持ちを伝えておきたいんだ。君さえよければ…その…一緒にアリティアに来てくれないか?」

「!!!」

 

シーダはマルスのその申し出に顔を真っ赤にしたまま固まってしまった。

 

「タリスで海賊と戦ってから今日まで、ずっと君は僕の側にいてくれた。君の存在が、どれだけ僕の心を支えてくれたことか。だから、その…」

 

そこで一呼吸区切り、そして、

 

「上手く言えないけど、これからもずっと側にいてほしい」

 

マルスが今抱いている正直な想いを真っ直ぐにシーダに伝えた。

 

「マルス様…勿論、喜んで…」

 

それに対し、シーダも顔を真っ赤にしながら受け入れる。その光景に、周囲の者は微笑んだり拍手を送ったりしていた。

 

「いや、その…」

 

真っ赤になって鼻の頭を擦りながらマルスは落ち着きなく周囲に視線を向けた。と、その目が捉えた一人の人物に、照れくさい想いも一瞬で吹き飛んでしまっていた。

 

(ガレス…)

 

チキとナギ、それに合流したマリアやミネルバ、バヌトゥにロレンス、チェイニーたちと何かを話しているガレスの姿が、マルスを捉えて離さなかった。

 

(結局、貴方のことは最後までわからずじまいか…)

 

これまでのことを思い出しながらそう思いを馳せる。戦闘能力ならば解放軍の恐らく誰よりも高いが、その力は間違いなくこちら側のものではなく向こう側のものであった。そのせいで余計な摩擦や誤解を生み、それが不協和音となって最後まで解消することはなかった。

だがその力は結局内には使われることはなく、危惧していたことは杞憂に終わった。それが始めからそんなつもりは更々なかったのか、それとも計算ずくで欺いた上の行動だったのかはわからない。今もまだ欺いていないとは限らないのだ。

味方のままでいてくれるのか、それともいつか敵に寝返ってしまうのか。その不審は最後まで続いた。メディウスからの誘いの最初の返答には、全員血の気が引いたに違いない。

だが、とにもかくにも最後までガレスは仲間でいてくれた。その危うさには恐怖を感じていたが、その強さにことごとく救ってもらったのもまた事実だった。と、マケドニア城近くの村でのガトーとのやり取りをマルスが思い出した。

 

 

 

 

 

『マルス王子』

『ガトー様、如何でしたか?』

『うむ。あの男は危険じゃ。それは間違いない。正気を保ったままガーネフと同じ場所に立っているようなものじゃ』

『やはり…』

『うむ。とは言え、完璧にあの男のことを言い当てているとは思わんがな』

『はい』

『だが、だからこそ白にも黒にもなる』

『それは?』

『言ったであろう? 正気を保ったままガーネフと同じ場所に立っているようなものじゃと。ガーネフはマフーに取り込まれたからこそ戻ってくることはできなかった。だが、あの男は少なくとも自身の持つ闇の力には取り込まれてはおらん。故に』

『はい』

『おぬしたち次第でどうにでもなる。心強い味方にも、恐ろしい敵にもな。その天秤は今も揺れ動き、最終的にどちらに傾くのか。それは流石にわからなかった』

『……』

『故に心せよマルス王子。お主たちの行いが、あの男が味方のままであるか敵になるかを決めるということを。お主に清濁併せ呑む器量があれば、恐らくあの男は敵対すまい。だが、もしそれが出来なかった場合は…覚悟を決めておくことじゃ』

『……』

『大変な難題、火種かも知れんぞ。それこそ、ガーネフやメディウス以上のな』

『ありがとうございます。やはり、彼をガトー様の許へお連れしてよかった』

 

 

 

 

 

(ガレス…)

 

今一度、マルスは鋭い視線をガレスに送った。漆黒の騎士は今も尚チキやマリア、ミネルバたちに囲まれている。その光景だけ見れば、何とも穏やかな光景と言えるかもしれない。だが、それがいつ覆されるかもしれない危ういものであることもマルスは自覚していた。

 

(君と敵対するようなことのないことを祈っているよ。勿論、そのために僕たちもやれることはしないといけないし、そして、やってはいけないことはしないようにしないといけないけどね)

 

ガーネフとメディウスは倒れ、世界には平和が戻った。その平和が長く続くことを切望しながら、マルスはガレスから視線を外したのだった。

 

 

 

 

 

こうして、後の世に暗黒戦争と呼ばれる長い戦いは終わりを告げた。そして、この場には本来いないはずの存在は、先の世で何をもたらすのか。今は誰にもわかるわけはなかった。




読了、ありがとうございます。作者のノーリです。

これにてこの物語は終了となります。ありがとうございました。

前書きでも書きましたがこの作品は前作と違って短かったため、一年ちょっとで終わらせることができました。これが長いか短いかは読者様によって違うかと思われます。

書きたいものができ、そして書いたというこの作品。言うなれば作者の自己満足にここまでお付き合いいただき、誠にありがとうございました。ユーザー情報にも書いてありますが、私はクロスオーバー…それもどちらかと言えばこういうひねたものが好きなので、正しく自己満足と言えるでしょう。

新・暗黒竜をご存知の方ならばよくお判りでしょうが、新・暗黒竜という作品には続編があります。そして、その続編を舞台に続きを書くつもりでも勿論います。ただ、それはまだまだ先のことになるので、お待ちいただけるのでしたら気長にお待ちください。

で、次の作品ですが、ネタ自体は浮かんでいるので早速また書こうと思います。ちょっとしたネタバレをすると、時期的に便乗するようなものであることと、またFE絡みになることです。それが何なのかは、また少々お待ち頂ければと思います。

問題なくいけば、11月の初旬には新たな作品が投降できると思いますので、その作品もご愛顧いただければと思います。

それではここまでありがとうございました。次の作品でもまた引き続きご愛顧いただけることを。作者のノーリでした。

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