Fire Emblem ~漆黒の灰色 炎の紋章に導かれて~ 作: ノーリ
今回は、オレルアン城攻略戦です。
アリティア・オレルアンの連合軍の中で、この世界の強力な異物であるガレスがどんな働きをするのか。詳細は、本文を読んで頂ければと思います。
では、どうぞ。
オレルアン城近辺の敵を一掃し、城門を護る敵の守将ムラクを倒したアリティア軍は、オレルアン城を奪回すべく慌ただしく城攻めの準備をしていた。その中には、先ほどの戦いで合流したハーディン率いるオレルアン軍の姿もあった。
アリティアとオレルアン。この二つの連合軍が力を合わせて城攻めの準備をしている中、ガレスは少し暇を持て余していた。
(やれやれ、手持ち無沙汰も考え物だな)
つい先日軍に加わったということに加え、率いる兵卒がいない身では身一つの支度を終えればそれで終わってしまう。誰かの手伝いなどという殊勝な心掛けがあるわけもなく、ガレスは何をするでもなくしばしオレルアン城を見つめていた。と、
(ん?)
あることに気付いたガレスがオレルアン城から視線を外す。
(そうか、終わったか)
そしてガレスは、人目につかないように注意しながら近くにある森の中へと入っていった。
「……」
森の中に入ったガレスが、その場に佇んでジッと何かを待つ。と、少し経ってから近くの繁みがガサガサと音を立てた。ガレスがそちらに首を向けて先ほどまでと同じように待っていると、やがてその繁みから現れたのはガレスだった。
二人のガレスは向き合うと同じタイミングで軽く頷く。と、先ほどまでオレルアン城を見つめていたガレスの姿が薄くなり、そしてもう一人のガレスへと吸い込まれるようにして消えて行った。
そして一つになったガレスは、何もなかったかのようにその場を後にしたのだった。
(ククク…)
再び、オレルアン城手前。先ほどまでもう一人の自分がいたところまで戻ってくると、ガレスは内心で不気味に笑った。
(この力、衰えてはいないようだな…)
そして漆黒の鎧の中で満足そうに頷くと腕を組む。先ほどまでのあの光景はもちろん幻覚などではなく、ガレスの暗黒魔道の副産物の一つであった。
ゼテギネアの皇子として戦っていたとき、魔導士ラシュディから与えられた暗黒魔道の力の副産物の一つとして、ガレスは己が分身を創ることができるようになった。そしてその力は、この世界でも健在だった。
そもそも、現在味方からの厳しい視線にさらされているガレスが、どうして単独行動をすることができたかと言えば、この力を使って自分の分身を創り、その分身をアリティア軍と同行させていたからであった。だからこそ、ガレスは自由にあの砦まで赴くことができたのだ。得物を持っていなかったのもそのためである。ニーナには得物を持っていない理由を狭い室内で振り回せないからだといった。確かにそれも嘘ではないが、もう一つの理由があった。本体の自分が得物を持っていけば、分身の手には得物がなくなる。そこを突っ込まれると後々面倒なことになるため、分身に得物を持たせて自分は無手で赴いたのである。
また、ただでさえ警戒されている現状だけに、この力のことは他の者には話していなかった。このことが漏れれば、非常に面倒臭いことになるのは手に取るようにわかるからである。もっとも、ガレス本人としては分身を創る能力がこの世界でも使えるということがわかっただけでも収穫である。
(暗黒魔道の副産物であるこの力が健在ならば、魔道の本来の使い方であるあの力も使えるとみて間違いはないだろう)
面白いことになりそうだ…。そう、一人ごちたガレスの耳に、出撃の号令が下る。
「行くか」
ガレスが得物を持って歩きだした。城内戦ということもあり、今回はガレスにも出番が回ってきたのであった。
そして、オレルアン城内の攻防戦がここに始まったのだった。
「フン!」
「ぐあっ!」
通路を塞ぐアーマーナイトをガレスが切り捨て、進路を確保する。その進路を、カインやアベルなどの騎兵部隊が駆け抜けていく。その後ろに、ジュリアンや先ほど仲間になったリカードといった盗賊が続いた。オレルアン城には貴重な宝も多く、それを持ち逃げする盗賊を倒すため、あるいは先に そういった宝を確保するための采配だった。そして、ガレスやドーガといった重騎士が敵を迎え撃ち、その背後からゴードンやカシムといった弓部隊やマリクの魔法部隊が援護をし、残敵の掃討やガレスたちの脇を固めるのが歩兵部隊という布陣であった。
そういった状況でも、ガレスに向けられる視線は友好的なものではないが、その中で特にガレスに厳しい視線を向けている人物が三人。先ほど、ニーナを助けた砦で会ったウルフとロシェ。そして、その主であるハーディンだった。
(ククク…鬱陶しい連中だ)
無論、ガレスはその視線に気付いているが、放っておいた。心中でどう思っているかはともかく、今は味方である。その背後から斬りつけるようなバカな真似はするまい。そんな真似をしたら大なり小なりアリティアとオレルアンの間で不和や禍根を残すからだ。そうなってはどうなるかは火を見るより明らか。だからこそ、ガレスは鬱陶しいと思うだけで特に気にも留めずに放っておいた。
敵兵と斬り結びながらそんなガレスを遠目で見るオレルアン騎士団の面々は、ガレスをつぶさに観察していた。
「ハッ!」
「ぐわっ!」
剣を振り下ろしてまた一人の敵兵を切り捨てたハーディン。そのままその剣を鞘に納めたその周りを、彼の部下であるロシェたち四人が固める。
「成る程…」
少し敵の勢いが弱まったところで、ハーディンが徐に口を開いた。
「ロシェとウルフの言った通りだな。あの男…かなりの使い手だ」
遠目でガレスの戦いぶりを見ながら、ハーディンは素直な感想を口にした。
「ハーディン様」
「ロシェ、ウルフ、しつこいようだがもう一度だけ尋ねる。ニーナさまは本当にあの男に助けられたのだな? 乱暴されたわけではないのだな?」
「はい」
ロシェが頷いた。
「ニーナ様が御自らそう仰いました。また、衣服も乱れた様子はなかったため、間違いはないかと」
「それに、もしそうならばあの男と共に砦を出てくるはずもなければ、かばうこともないでしょう。ですから、ニーナ様の仰られた通りだと思います」
「そうか…」
複雑な表情でハーディンがガレスを睨む。助けてくれたことには感謝しているが、ガレスが得体の知れない存在であることが苦々しいのだろう。
「しかしハーディン様、そうなると別の疑問が浮かんできます」
部下の一人、ザガロが口を挟んできた。
「別の疑問?」
「はい。あの男は何故、あそこにいたのでしょう? ロシェとウルフが砦の異変に気付いたのは、戦いが終わってニーナ様にその報告に伺った時です。本来、こんなことを言ってはなりませんが、あの男がいなかったらニーナ様は乱暴されて連れ去られているか、最悪あの場で御命を奪われていた可能性があります。そこをあの男が助けた…たしかにたまたまかもしれませんが、タイミングが良すぎるとは思いませんか?」
「…何が言いたい?」
ハーディンが尋ねた。
「あの男が敵と繋がってるっていうのか?」
「そこまでは…」
ビラクの指摘に、ザガロが苦々しい表情で首を左右に振った。
「ですが、確かにタイミングが良すぎるのは事実です」
ロシェがザガロの意見に同意した。
「確かに本当に偶然あのタイミングであの砦を訪れたのかもしれませんが、そんな確率はどれほどのものか、ハーディン様もお分かりいただけると思います」
「そうだな」
部下たちの意見には反論する余地もなく、ハーディンは頷くしかなかった。
「マルス王子は、あの男に対してどう言ってるんです?」
ビラクがハーディンに尋ねる。
「おかしなことを言っていた」
「おかしなこと?」
「ああ。空に穴が開き、そこから落ちてきたとな」
「は!?」
ザガロが素っ頓狂な声を上げたが、それは他の三人も同じだった。皆、目を丸くしているとかバカバカしいといった表情になっていた。
「冗談…じゃないですよね?」
ウルフの言葉にハーディンが頷く。
「最初は、私も何を言ってるのかと思ったさ。だが、あまりにも真剣な表情でそう言うのでな。それに、マルス殿の側近たちも皆真剣な面持ちでそのマルス殿の言葉に賛同していたのでな」
『……』
どういった反応を取っていいかわからず、四人は口を噤んでしまった。いきなりそんなことを言われても信じろという方が無理な話だけに仕方のないことであるが。
「だが、あれほどの手練れ…」
ハーディンの視線の先には余裕の戦いぶりを見せるガレスの姿があった。アリティア軍もまだガレスとの距離感を掴み切れていないのか連携に隙があるが、それでもそんな些末なことを感じさせないほどの戦いぶりであった。
「騎士であれ流れ者の傭兵や戦士であれ、その名が聞こえてこないはずがあるまい。ならば、降って湧いて出たと言われた方が納得も行く」
「ハーディン様!?」
「まさか、本当にマルス王子の言われたことを信じられるのですか?」
ロシェがハーディンの言ったことに目を丸くし、ザガロが主人に対して確かめるように尋ねた。
「まさか。だが、あの男の裏はしっかりとった方が良いだろう」
そして、ハーディンはウルフに首を向ける。
「ウルフ、お前に任せる。あの男を探れ。どんな些細な情報でも構わん。何かわかれば逐一私に報告せよ」
「はっ!」
「さて、ではこの件についてはこれぐらいにするか」
再びハーディンが剣を抜く。それに倣うかのようにロシェたち四人も己の得物を構えた。
「ここは我らの城だ! アリティアに遅れは取るまいぞ!」
『おお!』
腹心の四人の部下と共に、ハーディンは再び前線へと切り込んでいったのだった。
(フン、やっと動いたか)
視界の端でそのハーディンたちの姿を捉えたガレスが鼻を鳴らした。
(何をゴチャゴチャ密談していたのかは知らんが、いい御身分なことだ。…まあ、何を話していたかは大体わかるがな)
戦闘の間も、ハーディン率いるオレルアンの軍勢の視線は絶えず感じていた。それを考えれば、自分についてあーだこーだやいのやいの言っていたのであろうことは簡単に予想出来ることだった。
(俺を探るのなら好きに探ればいい。徒労に終わるだけだからな)
転生によって異世界であるこの世界に落ちてきたガレスにとっては、この世界でのバックボーンも遍歴もあるわけではない。叩いても埃など出るはずもなかった。とは言え、そんなことを丁寧に教えるほどガレスが親切なわけはない。
(合流してからというもののずっと鬱陶しい視線を向けてくれてるからな。せいぜい無駄骨を折ることだ)
いつものようにクククと笑うと、ガレスは周囲に視線を向ける。城の中間地点までは制圧したとあって、周囲にはもう敵兵の姿はどこにも見えなかった。
(残党討伐は他の連中に任せてもいいだろう。俺ばかり働くのも癪だしな)
残すは玉座付近を固める敵だけになった。だったら、急ぐ必要もないだろう。それに、元々が重騎士であるガレスはどうしても行軍速度は遅くなる。ならば、少しぐらい遅れても誰にも文句は言われまい。ガレスはそう判断するとゆっくりと玉座に向けて歩き出したのだった。
「くっ、くそ! 思い上がるな反乱軍の兵士ども!」
オレルアン城の玉座では、この城の実質的な守将であるマリオネスが未だ立ちはだかっていた。鎧で身を固めたアーマーナイトよりも更に重厚な鎧に身を包んだジェネラルのため、容易に武器でダメージを与えることはできなかった。そのため、ここは魔導士の出る幕となる。
「マリク、魔法を!」
「はい、王子!」
マリクが進み出て魔法の詠唱に入る。それを見た瞬間、マリオネスがニヤリと笑った。
「撃て!」
不意に、マリオネスが命令する。と、玉座の左右にある柱の陰に隠れていたアーチャーが姿を現し、マリクに向かって矢を放った。
「! 危ない!」
詠唱に入っているために瞑目して集中し、その矢に気付いていないマリクを救ったのはオグマだった。素早く横から体当たりを仕掛けてマリクの身体を吹っ飛ばす。
「うわっ!?」
横からの急な衝撃に何がと思ったマリクだったが、その肩をアーチャーの矢が射抜いた。そしてもう一本の矢はオグマの脇腹に刺さる。
「ぐうっ!」
「がっ!」
オグマとマリクが射抜かれたところを抑え、痛みに顔を顰めながら膝に床を着いた。
「二人とも!」
その姿にマルスが思わず叫ぶ。それに返答する代わりに、二人は患部を抑えて素早く立ち上がった。
「退くぞ! 走れるな?」
「ええ」
マリクが頷いたのを確認するとオグマはそのまま後退する。マリクも、オグマに少し遅れてだが後退し、どうにかアーチャーの攻撃範囲外に逃れた。
「マリク! オグマ!」
すぐに二人の許にマルスが駆け寄る。
「すみません王子、油断しました…」
「そんなことはいい! 傷は大丈夫なのかい!?」
「急所に刺さったわけではありませんから。出血は少々派手ですが、大したことはありません」
「わかった。二人とも、下がって手当てを!」
「ですが、あの敵将を倒すには魔道ではないと…」
「それを考えるのは僕たちの役目だ。こんなところで生命を散らすような真似はしないでくれ」
「かしこまりました」
頷いたのはオグマである。マリクはまだ不満気な様子だったが、オグマに諭されて今の自分は足手まといでしかないと理解したため後退した。
「物陰にアーチャーを配置していたとはね…」
玉座へ振り返ると、マルスがギリッと唇を噛んだ。
「してやられましたな。ですが、あれは一度限りしか使えん手。タネがわかってしまえばどうとでも対処はできます」
「うん。ドーガ、アーチャーたちを釣り出してくれ。カイン、アベル、釣り出されたアーチャーたちの対処を」
自分の部下に指示を出したところでマルスはハーディンへと振り返る。
「オレルアンの諸騎士たちにも、アーチャーへの攻撃をお願いしたい」
「わかった。承ろう」
「すまない。では皆、頼む!」
『ハッ!』
マルスの指示通りにそれぞれが動き、苦もなくアーチャーたちを葬る。ジェイガンが言った通り、タネがわかってしまえば対処はどうとでもなる一度限りの手だった。玉座までの安全を確保し、残るは敵将であるマリオネスただ一人。
「さて、どう攻めようか…」
玉座はいわば本陣である。そこを奪られればすなわち敗北となってしまうため、マリオネスは玉座から離れる様子はない。そのため、マルスたちは陣を整えて思案できるだけの余裕はあった。
「返す返すも、先ほどの不意打ちでマリク殿を離脱させられたのは痛手でしたな」
ジェイガンが忌々しげな表情になって唇を噛んだ。
「うん。でも、居ない者は仕方ない。リフやレナたちからの報告だと、深傷ではないけど無理はさせないほうがいいってことだったし、僕らだけで対処するしかない」
「しかし、あの重装甲では生半可な攻撃は受け付けませんぞ」
「わかってる」
マルスが頷いた。
「であれば、これを使おうか」
ハーディンが一振りの剣を抜いた。
「ハーディン殿、それは?」
ジェイガンが尋ねる。
「我が城の宝の一つ、アーマーキラーだ。盗賊どもが盗んで逃げる前に取り返した。これならば、重装甲の敵が相手でも普通にダメージは通る」
「そうか。では、お願いしたい」
「承知」
「ただ、僕も攻撃に加わる」
「! 王子、それは!」
ジェイガンのみならずカインやアベル、ドーガたちの顔色も変わった。当然と言えば当然の反応ではあるが。
「ジェイガン、知っているだろう? 僕のレイピアも騎馬や重騎士には威力を発揮することを」
「無論、存じております。ですが…」
「ハーディン殿にだけ戦わせて、僕らだけ高見の見物って訳にもいかないだろう?」
「しかし…」
ジェイガンはまだ渋面である。
「死ぬかもしれんぞ?」
脇から口を挟んできたのはそのハーディンだった。
「死なないさ」
だがマルスは臆することもなくハーディンに振り向き、その目を真っ直ぐに見た。
「ほぉ?」
感心したようなバカにしたような声色で返答するハーディン。
「僕は死なない。こんなところで死ねないんだ」
そしてマルスはもう一度、確固たる決意を口にした。
「…いいだろう」
少し間を置いて、ハーディンが頷いた。
「それではマルス殿、加勢を頼もうか。私は左から攻める」
「わかった。じゃあ僕は右から」
「うむ。武運を祈る」
「公も」
簡単なやり取りを交わし、ハーディンとマルスは左右に分かれた。
(いい目をしている)
その途上、ハーディンは先ほどのマルスの表情を思い出していた。
(何度かお会いしたことがあるが、コーネリアス王と同じ眼差しだった。血は争えんな)
マルスの姿に感心し、頼もしく思いながらも、
(だが)
同時にハーディンは不安も感じていた。
(だからこそ、己の立場を知らねばならん。先ほどの自分は死なないという心構えや意志は大事だが、思いだけで何事もなせるのなら誰も苦労はしない。世の中には、どんなにあがいても無理なこと、力及ばないことがある。それを早いうちにわかってくれればいいのだがな…)
このハーディンの危惧を現実主義とみるか面白みがないとみるかは議論が分かれるところだろう。だが、一つ言えるのは間違った意見ではないということだった。ハーディンはマルスに若さゆえの危うさと眩しさを感じていたのであった。
(それは、これからいやでも知ることになるだろう。…無論、生き延びればの話だがな)
そこで配置に着くとハーディンは振り返った。視線の先には、同じように配置についていたマルスが力強く頷いた。それを合図に、ハーディンとマルスは左右からマリオネスへと突っ込んだのである。
「ぬうん!」
まずはハーディンが斬りかかる。
「小癪な!」
が、マリオネスは己の得物である鋼の槍でそれを受け止めた。二人が力比べをしている間隙を縫い、マルスが右から斬りかかった。
「行くぞ!」
「チッ!」
「ぐわっ!」
マリオネスがハーディンの腹に蹴りを見舞って弾き飛ばす。そして、そのまま鋼の槍をマルスへと振り下ろした。
「死ね!」
「ッ!」
寸でのところで何とかそれを交わしたマルスが、マリオネスと交差ざまに胴を薙ぎ払う。
「ぐおっ!」
片膝を着いたマリオネスの腹部から鮮血がにじみ出た。
「やったのか?」
マルスと合流したハーディンが尋ねる。
「いや、手ごたえは浅かった。致命傷には至らない」
「そうか」
「おのれ!」
マリオネスが立ち上がるとハーディンとマルスをキッと睨み付けた。
「この傷の礼はさせてもらうぞ!」
「笑わせる。傷どころか、こちらはその首が欲しいのだがな」
「ああ」
「ほざくな!」
そして再び、二対一の戦いが始まったのだった。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
「ふぅ…ふぅ…ふぅ…」
マルスとハーディンが肩を並べながら、共に息を切らせて肩を上下させている。連携して何度か攻撃を繰り返しているものの、マリオネスの分厚い鎧の前に、思った以上にダメージが与えられていなかった。
とは言え、予想より少なくともダメージが蓄積されているのは間違いなので、マリオネスにきいているのは間違いない。だが、それでも情勢はマルスたちにやや不利だった。
(まずいな…)
ハーディンが内心で臍を噛む。
(決め手に欠ける。予想以上にあの鎧が頑強だ。それに…)
横目でチラッと隣のマルスに目を向けた。呼吸は先ほどより整ってきているものの、額や腕に滲んでいる大粒の汗が体力の消耗具合を示していた。そして、それは自分も同じこと。
(このままではジリ貧だ。ここは…)
そこでハーディンがマルスに顔を向けると、マルスは引き締まった表情で小さくコクリと頷いた。その表情で、マルスも自分と同じことを考えていたのだと悟る。
(フッ…)
思考が一致したことに内心で軽く笑うと、同意するかのようにマルスもハーディンに向けて頷いた。
「行くぞ!」
「ああ!」
そして、二人が再び仕掛ける。このままではジリ貧だと判断した二人は、危険を承知で今まで以上の力で攻撃に入った。俗に言う、『虎穴に入らずんば虎子を得ず』というやつである。
「小癪な真似を!」
ここが勝負どころと判断したのは同じだったのか、マリオネスが二人を迎え撃つ。まずはハーディンに狙いを定め、鋼の槍を横薙ぎに払った。
「!」
咄嗟にアーマーキラーで受け止め、何とか武器を封じる。力比べをしている間に、マルスが間合いを詰めた。
「はああああっ!」
そしてレイピアを振りかぶって突きを繰り出した。重さと速さの乗った突きはマリオネスの鎧を貫き、その身体へと刺さる。
「! やったか!?」
ハーディンが一瞬だけ気を逸らした瞬間、マリオネスの槍はハーディンを吹き飛ばした。
「ぐっ!」
二転三転しながら石畳に身体を打ち付けられ、ハーディンは思わず渋面を作った。
『ハーディン様!』
その姿に、オレルアンの騎士たちが悲鳴を上げる。
「ぐ…うっ…」
全身を襲う痛みに耐えながら、ハーディンはマリオネスの動向を探るためにすぐに目を開いた。と、自分に代わってマルスがマリオネスと鍔迫り合いをしている光景が目に入ってきた。
「…ッ!」
「ぐっ!」
力比べをする。だが、すぐに決着はついた。マリオネスの槍が、マルスのレイピアを弾き飛ばしたのである。
「! しまった!」
体力の消耗に加えてレイピアのような細身の剣は、その作りゆえに力勝負には向いていなかった。そのため、この結果はある意味当然と言えた。
加えて、噴き出していた汗が手を滑らせ、力の伝わりが普段に比べたら悪かったこともこの事態を招いた。そして、丸腰になった敵を見逃すほど戦場は甘いものではない。
『マルス様!』
アリティア軍の面々が叫ぶ中、
「死ね!」
マリオネスが鋼の槍を振り下ろした。レイピアに気を取られていたマルスはそのために反応が遅れ、その鋼の槍を回避することは不可能だった。だが、鋼の槍がマルスの生命を奪う直前、不意にマルスは後ろから強力な力で引っ張られて後方に投げ飛ばされたのだった。
「何!?」
「痛てて…」
目の前から獲物がいなくなったマリオネスと、後方に吹き飛ばされたマルスが痛みに顔を顰めながらゆっくりと視線を上げる。そこには、
「終わっているかと思えば…」
いつの間にこの場にやってきたのだろうか、ガレスの姿があった。
「まだ、手古摺っているとはな…」
呆れとも驚きともつかない様子でそう嘆息すると、ガレスはハーディンへと顔を向けた。
「下がれ」
そして、簡潔に一言だけ言って命令する。
「何だと!?」
だが、頭ごなしに命令されて素直に聞くほどハーディンは物分かりが良いわけではない。尚且つ、傲然とその命令を下している者は警戒してやまない要注意人物である。余計に素直に引き下がるわけにはいかなかった。
「ふざけるな!」
当然、ハーディンが受け入れるわけもなくガレスをキッと睨む。だがガレスは鬱陶しげにハーディンをねめつけるだけだった。
「フン」
そして、小バカにしたように鼻を鳴らす。
「しこたま身体を痛めつけられ、肩で息をしながら口だけは達者だな」
「余計なお世話だ!」
「貴様が死のうが深手を負おうが俺には関係ない。だが、今後のことを考えるとここで殺されては困るのでな」
「貴様ら!」
と、そこでマリオネスが再び襲い掛かってくる。その標的は新しく現れたガレス…ではなく、体力を損耗しているハーディンだった。
「ッ!」
ガレスに気を取られ、ハーディンは反応が少し遅れた。アーマーキラーを構えて何とか鋼の槍を受け止めて力比べに持ち込む。互いに損耗している者同士とは言え、体重の乗った槍の重さにはやはり剣は耐え切れず、ハーディンは弾き飛ばされた。
「ぐっ!」
「死ね!」
先ほどのマルスと同じく、マリオネスがハーディンの生命を刈り取ろうと槍を突き出す。が、これも先ほどのマルスと同じように、その槍の切っ先が届く寸前にハーディンは襟首を掴まれ、後ろにグイっと引っ張られて後方に投げ飛ばされた。勿論、それをやったのはガレスである。
「ぐわあああっ!」
ハーディンの態度にイラついていたのか、それとも手段を選んでいられなかったからかはわからないが、マルスより心持ち力を入れて引っ張ったため、ハーディンはマルスより派手に後方に吹っ飛んだ。結果、先ほどのマリオネスの攻撃を防いだ時以上にしこたまその身体を石畳に叩きつけられたのである。
「う…ぐっ…」
全身の痛みに耐えながらもハーディンが身体を起こす。
『ハーディン様!』
そこにロシェたちオレルアンの騎士が集まるのは当然だった。
「さっさと後ろへ送れ」
ガレスの容赦ない言葉に、ロシェたちがキッとガレスを睨む。だがガレスはもう興味がないとばかりにマリオネスと斬り結んでいた。
「おのれ!」
互いの得物越しにマリオネスがガレスを睨み付ける。
「もう少しであの二人の首を上げることができたものを!」
「ククク…それは残念だったな」
憤怒の表情に燃えるマリオネスをガレスは嘲笑して答える。その姿、その態度がマリオネスを一層逆上させた。
「この上は、貴様の首から刎ねてくれるわ!」
「クク…やってみせろ」
そこで互いに一度離れ、そして距離を置いて二人は再び斬り結んだのだった。
「痛てて…」
顔を顰めながらマルスがよろよろと立ち上がった。ハーディンもザガロとビラクに両脇を支えられながらその場に立ち上がる。
「王子!」
「王子!」
「大丈夫ですか、マルス王子!」
すぐさま、アリティア宮廷騎士団がマルスの許に集い、主人の安否を確かめた。
「ああ、何とかね」
ぎこちない笑みを浮かべながら、マルスはハーディンへと顔を向ける。
「貴方は大丈夫かい? ハーディン殿」
「大事ない…と言いたいところだが、予想以上に身体が痛む」
そして、そのままハーディンはガレスを睨み付けた。
「あの男、ふざけた真似を…」
「すまない」
憤るハーディンに、マルスが頭を下げた。形としてではあるが、一応アリティア軍に所属しているだけに、仕方のないことである。
「何者なのだ、あの男は、マルス殿」
ハーディンは不愉快な思いを隠すことなくマルスに尋ねた。
「先ほど説明した通りだよ。それ以上でもそれ以下でもない」
「空から突然現れたと? 信じられぬ」
「そうだね。僕も逆の立場だったらそう思うよ。でも、事実は事実である以上どうしようもないし、それに…」
「それに?」
「あれだけの実力者が今まで無名なままでいられるものかな?」
「……」
ハーディンが口を噤んだ。それはまさしく、先ほどハーディン自身も口にしていたことだからだ。各国の将軍のみならず、流れ者の戦士や傭兵ですら腕が立てばそれなりの噂は入ってくるものである。ましてや今は戦時下である、腕の立つ者の噂ならば平時より余程出回るものだ。
だが確かに、ガレスの噂など少しも聞いたことはなかった。
「……」
忌々しげな表情でハーディンが戦場に視線を向ける。そこには、マリオネスとの戦闘に興じているガレスの姿があった。
「ククク、どうした」
横薙ぎに薙いだガレスの得物をマリオネスが何とか受け止める。先ほどまでのマルスやハーディンとは違い、今度はマリオネスが得物の不利を感じる立場になっていた。何せ、ガレスの得物は分厚く重量のある斧である。受け止めるのですら一苦労なのだ。
「動きが鈍いぞ? あの二人との戦いで体力を使い果たしたか?」
「黙れ!」
マリオネスが鋼の槍を振り下ろすものの、ガレスは難なく受け止めて力任せにそれを薙ぎ払った。
(ッ! 何て力だ!)
その衝撃に、マリオネスは思わず顔を歪める。鋼の槍から伝わってくる衝撃と振動に、ガレスの底知れぬパワーを感じてマリオネスは渋面を作るしかできなかった。
「…つまらんな」
だがガレスは心底面白くなさそうに吐き捨てる。
「どうやら本当にあの二人との戦いで体力を使い果たしたようだな。このまま長引かせても時間の無駄だ。とっとと終わらせてやる」
そしてガレスは己の得物を構え直す。
「こい。あの世に送ってやる」
「! うおおおおっ!」
ガレスの言葉にか、それとも態度にかはわからないが騎士として看過できず、マリオネスは突撃してきた。ガレスはそのマリオネスを見据えながら、真紅に光る瞳を不気味に輝かせる。そして次の瞬間、何かが飛んだ。そしてそれは凄まじいスピードでマルスたちのすぐ横の壁に突き刺さったのだった。
「うわっ!」
「な、何だ!?」
悲鳴を上げたカインとアベルだけにとどまらず、全員がそれを見た。そして大半の人間が顔を蒼ざめる。
「え…あ…」
「何と…」
ドーガが言葉を詰まらせる横で、ジェイガンは目を見開き愕然としていた。というのも、そこに突き刺さっていたのはマリオネスの得物である鋼の槍だったからである。そしてその鋼の槍には、マリオネスの両腕の肘から先の部分が握られており、鮮血が滴っていた。大半の人間の顔が蒼ざめていたのはそのせいである。
「ぎ、ぎやああああああっ!」
直後、マリオネスの悲鳴が玉座の間に響き渡った。マルスたちが顔を向けるとそこには、両腕の肘から先を失ったマリオネスが激痛に悶えている姿があった。
「う、腕! わしの腕がぁ!」
その激痛、そして両腕を失ったという現実がマリオネスに容赦なく襲い掛かる。そして、
「安心しろ」
その原因である悪魔がマリオネスに襲い掛かったのだった。
「すぐ楽にしてやる」
ガレスはフルヘルムの下で不気味に微笑みながら一度斧を降ろす。そして、
「ガアアアアアアッ!」
猛獣の咆哮もかくやというほどの雄たけびを上げそれを大上段から振り下ろした。
「が!?」
その刃がマリオネスを寸分の狂いもなく捉え、そして、肉や鎧を切り裂く轟音を立てながらマリオネスを真っ二つに両断した。
血、脳漿、臓物などを撒き散らしながらマリオネスは倒れる。その凄惨な死体に、顔を蒼ざめていた面々は思わず膝を着いて口を押さえる。前回のオレルアン平原の戦いで多少の免疫ができていたせいか、吐く者がいなかったのが救いだが、それでもほんの僅かな何かが起これば容赦なく吐いてしまいかねない精神状態であるのは間違いなかった。そんな中、
「終わったぞ」
死体の前に立っていたガレスは振り返るとそう呟く。漆黒の鎧だけに色こそ目立たないが、鎧を伝って血が何筋も滴り落ちるその姿に、更に多くの者が顔を蒼ざめた。
だがガレスはそんな彼らのことなど気にした様子もなく歩を進める。そして、
「後は任せる」
「う…あ…」
壊れたおもちゃのようにコクコクと首を上下に振るマルスに後始末を投げると、ガレスはその横を通り過ぎた。その正面を、恐怖の感情に彩られた面々が固まったように塞いでいる。
「…どけ」
そんな面々にガレスが一言そう言うと、彼ら彼女らは弾かれたように両脇にどいて道を作った。モーゼの十戒の如く開いたその道を、ガレスはゆっくりと歩いていく。
カツン、カツンと石畳を鳴らしながら去って行くガレスを、マルスたちは呆然とした表情で見送ることしかできなかった。