Fire Emblem ~漆黒の灰色 炎の紋章に導かれて~   作: ノーリ

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おはようございます。

前回の続きということで、今回はレフカンディでの戦いのお話です。

ここで出てくるあの面々とガレスとの初顔合わせはどうなるのか、楽しんでもらえればと思います。

では、どうぞ。


NO.05 邂逅がもたらすものは

中央公路を南下してアカネイアへと向かう解放軍。その途上、とある小さな村から救援を求められこれに応じた解放軍は、アテナという新たな仲間を加えた。そして再び進路を戻す。

アテナという仲間が加わったことで、解放軍ではちょっとした変化が起こっていた。それは、

 

「そうか。ガレス、アテナと同じように他の地から来たのか」

「ああ」

「アテナとガレス、同じだな。アテナ、ますますガレスのこと気に入った」

「…そうか」

 

どう返答していいかわからず、ガレスは彼にとって珍しく戸惑いながらアテナの相手をしていた。だがアテナはそんなガレスを気にする様子もないのか、それとも気付いていないのかはわからないが、その行軍の速度は先ほどまでと変わらずガレスに合わせていた。その様子を、解放軍の主だった面々は驚いたような表情で見つめている者もいれば、ハラハラした表情で見ている者もいた。

そう、解放軍に起こっていたちょっとした変化というのはこれである。解放軍に合流してからというものの、アテナはガレスと共に過ごすことが多いのだ。ガレスのこれまでの戦いぶりを目の当たりにしたことがないというのもあるだろうが、それでも解放軍の主だった面々のうち何人かは、それとなくだったりあるいは直接的にアテナに助言や忠告しているのだった。無論、その内容はガレスにあまり近づいたり深追いしないようにというものである。

だがアテナは、それを無視してガレスと積極的にコミュニケーションを取っていた。無視して…と言うよりは、彼女の剣士としての洞察力と純粋な心がガレスの人となりを見抜いた結果の産物と言っていいかもしれない。

つまり、本能的に直感的に、アテナはガレスがそこまで危険な人物ではないということを見抜いたのだ。確かに邪悪さは間違いなく感じるが、それでも全く話が分からない、理解のできない人物でもないということをアテナは直感と本能で捉えていた。だからこそ、現時点では皆が恐れるガレスと積極的にコミュニケーションを取っていたのである。

では、当のガレスはどうかというと…

 

(やれやれ…)

 

少し辟易していたというのが実情である。この地に堕ちてきてから少し経ったが、相も変わらず解放軍の面々は自分を腫物扱いにしているため、他者との交流などほぼ皆無に等しかった。

それは別にそれでも良かったのだが、とは言えずっと警戒されっぱなし、敬遠されっぱなしというのも地味に神経や精神を削られていた。遠慮も手加減もないあの戦闘の様を見れば自業自得と言えるのだが、それでもいい加減鬱屈してきたので変化を求めていたのも事実だった。

…とは言え、望んだ変化ではあるがいきなりここまでズケズケとコミュニケーションを取ってこられたのは予想外だったため、戸惑っているのが本音だった。

 

(とは言え、突き放すわけにもいかんからな…)

 

アテナの行動に裏や思惑はない。それは彼女の表情とその行動でわかる。だからこそ、困っているのであるが。

 

(…まあ実際、いい暇潰しにはなる。だが、こう積極的にこられてもな…)

 

腫物扱いから一瞬で怒涛のコミュニケーションへと一変したのである。どうしたらいいかと対処に頭を悩ませるのも仕方のないことであった。

 

「? ガレス?」

 

そんなことなど知る由もないアテナが、そのガレスの様子を察知したのかキョトンとした表情になってガレスを覗き込んだ。

 

「何だ?」

 

ガレスが答える。

 

「どうかしたか?」

 

そんなガレスに、アテナは端的に尋ねた。

 

「? 何がだ?」

「ガレス、今何か考えごとしてた。アテナ、そんな気がした。違うか?」

「いや、確かにそうだ」

 

流石に鋭いな…と思いながらガレスが答えた。

 

「ガレスが考えごと、珍しい。どうかしたのか?」

「いや…」

 

ガレスが言葉を濁す。そして、フルヘルムの兜の下で、アテナに気付かれないようにガレスはアテナの顔を見た。

 

(お前が原因とは流石にな…)

 

アテナ自身には何の罪もないのだが、アテナが原因であることは間違いない。だが、そんなこと言えるわけもなければ、説明のしようもなかった。そのため、ガレスは答えをはぐらかすしかなかった。

とは言え、他者に対して気遣うという真似を無意識にとはいえしているあたり、やはり完全ではないとはいえ暗黒道の影響から解放されているのだろう。

 

「? そうか?」

 

そして、ガレスの現時点での悩みの種であるアテナは不思議そうな表情で首を傾げた。ガレスの様子を見るとどうにも引っかかるのだが、本人が口を開かない以上は無理強いして聞くこともできない。

 

(他人に言いたくないときも、言いたくないこともある。だから聞かない。アテナも、それぐらいはわかる)

 

内心で自分の判断に頷きながら、アテナはそこで口を噤んでガレスとコミュニケーションを取ることを一時中断したのだった。

そんなガレスたちを先述のように解放軍の面々は多種多様な思いを抱きながら見ている。が、その中で一際目立つのがニーナだった。

 

(あの二人、また…)

 

馬車の中から遠巻きにガレスとアテナの様子を見ることになっていたニーナ面白くなさそうにその美しい顔を顰めた。オレルアン騎士団によってガレスとの接触は断たれ、あの夜の宴以降碌に話もできていないニーナには、自分が何もできない間にガレスと肩を並べているアテナが羨ましくもあり恨めしくもあった。逆にオレルアン騎士団…特にハーディンはガレスという不穏分子とニーナの接触が断てたことで、表にこそ出さないが非常に満足していた。

そんな、各人の思惑や微妙な雰囲気に包まれ、解放軍は中央公路を南下していく。そして程なく、解放軍が辿り着いたのは峡谷にして隘路、護るに易く攻めるに難い天然の要衝だった。

その名を、レフカンディ。

 

 

 

 

 

「ハーマイン将軍」

 

解放軍がレフカンディに差し掛かった頃、そのレフカンディの峡谷を預かる司令官であるハーマインの許を訪れる一人の騎士の姿があった。

 

「おお、これはミネルバ殿か」

 

ハーマインが自分の許を尋ねてきた人物の名を呼んだ。その人物…真紅の鎧に身を包んだその女騎士こそ、マケドニアの第一王女であるミネルバであった。

彼女は自身も武人として大陸に名高いが、戦闘指揮官としても非常に優れており、その能力を見込まれて、兄であり現マケドニアの王であるミシェイルの命令でここへ派遣されたのである。

 

「どうかなさいましたかな?」

 

自分の許を訪れたミネルバに対し、ハーマインが尋ねた。

 

「どうもこうも…」

 

返答したハーマインに対し、ミネルバは不満気な表情を隠さずに言葉を続ける。

 

「こんなやり方、私は賛成できません。栄光あるマケドニアの騎士として堂々と正面から戦わせてください」

「成る程、今回の一戦、ご不満ですか」

「ええ」

 

首肯してミネルバはその意を表した。

 

「お気持ちはごもっとも。しかし王女、貴方のマケドニア軍はオレルアンで多くの兵を失った。お忘れではあるまい?」

「それは…」

 

ミネルバが唇を噛む。反論したいが事実である以上、何も言えないのだ。それをわかった上で、ハーマインは更に言葉を続けた。

 

「体勢を立て直すにはこの城で時間を稼ぐしかないのだ。私は陛下直々のお声がかりでここへ送り込まれてきた。色々と思うところはあろうが、その私が決めたことだ。ここは大人しく従って頂きたい」

「……」

 

ハーマインの言ってることはわかる。わかるのだが、それでも納得できるかと言えばそんなことはなく、ミネルバは不満を隠せなかった。そのため、それがわかったハーマインも殺し文句を出さざるを得なかった。

 

「だが、どうしても貴方が我ら帝国のやり方に従えないと言うなら、人質となっているマリア王女の身の安全は保障できないが、それでもいいのか?」

(! 下卑た真似を!)

 

人質になっている妹のことを強制的に思い出させられ、ミネルバは全身がカッと熱くなった。とは言え、ここで暴挙に出ても問題は解決しない。どころか、ますます悪化するだけである。故に、ミネルバは内心の怒りや不満を押し殺してハーマインに従う以外の道はなかった。

 

「…わかりました、貴方の指示に従いましょう。だが、こんなやり方でアリティアの騎士団が倒せるとは思えない。いずれきっと後悔なさる時が来るでしょう」

 

予言めいた言葉をハーマインに言い残すと、ミネルバは身を翻してその場を去った。そして、己の持ち場に戻る。

 

「ミネルバ様」

 

そこには、彼女の腹心の部下たちが主の帰りを待っていた。

 

「パオラ、カチュア、エスト、出ます」

『はい!』

 

号令と共に彼女たちは大空へと舞い上がったのだった。

 

 

 

 

 

「随分と頑張っているようだな」

 

後陣で前線の戦況を見ながらガレスはぼんやりと呟いた。後陣に置かれていることが指し示すように、今回ガレスは待機の身である。地形が隘路ということもあって、機動力に優れた騎兵や飛兵が今回の主力だった。そのためガレスはお留守番である。

 

(何か別の思惑があるのかもしれんが…)

 

そう思ってしまうのは考え過ぎだろうか。アテナというそれなりの理解者ができたとはいえ、その数はまだアテナたった一人。それ以外のほぼ全ての人間は敵愾心…とまではいかないものの、警戒心や恐怖心といったものを持っているはずなので、そう考えてしまうのも無理からぬところである。

 

(まあ、邪推か思惑通りかは確かめようがないがな。せっかくだし、のんびりさせてもらうか)

 

考えてみれば、オレルアンではずっと働き詰めだったのだ。それを思えば少しぐらいのんびりしたところで文句はあるまい。ガレスはそう考えると、天幕に戻って昼寝でもしようかとその身を翻した。が、

 

(ん?)

 

直後、動きが止まる。そして再び身を翻すと、遠くの戦場へと視線を向けた。

 

(今のは…)

 

 

 

「王子、村への進路を確保しました!」

「わかった、カイン」

 

伝令役として戻ってきたカインに答えると、マルスが剣を抜いた。

 

「アリティア軍は引き続き砦への進路の確保を! オレルアン騎士団には僕と共に村へと向かってもらう!」

「承知した!」

 

マルスの命令にハーディンが答え、配下の騎士たちに命じるべくその場を離れた。ハーディンの後ろ姿を見送ると、マルスはカインへと振り返る。側にはいつの間に合流したのか、僚友のアベルの姿もあった。

 

「カイン、アベル、そういうことだ。僕はこれから村の解放へと向かう。その間に君たちは、砦への進路の確保を」

「承知しました」

「王子、お気を付けて」

「ありがとう。皆も気を付けて」

『はい!』

 

カインとアベルのみならず、その場いる解放軍の面々が力強く頷いたのを心強く思いながらマルスは村の解放へと向かった。

 

「さてっと…」

 

マルスを見送ったカインが馬首を返して進路に視線を向ける。

 

「…全く、見れば見るほど厭らしい地形だな」

「ああ」

 

隣に肩を並べるアベルも頷いた。

 

「狭い隘路じゃ大群で攻めるわけにはいかず、攻めるに難く護るに易いか」

「だからこそ、ここに砦を築いて防衛線を設けているんでしょうね」

 

二人の横に並んだマリクが会話に参加する。

 

「そうですね」

 

ゴードンも加わって厳しい視線を前方に向けた。

 

「重装兵を前面に押し出して少しずつ進軍していくか」

「あるいは機動力のある騎兵で一気に叩くか」

「その二択で、王子は今回は後者を選択したというわけか」

「それは仕方ないだろう」

 

今度はオグマである。

 

「こちらは兵力的にはまだ劣勢なのだ。時間をかければかけるほど不利になる。それに、オレルアンで加えた兵たちは皆騎士だ。騎士の頭数が多い現状ではそうなるというものだ」

「そうだな。それに、あまり日数もかけていられん。長引けば向こうは援軍も来るだろう。だが、こちらには援軍はない。消耗戦になれば、ジリ貧になるだけだ」

 

ナバールの指摘である。流石に幾多の戦場を潜り抜けているだけあって、的確な観察眼であった。

 

「…っと」

 

カインが何かを捉える。

 

「どうした?」

「見ろ」

 

アベルの問いかけに、カインが空を指さした。見上げると、そこにはこちらに向かってくる敵兵の影があった。

 

「新手のお出ましだ」

「今度は飛兵ですか。だったら、僕の出番ですね」

 

マリクが前に出ようとするが、

 

「待て」

 

その足を、オグマが止めた。

 

「? オグマさん?」

「良く見ろ、マリク。あれはドラゴンじゃない、ペガサスだ」

 

そう言われて再びマリクが目を凝らすと、確かにその敵影はドラゴンナイトではなくペガサスナイトだった。

 

「ペガサスならお前の魔法よりは…」

「ああ、ゴードン」

「ええ」

 

マリクと入れ替わるようにゴードンが前に出てくる。そして、矢を番えて弓を引くとその矢を放った。弓矢の餌食となったペガサスナイトはそのまま落下していく。

 

「よし!」

 

落下していく敵兵の姿に、ゴードンが軽くグッとガッツポーズをした。

 

「お見事」

「へへ…」

 

マリクの称賛にゴードンは鼻の頭を擦って恥ずかしそうにはにかんだ。

 

「気を抜くなよ、これで終わりじゃない。来るぞ!」

 

カインの叱責に二人が気を引き締めて首を返す。そこには、二騎のドラゴンナイトと同じく二騎のペガサスナイトが突っ込んでくる光景が迫っていた。そして、そのうちのドラゴンナイト二騎とペガサスナイト一騎が別行動をとって側面から攻めかかろうとしていた。

 

「今度はドラゴンか」

「行くぞ、オグマ」

「ああ」

「では、僕も。ドラゴンナイトならば私の魔法攻撃も有効でしょう」

 

オグマ、ナバール、マリクの三人が竜騎士の迎撃へと向かった。

 

「カシム、念のためにあの三人の援護を頼む」

「了解」

 

指示を出したアベルにサムズアップすると、カシムもオグマたちに合流した。

 

「さて、残るはあのペガサスナイトだな…」

 

カインが一騎だけ残ってその場に滞空しているペガサスナイトを睨み付ける。

 

「? 妙だな?」

 

そして、その姿に眉根を潜めた。

 

「気付いたか、カイン」

「ああ」

 

アベルの問いかけにカインが頷く。

 

「どうかしたんですか?」

 

オグマたちの代わりに合流してきたノルンがアベルに尋ねた。

 

「あのペガサスナイト、こっちを攻めてくる様子がない」

「え?」

 

アベルの説明にノルンが件のペガサスナイトを観察する。すると確かに、こちらに攻めてくる様子は見受けられなかった。フワフワと空中を回遊…待機しているだけである。

 

「こちらに弓兵がいるのに気づいたから、警戒しているんじゃないですか?」

 

ノルンが疑問を口にした。

 

「それなら、尚更おかしい。だったら、さっきのドラゴンナイトたちと連携を組んで攻めてくるはずだ。なのに、単騎で上空に待機しているだけだ。こちらを攻めてくる素振りもない」

「ああ、どう考えてもおかしい」

 

アベルも難しい顔になる。だが、

 

「大丈夫ですよ」

 

破顔したのはゴードンだった。そして、カインたちの前に進み出る。

 

「ペガサスナイトには変わりないんです。当てさえすれば…」

 

そして、弓に矢を番えて上空のペガサスナイトに狙いを定める。

 

「待て、ゴードン!」

「迂闊な行動をとるな!」

 

カインとアベルが慌てて制するものの、ゴードンは聞き入れない。それは、先ほど一騎仕留めたことに加えて、飛兵が弓に絶対的優位にあるからである。飛兵に対する弓兵の有利は確かに正しい判断だが、先ほど一騎を仕留めていることに対しての驕りもあった。そして、その驕りを見逃してくれるほど、戦場は優しい場所ではないのだ。

 

「喰らえ!」

 

ゴードンが矢を放とうとするまさにその瞬間、ペガサスナイトが少し横に身体を動かした。その瞬間、ゴードンは太陽を直視することになってしまった。

 

「うっ!」

 

眩しさに思わず目が眩んでしまい、それとほぼ同時に矢を放ったため狙いは大きくそれた。そしてゴードンは一時的に視界不良になってしまう。それを見計らったかのように、ペガサスナイトの背後から手槍が投擲される。その手槍は、鋭い素早さと強さを乗せて一直線にゴードンへと向かっていた。

 

『ゴードン!』

「ゴードンさん!」

 

カイン、アベル、ノルンが悲鳴を上げる。だが、未だ視界不良なゴードンには何が起こっているのか、そしてこれから何が起ころうとしているのかわからない。だが、三人の声色から災いが自分の身に降りかかろうとしているのはわかった。そして今のゴードンには、それを対処することはできない。

こうしてゴードンは、戦場で緩みを見せたツケを己の生命で払うことになった…はずだった。だが、

 

「う、うわっ!」

 

手槍がゴードンの生命を刈り取るほんの一瞬前、ゴードンは急にとてつもなく強い力で後方に引っ張られた。そして一瞬でぶん投げられ、地面にその身をしこたま打ち付けることになる。

 

「痛ててて…」

「ゴードンさん!」

「おい大丈夫か、ゴードン!」

 

ノルンとカインが慌ててゴードンの許に駆け寄った。対照的にアベルは

 

「お前…」

 

眼前の光景に唖然とする。

 

「いつの間に…」

「フン」

 

鬱陶しそうに、或いは小馬鹿にしたように鼻を鳴らしたのは、今回は待機を命じられたはずのガレスだった。

 

「…今回は待機だったはず。何故出てきた」

 

アベルが眼差しを鋭くしてガレスに問いかける。が、ガレスは答えようとはせずにそのまま視線をゴードンへと定めた。

 

「一体何が…」

「大丈夫ですか、ゴードンさん?」

「うん、ありがとう」

 

痛む身体を擦りながら、ゴードンがノルンに肩を貸してもらって立ち上がる。

 

「フン、大げさに痛がるな」

「え?」

 

顔を起こす。ようやく視力の戻ってきたその目に飛び込んできたのは、自分に顔を向けているガレスの姿だった。

 

「っ!」

 

その姿に、ゴードンは思わず硬直してしまう。が、

 

「た、助けてくれたんですか? ゴードンさんを」

 

それとは対照的にノルンが恐る恐るながらもガレスに尋ねた。

 

「ああ」

 

その答えに、ゴードンが今度は毒気を抜かれたようにえ…? と、ビックリしたような顔をした。

 

「傷があるならさっさと下がれ。ないならそこで好きなようにしてろ」

「え…あ…」

 

何と答えていいのかわからず、思わずゴードンは肩を貸してくれているノルンの顔を見た。だがノルンもどうしていいのかわからないのは同じため、返答など返せるわけもなく困った顔をするほかはなかった。と、

 

「おい!」

 

痺れを切らしたのか、アベルがガレスに半ば怒鳴りかけた。その剣幕に、思わずゴードンとノルンがビクッと身を竦ませる。その頃にはカインもアベルに合流しており、同じように厳しい視線でガレスを睨み付けていたのだった。

 

「フン…」

 

だがガレスはいつものようにつまらなそうに鼻を鳴らすと、自身の得物…暗黒の両刃の斧であるサタンブローバ―を肩に担いで少し前に進み出た。

 

「死の匂いがしたんでな…」

 

そして、そう答える。

 

「何?」

「死の匂いだと?」

 

アベルとカインがガレスのその返答に怪訝そうな表情になった。

 

「ああ」

 

だがガレスは委細構わず話を続ける。

 

「まあ、それが見事に当たってたわけだがな」

 

そして地面に突き刺さっている手槍と、先ほど自身が後ろに投げ飛ばしたゴードンを交互に指差した。

 

「あ…」

 

ガレスの助けがなければ自身が手槍に貫かれていたことがようやくわかり、ゴードンをはじめとしてその場にいる全員が神妙な顔をした。だが、ガレスはいつものように何一つ気にせず、その手槍の射出許へと視線を向ける。そこには、いつの間に増えたのか三騎のペガサスナイトと、それを従えるかのような一騎のドラゴンナイトの姿に変わっていた。

 

「どうやらあの女らしいな…」

 

ガレスはその中に一騎だけいるドラゴンナイトに視線を固定するとそう呟いた。

 

「! あれは!」

 

その騎士たち…正確に言えば、ガレスの指摘したドラゴンナイトの姿にカインが言葉を詰まらせた。アベルもじんわりと全身から汗を滲ませ、緊張感を露わにする。

 

「赤い竜騎士…」

「ああ、間違いない。マケドニアのミネルバ王女だ」

 

視線の先で自分たちを見下ろしているミネルバの姿に、カインとアベルは急速に咽喉を枯らしてゴクリと唾を飲み込んだのだった。

 

 

 

「ミネルバ様」

 

同時刻、解放軍の上空にて。囮役となっていたペガサスナイト…パオラが主人の許へとペガサスを滑らせた。

 

「ご苦労様でした、パオラ」

 

任務を果たした部下に、ミネルバが労いの言葉を掛ける。

 

「残念ながら不意打ちは成功しませんでしたね」

 

部下の一人、カチュアがその言葉通り残念そうに呟いた。

 

「…ええ、あの重騎士に邪魔されたわ」

 

ミネルバが返答するも、彼女は本当に残念には思っていなかった。この戦いでの方針とは言え、こんなやり方で戦うのはミネルバにとっては本意ではない。とは言え、妹のマリアのことを考えれば従わざるを得ない。不本意な戦いと、妹の身の安全を天秤にかけた心理状態では剣先も鈍るのは当然のことだった。

とは言え、不本意ながらも出陣した以上は何らかの戦果を挙げたいが、こんな戦いで挙げた戦果に何の意味があるとミネルバの心は乱れていた。だから、ゴードンを倒せなかったのは実のところ痛し痒しというところだったのである。と、その重騎士…ガレスが少し前に進み出てきた。そして、己の得物である巨大な斧…サタンブローバ―の穂先をゆっくりとミネルバたちに向けた。

 

「うわ~、何あの真っ黒。こわ~い」

 

その姿に感じたのは恐怖か嫌悪感か。そのどちらかはわからないが、今この場に率いている直属の部下の最後の一人、エストが顔を引き攣らせながら少し下がった。

 

「ちょっとエスト、もうちょっと緊張感持ちなさいって」

 

ある意味普段と変わらないエストの姿をカチュアが窘める。

 

「だってさー、姉様」

「だってじゃないでしょう?」

「はいはい、二人ともそこまでにしなさい」

 

まったりしかけた空気を引き締めるかのようにパオラが口を挟んだ。姉に注意され、妹二人はバツが悪い表情になって俯いたり苦笑いを浮かべる。

 

「ミネルバ様、如何なさいますか?」

 

カチュアとエストが大人しくなったのを見計らってパオラが主君の意見を伺った。

 

「そうね…」

 

顎に手を当て、ミネルバが次の一手を考える。と、何処からかいきなり彼女の身体を包むように、そして纏わりつくように黒い靄のような霧のような物体が現れた。

 

「な、何!?」

 

想定外の状況にミネルバが驚きながらそれを振り払おうと身体を左右に捩る。だが、その黒い何かは剥ぎ取れない。そして次の瞬間、ミネルバは己の全身から急激に力が抜けるのを感じた。

 

「! くっ!」

 

バランスを崩して自分の飛竜からも落ちかねなかったが、何とか力を振り絞ってそれは防いだ。だが、そうしている間にも全身から力が抜け、そして、

 

(い、意識が…)

 

急激に意識が遠くなっているのを感じていた。

 

「ミネルバ様!」

 

慌ててパオラが脇からミネルバを支える。

 

「ミネルバ様!」

「ミネルバ様!」

 

カチュア、エストの二人も急いでミネルバの許に向かおうとする。が、その直後、

 

「!」

 

何とも言えぬ嫌な気配をカチュアが感じた。そして思わず、エストのペガサスの手綱を取る。瞬間、

 

「エスト!」

 

思いっきり、それを引っ張った。

 

「うわっ!」

 

自然、ペガサスは引っ張られることになって止まった。そして、いきなりのことにバランスを崩したエストは愛馬の背から落ちそうになった。

 

「あいたた…もう、何するの姉」

 

不満気な表情でカチュアを恨めしく睨んだ直後、エストの後方で強烈な風圧が吹き上がった。

 

「な、何!?」

 

何が起こったのか、慌てて振り返るエスト。だが、

 

「動いちゃダメ!」

 

未だにエストの天馬の手綱を握っているカチュアが鋭く静止する。その迫力に何も言えず、エストはその場から動けなかった。と、もの凄い速さで何かが天から降ってきてそのまま落下していく。その縦軸は、エストがそのまま進んでいれば丁度彼女と接触する場所だった。そしてすぐに、何か相当な重量物が落下した音が周囲に響き渡る。

 

『……』

 

固唾を飲みながら見下ろすペガサス三姉妹。やがて、土煙が晴れたその場に現れたのはガレスの姿だった。

そしてガレスは先ほど投げた物…自らの得物であるサタンブローバ―を再びその手に持つと、先ほどと同じようにその穂先をゆっくりとミネルバたちへと向けたのだった。

 

「ヒッ!」

 

その姿に先ほどまでの軽口はどこへやら、エストが恐怖に顔を引き攣らせながら慄いた。カチュアも脂汗を滲ませながら小刻みに震えている。

 

(何とかしないと…)

 

一人、現状のこの中では唯一冷静なパオラが次の手を打つべく頭を回転させた。そして、

 

「二人とも、撤退します!」

 

そう、妹たちに指示を出した。

 

「エスト、私の逆側からミネルバ様を支えて! カチュア、殿をお願い!」

「う、うん!」

「わかりました!」

 

流石に血を分けた姉妹だけあって、行動が決まると阿吽の呼吸で動き出す。そして、物の見事に戦闘空域を脱出したのだった。

 

 

 

 

 

「大したものだ…」

 

どんどん小さくなっていくミネルバたちの後ろ姿を目で追いながら、ガレスは思わず呟いた。

 

「見事な状況判断だな。クク…しかし、惜しかった」

 

そして、何時ものように聞いた者が凍り付くような静かな笑い声を上げた。

 

「邪魔をしなければあのピンクの髪の小娘、ペガサスごと真っ二つになっていたものを。あの青い髪の小娘、いい勘と反射神経をしている」

 

そして、ガレスは続けざまに楽しそうに笑ったのだった。そんな中、

 

「お、お前…」

 

呆然とした表情でカインが口を開いた。

 

「今、一体何を…」

 

アベルも理解できないという表情で呟く。それはゴードンやノルンも同じだった。が、

 

「フン…」

 

素直に話すはずもなく、ガレスはつまらなそうに面倒くさそうに鼻を鳴らしたのだった。ガレスが何をしたのか、それは少し時間を巻き戻すことになる。

 

 

 

ゴードンを手槍の危機から救ってミネルバたちにサタンブローバ―の穂先を向けた後、ガレスはそれをすぐに収めた。そして、精神を落ち着かせて集中し始め、

 

「ナイトメア」

 

そう紡ぐと、軽くジャンプしてサタンブローバ―を下から降り上げた。その直後である、ミネルバの身体をあの黒い靄とも霧ともいえない物体が包んだのは。そしてをそれを確認した後、ガレスは振りかぶると己の膂力を最大限まで発揮してエストの生命を刈り取るためにサタンブローバ―を投擲したのだった。

本来は投擲武器ではないためブーメランのように手元に戻ってくることはないのだが、投げた先が上空のため引力に引かれて落下してくる。そのため、多少のズレはあっても自分の近くに落下してくることがわかっていたのでこのような真似をしたのだった。

これが、あの時の顛末である。

 

 

 

(クク…やはり使えたか)

 

サタンブローバ―を回収したガレスが満足そうにフルヘルムの下で笑っていた。オレルアンでニーナを助けるときに暗黒道の副産物である分身能力も使えたために、もう一つの副産物である暗黒魔法も使えると思っていたが、その読みはズバリ当たっていたことにガレスは非常に満足していた。

先ほど使用したのはナイトメアであってガレスの得意とする暗黒魔法とは違うが、それでも実際に使用できるということがわかったのは収穫である。

 

(まあ、分身を造れた時点で恐らくこうなることは予想出来ていたが、それでも実際に試してみないことにはわからんからな。…ククク、だがこれで暗黒魔法も使えることがハッキリした)

「面白くなりそうだ…」

 

小声でそうガレスが呟いた直後だった。

 

「ほぉ…」

 

先ほどまでここにはいなかったある男の声が聞こえ、そして、ガレスの首筋に剣が当てられたのは。

 

「何のことか説明してもらおうか?」

「貴様…」

 

自分の後ろから聞こえてきた声にガレスがゆっくりと首だけ振り返る。そこにいたのは予想通りの人物だった。

 

「何時の間に…」

「フン」

 

ガレスをバカにしたように鼻を鳴らすその人物。

 

『ハーディン公!』

 

カインとアベルをはじめ、その場にいたアリティア宮廷騎士団の面々や、ドラゴンナイト討伐から戻ってきたオグマたちもその名を叫んだのだった。

 

「今回、貴様は出撃の一員ではなかったはず。何故ここにいる」

「それが貴様に関係あるのか?」

「当然だ。軍律を乱すような真似を犯す輩を捨ておくわけにはいかぬ」

「クク…成る程な」

 

火花を散らして睨み合いながらガレスとハーディンが対峙する。もっとも、ガレスはハーディンに背を向けたままの状態ではあるのだが。

 

「答えろ」

 

感情の一切籠ってない声でハーディンが詰問する。だが、ガレスは何時ものように取り乱した様子もなく、微動だにしない。

 

「嫌だと言ったら?」

 

そして、挑発するかのようにそう答えたのだった。

 

「ほぉ…」

 

ハーディンがその挑発に乗ったかのように薄く微笑み、ガレスの首筋に中ててある剣に少し力を込めた。周囲は二人を止めることもできず、ある者はハラハラしながら、ある者は面白そうに唇の端を上げながらその様子を見ている。と、

 

「待ってくれ!」

 

そこに割って入ったのはマルスだった。

 

「マルス王子か」

 

ハーディンが横目でチラッとマルスの姿を確認した。

 

「ハーディン、この一件は僕に預からせてくれないか?」

「…何故だ?」

 

ハーディンがガレスの首筋に剣を当てたままマルスに振り返ってそう尋ねた。このような状況下で対象から目を放すのは決して利口なことではない。だが、逃がさないという自信があるのか、逃げないという自負があるのかはわからないが、ハーディンはガレスから視線を外してマルスに振り返ったのである。

 

「僕の部下たちから事情を聞いたんだ。彼は僕の部下の一人を助けるために今回勝手をしたらしい」

「何だと!?」

 

マルスの言葉に驚きを隠せないハーディン。それは、何時ものようにハーディンの側に控えている直属のオレルアンの騎士たちも同じであった。

 

(この男が…人助けだと!?)

 

驚愕の想いを抱いたままハーディンがガレスに振り返る。いつもと全く変わりのない様子のガレスの姿からは、人助けなどということには一番縁遠い存在に見えたからだ。

 

(いや…だが…)

 

振り返る。認めたくないことだが、そもそもオレルアンでマケドニアの残兵に拐されそうだったニーナを救ったのが誰だったかということを。それは、認めたくないことだが目の前にいるこの漆黒の男に違いなかった。それを考えれば、今マルスが言ったこともあり得るとは思う。

 

(しかし…)

 

偏見と言ってしまえばそれまでだが、それでもハーディンはガレスが人助けするようには思えなかった。と、

 

「ほ、本当です!」

 

その逡巡を断ち切るかのように誰かの声がハーディンの耳を打つ。声のした方向に振り返ると、少女の兵士に肩を貸してもらって立っている。少年兵の姿があった。

 

「お前は…」

 

その姿は確かに戦場で数度目にしたことがあった。確か、名前は…

 

「ゴードンと申します。以後、お見知りおきを」

 

少女の兵士、ノルンから離れるとゴードンは礼を失せないように頭を下げた。

 

「この男に救われたというのは、お前か?」

「はい」

 

ハーディンの問いかけにゴードンが頷いて答えた。

 

「手荒な方法でしたけど、助けられたのは間違いありません。もし彼が…が、ガレスさんが出てきてくれなかったら、僕は死んでいたかもしれません」

「む…」

 

真剣な面持ちでそう訴えられ、ハーディンは言葉に詰まってしまった。そこに、

 

「僕からも重ねて頼む」

 

マルスも口を挟む。

 

「……」

 

二人に真剣な表情で頼まれ、ハーディンは渋面を作って黙り込んでしまった。この不穏分子の処理をするには格好の口実ができたからだ。とは言え、事情が事情であれば厳罰をもって処するというわけにもいかない。

少しの間悩んでいたハーディンだったが、少し経ってガレスの首筋から剣を引いた。

 

「…いいだろう」

 

そして、剣を鞘に収める。その行動に、オレルアン騎士団を除く周囲の面々はホッとした表情になった。

 

「マルス王子、指揮官は貴方だ。貴方に従おう」

「すまない」

「だが先ほど言ったように、この男が軍律を破ったのは事実。無罪放免というわけにはいかんぞ」

「わかっている。…ガレス」

 

マルスが一歩前に進み出るとガレスの名を呼んだ。

 

「何だ?」

 

ガレスがそれに相対するように振り返る。相変わらずの全身から醸し出す威圧感に内心では冷や汗を掻くマルスだが、表面上はそんなことは億尾にも出さずにガレスに命令した。

 

「しばらく謹慎を命じる。解除するまで勝手な行動は許さない。見張りもつけさせてもらう」

「…まあ、いいだろう」

 

ガレスがすんなりとマルスの命令に応じたことに驚きつつも、それ以上にホッとした表情をここにいるほぼすべての人間が浮かべた。

 

(わかりやすい連中だ)

 

フルヘルムの下で何時ものようにクククと笑いながら、ガレスはサタンブローバ―を担ぐとゆっくりと後方へ戻っていった。その途上、

 

「あ、あの…」

 

思いもよらず横から声をかけられる。振り返ると、そこにはまだ警戒心や恐怖心を抱いているゴードンの姿があった。

 

「何だ?」

 

立ち止まると、ガレスが尋ねる。ゴードンは一瞬ビクッと身体を震わせたが、

 

「その…あ、ありがとうございました」

 

ペコリとお辞儀をしたのだった。

 

「戦場に立っているのなら、最低限自分の身ぐらい自分で守れ。半人前扱いされたくなかったらな」

「あ、は、はい」

 

何を言われるか、あるいは問答無用で手を出されるかと内心でビクビクしていたゴードンだったが、予想外の言葉に驚きつつも再び頭を下げた。そして再び歩き出したガレスに、

 

「お主…」

 

話し掛ける者がもう一人いた。

 

「ん?」

 

ガレスが再び声のした方に首を向ける。そこには、見たこともない老人の姿があった。

 

(何だ? このジジイは?)

 

これまで見たこともないその姿にガレスは内心で首を傾げる。と同時に、その雰囲気から只者ではないことも悟っていた。

 

(…何者だ? このジジイ?)

 

見た感じ、リフやウェンデルのような只の老人に見える。だがガレスは肌で感じていた。目の前の老人が只の人間ではないことを。

 

「…何だ?」

 

足を止め、奇怪に思いながらガレスが尋ねる。

 

「いや…」

 

だが返ってきたのは、その一言だけだった。

 

「…そうか」

 

そしてガレスもそれ以上何も言わず、そのまま後方へと戻っていったのだった。双方に、只の人間じゃないという思いを抱かせながら。

 

 

 

 

 

「ミネルバ様、大丈夫ですか?」

 

一方、戦闘空域から離脱したミネルバたち四人。パオラが片側からミネルバを支えながら心配そうに尋ねた。

 

「ええ、もう大丈夫よ。ありがとう、パオラ」

 

まだ些か本調子というわけにはいかないのだろうが、それでも先ほどよりは随分とマシになったためにミネルバも体勢を立て直すとそう答えた。

 

「そうですか、良かったです」

 

その様子にパオラがホッとしてミネルバから少し離れた。

 

「カチュア、追手は?」

 

そのまま、後方のカチュアに尋ねる。

 

「大丈夫、追ってきている様子はないわ。もっとも、向こうは飛兵の姿がほとんどなかったから当然かもしれないけど」

「そう」

 

一先ず安心といったところだろうか、パオラが重ねて安堵の息を漏らす。カチュアもエストの横に並んで馬首を揃えた。

 

「それにしてもミネルバ様、一体どうなされたんです?」

 

カチュアが尋ねる。だがミネルバは首を横に振るだけだった。

 

「わからないの。あの黒い霧のようなものに包まれた直後、急激に身体から力が抜けて、意識が遠くなったの」

「では、原因はあの黒い霧…」

 

パオラが表情を厳しくしてそう呟く。

 

「そうでしょうね。問題は何故あんなものがいきなり現れたか…だけど」

「あの男…でしょうね」

「ええ」

「そうね」

 

カチュアの呟きにミネルバとパオラが頷いた。三人の脳裏に浮かんだのは当然の如くガレスの姿だった。そして、その言葉を聞いた瞬間、エストがビクッと身体を震わせた。

 

「エスト?」

 

最初にそれに気付いたのはカチュアだった。いつもはうるさいぐらいに元気な末妹が、ここまで一言も発言していないことに気付いたのだ。ミネルバとパオラもエストに視線を向けると、エストは俯いたまま手綱をギュッと握りしめていた。

 

「ちょっと、エスト?」

「どうしたのです? エスト」

 

ミネルバとパオラもエストの様子がおかしいことに気が付いて声をかける。と、エストはいきなりカチュアに抱き着いた。

 

「ちょっと、どうし…」

 

突然のことに戸惑ったカチュアが訳を聞こうとしたところで口篭もった。何故なら顔を伏せたままのエストは小刻みに震えていたからだ。歯の根も合わないのだろうか、ガチガチという微かな音も聞こえてくる。

 

「エスト、貴方…」

 

どう声をかけたらいいのかわからずに、カチュアはそれ以上二の句が継げなかった。と、

 

「こ、怖い…」

 

顔を伏せたままだが、ようやくエストが口を開いた。

 

「え?」

「こ、怖い、怖いよぅ、姉様…」

 

そこでようやくエストが顔を上げた。まるで子供の頃に戻ってしまったかのようにエストは大泣きしていた。

 

「エスト…」

「何!? 何なのあいつ!? あ、あんな怖い奴始めて…」

 

そこでガレスのことをより克明に思い出してしまったのだろうか、エストが再び身体を震わせた。

 

「ヒッ!」

 

そして、ひきつけを起こしたかのようにガタガタと震えだしてしまう。その間も、エストが泣き止むことはなかった。

 

「エスト…」

 

カチュアがエストを包み込むように優しく抱きしめる。

 

「大丈夫よ。もう大丈夫だから」

「うん…うん…」

 

カチュアの胸の中でしきりに頷きつつもエストはすぐに離れることができなかった。それだけエストには恐ろしい体験だったのだ。そしてその姿に、ミネルバとパオラも何も言えなかった。顔を見合わせて心配そうな表情を浮かべるだけしかできなかったのだ。

 

「これからですが、どうなさいますかミネルバ様?」

「そうですね」

 

取り敢えずエストはそっとしておくことにして今後の方針をパオラが尋ねる。ミネルバは少し考えていたが、答えはすぐに出た。

 

「とりあえずは王の指示を待つしかないでしょうが、不可抗力とはいえ私は前線を放棄した身。しばらくは謹慎を言い渡されるでしょう。その間に、貴方たちにはやってもらいたいことがあります」

「何なりと」

「ありがとう。まずは、ディールへと飛びなさい」

「ディールですか?」

「ええ。マリアの様子を確認してきてほしいの。無事ならいいのだけれど、そうでなかったら何としても止めて頂戴。その間に連絡をくれれば、軍法に背くことは承知で私も向かいます」

「! そんな、ミネルバ様!」

 

その発言に、カチュアが驚いて絶句した。パオラと、ようやく泣き止んだエストも驚いて固まっている。

 

「よいのです。戦場で散るかもしれないこの生命。ならばせめてマリアだけでも…。いいですね、これは命令です」

「…承知しました」

 

パオラが苦渋の表情で返答した。臣下としては止めなければならないが、同じように妹を持つ姉の身としては痛いほどミネルバの気持ちがわかるのだ。

 

「ありがとう。それでマリアの無事が確認できた場合、その後のことなのですが…」

 

上空での密談はそれからも少しの間続いたのだった。

 

 

 

 

 

その後、レフカンディでの戦いはミネルバが退却したこともあって解放軍の勝利で幕を閉じた。そして、本来辿るべき歴史では有り得ないここでのガレスと彼女たちの出逢いが後にどういった影響を及ぼすのか、今はまだ誰も知る由はなかったのだった。

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