act01
3月31日 トリスタ駅
ライノの花が舞う街の中緑や白の制服を着た少年少女たちが行き来するのがよく見える。彼らが着ているのはここ、トリスタにあるかの有名なドライケルス大帝が創設したとされている軍学校『トールズ士官学院』の制服である。白色は貴族、緑色は平民と制服の色で区別されているのだ。
そんな中、一つの異色の色…『赤色』の制服を纏った生徒たちが数名見受けれる。作りはトールズ士官学院と同じものであることから、士官学院の生徒なのだろうが、如何せん誰も赤色の制服があるなんて聞いたことがなかった。勿論、この街に住んでいる人々も今日以外に今まで見たことが無いようで、好奇の視線で赤の制服を纏った少年少女を見ている。
そして、同じく異色の赤の制服を纏った藍色の髪の少年―――『クリア=ヴィルヘイム』も好奇の視線にさらさられていた。
「……なんか異様に見られてんなー。別に気にはならないけど」
街の人々や他の平民や貴族の生徒が送る好奇の視線を気にした様子もなく、トールズ士官学院がある方へと歩いているのだが、彼が目立っているのはその異色の赤色の制服だけ、と言う訳ではない。
彼が肩にかけて背負っている物々しいトランクも彼を目立たせている要因の一つだろう。身の丈の半分くらい位の大きさもある。そして何よりも目を引くのは赤い蠍のステッカーが貼ってあることだろう。
そんなトランクを持っているわけだから周りの赤色の制服を着ている生徒よりも目立っているわけだ。……本人はほとんど気にしていないが。
「だるくなってきたサボるか?…『とう。』ぐほぉ!? 」
トールズ士官学院に近づくにつれてそんなことを考えていると背後から気の抜けた声が聞こえたかと思うとクリアの背中に物凄い衝撃が走った。
「……フィー、てめぇ」
「や。」
ピクピクとこめかみを引きつらせながら後ろを見ると全く悪びれた様子もないクリアと同じく赤色のトールズ士官学院の制服を着た白髪の小柄な少女がいた。
彼女の名前は『フィー=クラウゼル』。クリアとは此処、士官学院に来る前に何度か会っており、一時期は、『ある人物』とともに行動したこともある。その『ある人物』とはクリアとフィーがこの士官学院に来ることになったきっかけを作った人でもある…らしい。
「背中に突撃したことはまぁ、百歩譲って許してやる。……けどな」
「? なに? 」
「なんで背中に乗ってんだよ! 重いだろうが!! 」
「疲れた。連れてって」
「俺はてめぇの乗り物か!? 」
背中に飛び乗ってさっさと行くように催促してくるフィーに最初はこめかみに青筋を浮かべて苛立っているようだったが、諦めたのか深いため息を吐くと両手を後ろに回してフィーの体を支えるようにし所謂おんぶの状態でフィーとともに学園に行くのだった。
◆
「―――最後に君達に一つの言葉を贈らせてもらおう。本学院が設立されたのはおよそ220年前のことである。創立者はかの”ドライケルス大帝”――――”獅子戦役”を終結させたエレボニア帝国、中興の祖である。―――即位から30年あまり。晩年の大帝は、帝都から程近いこの地に兵学や砲術を教える士官学院を開いた。近年、軍の機甲化と共に本学院の役割も大きく変わっており、軍以外の道に進む者も多くなったが……それでも、大帝が遺した”ある言葉”は今でも学院の理念として息づいておる。」
トールズ士官学院の講堂で学院長―――ヴァンダイクが壇上から生徒たちに語りかけるように話し出す。不思議と生徒たちがヴァンダイクの話を真摯に聞いている。「『若者よ―――世(よ)の礎(いしずえ)たれ。』”世”という言葉をどう捉えるのか。何をもって”礎”たる資格を持つのか。これから2年間で自分なりに考え、切磋琢磨する手がかりにして欲しい。―――ワシの方からは以上である。」
ヴァンダイクのその言葉で入学式は締めくくられ、各生徒たちは入学案内状に書かれた振り与えられたクラスのある教室へと向かっていく中、赤色の制服を着たクリアを含む生徒たちは戸惑っていた。
何故なら彼らの入学案内状にはあてがわれるクラスが書かれていなかったからだ。生徒たちも不審に思っているのか周りの生徒に聞いているそんな中、クリアはというと……
「……ぐぅ」
寝ていた。
「え、えーっと……起こさなくていいのかな? 」
「別にいいと思う」
「に、入学式で居眠りなんて常識知らずだな」
戸惑ったように茶色の髪の少年が起こさなくていいか聞くが、クリアの隣に座っているフィーが即答で起こさなくていいと告げる。メガネをかけた緑髪の少年に至っては呆れている。……が、本人は眠っているためいざ知らずの状態である。
「はいはーい! 赤い制服の子たちはちゅうもーく! って、既に赤色の制服の生徒たちだけみたいだけど」
赤い髪のとても教官とは思えなような服装をした女性がそう言って未だ講堂に残っている生徒たちの視線を集める。……クリアは寝たままだが。
「どうやらクラスがわからなくなって戸惑ってるみたいね。実は、ちょっと事情があってね。―――君達にはこれから『特別オリエンテーリング』に参加してもらいます。……って、アンタは何時まで寝てるつもりよ」
「だっ!? 」
寝ているクリアの頭を叩く女性教官。眠りが浅かった為か軽めの叩きで起きたクリア。周りの生徒たちは苦笑をしていたが、フィーだけは呆れたような表情をしていた。
「ったく、入学式で居眠りなんていいご身分ねクリア」
「やー、ちょうどいい気温だったからつい…」
「……はぁ。まぁ、いいわ。で特別オリエンテーリングの場所なんだけど少し歩くから付いてきなさい」
ナハハと頭を掻きながら苦笑するクリアにため息をついて呆れる女性教官だが、気を取り直して生徒たちを先導するように講堂の外に向かって歩き出す。
戸惑いながらではあるが、おずおずとついて行く生徒たち。その中で黒髪の少年と茶髪の少年は突っ立ったままだった。それに気づいたクリアは彼らの方に向かって近づいていき、
「よぅ、俺らも行こうぜ。さっさと行かねーと置いてかれんぜ」
「あ、ああ。行こうエリオット」
「う、うん……えっと、君の名前は? 」
エリオットと呼ばれた茶髪の少年にそう問われて気づいたかのように頬を掻いて苦笑をする。
「あー……言ってなかったな。クリア=ヴィルヘルム。クリアでいいぜ。宜しくなお二方」
「うん、よろしく。僕はエリオット=クレイグ」
「俺はリィン=シュヴァルツァーだ。よろしくなクリア」
互いに自己紹介をし終わったところで三人を残して既に女性教官と他の生徒達は講堂を出ており、クリアたち三人も慌てて後を追うことになるのだった。
◆
「んじゃ、改めて自己紹介からするわね。サラ=バレスタイン……貴方たち《Ⅶ組》の担任を勤めされてもらうわ」
全員が案内された旧校舎につくと、女性教官―――サラ=バレスタインはそう言いながら自己紹介をする…が、彼らはそれどころではなかった。なにせ自分たちが聞いたこともないクラスにあてがわれていたのだから。
「な、Ⅶ組? 」
「教官、確かトールズ士官学院にはⅤクラスまでしかないはずでは……」
「あら、流石主席入学。よく調べているじゃない。そのとおり、全5クラスがあって平民と貴族で区別されていたわ……あくまで去年まで、だけど」
メガネをかけた三つ編みの少女の問いかけに半ば感心しながら答える。緑髪の少年は彼女が主席入学だということに驚いており、他の《Ⅶ組》のメンバーも一目おいているようだった。
「…去年まで、と言うのはどういうことですか? 」
「今年から新しくひとつのクラスが立ち上げられたのよねー…それが、すなわち君たち―――身分に関係なく選ばれた特科クラス《Ⅶ組》よ」
「特科クラスⅦ組……」
「あの、教官本当に…身分に関係なく? 」
自分たちがそんなクラスに割り当てられていたとは知らず殆どの生徒が驚いている。クリアも予想がついていていなかったからか少し驚いているが、フィーに至っては興味がないのかあくびをしている。そんな中
「じ、冗談じゃない!! 身分に関係ない!? そんな話聞いていませんよ! 」
緑髪の少年が大声でそう叫ぶ。何事かと思い全員がそちらの方を向くと緑髪の少年は憤怒の表情を浮かべている。
「えーっと、たしか君は……」
「マキアス=レーグニッツです それよりもサラ教官! 自分は納得しかねます! まさか、貴族風情と一緒のクラスでやっていけって言うんですか!? 」
「そうは言ってもねぇ…同じ若者同士なんだからすぐ仲良くなれるでしょ? 」
「そ、そんなわけあるはずないでしょう! 貴族風情と同じクラスなど…ゴメンだ! 」
苦笑しながらなだめようとするサラだが、それも意味をなさずさらに緑髪の少年―――マキアス=レーグニッツはさらに怒りを増した様子で強く言う。
「……フン」
「何がおかしい」
「別に。……ただ、《平民風情》がよく吠えると思っただけだ」
「何? 」
金髪の少年の言い方が気に障ったのか、マキアスはさらに表情を険しくする。しかし、それを介した様子もなく金髪の少年はマキアスを見ている。
「…ちょっと、あんたたち」
「これはこれは、どうやら大貴族のご子息殿が紛れ込んでいたようだな。その尊大な態度……さぞ名のある家柄と見受けるが?」
「フン……ユーシス=アルバレア。まぁ、別に《貴族風情》の名前など覚えてもらわなくともいいが」
「! アルバレア……《四大名門》の一つじゃないか! 」
「東のクロイツェルン州を治めている《アルバレア公爵家》の…」
四大名門を知っている生徒たちは驚いた様子を隠すこともなく唖然としている。……クリアとフィーそれと、長身の男子生徒は頭の上に?を浮かべているが。
「大貴族中の大貴族ね……」
「噂は聞いたことがある……」
「だ、だからどうした! そんな大層な家名に退くと思ったら大間違いだぞ! 僕は絶対にッ」
「はい、そこまで! ……全く、話が進まないったらありゃしないじゃない」
パンパンと手を叩き、注目を集めるサラ。マキアスとユーシスは不服そうにしているが、確かにサラの言うことにも一理あるためか反抗はしない。
「ま、少し、トラブルがあって遅くなったけど今からオリエンテーリングはじめるわねー」
「あの、教官……その、オリエンテーリングと言うのは」
「そう言う野外競技があるというのは聞いたことがあるんですけど…」
どんなものかわからない事に困惑を隠せない生徒たちはその目に少し不安を宿している。……若干名を除き、ではあるのだが。そんな中、心当たりがあったのか黒髪の少年―――リィン=シュヴァルツァーは
「……もしかして、門のところで預けたものと何か関係が? 」
「あら、いいカンしてるわね。正解よ♪ 」
「あー……そういや預けたなぁ」
「イヤイヤ、忘れていたの!? 」
クリアの忘れていた発言に驚くエリオット。しかし、そんなことを他所にサラはⅦ組の面々から距離を取りそして……
「それじゃ、早速はじめるわね〜……ま、健闘を祈っておくわ」
ガコンッ
「! 」
そんな音を立ててクリアたちⅦ組の足元が大きく傾いたかと思うと、暗闇に誘い込まれるかのように滑り落ちていく他のⅦ組の面々。
クリアのとなりのリィンも最初は必死に食い下がっていたが、知り合いなのか金髪の少女が落ちていくのを見ると自らも暗闇の中へと飛び込んでいった。
そんな中、クリアは元々、履いているブーツにに仕込んでいたナイフを床の隙間に突き立てて落ちるのを食い止める。因みにフィーはワイヤーを天井の鉄柱に巻きつけて落ちるのを逃れていた。
「こらこら、あんたたち。落ちてかないとオリエンテーションにならないでしょうが」
「や、だって結構高さあるだろ? 痛いのはゴメンなんだよ」
「……めんどい」
「あのねぇ……」
素直に下に落ちようとしない二人に表情をヒクヒクと引きつらせて言うサラ。……これは良くないと思ったのか、クリアはため息を吐いて
「分かったよ。……はぁ」
「仕方ない」
「あんたたちが一番ままならないわねぇ。ま、大丈夫だと思うけど気をつけなさいよー」
その言葉を聞いたのを最後にクリアはフィーを伴って他の《Ⅶ組》のメンバーたちが落ちていった暗闇の中へと飛び込んでいくのだった。