内容は多角的にありえないです。
※Pixivからの転載(加筆修正)です。
「ちぇすとぉーーー!」
裂帛の気合とともに以蔵は異形の頭を叩き斬った。
残る敵の数は二。
未だ数の上では敵が優勢ではあるが、もはや仕上げの段階にあると以蔵は考えていた。
迫る二体の異形。以蔵はそれを迎え撃つべく、平素の構えである下段から脇構えに構え直し敵目掛けて駆け出した。
場所はキャメロット、無の大地。
異形とは言えど人型の括りに収まる敵が跋扈するこの地域に以蔵たちは訪れていた。
この地域へのレイシフトはこれが初ではない。過去にも幾度か来ていてはいたが、今回のレイシフトは些か勝手が違っていた。レイシフト自体に問題はないようだが、敵の数が以前よりも明らかに多かったのだ。
その対処と調査による連戦に次ぐ連戦。未だ五を超える数に同時にかかられてはいないが、来ないとも限らないだろうというのが以蔵の見解であった。
であれば、体力に陰りが見え始めてからでは遅い、と撤退を視野に入れた矢先に現れた異形。それを相手取っているのが今の現状である。
盾と槍を構え突進してくる異形。しかし、以蔵は刀を合わせるつもりは毛頭なかった。
刀を合わせた時点で短い時間ではあるがお互いに拘束される。以蔵一人であればそこからどうとでもなろうが、後ろに控えている少女がいるのならば話は違ってくる。もう片方がその短い時間の内にマスターとの距離を詰めることだけは阻止せねばならない。
盾で正面を守りつつ突き出された異形の槍を、以蔵は斜め下に沈み込むようにして躱し、低姿勢からの斬り上げで異形の脛を半ば馬の胴体ごと斬り落とした。
以蔵は斬り上げた剣を伸ばしきらずに刀の峰を身体に寄せ、刀を己に巻きつけるようにしてその場で回転する。それは、続くであろう無傷の異形からの槍を刀で弾きつつ、反撃である一文字の為の予備動作でもあった。
果たしてそれは以蔵の狙い通りとなった。
異形の槍は弾かれ、その後の以蔵の一文字は鮮やかに異形の脇腹を斬り裂いた。
以蔵は刀を手元に引くことで勢いを止めると共に突きへの予備動作とし、その構えから異形の心臓へと寸分違わず刀を突き入れた。血を吹き出しながら震える異形。しかし以蔵は刀を心臓に突き刺したまま捻る事によって異形の動きを完全に止める。
刀を引き抜き、残る手負いの異形にとどめを刺そうと以蔵が注意を向けた瞬間、以蔵は己の取った狙いが裏目だったことに気付かされた。
異形が少女に向かって走っていた。
脛を切断され、馬の胴体部分を斬られてもなお、異形はかろうじて走ることが出来たのだ。
「ちィッ!」
異形の速度が平素よりも格段に落ちているとは言え、既に距離を離されている。以蔵の見立てではあと少しの距離で異形の投槍の間合いに入ってしまう。
以蔵はこのまま走っては間に合わぬと判断し、走りながら左手で脇差を抜き、異形の頭に向けて投げた。脇差は寸分違わず異形の後頭部に突き刺さり、骨を突き砕いて貫通した。
以蔵は頭を貫かれて痙攣しながらもなお立っている異形に走りより、今度は背後から心臓目掛けて刀を突き入れて、逆風にて異形の心臓を骨ごと垂直に斬り上げた。血を噴水のように撒き散らしながら崩れ落ちる異形を蹴り飛ばし、以蔵は少女のもとへと駆け寄る。
「怪我はないがか!」
「う、うん。ギリギリセーフ!」
「……そうか」
駆け寄る以蔵に努めて明るく返す少女。しかし、それが虚勢であることは誰の目から見ても明白だった。
(くそっ、護衛をしゆうのに怖がらせてどうするがよ……)
以蔵は心の中で毒づいた。
生きていれば、結果良ければ、という気分には以蔵はなれなかった。
先の件は己のミス。異形の体力と四本脚という要素を軽く見ていたからこそ起こった事であると以蔵は自責の念にかられた。
カルデアに召喚された当初であれば思い浮かびもしない事ではあったが、今となっては不測の事態という言葉で片付けることはできない。
――否、片付けたくはなかった。
それほどの決意を持って以蔵はこの少女に告げたのだ。『おまんの敵はわしの敵じゃ』と。
無用な危険と恐怖を少女に与えた上に、更には逆に少女から気遣われるなどあってはならぬと以蔵は悔いた。
「ここらが潮時ぜよ、そろそろカルデアに戻る準備をしたほうがえいがやか?」
「そうだね。うん、わかった」
「わしは見張っちゅうき、早めにの――」
以蔵は言い終わる前に刀を構え直した。
チリッと脳裏を掠めた何かを以蔵は見逃さなかった。意識を闘争のそれに戻し集中する。すると先に異形の群れが迫っていることに以蔵は気づいた。
「なんじゃと……」
「以蔵さん?」
強化した眼で見えた敵の数は十。
どこから以蔵たちを察知したかは不明だが、明確な殺意を持って迫っている。
以蔵はそれを確認して瞬時にプランを練った。
この数相手では少女を守りながら対応出来るそれを上回っている。対応するには戦場をこの少女から多少なりとも離す必要がある。異形全員がこの少女の命を狙っていると仮定した場合、どう以蔵が相手取っても異形のうち漏らしが起こるからだ。異形を殺した後にうち漏らした者を追いかけてまた殺す。これを繰り返すしかないと以蔵は判断した。加えて、以蔵が相手の侵攻を阻止し時間を稼げば、少女はその間にカルデアへと帰還することも出来る。
これしかないと以蔵は判断した。
以蔵は己の命を度外視したプランを敢行すべく、敵陣に駆け込む構えを取った。
「えっ……以蔵さん、あれ」
「おまんは準備を続けえ」
とうとう少女にもかろうじて目視できる距離になった。
疑問に対する以蔵の返答を聞き、少女はそれ以上言葉を返さなかった。
それは数多の経験から瞬時に以蔵のプランを看破したが故のことであった。
だが――
(ほがな顔をしなや)
たとえ数多の英霊と契約を結ぶような者でも。
たとえ数多の戦場を渡り歩いたような者でも。
やはりここにいるのは十代の少女であるのだ。
少女の身体は強張り、表情には悲壮な様が見て取れる。
それを以蔵は良しとしなかった。そんな憂いを晴らしたいがための決意だったからだ。
「安心せえ」
以蔵は言葉と重ねるように、マスターの髪をなでつけた。
「わしが必ず守っちゅうきの」
以蔵の言葉を聞いて、少女から強張りが消えた。
そうできたことがあまりにも単純すぎて、以蔵は己でしたことながら呆気にとられてしまいそうだった。
しかし、少女のそれを己が少しでも払うことができたと感じた以蔵は、身体に熱が入るのを確かに感じた。
敵の数は十。何時かの護衛のちょうど二倍。
己の命を度外視しなければならないほどに戦力差は歴然としていた。
(なんちゃない、なんちゃじゃない)
しかし、今の己には大した数ではないと以蔵は感じていた。
それはまったく根拠のない見通しだったが、確信に限りなく近い見通しだった。
以蔵は思い出す。
人に言われるがままに人を斬り捨ててきた時を。熱に浮かされ己で考えることなく刀を振るい続けた時を。
飼い主の言う通りに敵を追い、褒められるために上手く仕事をこなし、不手際を起こせば始末される。
それは他者の揶揄の通り、まさに犬のような生き様であった。
いつか、もう主従などまっぴらであると以蔵は言った。
だが、この少女とならば――己が業に満ちた告白を嗤わず、利用しようともせず。悲しんでくれた少女とならば、きっと主従以上の絆を結べるはずなのだと以蔵は信じた。
――そうなるには犬のままではいかん。
――その為に犬から人にならなければ。
そう、支え合う事ができる人にならなくてはならない。それを言葉だけでなく、想いだけでなく、身をもって証明してみせるのが今この時であると以蔵は決意した。
以蔵は言葉もなく単身、敵陣に身を投げだした。
放つは己が宝具である始末剣、その中の一つの技。
獲物は既に己の手元にある――ならば相手の武器を奪う必要もない。
今の己であればただ斬り捨てるだけで事が済むと以蔵はとうとう確信した。
迫りくる敵の刃。だが、以蔵の剣はそれよりも数段上回る速度で敵を袈裟に斬り捨てた。
舞う血飛沫と異形の悲鳴。しかし以蔵はそれを置き去りにするかの如く次の敵に肉薄し、今度は逆袈裟に斬り捨てた。
以蔵は止まらない。
以蔵は次の敵を視認する事もなく、ただ感じるままに踏み込み刃を振るい続けた。次は袈裟、その次は逆袈裟、またその次は袈裟――
以蔵が振るう技は袈裟と逆袈裟のみという単純な太刀筋で構成されていたが、それは異様なまでに速く、鋭く、隙がない。太刀筋は全て連続しており、斬ると同時に敵の刃を躱し、斬り終えると同時に敵の死角に入り込んでいた。
冴え、剣速、脚さばき。それらを三位一体とし、以蔵は烈風の如く敵陣を駆け抜けていく。
一つめの異形が倒れ伏すまでに、以蔵は三つの異形を斬り捨てた。
三つめの異形が息絶えるまでに、以蔵は八つの異形を斬り捨てた。
今、この場において以蔵の速度に対応できる者は誰もいなかった。
――小野派一刀流、仏捨刀
十度目の斬撃、五度目の逆袈裟。
それを終えた以蔵の前に、立っている異形は誰ひとりとしていなかった。
「凄い……凄いよ以蔵さん!」
「おお! わしにかかればこんなもんぜよ!」
眼の前には驚嘆の表情を浮かべる少女の顔。
その表情を見て、以蔵は外道の剣と蔑まれていた己が剣を初めて誇らしいと思えた。
生前の闇の中とは何もかもが違う。人類史を取り戻すためという使命の中、この少女と共に正道を歩めることが以蔵はたまらなく嬉しく思えた。例え求められるものが人斬りの技であっても、世界のため、この少女のために光の中で扱える。それが何よりの喜びであった。
「流石は”撃剣矯捷なること隼の如し”!」
「――そうやにゃあ」
その言葉を聞き、一瞬、以蔵は闇に引き戻された。
――撃剣矯捷なること隼の如し――
それは謳われし以蔵の逸話。
他のサーヴァントが持つ神話とは程遠いものの、以蔵の武器でもあるその言葉。
それは、誰からもらったモノであったのか――
――おんしの剣、まさに撃剣矯捷なること隼の如しじゃの――
それは、以蔵の生前の主であった武市半平太からの言葉であった。
その言葉に恥じぬよう報いるよう、半ば狂信にも近い心酔で言われるがままに以蔵は人を斬り捨てていた。
しかし、その果てにあったものは地獄のような苦痛。そこに主から差し伸べられたのは、救いではなく裏切り――自害のすすめであった。
だが、今となって以蔵は思う。
本当にあれは裏切りであったのかと。主は果たして己の心酔に応じた心を持っていたのだろうかと。
己の請け負っていたものは汚れ仕事。もし仮に、土佐勤王党の悲願が叶っていたとしても。そのような者のその後が、果たして約束されていたのだろうかと。
己の最期は獄門の露となり消えはしたが、形は違えど己の最期は最初から決まっていたのではないのかと。
そう、最初から。
あの時、あの道場で。あの言葉をもらった時から全て――
(もう終わっちゅうことじゃ)
以蔵は己が莫迦げた考えをしていることを一笑に付し、古い思考を振り払った。
言われるままに人を斬り捨て、果ては獄門の露となって消えた。それが事実でありそれで己は終わった。今は世のためこの少女の為、共に支え合い歩んでいく為に犬から人になった。
ただ、それだけの話だと以蔵は結論づけた。
(さらばじゃ、武市さん)
闇に別れを。
心の中で決別を済ませ、以蔵は瞳を開ける。それだけで先程の闇は心から消え去った。
見上げればいつか見た青色にそっくりな空。
少女が闇からすくい上げ導いてくれたその下を、以蔵は共に力強く歩んでいった。