春の陽気。少しの肌寒さは残ってるかな?
桜はほとんど散って、別れを惜しんだ少量の花びらがこびりついてるだけ。
天気は快晴だが、気温は低めなせいか身の引き締まる思いだ。
「ふわぁ………」
まあ、朝の起き抜けだから眠気を飛ばすには至らないけど。
「鈴木、おはよー」
「ん」
僕に声を掛ける人がいた。
「おはよう、上野くん。ーーーふわぁ」
クラスメイトの上野くんだ。
「眠そうだな」
「ん~、日付越えてからもしばらく、ソシャゲやってたから」
「あー、二周年記念イベントとかいうヤツ。最近CMでもよく見るな。俺はやってないけど、お前は配信直後からやってたよな」
「それそれ。なかなか素材が美味しいイベントでーーー」
「聞いてもよくわからんから、話さなくていいぞ」
にべもない友人に悲しそうな表情をぶつけるが、その時にはもう僕の顔を見ていなかった。
「つーか………」
きょろきょろと辺りを見回していた。
「周りの奴等みたいに、歩きスマホとかやんねーのな」
通学路の割に人通りの多い大通りを闊歩する、歩きスマホ民。
同じ学校の人だったり関係ない社会人だったりに紛れてそこそこいるのが確認された。
「? なに急に」
「ああ……いや、徹夜する割に登校時間を利用してイベント進めたりしないんだなーって」
「スマホ弄りながら登校して、抜き打ち持ち物検査みたいなのに引っ掛かったらバカみたいじゃない? こないだの朝礼でも校長がそれについて触れてたし、いつそういうのやってもおかしくないし」
「いや、直前で画面消してポケットにでも仕舞えばいいだろ。別にけしかけたいわけじゃないけどよ」
そうじゃなくて、歩きスマホそのものをやらないのかという話らしい。
「歩きスマホねえ………ちょっと前までは移動の時間すらもったいねー! ってノリでやってたけど」
「けど?」
そこで僕は1拍空けて続ける。
「去年の10月くらいに……ーーー」
歩道のない道路。
脇を歩いてるし、前もちゃんと見てるから大丈夫。
そう考えながら、イベントクエストをこなしていた。
「ん………うわぁ」
すると、脇道駐車している車に遭遇した。
歩行者用路側帯があるってのに、思いっきりそれを踏み越えつつ壁ギリギリに寄せていやがったのをよく覚えてる。
「………ったく」
周りのメーワク考えてよね、プンプン! と自分を棚に上げてその迷惑駐車を迂回したーーー
スマホから顔を上げないまま。
車の陰から出た僕の目の前ーーーのスマホの更に向こうーーーに、
「!!??」
でっかいトラックの顔が目一杯に広がった。
プァーーーーーーンッッッ!!! だか何だか、警報器(クラクション)の音に全身をぶっ叩かれた。
「うわあぁぁぁッ!?」
思わずスマホを放り投げてバックステップ。
超エネルギーの物体で直接ぶっ叩かれなかっただけマシだったろう。
「気ぃ付けろ! 糞ガキ!」
突如として現れた脆弱な障害物を避けるように変な軌道を描くトラック。
走行を止めないのもどうかと思うけど、ドライバーのオヤジのその言葉は呑み込まざるを得なかった。
「本ッ当、死ぬトコだった………」
それ以降、移動しながらのスマホを見れなくなった。
「もう少し運が悪かったら、転生して無双してたかも………? あれ、そっちのが良くない?」
ちょうど交通量多めの交差点にさしかかった。丁度いい。
「待て待て早まるな!」
上野くんに首元を掴まれて引き戻される直前、クラクションを響かせたトラックが鼻先を掠めた。
「ひぃっ!?」
「何やってんだ!」
「(ガクガク)」
肝と共に頭も冷え、眠気など寿命と道連れにどっかに吹っ飛んだ。
「僕ーーー何やってんだ!?」
数秒前の行動は、我ながら馬鹿の極みだった。
さっきの回想は何だったんだ。
蛮勇とはこれのことじゃないか。
「ビビった……ちょっと漏らしたかも」
「こっちのがビビったよ………トラックの運ちゃんは、もっとだぜ?」
あれで二次被害出たらどうなってたかーーーと続ける上野少年。
申し訳なく思いながら、しばらく反省と自戒と2度としないという誓いを続ける。
「大体だな、たまたま轢かれるならまだしも、自分からクルマに突っ込むバカには神様も謝る前に説教だぞ」
「チートスキル貰って転生とか、絶対させてもらえないよね………」
不勉強だから知らないだけで、世にはそういうのもあるのかもだけど………
どっちにしろ、僕みたいなバカに転生の権利などあるわけなく。
「ま、まあ……こういう目に2度と合わないために、歩きスマホは封印したのだよっ」
「強引に話戻しやがった………
しかもその2度とも死にかけてる。3度目の正直を信じたい。
仏様は3度目は許してくれないからね。神様も同じだろう。
それがもし死神なら嬉々として刈り取って来そうだ。
「心掛けは良いけどな」
「ここまでの目に遭ってまでスタイルを曲げない人は、なかなかいないでしょ。それこそ死ななきゃ治らなさそう」
僕の頭はそこに迫る程のバカーーーな気がしないでもないけど、学習能力くらいは備えてる……はずだ。
「まさにそれだよな」
反省後の僕の軽口(←反省してないように見えるのは多分気のせい)に反応した上野くん。
「どういうこと?」
「歩きスマホ。やめろって言われてるのは、要は危ないからだろ?」
「だから?」
「でも、やる奴はきかないだろ?」
「ん~、まあね」
やってた前科があるだけに、それは分かる。
聞き流すというか、うっせーなあ、って思っちゃうっていうか。
「自分は大丈夫! っていう変な確信がある感じ?」
安全神話。理論や根拠なんて全くない。
どっから来る自信だよ! って訊いたらーーー
「ちゃんと前見えてるよ! って返す奴もいるらしいな」
実際は、視界と意識の殆どを画面に奪われる。
気を張ってるつもりでも、いつかは画面に集中して周りの警戒が疎かになるのは自明の理。
「鈴木鈴木、アレ」
急に前方を顎でしゃくる上野くん。
「くだらねー光景が見られるかもだぜ?」
少し声を抑えて教えてくれる。
「あー………」
それは僕たちと同じ制服を着た、歩きスマホ民。
それと逆方向に歩いている、スマホに注視している中年のオッサン。
「ぐあっ」「いてっ」
それが、ぶつかった。
直後ーーー
「………気を付けろコラァッ!」
「そっちこそ、どこに目を付けてんだよ!」
ノータイムでお互いに胸ぐらを掴み合う二人には、罪悪感とか謝意とかはこれっぽっちも感じられなかった。
「ワシはちゃんと前見て歩いちょった!! そっちこそ気ィつけろ!」
「気ィつけてなかったのはそっちだろクソジジィ! 俺はちゃんと見えてた!」
だったらお互いぶつかるまで接近するとかなくね? とかいう野暮な突っ込みをする人物は僕を含めておらず、ますますヒートアップしていく。
双方、不注意で避けられなかった相手が悪い! と、一歩も退く気配もなく泥沼の様相を呈して参りました。
横目でうんざりしたような視線を照射しつつ(気づかない所を見ると、色々と視野の狭い二人なのだろうか)学校への歩みを止めずに行く。
といっても、もう校門は目の前。
「挨拶週間、だっけ? 今日から」
「高校なのにねぇ」
おはよう! と、高齢になってもまだまだ元気な校長が、生徒一人一人に挨拶するために数人の教師を従えて待ち構えているのがわかった。
おはよーございまーす、と返しながら門を通過。
「………」
普段張りのある校長の声のトーンが少し落ちていたのが、なんか印象的だった。
「あそこからなら一部始終見えてただろし、聞こえてたよな」
下駄箱で上靴に履き替えながら呟かれた上野くんの言葉に、僕は首を縦に振る。
無為な押し問答を目撃した後のーーー今から数十秒前のことを思い出す。
普段は無駄に覇気に満ち溢れている御仁が、僅かに渋面をしてたことを。
その前後に取り巻きの教師が事件現場に向かってたことを。
「今日の朝礼、長くなるかもね」