才能ってやつは本当にクソだと思う。
だって、どんなに正しい努力を積み重ねたところで、才能があるやつは平然とその努力を踏み越えていくから。
だって、凡人が頑張って苦労してたどり着いた正解に、天才は一足でたどり着くから。
そんなの、不公平だ。
俺だって昔は自分に才能があると思っていたし、その才能を腐らせないように努力だってしてきた。
そのおかげか、アマチュアの大会では負けなしだったし、リーグプロになったのも結構早い方だった。
それで当時は期待の新人だなんて結構もてはやされていたし、俺自身も誰にも負ける気がしなかった。
でも違った。本当の才能は、俺じゃなくてあいつに宿っていた。
史上最年少の女性リーグプロ「マイカ・キサラギ」。
俺みたいなまがい物ではない、本物の天才。
俺が必死に努力して戦術を研究している間、あいつは戦術研究そっちのけでそこらじゅうを飛び回って、それでも勝ち続けている。
最新の研究?正解を読み切る戦術勘?そんなものはあいつの前には関係ない。ふらふら遊びまわって、なのにどこからか戦いのヒントを見つけてきて、そして勝つ。理不尽な才能の象徴みたいなやつだ。
そんなあいつをいつも見てるから思う。
俺たちみたいな凡人とあいつみたいな天才は、元から住む世界が違うんだと。
だから、天才は天才同士で戦っていてほしい。俺たち凡人が苦労してたどり着いた正解を、大した価値がないものであるかのように踏みつぶしていくのは辞めてほしい。
それとも、この世界にとっては、天才が凡人を踏みつぶすのが正しいとでも言うのだろうか。
そんなのは絶対に間違ってる。
***
「そこまで。勝者、タクミ・スズキ!」
ほとんど完封に近い勝利を達成したものの、出てきたため息にのった感情は安堵よりも倦怠感が強い。
試合内容自体は悪くなかったはずだ。互いのパーティ構築から上手く相手の初手を読み切って対面有利を作り、そのアドバンテージを押し付けたまま一気に最後まで押し切った。すべての正解を上手く引き当て、相手の戦術を完全に封殺した勝利だった。
でも、最近よく見るようになったSNSでのリーグ戦の感想は、何となくいつも通りだろうと予想がつく。
『安定行動しかとらない、つまらない試合』
『格下を順当につぶしただけ』
『どうせ次の試合で負ける』
最善を尽くした結果にとやかく言われたくないと思う一方、どこかその言葉を否定できないという気持ちもある。実際にこの試合では安定行動に徹していたし、勝ちを拾えたもの相手が力押しで圧倒できる格下だったからだというのは事実だ。
いや、この試合だけではない。最近はリスクをとった攻めができなくなっているのは実感として感じているし、今日のように格下に勝つことはできても格上にはほとんど勝てなくなっている。それどころか、同レート帯の相手にも勝てなくなってきている気がする。
レート1820。公式戦における、主に同レート対戦での勝率を元に計算されるこの数値は、俺のポケモンバトルにおける戦闘力を数値化したものと言える。
今日の試合の相手はレート1600 程度で、基本的には悪手を撃たなければ有利に戦える相手。格下をつぶしているだけと言うのもあながちただの悪口とも言い切れないし、実際に俺の低レート相手の勝率はかなり高い。
逆に、高レート相手の勝率は下がる一方だ。そして、次の試合の相手はレート1915の格上。
「お疲れ、タクミ。この後はお暇かしら?」
「...マイカ、次の対戦相手となかよく食事でもとろうってか?」
最年少女性プロのマイカ・キサラギだ。
レートでの100の違いは大きいといえば大きいが、全く勝てないほどではない。そもそも、ポケモンバトル自体が状況や運に左右されやすいものであり、レートもそういったばらつきの平均をとったもの。勝てる可能性は十分にあるはずだ。
だけど、この数回の対戦で、マイカにはことごとく負けていた。試合運び自体を間違えたわけでも、特別運が悪かった訳でもない。でも、事実として俺はマイカに負け続けている。
実力、そしてそもそもの才能の差。それを見せつけられているような気がした。
そんな劣等感からか、昔はいつも一緒だったこの少女と、今は上手く向き合えないでいる。
この食事の誘いにしたってそうだ。前は何の気負いもなく受けていたはずなのに。彼女と一緒に食事をとるなんて日常といってもよかったのに、今はどう断ろうかとばかり考えている。
マイカに非があるわけではない。ポケモントレーナーという勝負師を続ける以上、何をおいても勝つことが至上。才能を奮って凡人を蹴散らそうが、勝利する為であれば何も悪いことはない。負けた方の積み重ねが足りなかっただけのことだ。
でも、蹴散らされる側の凡人としてみれば、そんなのは冗談じゃない。
「折角のお誘いだけど、お断りさせてもらうよ。早く帰って、”次の試合”の対策を練らなくちゃならない」
「最近そればっかりじゃないの。そんなに”次の試合”の対策がしたいなら、存分に私の話を聞けばいいじゃない。アローラの土産話、たくさん聞かせてあげるわよ?」
「結構だ。アローラには少し興味はあるけど、今はそんなことしている暇はない」
「...本当にそればっかり。酷いよ」
なおも追いすがるマイカをいなして、家路へ着く。連戦連勝の天才マイカなら多少研究の手を緩めても支障はないのだろうが、こっちはそうもいかない。対戦環境は日々変化しているし、有効な戦術もまた変わっている。趣味に娯楽にうつつを抜かしていては、ただでさえ悪化している勝率がもっと悪くなってしまうだろう。
なにより、公式リーグの最中にも関わらずアローラまで旅行に出かけ、その癖おそらく何の問題もなく勝利を積み重ねるであろうマイカに。ずっと昔から一緒だったはずのマイカに。
今となっては、顔を合わせ続けるだけの勇気が持てなかった。
***
公式戦5勝14敗、非公式は数えきれないが、確実に勝ち越し。それが、俺のマイカに対する戦歴だ。
マイカは年下の幼馴染で、ポケモントレーナーになったのも順当に俺の方が先だった。
俺たちの出身は結構な田舎町で、同年代のトレーナーはほとんどいなかった。だから、必然的に俺とマイカはよく技を競い合っていた。
初めのころは俺がほとんど勝っていた。まあ、俺の方が先にトレーナーになったんだからそれは当然のことで、むしろたまにとはいえ負けてしまうことに、随分と悔しい思いをしていた記憶がある。
その力量差はしばらくそのままで、マイカよりちょっと先にリーグプロになった頃までは、俺の方が勝ち越していたと思う。
でも、マイカが史上最年少の女性リーグプロとなって、公式戦で対戦するようになってから。
最短ルートでポケモンリーグに挑んだ俺とは違い、色々な地方をめぐって遠回りを続けたマイカが再び俺の前に経つようになってから。
俺はマイカにほとんど勝てなくなっていた。
どんなに戦術研究を重ね正着の勝負手を選んだとしても、「底が浅い」とでもいうかのようにマイカはその戦術の上を行く一手を突き付けてくる。その剛腕は、勝負を重ねるごとに強くなっている。
初めのころは、その戦術センスに驚かされながらも何とか勝利を拾うことができた。幼馴染の想像以上の強さに驚かされながらも、まだトレーナーとして負けている気はしなかった。
でも、二回三回と試合を重ねる内にマイカの実力はどんどん跳ね上がり、逆に長い停滞に悩まされていた俺はあっという間に負けを重ね、レートでも追い抜かれてしまった。
長い旅を経てマイカの才能が開花し、逆に公式戦で俺の才能のメッキが剥がれたから。今の俺は、マイカに負け続けている。
もう、俺とマイカの格付けは完全に決まっているのかもしれない。どんなにあがいたところで、もうマイカを上回ることはできないのかもしれない。
それでも、俺はマイカに、この才能あふれる幼馴染に。
これ以上、負けるわけにはいかない。
***
数日の準備期間があっという間に過ぎ去り、マイカとの公式戦の日が訪れる。
この数日で最新戦術の洗い直しも済んだし、最新のマイカの戦術も十分に研究できた。
これで少なくとも、前回のように三タテで負けることはないはずだ。
ポケモンバトルは運やその場の流れといったものに影響されやすく、一つの対戦だけで見ると「まぎれ」が実力外の結果に結びつくことも多い。そのためポケモンリーグの公式戦では、三セット先取の五番勝負で一つの試合を行うルールになっている。
たとえ運よく勝利を拾ったとしても、実力でもう二勝しなければ意味はない。そのため高レートへの運勝ちによる不相応なレートの高騰が抑えられ、レートが実質的な戦闘力とみなされる一因となっている。
一方で、連続三敗で試合を落とした場合の精神的ダメージも大きい。運も何も関係ない実力で、相手に負けたことが明らかになるからだ。
俺の前回のマイカ戦は、連続三敗のストレート負け。渾身の研究が第一セットであっさり破られ、そのショックを引きずったまま第二セット・第三セットも負けてしまった無様な試合だった。
SNSの感想を見ても、あっさり三タテで砕け散った情けない試合だという言葉ばかりだった。
今日はその雪辱戦だ。
前回はマイカの戦術に対する研究が不十分だったから、マイカの戦術に対して有利をとれない戦術をぶつけてしまい、三連続の敗北へつながった。
だが、今回は違う。マイカの直近の数戦は分析済みだし、最新の環境変化とマイカのパーティ構築を合わせて考えうる戦術は一通り対策済みだ。これなら、よほど想定外の新戦法を繰り出されない限りは対応できるし、正しい手順を引き寄せれば十分に三勝を狙えるはずだ。
これ以上連敗を続ければ、いよいよ俺の評価は地に落ちる。格下をいたぶるだけの二流だなんていわれるのはまっぴらだ。
だから、今日こそはマイカに負けるわけにはいかない。
フィールドを挟んで向かい合う。対面に立つマイカは、いつも通りニコニコして楽しそうだ。
...少しだけ妬ましい。高レート同士でも勝って当たり前のマイカと違って、俺は格下相手でしか勝ち星を上げられない。当然、あんなふうに楽しそうに試合に望むなんて望むべくもない。今日の試合だって、負けられないという思いと連敗中の相手への気おくれで正直いっぱいいっぱいだ。
そんな気持ちを意識から追い出して、マイカの初手を考える。マイカの第一セットのパーティはドラゴンを中心とした高速高火力のパーティ。現環境のスタンダードな構築だ。初手は切り込み隊長のゲッコウガか気合の襷とキノコの胞子で有利を取りやすいキノガッサか。
特に厄介なのはゲッコウガだ。自分のタイプを変幻自在に変えることで広い攻撃範囲を実現するゲッコウガは、並のポケモンでは受けきれない。それだけでなく、攻撃側の意図に合わせてタイプを変えることで、本来耐えられない攻撃を、タイプ相性の変化によって耐えるといった戦術もあり得る。対応を間違えれば即座に試合が決まるほどのポテンシャルがあるポケモンだ。
相手に選択権を与えてしまえば不利になる。だから、ゲッコウガを封じるための作戦を用意してきた。それは、こだわりスカーフによりゲッコウガの上から行動できるライボルトを初手に配置することで、ゲッコウガの行動を縛ること。元々素早いライボルトにこだわりスカーフを持たせて素早さを補強することはほとんどない。この奇襲により確実にゲッコウガを抑えることができるだろう。そして、仮に初手がキノガッサでもボルトチェンジによる対面操作で不利にはならないはず。
後ろにはキノガッサに強く技の通りもいいダダリンを置き、最後にドラゴンを抑るために頼れる相棒のメガチルタリス。
これが、現状できる俺のベスト。そして同時に、俺がマイカに対してとれる対策としてもほとんどベストといっていい。流行の戦術研究だけでなくマイカ個人の戦術へのメタを意識したパーティ構築は、今回の対戦に合わせた奥の手といってもいいものだ。
特定戦術へのメタ戦術は、相手がそれに気づいて戦術を変えれば無意味になる。この対策が有効なのはおそらく今回限りだろう。
だから、今日だけは。おそらく俺がマイカに有利をとれる最後の機会になるであろう今日だけは。
絶対に、負けない。
少しだけ瞑目して、戦闘開始位置につく。マイカはすでに準備を完了し、こちらを見つめている。その迷いのなさは単なる性分か、それともこちらの戦術を読み切った上での余裕か...
かるく頭を振りいやな思考を追い出す。審判が両者準備完了を確認し、まもなく試合が始まる。余計なことを考えている暇はない。
「両者、準備完了を確認しました。ポケモンリーグ公式戦 マイカ・キサラギ対タクミ・スズキの試合を始めます」
開始のブザーと同時に先頭のポケモンを送り出す。こちらはこだわりスカーフを持たせた奇襲要因のライボルト。そして相手の初手は...
「お願い。ゲッコウガ!」
変幻自在の先手大将、ゲッコウガ。読み通りだ。
こいつにはこれまで何度も苦渋をなめさせられたが、今回は違う。耐久に自信のないライボルトは上から高火力技で叩かれれば弱点の属性でなくても致命傷だが、こだわりスカーフでゲッコウガより先に行動できるこの状況ならば何の憂いもない。安心して得意な攻撃技を繰り出せる。
「ライボルト、十万ボルト!」
「ゲッコウガ、とんぼがえり!」
ゲッコウガよりわずかに早く、ライボルトが初手の技を繰り出す。
不利なポケモンを交換しつつ相手にダメージを与えられるとんぼがえりは、先に行動できる本来の状況であれば相手の交換も視野に入れた問題のない一手だが、今回はそれが裏目に出た。
こだわりスカーフによる奇襲は素早さの強化による行動順序逆転により、本来の正解を不正解に塗り替えるだけの力がある。苦手な電気タイプの攻撃をまともに受けてしまったゲッコウガは、当然一撃で戦闘不能になる。奇襲成功だ。
本来とは逆に先手を取った一撃でゲッコウガを倒したことにより、形勢は既に3対2でこちらが優勢。このまま数の有利を生かせば一気に勝利も狙える。何より、物理的な攻撃に特化したマイカのパーティは、特殊な攻撃を得意とするポケモンが少ない。残りのポケモンではコットンガードにより物理的な耐久力を飛躍的に高めることができるチルタリスの対処が一気に難しくなったはずだ。
「っ!!やるじゃない!」
予想外の一撃に動揺を隠せないマイカは、しかし慎重に次の一手を考えている。
ゲッコウガより先に行動できたことからライボルトがこだわりスカーフを持っていることは確定。素早さを大きく上昇させるこだわりスカーフは、しかし一度繰り出した技を交代まで使い続けなければならないデメリットもある。次のポケモンを上手く選べばまだ勝負は分からない。
でも、いける。少なくともこの第一手に関しては、俺の読みはマイカを上回った。このまま流れをつかみ続ければ今度こそ勝てる。
そんな高揚する感情を抑えて、俺はマイカが次に繰り出したポケモンに向き合った。
***
「...クソッ!」
苛立ちのままに、机にこぶしを叩きつける。試合が終わって控室に戻っても、全く頭は冷えなかった。
俺の優勢で始まった試合は、終わってみれば1-3の完敗。
最悪だ。これなら勝てるかもしれないと、途中までそう期待したがゆえに敗戦の痛みはより大きなものになった。
出だしは良かった。スカーフライボルトの奇襲により作り上げた優位をきっちり生かして、数の有利を押し付けて後続も撃破。第一セットを先取した。
しかし、ここでマイカは大きく戦術を変更。第二セットはこれまでとは打って変わって天候変化を利用したパーティでの勝負を仕掛けてきた。今までのマイカの戦術とは大きく異なる試合運びにテンポを崩され、結果として三セット連続の敗北を喫した。
その敗北だけでもきついのに、もう一つ俺の苛立ちを募らせる事実がある。
この戦術は、おそらくずっと研究していたような奥の手ではない。多分、この前リーグ戦の最中にも関わらず行ってきたという、アローラ旅行の中で見出したものだ。
アローラ地方では、その独特の気候から他の地方とは異なる特性を持ったポケモンが数多く存在すると聞いている。この試合で繰り出した雨降らしの力を持つペリッパーもその一つだろう。
理屈では知っていたし、リーグでもちらほらとその特性を利用しているトレーナーはいるが、発見されてからまだ日が浅いその性質に、俺はほとんど追従できていなかった。
その結果がこの惨敗。雨状況下ですいすいと素早く行動するメガラグラージを、俺のパーティは全く止められなかった。ラグラージに有利なチルタリスやダダリンも、ペリッパーの巻き起こす暴風に翻弄され、物理的な耐久に優れるという本領を発揮しきれない。
結局、マイカの素早い戦術変更に対応できない俺の未熟さが露わになっただけの試合だった。
惨めだ。できる限りの研究は重ねたし、メタ戦術まで駆使してマイカを上回ろうとした。
それでも、負けた。しかも、思いつきに近いであろうぽっと出の戦術に。
ただでさえレートで負けているマイカと俺との格付けは、今回の試合で完全に決まってしまった。もう、どれだけ研究してどんな戦術をぶつけたところで、マイカに勝てる気がしない。
そんな暗澹たる気持ちでうずくまっていると、控えめなノックが響いた。
敗戦直後のリーグトレーナーは荒れている場合が多いため、わざわざこのタイミングで控室を訪れる人間は少ない。そもそも、俺にとってはリーグ戦直後に控室にくるような知り合いは限られる。
マイカだ。
試合の直後に、自分に負けた相手の控室を訪れる無神経さに苛立ちが増す。
とっとと追い返してしまおう。そう思ったその時、扉越しにマイカが話しかけてきた。
「その、こんなタイミングでここに来るのは良くないって分かってるんだけど、どうしても言っておきたいことがあって。最近、電話にも出てくれないし...」
「...」
確かに、最近はマイカからの電話は無視しているし、メールも見ない。直接会うのも避けているから、どうしても話したいことがあるというなら必ず会話できるタイミングはここぐらいしかない。
だからって、自分に負けた相手に、試合直後に会いに来るか?普通。
「試合の後に、同じリーグトレーナー相手で余計なお世話なのはわかってるんだけど、どうしても放ったままにはしておけないから...」
「なんなんだよ、一体」
「その、ごめんなさい。こんなタイミングで言うことじゃないのは分かってるんだけど、でも」
「いいから早くしろよ」
歯切れの悪い言葉に苛立ちがさらに増す。なんだよ、分かってるんだったらわざわざこんな時に...
「タクミ、多分前より弱くなってるよ?」
...は?
予想外の言葉に冷や水を浴びせられる。
いきなり足場が崩れたような感覚。めまいがして、意識の焦点が合わない。
弱くなってる?
あれだけ努力して最新戦術を研究したのに、前より弱い?
「戦術は確かに前より磨かれてる。でも、リスクのある選択肢になると消極的な行動しか取らなくなったから、そこに付け込めば簡単に優位が取れる」
受け入れられない。そんな思いとは裏腹に、理性はその言葉を裏付けるように最近の戦いを思い起こす。
同レート帯との対戦実績の悪化、その原因はマイカの言葉通りだ。それは前だったら難なくさばけていた戦況に次第に対応できなくなってきたこと。
いわゆる、「択」の不正解。
安定行動がない複数の選択肢から正解を引き寄せる読みの技術が、明らかにアマチュアのころより衰えている。
だから、「択」の発生しない格下との試合には勝てても、同格以上に勝てなくなる。
それを分かっていたから、俺は戦術の研究により多くの時間を割いていた。「択」に勝てないのであれば、その状況が起きないように立ち回ればいい。そう考えた。
でも、そんなのは無駄なあがきだった。多少戦術を研究したところで、高レート相手に試合運びを掌握することはできない。不確定な戦況は簡単に発生する。今の対戦戦績は、そんな想定外の状況がどれだけ起こったかに直結している。
「昔馴染みとはいえお互いプロだし、こういうアドバイスになる言葉を言うのもよくないと思うんだけど、今のままじゃ良くないと思うから。」
マイカの言葉が続く。それは、純粋に幼馴染を気遣う気持ちから出た言葉なのだろう。でも、今の俺にその言葉を受け止める余裕はない。
耳をふさいでうずくまる。今の俺にとって、マイカの言葉はまるで呪いのように感じられた。プロとして積み重ねてきたこれまでの努力が、価値のないものだといわれているように感じる。
「昔の、プロになる前ののびのびと戦っていたころを思い出して。今のやり方だと、多分もっと勝てなくなっちゃうよ?」
やめろ。聞きたくない。
お前は昔通りで勝てるかもしれないけど、俺は違うんだよ。これ以上俺の努力を踏みつけないでくれ。
そんな俺の心情を知らず、マイカの言葉は続く。でも、もう俺にはその言葉は聞こえていなかった。
そうして、どれだけ時間が経っただろうか。いつの間にかマイカはいなくなっていた。
今日の試合はすべて終わっていたようで、控室を出ても人影は見当たらない。外もすっかり暗くなっている。
気付かないままに随分長い時間が経ったみたいだが、それでも気分は晴れない。前より弱くなったというマイカの言葉が頭の中を回り続ける。
プロとしてあるべき努力を重ねたつもりだった。でも、それは間違いだった。頑張って積み重ねてきたあの日々は、すべて徒労だったんだ。
おぼつかない足で家路に着こうとする。もう何度も繰り返し通ったはずの道。でも、どうやって前に進めばいいのかも、もう俺には分からなくなっていた。
***
マイカとの試合の後、俺はほとんどずっと家に引きこもっていた。
いや、これまでもリーグ戦の最中は、戦術研究や対戦相手の研究のため、家にこもって作業する時間は長かった。
でも、今回は違う。今まで当たり前のようにやってきた戦術研究をする気力がもう起きなかった。
原因はマイカの言葉。リーグプロになってから積み重ねてきた努力が無駄なものであったというその言葉が、バトルに向かい合う気力を根こそぎ奪い去っていったのだ。
ポケモンバトルに関わる気力はない。さりとて、それ以外にするような趣味もない。
幼いころからずっとポケモンバトルに打ち込んできた人生は、ひとたびそれが失われれば驚くほどに空虚だ。
俺にはポケモンバトルしかない。でも、人生のすべてを賭けてきたバトルでもマイカたちみたいな本物の天才には到底かなわない。
あんなふうに、ただ自分がやりたい戦い方を貫き通して、それでも勝ち続ける人間には。
「自分がやりたい戦い方...」
そういえば、いつからだろうか。俺の戦い方がこうなったのは。自分なりの戦術よりも、最新環境を研究して探り出した、他人の戦術の組み合わせを重視するようになったのは。
現環境を研究して探り出した戦術は、ポケモンリーグ全体で最適化された戦術のはずで、自分だけで考えた戦術よりもよほど完成度が高いはずだ。だから、徹底的な戦術研究で最新環境を洗いだせば、誰より安定して勝利を得ることができるはず。そう思って、ずっと戦術研究を重ねてきた。
でも、本当にそうなのだろうか。
最新戦術の研究では、誰にも負ける気がしない。常に環境の変化はチェックしているし、寝食を忘れるほどに研究に没頭することも多い。多分、俺よりも戦術研究に力を入れているプロはそうはいない。
それでも、俺の実力はリーグプロの中で良くて上の下。マイカのような、いつ戦術研究をしているのか分からないような相手にも勝てないでいる。
それが、才能の差なのだと思っていた。
ろくに研究をしなくても正解を導き出せる悪魔のような才能が、トッププロの実力の源なのだと思っていた。
でも、もしかしたらそうじゃないのかもしれない。
考えてみたら、あのマイカだって常に最善手を取れているわけではない。いや、むしろ妙な深読みで致命的な悪手を打って、あっさり負けることも多い。戦術にしたって、思い付きで新しい戦術を採ってみたものの、それが裏目に出て何もできずに負けることだってある。
マイカが天才なのは間違いない。
でも、マイカはいつも正しいわけではない。
不意に、窓から差し込んできた光にまぶしさを感じる。ふさぎこんでいて気づかなかったが、今日は天気が良いようで、外から子供たちがはしゃぎまわる声が聞こえる。どうやら、近くの公園で草バトルをしているみたいだ。
それに気づいたとき、ほとんど無意識に立ち上がっていた。楽し気にポケモンバトルをするその声を聴いて、見てみたいと、素直に思った。
休日に外出するのも久しぶりだなと思いながら、公園に着く。そこで草バトルをしていたのは、トレーナーズスクールの生徒だろうか。十歳前後の少年たちが、互いのポケモンを戦わせている。
しばらくその対戦を眺めて、思ったよりも洗練された戦術に驚かされる。
これくらいの年齢の子供だと、だいたいは力押し一辺倒の試合だろうと高をくくっていた。だが、実際の試合運びはその年齢からしてみれば出来すぎていると思うほどに老獪だった。
最近はリーグ公式戦の人気も高くなってきているようだし、子供の頃からリーグプロの戦い方に触れる機会が多いからだろうか。正直なところ、子供だと侮って戦えば足元をすくわれそうだと感じるほどだ。
毒、やけどなどの状態異常を駆使した戦況操作、剣の舞などの能力向上を用いたエースの強化。
トリックルームを用いた素早さ逆転戦術を繰り出したときは、思わずうなり声が出てしまった。
最近の子供は、一昔前とは比べ物にならないほど優秀だと聞かされてはいたが、正直ここまでのものだとは思っていなかった。
俺がこれくらいの年のころは、どんな戦い方をしていたっけか。
思い出そうとする。だが、何十年も経ったわけではない、ちょっと昔の思い出のはずなのに、その頃の自分を上手く思い出せない。
そんな風に考え事をしている間に、バトルは大詰めを迎える。猛毒を絡めた耐久勝負を仕掛けていたサニーゴが、砂嵐の状況を残して倒れる。これで残るポケモンは一匹。相手がまだ二体を残していることを考えると、戦況はかなり不利。
場に残ったのはマントのような膜で滑空する電気ポケモン、エモンガ。力は弱いが素早く行動できるため、エモンガは倒せるとしても最後の一匹に対峙する前に何らかのダメージを負う可能性が高い。
これは決まったかな?と思いながら繰り出された最後の一匹を見る。忠犬ポケモン、ハーデリア。特に素早さに自信があるポケモンではないし、耐久も月並み。エモンガに先手を譲れば無視できないダメージを追ってしまう。その状態で相手の最後の一匹と戦えば、勝つのは難しいだろう。
そう思って見ていたが、先に行動したのは砂を掻き分けて素早くエモンガに接近するハーデリアだった。ハーデリアの中には、砂掻きが得意な個体が一定数存在し、そういった個体は砂嵐の状況下で素早く行動することができる。このハーデリアもそうなのだろう。
そうして素早くエモンガに近づいたハーデリアは、倒れた仲間の仇を打つような力強い一撃を繰り出す。強力な一撃に叩きのめされ、エモンガは一撃で戦闘不能に。これで状況は対等な一対一に盛り返した。
(まさか、天候戦術まで習得しているとは、なかなかに”やる”。しかも「かたき討ち」だなんて、良く知ってるな)
再び驚かされる。天候変化によるポケモンの行動速度や攻撃能力の変化は、リーグプロなら当たり前にできる技術であるが、パーティを作る段階で考えるべきことが増えるため、当然簡単な戦術ではない。しかも、ここで繰り出した技「かたき討ち」は、仲間のポケモンが倒れた直後に繰り出すと、その仇を打つためにより強い力を発揮できるというピーキーな技。それをこんな子供が使いこなしているところを見ると、空恐ろしさすら感じる。
思っていたよりも、かなり強い。
戦況が一対一と対等な状況に戻り、最後に繰り出されたのはこぶしのような鋏をした蟹のポケモン、マケンカニ。ノーマルタイプのハーデリアが苦手とする格闘タイプであり、先手を取って一撃で倒すことができなければ返す一撃で負けは確実。しかし、先ほど繰り出した「かたき討ち」は仲間が倒れた直後でなければ強い力を発揮できず、もうマケンカニを一撃で倒すことはできない。
依然続く砂嵐の中、先に行動したのはハーデリア。やらなければやられる、まさにそんな危機的な状況で、ハーデリアは「とっておき」な一撃を繰り出す。
「嘘だろおい!!」
その光景に、思わず驚きの声がでる。
「とっておき」はきわめて高威力な技だが、自分が覚えている他の技をすべて使わなければ繰り出すことができない、まさしくとっておきの一撃。この状況でそれを繰り出すということは、あのハーデリアは「かたき討ち」と「とっておき」以外の技を持っていないということ。この二つの技を組み合わせた連続高威力攻撃を、あらかじめ戦術として組み込んでいたということだ。
自分のポケモンが倒された直後に威力の上がった「かたき討ち」を繰り出し、あとは「とっておき」で力押しをするという戦術は、当然既知の物であり、自分も戯れに使ってみたことはある。
ただし、この戦術は上手く機能する状況が限られており、対策も比較的容易。そのため、公式リーグ本選で使われることはまずあり得ない。つまり、この子供たちがこの戦術を使ったのは、リーグ戦をみて真似をしたのではなく、自力でその戦術を編み出したということだ。そして、そこまでの戦いの巧みさから考えても、聞きかじりではなく自前の戦術である可能性は大いにあり得る。
有利な状況から一気に負けてものすごく悔しがる少年と、どこか得意気ながらも悔しがる友達をなだめるもう一人の少年。そんな二人を眺めつつも、俺はこれが夢なのかもしれないと思っていた。
プロさながらの戦術を使い、独自の戦術まで考え出すアマチュアの子供。俺が子供のころは、こんなにうまく戦えただろうか。それとも、これも才能の違いなのだろうか。
いや、そうじゃない。
その時、それまでうまく思い出せなかった昔のことを、ようやく思い出した。
確かに、昔の自分はこの子供たちほどうまくは戦えていなかった。でも、それは時代が違うってだけで、才能の差なんかじゃない。かつての俺は、この子供たちと同じように生き生きと戦っていた。
まだまだリーグ公式戦に触れる機会が少なかったあの頃、それでも俺たちは、身近な大人の真似をして戦い方を磨いていった。
ジムトレーナー、ジムリーダー、そしてあちこちを旅してまわるトレーナーたち。
戦って、勝って、負けて。そうやって学んだ戦術を糧として、俺たちは強くなっていった。
そして、そうだ。その頃の俺は、他人の戦術を真似するだけじゃない。学んだ戦術を基にして、自分なりの戦い方を、いつも考えていたじゃないか!
そう思い至った瞬間、家に向かって走り出す。俺が昔どんな戦い方をしていたかのか、それは昔からつけていた研究ノートにも書いてあるし、バトルビデオにも記録されている。それを確認したい。
***
家に着くと、すぐにバトルレコーダーを起動する。日付は何年も昔、リーグプロになる前の戦闘記録を引っ張り出す。
一戦、二戦と記録を眺めるうちに、その時の記憶が、気持ちが、蘇ってくる。
マイカは、のびのびと戦っていたころを思い出してと言っていた。その理由が、今になって理解できた。
バトルビデオに記録された自分の戦い方は、驚くほど拙い。
それは、リーグプロになる直前のバトルですらそうで、何日か前の自分がそんな戦い方をしたら、絶望して首をくくってしまうんじゃないかというほどに粗く、読みも浅い。
だが、そんなことは些末に思えるほど楽しそうな戦い方だった。
当時の流行は雨天候下におけるキングドラの圧倒的な制圧力を中心にした天候利用戦術。対立する天候戦術として晴れ天候を利用した構築もあったが、雨天候ほどのシナジーはなかった。だから、当然パーティを作る際には雨を利用したパーティに対する対策を考える必要があった。特に、雨状況下のエース「キングドラ」は、雨の状況で素早く行動する特性を持ち、雨により強化された水技を高速に繰り出すことで、多少のタイプ相性を覆すほどの力を持っていた要対策ポケモン。
当時の自分がそれに対して打ち出した対策は、雨状況でさらに早く動けるフローゼルでドラゴンタイプの技を「先取り」することで逆にキングドラを打ち取るという、乱暴な作戦だった。
相手の採る行動にも大きく依存するこの戦術は当然失敗続きで、結局は先人の知恵を借りて普通の対策を取ることになった。
これだけ見れば、単にアマチュアが浅い考察で失敗しただけという結果でしかない。だが、その戦術がうまく機能した数少ないバトルビデオで、当時の俺はキングドラを打倒したフローゼルをとても嬉しそうに褒めていた。
それはそうだ。拙くとも自分が考えた戦術が上手くはまり自分を勝利に導いたとなれば、単に勝ちを拾っただけの試合より楽しいのは当たり前。バトルビデオの中のかつての俺は、そんな喜びに満ち満ちていた。
そんな楽しさを、いつの間にか忘れ去っていた。リーグプロになってからの自分は、プロとして安定した勝利を拾うために、先人が築いた戦術を研究し、それを吸収して実力を高めていった。
しかし、ポケモンバトルは新しいポケモンの発見や新戦術の登場により刻一刻とその様相を変える。俺がリーグプロの戦術を研究するのにかける時間はどんどん増え、やがては一日のほとんどを戦術研究に費やすようになっていった。
そしてその頃から、俺の戦い方は既存の戦術に則った最新環境対応のものに固定され、いつしか自分なりのオリジナル戦術を考えないようになっていった。
他のプロみんなも使っている信頼性のある戦術だから、下手に自己流のアレンジを加えるより安定して戦える。
そんな風に考えて、人の神輿に乗っているだけになってしまったんだ。
そうやって手に入れた借り物の戦術は、想定外の状況に全く対応できなかった。だってそうだ。自分で考えて生み出した戦術じゃないから、研究範囲外の戦い方なんて分かりっこない。
そして、ポケモンバトルでは、そんな想定外の状況は簡単に起きる。
そもそも、バトルにおける最善手自体、相手も最善手を採ることを前提としている。そして、ポケモンバトルの妙は、最善手を採らなかった方が不利になるとは限らないことだ。状況次第では、深読みや勘違いによるミスが相手の最善手と変にかみ合い、逆に有利な状況を作り出すこともある。
だから、最善手だけを追い求めた戦い方では、一定以上の勝率を維持することはできない。
分かってしまえばなんてことはない。それが、俺が最近戦績を悪化させていた原因だった。
「無様だなぁ...」
心から、そう思う。プロとして積み重ねるべき努力だと思ってやってきた研究は、それだけでは何の意味もなかった。むしろ、そこからどう一歩を踏み出すのかが重要だったのだ。
だから、その必要な一歩を踏み出せずにいた自分が勝てなくなるのは道理。むしろ、そんな状態でも今の戦績を維持できていたというのが出来すぎていた程だ。
確かに俺は、何もかもが足りていなかった。
でも、それも今日までだ。
バトルビデオでかつての自分を再確認して、初心を思い出した。
どうして自分は、リーグプロになったのか。公式リーグという天才たちの巣窟に脚を踏み入れようと思ったのか。
そうだ。リーグプロたちはどう考えてどんな戦術で日々戦い抜いているのか。そして、自分が考えた色々な戦術がリーグで通用するのか。それを確かめて、その上でもっと強くなりたかったから、この公式リーグに来たんだ。
だから、もっと新しい戦い方を。もっと楽しい戦い方を。
そんな風に笑うかつての自分を見ながら、俺は久しぶりに心に火が付いたのを感じていた。
***
「今から、一戦やらないか?」
こっちからマイカに電話をかけたのは随分久しぶりで、相当に驚かれた。特に、マイカはこの前の試合の後の俺の落ち込みぶりを分かっているはずだから、なおのこと驚いたのだろう。
気分は良くなったのか、体調は良くなったのかという心配の言葉から始まり、最近会うのを避けていたことや電話にすら出ないことへの抗議に謝りつづけて、ようやく積もる話も済んだところで、俺はマイカにポケモンバトルを申し込んだ。
もちろん公式戦とは関係ない草試合だが、小さいころから勝負を繰り返してきた俺たちにとっては草試合の方が真剣勝負のように感じる。リーグプロになってからはあまり非公式の勝負はしていなかったが、今は一刻も早くマイカにリベンジマッチを申し込みたい気分だ。
「珍しいね。いいよ、やってあげる。」
二つ返事で了解をもらう。その声は俺の申し出を面白がっているようで、電話越しでもマイカの笑顔を感じることができる。
手早く準備を終わらせ、訪れたのはポケモンリーグの練習用スタジアム。リーグプロが育てた高いレベルのポケモンをうかつに街中で使えば大惨事は間違いなしなため、リーグプロが練習試合や非公式バトルをする際にはこの練習用スタジアムを使うことが推奨されている。幸い空きはいくらかあるようなので、そのうち一つを使わせてもらう。
正直、ほとんど衝動的に勝負を申し込んだから戦える場所が無いんじゃないかと心配していた。昔の自分を再確認出来てから無性に戦いたくて仕方なかったから、ここで場所がなくて戦えないなんてなったらどうなっていたか自分でもちょっとわからない。ここまでバトルが楽しみなのは、本当に久しぶりだ。
そんな風にワクワクしながら待っていると、しばらくしてマイカが現れた。
休日向きのラフな格好だが、その目に宿る闘志はこの前の公式戦の時と変わらない。いや、むしろ今の方がよりギラついた目をしている。
それも当然かもしれない。今になって思うと最近の自分は本当に追い詰められていたから、マイカには随分心配をかけていたはずだ。この前の試合も、楽しそうに戦っていた半面俺への心配の気持ちもかなりあったのだろう。
そこには申し訳なく思うが、今は気持ちを切り替えてバトルに集中する。それに、ここできっちり立ち直ったことを示した方が、マイカを安心させられる。
フィールドを挟んで向かい合う。対面に立つマイカはいつも以上に楽しそうで、つられて俺も笑ってしまう。
ああ、こんな風に楽しくバトルに向かい合えるのはいつ以来だろう。
そんな高揚した気持ちを抑えながら、マイカの初手を考える。今回のマイカのパーティは、再びドラゴンを中心とした見慣れた構築。アローラ土産の天候パーティでないのは、まだまだ安定した運用に至っていないからだろうか。
初手の候補はこの前と同じくゲッコウガかキノガッサ。ただ、この前の奇襲作戦でゲッコウガを抑えるのに成功しているから、心理的にはゲッコウガを出しづらいだろうか。いや、そう読むのを逆に読んで裏をかくということもあり得る。今回は特別メタ戦術を用意しているわけでもないし、こういう読みあいをしようとしても最終的には運任せみたいになってしまう。だからここは、相手の先発を読むことよりも、自分が動きやすくなる行動を採ったほうが勝ちにつながるかもしれない。
ふぅ、と一息吐いて選出を決める。
正直なところ、初心を思い出したくらいで昔の戦術勘を急に取り戻せるとは思えない。この選出も、今と昔のどっちつかずな中途半端な物になっているのだと思う。
でも、それでいい。これまで自分で考えることを放棄していた分を、ここから取り返していけばいい。そして、浅い考えの中途半端な戦術だとしても、今日はこれでマイカに勝つ。
「準備はできたか?」
「ええ。いつでも」
「じゃあ、行くぞ!」
合図とともに互いの先頭ポケモンを繰り出す。
こちらはぶちパンダポケモンのパッチール。実力は低いが、テクニカルな戦い方をそこそこ得意としているため、上手く行動すれば有利な局面を作り出すことができる。
一方マイカの初手は、今回も先手大将ゲッコウガだ。
パッチールは全体的に能力が低いポケモンであり、当然素早く行動することはできない。先手を取ったのはゲッコウガだ。
「ゲッコウガ、とんぼがえり!」
マイカの指示を聞いたゲッコウガはパッチールに突撃して、すぐさまマイカのもとへとんぼ返りする。この技は、相手に攻撃しつつ別のポケモンに交代することで、相手の出方をうかがいつつ対面を操作するテクニカルな技だ。
一見すると、使用者が少ないパッチールの動きを警戒した消極策に見えるが、多彩な攻撃を得意とするゲッコウガにとっては消極的すぎる気がする。そしてその違和感は一つの仮説を生み出す。
(こだわりスカーフか...?)
ただでさえ素早く行動できるゲッコウガに、さらに素早さを強化するこだわりスカーフを持たせる奇襲策。
この前のライボルトの奇襲に対する対策という一面もあるかもしれない。
だが、素早さに関係なく先手を取れる技が自信に繰り出されるのを封じる特性や、その効果をフィールド全体に生み出す「サイコフィールド」が発見されたことにより、技の特性による先制効果よりも純粋な素早さを重視する傾向が生まれてきているのは事実。このマイカの奇襲策は、そんな現状に対応する戦術の実験の一つでもあるのだろう。
ゲッコウガの一撃を受けたパッチールは、しかしまだ倒れずに「トリックルーム」を作り出す。この不思議な空間は、効果が切れるまでのわずかな間、素早いポケモンより遅いポケモンの方が先に行動するという異常な結果を生み出す。これにより、マイカの素早いアタッカーの先手を取って抑え込む作戦だ。
この異常空間に繰り出されたのは、四本足の鋼鉄の塊、メタグロスだ。このポケモンは、鋼鉄の体による圧倒的な耐久能力と物理的な破壊力を持ち、さらにサイコパワーまでも持ち合わせた超強力なポケモンだ。このポケモンを突破しない限り、3対1からでも戦況を逆転されうる難関。
だが当然、そんな強力なポケモンへの対策は考えている。
虫の息のパッチールに対して、メガシンカしたメタグロスは「バレットパンチ」を繰り出そうとする。速さが逆転するトリックルームの影響下でもバレットパンチを使えば確実に先手を取ることができるため、パッチールを確実に倒すこの技を使われることは読めていた。
バレットパンチは素早いが軽い攻撃。あらかじめ読んでいれば、後続に負担をかけずに交代するための隙になり得る。
メガメタグロスに対して後から繰り出したのは、煙を吹き上げる陸亀のポケモン、コータスだ。
メタグロスは鋼の耐久力で物理的な攻撃には無類の強さを誇るが、特殊な攻撃に対する耐久力はそれほどでもない。さらに、鋼の体が不得手とする炎の攻撃で弱点を突けば、一撃で落とすこともたやすい。
問題は、高速かつ高火力のメガメタグロスの攻撃をいかにかいくぐって炎技を打ち込むのかということだが、これは素早さを逆転させるトリックルームにより解決した。
コータスの熱気により日差しが強くなる。コータスは、場に出るだけで炎技の威力が高くなる晴れの天候を引き起こす特性がある。元々は攻撃が得意なポケモンではないが、晴れ状況下の炎技はメガメタグロスでも耐えることはできない。
あるいは、メガメタグロスを守るために他のポケモンに交代しても、交代際の隙に火力の高まった炎技を受けては大打撃となってしまう。
マイカの選択は、メガメタグロスの続投。下手に後続に負担をかけるより、一撃を耐える可能性にかけて逆にコータスにダメージを蓄積させる選択だ。
だが、晴れ状況下の炎技はそのもくろみを焼き尽くす。大文字に広がる炎の攻撃は、弱点を突かれたメガメタグロスを一撃で戦闘不能に追い込んだ。
重火力のエースポケモンを打倒し、コータスはいまだ健在。天秤は、大きくこちらに傾いた。
トリックルームはまだ続き、元が素早いゲッコウガは力を発揮できない。この苦境に、マイカは三匹目のポケモンを繰り出す。毒々しい極彩色の、ヘドロの様なポケモン。
「?あれはアローラの...」
見慣れないポケモンに、一瞬思考が固まる。
マイカが繰り出したのは、最近発見されたばかりの珍種、アローラのベトベトンだ。
最近ポケモンリーグの手が及ぶようになったアローラ地方は、独特の気候から新種のポケモンや新しい特性を持ったポケモンが多く生息する。周囲を日照りにするコータスの特性もアローラで新たに発見されたものだ。
そして、そんな珍しいポケモンの一種に、他の地方とは異なる進化を遂げた「リージョンフォーム」のポケモンたちがあげられる。リージョンフォームはアローラの気候に適応した新たな力であり、ポケモンのタイプや能力値が他の地方と異なる物になる。
このベトベトンは、元々の毒タイプに加えて、悪タイプを併せ持つことでタイプ相性による耐久能力が向上している。ただし、種族的な能力値は変化してないため、特殊な攻撃に強いとはいえ力ずくで押し切ることもできるはずだ。
そう考え、コータスに「大文字」の攻撃を指示する。
このまま押し切れば勝てる。
まだ研究が進んでいない新種にわずかばかり不気味さを感じながらも、俺は一気に攻め込むことを決断した。
***
「くそ、マズイ...」
正直、侮っていた。
ベトベトンは特殊な攻撃に対する耐久力には自信があるが、体力を回復する手段に乏しいため、高火力の力押しには対抗手段が無いと思っていた。
だが、アローラ地方で独自進化したポケモンの体力を大きく回復するきのみと、アローラ地方のベトベトンがもつ木の実をリサイクルする技が、コータスの攻めを超えた耐久能力を実現していた。
コータスだけではない。元々の能力が低いパッチールはもちろん、メガシンカを含めても弱点を突くことができないチルタリスでも、ベトベトンの耐久力を上回る攻撃は出来そうにない。これだけの耐久力では、たとえ運よく急所に攻撃が当たったとしても、すぐさま体勢を立て直されてしまう。
しかも、トリックルームが消え去る際の隙を突かれて、コータスに猛毒を浴びせかけられてしまった。この毒に即効性はないが、時間がたつほどに体を蝕み、一切の攻撃なしに相手を倒すことのできる長期戦の王道。既に晴れの天候も解除され、コータスの攻撃能力は並以下のものに戻ってしまった。
(ここまでか...)
諦めが頭をよぎる。今回の敗因は、原種とは違った戦闘手段を持ったアローラのベトベトンを軽視していたことに尽きる。まだリーグ公式戦に数が現れていないアローラのポケモンは、戦術としての研究が不足している部分が多い。その研究不足をカバーできなかったのがこの敗北を作り出した。それがわかっただけでも収穫だ。
それに、トリックルームから足の遅いコータスにつなげ、強力なメガメタグロスを打倒する戦術も実践で試すことができた。晴れ状態でのシナジー向上は今後の課題だが、有意義な一戦になったといえるだろう。
これ以上粘っても勝ち目は薄い。それなら、早々に降参して次の一戦につなげるのが賢い選択だろう。
そう思って降参しようとするが、どうしても「参った」の声が出ない。理性では降参が正解だと言っている。でも、まだやれるという気持ちが、その声を押しとどめていた。
コータスを見る。猛毒に侵され体力も残り少なくなってきているが、その目はまだあきらめていない。
そうだ。俺はこれくらいの苦境で諦めるほど、物分かりがいい性格だっただろうか?いや、違う。前はもっと、最後の最後になるまで、勝利への道を探し続けていたはずだ。
それに何より、ポケモンたちが諦めていないなら、トレーナーが諦めるわけにはいかない。
ベトベトンが再びきのみをリサイクルする隙をついて、コータスを控えに戻す。続いて繰り出したのは、パッチール。力で押せない状況を何とかしてきたのは、いつでもこのパッチールだった。
トリックルームがなくなった今、わずかながらパッチールの方が素早く行動できる。選択した技は「アンコール」。
相手の技を褒めたてて直前に繰り出した技を繰り返させるテクニカルな技だ。
これにより、ベトベトンはきのみをリサイクルする行動を続けることになる。この隙に場を整えれば、ベトベトンを一気に突破することができるかもしれない。
そのわずかな勝機に望みをかけ、パッチールに次の技の指示を出した。
***
「完全に負けじゃん!くっそ悔しいぃぃ!」
終わってみれば、マイカは二体のポケモンを残しての余裕の勝利。惨敗だった。
敗着はもちろんベトベトンを侮ったことだが、そのあとの立て直しも結局うまくいかなかった。パッチールを起点にベトベトンを抑える策を生み出そうとしたが、ゲッコウガの多彩な攻撃の前に壊滅。結局ベトベトンをどうにかする以前の決着になった。
でも、そんな一方的な敗戦でも、もう倦怠感も苛立ちも感じない。今はただ、力及ばず負けたことが悔しかった。
負けたことがただ悔しいのも、久しぶりだ。今までずっと、負けることでいろいろ言われるのが怖かったり、相手の才能が恨めしかったりで、自分の戦いをうまく顧みることすらできなかった。
今は違う。もっとうまくパーティが作れたんじゃないか。もっとうまく試合運びをすることができたんじゃないか。
自分の弱さが悔しい。そして、次は絶対に、勝ちたい。そう、素直に思うことができた。
「途中でメタグロスがやられたときはヒヤッとしたけど、まあ結局は私の方が強かったわね!」
マイカの軽口にちょっとムッとする。確かに今回は負けたが、公式戦でもない一回勝負に勝ったくらいで、完全に上回ったように思われるのも癪だ。
「いや、ベトベトンを対策すれば後はどうとでもなるし。別にもう負ける気はしないかな」
「何よ。目新しいポケモン一匹に翻弄されるようじゃ、どのみち私に勝てっこないと思うけど?」
「そっちこそ。ちょっと新しい戦い方を試しただけでエースポケモンを粉みじんにされて、よく大口が叩けるよね」
「...言ってくれるわね。まあ、公式戦の記録が私の方が強いって証明してくれるし?ちゃんとリーグ戦で次もコテンパンに負かしてあげるわ」
こんな言い合いも、随分と懐かしい。希望に向かって全力で走っていたあの頃に戻ったように感じる。
俺はもう、何が大切なのかを思い出した。もう、目先の正しさに惑わされて、自分のやりたいことを見失ったりはしない。
だからもう一度、あの頃のように、何度だってこう言ってやる。
「言ってろ。次は俺が勝つ」