この世界は平行世界と呼ばれるものだ。
無数にある可能性の一つ。考えうる全ての"もしも"の世界。枝分かれしながら広がり続ける無限の運命。
その一端なのだと、クラウス・フォン・アインツベルンはしんしんと降り積もる窓の外の雪を眺めながら、暖炉の前でロッキングチェアに揺られながら考えていた。
先ほどクラウスは城の地下にて錬金術の実験をしていた。
アインツベルンが誇る歴代魔術師の中で最高の資質と才能を持つクラウス。魔術回路は驚異のメイン五十三。サブだけで四十一である。しかも、まるで雪の結晶のように美しく無駄がない。人間の中で間違いなく最高峰に位置する魔術師だった。それはアインツベルンが千年を越える長い長い年月の間、継承を絶えず続け、その上で研鑽と努力をした証であった。
そしてそれはクラウス自身も理解していた。自分がこれほど恵まれているのは、これまで何代もの先祖が重ねた努力の結晶であると、だからこそ自分の力で第三魔法にたどり着くと心に決めていた。
それだけに命懸けで不確定な聖杯戦争に興味を持てず、アハト翁に任せて、第三魔法『天の杯』の再現を聖杯戦争とは別の方法で達成しようとしていた。
アインツベルンが運命の悪戯のごとく、完全な偶然で造り出した最高峰のホムンクルス、ユスティーツァ。彼女はアインツベルンを産み出した師と同等かそれ以上の性能を持っていた。つまりは第三魔法が使える。
第三魔法とは何ぞや。
アインツベルンでの名称は『天の杯』。同胞で怨敵である間桐が言うところの『魂の物質化』である。
分かりやすく説明するならば、魂はこの世界より高次元の世界にある永久不滅の存在である。肉体はそれをこの世界に繋ぎ止める入れ物である。当然肉体が壊れれば、魂は高次元の世界へと帰る。
第三魔法を用いれば、肉体という壊れてしまう入れ物を要らなくし、魂そのものをこの世界に固定化する事ができる。あるいは、魂そのものを自由自在に扱うことができる。
その使い方は様々だ。
永久不滅。つまりは不老不死になれる。
途絶えることのない膨大なエネルギーは、永久機関そのものであり、これを魔力として使うことも可能だろう。
魂を自在に操ることができれば違う肉体に宿ることも簡単だろう。
そして何より高次元の存在が持つエネルギーは、人間が次なるステージ、新たな生命体として進化することができるとされている。
ユスティーツァは不老不死には至らなかった。
その上、不老ではあるものの体は弱く、精神的に成長は鈍く、感情に疎かった。
クラウスはユスティーツァをプロトタイプとして、改良を重ね、完璧な形で完成させ、彼女自身に第三魔法を用いて貰い、自身を昇華してもらおうと考えていた。
今まで幾度となくアインツベルンの魔術師達が挑んだ難題。ユスティーツァが造られ、聖杯の基盤となって数百年。未だに辿り着けない領域だが、一度造れたならば、もう一度造れるのは道理である。クラウスは死んでも諦めるつもりはなかった。
過去の資料を見聞し、ユスティーツァを完全に解析し、理解し、もう一度造り出し、それを量産出来るまでに至ること目標としている。
それができなければ改良も完成も夢のまた夢だ。
地下で行っていた研究は勿論ホムンクルスの鋳造である。クラウスはまだ十五才ながらアハト翁のホムンクルス鋳造レベルに達していた。
クラウスの起源は『分析、解析』。
数百年前の資料から今までの記録を分析し、解析する。
その過程でどうしても解析する必要があったのは、最大の神秘で魂。この城には自分以外人間はいない。ホムンクルスたちは人間とは少し違うため参考にはならない。だから、自分の魂を解析することにした。自分の魂を全て余すことなく解析し、意識を失った。その暗闇の中、光が満ちて行くと前世というものを観た。
作業服を来た黒髪の男。その男の人生を一通り観た。
今より先の未来で平凡で一般的な男の人生。男の意識がこちらに流れ込むことはなかった。ただ知識が増えただけだ。
ただ気になるのは、その中にfateシリーズなるものが混ざっていたことだ。
ぶっちゃけ未来の知識だった。
この世界はクラウスがまだ生き残っているが、その物語の世界のアインツベルンの魔術師は滅んでいた。しかもアインツベルンは聖杯戦争でことごとく大敗してたし、アハト翁の空回りっぷりがもう笑えないレベルまで到達していた。
冷静に分析するなら、この前世の記憶は平行世界じゃない気がした。もしかすると完璧別世界の可能性が高い。
少なくともこの世界で魔術師のことを、しかも実名で漫画やらアニメやらスマホゲーやらラノベゲーやらアクションゲーやらエ○ゲーやらで販売されない。
魔術協会、聖堂教会からの派遣で関係各所が血溜まりに染まる。
しかもこの前世を見るだけでも危ないかもしれない。
そうなるとこれはもう不味い。
第二魔法に片足突っ込んでしまった感が凄い。いや、それだけならまだ増しなのだが、隣り合う平行世界ならともかく、自分の魂を道筋に隣をぶち抜いて天井をぶっ壊して、屋根の上の世界を覗いてしまった感じだ。
だけど、興味深く参考になる事柄はいくつもあった。
特に、最高位の人形師蒼崎橙子の思考と技術はホムンクルスの製造に共通するものが多い。いつか本人に会って話してみたいと心から思った。
クラウス・フォン・アインツベルンはロッキングチェアから降りて部屋を出た。
彼は魔術師だ。しかも奇跡を創る学者である錬金術師だ。記憶の整理はついた。そして熱意は更に高まった。今はスポーツ選手がゾーンに入ったかのような万能感に包まれている。
とりあえずその日クラウスは、それ以上でもそれ以下かでもなく自分と寸分違わぬホムンクルスを造り上げた。
そして思うのだ。これで無茶できると。