秀才、と呼ばれるに相応しい人だった。
数多の困難を、自らの努力で克服してきたその様は、まさしく秀才だった。
魔術の腕もさることながら、広い知識をも持ち合わせ、戦闘においても他の魔術師とは一線を画す能力を有している。
常に凛として佇むその姿に、誰もが一度は目を奪われるだろう。
人理修復という極めて困難な課題にも、そのひたむきな努力で打ち勝った人。
それが、オフェリア・ファムルソローネという存在だった。
「ちょっと、藤丸」
「何?」
レイシフトを終え、自室に戻ろうとしたところで、オレはオフェリアに呼び止められた。
「さっきの戦闘は何? あなたがあのタイミングで前に出た所為で、マシュに余計な動きをさせていたわ。結局凌いだからいいけれど、あれで彼女が余計に負傷するかもしれなかったのよ?」
どうやらさっきの戦闘で、オレの動きにミスがあったらしい。オレはマスターと言っても所詮は場数をこなしただけの一般人だ。彼女のようなちゃんとした魔術師からすると、かなり苦言を呈したくなるようで、レイシフトをすると毎回の様にダメ出しをされる。
まぁ、オレについてと言うよりも、マシュのことが心配だからなんだけど。オフェリア、マシュには甘いからなぁ……。
「ごめんごめん。次からは気をつけるよ」
「まったく……」
彼女が大袈裟に溜息を吐いた。
「……毎回危ないところを見させられるこっちの身にもなりなさいよ」
「え?」
何か小さく呟いたようだったけど、聞こえなかった。
「なんでもないわよ! 報告書はちゃんと書いておきなさいよ!」
それだけ言い残して、彼女は背を向けて去っていった。
オフェリアは、偶然にもレフ所長による妨害工作を逃れ、オレと2人で人理修復に尽力してくれた。
実際にサーヴァントと契約を結ぶのはオレの役目だけど、戦闘におけるバックアップとして、彼女は大変に優秀な役割を担った。
更に戦闘指揮や戦術について、彼女は素人同然のオレにもわかるように教えてくれた。
もし彼女が居なかったら、人理修復を成し遂げることができなかったかもしれない。
なので、彼女には感謝してもしきれないくらいだ。
ただ、問題点がひとつだけ。
最後のマスターとして、2人で協力して幾多もの特異点を駆け抜けた結果、彼女のいろんな面を知ってしまった。
そうしてオレは。
叶うはずもない恋心を。
彼女に抱いてしまったのだ。
「はぁ……」
「今日も一段と深い溜息ですね、先輩……」
マシュがこちらを気遣うように言う。
最近はレイシフトの後に、オレの部屋で報告書を書きながらマシュに愚痴を聞いてもらうのが日課になりつつある。
「またオフェリアに怒られちゃったよ……。……学習しない奴って思われてそうだなぁ……」
「そんなことありません! 先輩の今日の行動も、私を庇ってのことだったじゃないですか! オフェリアさんも、きっと分かってくれていますよ」
「そうかなぁ……」
「そうです! きっと、先輩のことを思って言ってくださっているのかと」
「ならいいんだけど……」
無いとはわかっていても、こうやって言ってくれるからマシュはいい後輩だ。オフェリアが甘やかしたくなるのも頷ける。むしろオレも甘くしてるまである。
「ところで先輩、後学のためにお聞きしたいのですが……」
「うん、何かな?」
「オフェリアさんのどんなところが好きなんですか?」
マシュがキラキラした目でこちらを見ながら聞いてきた。そういえばこういう話に興味津々なお年頃だったね……。
「うーん、そうだなぁ……」
改めて聞かれると、何と答えたものか迷ってしまう。
「いろいろあるんだけど……やっぱり1番は、努力を惜しまないところ、かな」
「それは私もとてもよくわかります。オフェリアさんのあの姿勢は、賞賛されて然るべきですからね」
「あとは……その」
「なんでしょうか?」
『あら、こんな時間まで起きてるなんて珍しいわね』
『私? さっきまで、マシュと女子会、なんてものをしていたのよ』
『ええ、とても楽しかったわ』
『……いいものね、友達って』
『……ふふっ』
「……たまに見せる笑った顔が、すごくかわいい」
「わかります! 普段のクールな感じとのギャップ、というものですね!」
マシュからも共感をもらえた。
しかしこれ、思ったより恥ずかしいな……。
「……よし、報告書完成」
マシュと話をしながらも書いていた報告書がまとまった。あとはこれをダヴィンチちゃんに出すだけだ。
「あ、でしたら私がダヴィンチちゃんのところに持っていきます。私もダヴィンチちゃんのところに行く用があるので」
「そうなの? じゃあお願いしようかな」
「はい!」
オレはマシュのお言葉に甘えることにした。
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「はぁ……」
「今日も一段と深い溜息ですね、オフェリアさん……」
マシュがこちらを気遣うように声を掛けてくれた。
最近はレイシフトの後に、私の部屋でマシュとお茶会をするのが日課になりつつある。お茶会と言っても、実際は私の愚痴をマシュに聞いてもらう会になってしまっているが。
「また藤丸に強く言ってしまったわ……。……嫌な奴って思われてるのではないかしら……」
「そんなことありません! 強く言ってしまうのも、先輩のことを思って言っていることがわからない先輩じゃありませんから!」
「だといいのだけれど……」
私なんかの愚痴を聞いてくれるし、あまつさえ励ましてくれるのだから、マシュは本当にいい子だ。藤丸が甘やかしたくなるのも頷ける。もっとも、私もマシュには甘い自覚はあるけれど。
「ところでオフェリアさん、後学のためにお聞きしたいのですが……」
「ええ、何かしら?」
「先輩のどんなところが好きなんですか?」
マシュがキラキラした目でこちらを見ながら聞いてきた。そういえばこういう話に興味津々なお年頃だったわね……。
「……答えないとダメかしら?」
「ぜひとも!」
ここまで食いつかれると、答えないわけにもいかない。やっぱり甘いわね、と自分でも思う。
「強いて言うなら……諦めないで頑張れるところ、かしら」
「とてもよく分かります。先輩は、どんな絶望的な状況でも、最後まで諦めずに努力できる人ですよね。私もあれこそ、先輩の1番凄いところだと思います」
「それに、誰にでも分け隔てなく接するところも、好感が持てるわね」
「ですね。数多くの英霊と縁を結ぶことができるのも、そのおかげですからね」
「あとは……そうね」
「なんでしょうか?」
これは言うのも少し恥ずかしいわね……。
『あー、雨降ってきちゃったね……』
『とりあえずどっか雨宿りできる場所まで行かないと……』
『……しょうがない、走ろっか! ほら、オレの上着あげるから!』
『危ないから手、離さないでね! 行くよ!』
「……たまに見せる真剣な表情が、ちょっとだけかっこいいところ」
「わかります! 普段はあんなに優しいのに、それとのギャップ、というものですよね!」
「ちょっとだけ! ほんのちょっとだけよ!」
あぁもう、言っていて恥ずかしくなってきた。
「こ、これくらいでいいでしょう! マシュ、あなたダヴィンチのところに用があるのではないの?」
「はっ、そうでした! それでは私はこれで失礼します。大変勉強になりました」
そう言って、マシュは部屋を後にした。
それにしてもこんなに話してしまうなんて、私も甘いわね……。
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「わざわざ呼び出して、何の話?」
オレは珍しく真剣な表情をしている目の前のダヴィンチちゃんに尋ねた。
今日はレイシフトもない久しぶりの休みの日だった。オレはのんびり休日を謳歌するつもりだったけど、突然ダヴィンチちゃんから呼び出しがかかったのだ。
呼び出されて行ってみると、そこにはダヴィンチちゃん1人だけが待っていた。
「……君がこれからどうしたいか、聞いておきたくてね」
「オレが……?」
「そうだ。キミのおかげで人理焼却は阻止され、カルデアもこうして存続している。まだ微小な特異点は僅かに残っているが、それくらいならオフェリアちゃんを擁するカルデアをもってすれば解決できるだろう。……つまり」
「つまり?」
「もしキミが望むのなら、キミはカルデアを離れ日常に戻ることができる、ということだ」
ダヴィンチちゃんがそう告げた。
日常に戻る。
確かにいつかは戻るんだとは思っていた。ただその機会がこんなにも早く訪れるとは思っていなかった。
「もちろん、キミがカルデアに残るという選択をしてくれるのならば、大いに歓迎しよう。世界を救ったマスターが居てくれるのは、大変に心強い」
ダヴィンチちゃんはそうも言ってくれた。
カルデアでの生活が楽しかったのは事実だ。そしてカルデアで得たみんなとの繋がりを捨て難いのまた本心だ。
2つの気持ちを天秤にかける。どちらもオレにとって大事な気持ちに違いない。しばらく左右に揺れた後、天秤が選んだのは–––。
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「オフェリアさん!」
慌てた様子のマシュが駆け寄ってきた。
「どうしたの? そんなに慌てて」
「先輩が、カルデアを離れるって……!」
「あぁ、そのことなら聞いたわ」
「……オフェリアさんは、それでいいんですか」
「……いいも何も、私が決めることではないでしょう? 彼が自分で考えて出した結論に、外から口を出すべきではないわ」
「……それは、そうですが……」
「実際、賢明な判断だと思うわ。元々魔術師の素養がない一般人なのだから、普通の暮らしに戻れるなら戻るべきね」
諭すようにマシュに語りかける。
「……わかりました。……そうですよね、先輩が選んだ選択ですから、応援すべきですよね。ありがとうございます、オフェリアさん」
ぺこり、と頭を下げてマシュは去って行った。
「……誰を諭してるのかしらね」
去っていくマシュの背中を見ながら、そう呟いた。
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「これでよし、と……」
あまり多くはない荷物の整理が終わって、一息つく。明日はとうとうカルデアを退去する日だ。
カルデアを去ることを決めてからは早かった。引き継ぎの資料を作って、別れを惜しんでくれるみんなに挨拶をして回って。
気付けばもう前日の夜を迎えていた。
心残りが1つだけある。
タイミングが合わず、挨拶をできていない人が1人だけいることだ。
すると突然、ドアをノックする音が聞こえてきた。
ドアを開けると、そこにはその心残り、オフェリアが立っていた。
「荷物はそれだけ? 随分少ないのね」
「ここに来るときにほとんど何も持たずに来ちゃったからね」
2人、ベッドに並んで腰掛けて、ぽつぽつと言葉を交わす。
「こうして話せて良かったよ。1人だけ挨拶をできてないままっていうのはイヤだったからさ」
「私も、そこまで不義理な女だと思われたくはなかったもの」
沈黙が、2人の間を流れた。
「……ねぇ」
沈黙を破ったのは彼女だった。
「……本当に、ここを出るの?」
「……うん。そう決めたんだ」
「……そう」
しばらく彼女は黙って俯いて、やがてオレの上着の袖を力なく掴んだ。
「やっぱり駄目ね、私。……本当は、ちゃんと送り出すつもりだったのに」
「……いかないで」
「あなたのいない毎日を想像してみたけど、駄目だったの。今と比べたら、何の色も無くて。そんなの、きっと耐えられない」
「それくらい、あなたのことが好き」
「オフェリア……」
「……あぁもう駄目ね、あなたを困らせるつもりなんてなかったのに。……ごめんなさい、でも伝えないままにはしたくなくて、」
「オレも好きだよ、オフェリアのこと」
オレはそう答えて、俯く彼女を抱き締めた。
「ずっとずっと、オフェリアが好きだったよ」
「……ありがとう」
彼女の想いを知って、オレは1つ決断をした。
「……決めたよ。……オレ、やっぱりカルデアに残るよ」
「いいの? 残っていたら、また争いに巻き込まれるかもしれないのに」
「それでもいいさ。オフェリアが隣に居てくれるなら、きっと乗り越えられるから」
「……全く、立香らしいわね」
そうして、大事な人の気持ちを知ったオレは、この場所に残って、彼女と一緒に居続けることにした。
今度は人理ではなく、彼女との日々を守るために。