西暦にして約700年程前。
イギリスの南西に位置する修道院グラントンベリーの地下よりとある物が発掘される。
それは今にも崩れ落ちそうなほど古ぼけた、一枚の羊皮紙であった。
それは、作成した者の名前を取って“アリマタヤのヨセフの遺物”、そう名付けられた。
アリマタヤとはーーーはるか昔、ローマが帝政をひいていた時代に置いて処刑された神の子である“イエス•キリスト”を十字架から下ろし、埋葬前に最後に彼に関わる事となった聖人である。
彼は自らの建造したキリスト教最古の聖堂であるグラントンベリーにて死没するまで伝道師として自分の役割を果たし、各地を渡り歩いた。
その彼が遺したその発掘物ーーーそこには誰も見たことのない地形の地図が描かれていた。イタリアでもなく、ロシアでもなく、その当時栄華を極めていた大国の知識人達を持ってしても分からない陸地であり、場所も知り得無かった土地であった。
それは何処なのか。何のために聖ヨセフはその地図を遺したのか。やがて時代が経ち、誰しもが解読を諦めた事で人々の記憶の中からその遺物の存在自体が抹消されていった。
時は経ち1500年。
人類の新たな世紀が始まった所で聖ヨセフが没したとされるグラントンベリーにて保管されていた“アリマタヤのヨセフの遺物”は忽然としてその姿を消した。
ーーーそれは誰もがまだ見ぬ新天地である『アメリカ大陸』が発見されてから数年の事である。
「既に起こってしまった被害はどうにもならんーーー引き続きジャイロ•ツェペリの動向を確認し続けろ」
「ーーーかしこまりました」
耳のデカいーーーSBRを開催するにあたって新たに雇い入れた使用人が別の車両に移動した事を確認した後、SBRプロモーターであるスティーブン•スティールは幾つかの写真を見比べる。
一つは砂漠の写真であり、本来であれば何も映るはずはなかった。だがそこにはアリ地獄の巣の如き地面の穴に、岩の柱がそれを取り囲む形で聳え立っていた。まるで大きな爪のような形をしており、付近に住むインディアンが“悪魔の手ひら”と呼び恐れていた理由が分かった。
調査によると、それは砂漠に突如現れ、日によれば一日に数km動くこともある魔の“海域”であるそうだがーーー調査士の誰かがホラ話でもつかまされたのだろうと数日前まではそう考えていた。
余計な頭痛を起こしやがって・・・。スティーブン・スティールは頭を抱えながら更にもう一枚の写真にも目をやった。
そこには酷く壊れた厩舎と思わしき建物内部の様子が映されており、係員の話を聞く限りでは極地にでも放置されていたのかと思うほどに外壁や内部のあちこちに薄い氷の膜がはられていたという。
その様子だけを切り取れば誰もそこを砂漠地帯とは思わないだろう。
一体何が起こったのか、レースに対するテロかどうかすら定かでは無かったが、周囲に響いていた幾つもの爆発音からしても死者が一名で済んだ事すら奇跡に感じる。
このレースで誰かが死んでしまうという事は参加者一人一人に契約書を書かせている時点で分かりきっていたことだった。元々が前人未踏であり、誰しもが無理だと考えていたレースなのだ。ルートは険しい山道に寒暖差の激しい地域もあり、1stステージならまだしも、ステージが進めば進むほど、救助隊を兼ねた観測気球が侵入不能な地域も増えてくる。だからこそある程度の犠牲は覚悟している。この私がレースプロモーターとして最前線で批判を受けることさえもだ。
だからこそ、対策は講じていた。祭り事の際には火事場泥棒は付きもので、故に生来のカウボーイであるマウンテン•ティムを参加者でありながら治安維持を行う警備委員として雇い入れたのだ。
それは結果としては成功だった。
不特定多数の参加者に対して、殺すならまだしもその臓物をあたり一面に撒き散らすという蛮行を行ったブンブーン一家を止める事が出来たからだ。
そこまでならばよかった。レース上の出来事であり、多少の被害が出ようと私の裁量で対処ができるものであったから。
「本当にジャイロツェペリは持っているのかーーー?」
「かもしれないのではなく確定なのだよ、スティーブン君」
車内で唯一の、カーテンがかけられたvip席の方向から、窓際で独りごちるスティールへ返答が返って来た。
スティールは先程使用人が出て行った扉をチラと見やると、人がいない事を確認した上でカーテンの中へ恐る恐る入っていく。
中には数人に従者を携えた男が足を組みながら優雅に車窓から砂海を眺めていた。そこにいたのは一目見ただけで分かるほどの気品の高さを纏いながらも、口調はどちらかと言えば親しみやすく庶民からの支持も厚い“大統領”ファニー•ヴァレンタインその人であった。
「だだっ広いアメリカ大陸に散らばったミイラ化した遺体を、ジャイロ•ツェペリは確実に手に入れている。確かにガソリンとその付き添いを除いて悪魔の手のひらを通過したのは彼だったのだろう?」
「ええ、観測員の話では確かにそれはジャイロ•ツェペリとジョニィ•ジョースターです。ですが何故彼がーーーその、遺体とやらを手に入れたと言い切れるのですか。私にはそれがどういうものかは分かりませんが、大量の参加者がいる中で2ndステージに進んだものは少ないとはいえ、それを探し当てるというのはいくらなんでも」
「ッーーー何故それをキサマに話さねばならない! お前はこのレースを1人で開催したつもりのようだが、」
「いいーーー話してやろう」
喰ってかかってきたガタイのいい従者を私が睨み返すよりも先に、大統領はそれを右手で制した。
「ジャイロが遺体を見つけるのではない、遺体自体がジャイロを選ぶのだ。あれにはそういう性質がある、果たして思考回路が存在するのかは疑問だがーーーそれを裏付ける“連絡”もあったしな」
「その、遺体というものは一体何なのですか。一体誰のーーーというよりも、文字通りの“遺体”ということですか?」
未だ記憶に新しい、大統領をはじめとしたアメリカという国が総力を挙げて探している“遺体”とやらの存在。何故彼らはそれを追うのか、遺体とは何なのかーーーそしてこれは果たして自分が関わって無事に済むものなのか。スティールはここ数週間気が気でなかった。
それを知ってか知らずか、大統領はゆっくりとその口を開く。
「それを知って、君はどうする」
「・・・お言葉ですが、あくまでこれは私のレースです。たとえ幾ら出資されていようが大統領、あなたのモノではないし、私以外の誰でもない。それに現段階で例の、3rdステージゴール付近の“獣害騒動”の対策や、ジャイロを探すという最大限の協力はさせていただいているーーー唯、その目的のために私のレースで人殺しを容認するほどバカじゃあないという事です」
「なるほどーーー。だが一つ訂正しておこう。正確に言えば私の目的ではない。全てはこの合衆国のためなのだ」
「この国のーーー?」
「それでも知りたいとーーーいいのか? それ以上知れば言わずもがな、お前に拒否権はなくなるという事だが」
「ッーーー」
明らかに、あえて外されていただろう目線がこちらと交差する。
溜め込んでいた唾液が喉を通る感触が嫌に鮮明に感じ、気付かれぬよう平静を装うもフッと笑われた後に視線を外された。
(初めから拒否権など無いというのに、あくまでそちら側から協力する姿勢を見せろというのか……!)
「常人が知っていいものではない。この大義は、必ずこの国の糧となる。それは間違いないのだーーーと、紅茶がもう無くなったか」
「あ、でしたら私がーーーッ!?」
その時、列車がぐっと一際大きく揺れる。紅茶を淹れようとポッドを持った妻ーーールーシーの体がグラつき、中に入った紅茶ごとポッドが大統領へ向けて宙を舞った。
その飛沫がどうなるのか、確認するよりも早く頭を下げた。
「もーーーッ、申し訳ございません!!!
何分妻はこうした席に慣れておらずーーー責任は全て私がッ」
「いや、大丈夫だ。それよりも君の妻の心配をした方がいいーーー乗車の際に引っ掛けでもしたのか? ヒールの踵がズレてきてるぞ」
「はーーー」
まるで初めから紅茶など入っていなかったように大統領は気にも留めていない。
従者共々、私達以外の誰も慌てていない様子に元々ポッドに紅茶など入っていなかったのではないかと夢想してしまうほどで。しかしながら脳内で数秒前に見た光景がそれを否定し、もはや訳が分からなかった。
思わず震える手を妻に見られぬよう背後に手を回すと、ドタドタと、何故か“頭上”から誰かが真上を歩く音が聞こえた。
(何かが、上にいるのかーーー?)
天井を見上げようと、動かした視界の端に映る車窓の中に細い糸のようなものが見えた。
「君が気にする事じゃあない。スティーブン君、いいか。ーーー何度も言うようだが君はジャイロに注視しておくだけでいいんだ。あとは私が手回しをする。それが君の為にも、ひいては君以外の為にもなるのだからな」
「ーーーッ、分かり、ました……」
向けられた目線が自らの妻である事を認識すれば、私のレースで好き勝手をするなどスティーブンスティールはそれ以上口に出せる訳も無かった。
大統領ーーーファニー•ヴァレンタインは窓に手をかけ、外一面に広がる砂漠を確認する。
(記憶を握っている限り、奴の首には縄がなかったままーーー“アレ”はいい置き土産だったな)
「探索機である黒色鉄球の後継者が手元にあるのならば、遺体は手に入ったのも同然。残る障害はあと一つと言っていいーーー」
思わず口角が上がるのを手で隠しながら視線の移った先には、アメリカ大陸を模した古ぼけた地図がたてかけられていた。
「ありゃあ、中々厳しい状況みたいだなーーー」
「助けに行く、とか言うなよ」
体を貫くようなホットパンツの視線をよそに、中継地点の物産で買ったレンズにヒビが入った望遠鏡の筒をぐると回す。
すると筒の中で豆粒台の大きさだった何かが拡大され、ようやくよく見るジョニィ•ジョースターの姿となった。
ここから距離にして何十メートルほど先か、全く景色の変わらない砂漠地帯で上手く距離感覚を掴む事は出来ないが、望遠鏡を使えば最低限そいつが何をしているかは分かる。初めから一個もっとけば良かったなと感じたほどである。
「状況次第だーーー
「なんだ、前はあんなに黒色鉄球に選ばれたジャイロに対して嫉妬をしていた癖に。随分と余裕だな」
「黒色鉄球に選ばれたんだ、遺体を所有しているのは一時的かそうでなくとも、その鉄球の意思をないモノにする訳にはいかない」
「・・・好きにしろ。ただし私はお前の護衛しかしないからな」
「それはそれはーーーありがたい」
筒の中の小さなジョニィは何やら砂漠の中を走り回ったり、岩陰に潜んでなにかから隠れようとしたりと大忙しの様子であり、どう見ても正常な精神状態でないように見える。
そしてそれと同様に筒の中に映る“異常”は、まるでそれ自体が意思を持っているかのようなナニカがジョニィの後を追っている。
ある程度細く、しかし荷物を持ち上げる事が可能なくらいには頑丈そうな見た目のロープのような何か。この距離だと日光の反射でギリギリ目視可能なレベルだが、持ち手のいないそれが自律してジョニィを捕まえようとしていた。
「十中八九スタンド能力だろうが、ありゃまたなんて珍妙な」
「姿で侮るなよーーースタンドは持ち主の精神を写す。“あのような”矮小な形というのは、それ相応の内に秘める凶暴性があるからだ。姿を消したジャイロも、既に意識はないだろう」
「だが、まだ命までは取ってないはずだ。なんせ、“ジャイロから遺体は出ない”からな」
ネアポリスからの刺客から命からがら逃げおおせながらも、その道中で係員に電報を頼む事は出来た。
『遺体の持ち主は緑色鉄球使用者である』
大統領に伝えたその内容に嘘はない。主として緑色鉄球を使っているわけではないものの、それを使った事によって能力が発現したジョニィ・ジョースターは“少なくとも”ジャイロの持つ緑色鉄球の使用者である。
国を繁栄するため遺体を収集している事、そしてそれを何故か集めている化け物を討伐するという目的。大義名分としては立派なものであり、彼が見せてくれた怪物騒ぎの報告書を見る限り丸っ切りの嘘という訳では無いのだろう。
国の繁栄のために協力を頼んだ情の部分と、記憶という代償を引き合いに出した非情さ。
突拍子さも感じられるが、あまりにも違和感のない筋書き。
確かな証拠は何一つない。だが、生まれてからここまで生き抜いてきた経験が彼を一点の曇りもなく信じるという行為に疑念を抱かせた。
「いいのか。大統領を裏切る行為なぞ働いてーーー時代が時代なら反逆罪で首を叩っ斬られてもおかしくないぞ」
「喉から手が出るほど欲しいものを人質にする奴なんぞ、裏切るどころか始めから味方でも何でもない。嘘はついてないしな」
それに、多分嘘をつかれているのはこちら側だろう。
自分のためではなく、あくまで他の者の為であることを強調し、相手に選択の余地を残す振りをしながらも実際には拒否権は残されていない。
弁が立たなければ生きていけない政治の世界でトップになるには、あの程度の話法は朝飯前なのかもしれない。
「確か大統領が言っていたのは、“記憶”だったか。誰のーーーあれの意味は一体なんだ」
「俺の話だ。 だが、いつかは戻る話だーーーキッカケは幼い頃の怪我、と聞いている。今となってはそれもあやふやだがな」
「そしてそれを何故か大統領が知っていたと。フンーーーいかにも小説家が好きそうな話だが、人の口の門を立てるのは到底無理な話だ。どうせ誰かにでもバラされたんだろう」
「・・・話した相手は1人だけだーーーだが、決して安易に口を開く人間じゃあない。それに、何かの武器になるような大層なものじゃあ」
「当時の記憶もないのに重要かそうでないかは判断はできんだろう。口を割らせる方法だっていくらでもある。どんな聖人だろうと、抗えないモノは誰にだって存在する」
「んなワケがーーー」
「じゃあ、そいつは今どこにいる」
「それは……分からない」
「なら、そういう事なんだろう」
それきりホットパンツは口を閉ざす。言い返す言葉は何も思いつかなかった。
記憶があやふやである事を話したのは出会ったばかりの時に先生に一回だけだった。
目の前をさってからというもの、彼の生死は未だにわからない。
いつの間にか命を助けられ、いつの間にか姿を消していた彼は、数年間同じ時を過ごした間の中であっても謎としか言えない人物だった。
ジャイロの話を聞く限り、鉄球使いというのはネアポリス王国門外不出の技術であり、そう易々と他国の人間が扱えるモノでは無い。
先生が何故回転の技術を使えたのか、彼はどこからきた人間なのかーーージャイロはどうやら心当たりがありそうな振る舞いをしていたが、肝心なのは何故自分に技術を教えたのか。それは彼の口から語られることは終ぞ無く、いつからか裏の仕事を止め、拠点を転々としていたことからも誰かに追われていたのかもしれない。
何を思って、どう生きて、受け継いだのは何故自分だったのか。
それを知っていれば何か変わったのかなんて思っている訳じゃない。
だが、もし記憶の話を大統領に話したのが彼だとしたならば、少し悲しく思ってしまうかもしれない。
ただ、もしも。
もしもの話だがーーー大統領が先生の行方に関わっているのだとしたら、その時は必ず落とし前をつけさせる。
まぁ、俺の記憶にそこまで価値があるとは思えないし、結局は杞憂も杞憂なんだろうが。
「ーーー生き抜いてきた環境と反比例したお前のそういう所は美点だが、そのままではこのレースを乗り越えれるとは私には思えない」
「へぇ……」
「なんだ」
「いや、まさか褒めてくれるとは思ってなかったよ」
「••••••見ろ、お前が無駄口を叩いている間にいいものが見えたぞ」
ホットパンツの無理矢理度合いが100%のフリに敢えて引っかかって前を見やると、ジョニィが咄嗟に隠れた岩場に向かってロープが数本襲いかかってる様子が見えた。
誰に操られるもなく、虚空から伸びているように見えたそのロープ状のスタンドの根本には小さな何かが舞っているように見えた。
「あれはーーー」
「白い、羽ーーーだな。見たところアレが媒介となって獲物を捕まえているようだ。顔も出さず、近くに本体がいるようにも思えないーーー引きこもりの本体の性格が手に取るように分かる」
「•••お前本当にシスターか?」
「ーーーどうせ助けるつもりなんだろう、“それ”でここから狙えはしないのか?」
その視線が向けられた先。前までは鈍色に光る錆びた義手があった箇所であり、今ではそれとは対照的な新品なモノがそこにあった。
根元にあるギアをひとまわしすると、瞬く間に腕だったものが機関銃へと変貌した。
「手入れも几帳面にされたーーーいや、殆ど新品と遜色ない。ここまで行くと一種の芸術だな」
「ーーールドルフォン•シュトロハイム、他国からの軍人の参加者だったはずだが、文字通りの叡智の結晶を身に纏って参加していたみたいだな。目的はやはり、ジャイロ•ツェペリだったみたいだが」
向けた視界の端に転がる、気絶させて見ぐるみを剥がしたばかりの男。
どうやらジャイロと自分を鉄球を持っているというだけで勘違いして襲ってきたみたいだが、サイズが合っていたこともあっておかげで壊れかけていた義手を新調する事が出来た。
ボタンひとつで普通の腕から機関銃、果てはよくわからない掘削機の先っちょのような部品まで様変わりするこの義手、もとい兵器はバラック小屋ばかりの裏の店ですら見た事がない。
シュトロハイムとやらには悪いが、命があるだけありがたいと思ってほしい。
ホットパンツの言う通りに幾分か重くなった腕を支えながら銃口をか細いロープへ合わせてみるも、望遠鏡ほどの拡大機能のないレンズでは到底捉えきれそうもなく、もしかしたらの好奇心は抑えて大人しく腕を下ろした。
「まず狙われたのはジャイロに、ジョニィの馬、そして次に狙うのはジョニィと。羽のついたロープに捕まると、ある一定の所まで引き上げられた時点で瞬間移動をするーーーおそらく本体の元へ誘われているんだろうが、確かに探し物にはうってつけてだな」
「便利な奴ーーなるほど、国の総力をかけて探しただけはあるということか」
再度望遠鏡の標準を合わせて先をジョニィが隠れた岩場へ向けると、ロープは今にも彼を引き摺り出そうしている瞬間だった。
ジョニィは体を動かす事でなんとか抵抗しようとしているが、馬を楽々と宙へ浮かべるほどの力に抗う事も出来ず、次第に岩陰からその姿を晒していく。
ーーーここまでか。
ジョニィ•ジョースターは奇跡を起こすという遺体に選ばれた人間。なんの能力すら持っていなかった彼は、それ以降スタンドという異常能力をその身に宿す事となった。
だからこそ、ピンチ時の精神の高揚で新たな段階へと至るスタンドと同じく、ギリギリまで粘れば遺体の謎を垣間見れるとばかり思っていたがこれ以上は彼の生死に関わる。
「おい待て!」
ホットパンツの声すら置き去りに、望遠鏡をかなぐり捨てて、手綱を強く引っ張り急いで高台から下っていく。
腕を掲げながら、次第に機関銃へと変形していく義手の照準の中へふわふわと浮かぶロープを捉えようとするが馬から伝わる振動で揺らぐ。
(流石に距離が遠すぎるかーーーッ)
流れ弾が当たったとしたら申し訳ないが、ここから狙うしかない。そう腹に決め奥歯を噛み締めた瞬間、ロープに吊り上げられたジョニィの足から“ピンク色をしたヴィジョン”が抜け出た。
そして鼓膜を打つ連射音。
動かないと言っていた筈のジョニィの爪先には、そこから何かが発射されたように煙を巻いた穴が出来上がっていた。
「僕のッ、動かない足がーーーそれにこいつは一体ッーーー」
動く事は2度とないと諦めていた事柄が起きてしまった事にはジョニィ自身も思わず叫び声をあげてしまうほどで。
足から発射された爪弾がロープの持ち主に伝わったのか、一瞬ジョニィを中へ引き寄せる勢いが止まったのも束の間、再び巻き上げが始まった。
「チッーーーー、受け取れ!!!」
「鉄球、それにガソリンーーなんでここに」
一定まで引き上げられてしまったが最後、姿が見えなくなってしまう事からから考えておそらくはあと数cmでジョニィは瞬時に姿を消す。
爪を球とした能力から、チャンスは多くとも10回と考えていた。足の復活もそうだが、全弾を消費した鉄分操作の親子との戦いからさほど時間は経っていないのにもかかわらず、先の戦いを見ても既に彼の爪は全て治っていた。
能力の影響か、それとも元々の体質なのか。
だが、どちらにせよ攻撃手段が限られているのは言うまでもない。
黒色鉄球が一度は選んだ人間、きっかけが遺体だろうがなんだろうが選んだ事実は消えない。
寸前でジョニィへ向けて投げ込んだ鉄球は1ミリの狂いもなく彼の手の内へ収まると、ロープごとそのまま虚空へ消えていった。
「ーーー気は済んだか」
「・・・ああ、これで死んだらそれはもうジョニィ自身の運命だろうよ」
何か言いたげそうな顔でやっとこさ追い付いてきたホットパンツを一度も見ることなく、腕あたりにあるギアを逆回転させると機銃型になっていた腕が次第に戻っていく。
あって困る事は無いだろうと余分に削り出しておいた即席の鉄球ーーーやっぱり作っておいて正解だったな。
バックルから一つ鉄球が無くなった事で若干軽さを感じるも、それで喜ぶのは実際に自分を運ぶヘイヤアだけだろう。
「何故それほどまでに奴らをーーーいや、鉄球の意思に従う」
「それが鉄球の意思というのならば、それに従うまでだ」
「ーーーそれをした所で自分に何の利益も返ってこなかったとしてもか?」
「だとしても。生憎、俺と他人を繋ぎ止めているモノはもうそれしかないんでな」
途切れ途切れの記憶しかない自分では、自らに繋がる糸は簡単に断ち切れるほど価値の安いものじゃあない。
胸の中に感じる、なんとも言えない嫌な気分を振り払うように出た言葉に、ホットパンツは何も言わなかった。