千年の祈り   作:ドラ麦茶

16 / 20
羽生蛇村民話集

 水蛭子神社の始まり

 

 

 

 むかしむかし――本当にむかし。

 

 今の蛭ノ塚地方に、それはそれは綺麗な水が湧く泉がありました。

 

 

 ある夏の日、村の子供が泉の水を汲みにやって来ると、泉の中に奇妙な生物がおりました。赤ん坊のような姿をしていますが、そのわりに身体が大きく、子供の背丈とほとんど変わらないくらいです。でも、両手は不自然なほど小さく、よく見ないと見えないほど、そして、足は無く、代わりに魚の尾びれのようなものがついています。妖怪のようにも見えますが、不思議と怖いとは思いませんでした。

 

「おめぇ、誰だ?」

 

 子供は遠慮なく訊ねました。

 

 すると、人魚のようなその生き物はこう言いました。

 

「我は蛭子の命(ひるこのみこと)。この泉の水をもって酒飯を作り、我に奉じよ」

 

「なんかおめぇ、偉そうだな」

 

「…………」

 

 蛭子(ひるこ)と名乗った生き物は、それ以上何も言いません。

 

 子供は家に帰ると、父親と母親にそのことを話しました。

 

「おっとう! おっかあ! なんか泉の所に変な生き物がいて、飯焚いて持って来いって言ってるだよ!」

 

「なぁに? 米の飯なんざわしらでも滅多に食えないのに、持ってこいとはどういう了見だ。行ってとっちめてやる!」

 

 父親と母親は怒って家を飛び出し、泉へ走って行きました。

 

 泉には、子供が言った通り奇妙な姿の生き物がいます。

 

「まるで(ひる)みたいなやつだな。なんだお前は?」

 

 父親が訊ねると。

 

「我は蛭子の命。この泉の水をもって酒飯を作り、我に奉じよ」

 

 子供の時と同じことを言います。

 

「なにおぅ? 化け物みたいな顔をして偉そうに! 焼き物にして食っちまうぞ!」

 

 拳を握って怒る父親を、母親がなだめます。

 

「お前さんやめときなよ。たたられたらどうするんだい?」

 

「へん! こんな奴のたたりなんざ、怖かねぇや!」

 

 そうこうしているうちに騒ぎを聞きつけた村の衆もやって来ました。

 

「こりゃあ、何の騒ぎだい?」

 

「なんだか変な生き物がいてよ、酒飯持って来いって、偉そうに言うもんだから、とっちめてやろうと思ってたところだ」

 

 村人が泉を見ると、確かに変な生き物がいます。

 

「なんだぁ? おめぇは?」

 

 村人が訊ねると。

 

「我は蛭子の命。この泉の水をもって酒飯を作り、我に奉じよ」

 

 やはり、同じことを言います。

 

「確かに偉そうだな。で、どうする?」

 

 村の衆は、とっちめるか、はたまた焼いて食うか、たたりが恐ろしいだ、と、しばらく話し合っていましたが、結局どうするかは決まりませんでした。そこで、村で一番偉い村長(むらおさ)に相談することにしました。

 

 村人の話を聞いた村長は。

 

「な……なんじゃと!」

 

 血相を変えて屋敷を飛び出し、泉の湧く場所へ走って行きます。

 

「あ、村長。この偉そうな化け物、どうしましょうか?」

 

 泉のそばで村の衆が戻って来るのを待っていた父親が訊ねると。

 

「ば……バカモノ!!」

 

 村長は、頭から湯気を出さんばかりに怒りました。

 

「蛭子の命とは、この日の本の国をお創りになった神様の、一番上のお子様じゃぞ!!」

 

「ええ! じゃあ、偉そうなんじゃなくて、ホントに偉い方!?」

 

「当たり前じゃ!! こんな小さな村にやって来てくれるなど、この上なく光栄なことじゃ! それを、焼いて食うなどとんでもない!!」

 

「ははぁ!! 申し訳なありませんです!!」

 

 村人たちは、地面に頭を擦り付けて謝りました。

 

 そして、急いで泉の水を汲んで飯と酒を用意して、蛭子様に奉納しました。蛭子様は村人の無礼な態度にも怒ることなく、飯と飯を美味しそうに食べました。

 

 村人は泉の横に社殿を建て、そこに蛭子様を奉りました。それが、水蛭子神社の始まりということです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空から降ってきた魚

 

 

 

 むかしむかし。

 

 村を、酷い飢饉が襲っていました。もう、一〇〇日以上雨が降らず、村の食糧は底を突き、川の水は干上がって魚が死に、山の木は枯れて獣も死にました。村人はもう何日も何も食べておらず、腹を空かせておったそうです。

 

 ある村娘が、どこかに食べ物は無いかと川辺を歩いていると、空から、何か落ちて来るのが見えました。

 

「あれは、なんじゃろうか?」

 

 娘が見ていると、それは川の中州にどさりと落ちました。近寄って見てみると、どうやら魚のようです。

 

「魚……じゃろうか……?」

 

 娘は首を傾げました。魚のように見えますが、どうも変な形をしているのです。

 

 魚は、娘の背丈と同じくらいの大きさでした。日照りが続く前は村の川でも魚がたくさん獲れましたが、これほど大きな魚は見たこともありません。しかし、身体の大きさにしては、頭がとても小さくて、娘の半分くらいしかありませんでした。それにしては目が大きく、黒い穴が空いているみたいです。身体には細い竹の枝のようなものが何本も生えていて、羽根のように大きな背びれも生えています。こんな魚は今まで見たことありません。何より、魚なのに空から降ってきたのがおかしいではありませんか。

 

「変な形じゃが……魚に間違いなかろう。うん。間違いない」

 

 娘は自分を納得させるように頷きました。気持ち悪い姿をしていますが、空から降ってきたのだから普通の魚でないのは当たり前かもしれません。もしかしたら、お腹を空かせている村人のために、天の神様が恵んでくださったのかもしれない。娘は、その変な魚をありがたく頂くことにしました。

 

 娘は変な魚にかじりつきました。大きな魚でしたが、腹を空かせていた娘は、一人でぺろりと平らげてしましました。

 

 すると、突然空が黒い雲に覆われました。今までずっと晴れていたのがウソのようです。

 

「おやぁ? これは、雨が降るんじゃろうか?」

 

 娘は喜んで空を見上げていましたが、そうはなりませんでした。雨の代わりに、雷よりも大きな音が鳴り響いたのです。

 

「ひゃあ! これは、神様がお怒りだ! ひょっとしたらこの魚、神様が恵んでくれたんじゃなく、うっかり落としたんじゃろうか? これは、とんでもないことをしてしまったぞ。神様! 申し訳ねぇだ!!」

 

 娘は手を擦り合わせて謝りました。しかし、神様の怒りは収まらないようで、大きな音はずっと鳴ったままです。

 

「神様! 食べてしまったものはもう戻せねぇだ。じゃから、これからわしは、魚を一匹ずつ返すで、それでこらえてけろ!」

 

 すると、大きな音は鳴りやみ、空を覆っていた雲はどこかへ飛んで行きました。

 

 娘は、ほっと胸をなでおろしました。

 

「んだども、これから魚を獲って天に返さないといけねぇだか。大変だなぁ」

 

 それからしばらくして雨が降り、村は何とか飢饉から救われました。川に水が戻り、以前と同じく魚が溢れると、娘は約束通り魚を獲り、一匹ずつ天へ返したといいます。

 

 この、魚を天に返す娘の行為は、やがて村人全員で行う儀式となり、長い間続けられることになりました。ウワサでは、今でも村のどこかで行われているということです。でも、それを見た人はいません。さて、どこで行われているのでしょう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 永遠に若き女

 

 

 

 むかしむかし。

 

 村に年老いた女がいました。女は、若い頃は美しく、村の男たちを魅了していましたが、年を負うごとに美しさは失われ、いつしか村の誰からも相手にされなくなっていました。

 

「このまま、わしは一人寂しく死んでいくのかのう……」

 

 女には子供がいましたが、今は親元を離れ、どこにいるのか、生きているのかも判りません。夫もすでに亡くなっています。女は、年老いているにもかかわらず、一人で孤独に暮らしているのでした。

 

 ある夏の日。

 

 女が水蛭子神社を訪れると、そばにある泉が赤く染まっています。

 

「やや? これはどうしたことじゃろう? まさか、蛭子様が怪我をされたのか?」

 

 女は、驚いて赤い水をすくってみました。

 

 すると、不思議なことが起こりました。水をすくった皺だらけの手が、みるみる若返って行くではないですか。

 

「これはすごい。きっと、年老いたわしを哀れんだ蛭子様が、若返りの水を授けてくれたに違いない」

 

 喜んだ女は全身に赤い水を浴び、若い頃の姿を取り戻しました。

 

 若さを取り戻した女は、村を離れ、どこかへ旅立って行きました。その行方は、誰も知らないそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 木る伝

 

 

 

 むかしむかし。

 

 村の北にある合石岳には、それはそれは恐ろしい化け物がおりました。

 

 化物は、獅子、雄牛、人間、鷲、の四つの頭と、それと対をなす四対の羽を持っていました。化物はたびたび村に下りて来ては、人を襲い、作物を荒らしていました。人々は化け物を『木る伝』と呼び、恐れながら暮らしていました。

 

 ある夏の日。

 

 木る伝の悪さに耐えかねた村人は、眞魚川の中州に集まり、天の神に祈りました。

 

「神様。このままでは、我らはみんな木る伝に殺されてしまいます。どうか、お救いを」

 

 すると、天から一人の僧侶が降りてきました。

 

「我は神よりの使い。化物を封じるのに適した場所はないか」

 

 村人は相談し、刈割の丘が良いだろうと決めました。刈割の丘は、かつては田んぼや畑が広がる豊かな場所でしたが、度重なる木る伝の悪さにより、今は荒れ果てた土地となっていたのです。

 

「では、その丘に四本の石灯籠を建て、それと対を成す石碑を、村の各所に設けよ」

 

 僧の言うことに従い、村人は刈割の丘に四本の石灯籠を建て、刈割、田掘、蛇ノ首谷、合石岳に、それぞれ対を成す石碑を設けました。

 

 準備が整い、僧は刈割の地で木る伝が現れるのを待ちます。

 

 陽が暮れて。

 

 夜の闇を裂くように、木る伝が山から舞い降りてきました。

 

 木る伝は、僧の姿を見ると、恐ろしい声で言いました。

 

「お前は何者じゃ?」

 

「わしは、そなたを罰するために天から使わされた者。木る伝よ。悔いを改めるならば、今のうちであるぞ?」

 

「わしを罰すとは面白いことを言う。やってみるがよい」

 

「では、そうしよう」

 

 僧は手を組むと、念仏を唱え始めました。

 

 すると、木る伝が苦しみ始めたではないですか。

 

「貴様、何をした!?」

 

 木る伝の言葉に僧は答えず、ただ念仏を唱え続けます。

 

「ええい! 貴様など、喰らってくれる!」

 

 木る伝は、力を振り絞って僧に襲い掛かりました。

 

 しかし、その牙が僧に触れる瞬間、木る伝の身体から、四つの光の球が抜け出しました。木る伝の動きがぴたりと止まります。光の球はゆらゆらと揺れながら、村人が建てた四つの石灯籠に向かってそれぞれ飛んで行きます。そして、灯籠の中に吸い込まれるように消えました。同時に、木る伝の身体も、煙のように消えてしまいました。

 

 光の球が消えた灯籠には、それぞれ、獅子、雄牛、人間、鷲、の頭が浮かび上がっていました。

 

「木る伝はこの地に封じた」

 

 僧が言うと、村人は声を上げて喜びました。そして、僧に感謝し、村長の家に招いて酒と御馳走を振る舞いました。

 

 夜が明け、僧が天に帰る時が来ました。

 

「村長よ。もしこの先、木る伝が心を入れ替えたならば、各地の石碑を倒し、石灯籠に火を灯すのだ。さすれば、木る伝は解放される」

 

 僧はそう言い残すと、天へと帰って行きました。

 

 

 

 そして、五百年の時が流れました。

 

 村長も村の衆も、木る伝のことなどすっかり忘れ、平和に暮らしていました。

 

 ある夏の日、村長の娘が、蔵の中から古い巻物を見つけました。そこには、五百年前の木る伝のことが書いてありました。

 

「父上も母上も、木る伝のことはすっかり忘れているようですね。心を入れ替えているか、確かめて来ましょう」

 

 娘は刈割の地にやって来ました。そして、石灯籠に向かって話しかけます。

 

「木る伝よ。そなたは、五百年前の行いを悔いていますか?」

 

 すると、石灯籠から答えが返ってきました。

 

「ああ。悔いておる。だから、ここから出してくれ」

 

「ふむ。出してあげても良いのですが、その後、また悪さをされてはたまりません」

 

「約束しよう。二度と悪さはせぬ。それだけでなく。そなたの言うことは、なんでも聞こう」

 

「そうですか。では、解放したあと、神の地へと旅立ちなさい。そして、その身をもって、神の地を荒らす者から護るのです」

 

「わしを封じ込めた神のために働けと言うか」

 

「そうです。できぬのならば、いましばらくこの地に留まっておくのですね」

 

「判った。そなたの言う通りにしよう」

 

「では、解放しましょう」

 

 娘は村人に命じ、各所の石碑を倒すと、石灯籠に火をともしました。

 

 解放された木る伝は、娘に感謝しました。

 

「娘よ、この恩は決して忘れぬ。お礼に、これを授けよう」

 

 木る伝は、己の身体の中から、獅子の牙、雄牛の角、人間の目、鷲の(くちばし)をもぎ取ると、それらをひとつにまとめ、一本の刀を作りました。

 

「わしの力が宿った刀だ。村やそなたらに災いが訪れた時、必ず力になろう」

 

 娘は刀を受け取りました。

 

「では、約束通りわしは神の地へ向かう。娘よ、また会おう」

 

 こうして木る伝は村を離れ、神の地を護ることになりました。

 

 このとき木る伝から授かった刀は、今でも神代家の宝物庫に眠っているそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海龍の伝説

 

 

 

 むかしむかし。

 

 村の中央を流れる眞魚川のそばに、若い漁師がおりました。

 

 漁師は眞魚川で鮎や岩魚などを獲るのが仕事です。

 

 ある夏の日。

 

 漁師がいつものように川で漁をしていると、北の合石岳が眩しく光りました。

 

「……なんじゃあ? あれは?」

 

 漁師が見上げると、頂付近から目もくらむような光が溢れ出しています。光は次第に大きくなると、天に向かって伸び始めたではありませんか。光はどんどん長さを増していきます。それは、空を支える太い一本の柱のようでした。光の柱です。漁師は漁をするのも忘れてその光景に見とれていました。

 

 どれくらい見ていたでしょう。光の柱は、漁師の見ている前で突然消えてしまいました。そこには、いつもの山の景色が広がっています。

 

「……なんじゃったんじゃ? 今のは」

 

 猟師は首を傾げました。しばらく光の柱が消えた場所を見ていましたが、それ以上何も起こらないので、漁を再開することにしました。

 

 しばらく漁をしていると、川上から、何かが流れてきました。それは大きなお椀のようなものです。

 

 お椀は、ゆっくりと漁師の方に流れて来て、浅瀬に引っかかって止まりました。

 

「はて、こんなお椀、どこから流れて来たんじゃろ? ここより川上には誰も住んでおらぬし、まさか、さっきの光の柱と関係があるんじゃろうか?」

 

 そこで思い出したのは、むかし村を酷い飢饉が襲った時、この地に神様が降り立ったという古い言い伝えです。まさか、さっきの光の柱は、神様がまた来られたのでは? そう思いましたが、それにしては、光の柱は天から降り注ぐのではなく山から天へ昇って行くようでした。

 

 考えても判らないので、漁師はお椀を調べてみることにしました。

 

 お椀は、人が一人すっぽり入るほどの大きさです。舟のようにも見えます。側面には丸や四角や線などを組み合わせた奇妙な文字が書かれてあり、お椀を閉ざしている蓋は透明でした。漁師が蓋越しに中を覗くと。

 

「やや、これは!」

 

 お椀の中には、一人の若くて美しい女がおりました。漁師は、慌てて蓋を取ろうとします。蓋は両手で抱えなければいけないほど大きな物でしたが、見た目と違い羽根のような軽さでした。漁師は蓋を取ると、中の女に声をかけました。

 

「娘さん、大丈夫ですか? 娘さん?」

 

 娘は、漁師の呼びかけに首を傾げました。そして、漁師をじっと見つめると、口を開きました。

 

「くぉおおぉんんぬおくびぃぅれうぉおお、ひついりょうとされるずしぅれべええぇぇちうぇええぇんんおおおぉぉせかあぁらばりへぇぇべ」

 

 女が何を言っているのか、漁師には全く判りませんでした。どうやら、言葉をしゃべれないようです。

 

 不意に、漁師は言い知れぬ不安に襲われました。さっきは若く美しいと思った女が、今は不気味に思えます。

 

 女は、顔は若いのですが、髪の毛と眉は老婆のように真っ白です。目は赤みがかっていて、まるで血の涙を流しているように見えます。そして、なにやら両手に木の箱を抱えています。

 

 漁師はごくりと息を飲みました。なにやら恐ろしげな気配を感じますが、このまま放っておくわけにもいきません。

 

「娘さん。とりあえず、こっちへ」

 

 漁師は、女をお椀の外に出そうと、手を伸ばしました。

 

 しかし、女は嫌がるように首を振りました。そして、抱えている木箱を背に隠します。

 

「大事なものなんじゃな? 大丈夫。盗ったりせんから、とりあえずこっちへ」

 

 漁師は優しく話しかけましたが、それでおも女は首を振り、外に出ようとしません。

 

「――おおい! おおい!!」

 

 漁師を呼ぶ声がしました。振り返ると、何人もの村の衆が、こちらへやって来ます。

 

「さっき、山の頂に光の柱みたいなものが見えたが、何かあったのか……ああ!」

 

 村の衆は大きなお椀と女の姿を見て声を上げました。

 

「なんじゃ、この娘は? どこから来た?」

 

「わしにも判らん。ついさっき川上からお椀に乗って流れて来たんじゃ。話しかけても言葉が通じんし、どこから来たのかも判らん」

 

 漁師に代わって村の衆がかわるがわる声をかけてみますが、やっぱり言葉は通じません。そして、その間も、女は抱えた木箱を決して手放そうとしませんでした。

 

 漁師たちは、どうしたものかと話し合いました。

 

村長(むらおさ)に相談してみるのが良いかの?」

 

「どうじゃろ? 村長は余所者を嫌うで、追い出されるだけかもしれん」

 

「そうじゃろうなぁ。それに、村長は、いま忙しいじゃろ? 今夜、まつりごとをおこなうんじゃから」

 

「おお、そうじゃった。夜は外に出るなと、きつく言われておった」

 

「余計なことで手を煩わせると、怒られかねんぞ」

 

「そうじゃな。わしらでなんとかした方がええ」

 

「でも、どうするんじゃ? わしらでは、なんともならんぞ?」

 

「出て行ってもらうしかないじゃろうなぁ」

 

「村から追い出すのか?」

 

「ああ。どうせ村長を呼んでも追い出されるだけじゃろうし、それが良いと思うよ」

 

「そうじゃなぁ。それに、わしはあの女が不気味でならねぇ」

 

「わしもそう思うとった。顔は若いのに、髪は年寄りのようじゃ。山姥か妖怪の類じゃねぇかと思う」

 

「それに、あの大事そうに抱えている箱も、何が入っているものやら」

 

「じゃが、まだ妖怪と決まったわけではあるまい。もし妖怪でなかったら、かわいそうじゃ」

 

「なにも袋叩きにしようというんじゃない。もう一度お椀に乗せて、そのまま流すだけじゃ。川下には大きな町があるから、そこでなんとかしてもらえるべ」

 

「そうじゃなぁ。娘がここに居るのは、たまたま見つけたからじゃ。もし誰も漁をしてなかったら、そのまま流れて行っとったじゃろうからな」

 

「そうじゃそうじゃ。それがいい」

 

「さわらぬ神にたたりなしじゃな」

 

 話はまとまり、村の衆はお椀に女を乗せたまま蓋をし、そのまま川に流しました。

 

 女は、透明な蓋越しに悲しげな眼を向けたまま流れて行き、やがて見えなくなりました。

 

 なんだかかわいそうなことをしたとも思いましたが、やっかいごとに巻き込まれてはたまりません。村人は、女のことはこれっきりで忘れることにしました。

 

 

 

 その夜。

 

 明日の漁に供えて早めに床に就いた漁師でしたが、なかなか寝付けず、布団の中で何度も寝返りをうっていました。

 

 と、屋根に雨音が当たる音がします。

 

 最初はぽつりぽつりとした音でしたが、すぐにどしゃ降りになりました。

 

「はて、昼間は雨なんぞ降りそうになかったが……この様子じゃ、川の水かさが増して、明日は漁ができんかもしれんのう」

 

 明日のことが気がかりでしたが、とにかく寝ようと、漁師は布団にもぐりこみました。

 

 雨の音は、ざあざあと、更に強くなります。眠れないまま夜は更けて行き、やがて、日付が変わる()の刻三つ時の頃。

 

 かたかたと、家が揺れ始めました。

 

 最初は小さな揺れでしたが、次第に大きくなっていきます。

 

「地震か?」

 

 猟師は布団から起き上がりました。揺れはどんどん大きくなり、家全体を揺らすまでになっています。

 

「やや、これはたまらん」

 

 漁師は外に逃げようとしましたが、もはや立ち上がることさえできないほどの揺れでした。

 

 そして、川下の方から、なにやら鳥が鳴くような甲高い音が聞こえます。

 

「なんだぁ!?」

 

 その鳴き声のような音はどんどん大きくなります。漁師は耳を抑えてうずくりました。

 

「あ……頭が痛い……頭が痛い……」

 

 地震と、鳴き声のような音は、さらに大きくなり、漁師は、意識を失いました。

 

 

 

     ☆

 

 

 

 夜が明けて、村人が見たのは、土砂に飲み込まれた村でした。

 

 昨夜から降り続いた大雨が原因で、村の各地で土砂崩れが発生したのでした。特に、漁師が住んでいた川辺や、村長の屋敷がある地域が大きな被害を受けました。

 

 生き残った村人は土砂を掘り返しましたが、漁師や村長を見つけることはできませんでした。

 

「あの娘を流したのが悪かったんじゃろうか……」

 

 村人の誰かが言いましたが、本当のことは、もう判りません。

 

 

 

 その後、村では何十年に一度、光の柱を見ることが多くなりました。

 

 その度に、村を大きな災いが襲います。

 

 いつしか村人は、この光の柱を、大いなる尾を打ち振るい、災いと仇を成す海龍・理尾や丹(りびやたん)と呼び、恐れ敬うようになりました。

 

 

 

 ただ――。

 

 村は山に囲まれており、海は遠く何百里も離れています。村人のほとんどは海を見たことがないのに、なぜ光の柱を『海龍』と思ったのか。そもそも、誰がそんなことを言い出したのか。

 

 今となっては、誰も知りません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戻り橋

 

 

 

 むかしむかし。

 

 蛇ノ首谷の深い谷を渡る橋を、一人の旅の僧が通りかかりました。

 

 すると、向こう岸から、何人もの村人が列をなして歩いて来ます。

 

 村人はみんなうつむき、暗い様子でした。すすり泣く声も聞こえます。列の中央には、棺桶を担ぐ人も見えました。どうやら、お弔いの列のようです。

 

 この村には独特の宗教があることを、僧は知っていました。しかし、宗教は違えど死者を弔う気持ちに変わりはありません。僧は死者に対し、祈りを奉げました。

 

 すると、棺の蓋が開き、死者がよみがえったではないですか。

 

 村人は驚きましたが、死者がよみがえったことを大変喜び、僧に礼を言って村に戻って行きました。

 

 以来この橋を、『戻り橋』と呼ぶようになりました。大変ありがたい橋で、子供がいたずら書きなどをすると、罰が当たると言われています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 千曳橋

 

 

 

 戻り橋から川下へ下った場所、いまでいう大字粗戸の地域の川に、橋を架けることになりました。

 

 その地域の川幅は大変広く、大きな石が必要でした。そこで、合石岳でも最も大きな石を選び、十人の男たちで運ぶことになりました。石に綱をかけ、みんなで引っ張ります。

 

「うんとこしょ、どっこいしょ」

 

 しかし、石はあまりにも大きく、十人ではとても動かせません。

 

 男たちは村から応援を呼びました。すると、すぐに百人の村人が駆けつけました。

 

「うんとこしょ、どっこいしょ」

 

 みんなで引っ張りましたが、それでも石は動きません。

 

 さらに応援を呼びました。今度は二百人の村人が駆けつけました。

 

「うんとこしょ、どっこいしょ」

 

 それでも石は動きません。

 

 さらに応援を呼びました。今度は五百人の村人が駆けつけました。

 

「うんとこしょ、どっこいしょ」

 

 それでも石は動きません。

 

 さらに応援を呼びました。今度は千人の村人が駆けつけました。

 

「うんとこしょ、どっこいしょ」

 

 石はようやく動きはじめました。

 

 山を下りた村人は、運んだ石を削って川に橋をかけました。そして、石を千人で引いて運んだことから、この橋を『千曳橋(ちびきばし)』と呼ぶようになりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三蛇橋

 

 

 

 むかしむかし。

 

 眞魚川の岸辺で、一匹のウサギがお昼寝をしていました。

 

 そこへ、三匹の大きなヘビがやってきました。ヘビはお腹を空かせており、ウサギを見ると、しめしめとばかりに這い寄りました。お昼寝をしていたウサギは気付くのが遅れ、目が覚めた時にはヘビに囲まれていました。

 

 ヘビは言いました。

 

「ウサギよ。もう逃げることはできんぞ。かんねんして、わしらに食べられるのじゃな」

 

 ウサギは泣きながら答えます。

 

「ああ、ヘビさんの言う通りです。もう、逃げられそうにありません。でも、ヘビさんはとても大きく、三匹もいます。わたしは見ての通り小さな身体で、三匹で食べても、大した腹の足しにはならないでしょう」

 

「それは確かにそうじゃな」

 

「はい。ですから、食べるのなら三匹ではなく、誰か一匹の方が良いと思います」

 

「なるほど。ではウサギよ、わしらの中で誰に食べられたい?」

 

「一番からだの大きなヘビさんに食べられれば、あまり苦しまなくてすみそうです。三匹の中で、一番大きなのはどなたでしょうか?」

 

 ウサギがそういうと、三匹のヘビは。

 

「それは、なんと言ってもわしじゃな」

 

「何を言う。わしの方が大きいにきまっとる」

 

「バカなことを言うな。どう見ても、わしの方が大きいではないか」

 

 そう言って、ケンカを始めました。

 

 ウサギは言います。

 

「では、こうしましょう。そこの川に、三匹並んでください。誰が一番大きいか、私が調べます」

 

「よし。そうしよう」

 

 三匹のヘビは、ウサギに言われた通り、川の上に並びました。

 

 するとウサギは、ヘビの背中をぴょんぴょん飛んで向こう岸へ渡り、森の中へ逃げ込みました。

 

「やや、ウサギめ、騙したな! こうしちゃおれん! みんな! 追いかけるぞ!」

 

 ヘビたちは慌ててウサギを追いかけようとしましたが、一斉に動き出そうとしたため、長い身体が絡まってしましました。

 

「何をするんじゃ! 早くほどかんか!」

 

 ヘビたちは何とか絡まった身体をほどこうとしますが、動けば動くほど、どんどん絡まって、とうとう動けなくなってしまいました。

 

 やがて、ヘビたちはお腹を空かせたまま、川の上で死んでしまいました。

 

 三匹のヘビはそのあと石となり、村人が川を渡るための橋として重宝したそうです。それからこの橋は『三蛇橋』と呼ばれるようになりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 連鎖

 

 

 

 むかしむかし。

 

 ある村娘が、洗濯をしようと眞魚川へ出かけました。

 

 川辺で着物を洗っていると、土の中から、一匹のミミズが出てきました。

 

 ミミズは、川の水の方へ向かって行きます。

 

 娘がそれを見ていると、川から一匹の小魚が跳び出して、ミミズを食べてしまいました。

 

 しかし、小魚は陸に上がってしまったため、川に戻ることができません。

 

 小魚がしばらく土の上ではねていると、どこからともなくカエルがやってきました。

 

 カエルは小魚を見つけると、ぺろりと小魚を丸のみにし、満足そうに川へ向かいます。

 

 すると、今度は川から中くらいの魚が飛び出してきて、カエルを食べてしまいました。

 

 しかし、中くらいの魚も陸に上がってしまい、川に戻ることができず、ばたばたと暴れるだけです。

 

 すると、今度は空から鳥が飛んできて、中くらいの魚をくちばしで掴み、そのまま川の上を飛び去ろうとしました。

 

 すると、今度は川から大きな魚が飛び出して、鳥をひと呑みにしたのです。

 

 ですが、大きな魚は勢い余って陸に飛び出してしまいました。陸に上がれば、どんなに大きな魚も跳ねるくらいしかできません。

 

 それを見ていた娘は。

 

「これはしめた。この魚を持って帰れば、おっとうもおっかあも喜ぶぞ」

 

 娘は魚を家に持って帰ろうと手を伸ばします。

 

 しかし、ふと思いました。

 

 ミミズが小魚に食べられ、小魚がカエルに食べられ、カエルが中くらいの魚に食べられ、中くらいの魚が鳥に食べられ、鳥が大きな魚に食べられました。

 

「もし、わたしがこの大きな魚を食べたら、わたしはどうなるのかしら?」

 

 それを考えると、なんだか恐ろしくなってきました。

 

 娘は大魚を川へ放すことにしました。大魚は嬉しそうに川の底に消えて行きました。

 

 すると。

 

「娘よ。魚を食べなくて良かったですね」

 

 背後で、それはそれは恐ろしい声がしました。

 

 振り返ると、そこには、髪が真っ白な老婆が立っていました。

 

 老婆は血走った赤い目でこちらを見て、恐ろしげな笑みを浮かべます。

 

 娘は慌ててその場から逃げ出しました。幸い、老婆はずっとその場に立ち尽くしたままで、追って来ることはありませんでした。

 

 なんとか家に逃げ帰った娘は、魚を食べなくて本当に良かったと思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 泣いている女

 

 

 

 むかしむかし。

 

 刈割の丘に、いつも泣いている娘がおりました。

 

 村人が、なぜ泣いているのか尋ねても、娘はなにも答えません。

 

 娘は、理由も話さず、毎日毎日泣いています。

 

 見かねた村人は、蛭ノ塚にある蛭子様に、娘を助けてくれないかと頼みました。

 

 すると、蛭子様は二体の土人形を授けました。

 

 片方には剣、片方には盾の紋様が刻まれています。

 

 蛭子様は言いました。

 

「これは、わたしの力を封じ込めた物だ。これを使えば、娘の悲しみを(この話は途中からページが破られていて読むことができない)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ひとりぼっちの女

 

 

 

 むかしむかし。

 

 村に、美しく気立てのよい女がいました。

 

 女は、村人の誰からも慕われていました。

 

 しかし、女は実は妖魔の使いで、夜な夜な村の若い娘を襲っては、妖魔に食べさせていたのです。

 

 村にはときどき女の正体に気付く者もいましたが、女はそんな村人も襲い、妖魔に食べさせていました。

 

 しかし、隠し通すのにも限界がありました。ある日、女の正体は、村人全員に知れ渡りました。

 

 女は村から追い出され、ひとりぼっちで暮らすことになりました。

 

 

 

     ☆

 

 

 

 ひとりぼっちで、暮らすことになりました――。

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。