千年の祈り   作:ドラ麦茶

20 / 20
永遠の生

 刈割の教会近くの墓地には多くの人が集まっていた。和装・洋装の違いはあるが、皆、黒の喪服姿である。先日、折部地区に住む信者の老人が亡くなった。今日はその葬儀だった。マナ字架を浮き彫りにした墓石の側に棺が置かれ、その中で、白装束の老人が安らかに眠っている。長年村役場の農業委員会に努めていた男だった。農業が盛んなこの村では多くの村人がお世話になっており、それゆえ、最期の別れに訪れる人は多い。列席者は一人ずつ棺に白い花を手向けていく。老人の周りはすでに多くの花で埋め尽くされているが、それでも手向ける人の列はまだ続く。

 

 眞魚教の求導女・八尾比沙子は、求導師・牧野慶と二人で棺の側に立ち、信者たちの様子を見守っていた。慶は、今日の葬儀を取り仕切ることになっている。求導師になって二年、今年十五歳になる慶。二年前は不釣り合いな大きさだった黒の法服も、身長が比沙子を超えた辺りからかなり身体に馴染んできた。もっとも、顔には歳相応の幼さが残るため、まだまだ頼りなさはぬぐえない。それでも、求導師の仕事はそれなりに行えるようになっていた。今日もこの後、列席者の前で法説を行う予定だ。

 

 ふと慶を見ると、なにやら浮かない顔をしている。法説の前で緊張している、というわけではなさそうだった。それは、不安というよりも、納得がいかないことがある、あるいは、なにか疑問を持っている時の顔だ。

 

「どうしたの、慶? 何か問題でもあった?」比沙子は、信者たちに聞こえないよう、小さな声で訊いた。

 

「いえ、問題というほどのことではないのですが……」慶は少しためらったように言葉を濁したが、やがて、「信者たちは、皆、なぜ笑顔なのでしょう? 別れが、悲しくないのでしょうか?」と言って、視線を列席者へ戻した。

 

 比沙子も列席者を見る。老人へ花を手向ける人々は、みな笑顔を浮かべている。花を手向け終え、生前の老人について話す人たちも、一様に笑顔だ。老人と長年連れ添った妻とその息子夫婦、そして、二人の孫も同じだ。誰一人、悲しんではいないように見える。昨日の通夜から、ずっと同じような雰囲気だった。それは葬儀というよりも、何かのお祝いごとのようである。

 

 比沙子は慶に視線を戻した。慶は恐らく、父の葬儀のことを思い出しているのだろう。

 

 慶の父――先代求導師・牧野怜治が亡くなったのは二年前だ。今日とは違い、悲しみに包まれた葬儀だった。怜治は十五年前の神に花嫁を奉げる儀式に失敗し、その責任を取る形で自ら命を絶ったのだ。それは、慶が物心ついて初めて経験した身近な人の死だった。慶にとってはあまりにも突然の別れであり、その悲しみは大きかったことだろう。そんな慶だから、列席者が笑顔で過ごす今日のような葬儀に戸惑うのも無理はないのかもしれない。

 

 比沙子は「そうね――」と言って、また列席者に視線を移す。「みんな、悲しさや寂しさという感情が無いわけじゃないんだけど、それ以上に、お爺さんを笑顔で見送ってあげたいという気持ちが強いのよ」

 

 事故や災害が多発しているこの村では、突然の別れによる深い悲しみに包まれた葬儀は多い。それに比べ、老人は享年八十四歳。天寿を全うしたと言っていい。この村では、生を全うした人を祝福し、笑顔で送り出す習慣が古くからあるのだ。死は悲しむべきものではない――そのことを、みな心の奥底で知っているのかもしれない。

 

「……そういうものでしょうか?」

 

 まだ納得のいかない表情の慶に、比沙子はさらに言う。「それに、みんなが笑顔でいる理由は、今日の法説の中にもあるでしょ?」

 

「法説……ですか……?」

 

 きょとんとする慶。今日話す法説の内容は昨日一晩で覚えたはずだが、いまいちピンと来ていない様子だ。

 

 比沙子は目を細めた。「慶、あなた、また法説の話を暗記しただけでしょう?」

 

「あ……いえ……はい……」慶は顔を伏せた。

 

「……まったく、あなたって子は」

 

 ため息をつく比沙子。小さなころから頭が良く、器用だった慶。本などを読み、暗記するなどはお手のものだった。しかし、内容をあまり理解せず、ただ文字だけを覚えて復唱しているだけなのが問題だった。

 

「いつも言ってるでしょう? 法説は、ただ文章を覚えるだけではダメよ。それじゃ、上辺だけの言葉になってしまう。内容もしっかりと理解しておかないと、みんなの心には響かないわ」

 

「……はい。判りました」

 

 軽く叱っただけだが、慶はこの世の終わりを迎えたかのように大きく肩を落とした。そんな姿に、比沙子はもう一度ため息をつく。身体は大きくなったが、やはりまだまだ子供だ。一人前の求導師には程遠い。もちろん十五歳という年齢を考えればこんなものかもしれないが、なぜだろう? 慶はこれから何年たってもこのまま変わらないような気がする。

 

 比沙子が慶の将来を心配している間も、列席者は老人へ花を手向け続ける。その中に、美羽ばあさんがいるのを見つけた。棺の中に花を手向け、手を組んで祈りを奉げる。それが終わったのを見て、比沙子は声をかけた。

 

「やはり、お婆さんも来られてたのですね」

 

「はい。あの人には、枇杷(びわ)の栽培で大変お世話になりましたから」

 

 美羽ばあさんは、昔を懐かしむように笑みを深めた。

 

 美羽ばあさんは若い頃から村で枇杷を栽培している。ばあさんの作る枇杷は市場では高値が付くことで知られており、村の名産品のひとつであった。しかし、最初から全てが順調だったわけではない。戦後の男尊女卑の考えが残る時代に女手一つで農業を始めるのには様々な苦労があったことだろう。亡くなった老人は、農業委員会として美羽の枇杷作りにも尽力した。枇杷栽培を始めたばかりの美羽に農業の知識と技術を教え、収穫した枇杷を村の内外問わず市場へ売り出したのだ。

 

 いくつか思い出話をする美羽ばあさんと比沙子。美羽ばあさんは教会近くの家に生まれたため、比沙子とは深い親交があった。それは近所づきあいという枠を超えた特殊な関係だ。誕生時の祝福式は比沙子が行ったし、幼い頃は妹のように可愛がり、戦前は友人として過ごした。戦時中、日本軍が道路拡張のため村の枇杷の樹を伐採すると決めた時、二人で抗議したこともある。その抗議は届かなかったが、美羽はそれをきっかけに枇杷農家を始めたのだ。

 

 美羽の人生を、比沙子はずっとそばで見ていた。美羽の身体は、ずいぶんと小さくなったように思える。もうすぐ七十歳。農業を続けるのは体力的にも厳しいだろう。

 

 そして、彼女との別れもそう遠い話ではない、とも、思う。

 

 最後の列席者が花を手向け終えた。いよいよ法説の時間だ。信者の前に立つ慶。葬儀の法説は、まず故人の生い立ちを語ることから始まる。老人は日露戦争が終結した翌年、折部地区の米農家の二男として生まれた。物心ついた頃から両親の仕事を手伝い、農業のことを学んだ。家業は長男が継いだので、老人は中学卒業と同時に役場に勤め、やがて農業委員会への配属となった。米の栽培はもちろん、近年村の名産品となったイチゴやソバの栽培をすすめ、同時に、農作物を村外へ出荷する仕事にも力を入れた。定年後も各農家を回っては様々な相談に乗り、村中の農家から慕われる存在だった。

 

 老人の人生を語る慶。事前に暗記したことを事務的に話しているだけなのだが、それでも信者たちは熱心に耳を傾けている。それだけ信仰心が篤いということだ。今はこれでもいいかもしれないが、こんなことを続けていればいずれ信者の心は離れていくかもしれない。今後は、この辺りを改善するよう指導しなければ……そんなことも考えつつ、比沙子も話を聞きながら、在りし日の老人をしのんだ。

 

 老人の生涯を語り終えた慶は、最後を締めくくる話をする。

 

「――彼の魂は神の元へ召され、肉体は土へと帰ります。しかし、彼がこの村で生きたことは、我々の記憶に残ります。時々でいいので、彼のことを思い出し、彼の人生を誰かと話してください。誰かの記憶に残っている限り、彼はこの村で生き続けます」

 

 そして胸の前で手を組み、祈りを奉げる。信者たちもそれにならう。比沙子も、老人の死後の世界での幸せを祈った。

 

 いま慶がした話は、葬儀の際に求導師がする定番の話である。眞魚教の求導女として、多くの通夜や葬儀に参列し、信者たちを見送ってきた比沙子。これまで何度も聞いている話だ。先代の求導師も、先々代の求導師も、さらにその前の求導師も、皆、それぞれの言葉で信者たちに伝えてきた。

 

 ――誰かの記憶に残っている限り、その者はこの村で生き続ける。

 

 この話を聞くたびに、比沙子は思う。

 

 誰の記憶にも残らないあたしは、はたして生きていると言えるのだろうか、と。

 

 

 

 

 

 

 一三〇〇年前に犯した罪で、決して歳を取らず、不死の身となった比沙子。村人は比沙子が歳を取らないことに気付かない。神がそう定めているから。

 

 それは、誰の記憶にも残らないことを意味している。

 

 例えば、誰かと大事な話をしたとする。それがどんなに重要な話であったとしても、時が経てばその人の記憶から消える。あるいは、話の内容は覚えていても、話をした相手が比沙子だったとは気付かない。

 

 例えば、幼い子供と仲良くなったとする。その子は歳を取るが、比沙子は歳を取らない。いずれ比沙子の見た目と同年代になると、子供の頃の比沙子との記憶は無くなる。同年代として友情を深めても、老いるとまた関係が変わり、同年代の頃の記憶は無くなる。

 

 そして。

 

 誰もが皆、この世界から去っていく。比沙子を残して。

 

 結果、比沙子は、誰の記憶にも残らない。

 

 今日、この場にいる者たちも、いずれ比沙子のことを忘れ、この世界から去っていくだろう。老人の家族も、花を手向けた信者たちも、立派な求導師にするために育ててきた慶も、ともに人生を歩んだ美羽さえも。

 

 誰かの記憶から消えるたびに、比沙子の孤独は深くなる。比沙子の一三〇〇年の人生は、そうして続いてきた。数えきれない村人と別れ、数えきれない村人に忘れられた。生きている実感は、もう無い。

 

 そして――これからも、それが続く。

 

 生きている実感も無いまま生きていかなければならない……それは、絶望と呼ぶしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 老人との別れが終わった。棺は閉ざされ、地中へと埋められる。

 

 老人は神の元へと旅立ち、現世に残った人々は、それぞれの生活へ戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから、数年の時が流れた。

 

 

 

 一日の務めを終え、教会を閉めようと思っていた頃だった。信者が慌てた様子でやって来て、美羽ばあさんが病院へ運ばれたことを伝えた。

 

 美羽ばあさんは、あの葬儀の翌年、農業をやめた。農地は売却し、そのお金と年金で老後の生活を送っていたが、二年前、刈割と下粗戸を繋ぐ県道の脇に枇杷の種を埋める活動を始めた。その作業中に倒れたとのことだった。

 

 比沙子はすぐに病院へと向かった。ばあさんは身寄りのない独り暮らしだが、近所の人や農業仲間が何人も駆けつけていた。

 

 ベッドの上で眠る美羽ばあさん。呼びかけても反応は無いが、胸がわずかに上下しており、かろうじて現世に踏みとどまっていることが判る。もちろん、それも時間の問題だろう。「恐らく今夜中に息を引き取るでしょう」と、院長は言った。そして、「――どうか、話しかけてあげてください。意識はなくとも、思いは届きますから」と、続けた。

 

 比沙子は、「美羽ちゃん」と、声をかけた。お婆さん、とは呼ばなかった。今はどうしても、彼女の名を呼びたかった。美羽の手を取る。皺だらけで、かさかさに渇き、荒れた手――長年枇杷栽培を続けた勲章のような美しい手だ。比沙子は美羽の手を両手で包み込むように握りしめた。

 

「美羽ちゃん……頑張ったね……枇杷の栽培を始めて……農業をやめた後も、枇杷の種を植えて……本当に、頑張ったね……」

 

 話しかける。ずっとそばで見続けていた彼女の人生を讃える。思いは届く――そう信じて。

 

 すると、美羽の手が、わずかに握り返してきた。

 

 聞こえている――比沙子は、さらに呼びかけた。「美羽ちゃん、美羽ちゃん」と、何度も。

 

 美羽が、ゆっくりと目を開けた。比沙子を見た。

 

 そして。

 

「比沙子……お姉ちゃん……」

 

 かすれるような声だったが、はっきりと、そう言った。

 

 比沙子以外の者は、怪訝そうな表情になった。美羽の孫ほどの年齢と言っていい比沙子のことを、なぜお姉ちゃんと呼ぶのか、誰にも判らなかった。

 

 だが、比沙子は他の者を気にすることなく、彼女に応える。「美羽ちゃん、ここよ、あたしはここにいるわ」

 

 美羽は、さらに言った。「比沙ちゃん……この道の枇杷の樹を()るなんて……絶対に……許せないわ……いくらお国のためでも……神代家の意向でも……絶対に……阻止してみせるわ……」

 

「――恐らく、意識が混濁しているのでしょう」比沙子の背後から院長が言った。「求導女様、あまり気にされない方がよろしいかと」

 

 だが、比沙子は院長の言うことなど無視して、美羽の声に応える。「ええ。美羽ちゃんの言う通りよ。あたしも協力する」

 

 ――残っている。

 

 美羽の記憶の中に、あたしは残っている――そう、比沙子は確信した。決して、忘れられたわけではない。美羽の中で、あたしはちゃんと生きているんだ。

 

 比沙子は、生涯を共にした親友と、話す。

 

 終戦後のことを話す。枇杷農家を始めるため、村に根深く残る男尊女卑の意識を変えた。枇杷栽培のことを話す。市場で高値がつくようになったが、特別なことはしていない。ただ、日本軍に伐り倒された枇杷の味を再現したかっただけだ。農業引退後のことを話す。美羽の枇杷は高級品となったが、その分、手軽に食べられる物ではなくなった。戦前のように、散歩の途中や学校や仕事場などへの行き帰りに気軽に食べてもらえるよう、県道わきに枇杷の種を植え始めた。

 

 そして、いま、美羽はその生涯を終えようとしている。比沙子の前から、去ろうとしている。

 

 美羽は、最期の力で比沙子の手を強く握り。

 

「……比沙ちゃん……先に神様のところへ行って、待ってるね……」

 

 最期の言葉を告げた。

 

「――――」

 

 言葉に詰まった。不死の呪いを受けた比沙子は、神の元へはいけない。美羽には、もう会えない。

 

 美羽が目を閉じた。息遣いが遠くなった。

 

 比沙子は。

 

「――ええ。いつか必ず、あたしも美羽ちゃんのところへ行くから、待っててね」

 

 美羽の頬が、わずかに緩んだ。笑ったように、見えた。

 

 握りしめた手がふっと軽くなり、彼女の魂が現世から去ったことを、比沙子は悟った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二日後。

 

 刈割の墓地にて、美羽の葬儀が行われる。彼女との最期の別れのため、多くの村人が集まっていた。花を手向け、そして、法説が始まる。

 

 今日の法説は比沙子が行うことになっていた。列席者の前に立つ比沙子。みな、驚きと戸惑いの表情になる。普段比沙子が法説を行うことはない。以前は暗記したことを事務的に話していただけの慶も、この数年で大きく成長し、自分の言葉できちんと話せるようになっている。比沙子が最後に法説をしたのはいつだったか……もう、自分自身も覚えていない。それくらい、遠い過去だ。

 

 ……いや。

 

 これは、法説ではない。

 

 法説とは神の教えを説く時間。今から話すことは、神の教えに反することだ。構わない。どうしても、伝えておかなければならないから。

 

 比沙子は、一度大きく息をすると、ゆっくりと話し始めた。

 

「――楠美羽は、第一次世界大戦が終わって三年後、教会近くに住む農家の家に生まれました。いつかその羽をはばたかせ、大空を舞うような人生を送ってほしいとの願いから、美羽という名を授かりました。幼い頃は、近所のお姉さんについて回る子でした。戦時中は、親友と一緒に当時の神代家と軍の施策に反対するといった豪胆な面もありました。彼女が枇杷農家を始めたのは戦後しばらく経ってのことです。今でこそ彼女の栽培する枇杷は市場で高値がつきますが、最初からすべてが順調だったわけではありません。当時は男尊女卑の考えがまだ根深く残る時代。女性が一人で農家をやることに対して、風当たりも強かったことでしょう。また、丹精込めて育てた枇杷が、地震や台風、土砂災害などですべてダメになったことも、一度や二度ではありません。それでも彼女は諦めず枇杷を作り続けました。彼女はその生涯の全てを、枇杷作りに奉げたのです」

 

 美羽の人生を語る比沙子。普段求導師が行う法説よりもかなり詳しい。まるで生まれた時からずっと見守っていたかのような語り方に、信者たちはさらに戸惑う。構わず話し続ける比沙子。村人は、比沙子が不死であることに気付かない。気付いても、すぐに記憶から無くなる。この話も、いつか忘れられてしまうかもしれない。

 

 だが、彼らの記憶の奥底には、何かが残る。美羽が、別れの間際に比沙子を思い出したように。

 

 そう信じて、話し続ける。

 

「そして、高齢で農業を引退した後は、皆さんもご存知の通り、刈割と下粗戸を繋ぐ県道の脇に、枇杷の種を植える活動を始めました。今、彼女が植えた枇杷の種は芽を出し、葉をつけました。実がなるのも、そう遠くないでしょう。彼女がそれを見られないことだけが残念です」

 

 比沙子は、美羽の人生を語り終えた。

 

 大きく息をつき、信者たちを見回し、最後の言葉を送る。

 

「私は、彼女の人生から大切なことを学びました。どんなに絶望していても希望はある。生きていると思える瞬間がある。その瞬間を大切にしよう、と」

 

 一三〇〇年の人生で、数えきれないほどの村人と別れた比沙子。数えきれないほどの村人の記憶か消えた。生きている実感は無い――そう思っていた。

 

 しかし、美羽のように、心の奥底にでも、比沙子の記憶が残っていたとしたならば。

 

 比沙子は、生きていける。

 

 これからも、ほんのわずかであっても、みんなの記憶に残り続けるのならば――生きていけるのだ。

 

 そして。

 

 生きていれば、諦めなければ――この絶望を打ち破る日が、必ず来る。

 

 たとえそれが、千年、二千年、三千年後であったとしても、その日が来ることを、信じられる。

 

 一人ではない――そう思うことができるから。

 

 美羽は、そのことを思い出させてくれたのだ。

 

「あなたたちの未来は、必ずしも希望ばかりではないかもしれません。悲しいこと、辛いこと、その現実を突きつけられる時が、いつか来るでしょう。でも、決してあきらめないでください。希望は、必ずあります」

 

 比沙子は、最後にそう締めくくると、胸の前で手を組み、祈りを奉げた。

 

 神への祈りではない。

 

 大切なことを思い出させてくれた、友への感謝の祈りだった。

 

 最初は戸惑っていた信者たちも、いつの間にか比沙子の話に引き込まれ、そして、比沙子と共に祈りを奉げた。

 

 

 

 

 

 

 比沙子の話は終わった。美羽の棺に、土がかけられる。

 

 

 

 ――ありがとう、美羽ちゃん。私は、絶対にあきらめないから。

 

 

 

 比沙子は強い決意と共に、生涯の友に別れを告げた。

 

 

 

 

 

(『千年の祈り』 終わり)

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。