星狩りと魔王【本編完結】   作:熊0803

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お久しぶりです。

今回はバレンタイン話です。

いつものごとく長いですが、楽しんでいただけると嬉しいです。


【娘ーズ アフターストーリー】
娘のチョコに勝るものはない


 

 

 

 

 

 2月14日。

 

 

 

 

 

 年若き男ならば、多くが心を期待に膨らませ、あるいは悲しみを背負う一日。

 

 あるいはそれとは逆に、想いを伝えるべく奮闘する女達の戦いの日でもある。

 

 この小学校においても、例外ではなかった。

 

 朝礼前の時間。とある教室の中には、どこか浮足だった雰囲気が満ちている。

 

 思春期真っ盛りの小学生男児達が、各々普段通りを装いながらもソワソワとしていた。

 

 中には特定の女子をチラ見している者もいる。実に微笑ましいことだ。

 

 女子達もまた、同様に落ち着かない素振りである。

 

 偶に男子と目が合い、サッと互いに逸らすなどというラブコメを展開している少女もいたりする。羨ま恨めしい。

 

 緊張と期待が入り混じり、不思議な雰囲気を取り巻く空間。

 

 その理由は、実を言うともう一つあった。

 

 

 

「おっはよ──!」

 

 

 

 扉を開く音を伴い、明るげな声が教室に響いた。

 

 誰もがそちらを振り向く。その顔には待っていた! と言わんばかりの輝きがあった。

 

 男女どちらともの視線を集めた少女──リベルは、ニカッと白い歯を見せて笑う。

 

「みんな、ハッピーバレンタイン! 男の子も女の子も、嬉し恥ずかしな日だね! ということで、私からみんなにチョコのプレゼントだよ!」

 

 高らかに掲げられた彼女の手にぶら下がった紙袋を見て、わっと皆が集まった。

 

 まるで甘い蜜に吸い寄せられるが如く寄ってきた友人達に、リベルは袋から一人ずつチョコを手渡していく。

 

「はい、これはサキちゃんに。こっちはマコトくんね。あ、これはユウちゃん! 丹精込めて作ったから、味わってくれると嬉しいな!」

 

 ボール型のチョコが数粒入った、丁寧に包装されたチョコレート。それも全員へ個別のメッセージカード付き。

 

 そんなものを、この世ならざるほどの美少女から貰えば、どうなるかは想像に難くない。

 

 女子は黄色い声を上げ、男子は思春期特有のツンとした態度を装いながらもデレッとした目になる。

 

 そんな狂乱は、リベルが最後の一人にチョコを渡すまで続いた。

 

 彼女は空っぽになった紙袋を折り畳み、ランドセルと一緒に机に置く。

 

 しかし、その腕にはまだいくつかの紙袋が備わっていた。

 

「それじゃ、他のクラスのお友達や先生のところにも行ってくるね! みんな、良い一日を!」

 

 人好きのする笑みを残し、彼女は颯爽と教室から出ていくのだった。

 

 

 

 

 教室にはまだ、その余韻が残っている。

 

 先刻までとは違う意味で浮かれた雰囲気に浸った教室は、チョコを見て溜息を吐く声が続出していた。

 

「リベルちゃん、本当に素敵だよね……」

「だよね。お勉強もスポーツもできるし、明るくて気さくで……」

「なにより、とっても可愛い!」

 

 確かに! と女子の一グループで声が重なる。

 

「顔は天使みたいに可愛いし、肌は白くてきめ細やか……」

「緑がかった艶やかな黒い髪……すらりとした高身長にボンキュッボンな体つき……あれでかっこよく笑いかけられちゃったら……」

「もう、お姉様って呼びたくなっちゃうよね……」

 

 はぁ、と感嘆のため息が漏れた。

 

 するとそこへ、男子の一団が近づいていく。

 

 その先頭にいる、いかにも腕白といった風な少年が最初に会話を始めた少女を鼻で笑った。

 

「はん、ドッヂボールでリベルのボールも受け止められねえやつらにお姉様なんて呼ばれたって、嬉しかねえだろ」

「はあ? あんたらこそ、調理実習でリベルちゃんのお手伝いもできないガサツどもでしょうが」

「あんだと?」

「何よ、文句あんの?」

「「ぐぬぬぬぬ……」」

「まーたやってるよ、あの二人」

「ていうかユウちゃん、マコトくんに素直にチョコ渡すとか言ってなかったっけ?」

「マコト、まともに話しかけられないで意地はってやんのー」

「「う、うっさい!?」」

 

 ものの見事に話題の種となっているリベル。

 

 そんな反応をしている子ども達が現在、この小学校内に何十人といる。

 

 彼女は見事にクラスの……否、この小学校の王子的なポジションに収まっていた。

 

 文武両道眉目秀麗、並の男子より頼りになって、同時に高い女子力を兼ね備えている。

 

 教師からの評判も高く、それでいて気取るところはなくて、男女分け隔てなく楽しげに接してくれる。

 

 父の影響で他人の心を惹きつける手練手管に通じているのだから、当然の結果とも言えた。

 

 これで他学年や学区にまで範囲を広げれば、幼き信奉者の数は計り知れない。

 

「でもさ、やっぱりリベルちゃんが一番輝いてるのって……」

「〝姫〟といる時だよねー」

 

 

 

 

 様々な会話が飛び交う教室から、少し離れた場所。

 

 朝礼前という短い時間の中、重力魔法で体重を軽く、体に加速をかけて教室という教室を巡ったリベル。

 

 彼女が最後に辿り着いたのは、自分のクラスの隣の教室であった。

 

「ふう……よし!」

 

 気合を入れるように一声。

 

 最後のお勤めと言わんばかりに、彼女は教室の扉を開いた。

 

 すぐに近くにいた女子生徒が気付き、リベルに近寄ってくる。

 

「リベルちゃん、どうしたの?」

「これ、クラスの子達に」

「わっ、チョコ? ありがとう、みんなに渡しておくね!」

「よろしくね。それと、ミュウはいるかな?」

「あ、それなら……」

「リベルちゃん!」

 

 その少女が答えを告げる前に、可愛らしい声がリベルを呼んだ。

 

 二人が振り向けば、窓際の席でクラスメイトに囲まれていた少女がぱぁっと笑う。

 

 眩い笑顔にうっ、と周りにいた子供達が胸を押さえる中、立ち上がった彼女はトテテッと走り出す。

 

 それなりの速度のまま、両手を広げてやってくるミュウに、リベルも手を広げる。

 

 ミュウが突進してきたところを、リベルはしっかりと受け止めて抱き合った。

 

「おはよなのっ、リベルちゃん!」

「ミュウ、おはよう! 今日もとっても可愛いね!」

「えへへ〜、ママが選んでくれたの〜」

 

 

(息をするような褒め文句、さすが王子……!)

 

 

 笑うミュウを微笑ましげに見つめるリベルに、紙袋を受け取った女子が隣で戦慄した。

 

 そんなことはつゆ知らず、リベルとミュウはキャッキャウフフと会話している。

 

 美少女二人が和気藹々としている様子に、クラス中が和んでいた。中には合掌している者もいる。

 

「それで、どうしたの? ミュウに何か用なの?」

「あ、そうだったそうだった。ミュウにあげるチョコ、ちょっと特別だからお昼に渡すねって言いにきたんだ」

「わぁ、ありがとうなの! とっても楽しみなの!」

 

 ザワッと周囲の空気が揺れた。

 

 すわっ王子が姫へプレゼントかっ、と囁き合う同級生達に、ミュウは不思議そうに首を傾げる。

 

 リベルはちょっと苦笑しながら、ミュウの背中に回していた腕を優しく解いた。

 

「そういうことだから、また後で!」

「うん! 頑張ってなの!」

「ミュウもね!」

 

 最後に軽く手を握り合い、リベルは教室から出ていく。

 

 その姿が見えなくなるまでミュウは手を振っており、花が舞っているような雰囲気だ。

 

 それに、またクラスメイトらが胸を押さえたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 時は経ち、昼休み。

 

 四限の終了を告げるチャイムが鳴り、子供達は一斉に解放されたように声を上げた。

 

 一旦それを収めた教師が終了の合図を取り、終わるや否や彼らはすぐに動き出す。

 

 教室を出ていく者や、クラスメイトと昼食を取りに集まる者、様々だ。

 

 そしていつも引っ張りだこになっているリベルはというと、今日は誰も声をかけにいかない。

 

 無論、朝の出来事が午前中のうちに伝播してきたからである。

 

 普段は遊びに誘う男子達も、女子の目線に牽制されて動けなくされていた。

 

「リベルちゃん、ミュウちゃんのところに行くんでしょ?」

「うん、だからごめんね、今日はみんなと食べれないや」

「ううん、気にしないで行ってきて!」

「ありがとっ」

 

 笑いかけられた少女が「はぅっ」と声を上げるのを横目に、リベルは席を立つ。

 

 ランドセルから弁当箱の入った巾着を引っ張り出し、あっという間に教室から出ていった。

 

 そのまま旋回して隣の教室の扉を開けると、道具を片付けているミュウを発見する。

 

「ミュウ!」

「あっ、リベルちゃん! ちょっと待ってなの!」

「うん!」

 

 ミュウはてきぱきと道具を片付けると、同じように巾着を片手に持ってやってきた。

 

「じゃあ、行くの」

「オッケー。場所は屋上でいい?」

「分かったの」

 

 手を取り合い、二人は小走りに屋上へと向かった。

 

「こら、あんまり早く走るんじゃないぞー」

「気をつけまーす!」

「気をつけますなのー!」

 

 お決まりの小言を教師からいただきつつ、あっという間に校内を駆け抜けていく。

 

 

 

 

 やがて見えてきた、金属製の扉を迷いなく押し開く。

 

 その先に広がる屋上には、まだ昼休みに入ってすぐの為か誰もいなかった。

 

「あっちが日当たりが良さそうなの」

「確かに!」

 

 一番暖かい場所に二人で腰掛け、周囲に誰もいないことを確認。

 

 気配を感じないことまで確かめてから、リベルは首のネックレスに指を触れた。

 

 彼女の前の虚空に、黒い穴が開く。ネックレスの機能の一つ、異空間である。

 

 そこに手を入れ、取り出したのはラッピングされた小さな箱。

 

「はい、ハッピーバレンタイン! いつもありがとね、ミュウ!」

「ありがとうなの!」

 

 差し出された小箱を受け取り、ミュウは膝の上に乗せる。

 

 それから、リベルのことを上目遣いに見てきた。

 

「開けてもいいの?」

「うん、もちろん! 可愛いミュウのために作ったんだから!」

「じゃあ、遠慮なく」

 

 ラッピングを解いていくミュウを、リベルはニコニコと見つめる。

 

 姉妹のように育った親友の可愛さにキュンとしつつ見守っていると、箱を開けたミュウは笑顔を浮かべた。

 

「可愛らしいケーキなの!」

「特製、ミニスウィートタワー。ユエお姉さん達をイメージして作ったよ。出来立てを渡したかったから、異空間に入れてきたんだ」

 

 中に入っていたのは、色とりどりのキャラメルでデコレートされた円柱形のチョコケーキ。

 

 それぞれがユエ達嫁〜ズの色をしており、天辺には陽光に反射してきらめく真紅の飴が乗っている。

 

「とっても綺麗! ありがとうリベルちゃん、大好き!」

「ふふっ、私も大好きだよー」

「そんなリベルちゃんには、これをあげるの」

 

 ミュウが手首につけたブレスレットを操作し、同じように何かを取り出した。

 

 父達からのプレゼントを有効活用している娘〜ズである。

 

 彼女がリベルに渡したのは、螺旋状のカップケーキ。どこぞのタワーを彷彿とさせるデザインだ。

 

「うわっ、すごいねこれ。手作り?」

「うん! 10種類のチョコをふんだんに使ったの!」

「もうっ、本当に大好きっ!」

「きゃ〜!」

 

 実に微笑ましい二人であった。ここに父親達がいれば膝から崩れ落ちただろう。

 

 

 

 

 それはともかく。

 

 ひとまず互いに受け取ったチョコを仕舞い、昼食に手をつける二人。

 

 のんびりと談笑をしつつ、誰もいない屋上での時間を楽しんだ。

 

「そういえばミュウ、例のものは?」

「滞りなく、なの! 今年もパパをびっくりさせるの!」

「あははっ、さっすが。私も仕上げのデコレーションには参加するからね」

「リベルちゃんはデザインセンスがいいから、頼りにするよ!」

 

 ふっふっふ、と怪しげに笑うリベルとミュウ。その顔には企みが浮かんでいた。

 

「菫さんや愁さんには?」

「お爺ちゃんとお婆ちゃんには、朝あげたの。狂喜乱舞してたの」

「目に浮かぶなぁ。まあ、私も母さん達、そうだったけどさ」

 

 それぞれの大本命は置いておき、まずはその両親にチョコをプレゼントした二人。

 

 南雲家では愁が文字通り飛び跳ねて喜び、諌める菫も頬が緩んでいた。

 

 一方で北野家でも、雫やルイネは顔をほころばせて抱きしめてくれたし、放課後に祖父母や叔母のところへ行くつもりだ。

 

「ユエお姉ちゃん達も喜んでくれたよ」

「ハジメおじさん、人数が多いから毎年かなり大変そうだよね」

「でも、シュウジおじさんもすごそうなの。密度的に」

「お母さん達だからねぇ……」

 

 娘のリベルですら、あの母二人がどういったアクションを起こしてくるのかわからない。

 

 なにせ情熱は太陽級、普通なわけがない。なんならユエ達の方が平和な可能性まである。

 

「ふふふ。でも、今年は私が勝たせてもらうよ」

「ユエお姉ちゃん達には負けないの!」

 

 

 

 

 

 決戦は夜。二人は密かに笑いを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……マジで疲れた」

 

 会社のビルから出てきた男は、ネクタイを緩めながら呟く。

 

 鷹のように鋭い目は少し緩み、普段は不遜な顔つきには疲労が浮かんでいた。

 

 言わずもがな、邪神殺しの魔神ことハジメさんである。

 

「やっぱ、この時期はキッツいな……父さん達も死んでたし」

 

 時はバレンタインデー。日本中が比肩するものがないほど色めき立つ時期だ。

 

 それは商業的な好機をも意味しており、商業戦略の企画と実施に明け暮れる時期でもある。

 

 サウス・クラウド株式会社と銘打った企業を運営するハジメも、その例外ではない。

 

 おまけに、愁に社の運営するオンラインゲームのイベント実施に緊急要員として数日前から呼び出される始末。

 

 ようやくそれが終わり、数日ぶりに直に日を見たところである。

 

「力を取り戻せたことを、こういう時マジでありがたく思うよな……」

 

 化け物スペックがなければ、いかにハジメとて今頃他の社員と一緒に床で雑魚寝している所だ。

 

 そんな中でも頑張れたのは、先日愛娘から「今年のバレンタインも楽しみにしててなの!」と言われたから。

 

 疲れた体とは裏腹に、心は少しウキウキだった。

 

「さて、それじゃあ……ん?」

 

 帰るか、と踵を返したところで。

 

 社員用駐車場に停めていた自分の車を見て、少し眉根を寄せた。

 

 

 

 

 ある人物が、車のボンネットに軽く腰掛けている。

 

 上等そうな服に身を包み、顔は被った帽子に隠れて見えない。

 

「…………」

 

 ハジメは無言で、その人物に近づいていく。

 

 コツコツと、自分の存在を示すように靴の音を響かせて歩み寄っていった。

 

 やがて、目の前にやってくる。男はその姿勢でも、直立しているハジメより少し背が高かった。

 

「……よう、待ちくたびれたぜ」

「……お前」

「仕事は無事に終わったみたいだな。柄にもなく、顔に疲れが出てるぞ?」

 

 揶揄うように言いながら、男が頭を上げる。

 

 現れたのは、驚くほど整った顔。大人びたそこに浮かぶのはニヒルな笑み。

 

 それを見て、ハジメは──ふっと気が抜けたように破顔した。

 

「流石に多忙でな。参ったよ」

「エセ神ちゃまをぶっ倒した魔王様も、バレンタインブームには勝てないってか」

「言ってろ、アホ」

 

 軽く突き出した拳を、その男──シュウジは手のひらで受け止める。

 

 二人は楽しげに笑い合った。

 

「そんなお疲れのハジメさんだ。帰りの運転は任せな」

「その為にわざわざ来たのか?」

「おうよ、死んだ声で電話してるってミュウちゃん経由で聞いたからな」

「そうか。サンキューな」

「いやいや。これくらいお前にもらった恩に比べりゃ、なんでもないさ」

 

 言いながら車に乗り込み、ハジメから受け取ったキーを差し込んで魔力回路を開ける。

 

 シュウジの魔力が流し込まれ、魔力駆動四輪ブリーゼMr.2は渋いエンジン音を奏でた。

 

「それに、どうせ今夜はお姫様達に呼ばれてうちに集合だろ。なら、俺ちゃんが迎えにくるのが道理ってもんさ」

「今日はお前の軽口に甘えとくとするよ」

「ははっ、うちに着いたらもっと甘いもんが待ってるぜ」

 

 談笑しながら、駐車場を出て道路へとブリーゼを繰り出す。

 

 バレンタインデーの夕方だからか、そこそこ混んでいる道を北野家へ向けて緩やかに進んだ。

 

「で、今年はどうだった? ユエさん達から山盛りのチョコは貰えたかい?」

「ありがたいことにな。相変わらずユーモアに富んでたよ」

 

 缶詰状態になるのを察し、ユエ達が数日前に渡してきたチョコをハジメは思い返す。

 

 ユエ、ティオ、レミアの三人からは共同合作の、芸術品じみたチョコレートタワーを。

 

 シア、アルナからはスイートとビターなチョコの詰め合わせを渡された。

 

 香織と美空はスタンダートなハート型チョコだが、それぞれ中に愛情を綴ったメッセージの入った一品を。

 

 それを聞いたシュウジは、カラカラと笑う。

 

「相変わらずの溺愛っぷりだねえ。文字通り愛の坩堝ってか?」

「同じかそれ以上の愛情で返してるんだから、一方的じゃねえよ……そう言うお前はどうなんだ?」

「朝起きて早々、エボルトにクソ激マズチョコレートコーヒーを飲まされそうになった話でもするか?」

「本当に変わらねえなお前ら」

 

 なお、件のエボルトは家の地下にハムの如く吊るしているので今はいない。厳罰である。

 

「ま、〝表の仕事〟の方で色々お誘いもあったんだけどね。ハジメを送迎するっていう重大な任務には代えられなかったよ」

「無駄に容姿はいいもんな、お前。無駄に」

「二回も言うなんて、ハジメちゃんったらヒドイ!」

 

 妙に作った裏声で言うシュウジに、ハジメは軽く笑う。

 

 そんな彼の目の前に、すっと何かが差し出された。

 

 

 

 

 正方形の、やけに凝った装飾をされた小箱。

 

 ハジメは不思議そうな顔でシュウジを見る。

 

「そんなモッテモテなハジメには、親友からの友チョコはもう要らないかな?」

 

 片手で運転しつつ、シュウジは横目で悪戯げに笑った。

 

 面食らっていたハジメは、少しの間その顔を見て……小さく、ため息をつくように笑う。

 

「……バーカ。いるに決まってんだろ」

「そりゃ良かった。おっと、気をつけな。中身はこの世でたったひとつの一品モノだからな」

「なら、今この場で食っちまうとするか」

「うわー、容赦ねー」

 

 ケラケラと笑うシュウジにつられて笑いつつ、ハジメはその箱を開ける。

 

 

 

 中に収まっていたのは、一発の弾丸。

 

 

 

 ……に見せかけた、金箔で表面を覆ったチョコレートである。

 

 意味深なそれを、しばらく感慨深げに眺めてからハジメは手に取る。

 

 そして、半分ほど口の中に含んで噛み砕いた。

 

「え、なんだこれ。めっちゃ美味え」

「愛子ちゃんの手も借りて、これでもかって改造した最高のカカオ豆から作ったからな」

「ほんと、凝り性なやつ」

「ハジメがそれを言うか?」

「ま、それもそうだな」

 

 口の中に広がる甘みに、ハジメは柔らかく微笑むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 日がほとんど落ちかけた頃、二人は北野家に到着する。

 

 広大な車庫の一角に停車させ、車から降りる。

 

「先に行っててくれ。少しトランクの荷物を整理したい」

「はいよ。ほれ、鍵」

「ん」

 

 ハジメにキーを投げ渡し、シュウジは一足先に上の階へと上がった。

 

 邸宅に繋がる扉の前に着いたところで、ふと何かに気がついたような顔をする。

 

 少し嬉しそうに口元を緩めると、そっとドアノブを引いた。

 

「ただいま、雫」

 

 そこに待っていたのは、雫。

 

 彼女は、シュウジを見て愛おしそうに微笑む。それはどんな宝より勝るだろう。

 

 再会から数年が経ち、益々美しさと色気に磨きをかけているのも、理由の一つだろうか。

 

 そんなことを考えていると、ふと彼女は目を閉じ、少し顔を寄せてきた。

 

 意図を察して、シュウジは彼女にキスをする。

 

「ん……」

「んんっ?」

 

 が、軽いフレンチキスでは終わらなかった。

 

 シュウジをして気がつかない自然な動きで首に手を回し、更に自分の方へ引き寄せる。

 

 そうすると唇を割り、少々強引に口付けをしてきた。

 

 

 

 

 数秒、二人の逢瀬は続く。

 

 やがて、ゆっくりを離れて見つめ合う二人。

 

 シュウジは自分の目をじっと見つめてくる雫の瞳に見とれながら、口の中で舌を動かした。

 

 しばらく何かを咀嚼するように動かして、飲み込むと満足げに笑う。

 

「まさか、こういう形でのサプライズとはね。我が女神様はいつだって大胆だ」

「甘かったでしょう?」

「とびきり、な」

 

 舌に残るチョコレートの甘さに、シュウジは少し照れ臭そうに返した。

 

 企みが大成功した雫は嬉しそうに笑って、シュウジの額に自分の額を合わせる。

 

「ね。普通に、もう一回して?」

「お前が望むなら、何回でも」

「できれば、それは後で二人きりの時にしてくれ」

 

 後ろから聞こえた声で、二人は振り返る。

 

 そこには、ニヤニヤとこれでもかというほど愉しそうに笑っているハジメさんがいた。

 

 シュウジは、彼と微笑んだままの雫を交互に見て、呆れたように笑う。

 

「おいおい、まさか全部仕込みか?」

「お前が俺を迎えに来るだろう事まで、な。俺からのバレンタインチョコだと思え」

「甘すぎて胸焼けしそうだよ、親友」

 

 差し出された手に、ハジメはがっしりと握り返した。

 

 サプライズも無事に終わったところで、三人は邸宅の中へと移動する。

 

「いくつか、あなた宛に届いているわよ。ユエさん達からのものに、鈴から。それと英子さんに、愛ちゃん先生もね。冷蔵庫に入れておいたわ」

「俺ちゃんもなかなか人気者だねぇ」

「ありがたく受け取れよ。なにせ、あいつらからの親愛を込めたチョコなんだから」

「ひとつひとつ、大事にいただくとするよ」

 

 明日の朝は本当に胸焼けでキツそうだ、と呟くシュウジである。

 

「あっちは無事に渡せたのかね? ここで作ったんだろ?」

「三人とも力作を作っていったわよ。まあその、英子さんがだいぶ力を入れすぎていたけど……」

「へえ、というと?」

「それがね……」

 

 雫曰く、英子は完成したチョコにこれでもかとアッチ系の呪術を詰め込んでいたらしい。

 

 決して本人には口で言わない、光輝へのメガトン級な愛情が感じられた一品だったとか。

 

「目が言ってたわ。〝貪る〟って……」

「哀れ天之河……数日は筋肉痛で寝込むだろうな……」

「はっ、仲の良いこって」

 

 悪態をつくシュウジに、ハジメと雫はくすりと笑った。

 

 それから愛子の恋愛事情について雑談などしているうちに、リビングの前へやってきた。

 

「二人はもういるのか?」

「今か今かと待ち構えてるわよ」

「よしハジメ、とびきり驚く準備をしようぜ」

「とっくにできてるよ。お前は?」

「おいおい、俺にリアクションの心配をするってのか?」

「ま、そうだな」

 

 待ち構えているだろう愛娘達へ心構えをしながら、シュウジがドアを開く。

 

 

 

 

 その瞬間、狙いすましたように乾いた音が響いた。

 

 驚いた顔をしてみせる二人に、クラッカーを持っていたリベルとミュウが笑いかける。

 

「パパ、シュウジおじさん、おかえりなの!」

「そしてハッピーバレンタイン! 私達から感謝の気持ちと愛情を込めて、これをプレゼント!」

 

 そう言って二人が視線を促したのは、テーブルの上。

 

 バレンタインらしい飾り付けをされた、広々としたリビングの中央に鎮座していたのは──

 

「ケーキ、か」

「おお、こいつは美味そうだねぇ」

 

 ホールサイズの、綺麗にデコレートされたチョコレートケーキ。

 

 細部まで拘った見た目は、プロの職人もかくやという素晴らしい出来だ。

 

 本当に店に並んでいてもおかしくない完成度だが……おや、と二人は内心不思議に思った。

 

 というのも、前回まで二人が作ってくれていたのは色々な意味でスケールが大きかった。

 

 去年のものなど、ウェディングケーキもかくやというサイズで、二人は一瞬顔を引き攣らせた程だ。

 

 無論、愛娘の作ったものである。二人で完食し、無事に轟沈したのだが、それに比べると普通だった。

 

「去年までと比べると、コンパクトだな」

「その分愛情が詰まってるんだろ。ハジメ、これはじっくり味わったほうがいいぜ」

「そうだな」

 

 そんなことを口にした二人にミュウとリベルが気まずそうな顔をした。

 

 雫もなんだか曖昧な笑いを浮かべていて、シュウジ達は不思議そうに首を傾げる。

 

 

 

「それは本来のチョコではないのだよ」

 

 

 

 答えたのは、キッチンの方から届いた声である。

 

 そちらに目線が集まると、現れたのはルイネ。

 

 濃緑のニットに白のフレアスカート、普段は纏め上げている髪を下ろした、ラフな格好である。

 

 普段、テレビや自家に会う時もスーツ姿を見ることが多いハジメは少し新鮮に感じる。

 

「ルイネ、ただいま。本来のものじゃないって、そりゃどういうことだ?」

「お帰りなさい、シュウジ。実は、一週間以上前から二人は別のチョコを製作していたのだ。この前、ハジメ殿のご両親主導で行ったデ◯ズニー◯ンドの城を再現しようとしてな」

「また随分と大掛かりな……」

 

 あれをチョコで作ろうというのなら、それこそ職人レベルの技術が必要だろう。

 

 数年の料理体験を経てスキルが身に付いてきたとはいえ、二人がかりでも相当に手間がかかったはずだ。

 

 それを贈って思い出話をしようとした、と聞いて感心している二人に、おずおずと娘達が歩み寄る。

 

「あのね、あのね。途中まではうまくいってたの。パーツごとに作って、組み上げて、リベルちゃんが飾り付けたの」

「リベルはそういうデザインが得意だもんなぁ」

「それで?」

 

 優しく聞くシュウジに、リベルは申し訳なさそうに眉を下げた。

 

「でも、あんまりにも大きくなりすぎて。かといって削り落とす時間もなかったから、私が……その…………」

「その?」

「………………重力魔法で、加重をかけて圧縮しようとしました」

 

 恥ずかしいっ、と言わんばかりに顔を手で覆うリベルに、シュウジ達の顔が引き攣る。

 

 神代魔法の無駄に高等な、日常での無駄な活用……脳裏に某吸血姫の顔が浮かぶ。

 

 不自然にならない程度にはシュウジも使うのを許しているのだが、どうやらそれが不幸を呼び込んだようだ。

 

「それで……圧縮の加減を間違えて…………」

「パンッ、って弾けたの。汚ねぇ花火だったの」

 

 やっちゃったらしい。リベルの耳が赤く染まる。

 

 揃って雫達を見ると、やや苦笑いをした。片付けにはかなり手間取ったようだ。

 

「それで、台無しになっちゃって……残った材料じゃ、これくらいしか作れなくて……」

「でもシュウジおじさん、リベルちゃんを怒らないであげて! 最初に提案したのはミュウなの! 半分責任があるの!」

 

 不可抗力なのっ、とリベルを守るように抱きしめるミュウ。

 

 普段とは逆の様相を見せる二人の愛娘に、しばらくハジメとシュウジは顔を見合わせた。

 

「…………くっ、くくくっ」

「ぷっ、はははっ、はははははっ」

「みゅ? パパ?」

「…………?」

 

 不意に笑い出した父達に、リベルとミュウは不思議そうにする。

 

 必死に込み上げてくる笑いを噛み殺していた二人は、しばらくの間含み笑いをしていた。

 

 やがて、それが収まると、それぞれ娘の頭に優しく手を置く。

 

「まっ、仕方がねえさ。子供は失敗してなんぼ、空回りしてるくらいが可愛いってもんだ」

「そうだ。俺達がガキの頃なんて、もっとアホなことしでかして美空に雷落とされてたからな。これくらい、軽いもんだ」

「……怒ってないの?」

「まさかまさか。悪いことしたってんなら、その正当性を問いただした上で、もっと上手くやる方法を教えてやるけどな」

「そこは叱れよ」

 

 ポコ、と軽く叩かれ、「いて」と頭を傾けるシュウジ。

 

 怒っていないと分かったリベル達は、コミカルなやりとりにくすりと笑った。

 

「そんなことより、怪我はなかったか?」

「うん。ママが見守っててくれたから、どこも怪我してないよ」

「ミュウは大丈夫か?」

「平気なの。ルイネお姉ちゃん、糸捌きがすごかったの」

「ならよかった。それに、余ったもので一生懸命あのケーキを作ってくれたんだろ? なら、十分ってもんだ」

「こいつの言う通りだ。娘からのバレンタインチョコがないなんて大惨事を回避できただけ、幸運だよ」

 

 優しく、温かな、頭を撫でる手の感触。

 

 ふにゃりと顔を緩ませた二人にシュウジ達は微笑み、そのまま抱え上げる。

 

「さっ、そうと決まれば早速いただこうじゃないか! めいいっぱい食べちゃうぞー!」

「おいコラ、ミュウも一緒に作ったんだから半分は俺のだからな」

「ふふっ! 本気のものほどじゃないけど、とびきり美味しいよ!」

「みんなで食べるのー!」

「こらこら、その前にお夕食よ。チョコレートはその後ね。手を洗ってらっしゃいな」

 

 雫の言葉にはーい、とキッチンに向かっていく一向。

 

 シュウジもハジメとミュウに続こうとして、不意に袖を引かれる。

 

 そちらに顔を向けると、ルイネが袖口を人差し指と親指で摘んでいた。

 

「ルイネ?」

「……後で、私からも贈り物がある」

「後で、ね……」

 

 ほんのりと赤く染まったルイネの頬に、シュウジは言わんとところを察する。

 

 左隣にいる雫を見れば、彼女は何も言わずに可憐なウインクをしてみせた。

 

「一番乗りは、彼女に譲ったので……な」

「……なるほど。それは、楽しみにしなくちゃな」

「パパったら、やーらしー」

「お、言ったなー?」

「きゃははっ!」

 

 シュウジに頬ずりをされ、リベルは楽しげにコロコロと笑うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なお、これは余談だが。

 

 雫とルイネ手製の豪華な夕食もチョコレートケーキも食べ終え、ハジメ達が帰宅した後。

 

 寝室にて、扇状的なネグリジェを纏い、チョコのティアラを被ったルイネがシュウジを待っていた。

 

 それからどうなったかは……バレンタインらしく、情熱的だったと言っておこう。

 

 

 





読んでいただき、ありがとうございます。

ハッピーバレンタイン。
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