「じゃあね、花陽ちゃん。また来てね」
「うん。おまんじゅう、ご馳走様でした」
穂むらを出た私は、空を見上げた。夏至は過ぎたが、まだ陽は長い。もう遅い時間だが、空は夕焼けが綺麗だった。
紅と闇の混じるグラデーションを見上げながら、
「……穂乃果ちゃん、来週誕生日だなぁ」
頭の中にカレンダーを浮かべる。
何かお祝いをしたい。こうしてしょっちゅう相談に乗ってもらったり、話を聞いてくれているのだ。私の誕生日も、祝ってくれたし。
「三日は、出社しなくてもいいように原稿進めておかなくちゃ……」
編集長に電話して、なんとかスケジュールを調整してもらう。編集長は快諾してくれた。仕事が忙しくないタイミングで良かった。
電話を切った私は、ひとまず安心。これで日程の確保はできた。
「あとは、どうお祝いするかだなぁ……。プレゼントとか」
私は隠し事が苦手だし、サプライズで準備できる気がしない。穂乃果ちゃんも、意外と鋭い一面も持っている。特に最近は、心の底を看破されている気がする。
「うーん…………」
そもそも、今の穂乃果ちゃんが欲しいモノって何だろう? 穂乃果ちゃんが、喜んでくれるようなプレゼントは。
「うーん…………」
悩んだ。悩んだ末、
『──誕生日に欲しいモノ?』
「うん……。考えたんだけど、分からなくて……」
本人に訊きました。これが一番確実だもんね。
『そんな、わざわざ気にしなくても良かったのに』
「でも、何度もお世話になってるし。何かお返ししたくて」
『花陽ちゃんは真面目だよねぇ。……うーんでも、急に言われても思いつかな──あ、』
「何か欲しいモノ、あった?」
『モノっていうか、お願いなんだけどね……』
「言ってみて。私に用意できるモノなら、頑張って用意するから!」
『むしろ、花陽ちゃんじゃないとできない事かも。あのね────』
「──うん。──うん。──え? ちょっと待ってね。──あった! あったよ穂乃果ちゃん!」
『ホントに⁉︎ じゃあお願い!』
「うん、分かった! 何とかしてみるね!」
穂乃果ちゃんとの電話を切った私は、思わず笑ってしまった。
「やっぱり、穂乃果ちゃん変わってないね」
穂乃果ちゃんの誕生日、当日。秋葉原の駅前で、穂乃果ちゃんと待ち合わせる。
「──お待たせ、花陽ちゃん。今日はありがとね」
「あ、穂乃果ちゃん。ううん、お役に立てて何よりだよ」
「じゃ、行こっか」
「うん」
電車に乗り、一時間ほど揺られる。そうして降りた駅から、タクシーを捕まえた。
「○○高校までお願いします」
行き先を告げて、走り出すタクシー。
「でも、ちょっと意外だったなぁ」
「何が?」
「穂乃果ちゃんが、あんなお願いしてくるなんて」
「穂乃果も、最近は全然だったんだけどね。花陽ちゃんの話を聞いてたら、ちょっとあの頃が懐かしくなっちゃって」
「ああ……」
あの頃。μ'sとして、ステージに立っていた、スクールアイドルだった自分。
「今でも、ふと信じられない時あるからね。私達がスクールアイドルやって、ラブライブで優勝したなんて」
まるで夢のような、虹色だった日々。スクールアイドルに触れる仕事をする今、より強く思う。
「そんな事ないよ。だってμ'sがあったから、穂乃果は今こうして、花陽ちゃんと一緒にいるんだよ? 夢なんかじゃないよ!」
大人になっても、生きる道が違っても、穂乃果ちゃんは変わらない。きっとこれからも、私は穂乃果ちゃんに元気と勇気を貰っていくんだろうな。
「──あ、着いたよ」
タクシーから降りると、高校の校門の目の前。他にも、同じように高校の中へと入っていく人達が見える。
「楽しみだなぁ。こうやってスクールアイドルのライブを見るのは、すっごい久しぶりかも」
穂乃果ちゃんは、傍目でも分かるほどウキウキしている。大人びた一面を見せたと思ったら、子供みたいにはしゃぐ。……穂乃果ちゃんって、普段どんな事考えてるんだろう?
「花陽ちゃんの情報さまさまだね〜」
「そんな事は……たまたまスケジュールに載ってただけで」
今日この高校で、この学校のスクールアイドルがライブを行うのだ。
これが、穂乃果ちゃんがお願いしてきた事。──スクールアイドルのライブが見たい。と。
最悪過去映像でもいいから、と言われたのだが、夏休みというのもあってか近くでライブを開催する高校が見つかったのだ。
「結構人多いね〜」
「うん。最近ピックアップされてる、イチオシのグループなんだよ」
念の為、取材と称して学校側に席を用意してもらうよう連絡しておいて良かったかも。……勿論、元μ'sのメンバーである事は隠して、だけど。
「ん〜! 今からもう楽しみだよ!」
穂乃果ちゃんは大きく伸びをすると、
「さ、行こう花陽ちゃん!」
私に向かって手を差し出してきた。
『──μ'sのメンバーにして下さい!』
『──こちらこそ、よろしく!』
あの時と同じ、差し出された手。私が今を生きるこの道は、あの手を掴んだから始まったのだ。
冗談抜きに、私の人生を変えてくれた人。そんな凄い人の誕生日を、私は祝っている。すぐ隣で。
深く息を吸い込み、小さく吐き出す。知らぬ間に浮かんだ、口元の笑み。
「──私が、ちゃんとレクチャーしてあげるからね!」
穂乃果ちゃんの手を掴んで、私は駆け出した。
「わわっ。──よーし、よろしくね花陽ちゃん!」
今は、私が引っ張る番。穂乃果ちゃんの、私の恩人の一人の大切な日を、最高の一日にする為に。