幸せ狂の灰被り   作:Needles Island

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 灰は見誤った。幸せの定義を。

 行きすぎた幸せは、喪いたくない人を死合わせにするのだと理解できなかったのだ。


幸せ狂の誤算

 アシュレイは、生家を棄てさせられた。当然だろう。義姉達や義母が悪名を撒き散らしたり犯罪者として処刑されたりすれば、カレラス辺境伯も無事ではいられない。カレラス辺境伯は自裁を命じられ、全ての権限を国に返還した上で自ら掘った穴の上で油を被り、死んだ。

 そしてその後、アシュレイはカレラスの名を名乗ることを禁じられ、今に至る。

(……私は、あの家にはもう帰れない。帰るつもりはなかったけど、帰らないのと帰れないのとはやっぱり違うのね)

 寂寥感に囚われていたアシュレイだったが、数日でそんなものからは解放された。もっとも、悪い方向にだが。アシュレイは理解していなかったのだ。

 

 誰も、家からは縁を切れないのだということを。

 

 たとえ縁を切ろうが物理的に離れようが精神的に嫌い合おうが関係ない。ただ、家族であったことを知っている人がいる限り。家族の罪は自分の罪とみなされることの方が多いのだ。ゆえにアシュレイにもけじめを求める貴族が多かったのである。

 そうしてアシュレイを引きずり下ろすために調査が入り、カレラス辺境伯邸は徹底的に調査された。するとアシュレイの部屋から遺体の一部や血痕など、出るわ出るわおぞましいものの群れ。もっとも、アシュレイ本人がそんな証拠を残すわけもないのだが、調査隊が問題である。

 カレラス辺境伯邸に調査に入ったのは、皆アシュレイに反感を持つものばかりだったのだ。当然彼らも貴族で、平民などどうでも良いと思っているものばかり。証拠を捏造するために邸の使用人たちを皆殺しにすることなど造作もないものたちばかりだった。

 そうしてアシュレイに忠実な使用人たちを喪い、残されたショーナもアシュレイに疑問を覚えはじめて。アシュレイはそのまま孤立した。

 そうなればあとはもう目に見えている。

「お下がりなさい。私を誰だと思っているのですか!」

「構うな! 殺人王妃に遠慮する必要はない!」

「なっ……!?」

 アシュレイは反駁しようとして、出来ない。雪崩れ込んできた兵士たちは手練れで、すぐさま口に布を噛まされてしまったからだ。あまりの事態に呆然としている娘フローラに視線を向けるが、兵士達が邪魔で見えない。

 しかし声だけは聞こえた。

「あなた方がどういったおつもりでお母様を拘束なさるのか、わたくしには分かりません。ですが、そこまで手荒になさらなくてもよろしいのではありませんこと?」

 それは反駁ですらなかった。フローラの声は妙に冷たく、かつアシュレイを気遣うものですらない。体面を取り繕うためだけのその言葉に、アシュレイは総毛立った。

 フローラの言葉に兵士の一人が答える。

「姫殿下、妃殿下は危険なのです」

「危険? そんなことはとうに承知しておりますわ。わたくしが誰のせいで死にかけたとお思い?」

(フローラ? 貴女、何を言って……)

 アシュレイの困惑に、フローラは淡々と言葉を続けることで答えた。

「何度言われたと思うのかしら? 『お可哀想なフローラ様』『祖母上に毒を盛られるなんて気の毒に』……その女が全てを企み、実行したからわたくしは今も微妙な立場に置かれているというのに、なぜわたくしがアシュレイ王妃の危険性を理解できていないとお思いになるのか、うかがってみたいですわ」

「フローラッ!」

 冷笑を浮かべているであろうフローラに、アシュレイはもがいて口布をずらすと、怒号をあげた。しかしフローラは怯んだ様子もなくアシュレイに言葉を叩きつける。

「わたくし、知っていてよ? アシュレイ王妃。わたくしに毒を盛ったのはあなただと。そして、その罪をおばあ様に着せたことも。おばあ様を、あなたが! 殺したこともっ!」

「解毒剤を用意して貰いながら、よくもそんなことを口に出来たわね、フローラ!」

「あら、アシュレイ王妃。世の中には毒など溢れ返っていますわ。その中で、わたくしが死ぬ前に的確に効く解毒剤を用意するのは本来不可能でしてよ。事前に盛られた毒の名を知っていなければね!」

 アシュレイの言葉を徹底的に否定するフローラは、既に彼女を母とは呼ばなかった。何故なら、もう既に先のことまでを考えていたからだ。どうせフローラ=アシュレイ王女は死ななくてはならない。ならばそれ以前に何をなすべきなのか、彼女は既に悟っている。

 故に命じた。

「衛兵の皆様方、どうぞアシュレイ王妃をお連れになって。恐らく極刑が望ましいでしょう。王宮内のアシュレイ王妃の部屋もお検めになられた方がよろしいと思いますわ」

「フローラ王女殿下……」

「大丈夫。あなた達の行動は、正しいわ」

 そう言って笑ったフローラが何を考えているのか、誰も分からなかった。




 どうして……どうして、どうして、どうして、どうして、どうしてぇっ!?
 どうして私がこんな目に遭うの!? 何故フローラは私を裏切ったの!? どういうことなの!? ねぇ、誰か答えなさいよっ!

 私、何も間違ってないわよねぇっ!?

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