幸せ狂の灰被り   作:Needles Island

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 灰は灰に。塵は塵に。あるべきものは、あるべき場所へ。
 それが、自然の摂理。従うべき循環。望んではならない。願ってはならない。祈ってはならない。求めてはならない。何故なら、それは自ら能動的に手にして良いものではないのだから。

 幸せは、本来与えられるものであって掴み取れるものではないのだから。


幸せ狂の終焉

 その日はやはり、雨だった。

 

 国に二度目の革命が起きた。グランヴィル一世はその娘フローラと心中し、冥府へと旅立っていったとされている。王妃アシュレイは、残酷な殺人王妃は、国民の前で処刑された。飛び交う悪罵と石礫、そして残酷王妃に相応しく無惨に処刑と相成った。

 男爵家に生まれ、母に疎まれて使用人同然に堕とされた。その母を殺し、令嬢として暮らした。義長姉を死に至らしめ、義次姉を殺し、義母を殺して。不慮の事態により父を喪った。

 そんな苦難に満ち溢れた人生を送った彼女を、しかし誰も憐れもうとはしなかった。ただ理由もなく血族を殺し回った悪女として歴史に名を残し、お伽噺として後世までその苦難を受け継がれた。

 『悪女アシュレイ』は世の中の女性の規範から外れた最も悪い例として扱われ、人を殺した女性は男性よりも厳しく罪を問われるようになった。

 誰も、アシュレイを理解しようとは思わなかった。血に濡れ、人殺しの快感を覚えてしまったアシュレイを理解できるはずがない、と。

 

 だが、考えてほしい。アシュレイは本当に理解出来ない人物だったのか、と。本当に皆の言う『悪女アシュレイ』に望んで成ったのか、と。

 

 そもそも、アシュレイが虐待されていたのは周知の事実だ。父ローランド・カレラスはそれを後になるまで知らなかったが、彼がその事さえ知っていればアシュレイを守ることすらできたはずだ。アシュレイ自身にはどうしようもなかったことを、殺人以外の方法を彼女に求めるのは酷だろう。ローランドの了承を得ずとも出来る解決法が、アシュレイにはブランチの殺害しかなかっただけだ。

 それで人を殺せば自らの地位が安泰になると学ばせてしまった大人にこそ、咎があるとは思わないだろうか。アシュレイに必要だったのは、救いの手だ。決してナターシャから差し出される毒瓶ではない。

 ヘザーを死に至らしめたのも、結局はそうだ。自分の求めるものを殺人でしか得たことのないアシュレイが、ヘザーを殺す以外の選択肢を思い付くことすら困難であることなど言うまでもない。ただでさえ家名に泥を塗ったのだ。アシュレイ本人に危害を加えた時点で排除の考えが浮かぶのも致し方ないことだろう。

 クレアの件に関しては、自業自得である。他ならぬクレアがその結末を望んだからこそ、アシュレイはクレアを殺すしかなかった。いずれ狂ったアシュレイは全てを滅ぼすと理解してしまったから、クレアはその時期を早めて被害者をいたずらに増やさないようにしたかっただけ。独りよがりな考えである上に、アシュレイの殺人に対する快感を自覚させてしまったという時点で最早擁護できない。

 アシュレイがナターシャを殺したがったのも、グランヴィルがアシュレイを満足させられなかったからに他ならない。満足さえ出来ていれば、あるいはナターシャは死ななかったのかも知れなかった。

 全て、アシュレイだけが悪いわけではない。だが、もたらされてしまった結果は背負わなければならない。故にフローラは全ての罪を背負い、革命を裏で煽動して最後には責任を取る形でグランヴィルと心中した。そうやって誰かが死ぬことでしか、解決できないのだとフローラは思っていたから。

 

 それら全ての要因が絡まりあって、国が一つ滅んだ。全てが明かされることは、やはりなかったのだが。

 

 ◎

 

 むかし、むかし、あるところに。とてもうつくしいおひめさまがいました。おひめさまはとてもこころやさしくみえていましたが、ほんとうはひとをころしたくてころしたくてたまらないかいぶつでした。

 そんなおひめさまを、ままははがいじめます。

「ほら、そんなところでねていないで! さっさとそうじをするんだよ!」

「そうよそうよ!」

「ほんとうにきたないこね」

 ふたりのあねもそうやってくすくすわらいます。もちろんひとをころしたいおひめさまは、そんなままははもあねもゆるすことはありません。

「わたし、きたなくないわ。ほら、もうそうはみえないでしょう?」

 あるひおひめさまはそういって、あねのめをつぶしました。あねはいたい、いたいといいながらころがりましたが、おひめさまにはどうでもいいことです。おひめさまのあしにぶつかったても、きりおとしてしまいました。

 あねはそのままちをながしてしんでしまいました。

「わたしにさからうからそうなるのよ」

 おひめさまは、そういってあねをきたないものをみるめでみました。ですがもうあねはうごきません。なぜなら、もうしんでいるからです。

 またあるひには、きにくわないからといってもうひとりのあねにナイフをふるいました。もうひとりのあねはおひめさまがよろこぶようなことばなんてなにもいいませんでした。

 それがきにくわなくて、おうじさまとむすばれてかわいいむすめをうんだおひめさまはままははをころしました。しねばなにもできないからです。

 そして、もともとのやしきのなかのしようにんたちをころして、ちをまきちらしました。

「あははっ、あはっ、これ、たのしい!」

 おひめさまはとてもこわいかおでわらって、ほかに、こわせるようなものはないかとききました。しかし、やしきにはだれもいなくなっていて、おひめさまにこたえはありません。

 そうやって、おひめさまはみんなをころしてまわりました。だからおひめさまのむすめはきめました。

「わたしがおかあさまをとめなくちゃ」

 そうしてこのくににはかくめいがおき、おひめさまはいままでわるいことをしていたむくいをうけてしょけいされました。

 めでたし、めでたし。




 そうか。そういうことだったんだ。最初から私に救いなんてなかった。幸せなんて、求めてはいけなかったんだ。

 誰かを犠牲にして幸せになってしまったら、その報いを受けるしかなくなるから。

 でも、後悔はしないわ。私は確かに幸せだった。なら、もうそれで良いの。たとえ誰の幸せを奪ってしまっていたって、幸せにさえなれれば良かったんだから。
 幸せを求めなければ百字にも満たない物語。だけど幸せを求めれば、誰かに不幸を撒き散らしながらこうやって短編程度にはなる。私は羊皮紙一枚の女じゃなく、誰かに読まれるような一冊の本のようになりたかった。
 結果的にはそうなれたから、満足、かな。

 皆さんごきげんよう。来世でお会いできたら嬉しいわ。

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