幸せ狂の灰被り   作:Needles Island

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 恥をかいた金薔薇はその花弁を散らした。一枚、また一枚と花弁を剥がれたのではない。一度に全てを失ったのだ。名誉も、外聞も、未来のつがいさえも。
 トゲだらけの茎だけが残された金薔薇に出来ることはただ一つ。

 全てを奪ったものに、復讐を。


幸せ狂の潜伏

 舞踏会から戻ってきたアシュレイは、玄関の前でヘザーの襲撃に遭った。半狂乱になりながらアシュレイを殴り、踏みつけ、ドレスを引き裂くその様はまるで鬼女だ。アシュレイはその暴虐を死んだ目で受け止めた。

 最早アシュレイに手を出したヘザーの結末は決まっていた。無論、死だ。どのように残酷に殺されるべきなのかアシュレイは考え始めた。たかが令嬢が振るう平手程度が痛いわけがない。アシュレイはもっと理不尽で苦痛に満ちた生活を送っていたのだから。

(その手はいらないわね。引き裂いてあげるわ)

 冷静にそう考えているアシュレイは表情を取り繕うことはしていない。必要ないからだ。既に殺すと決めている女を前に取り繕ったところで何の意味もない。

(その足はいらないわね。切り落としてあげるわ)

 ただ、それがヘザーの怒りを買うことになるのは当然のことだ。アシュレイの背の上で地団駄を踏みながら手近な物を投げようとしては使用人に止められるようになっていた。

(その目はいらないわね。えぐり出してあげるわ)

 アシュレイがそんな恐ろしいことを考えていることなど知らないヘザーは地団駄を繰り返す。骨が軋む音がするが、今アシュレイがヘザーに逆らっても意味がないのだ。至上の苦痛を与えてから殺すのでなければアシュレイの気が済まない。

 アシュレイの感情を理解していない怒(いか)れるヘザーを止められる人物は三人いる。しかし一人はようやく落ち着いてきたとはいえ残業で泊まり込み状態。もう一人は舞踏会を期に夫に自身を差し入れしに行っていて、帰ってくるのは明後日。では最後の一人はというと、その場から離れていた。

 使用人は最後の一人(クレア)を呼びに行ったが、それもどれだけ時間がかかるか分からない。

(もうしばらくは痛い目に遭ったままになりそうね。ああ、平穏で幸せな日常ってどこに行ったのかしら)

 現実逃避気味にそう考えているアシュレイに救いの手が差しのべられたのはそれから数分後のことだった。普段着に着替えたクレアが戻ってきたのだ。その光景を見るなりクレアはヘザーとアシュレイとの間に入り込んだ。

「おどきなさい、クレア! その売女を殺せないじゃないのッ!」

「殺して全てを解決出来るなんてことはありませんわ、ヘザー姉様。落ち着きましょう? ほら、こんな娘なんか放っておいてお部屋に行きましょう」

(こんな娘なんかって何よ、クレア。貴女も私を蔑ろにするの?)

 ヘザーの手から凶器に成り果てた傘立てを離させ、肩に手を置いてゆっくりと部屋へと誘導していくクレアら、彼女は使用人に何事かを命じるとアシュレイには一瞥もくれずにその場から立ち去っていった。

(何よ、クレアも私のことなんかどうでも良いんじゃない)

 醒めた目で痛みに耐えながら体を起こしたアシュレイは、突然抱えあげられた。どうやら近くに駆けつけていたらしいブルックリンが運んでくれるようだ。

「アシュレイお嬢様、失礼致します」

 抱えあげてからそう言ったブルックリンにアシュレイは苦笑しつつも身を預けた。痛いのには慣れているが、久しぶりの苦痛に身体が追い付いていないのだ。

 取り敢えず手近に目についた侍女にアシュレイは弱々しく命じた。

「ショーナ、湯浴みの準備を頼んでも?」

「も、勿論ですアシュレイお嬢様! すぐに準備致しますね!」

 侍女ショーナは慌てて湯を用意しに駆けていった。彼女もまたアシュレイの信奉者ともいえる使用人で、アシュレイに良くしてくれる使用人だ。ショーナならば確実に完璧に用意してくれるだろう。

 ブルックリンに抱えられながらアシュレイは自室へと戻り、ショーナの介助を受けながら湯浴みを行う。打ち身にはあまりよくないが、傷口があるかどうか確認するのも重要なことだ。無知だったころのアシュレイは傷口が膿むまで放置して痛い目に遭ったのだから。

 幸いなことに身体中のどこにも傷口はなかったので、打ち身を冷やしながらアシュレイは明日の準備に励んだ。カレラス男爵邸に残された舞踏会に使えるドレスはあと一着。そのセンスはアシュレイからすれば最悪で、無理に着ても似合うものですらない。

(どうしようかしら。行ってもまた殴られるなら……行ったって、無駄だし)

 アシュレイにしては珍しく悩む姿に、ショーナがその場から駆け出していった。妙にそそっかしいところがブルックリンに似ていてアシュレイは少し笑ってしまう。

 しかし、それに笑えたところでドレスがないのも事実。アシュレイは知らぬことであったが、義母ナターシャはアシュレイのためのドレスなど一着も用意していなかったのだ。舞踏会に一度も着ていったことのないドレスなど、カレラス男爵邸にはない。

(もう見たことのない世界は見たわ。もう……良い、かなぁ)

 もう良い、と断言できないのは何故なのか、アシュレイには分かっていない。ただそれを断言したくない何かがある、というただそれだけのことでアシュレイは迷っていた。

 しかし、それを解決してくれる存在がいた。それは先ほど駆け出していったショーナだ。彼女はその手に一着のドレスを持っていたのだ。それは折り畳まれていても分かる上質なもの。純白のドレスだ。アシュレイの記憶が刺激され、そのドレスが何のためのものだったのかを思い出す。

「ショーナ、これは」

「ナターシャ様のものです。それを、差し出がましいかとは思いましたが使用人一同でアシュレイお嬢様のために仕立て直しました」

 そんな勝手なことをして大丈夫なのか、というアシュレイの思いは広げられたドレスを見て吹き飛んだ。最初からはなかった、ふんだんにあしらわれたレース。恐らくは使用人達が端切れとして買い集めたものだろう。それをうまく組み合わせて違和感のないものに仕上げている。

 もともとはシンプルな一品だ。首の後ろでリボンを結び、右腰にもアクセントとしてシフォンのリボンを結ぶ、ただそれだけのもの。ナターシャがカレラス男爵ローランドと結婚するときに着ていた婚礼衣装。

 だが、今は違う。首の後ろで結ばれるリボンには薄く百合の刺繍が施され、更にレースが付け加えられて歩き回れば人々の視線を集めるだろう。胸元にも同様の刺繍があり、絡み付くように裾まで覆っている。その刺繍と調和するようにレースも裾まで絡み付いていて、豪華さを強調している。腰のリボンは取り外され、繊細なレースをリボン代わりに巻く形に変えられていた。

(これは……何というか)

 凄くアシュレイに似合いそうだった。自分でも分かるくらいなのだから、恐らく着れば素晴らしく映えるだろう。最早ナターシャには似合わない。このドレスはアシュレイのものだった。

「アシュレイお嬢様のために、アシュレイお嬢様のことだけを考えて作りました」

 お気に召しませんでしょうか、と思い詰めたように聞くショーナに、アシュレイは感極まりながら答えた。

「召さないわけがないわ、ショーナ。これは……素晴らしい」

 アシュレイはそう言ってショーナの手からドレスを受け取った。明日も舞踏会。それに来ていくには相応しい、これ以上ないものだ。これに薄手の手袋をつければ完璧だろう。

 アシュレイは心が浮き立つのを感じながら明日に備えて眠りにつくのだった。




 ほら、みんな分かってるのよ。私の方が正しいんだって。ヘザーやクレアが間違ってるんだって。だから私は何をしたって構わない。許されているの。

 最後に笑うのは私よ。見ていなさい。
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