幸せ狂の灰被り 作:Needles Island
邪魔者は消した。最早灰を止められるものはなく、小さな狂いが全てを終わらせよう。その時を恐れてここまでやって来たのだ。今更引き返せるわけがない。
邪魔者になった。最早灰を止められることはなく、些細なミスで空気は死に絶えよう。その時をただ静かに待ちわびているだけ。今更引き返せるわけがない。
無惨に死んだヘザーの葬式が終わるまで、王子は一切カレラス男爵邸に近付くことを王から禁じられた。死の穢れに触れたからでもあり、ヘザーに危害を加えた下手人が分かっていないからでもある。グランヴィルの他に子供のいない国王夫妻にとって、彼は代えの効かない後継者でもあるからだ。
ヘザーは丁重に弔われたが、弔われたその日から彼女の墓は荒れた。理由は分からないが、目を離した隙にすぐに荒らされるのである。荒らした人物が名乗り出ることはなく、何をしても荒れてしまうのでナターシャは放置を決めた。実の娘の墓ではあるが、家名を汚した娘の墓でもあるからだ。下手に手を出してヘザーの汚名をカレラス男爵家の汚名にすることはないと判断したのである。
そしてヘザーの忌日が終わった頃に王子は再びカレラス男爵邸を訪れた。クレアではない、もう一人の娘に会うために。今度はクレアも邪魔をすることはなかった。蟄居を命じられていたからではなく、アシュレイに関わる意味がなかったからだ。
アシュレイは自室でそれを待っていた。唐突なショーナの訪問と着替え、それに化粧をされたあたりで察しはつく。誰かがアシュレイを訪ねてくるのならば、それは王子以外に有り得ないのだ。アシュレイは他に友人もいないのだから。
(これが現状を打破するための切欠になるかどうかは殿下の本気次第ね)
そう考えながらアシュレイはただ静かに彼を待った。
そして。部屋の扉が叩かれ、外から声がかけられた。ショーナだ。
「アシュレイお嬢様」
「どうぞ」
ショーナの声にアシュレイはそう返答した。心臓が痛いくらいに収縮を繰り返している。無意識にアシュレイは胸の前で手を握り、胸の鼓動を押さえようとしたが無駄だ。期待に膨らんだ胸を萎ませるためには、絶望を見せつけられるしかないのだから。緊張して待つアシュレイには、ゆっくりと扉が開けられるのが永劫にも思えた。
(早く……早く、早く! 殿下……!)
こう思えるということは、やはり自分は王子に恋をしているのだろうか。そう思いつつアシュレイは入ってきた人物と正対した。
そして優雅に礼を取る。
「ようこそカレラス邸へおいでくださいました、グランヴィル王子殿下。カレラス男爵が三女アシュレイと申します。お会いできて光栄ですわ」
「貴女は……ようやく、ようやく会えた……!」
形式通りに挨拶をしたアシュレイに対し、王子は彼女を抱き締めるという行為で応えた。抱き締められた瞬間、アシュレイは真っ赤になった。
(ああ……! 殿下だわ……! あのときと同じ、なんて温かい……これが、幸せなんだわ……!)
アシュレイはそう悟った。王子と共にあること。それこそがアシュレイにとっての幸せなのだと悟ったのである。それを理解したアシュレイの行動は簡潔だ。この幸せを、どんな手を使ってでも手放さないようにする。たとえ誰を殺したのだとしても。
そして、それは王子も同じだったようにアシュレイには感じられた。どんな手を使ってでも、アシュレイを手放さないようにしたいのだと。その日一日の逢瀬を楽しんだ王子は王宮に戻ると早速アシュレイとの婚礼を実現すべく奔走し始めたのである。
ある日珍しくアシュレイの起きている時間に帰宅できたカレラス男爵は一枚の羊皮紙をナターシャに見せていた。アシュレイにはその内容がどんなものなのか分からなかったが、その日から使用人が増えてお妃教育が始まることになった。
その他にも、カレラス男爵を陞爵したり等かなり精力的に動いていたようだ。王子の働きかけにより、カレラス男爵はカレラス辺境伯となったのである。無論これはアシュレイが嫁ぐためだけに相応しい爵位にまで引き上げただけだ。領地も革命の影響により増えることはない。
アシュレイは厳しいお妃教育に耐えながらその日を待った。すぐに王子が迎えに来てくれるのだと。そうすれば幸せになれるのだと。
そしてその日はやってきた。アシュレイにとっては待ちわびた瞬間。諦めていた夢が叶う瞬間はドラマティックに演出された。完璧な正装に身を包むグランヴィル王子。侍女のお仕着せを脱がされ、一番似合うドレスに着替えさせられて美しく化粧をされたアシュレイ。
そして、跪く王子は口上を述べた。
「美しい姫、カレラス辺境伯が三女アシュレイ=ブランチよ。どうか私の妻になってください」
「……凛々しいお方、いずれこの国で至尊のお方となられるグランヴィル王子殿下。私が貴方に相応しい妃となれるのなら、喜んで」
「勿論だ、アシュレイ。私の愛する人!」
そう言って王子はアシュレイをきつく抱き締めた。それだけでアシュレイは幸せな気持ちになれた。
そうして、アシュレイは国内で一番に幸せになった。
ああ……何と言えば良いのか分からないわ。でも、でも、これは手放したくない。手放しちゃいけない幸せだわ、これは。
だから。誰も、私の、邪魔をしないで。