幸せ狂の灰被り   作:Needles Island
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 誰もがその花嫁を祝福した。
 誰もがその花嫁を羨望した。
 誰もがその花嫁に嫉妬した。

 その花嫁が誰もを呪詛した。

 誰も私を不幸にはするなと。


幸せ狂の戦慄

 夢のような結婚式が終わり、アシュレイは王太子妃として生活を始めた。輿入れに際して王宮に侍女を連れてこられたのは一人だけだ。ただ、たった一人であったとしてもアシュレイの信奉者であることは事実である。ショーナのおかげで、アシュレイはさほど苦労もせずに王宮に馴染みつつあった。

 王子も優しい上に、国王夫妻も何かとアシュレイを気にかけてくれる。まるで本当の両親のようだ、と思いつつもアシュレイは幸福を貪っている。やらなければならないことはあるが、それ以上に誰からも害されない生活はアシュレイにとって幸福であった。

 そもそも王宮でアシュレイが気を付けるべきは礼儀作法であった。しかし元々、母に叱られる口実を減らすために令嬢としてのたしなみを死に物狂いでやっていたアシュレイにとって、王宮の作法を覚えることはさほど難しいことではない。誰からも嫌がらせを受けることなく、アシュレイは平穏に過ごしていた。

 ただ、アシュレイの生活に暗い影を落としている存在があった。それはことあるごとにアシュレイを悩ませ、本日もその事で頭を悩ませている。

(問題は、クレアとナターシャよね)

 ヘザーが死んで以来、クレアは抜け殻のようになってしまったそうだ。結婚式の時も参列はしたが誰とも話さず、ただぼんやりと中空を見詰めていただけだったので、想像もつく。だが、いつ正気に戻るか分からない。アシュレイの罪を知る人物は消さねばならないのだ。そういう意味で、彼女らはアシュレイにとっての悩みの種なのである。

(何か良いアイデアがあれば良いのに……)

 溜め息を吐いたアシュレイはカップを傾けて紅茶を流し込んだ。これから家族が面会に来るので憂鬱なのだ。しかも彼らはアシュレイを『妃殿下』もしくは『王太子妃殿下』と呼ぶ。家に帰りたいわけではないが何となく嫌だった。

 それでも勿論時間は過ぎる。対外的にも行事として公開されているお茶会という名の面会は、薔薇庭園で行われることになっていた。カレラス辺境伯家とアシュレイ、そして王子の全員がそこに用意されている席について、さあお茶会を始めようとしたその瞬間。

「赤……」

 ぽつり、とクレアが呟いた。アシュレイは眉をひそめて周囲をさりげなく見回したが、特にクレアが気にしそうな赤い何かは見つからない。強いて言うのならば、この薔薇庭園の薔薇は素晴らしく深い紅の色をしているくらいか。まるで血のように赤い薔薇だ。

 アシュレイは一体どういうことだろう、と思いつつ口を開いた。

「お久し振りですわ、お父様、お義母様、お義姉様」

「お久し振りですな、アシュレイ妃殿下。お元気そうで何よりです」

 家族を代表してカレラス辺境伯がそう答えたが、クレアの瞳は定まらない。気が狂っているだけなのか何なのかは分からないが、ただ中空を見つめて何かを待っているかのようだ。

(注意した方が良さそうね)

 そんなクレアの様子を見たアシュレイは冷静にそう判断した。しかし、アシュレイが注意するのは自身の安全と平穏を乱さないかどうか、ただそれだけだ。それではクレアの目的など分かるはずがなかった。

 

 そう。全てを崩壊させんとするクレアの目的など。

 

 位置関係が悪かった。結果的に言えばそういうことだ。誰も、それを止めることは出来なかった。誰も考えていなかったのだ。姉を喪ったクレアが、どんな精神状態に陥っているのかを。

 アシュレイも最初、クレアが何と言ったのか理解できなかったのだ。彼女に反応できたのはたった一人。王子だけだ。それも彼女の言葉に反応したわけではない。その後の行動に反応せざるを得なかっただけだ。

 クレアは平坦な声で告げた。

 

「わたくし達は皆、同じ穴の狢なの。アシュレイも、わたくしも、お母様も、お義父様も。皆、人殺しなの。わたくしはほら、今人殺しになれたでしょう?」

 

 首をかしげ、手元のフォークを王子に向けて投げつけたクレアは、それが弾き飛ばされたのを見てティーカップを手に取った。どうやらそれも投げようとしているようだ、と呆然とアシュレイは判断する。

 しかしそれを投げるには至らなかった。

「衛兵! 彼女を捕らえろ!」

 王子の声に忠実に反応した衛兵がクレアの手からティーカップを奪い取り、右手を後ろに捻ってテーブルに押し付けた。押さえ付けられているクレアはしかし、苦悶の声すら漏らさず項垂れている。

(今、今、何が……? 今何をしたの、クレア?)

 アシュレイは混乱の極みに叩き込まれていた。カレラス辺境伯も、ナターシャも同じだ。この中で今の状況を理解していたのは下手人たるクレアのみ。

 望んで作り出した破滅の状況を、このまま破壊されてたまるものかと項垂れたままクレアは血を吐くような声で言葉を叩きつける。

 

「皆、死んでしまえば良い! アシュレイがブランチ様を殺したように! アシュレイが姉様を追い詰めて死なせたように! 皆、皆、死んでしまえば良いのよ!」

 

 場が凍りついた。たとえそれが事実なのだとしても、事実ではなかったのだとしても、どちらにせよ致命的な言葉だ。クレアにとっても、アシュレイにとっても。

 

 この時点でクレアは王族を侮辱した罪と王族に対する殺害予告で極刑が決まった。

 




 何、何なの!? どういうこと、私が一体何をしたって言うの!? クレアが私の人生を、平穏を、幸せを邪魔して何の得があるっていうのよ!?

 誰か教えて。クレアは一体何をしたいの!?







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