幸せ狂の灰被り 作:Needles Island
自身の呪われた血族に、滅びを。
その結果を彼女が知ることはない。何故なら彼女はその時には既に処刑されているのだから。
薄暗い牢の中で、柵を隔ててアシュレイはクレアと向き合っていた。クレアは感情の抜け落ちた瞳でアシュレイを見つめ、視線を離すことはない。既に処刑間近で、服装は取り繕われることすらない汚れたドレスのままだ。それでもまだ気高く見えるのはその顔立ちが凛々しいものであるからか。
もっとも、アシュレイもアシュレイで侍女のお仕着せを着て変装しているのでみすぼらしいのは同じである。どんな格好であれ、アシュレイはクレアがまともに自分を見られないと思っていたので意外だった。
しかし、問わなくてはならないことは聞いておかなければならない。アシュレイはクレアに問いかけた。
「どうして……あんなことを?」
(本当に、どうして。クレアはヘザーよりもまともだと思っていたのに)
その疑問にクレアは目を細めた。それは責められているようにアシュレイには見えて、実際にクレアはアシュレイを責めようとしていた。当然だろう。人殺しに根本から同情するものはいない。同情しているように見えてもそこには優越感が見え隠れするものだ。
クレアは吐き捨てるようにアシュレイに問いを返した。
「それはわたくしのせりふよ、アシュレイ。どうして姉様の目を抉ったの」
(何、ですって?)
それはアシュレイにとって青天の霹靂の問いだった。まさかクレアが察しているとは思わなかったのだ。確かにアシュレイは自身の幸せのためにヘザーの目を抉った。彼女が最早省みられる人物でなくなるように。結果的に死んでくれたのは誤算ではあったが。
無論それをクレアに伝えることはできない。そんなことをしてもアシュレイは幸せになれないのだから。アシュレイは、幸せになるためならば何でも出来る。無論義姉を見捨てることすら。
だが、クレアは沈黙を赦しはしない。
「もう分かっているのよ。貴女が自分のためにヘザー姉様を、ブランチ様を殺したのは」
「……人聞きが悪いですわ、クレア。私がヘザーごときにこの手を汚すような真似をすると思って?」
「するわ。貴女は自分が楽になるなら何でも出来る人だもの」
皮肉なことに、この先共に過ごす王子よりもこのまま処刑されるクレアの方がアシュレイを理解していた。もっとも、王子がアシュレイの本性を知ってまだ愛してくれるとは限らないが。
アシュレイはこれ以上話をしては危険だと思い、強引に話を終わらせようとする。
「処刑は明日行われますわ、クレア。それまで殿下を狙ったことを悔いるのね」
「悔いることなどないわ。わたくしは、何一つ失敗することなくやり遂げた。その代償がわたくしの命で済むのなら安いものよ」
クレアの言葉にアシュレイは不安を覚えたが、クレアが何を成し遂げたのかは理解できなかった。それが致命的な事態を招くことを、アシュレイは知らない。
(何よ……一体、クレアは何をしたって言うの!?)
理解できないものを、アシュレイは勿論そのままにはしなかった。こういうときに口を割らせる方法をアシュレイは一つしか知らない。
袖口から取り出した食事用のナイフを柵の隙間から差し入れ、クレアの瞳の前で止める。そして問うた。
「何を、やり遂げたの?」
「貴女には一生理解できないことよ。説明する意味もないわ」
クレアはそのナイフを見てはいなかった。ただまっすぐにアシュレイの瞳を見つめていて、離そうとすらしない。クレアの絶対の意思は、刃物程度では揺らがないのである。
それに対するアシュレイの行動は簡潔だ。アシュレイはナイフを突きだし、それが脅しではないことを実証する。逃げなかったクレアの右目にナイフが突き刺さり、血が溢れ出す。
それを引き抜きながら、アシュレイはクレアを脅した。
「意味がなくとも知ることは重要よ」
「……知った、って……もう、遅いわ……もう……手遅れ、なのよ……貴女は……貴女はっ……幸せになど、なれない……!」
幸せになれない、というそのフレーズを聞いた瞬間、アシュレイは無意識にクレアに向けてナイフを突きだしていた。そのナイフはクレアの左目を抉り、胸を、腹を、頬を次々と抉っていく。
「あ、あああぁ……うあああああ!」
獣のような咆哮をあげながら、アシュレイはナイフを振るった。
(認められない認めたくない認めてはならない! 私が幸せになれないなんて嘘! 私はこうやって幸せをつかんだの! こうしないといけない! 誰かを殺さないと、私は、私は、幸せになれないんだから!)
クレアの言葉を否定するためだけに振るわれるナイフに、クレアは真っ向から立ち向かう。最初から生きて帰る気のないクレアは、どんな痛みにも屈することはない。ただアシュレイを否定すべく声をあげる。
「……姉様の、幸せを……奪った貴女が! っ、幸せに、なんて! なれる……はずが、ない!」
「うるさい……うるさいっ! 黙りなさい!」
「……ブランチ、様の……姉様の……幸せを、奪った貴女が……その分まで、幸せになんて! なれるはずがないっ!」
その命を賭けたクレアの叫びは、アシュレイの心に的確に突き刺さった。しかしアシュレイはそれを認めない。認めてしまえば、アシュレイは二度と幸せにはなれないからだ。
「……黙れ……黙れ、黙れ、黙れぇぇぇっ!」
「黙る、もの……かっ! ……人を、殺し、た……報い……を……受け……るが……良い……! ……貴女、は、永遠に……幸せ、に……な、ど……なれ……な、いッ!」
「死ね……死ね! お前なんて、私の幸せになんかいらないッ! 無様に泣き叫んで死ねぇぇぇぇッ!」
しかし、クレアはそれ以降泣きも叫びもしなかった。苦痛に悶える声をも殺し、ただアシュレイを見据えてそのナイフを受け入れる。
「はぁっ……はぁ、はぁっ……はは……」
アシュレイが息を切らす頃には、既にクレアは動かなくなっていた。それは、久方ぶりの感覚。
あの時母を殺したときと同じ、奇妙な爽快感だった。
そうよ、やっぱりこうじゃないと。この爽快感がないと、私は幸せになんかなれないみたい。殺さなきゃ幸せは手に入らないのよ。
だからナターシャ。次は貴女の番よ。