Fate/Zero Over   作:形右

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第十二話 ~妄執の果て、燃え尽きた魂~

 闇に沈んだ春の色

 

 

 

 

 

 

 冬木市・深山町にある遠坂邸で突如起こった、想定外の激戦。

 それは、あるたった一人の少年がきっかけで起こったものだった。

 

 ある少女を、必ず救うために――。

 

 

 

 

「何ということだ……」

 遠坂時臣は、乱戦ののちに語られた、彼の娘が現状において置かれた状況の苛烈……いや、醜悪なまでの残酷さに、頭を抱えた。

 魔術の世界を生きる家に生まれ、才覚に恵まれた我が子たちを、如何にかして持ち合わせた贈り物を活かした上でなお、幸多き生を謳歌して欲しい。

 一人の父親として、一人の魔術師として、そうあって欲しいと願い、信じたはずの選択であったというのに……その選択は、娘の人としての尊厳も幸福も、その全てを汚して侵して全てを奪い去るに終わってしまう。

「これが、俺が間桐の家で見た全てだ……勿論、臓硯は桜ちゃんを俺が約束した聖杯を持ち帰るまで、その〝教育〟と称した体質の改変作業を止めようとはしない。

 奴ははっきりと、自分の本命は次の第五次であると――間桐の胎盤となった彼女がいずれ生むであろうそれに期待していると、そう言ってのけた。つまり、桜ちゃんを大切にする気はなんてのは勿論、俺の兄である鶴野の次の、ないし代わりの頭首にする気すらない。

 時臣。お前に語った約束は奴の都合のいい様にだけ守られこそすれ、お前が期待した形にはならないだろうよ……」

 雁夜の語った言葉と、彼の身体にある〝魔術教育〟の痕跡。

 それを見て、間桐に置ける桜の今の現状をしかと認識した時臣は、自らの選択が誤りであったのだと思い知る。

 優れた資質を育てるため、実験のための道具や体のいい標本にされる様なことの無いようにと、その健やかな成長を願った。

 それが出来たならば、仮に将来来るかもしれない『聖杯戦争』で、我が子らが争うことがあったとしても……そこに欠ける誇りを賭して競い合うものであるのならば、とても名誉なことであると。

 ただ、僅かばかりの願いとして……我が子のこれからの生が『魔術師』としても、勿論人としても彩られるようにと望んだ。

 時臣にしてみれば、たったそれだけのこと。

 才に溢れすぎた我が子が、ただ凡俗に落ちるしかなく……その先の未来に怯えなくてはならないようになっては意味がないと思ったからこその決断。

 なのに、その蓋を開けてみればその結果はどうだ?

 次期頭首を生むために、教育とは名ばかりの拷問のような改変を施せる、体のいい資質を持った胎盤だと?

 只の材料や実験動物のような扱いを受けることなく、幸多き行く末を願ったにもかかわらず、その実蓋を開けるなと約束させられて中で幸せを手に入れているかと思えば、どうだったか?

 まるで、臭い物に蓋をするかのように閉ざされた地獄の中に我が子を沈め、穢れる様に貶めただけではないか。

 自分の子供にそんなことを据えるために、選択をしたのか? ――否。

 捨てるために、彼女を間桐へと送り出したのか? ――否。

 

 ――絶対に、そんなことの為に、私は娘を預けたのではない。

 

 時臣の心は、家訓に背くほどに熱を帯びていた。

 人生に置いて、それほどまでの怒りを感じたことがあっただろうか。いや、恐らくはない。

 ただそれでも、人ならざる道などと揶揄される『魔術師』であろうが、我が子を思いやることの無い親になるほど、彼は畜生に堕ちたつもり、元のより堕ちる気もない。

「――それで、桜の現状は全てなのかい? 雁夜」

「あぁ……これで全て。あの家の妖怪の腹の内、ドス黒い膓の思惑そのものだ」

「……そうか……」

 スッと立ち上がり、時臣は彼の礼装である杖を取る。

 立ち居振る舞いこそ普段と同じとはいえ、その目は、これまでにない程に猛り狂っていた。

 まったく、酷い話だ。

 願いの責任も果たさないまま、全てを整えた気でいたなど……それで、何が始まりの御三家か。何が、名誉な魔術師としての生か。こんな体たらくで、何が親か。

 雁夜は身を賭してまで桜を守ろうとしたと言うのに、実の父が何もしまいまま終わるなど、そんなもの存在として最低でしかない。

「間桐へと出向くとしよう。盟約について、当主として話をせねばならないようだからね――――」

 魔術師にとって、誓いとは非常に重い意味を持つ。

 由緒ある魔術師であるならば、それは守らねばならない。

 果たすべくして交わした契りならば、例え何があろうとも、それについて責任は取ってもらわなくてはならない。

 ……そう、何であろうとも、必ず。

 

「――――盟約は破棄させてもらおう。私は娘を傀儡にするために他所(まとう)へ送ったわけではない」

 

 怒りが、滲む。

 滞りが積もり積もる。

 早く気がつくべきだった。

 知らぬ存ぜぬでは済まないことをしてしまった。

 最早これは死ぬまで恨まれることになっても仕方がない。

 だが、そんなことはいい。子から怨みを買うなど、魔術師ならよくあることだ。

 そんなことなどどうでもいいのだ。今するべきことは、エゴだろうと何だろうと、我が子を救うこと。

 それだけだ。

 そんな時臣に、ギルガメッシュは今の彼をこう評した。

「おうおう……随分と良い顔だな、時臣よ。家訓とやらはどうした?」

「お見苦しいところを――ですが王よ、今しばしこの道化にお付き合い願えれば幸いでございます。

 家訓は今関係ありません。この時ばかりは、私のエゴを突き通さなくてはないです。私が死のうが、どうなろうが、我が娘たちがいるならば遠坂としても……私としても、本望ですから」

「相変わらず安直でつまらん、が――お前のその顔は中々いい。

 一皮向けたな。その威勢に免じて、残り令呪全てで貴様に同行してやってもいいぞ?」

「願っても無い……令呪如きで桜を救えるなら、安いものです。お心遣い痛み入ります」

 深々と頭を下げる。

 時臣のその態度に、ギルガメッシュは僅かばかり眉をひそめる。

 ここに及んでも尚、臣下としての態度をとる時臣に、ギルガメッシュは一度は見せたかと思った腹の内をまだ隠そうとするのかという印象を受けた。

 故にこう問うた。

「良いのか? 令呪を使い切れば、(オレ)が貴様にここから先へ従うかどうか謎分からんぞ? 一時の気まぐれの為に、悲願など斬り捨てるやもしれん」

 元より、士郎たちとの戦いで一度彼らのことを認めたギルガメッシュは、桜という娘を助けるとのたまった士郎たちに協力をするつもりではあった。

 だが、時臣がこれまでにない業の影をのぞかせたので、少し試してみたくなった。

 そしてそれに対し、先の問いかけを述べたが、時臣はそれに対し即答した。これまでと何も変わらないままに。

 それ故にどことなくうさん臭さを取り戻しかけたのだが、それは原初の王たる彼には珍しく、少しばかり早計な判断であった。

「悲願など――我が子を思う父として、斬り捨てる事など造作もありません。それに、仮に魔術師としての立場に立ったとて、我が子を見捨てる選択をすることはないでしょう。なぜなら、元より『根源』など、元より人の身でなどそう簡単に到達できないものなのですから。

 それ故、我らの相伝……まして、私などよりよほど優れた未来への種を潰すなど、それこそ愚者の所業。ですから、これは私の業として、ここにおける全てをなげうってでも未来へと賭しておきたいもののためにある、矮小な私の投資。

 故に私は、我が王の力を借りて、私の業を未来へと繋ぎます。娘たちの命という形で」

 心内を上手くすべて伝えられたわけではない。

 だが、これが今の時臣。

 魔術師として、父親として、全ての情と業を次へと繋ぐために選んだ、彼にとっての最善手をここでつかむという覚悟であった。

「……くくっ」

 だからこそ、笑う。

「くくっ……ふははははっ!」

 愚行を嫌っていた男が、ここまで愚者としてなる。

 しかしそれは、己にとっての悲願を遂げるための賭けであり、何よりの最善であると言ってのけた。

 そして、暗にそのためなら何でも使うとそう言ってのけた。

 中々の業。

 つまらないかと思っていた男が見せた、未来への投資とやら……その考えは、この世全てを己の庭とする王にも通ずる部分があった。

「よい。良いぞ、時臣。つまらん男と思っていたが、これがなかなか……腹を割れば存外興じさせるではないか。

 気に入ったぞ。己が子のために、この英雄王すら使い潰そうとするとはな」

 応えは、無かった。

「……」

 同時に、否定も無かった。

「それでよい」

 弁解などくだらない。

 一度口にしたのならばそれを貫いて見せればいい。

 〝愚行〟を決め、それでもなお、最後まで戦場を駆け抜けた〝英雄〟とはそういうものだ。

 それを見た士郎は、

「決まり、だな」

 そう口にし、その隣にいた雁夜もまた、うなずいた。

「それじゃ、いくとするか」

「ええ、行きましょうか。我が主の生家へ――」

 ランスロットの言葉を皮切りに、一同は遠坂邸を後にする。

 途中、教会へ寄って綺礼に事情を説明し彼も戦力に加えた後、今度こそ間桐邸を目指す。

 

 この聖杯戦争に置いて、これ以上ないほどに〝群〟であり〝蟲〟である相手に特化した編成をもって、今宵……五百年の妄執に憑りつかれた妖怪の運命が決まる。

 

 

 

 ***

 

 

 

「――――雁夜め、やられおったか?

 まぁ、良い。元より、吾奴(あやつ)に期待などしとらんからな……まったく、せめて興じさせるくらいまではしてもらいたかったのだがな。やはり、落伍者は落伍者という事だな、かかかかっ」

 

 

 

 ――地獄で、妖怪が嗤う。知りたくない事実を口にして、笑う。

 

 

 

 嘘だ、

 ……嘘だ、

 …………嘘だっ。

 

 ――ふと、失ったはずの感情が生まれた。

 

 いやだ、

 ……いやだ、

 …………いや……だ。

 

 ――光の見えない地獄で、一匹の妖怪だけが己を見る。

 

 何も、そこにない。

 暗闇の中の同類もない。

 もう、何も……なにも、ない。

 

 何時も優しく包んでくれた母の温もりも。

 何時も厳格で少し恐くもあったが、優しい父の眼差しも。

 明るく眩しい、宝石にも等しい輝きを放つ、姉の笑顔も。

 暗闇の中で、たった一人手を差し伸べてくれた、覚えのある手の温もりも。

 

 

 

 ――――もう、わたしには、なにもない。

 

 

 

 蟲の中で溺れ、このまま死んでいくしかないのかな?

 ……いや、いっそ死ねたらどんなに良いだろう。

 そんなことも分からなくなった。

 なにもなくなったのに、お爺様は〝たいばん〟とやらの為に生きなくてはならないといっていた。

 もうここには、何もないのに。

 わたしという存在は、もう求められたくないのに。

 そんな、部品みたいに、ただ放置されるだけなんて……。

 だから、もう考えなければよかったのに。

 なのに、考えてしまう。

 暗闇の中ですら、馬鹿な光を見せてくれたあの人がいたから。

 ……自分以上に惨めに見えたから、あの人がいるならいいのかなって。

 でも、そんな中でも……あの人がわたしにくれた温かさだけは嘘じゃなかった。

 汚いものではなかった。

 穢れ切った、こころと身体。

 それなのに、あの人はまだばかな希望を見せた。

 居なくなるなら、どうして、そんなものを見せたの?

 ねぇ、迎えに来てよ。

 

 ――とっくに捨てたはずの想いが、また芽生えた。

 

 枯れたはずの涙がこぼれた。

 

「おぉ……可哀想にのぅ。雁夜め、ここでひとつ興じさせるとはな。塵際に花一つ、といったところかな……? かかかっ」

 

 ……あぁ、もう駄目だ。

 もう、本当に、何もかも。

 死ねばいいのかな。

 舌でも噛めばいいのかな。

 でも……痛いのも、死ぬのも……〝わたし〟が無くなるのも結局、本当は怖くて。

 何の勇気も何もないわたしは、一体このままどこへ行くんだろう。

 もし、願えるのなら……誰も来てくれないけれど、来てくれる筈なんてそもそもないけれど。

 それでも、願えるなら。

 ひとつだけ、ねがう。

 

 

 

 ――――――――――タ ス ケ テ。

 

 

 

 その声を、誰かが聞いた。

 そして、その声に答えた。

 

『――勿論だ』

 

 少女のか細い声は、ふと流れてしっかりと、届いた。

 剣が注ぐ。

 炎が焦がす。

 迫り来る全てを全て光と鍵で振り払う。

 そして、一本の腕が、少女の手を掴んだ。

 

「桜ちゃん……!」

「…………お、じ、さん……?」

 

 その時をもって、何もできなかったはずの道化者は、たった一つ――誓いを果たした。

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

「――――貴様ら……何故!?」

 

 来る筈も無い。

 知る筈も無い。

 まして、あの落伍者の言葉を誰かが訊くなどある筈も無い。

 元より、奴に誰かを懐柔するなどという器もない。

 ――なのに、何故……っ!? そんな驚愕だけが、五百年の妄執にとりつかれた妖怪の脳裏にまるで嵐の様に巻き起こる。

 目の前に立つのは、まるでしつらえたかのように己の存在を脅かす者ばかり。

 この〝蔵〟にある何もかもを殺し尽くすかのように、その面子はそこに集まった。

「久しいですな、間桐の翁……少々手違いがありまして、私の娘を返してもらいたいのですが……」

「な、何を馬鹿なことを。今更――」

 唐突な申し出に、思わず言い淀む。

 だが、

「そうですか、では仕方がない」

 あっさりと、その申し出をした方が斬り捨てる。

「ならば、後は力づくというほかありませんな」

 炎が巡り、蟲蔵をあっさりと焼き尽くす様に広がっていく。

「ぐ……舐めるなよ、小童が!」

 が、間桐の翁――間桐臓硯とて、生粋の魔術師。

 元は水の属性。そして束縛と吸収を司るその魔術は、はっきり言って強力だ。

「この蟲蔵で儂に勝負を挑むとは、間抜けな者どもよ!」

 そう、確かに……魔術師にとって己の庭である工房での戦いは、必勝を誓えるテリトリーに相違ない。

 とはいっても、

「――ほう。この(オレ)に向けて侮蔑を投げるか? 羽虫よ」

 そこに集った相手が相手でなければ、だが。

「どこまでその口が吠えられるか、見せてみよ」

 原初の財が、容赦なく躊躇いなく、羽虫の主へと突き刺さる。

「が、ぁぁぁ……っ!!!???」

「身の程を弁えよ。地に埋まってばかりの蟲が、この(オレ)に手を下されるのだ。それだけでも光栄に思え」

「……使い魔風情がぁぁぁ……ッ!」

 臓硯の身体が崩れ、時臣の炎に飲まれなかった蟲を通じて本体を包み隠して再び肉体を形作る。

 そして、雁夜に抱かれた桜を指し示し、そうのたまった。

「この小娘を助けたいのであろうが遅かったな。その小娘の心臓には儂の本体が宿っておる。どのみち、救えはせんなぁ……っ!」

「はっ、何を言うかと思えば……矮小よな。妄執にとりつかれることも、業を馳せることもまた認めよう。だがな、その程度の器で――この(オレ)に脅しをかけようなどとは、哀れを通り越して醜悪よな。

 そこな小娘を殺して貴様を殺して、それから蘇生させることができぬとでも思うか? この(オレ)に」

 ぎらつく赤い双眸に、思わず戦く。

 力の差が、ありすぎる。

 確かにそう思わざるを得なかった。

 何もかも、適うはずもない。

 原初の王に、五百年の妄執など霞んでしまう。

 何もかもを手に入れた王と、手に入れようと生き汚く足掻き続けた蟲。

 己の抱いた理想すら見失った男に、その輝きは眩しすぎた。

 久しく感じなかった恐怖と、常々感じていた恐怖が同時に襲い来る。

「――ま、今回はそこな小僧に任せてやろうがな」

「!?」

 声を受けて、振り返った先には、まだ幼い子供がいた。

 ただその手に、ありとあらゆる魔術的な契約や呪術を解する短剣を以て。

「……じゃあな、〝マキリ〟」

 本当は、優しい世界に――正義の味方に、憧れた人。

 少年の一撃が、少女の心臓に宿る臓硯を貫く。

 本体が殺され、身体が崩れ去っていく。

「こ……んな、ところ……で……!? 儂、は……不老、不死にぃ…………っ!」

 妄執は崩れ去る。

 こんなところで、野望を諦めねばならないのか?

 そんな訳にはいかない。諦めるわけにはいかない。

 不老不死をもって、()()()()()()なら……ない。

 ……何を?

 叶えなくてはならない願いは、なんだ?

 

「――――、ぁあ……」

 

 忘れていた理想。

 ただ、世界が、優しく在って欲しかった。

 それだけの、願い。

 結局、たどり着けず――反することのみに執着を燃やした。

「滅ぶのは、道理だったか……」

 世界とやらは、やはりよく出来ているらしい。

 願った理想は引き継がれ、今こうしてまた一つ成就された――。

 

 微かな笑みが浮かび、老人は一人の青年に戻っていく様な錯覚を抱く。

 そして、その先には――ずっと焦がれていた、純潔の冬の聖女の姿が。

 

(お前の様には成れなかった……焦がれた理想に反した私では、成れるわけもなかったがな)

 

 一つの終わりが目の前を覆い、妄執から解き放たれた魂は扶助の穢れを振り払い読みへと向かう。

 その心には、自分の汚してしまった者たちがこの先苦しまない様にという願いが……。

 意味がないと分かっていても、願う資格がないのだとしても、それでも――願う。

 終わりの時にこそ、始まりの理想を抱いて消えたい。

 堕ちたからこそ、そう思った。

 

 妄執は終わり、彼の願った理想は――図らずも、引き継がれていく。

 

 優しい世界は、またここから始まっていく――――。

 

 




 お祖父ちゃんにO☆SHI☆O☆KIの回でした。
 改めて読んで思った。
 集めた面子が凄まじく(お爺ちゃんにとっての)絶望しか生まないというかなんというか。
 やばいね(笑)。

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