Fate/Zero Over   作:形右

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 やっぱ語るなら背中だよね。
 ↑連載当時のサブタイ決めの心境(笑)


第十四話 ~冒険と出会い、少女の見る少年の背中~

 親友の為に ――凛の冒険――

 

 

 

 ――――彼女、遠坂凛には覚悟があった。

 

 

 それは他の子供たちとは違う、〝魔術師〟という流れを受け入れるという運命を背負う覚悟。それが、彼女の中にはある。

 そのための手本は直ぐ身近に。

 自分ほど父を敬愛する娘もいないだろうという自負と共に――彼女は、自身の父の常たる厳格な立ち居振る舞いや、端麗な魔術の腕にずっと憧れている。

 だからこそ、そんな誇りを強く抱く彼女だからこそ……

 

 今宵、両親からの言いつけを、覚悟を持って破り捨てる。

 

 遠坂凛という少女は、元来両親からの言いつけには素直に従い、守って来た。

 それは両親を親愛しているからであり、自身の生き方の理想である父や、女性としての理想形である母の言葉が、自分を思ってのものであると分かっていたからである。

 けれど、この時ばかりは彼女がこれまで守り続けて来たそれに、背を向けねばならない。

 親友であるコトネが、ここ最近話題を攫っている〝連続行方不明事件〟に巻き込まれてしまったのだ。

 親友の危機――そんなものに直面して、幼い正義感が黙っていられないと雄叫びを上げる。

 何時も大人しく、凛の後ろに隠れがちだったコトネ。そんな彼女が、こんな恐いことに巻き込まれてしまって平気なわけがない。

 そう考えて眠れない夜は、一晩っきりで十分だった。

 結界に包まれている自身の生家である遠坂邸に比べれば、今預けられている母の実家の『禅城』の家を抜け出すのはそう難しくはなかった。

 寝室の窓から庭へと降りるために丁度良い塩梅の支柱があり、テラスから伸びるそれに捕まり滑り降りると、そのまま庭を突き抜け、通りに面した生垣の下を子供ならではの小さな体で通り抜け、後そのまま駅へと走るだけだ。

 それが凛の使った脱走の手口の全貌。

 ものの五分もかからず、彼女は夜の街へと飛び出した。

 こうしている間にも、凛の心中は両親への申し訳なさでいっぱいだった。

(ごめんなさい……お父様、お母様)

 だが、それは決して後悔ではなく、あくまでもそれは、自分への戒め。

 禅城の家を抜け出して、行方不明になっている友達を、必ず探し出す。

 その行動の為に、あえてここで言いつけを破る事へのけじめ。

 だが、それ以上にこれを成し遂げたのならば――きっと。

(……そうよ。きっと、やり遂げてコトネを連れて帰れば――)

 父も母も、己の行動を叱りこそすれ、内心褒め讃えてくれる。自分を誇りに思ってくれるはずなのだ。

 故に、凛はその足を堂々と踏み出した。

 そしてその足取りは、彼女の抱く、今宵の心意気そのもの。

 ある儀式による異常事態の所為で、動乱の最中にある夜の冬木に繰り出すという覚悟。

 そして何よりも、敬愛する父がセカンドオーナーを務めるこの街で起こる異常事態の一端を、自分の手で少しでも好転させてやるという一つの誇りが、幼い凛の足を冬木の街へと向けて急き立て続けていた――――。

 

 

 

 ***

 

 

 

 凛が夜の街へ繰り出したころの遠坂邸にて――時臣をはじめとした一同が、一つの大箱を前に会していた。

 彼らは、夜の街に繰り出した凛を探すための最終兵器を解放しようとしていたのだ。

「この箱だが……」

 時臣が士郎を案内すると、それは士郎の記憶と寸分たがわぬ場所にあった。

 見た目はただの箱。

 どんなに高く見積もったところで、それはせいぜい多少の装飾がされている『子供の玩具箱』程度のモノでしかないように見える。

「随分と珍妙な箱よな。……しかし、この中身は」

 その反応から、原初の王であり、同時にこの世の悦楽を貪ったという英雄王・ギルガメッシュをして……その箱の『中身』は彼の眉根を寄せるだけの力があることは間違いないのだと伺える。

「けど……本当に一体こりゃ何なんだよ? そろそろ説明してくれないか?」

「マスターの言う通り、そろそろこれについて我々も聞きたい。シロウ、それか時臣殿。説明をいただきたいのですが――?」

 雁夜とランスロットは、明らかに事情を知っているらしい二人に説明を求める。……ただ、どちらかというと箱からものすごくあからさまに視線を外そうとする時臣よりは、士郎へ向けてだったが。

「いや、それは勿論……でも、」

 首をかしげる二人の視線にさらされて、士郎も説明したいのはやまやまだが……果たしてどこから話していいものやら分からない。

 結果として士郎は言葉に詰まったまま視線を彷徨わせるしかない。

 正直なところ、この箱の『中身』について普通に理解してくださいなんて言うのは無理な話である。

 元々、知っている士郎ですら――勿論、その現・所有者(?)である時臣もまた――コレのことを完全に熟知しているわけではないのだ。

 

 たった一点――〝関わると絶対にろくなころにならない〟という部分を除いては。

 

 だからこそ、諦めた様に士郎は遠い目をしながらこういった。

「まぁ、見ればどんなものなのかはわかると思いますけど……それこそ、心傷(トラウマ)に残るくらいに」

 珍しく瞳に光を失いながら、士郎は箱の蓋に手を掛ける。

「ぅ――――ッ」

 ……そんな彼の弁に、というか士郎が蓋に手をかけたのを見て、時臣の肩が震える。

 師の様子があまりにも不自然なため、綺礼は内心柄にもなく本気で心配に近い感情を抱く。

「師よ……本当に、どうされたのです?」

「――――――」

 ここまで行き度か続いた問答の果てに、今度こそ――時臣からの応えはなくなった。

「……開けます」

 遂にこの時、禁断の扉が開く。

 その先に待つのは地獄の釜か、はたまた煉獄の炎か。

 或いは、それすらも生ぬるく感じるほどの、醜悪なまでの亡者の大群か。

 

 ――答えは、この中に。

 

「…………」

 きぃ、と箱の金具がるのに呼応するように、士郎の喉からごくりと生唾を飲み込んだ音がした。

 そしてついに、箱の中が晒され――

 

 

 

『いぃぃぃ~~やっふぅぅぅ~~~~っ♪』

 

 

 

 ――るよりも先に、その場にいた者たちの予想をすべて裏切って(うち二名だけはほんの少し予想してはいた)箱の『中身』自ら飛び出してきた。

 奇怪な雄叫びとともに飛び出して来たそれに、思わず誰もが呆気に取られる。

 だが、飛び出して来たそれはそんな皆の様子を歯牙にも掛けず、能天気に宙に浮かんでいるだけだ。

 ふわふわと浮かぶそれは、とてもではないがこの遠坂邸にしまわれていたという事実からして疑わしいものだった。

 ……いや、凜や桜といった少女たちがいるのならば、寧ろそれは不自然でもなかったかもしれない。

 それは、全長はおおよそ七〇センチほどの〝ステッキ〟。

 いや、本来ならば〝ステッキ〟というにはいささか短く、かといって子供用というにもいかがなものかという感想を抱かせる。

 時臣の持つ宝石のはめ込まれた杖の様に装飾はされているが、それは()の部分ではなくその先の(つか)――例えるなら、頭に当たる部分とでもいえばいいのだろうか? そこに、正円の中に五芒星がはめ込まれた飾りが付いている。

 その周りには三対の鳥の羽根に似た飾りがついており、左右合わせて計六枚の羽がついている。

 だが、それは単純な飾りではなく、はめ込まれた五芒星もまた、単なる飾り以上の何かがあるように思えるのは何故か……答えは単純である。

『いやぁー、待ちくたびれちゃいましたよぉ~。もう、士郎さんったらじらし上手なんですからねぇ~♪』

 なんとも間延びした声で、そのステッキが喋っているからだ。

 丁度、大人っぽいけど悪戯好きで、ちょっとお茶目な割烹着の似合いそうな美少女家政婦を思わせる声で、五芒星が顔の様に動き、羽がまるで手の様に器用に蠢いていた。

 そして、その口(そもそも口らしき部分はないけれど)が放つ物言いといったら、張り詰めた空気を一気に瓦解させるには十分――いや、寧ろ水爆級の威力を秘めた、非人道的な新兵器でも相手にしている気分にさせるものだった。

「ひ、人聞きの悪いことぬかすな!」

『えぇ~? でぇ、もぉ~……私の事を早く出せばいいのにいつまでたっても出してくれなかったじゃないですかぁ~?

 あ、時臣さーん! おひさしぶりでぇ~す♡』

「………………………………………………………………………………やぁ、久しぶりだね。ルビー」

『おやおや、随分と沈黙が……私、何か嫌われるようなことしましたっけ? あんなに楽しくご一緒してフェアリーなことを共にした仲ですのにぃ~』

「うぐぅぅぅ……っ!!!???」

『おや』

「と、時臣!?」

「時臣師っ!?」

 がくり、と膝をつく時臣。

 たった一言で、彼の優雅さは完全に崩壊せざるを得なかった。

 というより、これ以上その体裁を保とうとしたら、精神への重圧で死んでしまいかねないだろう。

 しかし、彼のことを心配する者はいたが、生憎と状況が呑み込めず救う手立てなど無かった者がほとんどであり……また、この状況が分からないことが不満な者もいる。

 ……特に、ルビーと呼ばれたステッキへ問答を開始した原初の王などが。

「おい、そこな杖」

『はいはぁ~い! 何でしょうか? そこな金ぴかなお兄さん』

「む……まぁいい。お前はいったい何だ? この(オレ)をして、お前の正体が解らんのだ。説明せよ」

『うーん、なんだか偉そうなお兄さんですねぇ~。あ、丁度今別の世界のルビーちゃんからの記憶(じょうほう)伝言(アップデート)が――ええと何々? この人は……おぉ。でも、この状況は……? おぉぁぁっ! これはまた……なんと! えぇっ!? これはまたおもしろ……いや、大変なことが……』

 あのギルガメッシュを前にしてなお、ルビーは一切マイペースを変えることなく、一人(?)でぶつぶつと何かをやっている。情報のアップデートとか言っていたが、何を――と考えた士郎は、その意味をようやく飲み込んだ。

 そして、ギルガメッシュ含め皆の抱いた疑問は、その疑問の対象自らの口から(しつこいだろうが口はないけど)語られた。

『オッホン。では、そこの英雄王さんのご質問と、皆様の抱いた疑問について、ルビーちゃんが分かりやすく、的確に答えしちゃいまーす♪』

 高らかに、そして楽し気にルビーはそう宣言した。

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 ――――私たち(・・)〝カレイドステッキ〟は、彼の大師父『ゼルレッチ・シュバインオーグ』によって生み出された魔術礼装です。

 

 並行世界を自由に行き来する第二魔法を基に造りだされ、他の世界からの無限の魔力を使用者に供給できるという第一級の霊装ですが、その使用のための魔術行使はあくまで使用者の魔術回路に依存するといったもの。

 ですから、私たちは、使用者の想いに応じた力を与えるための乗り物であると考えてください。

 担い手の力を、最大限に発揮するための支えとなるべくして作られた――愛と正義の魔法の杖、それが私、カレイドルビーなのです!

 

 ですから――――早速私と契約して、マジカル☆タイムをしましょう!

 

 

 

 どこぞの質の悪い契約を求める白い悪魔(叙情詩の方ではない)のようなことを言って、カレイドルビーは己の存在をまざまざと示した。

 

「「「――――――――」」」

 

 完全に皆は沈黙し、士郎だけが唯一その相手をさせられていた。

「……最後の一文で台無しだな。ていうか、ここにお前と契約できる奴は桜以外いないだろ」

『おや、異なことをおっしゃいますねぇー、士郎さん』

「いや、だってお前、女性限定の霊装だろ?」

『…………はて、何のことやら』

「おいこら」

 とぼけた様に首(というか柄)をかしげるルビーに、この野郎調子よすぎんだろと呆れた士郎に罪はないだろう。

 だがしかし、そんな事でルビーは止まらない。

『まぁまぁ、いいじゃないですか。幸いにして、ここにはなんとも面白そうな人材がそろってますし、そもそも――いつから私が、その程度の例外という壁で諦めると錯覚していたんですかぁ~?』

「なん、だと……っ!?」

『おほほほー! 甘いですねぇ、士郎さん。ここにいる方々は、かなりヒロイン力の高い人ばかり――とりわけ士郎さんは、ヒロイン力の権化ともいえる未来の可能性を持っています。それこそ、他のヒロインのルートを食う勢いで。いやぁー、赤弓はいいですねぇ〜♪ でも、それ以上に男気溢れる凛さんまじぱねぇっす。

 あ、ちなみに桜さんも後でじっくりねっと――もとい、ばっちりと魔法少女へと変えて差し上げますが、生憎とサファイアちゃんが来るまでもう少しかかるのでもう少しお待ちを~。いやー、やっぱり紫ヒロインはちょっぴりエッチなコスチュームのが映えますよねぇ~。とりわけ、桜さんなら将来性もばっちりですし?』

「ンな事させないからな!? というか、サファイアって誰だよ!」

『? 私の妹ですが何か?』

「むしろ不安しかない……!!!???」

『まぁ、サファイアちゃんが来るまでにサクッと凛さんを捕まえてからですかねぇ。やっぱり魔法少女はしっかりとそろってポーズ決めませんとね。ポーズ大事ですよ、ポーズ!

 そんな訳で、お姫様を捕まえに行くのに士郎さん、お供もよろしくです』

「またマスコットパターン!?」

『良いじゃないですかぁ~、萌えません? とりわけ、ショタだった時の感覚といったら……うーんキマしたわぁああああああっ!!』

「オマエ、どっかで変な要素拾ってきただろそうなんだろ!?」

『おっと失礼。ついつい、魔法少女は百合という原則を逸脱してしまうところでした。しかし、魔法少女に恋されてる兄を前にして言うセリフでもないかもですね~。まぁ、でもこれだけは言えます。

 かわいいは正義! ロリショタも正義! 寧ろ、恋愛は有っても無くても妄想は正義! いや、ほら私たちの創造主の言葉からして、「人が空想できること全ては起こりうる魔法事象」ですし? 問題ないよね!』

「問題だらけだよ! って、おいルビィィィ――――ッ!?!?!?」

『まっててくださぁーい! この世界での私のベストパートナーの凛すぅわぁぁぁん!!』

「なんでさぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 

 

 

 嵐の様に飛び出し、そしてまた疾風のように突き抜けて行ったそれに、誰しも呆然となりついていくことができなかったという。

 だが、その後自分の料理人を奪われた様な感じがしたためか、英雄王と外道神父(まだ綺麗)が空飛ぶ王座に乗って飛び出していった。勿論、その場にいた全員を連れてだったが。

「優雅じゃない……優雅じゃない……」

「ぶつぶつ言ってんなよな、時臣……いや、まぁ気持ちはなんとなくわかるけど」

「雁夜、どうやらまだ我々の知らない何かがあるようです。気を引き締めておいてください」

「ねぇ、おじさん。お父様は、なんであんなに虚ろな目をしているの?」

「さぁ、きっと過去にトラウマでもあるんだよ……あ、大丈夫だよ桜ちゃん。二度と桜ちゃんには辛い思いさせたりしないから。俺たちが、絶対に」

「……うん」

「ふははは! 良いぞ雁夜。時臣の代わりに随分と父親らしいことをしてるではないか。時臣が憂いてる姿はどことなく面白いぞ」

「いや、仮にもお前のマスターだろうが……というか、俺が同情するなんてよっぽどだぞ、この状況は……」

「麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆麻婆…………」

「……こっちはこっちで自分のことしか頭にないし……もうやだこの陣営。桜ちゃんと士郎君とランスロット以外に救いがない」

「雁夜まで、私を見捨てるんだね……」

「いや、お前そんなキャラじゃないだろう!? いったい何があった! ホントにあのステッキに何されたんだ!?」

「……常に、余裕をもって……優雅…………たれ…………ッ!」

「血涙をにじませるほどなのか!?」

 

 数多の世界を渡る男の造ったステッキは、世界をあっさりと搔き乱して正義の味方を翻弄し、その愉快な仲間たちまでおかしくさせていくのだった。

 

 

 

 

 

 

『あ、続きはCMの後! ねちょねちょの蛸妖怪に捕らえられちゃったロリロリな凛さんのあーんなシーンやこーんなシーンが盛りだくさんですよぉ~?』

 

「嘘つくな嘘! というかそんなこと俺がさせないからな!?」

 

(オレもさせん!)

 

「『あ、無銘さんは座へお帰りください』」

 

(くっ、何故だ……!)

 

 

 

 

 

 

 ―――続く。

 

 

 

「――――って、オマエなに勝手に変な自主製作次回予告作ってんだよ!?」

『いやー、久々に面白そーなことだったので、つい調子に乗っちゃいました。てへっ☆』

「この野郎……っ!?」

『あはははー♪ まぁ、そんなこと言ってるうちに、凛さんのとこまであと五分ですよー』

「早すぎんだろ……!? 主に展開的に!」

『いいですか士郎さん。この世には、御都合主義というものがありましてね――――私たちはその化身なんですよ。あ、勿論、あの〝虎〟の次にですけどねー』

「SSF! SSF!」

『さぁーて、士郎さんも(私のノリに)乗ってきましたし、飛ばしますよぉー!!』

「ちょ、速すぎ……おわぁあああああああああああっ!?」

 

 

 

 

 

 

*** 救って、救われて ――その背に見るものは――

 

 

 

 ――夜の街に繰り出した遠坂凛は、焦っていた。

 理由はいくつかあるが、その内で最も大きな理由はまず一つ。

 

 子供を攫っているらしき男を見つけたから、という点だ。

 

 冬木まで来るのは造作もなかったが、その後どうやって探すのかに関してははっきりって運任せだった。

 何せ、凛はこの誘拐事件が魔術がらみのことだということ以外知らなかった。だからこそ、父から誕生日に送られた魔力針を頼りに、より強い魔力の反応を追っていくことしかできない。

 しかし、彼女はそれでも辿り着いた。

 明らかに怪しい人物が子供の手を引いているところを見つけ、その後をこっそりと付ける。

 

「――――――、……っ」

 

 心臓が、ドクドクと恐れを孕んだ鼓動を鳴らし、息は次第に上がっていく。

 もしも彼女が、この冒険に出かける前――大丈夫か? と、誰かに訊かれていたとしたら、彼女はきっと「大丈夫」と答える。

 そして、二度それを訊かれたのなら、きっと子供扱いされたと剥きになって「大丈夫!」と答える。

 だが、もし……本当に、絶対に大丈夫なのか? と、訊かれたのならば――――彼女はきっと、応えることを迷っただろう。

 こんな質問自体、凛にとっては意地悪な問答でしかなく、彼女にとって最も大事なことはあくまでも親友のコトネを見つけ出すことだけだ。

 とはいえ、凛はまだ幼い子供だ。

 心構えを一人前にしようと気張ったところで、その中身はまだまだ拙いものでしかない。

 しかし、そんな子供らしい心だからこそ――二度と親友と会えなくなることが、大丈夫だとは口が裂けても言えなかったし、言いたくもない。

 

 だからこそ、今こうして嫌な気配――決して良くはないモノたちのひしめく冬木の街へと来たのだから。

 

 意気込みを強く、

(逃がさない、絶対に……!)

 きっ! と視線を鋭くし、心に残る迷い全てを振り払う。

 凛は勇んで、夜の街にはびこる何かを解き明かしていく。そこに在るものが、なんであるのかを決定的に認識できていないまま、幼い少女は純朴な正義感で走る。

 そっと後を付け、裏路地へと子供を連れて行く男の行く先をなぞる。

 途中、パトカーに見つからないように身を隠し、決して相手に気取られることの無いよう小走りで付いて行く。

 ゴミや廃材などの充満した繁華街の裏は、女の子の凛にとっては正直足を踏み入れたくない場所だ。しかし、ここで逃すわけにはいかない。

 しばらく追って行くと、廃れたバーの様な所へと着いた。

 追っていた男の姿はその中へと消え、その中から感じる気配に、〝魔術師〟としての凛の才覚が成せる直感が凄まじい警告を鳴らす。

 父のくれた魔力針もまた、そこから発せられている『何か』の魔力を感じ取り、赤く光を発している。つまり、何か『良くないモノ』がそこに在るという事は疑いようもない。

 でも、

「――行かなきゃ」

 凛は止まれない。止まるわけにはいかない。

 恐れはまた生まれる。けれど、そこに曲げられない信念がある時――人は、無謀という名の道へさえも飛び込んでいく。

 勇桀は、時として無謀を得る。しかし、戦う力を持つ者はいつの世も、そんな無謀を走り己を示し……己の確固たる道をつかみ取る。

 そして、遠坂凛は――当然というべきか、そんな才覚に溢れた一人の資質ある者だった。

「よし……っ!」

 一歩、まずはそこから踏み入れよう。

 足取りを確かめつつ、一歩、また一歩と仲へと進んでいく。

「――――、ここ……」

 薄暗い店の中は、いかにも閉店中といった風体の店構えで、色々な物があちこちに散乱していたが、幸いというべきか、先ほどまで追っていた男の姿は見えない。

 店の奥にでも引っ込んでいるのか知らないが……少なくとも、大きな音さえ立てなければまず見つかりはしないだろう。

 仮に、奥から出てくるにしても自分のテリトリーで音を抑えて動くとも思えない。それをいち早く気取れば凛が逃げ出す余地は十二分にある。

 凛はぐるりとあたりを見回し、何か少しでも手掛かりになる者を探す。

 だが、それは一瞬にして好転する。

「――コトネ……ッ!?」

 そこには、倒れていた親友がいた。

 せめて、何か手掛かりでも――という程度にしか考えていなかった凛にとって、まさか目の前に親友本人がいるなんて考えてもいなかったため、思わず彼女はコトネへと駆け寄り、倒れていた彼女を抱き起す。

「コトネ、コトネ!」

 二度ほど呼びかけてみるが、応答はない。

 単なる気絶、という訳ではいないようで……微かにだが、コトネを取り囲む魔術の痕跡を感じる。恐らく、何らかの魔術によって昏睡状態にさせられているのだ。

 速く何とかしたいと思いばかり焦るが、凛はまだまだ〝魔術師〟としては半人前。

 生まれ持った資質こそ規格外であれども、上手く魔術を発動させることが出来ない今のままであるならば、有象無象の凡俗にさえ劣るだろう。

「どうしよう……」

 目覚めぬ親友の身体を抱きながら、凛はそう呟いた。

 先程、自分が何をしなければさほど危険がないのかと思った声とさえ忘れてしまうほどに。

「あれ?」

 聞こえてきた声に、凛の背筋が凍り付く。

 そこには、紫のジャケットを羽織り紺色のジーンズをはいた、どこにでもいそうな青年がいた。

 子供二人の手を引き、凛の方をしげしげと眺めている。

「こんなところでどうしたのかな、お嬢ちゃん? 迷子?」

 声のトーンこそ柔らかいが、そこに込められた感情は絶対に好ましいものではない。

 狂気のにじむ瞳から向けられる視線、幼い凛の心は完全に凍り付く。もはや、強がりも何もない――ここに在るのは、ただの絶対的な恐怖だけだ。

「ぁ……、ぃ……ぁ……あの」

「……まぁ、丁度いいや」

 何の躊躇いもなく、手にしていた二人の子供を床の上に放り出す。

「ひ……っ」

 ごとり、と音を立てて子供う二人が倒れ伏せる。それを見て、凛は理解した。

 ……普通ではない。子供相手だろうが、目の前の男は何の感慨も容赦も抱かない。それはまるで、狂気に晒された人間以外の『何か』とさえ思えるようなものだ。

「俺らこれから〝パーティ〟始めようと思ってたとこなんだけどさー。まだまだ人手不足でさ」

 凛の背後にある椅子に座り、

「だからさー、君も手伝ってくんない?」

 それは這い寄る蛇の様に、凛の身体をなめつけるように縛り付ける。一刻も早く目の前の男から視線を外そうと、耳元の顔から眼を逸らす。

 だが、そこには――凛の想像していた以上の悪夢が広がっていた。

「き、――きゃぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!」

 幼い悲鳴が響き渡るが、それを耳にしたのはたった一人の殺人鬼のみ。

 凛の感じた恐怖など気にも留めず、殺人鬼・雨生龍之介は凛に問いかけを重ねる。

「ほら、こーいうのってみんないた方が盛り上がるじゃん?」

「……い、…………いやっ!」

 龍之介は、あの中に凛を加えようとしている。

 本能的にその事実を感じ取り、凛は龍之介の伸ばしてきた手を払いのけようとして、

「――――!?」

 それに、気づいた。

「……ん」

(え……なに、いまの……)

 何かを弾いた感触。

 だが、決してそれは物理的なものではない。

 そう、それは凛だかこそ感じられた、魔力と魔力の打ち合う感触。

 〝魔術師〟としての修行を重ねる過程で、凛は少なくとも、この場で今〝一番強い魔力を発している〟龍之介よりもその類の感覚・知識を持っている。

「ったく、逃っげんなよ……っ」

 だからこそ、それに気づくことが出来る。

 いつものように子供を捕まえることができず、気怠げに立ち上がって龍之介は凛に手を伸ばす。

「――――ッ」

 思いついたのは、一つの活路。

 伸ばされる龍之介の手から逃れながら、凛はそこらにある物を散乱させ、龍之介に投げつけ、どうにかして妨害を計る。

「いって、ぁあ……くそ」

 勿論、その程度では大人と子供の差すら埋められないのは当然。

 逃げ回ってはいても、狭い店の中では、龍之介に次第に追い詰められてしまう。

 だが、凛の目はある一点だけを鋭く見据える。

(あのブレスレットで、皆を眠らせてる……なら……ッ!)

 龍之介の腕にあるブレスレット。あれが、ここにいる子供たちを昏睡させている原因だと、先程ぶつかったときはっきり確信した。

 そうして、思い起こすのは父との鍛錬。

 宝石魔術を扱う〝遠坂〟では、宝石に己の魔力を注ぐことなどからその修業が始まる。

 だが、まだ制御の上手く出来ない凛は、内に秘める膨大な魔力を注ぎ込みすぎて壊してしまうことが多々あった。

 それと同じこと。

 父である時臣も言っていた。

 

『――魔力を一度に注入しすぎたんだ。平常心を保つこと、魔力を制御するには、自分の精神をコントロールしつづけなくてはならない。

 その制御を誤ると、魔力は自分の身体に跳ね返ってきてしまう。

 加えすぎた力、誤った形は自分だけでなく、周りにも害を与える――――常に正しい〝流れ〟を心掛けなさい』

 

 つまりそれは、〝思う存分、感情のままに魔力を注入すれば――――強い力は、より強い力で覆すことが出来る〟ということだ!

 凛はカウンターテーブルの上を移動しながら、龍之介に物をぶつけ続ける。流石に、我武者羅に物をぶつけられるのは鬱陶しいらしく、手で顔を庇いながら彼女を止めようとして手を伸ばした。

 それを、凛は見逃さず――伸ばされたブレスレットのある方の腕を掴む。

「……あん?」

 しかし、その意図がわからない龍之介にとっては凛が龍之介に捕まりに来たようにしか見えない。

 存外素直じゃないか、と笑みを浮かべ龍之介はこの世で最も敬愛する師匠から賜ったブレスレットが効果を発揮するのを待つ。

「っ……、ぅぁ……」

「……ひひ」

 案の定、凛の顔が次第に生気が失われていき、陶酔でもして行くかのように表情が蕩けていく。

 口から漏れ出す呻き声に、龍之介の口角が上がる。

 子供が恍惚として堕ちていく様は、いつ見てもいい。殺すための獲物として見ているが、龍之介は子供は好きだ。

 何せ、大人とは違い……死ぬときに見せてくれる表情は実に可愛い。

 おまけに、よくよく見てみれば、目の前の子は中々に端麗な顔立ちをしている。きっと、数年もしないうちに美しく成長することだろう。

 さあ、この子は――一体どんな死に顔を見せてくれるのか? 楽しみで楽しみで仕方がないと、龍之介はニタリとした笑いを見せる。

 が、そんな龍之介の思惑は遂げられることはなかった。

「――――、き……っ!」

 凛の瞳に、鋭さが戻る。

 こんなことで、

「……こわ、さなきゃ……っ!」

 こんなところでやられるつもりなど、凛の中には毛頭ないのだから!

 強く、確かなものとなっていく意志に呼応するように、凛から立ち昇る魔力の流れが増していく。

「……お?」

 もしも、龍之介に多少なり魔術の心得があったのならば、己に差し迫る脅威に気づいただろう。

 しかし、龍之介はそんな教育を受けたことはない人間だ。

 故に、凛に対して抱く彼のイメージは、中々屈服しない珍しい子供か、ちょっとしたレアリティ程度の認識であり……彼女の発している光に関しても、自身の敬愛する師匠であるサーヴァントを見た彼からすれば〝世の中にはそういうものもあるんだろう〟といった程度の認識でしかない。

 

 ――――それが、彼の決定的な敗因となる。

 

 凛が下げていた魔力針が僅かに浮き上がり、龍之介のブレスレッドを指し示し赤く光る。

 より強い魔力を指す、それがこの魔力針の特性だ。

 針はまだ、龍之介を刺したまま……つまり、まだ足りない。

 力の限り、魔力を注ぐ。

 次第に針が振れ始め、ぐるぐると見定めるべき(強い力の)方向を見失ったように回転を始める。

「――――こん……な、ものぉぉぉ――――!!」

 凛の叫びと共に、針は完全に彼女の方を指し示し赤く輝いた。

 ――この瞬間、本来『人』の越えうるはずのない『英霊』の造りだした霊装を上回る。

 びき、とブレスレットに亀裂が走る。ひび割れはだんだんと大きくなり、流石の龍之介も何かがおかしいと、その違和感に気づいた。

 瞬間、凛の発している魔力が、ここ一番の輝きを放つ。

「おわぁ……ッ!?」

「が、――――ぁぁぁああああああああッッ!!」

 バギイィン! という音共に、龍之介の腕からブレスレッドは完全に砕け散る。

 それと同時に、子供たちを昏睡させていた禍々しい魔力が、捕らえられていた皆から霧散していく。

 皆が目を覚まし始めたのを見て、凛はコトネの元へと駆け寄って呼びかける。

「コトネ!」

「……りん、ちゃん……?」

 まだ少し朧げだが、確かな応えが返ってくる。それに合わせ、龍之介の方を確認すると、先程の交錯の影響か、龍之介は腕と目を抑えて呻いている。

 どうやら、凛の最後の魔力光と、ブレスレッドの破壊された時のショックが思いの他効いたらしい。

 これなら、と凛は慌てふためいて、今にも泣き出しそうになっている皆を見て一喝する。

「泣いてる場合じゃないわ! 逃げるの!!」

 早く、速く! と皆を急かして、出口から次々と逃がす。

「お、おいおい……」

 さしもの龍之介も、わらわらと逃げまどう子供を一人でとらえきることは出来ないのか、或いは唐突な邪魔者に混乱して手を出しかねているのか……それは分からないが、凛にとってはどっちでもいいことだ。

 そこから波に乗り、コトネを引き連れて外へと飛び出していく。

 親友の手を引きながら夜の裏路地から飛び出すと、丁度そこには巡回中のパトカーがいた。

 程なくして、一同は約一名を除き、巡回中の警察官に保護されたのだった。

 そうして、漸く助かったのだと呑み込めたコトネは警官たちに誘導されながら、親友である凛にお礼を言おうと振り返る。

 だが、先ほどまで手を繋いでいた彼女の姿はどこにも見えない。

「……あれ、凛ちゃん?」

 問いかけに応えるものはいない。

 辺りを見回しても、そこにはもう凛の姿はなく……どこに行ったのか探そうとする前に、コトネは警官と共にパトカーの中へと乗せられ、家路をたどることになった。

 

 

 

「――良かった」

 少し離れた場所でその様子を安堵した様子で眺めていた凛は、親友が無事家路を辿れるのを見送ると、ホッと胸を撫で下ろした。

 だが、彼女もいっしょに家路をたどればいいにも関わらず、こうして一人あの集団から逃れたことにはいくつかの理由がある。

 まず一つは、凛が今帰るべきは隣町の母の実家である『禅城』の家。

 だが、きっと警官たちは凛の名前を聞けば遠坂邸へと連れていくだろう。それでは、今〝大事なお仕事〟をしている父にも迷惑がかかる。かといって、母の実家に預けられている旨を説明すれば、今度は凛だけがみんなの速やかな帰宅の障害になる。

 勿論、警察の方で気を回してパトカーを余分に回してくれればなんてことはないが、この後に身元の確認などを含めれば結構な時間がかかる。

 それなのに、余計に時間を食ってしまっては皆に悪い。

 冬木で誘拐された子供たちを一刻も早く家に帰すには、凛は少し邪魔になるのだ。それに加えて、凛は今宵の大一番をどうせなら一人で全部完遂させたかった。

 そうすれば、このやり遂げた所業を父と母が褒めてくれるのは間違いない。

 お叱りは当然あるだろうが、親友のコトネを始めとした、沢山の年の近い子供たちをいっぺんに救って見せたのだ。

 両親ともに、内心では凛のことを誇りに思ってくれること請け合いである。

 故に、彼女は踊る胸を押さえようともせず、未だやり遂げた高揚感を抱いたまま意気揚々と帰路に着こうとした。

 けれど、それがいかに浅はかであったのかを考えないままであった凛は、すぐに今の冬木の異常性を軽んじていたことを思い知る。

「さぁ、急いで家に帰らなくっちゃ。まだ終電残ってるだろう、し……」

 父のくれた魔力針が、再び反応を示した。

 その反応は、先ほどまでと同じ、凛にとっては今宵初めて目にした〝強力過ぎる〟魔力の反応。

 ――普通ではない、異形への反応だった。

 路地裏の闇が、先ほどまでの意趣返しを受けろと囁いているかのように、凛へと不気味な気配を伸ばす。

 昂揚から一転、一気に恐怖へと着き戻されてしまい……幼い心は上がり下がりの付加に耐え兼ね、凛の足はすくんだように動かなくなってしまう。

 逃げなければいけないと分かっているのに、意志になったようにその場から動けない。

 早まる鼓動が煩く鳴り続ける耳に、どことなく湿ったような音が混じる。

 まるでそこに、何かが芽吹いた様な息吹を感じる。ぴちゃぴちゃと、街の路地裏には決してあるはずのない音を立て、〝それ〟は確実に凛に迫ってくる。

 〝嫌だ嫌だ嫌だ……絶対に嫌、いや……いや……っ!〟

 何もかも救えたと思ったのに、こんなところで無様に死にたくない。

 せっかくのハッピーエンドも、自分自身がいなくなってしまえば紙くず同然の価値しかない。

 立ち止まらず、立ち向かって今度こそ勝ち取れとプライドは叫ぶのに、恐怖に駆られた身体はそれを良しとしなかった。

 厳しい現実を前にして、凛は今の自分程度の器で全てを救う事など過ぎたことだったのかと、後悔にも似た気持ちを持つ。

 ただ身を竦めていることしか出来ない自分にはきっと、近づいてい来る『何か』の正体を知ることも、このまま二度と母の温もりを感じられることも、父の厳格な姿を見ることも叶わない。

 

 このまま、死ぬしか――な、い。

 

「……いや……っ!!」

 認められない。絶対にそんなの認めたくない。

 まだ、凛にはやらなくてはならないことがたくさんある。したいことがまだまだたくさんあるのだ。

 父と母に会いたい。コトネと学校に行きたい。……妹の桜にまた会いたい! そんなたくさんの願いが凛の中で吹出し、暗闇に潜む異形に最後の意地を張るだけの勇気を与える。

「わたし、は……! こんなところで、殺されたりなんて……絶対にしないんだから!!」

 大きな瞳に涙を滲ませて尚、彼女はそう叫ぶ。

 だが、そんな彼女の叫びを遮るかのようにこの世のモノとは思えない方向が闇の中で轟いた。

「――――グルォォォぎぉああアアアアアぁぁぁアアアアアアアッッッ!!!!!!」

 蛸の様な、海星の様な姿をした海魔。

 絶対にこの世のものではないと確信できるその存在が、ベトベトと気味悪く濡れた体を這わせ、牙で取り囲まれた口を向け、幼い凛の華奢な体躯(からだ)を貪り尽くそうと凄まじい勢いで跳び掛かって来た。

「……ッ」

 最早、悲鳴すら出せそうもない。

 強く噛み締めた口からは声が出るのか分からない。

 だが、嫌になるほど鮮明な、飛び掛かられる瞬間の映像は、これまた嫌になるほどゆっくりと凜へと迫ってくる。

 走馬灯の様なものが流れ出し、肉親や友人の姿が次々と浮かぶ。

 これが諦めというものなのかと、幼いながらも心がしっかりとそれを認識していた。

 そんな中、妙な考えが一つ――凛の中に浮かぶ。

 どうせ、もう何をやっても助からないなら。……こんな時、試してみるというのも悪くないのかもしれない。

 普段の彼女なら、絶対にやらない事だが……こんな時だ。ほんの少しくらい、馬鹿な夢を見てもいいだろうと思った。

 子供らしく、遠坂の家訓も優等生の仮面も、全てかなぐり捨てて――たった一つ、願う。

 

 

 

「――――たす、けて――――ッ!」

 

 

 

 絶対に聞き届けられないだろう。

 それは、先程凛のしたことよりもよほど滑稽夢想なおとぎ話だ。

 助けを求めたら、必ず助けてくれるような、そんな〝正義の味方〟みたいな存在がいるはずが――――

 

 

 

「まかせろ」

 

 

 

 ――――な、い。

 在り得ない筈の声が聞こえ、空から降りてきた一人の少年が、凛を護るように海魔との間に立ちはだかる。

 その手に握られた双剣は、まるで凛を護るためにこれまであったかのような絶対的な信頼感を――何らかの運命を感じさせた。

 あからさまに場違いなステッキが傍に浮いているが、そんなことが気にならないくらい、凛はその少年に目を奪われていた。

 闇に浮かぶ赤銅色の髪と、優しげな琥珀色の瞳。

 年の頃は凛とそう変わらないが、どこか少し幼い印象の男の子。

 だが、そんな背中が……酷く広く、大きなものに感じたような気がして。

 これから先、きっと自分の運命に深くかかわってくるんじゃないかと本能的に、そう感じさせた。

 何より、これだけは確信を持って言える。

 ―――彼は、凛の味方なのだと。

 

 

 

「――悪い、待たせたな――」

 

 

 

 この日、遠坂凛はついに一つの運命と出会い、冬木で巻き起こっている『(たたかい)』の中に飛び込んでいくことになるのだった――――。

 

 

 

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